生まれ変わる明治屋ビル エルム歯科が購入

 昨年10月、JR旭川駅前の買物公園通りにある明治屋ビルを買収した(医)「愛和会」のエルム歯科が、大幅なリニューアルを計画している。開設当時、市内では斬新な建物として存在感を放っていたが、改装によって賑わいの創出を生み出そうとしている。

斬新な外観で注目を集めたビル
JR旭川駅から徒歩わずか数分の場所にある明治屋ビル。1989年2月に完成したこのビルは、鉄筋コンクリート造り、地下1階地上5階建ての建物(延べ床面積約2000平方㍍)。設計は、全国最大手で世界でもトップクラスの設計事務所、㈱日建設計の子会社である㈱北海道日建設計(札幌市)。施工は大手ゼネコンの㈱大林組と地場の畠山建設㈱のJVで行われた。もともとこの土地には㈱明治屋が運営していた明治屋ストア(敷地約413平方㍍、125坪)があった。
このビルに隣接し、宮下通沿いにある藤田観光ワシントンホテルも、日建設計と大林組が設計・施工を行い、2つの建物が調和するように計画された。一時は両方の土地を共同で再開発し、明治屋ストアと金市館跡に藤田観光ワシントンホテルを建設する構想もあったのだが、結局は明治屋が単独で先行してビルを完成させた。

(この続きは月刊北海道経済2013年5月号でご覧ください)

道立旭川21世紀の森、移管話に困惑する旭川市

 旭川市街から東へ約30㌔離れた場所にある体験型野外活動ゾーン「道立旭川21世紀の森」(東旭川町瑞穂)。ここは、「旭川市21世紀の森」に隣接する大雪山の懐に抱かれた施設だが、道は3月21日の道議会で、この施設の運営を2014年度から、旭川市へ移管する方針を明らかにした。ところが、市では必ずしもこの動きを歓迎しておらず、最終判断を先延ばしにしたままだ。はたして、どんな事情があるのか─。

85年に開設 08年から移管検討
道立旭川21世紀の森は、青少年に森林や林業の役割を理解させ、人と森林の望ましい結びつきについて啓発することを目的に1985年に開設。敷地面積は約33㌶で建設事業費2億4260万円。道が設置し、旭川市森林組合が指定管理者となり、毎年5月1日から10月31日までの184日間稼働している。
同施設は、森林学習展示館、キャンプ場、自然観察歩道などを備えている。道の財政逼迫などの理由から2008年11月、旭川市に対して施設の廃止や移管を含めた検討を進めるとの説明があった。
道はその後、公共施設における09年度の知事評価で、「道財政の現状を勘案すると、今後、道立で整備していくことは厳しい状況」としながら、「隣接する市の施設と一体的に利用されているため、運営や整備は市が主体的に行うことが効果的であることから、市への移管を基本として協議を進めることを決めた」という。
これを踏まえ、旭川市には10年1月、道の担当部局から移管について協議したいとの申し入れがあり、11年4月から、道と市で構成する「道立の森あり方検討委員会」を設置し、移管に関する協議をスタートさせた。
このとき、道が移管を希望した施設は、旭川市の道立旭川21世紀の森を含めて道内4ヵ所の「21世紀の森」施設。旭川市以外の名寄、津別、真狩3市町村は、道側からの運営費補助を含む支援策を要望。道は今年2月から3月にかけて、これら3市町村に施設の無償譲渡などの支援策を提示し、移管について合意を取りつけた。
3市町村は当初、撤去費と運営費を要求。これに対して道は最初、2年分の運営費を出すからこれでどうかと妥協案を出してきたが、3市町村は足並みそろえてもう少し支援してくれないかと要望した。すると今年に入り、道から4年分の運営費を出すという話があり、それなら納得ということで3市町村は了承した。
移管後の管理運営、施設整備などについて名寄市は、隣接する市営施設「なよろ健康の森」と一体的に管理運営。名寄市観光振興計画に沿って交流人口を拡大することを目指している。津別町では、隣接する町営施設「スポーツレクリエーション施設」と一体的に管理運営。木の遊具などは隣接する木材工芸館(町営)への移設を検討している。真狩村では、隣接する村営施設「羊蹄山自然公園」と一体的に管理運営を行い、村の「羊蹄山自然公園活性化計画」に沿って施設整備などを検討していく考えだ。
ところが、旭川市の場合、移管後の活用方法や移管施設の範囲などについて、いまだに検討している段階。隣接する市の施設「旭川市21世紀の森」との共用部分や、無償で借りている道有地があり、移管に応じざるを得ない義理があるにもかかわらず、道立の施設を引き受けるメリットがなかなか見い出しにくいためだ。本来なら12年度内に移管を済ませる予定だったが、調整がずれ込み、最終判断が持ち越されている状態だ。

