アシスト建築企画ドタバタ破綻劇

 「支払うべき資金調達のめどがたたないので4月末で事務所を閉鎖する」と、通知書一枚で廃業宣言した㈱アシスト建築企画(旭川市豊岡4条2丁目、遠藤修司社長)。騒然となった取引先に司法書士から裁判外の和解通知書が届いたが、わずか1ヵ月でその司法書士が辞任し結局、弁護士による破産申し立てに入った。13年前に大ヒンシュクをかった倒産の前歴が遠藤社長にあり、今回のアシスト破綻との共通点も多く、債権者からは「本当に資金が行き詰まっての破綻なのか?」との声も。

届いた〝廃業宣言〟
アシスト アシスト建築企画(以下、アシスト)は、2003年2月に創業した建築業者。木造マンションやヤクルトの地区センター新築のほか、個人住宅やグループハウスなどの工事を手掛け、ピークの12年1月期決算では8億9000万円余りの売り上げを計上した。
 そのアシストからの一通の文書が同社取引業者に届いたのは、4月下旬だった。
 「謹啓 誠に申し訳のないお知らせを、突然 書中をもってご報告を致しますことに対し、心より深くお詫びを申し上げる次第であります」との書き出しに始まり、以下、次のように続く。「さて、弊社こと、長年にわたり関係者各位様より、あたたかいご支援、お引立てを賜り、今日まで営業を続けてまいりましたが、この度、諸事情により廃業を致すことになりました。勝手ながら、4月末日限りで事務所を閉鎖することにしました。存続の努力をしてまいりましたが、結果として、今月末の支払いすべき資金調達のめどが不可能となり多大なご迷惑をおかけする事と相成り、本当に申し訳なく心よりお詫び申し上げます。平成27年4月27日 ㈱アシスト建築企画 代表 遠藤修司」
 文面はきわめてていねいだが、要は、月末の支払いができないので廃業するとの通告だった。
 実は前月3月分の支払いも滞っていたため取引先は同社に督促。アシストの遠藤社長は「4月末に完成工事代金が入るのでそれで支払う」と答えていた。4月末に間違いなく支払われることを、23日㈭から24日㈮にかけて再度確認していた業者も少なくなく、週が明けたならば入金になると一安心していたところに火曜日28日に〝廃業宣言〟が届いたわけで、「騙された!」という思いを強く抱いた。「完成工事代金で支払うと言いながら、廃業通知を用意していたのだろう」と、怒りが収まらない。

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旭川市、全国で初めて未届け有料老人ホームを公開

 本誌はこれまで2度にわたって「未届け」が「届け出」を上回る旭川市内の有料老人ホームの実態を取り上げてきた。行政も決して手をこまねいていたわけではないが、特効薬的な策もなく未届け施設の改善は困難を極めていた。一方、法律は未届け施設に甘く、未届けである方が介護保険制度の網から漏れ、施設経営に有利に働くという矛盾があった。しかし「真面目な施設が損をする制度はダメ」と旭川市は全国の自治体に先駆けて改善策をスタートさせた。

3億円の支払いから解放された旭川市
 本誌昨年12月号で「未届け有料老人ホームには介護保険制度の〝住所地特例〟が適用されず旭川市の負担が年間3億円(推定)も増えている」と未届け施設の弊害と介護保険制度の矛盾点を指摘した。
 〝住所地特例〟とは、他市町村から旭川市内の有料老人ホームなどに転居してきた被保険者への介護保険給付は、それまで住んでいた市町村が引き続き保険者となって介護費用を負担するという制度。
 通常は、被保険者が居住する市町村が保険者となり費用を負担するが、他の市や町から転入してきた人まで被保険者にすると、介護施設が集中し、転入者の多い都市の保険金給付が増加し、財政上の不均衡が生じる。
 その不均衡を回避するために設けられた特例措置が〝住所地特例〟なのだが、転居先の有料老人ホームが未届けだった場合はこの特例が効かないことから、未届け施設が100ヵ所を超える旭川市は、推定で年間3億円も余計な保険金を支払っていた。

