次期衆院選、民主は佐々木 胸なでおろす今津陣営

 次期衆院選小選挙区本道6区で、民主党の前衆院議員・佐々木隆博(64)の立起が内定した。前回選挙で落選し、その後は参院選比例区に出馬(落選)するなど政治生命をつないできたが、6区の衆院選については民主党候補の交代説も取り沙汰されていただけに、やっと佐々木に落ち着いた格好だ。これで衆院選6区は次も自民・今津、民主・佐々木による戦いの構図が見えてきた。(文中敬称略)

佐々木は特段の配慮をすべき人
民主党は、大惨敗した一昨年12月の衆院選後、次期衆院選に向けて公認候補の内定作業に入り、昨年中に第1次公認候補者として全国で67人を内定した。しかしこの時点では「佐々木隆博」の名前はなかった。
次期衆院選01 しかし、1月21日に開かれた同党常任幹事会終了後に追加公認4名が発表され、その中に佐々木の名前があった。馬淵澄夫選対委員長は佐々木について「(昨年の)参院選に出馬要請された経過からして特段の配慮をすべき人」とし、民主党内の農政通、佐々木の存在を評価した。
佐々木は前回の衆院選で、自民党公認候補の今津寛(67)に3万票以上の大差で敗れた。政権を放棄するかのような自虐解散で吹き荒れた民主党への逆風をもろに被った形ではあったが、3期連続当選を逃した佐々木のショックは計り知れないものであった。
この時佐々木は63歳。政治家としてはまさに脂の乗った時期で、民主党政権の時は、菅内閣で農林水産大臣政務官、野田内閣では農林水産副大臣として、TPP問題の先頭に立って存在感を発揮していた。
道議を5期18年、代議士を2期7年。25年間も負け知らずの選挙を続けてきた男にとって初めて味わう敗戦だったが、この時佐々木は、しっかりとした声で、今後も政治家の道を歩み続ける決意を披露した。
そして昨年4月に開かれた民主党第6区総支部の定期大会では、次期衆院選の候補者ともなる代表に再任され、このことから民主陣営はもちろん対立する陣営でも、民主党の次期衆院選候補が佐々木であるとの認識を持つことになった。
民主党内には「落選した前職、元職が再立起できるのは65歳まで」という定年制が導入されており、次の選挙が4年後だとすれば、佐々木は67歳になっているため立候補の資格がないということになるが、「特段の事情がある場合は考慮する」という抜け道もあり、厳格な適用はなく形骸化している。このため、佐々木が民主党の次期衆院選候補となることは疑いようのないことだった。

(この続きは月刊北海道経済2014年3月号でお読みください)

親会社に翻弄される高砂酒造

 昨年5月末の社長退任に続き、同年11月30日、わずか3ヵ月で社長が退任した高砂酒造㈱(旭川市宮下通17丁目)。同社は、2004年6月の民事再生から立ち直り、品質の高い商品に特化して業績を回復してきた。そのような状況の中、送り込んだ社長の相次ぐ退任で、親会社の日本清酒㈱(札幌市、佐藤和幸社長)の姿勢が問われている。

相次ぐ突然の退任
高砂酒造01 昨年11月30日付で突然退任したのは、同年9月1日で社長に就任したばかりの富山秀春氏(65)だった。高砂酒造は、前任の錺間裕氏(58)が5月末に社長を退任し空席のままだったため、同年8月30日に札幌市で開かれた臨時株主総会と取締役会で、富山氏を社長に就任する人事を決めた。富山氏は旧北海道拓殖銀行出身で、同行が破たんしてその受け皿となった北洋銀行の取締役から札幌通運の専務を経て、高砂酒造の社長に就任した。
富山社長の退任により、同社は再び社長空席のまま運営を続けているが、1月下旬現在、後任の社長は決まっておらず、親会社の日本清酒出身で、高砂酒造の代表権を持つ佐藤哲康常務が社長代行を務めている。富山氏は、社長就任から意欲的に社員と交流し一席設けることもあり、妻と一緒に旭川に居を構えたことからして、短期間のピッチヒッターという気持ちはなかったはずだ。
ところが、富山氏は社内で退任が発表された昨年11月30日の数日前、日本清酒の白髪良一会長へ退任の意思を告げようと札幌へ行ったといわれている。たまたま白髪会長は不在だったため、富山氏は携帯電話で白髪会長へ退任の意思と伝えたという。その内容も「一身上の都合で辞めさせていただく」という一点張りで、電話を受けた白髪会長も狐につままれた思いで、困惑するしかなかったようだ。
その場で退任を伝えた富山氏だったが、白髪会長が出張を終え昨年12月2日に高砂酒造へ出向いたときは、すでに富山氏は出社しておらず、旭川の自宅も引き払っていた。

