旭川歯科学院専門学校の第50回生が戴帽式

cap旭川歯科学院専門学校の平成26年度戴帽式が1月30日、旭川市民文化会館小ホールで行われ、学校関係者や父母が見守る中、2年生55名の学生が決意と自覚を新たにした。
同学院は昭和39年創立。道内の歯科衛生士養成学校の中では最も古い歴史と伝統を持ち、毎年100%の就職率を維持。多くの卒業生が歯科診療所などで即戦力として活躍している。
戴帽式は、2年生が臨床実習を始める前に行われる同校の伝統行事で、歯科衛生士としての基礎学習を終了した証としてナースキャップを授与。これまでは同校校舎で行われていたが、歯科衛生士を目指す高校生や一般市民にも広く参加してもらおうと、昨年から市民文化会館で開かれている。
戴帽式は厳かな雰囲気の中で行われ、名前を呼ばれた学生が1人ずつ壇上にあがり、緊張した面持ちで教職員からナースキャップを付けられた。
山田均校長は「戴帽式の感動を忘れることなく、歯科衛生士の職務の重要性をしっかりと認識し、医療人の心を持ち続けて自己実現をはかって欲しい」と激励。また学生を代表し、田中美帆さんが「歯科衛生士として知識や技術はもちろん、精神的にも成長するよう努力し、これからの臨床実習に励みます」と誓った。
キャンドルサービスでは、学生全員が火を灯したろうそくを手に壇上に整列。医療の道に進む者として精進することを誓った。

「地方創生」旭川市のプランは

 「地方が成長する活力を取り戻し、人口減少を克服する」─世の中に〝地方創生〟の言葉が躍るなか、都道府県や市町村では2015年度中とされる地方版総合戦略づくりに追われている。各自治体のアイデア次第で国から手厚い交付金を受け取れる仕組みで、市町村にとってはまたとないチャンス。タイムリミットの1年後に向け、旭川市はどんな戦略を打ち出していくのか──

地方活性化 対策は効果不十分
東京など大都市圏への一極集中が加速する中で、地方の疲弊を克服しようと、歴代政権はこれまで、あの手この手の地方活性化策に取り組んできた。
竹下内閣では「ふるさと創生事業」を打ち出し、全国の市区町村に使途自由の1億円を交付した。小渕内閣では、15歳以下の子どもがいる家族と65歳以上の高齢者らに、2万円分の「地域振興券」を交付した。
第1次安倍内閣では頑張る地方応援プログラムとして、地域活性化に意欲的な自治体に地方交付税の一部を重点配分した。菅内閣では「地域自主戦略交付金」として、使途が特定される補助金の一部を自治体が自由に使い方を決められる一括交付金に切り替えた。
しかし、いずれの政策も地域活性化や少子化対策で十分な効果を上げるものではなかった。
これらの反省の上に立ち、地方創生を目玉政策に掲げる第2次安倍内閣は、石破茂氏を地方創生担当大臣とし「まち・ひと・しごと創生本部」を立ち上げ、疲弊を続ける地方に目を向ける政策づくりに取り組んだ。
国が考える地方を創生するための基本策は、地方に「まち・ひと・しごと」を生み出すこと。端的に言えば、歯止めのかからない人口減少を克服することで、大都会から地方へと、これまでとは逆方向の人の流れを作るのがねらい。

表紙1503
この続きは月刊北海道経済2015年3月号でお読みください。

政治意識退潮?! 市議目指す市職員がいない

 かつては4人もの市議を抱えていた市役所の職員団体・市職労も、今年の市議選ではわずか2人の候補を擁立するにとどまる。しかも1人は元市職員ではなく、市職労が独自に雇用していた人物。つまり、生え抜きの市職員で市議を目指すのはわずか1人。市職員を退職してまで市議に転じることは、もう終焉の時期を迎えているのかも知れない。(文中敬称略)

保守VS革新
市職労が隆盛を極めていたのは、いまから30年ほど前のことだ。自民党をバックとする坂東徹が、市民から絶大な支持を得て市長3期連続当選を果たしていた時期と合致する。保守VS革新、自民党VS社会党という、熱い政治の時代だった。
この坂東市政に対し、市職労は市立旭川病院の病院労組、市水道局の水道労組と共闘を組み〝反坂東〟を旗印に、組織内候補の擁立を強力に押し進めた。そして、1987年の市議選では、すでに市役所を退職し、五十嵐広三代議士(元市長)の秘書を務めていた高原一記を市職労新人候補として擁立。すでに市議ポストを手にしていた沼田進、中村悦、渡辺雅英とともに4議席の奪取をねらった。
結果は、高原が当時としては市議選史上トップの6400票を超える最多得票を筆頭に、沼田が11位、渡辺が15位、中村が19位とすべて上位当選を果たした。当時の定数が44だったことを考えれば、市職労の組織内候補の強さばかりが目立つことになった。
そして、四年後の市議選では、副議長を務めた沼田、中村の2人が勇退。このあとを引き継いだのが、現議長の三井幸雄だ。つまり、この時点で市職労の組織内候補は1人減の3人。それでも高原、三井、渡辺の3候補は選挙戦で強さを見せ、高原の2度目のトップ当選に続き、いずれも上位で連続当選を果たした。
その後もこの3人が市職労の組織内候補として当選を続けたが、8年前の2007年の市議選では、高原、渡辺が勇退。代わって白鳥秀樹が後継として出馬したものの、2人が抜けた穴を白鳥1人で補うことになる。三井とともに組織内候補2人へと目減りした。
しかし、その三井も6選を契機に、今期限りでの勇退を表明。その後継者がだれになるのか、注目を集めた。

労組雇用職員
結果、三井後継に指名されたのは、本誌で既報の通り、佐々木隆博代議士の公設第1秘書を務めていた高木啓尊(49)だった。
高木は大阪府生まれで、大阪府立今宮工業高校を卒業後、民間企業での勤務を経て、大阪市役所に就職。労組の大会で旭川を訪れた際に、旭川が気に入り、2001年に移住。その後、旭川市役所の市職労に雇われ、10年からは佐々木代議士の秘書となった。
つまり、市職労には勤務していたものの、旭川市の職員だったのではない。市職労が独自に雇用した職員なのだ。この結果に三井議長は「市職員の中から、市議選に出馬することにだれも手を挙げなかったから、高木さんに決まったわけではない」としながらも「自ら積極的に市議選に出馬するため、市職員を退職するということは、これからはあまりないのではないか」と見る。

表紙1503
この続きは月刊北海道経済2015年3月号でお読みください。