旭川神社で恒例の人形供養祭

ひな祭りの3月3日、旭川神社(旭川市東旭川南1条6丁目)で恒例の人形供養祭が行われた。社務所大広間には旭川をはじめ道内各地から持ち込まれた人形が集められ、芦原高穂宮司らがお清めやお祓いを行い、祝詞を奏上。50分間にわたる手厚い供養が行われた。
 同神社で人形供養が始まったのは1988年。雛人形や五月人形、ぬいぐるみなどの人形は子供が独立すると必要がなくなるが、たくさんの思い出があるだけに処分するには忍びないもの。こうした思いを抱えた人たちの声に応えて始まり、毎年ひな祭りに合わせて供養を行ってきた。
今年も2月24日から受付を開始し、わずか1週間で人形の数は8000体以上に。郵送での受け付けをしていないため、人形を持参し自分の手で大広間に納める決まりになっており、人形を手放す際に涙で目をうるませる人も多いという。
供養祭には神社関係者と人形を納めた約20人が参列。思い出のつまった人形に感謝の気持ちを込めながら玉串を捧げていた。

あきれた逆行人事 三セク振興公社に天下り役員増員

 市の行財政改革に合わせ、市役所退職者の採用を削減する方針が明確にされている第三セクター。ところが、第三セクターの〝筆頭格〟である旭川振興公社の市退職者役員ポストを1人から2人に増員する案が、現在開会中の市議会に提案され、議会内では「方針に逆行する人事案だ」との声が上がっている。増員の背景を明確にしない限り、この人事案に対する議会の反発は収まりそうにない。

収入先細り
旭川振興公社は1960年に、市が700万円、旭川商工会議所が300万円を出資、合わせて1000万円を資本金とする株式会社として設立された。市が新たな事業計画を持っている土地の先行取得や、企業誘致を積極的に推進するための工業団地の造成、そして市が所有する公共施設の維持管理などを行うのが目的だった。
ところがその後、国の法改正があり、土地の先行取得は市が直接管理する旭川土地開発公社が業務を引き継ぐことになった。また、工業団地の造成についても、同団地を専門に取り扱う第三セクター・旭川工業団地開発が設立され、振興公社のこの分野の業務も終わった。残されたのは、市の消防本部や福祉保険部、子育て支援部、選挙管理委員会など、市役所の関係部局が入居する第2庁舎の〝賃貸〟のほか、市役所総合庁舎の地下にある駐車場や大雪アリーナ、忠和テニスコートなど公共施設の維持管理。賃貸料や委託料が主な収入源となっている。
しかし、これらの施設についても新たに指定管理者制度が導入されたため、民間企業の参入が可能になり、現実には維持管理費の〝ダンピング合戦〟が続き、安定した収入が見込める状況ではなくなった。
収益を上げているのは産業廃棄物の処理業務。地域住民とのトラブルが予想される市の業務を代行する形で振興公社が請け負っている。第2期工事も終えており、事業は拡大路線へと転じているともいえる。
その振興公社へ 〝天下り〟していた市役所OBは専務を務める部長経験者1人だけだった。社長は高瀬善朗前副市長が無報酬の非常勤で兼務していた。

04年から1人体制
以前は天下りポストは2つ用意されていたのだが、世論の批判を受けて旭川市も第三セクターとの関係を見直し、2004年にOBの天下りを、2人から1人体制に削減した。それからは、内部からの昇格、つまりこれまで勤めていたプロパー職員を役員に登用し、市OBの天下りは1人にとどめていた。
市が第三セクターとして位置付けているのは旭川振興公社や旭川空港ビルなど11団体だが、最も歴史が古いのが同公社であるため、他の三セクに対し〝手本〟となるべきとの意識も働いたようだ。天下りポスト削減は他の三セクにも及び、2001年には合計30人に達していた天下りが、最近では20人近くまで減少している。市から三セクへ出向していた職員もピーク時の11人から3人にまで減少している。

(この続きは月刊北海道経済2013年4月号でご覧ください)

旭川市議会議長選挙は園田・杉山が軸か

 議長の任期は全国の自治体では1期4年が基本となるが、旭川市議会では2年ごとに議長職を退く慣例がある。前回、2011年5月に行われた議長選は前代未聞のくじ引き決着という異例の展開となったが、今年5月に予定されている今回の議長選も何かと波乱含みの様相だ。(文中敬称略)

前回は異例のくじ引き決着
前回の議長選は、西川与党最大会派の民主・市民連合(11人)が擁立する三井幸雄と、野党最大会派の公正クラブ(6人)が推す園田洋司の2人の争いとなり、事前予想では「園田有利」の展開で投票を迎えた。