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旭川市官製談合事件 常習化していた談合体質

 旭川市発注の土木工事を巡り、市土木部の元課長と市内土木業者の間で行われていた贈収賄事件の初公判が1月30日、旭川地裁(二宮信吾裁判長)で開かれた。古川賢被告(51、元市土木部課長)と加藤光一被告(41、拓・飯沼建設社長)の両者は起訴事実を認め、検察側は古川被告に懲役2年6ヵ月と追徴金130万円、加藤被告に懲役1年6ヵ月を求刑し、即日結審した。判決は2月20日に下される。

対照的だった両被告の態度
法廷内では、古川被告と加藤被告の態度や表情に大きな違いがあった。古川被告は終始うつむき加減で、検事や弁護人の質問に対しても、しばらく沈黙したり、弱々しく聞き取りにくい声で答えていた。
それに対し、加藤被告は時折、弁護人と笑顔でやりとりを繰り返し、質問に対しても時折考え込む場面はあったが、はっきりとした声で答えていた。この笑顔でのやりとりが余裕なのか、持ち前の性格からくるものかは分からないが、表情を見る限り、本当に反省しているのだろうかと疑問を感じる瞬間もあった。
裁判は両被告の本人確認から始まり、検察の冒頭陳述の後、弁護人が起訴事実に対し争う意思のないことが述べられ、検察側と弁護人側からの被告人質問と続いたが、そのやり取りの中で、これまで伝えられていなかったいくつかの事実が明らかになった。

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東高の地理特別授業にインドネシア人講師

旭川東高で2学年の地理特別授業が1月23日に行われ、インドネシア出身で北海道教育大学研究生のプレーハントロさん(31)が、インドネシアの文化や風土、日本の印象などについて英語を交えて語った。
フリータウン東高講師01 自国の高校で英語教諭として英語教育に携わってきたプレーハントロさんは、政府の派遣で2012年に来日。北海道大学で半年間にわたって日本語を学んだ後、13年4月からは北海道教育大学旭川校で第2外国語としての英語教育について研究している。
特別授業が行われた日は零下20度近い厳しい寒さとなったが、プレーハントロさんはインドネシアの伝統衣装バティック柄の半袖シャツ姿で登場。「インドネシア人は天気予報を気にしません。太陽が見える日は暖かく、そうではなければ寒い。今朝は太陽が出ていたのでシャツの上にジャケットを羽織って外に出たらとても寒かった。後でマイナス17度と聞いて驚きました(笑)」とユーモアを交えて語りかけた。
プレーハントロさんはプロジェクターを使用しながらインドネシアの人口や民族、言語、農業などについて説明。またインドネシアの教育制度についても説明し、「教育省と宗教省の2つの省庁が学校を管轄していて、教育省下の高校では17教科、宗教省下では社会学なども加わって23教科を学びます」などと話すと、生徒たちは興味津々の表情で頷いていた。
授業の最後には生徒2人が英語でお礼の挨拶。今春帰国するプレーハントロさんに対し、「今回の授業は私たちにとって特別な体験になりました。また旭川に来て下さい」と笑顔で呼びかけた。