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水利権活用しない旭川市の〝お粗末〟

 旭川市が火災発生時などの対応のため約3億5000万円の建設費を負担して10年前に水利権を取得した防火用水に対する市の対応に、議会から多くの疑問の声があがっている。取得後の導水路整備計画が凍結され、現実的には利用できない状況が続いているうえ維持管理費だけ発生。その額は1億円近い。水利権の一部がJR旭川運転所の雑用水として利用されているのみ。なんのための水利権取得だったのか。

3億5000万円投じ、維持管理費1億円
 市が近文・永山地区の防火用水として石狩川の水利権を取得したのは、戦後間もない1949年。当時は、市の水道事業が本格的にスタートしたころで、市民の飲料水となる上水道の整備と合わせて、防火用水としての水利権を取得することになった。
水利権というのは、河川の水を継続して使用することができる権利で、国の許可が必要。
それまで、市は水道用水のための水利権だけを使用していたのが実態で、防火用水として利用することはなかった。防火用水として利用するためには、取水した場所から、導水路を整備しなければ使うことができない。つまり多額な投資が必要だったためだ。
市では水道局が主体となって水道管の敷設に集中的に資本を投下したが、防火用水としての整備はまったくの手付かずのままだった。水利権は持ってはいても、未使用の状況が続いていたのである。

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訴訟相次ぐ「金さん銀さん」

 「金さん銀さん」を運営する㈲ユートピアアットホーム旭川の山本隆前代表取締役がかかわる貸金、賠償金裁判が相次いでいる。争いからは、資金作りに追われる山本氏の姿が浮かび上がり、「外食事業投資に失敗し金に困っている」とのうわさに符合する。気になるのが、解任された後の山本氏の「金さん銀さんを舞台に違法診療が繰り返されていた」という衝撃的な告発。「資金作りのために山本氏が医療法人を誘い、実際に違法行為に手を染めたのではないか」との疑念も消えない。旭川市議会から追及の声もあがっている。

将来に向けた布石のはずが……
 ユートピアアットホーム旭川(以下、ユートピア)の事業は、旭川市川端のグループハウス「華泉」でスタート。その後、「金さん銀さん」の名称がつくグループハウスを次々と増やし、業界大手となった。山本氏が代表取締役で、パートナーの松下喜美子氏が実務一切を仕切る取締役。
道北の浜頓別町出身で波乱の人生を歩んできた山本氏にとって出来すぎともいえる事業の成功だった。もっとも、健康と長寿を連想させるネーミングとは裏腹に、金さん銀さんは入所者の扱いなどで悪評が耐えない施設であった。
その山本氏が「外国への飲食店出店事業へ誘われ出資したが、巨額な負債を抱えた。穴埋め資金の必要に迫られ金銭的に窮している」とのうわさが伝わるようになったのは一昨年末頃。年が明けると「会社を売却した」「留萌の医療法人がユートピアの経営権を手にした」といった情報が走り回った。
山本氏自身「私が一線を退くとか、事業を売却するなどといったことはない」と否定。昨年2月に突然、役員改選が行われ新しい取締役が3人就任し、新任の一人・森田秀一氏に代表権がついたときも「森田さんは病院経営コンサルタントで、医師や看護師派遣を手掛けている。うちも看護師などの有資格者確保に苦労しており、懸案の人材確保のために森田さんに経営に参画してもらった」と、あくまでも将来へ向けた布石であると説明した。
そんな風に語った山本氏だったが、後述する法廷の争いからは、世間のうわさ通り、金に窮しなりふりかまわず資金作りに走る姿が見えてくる。

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3選意識した西川将人市長 4月の市役所人事

 西川市政の2期目折り返し点になる4月人事は、まず職員数の大幅削減で存続が危ぶまれていた水道事業管理者ポストを存続させ、市長の信頼が厚い木口信正・都市建築部技監(59)を昇格させる。一部雑誌で最有力とされた小寺利治・土木部長(56)は上下水道部長への横滑りに留まった。また、西川市長の1期目4年間を秘書課長として支えた黒蕨真一・市立病院事務局次長(51)は、環境部長に大抜擢。西川市長が3選を大きく意識した布陣になったようだ。

水道事業管理者は存続、木口技官を抜擢

7年前の市長選に初当選するまでは、国政に打って出るため衆院選、参院選への出馬を繰り返していた西川市長だが、市長に当選してからは、国政への意欲は見せず市長職に全力を傾注する姿勢を見せている。
このため、今年夏の参院選も道選挙区で、自民、民主、そして第三極の『みんなの党』が候補者を決定する中で、西川市長が〝参戦〟する状況にはない。また、今後4年間でいつ行われるか分からない衆院選についても、現時点で自民党が圧倒的支持率を誇る中、西川市長が〝師〟と仰ぐ小沢一郎が率いる「生活の党」から出馬する可能性は低く、来年の市長選に3選を目指して出馬する可能性が極めて高い。
そんな中で、市長選まであと1年半あまりに迫った市役所人事は、自らの足下を固める人事配置になったと考えられる。つまり、自分の考えを忠実に実行する一方で、議会内からの反発も少ない人事というのが、背景にあったようだ。

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