次に議長席に座るのは誰か…

三井を支持していたのは民主・市民連合ほか、無所属4人(藤沢勝、山城えり子、久保厚子、金谷美奈子)の計15人。これに対して園田側は、自民党系の公正クラブ、市民クラブ(5人)、公明(5人)。それに、自身の選挙戦で自民党から支援を受けた無所属の上村有史も加えた17人が見込まれ、きわどい勝負ながら園田が議長ポストを手にするかにみえた。
だが、園田を支持するだろうと思われていた上村が三井に投票してしまったため、まさかの同数。この行動について上村は当時「議長選の直前に行った議長候補予定者に対するアンケートの回答が、園田氏より三井氏のほうが一歩踏み込んだ内容だった」と説明し、「自分の考えで投票したのに、これほど批判されるとは」と困惑の表情を浮かべた。この経緯が示すように、議長選にはなにかとデリケートな要素が伴う。

同期のライバル意識
前回、公正クラブと市民クラブとの間で「前期は園田洋司(公正ク)で、後期は杉山允孝(市民ク)」という取り交わしがあったにもかかわらず、結局、想定外の三井で決まってしまった。このため、後期の議長選びに公正ク、市民クの両会派がどのような姿勢で臨むのかが注目されるところだ。
議長選びは基本的には当選回数が優先され候補が決められてきた経緯がある。この慣例からいけば8期目の杉山が最有力視されてもいいはずなのだが、今のところ議会内では、前回涙をのんだ園田(5期)が本命視されている。
園田はすでに議会の要である議会運営委員会の委員長を務め、10年前には旭川市議会初の百条委員会の委員長も経験し、調整力には定評がある。「前例がないだけに難しい役どころ。園田でなければあの仕事はできなかった」と振り返る事情通もいる。会派のかけ引きはともかく、彼なら全体の合意が得られるのではないかとの見方も多い。
70歳になった園田にとっても、今回を逃すと後の保証はなく、これが最後のチャンスと言えなくもない。本人ももちろんその意識はあるようで、議会周辺では「園田を議長にして民主が副議長を務めるパターンが有力」という見方が強い。
これに対して杉山は、旭川に巨人戦を引っ張ってきた実績はあるものの、10年前、大事な議会をすっぽかして沖縄のゴルフツアーに参加していたというチョンボをやったことがあり、いまだに議会や市民にその記憶が残っているのがネックだ。
園田と杉山はともに旭川北高の出身で同期。何かと並び称されることの多い2人だけに、杉山にも意地があるだろう。また蛯名信幸(公正ク)も園田とは同期当選で、資格的には問題ないと思われるが、今の時点で彼を積極的に推す声は聞こえてこない。

(この続きは月刊北海道経済2013年4月号でご覧ください)

 

 

北海道村が破たん 名も実も失った旧藤六食品

 つくだ煮や煮豆など、旭川市民にとって馴染みの深い商品を多く手がけてきた旧「㈱藤六食品」(旭川市永山町11丁目)。2009年7月に民事再生法の適用を申請し、当時、生キャラメル人気で勢いづいていた小樽市の「㈱北海道村」(庄子敏昭社長)の工場として再起を目指したが、その北海道村がこの2月25日、事業を停止した。〝名を捨てて実を取る〟選択をしたはずだったが、実も残りそうにない。(記事は3月7日現在)

三重苦に見舞われ
藤六食品は戦後の混乱期、1946年に創業。惣菜づくりから始まり、「北海道自然発」の自社ブランドでつくだ煮や煮豆、海産物をふんだんに使った茶碗蒸しなど、加工食品の製造販売を行ってきた。95年には旭川市永山町に本社と工場を統合した新社屋を建設した。この時点では年間15億円の売上げがあったが、2008年は12億円に減少した。当時、国内外で発生した偽装問題などの影響で食の安全に対する関心が高まり、衛生管理面の強化を図ったことが経営上の重荷になった。
道内スーパー業界の再編などによっても減収・減益を余儀なくされたばかりか、札幌の惣菜事業を拡大するため、関連会社「㈱クラウンデリカ」に多額の出資を行ったことも経営の足を引っ張り、当時社長を務めていた捧範行氏は09年7月に民事再生法適用の申請に踏み切った。
藤六は、俗にいう「食品製造業の三重苦」に直面していた。つまり、設備投資の重圧、原材料の値上がり、そして量販店を中心とする販売先からの値引き要請だ。
しかし、藤六にとって願ってもない救世主として現われたのが北海道村だった。北海道村は07年、倒産した小樽市の池田製菓㈱から「バンビ」の商標権を取得し、キャラメルの製造を開始。生キャラメルブームの追い風にも乗り、事業を急激に拡大させていた。
北海道村は藤六の民事再生申請の3ヵ月前、老舗菓子店の㈱梅屋の全株式を創業家から買い入れ経営権を取得していた。北海道村と梅屋は菓子製造という共通点を持ち相乗効果が期待できたが、藤六との間には商品構成の面で重なるものがあるわけでもなく、相乗効果を見い出しにくかった。それでも庄子氏が藤六支援を決意したのは、捧氏と長い間、家族ぐるみの付き合いをしていたからだった。
北海道村がその後の運営について責任をもつかたちで、民事再生計画は金融機関や取引先の了承を得た。北海道村は、藤六の工場を8000万円で取得し、「北海道村旭川永山工場」に転換。法人としての藤六は解散した。この時点で捧氏らは、藤六の「名」を捨てて、事業の継続という「実」を取ったかにみえた。