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道議会のウルトラマン 真下紀子団長奮戦記

 4月の統一地方選で日本共産党は4人の道議会議員を誕生させた。そのうちの一人が旭川市選出の真下紀子氏(58)。4期目となる真下氏は、要件を満たし〝会派〟となった共産党道議会議員団の団長となり、3人の共産党新人道議を引っ張る。道議会で女性議員が会派の代表になるのは議会史上初。6年前には「道議会の仕事人ランキング」(NPO法人リンカーンフォーラム北海道発表)で第1位に選ばれ、道議会の質問回数も2期連続第1位の真下氏の仕事ぶりを追ってみた。

衆院選道6区立起後萩原道議の後継者に
真下氏は、3期務めて勇退した共産党の萩原信宏氏の後継者として2003年4月の道議選に初挑戦。定数6に対し7人が立起する無風に近い選挙戦だったが、自民、民主、公明の強敵を相手に堂々の5位で当選を果たした。
mashita萩原氏は、1万5千票が限界とされていた道議選における共産候補の得票を毎回1万票も上積みし〝共産党の怪物〟と評されたが、その後継者として登場した真下氏もまた、共産の基礎票をはるかに上回る得票で3期連続当選を重ね、4期目は第4位当選と安定感を見せつけた。
道議選初挑戦の3年前、2000年には共産党公認で衆院選北海道6区にも挑戦している。この時は、民主党の佐々木秀典氏、自民党の今津寛氏、自由党から出た西川将人氏(現旭川市長)を相手に戦い、落選はしたものの旭川市内では西川氏を上回る2万1376票を集めている。
「あの時は勢いだけで出た」と振り返る真下氏だが、この選挙経験がきっかけで怪物・萩原氏の後継者に選ばれることになり、「政治家になるつもりなど全くなかった」という真下氏の人生を大きく変えることになる。
1956年8月7日生まれ、十勝管内豊頃町出身。帯広三条高校、北大医学部付属看護学校卒業後、旭川医大病院・小児科クリニック・保育園などに看護師として勤務、97年に新日本婦人の会旭川支部常任委員、99年に共産党国会議員団旭川事務所長、日本共産党地区道政事務所長を務めている。

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保守の足並み乱れて民主、共産で決まった市議会正副議長

 定数2減で激戦となった旭川市議選同様に、議長選挙も熾烈な戦いだった。順当にいけば所属議員数が最も多い「自民党・市民会議」の候補が議長の座を射止めるはずであったが、足並みの乱れから〝最高職〟を逃した。議長に就任したのは第2勢力「民主・市民連合」の塩尻伸司(68)。副議長ポストも公明党が獲れずに共産党に移った。

過半数に達せず
shio4月26日に投開票された市議会議員選挙では、定数が36から34に2減されたほか、前回は38人の立候補者にとどまったのに対し今回は2人増の40人になったため、〝少数激戦の狭き門〟となった。自民党の推薦を受けていた新人候補のほか、維新の党公認候補、そして完全な無所属の候補が相次いで落選。加えて自衛隊の支持に期待していた現職候補も落選したことで、市議会の勢力図に変化が起きた。
そして改選後の5月8日に開かれた全議員が出席する議員協議会では、自民党を中心とする保守系の議員が新人議員を含めて「自民党・市民会議」を結成することになった。所属議員は最大勢力の11人だ。
一方で、西川将人市長を支える「民主・市民連合」は、新人議員を含めても10人にとどまり、所属議員数が1人少ない「第2会派」になることが確定した。つまり、単純に会派の人数だけを比較すれば、議長は最も多くの議員を抱える自民党・市民会議から、そして副議長は2番目に多い民主・市民連合から選出されるのが「順当」とみられた。
ただ、議員定数は34人であり、自民党・市民会議も民主・市民連合も過半数を確保していない。このため、残る議員が、どの会派に投票するかに焦点は移った。二大会派以外の勢力は、「公明党」が5人、「日本共産党」が4人、そして「無所属」が4人だ。

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