自信たっぷりに語る
本誌が当時、インタビューした庄子氏は、生キャラメルブームという追い風が吹いていたためか、鼻息も荒かった。「高級品は特定の消費者だけが参加するクローズドマーケットに販路を広げ、価格競争にさらされている市場に出す商品は、それに適した原材料に置き換えていく」といった経営方針を語るとともに、「十分な注文がないのだから、毎日工場を動かす必要はない。収益を改善するために休みを増やす」などと、独自のプランを自信たっぷりに披露していた。
その後、北海道村は一見したところ好調な経営を続けた。グループ会社の㈱北海道エスケープロダクツとともに本州方面に販売網を構築し、2011年9月期には売上高を前期比15・6%増の25億3800万円まで伸ばした。売上構成はキャラメルが約5億円、プリン・ゼリー・惣菜が合わせて14億円ほどだった。
その一方、借入金も膨れ上がり、元利返済が財務上の重い負担となった。2011年からは中小企業金融円滑化法の下で金融機関に対する返済条件の見直しを図り、同時に人員整理などのリストラも進めた。北海道村が旭川で傘下に収めたもうひとつの企業、梅屋は2012年6月、パチンコ事業を中核とする札幌の三慶グループに売却された。
北海道村旭川永山工場は、「北海道村」ブランドの下で大型カップ入りのメロン・ゼリーやプリンを生産したり、藤六時代からの業務を継続するかたちで全国の百貨店で開かれる物産展に豆の加工食品を出展するなどしていた。従業員はこのころ、「北海道村全体はともかく、旭川工場だけでみれば黒字だ」と周囲に語っていたという。

(この続きは月刊北海道経済2013年4月号でご覧ください)

東神楽ナカノ農園に野菜の産地偽装疑惑

 東神楽町14号北4番地にあるナカノ農園が、旭川市内の一部コンビニへ産地偽装した野菜を販売している可能性が高いことが発覚した。自らの農地で冬場は生産していないにもかかわらず、道内の他の地域もしくは本州から野菜を仕入れ東神楽産や東川産などと偽って販売していたようだ。同農園は、過去にも道内のある大手スーパーに対し、同様の行為を行い取引停止になった経緯もあった。(記事は3月7日現在)

楽天市場のネット
ショップにも出店
ナカノ農園は今年2月、全国大手ネットショップの楽天市場に出店した。そのページの中にある〝ナカノ農園のこだわり〟という部分の一部を引用すると、「中野さんちの野菜は、化学肥料を使わず、カキ殻、ホタテの貝殻、鶏糞、ミミズ糞で混ぜた堆肥で作りました。(中略)正直、化学肥料や農薬をたくさん使用すれば手間をかけずに栽培することができます。しかし、私たちは『安心して食べられる野菜作り』にこだわり皆様に本当においしい野菜を味わって頂きたい!という思いを込めて手間かけた野菜作りをしています。(以下略)」とある。

昨夏市内の食品スーパーで産地偽装が発覚
ところが、「昨年春ごろから、自ら栽培した野菜以外に、道内外で仕入れた野菜を東神楽産として、市内の小売業者に卸しているのではないかという噂が広がった」(町内のある農家)という。その根拠として、昨年秋ごろ市内のある食品スーパーで「ナカノ農園から仕入れていたカボチャの中に、茨城産と東神楽産の2つのシールが貼ってあったものが見つかった。そこで、ナカノ農園側にその点を指摘したところ『これはだれかのいたずらだ』と言い訳された。ただ、以前から水菜の包装にニンジンが入っていたことなど雑な作業が目に余っていたことから、これを機会に取引を停止した」(同スーパー幹部)という事件があった。その後、そのスーパーの幹部の耳には同業の業者から「どうしてあんないい加減な農家と取引しているのか心配していた」という声も入った。

(この続きは月刊北海道経済2013年4月号でご覧ください)