旭川市道路工事で「談合破り?」

 昨秋、旭川市が補正予算の〝ばらまき〟で公共事業が一気に増加した反動で、今年度に入ってから公共工事の発注量が激減している。そんな状況の中、旭川市内のAクラスの建設業者の間で「落札するはずだった業者の『下を潜り』、別の業者が落札した」という噂が流れた。言うまでもなく業者間の談合は違法行為だが、業界独特のしきたりが通用してきたのが現実。ここに来て公共工事の減少のために業者が〝話し合い〟で仕事を振り分けるシステムが崩れ、ガチンコ勝負が始まる兆しが見えてきた。

Aクラスでは 「異常」な落札率
 7月中旬、市内のある情報通から「6月に入札が行なわれた旭川市発注の公共事業で、落札するはずだった業者の下を潜り落札した業者があった」と、本誌に情報が届いた。この工事は市道の改修で、比較的大手の「Aクラス」に指定された業者が参加できる一般競争入札だった。予定価格は約9000万円。
 市契約課の開札記録票によると、入札した業者は5社。情報通によれば、このうち1社が落札することが事実上決まっており、3社がこれよりもやや高い金額で入札している。
d ところが、別の1社が他の4社より率にして2~3ポイント低い金額で入札した。落札率は93・7%と、Aクラスが参加する類似した工事の入札率としてはかなり低めだ。
 もちろん、この金額や落札率から談合が行われ、それが破られたと断定することはできない。そこで落札する予定だった業者をよく知る事情通に取材すると、以下のように解説してくれた。
 「落札予定だった業者の幹部は明言こそしなかったが、苦笑いを浮かべ『やられた』という表情を見せた。その表情を見て再度確認したところ、首を縦に振った」
 ただ、この「落札予定」だった業者も、いつまでも談合が通用するとは思っていないようだ。「この幹部は以前から、同業間の〝話し合い〟に疑問を持っていた。『もう談合などというやり方は古い』というのが口癖だった」(事情通)
 繰り返すが、談合は違法行為であり、社会的には認められていない。とはいえ業界をなおも支配している暗黙のルールが破られた可能性が大きい。今回、談合が破られたとすれば、他のAクラスの業者はどのように対応するのか。市内のある建設業幹部は、「約束を破ったわけだから、次からはその業者に情報が伝わらなくなる。それを恐れ、どこかで詫びを入れるのか、もしくは『あれは積算ミスだった』と言い逃れをするのか。それは今後の業者間の動きを見ればおのずとわかってくる」と、今後の動向に注目する。

表紙1509
この続きは月刊北海道経済2015年9月号でお読みください。

キルギスに道北の食を売り込め!

 かつてシルクロードの中継地点として栄えた中央アジア・キルギス共和国。日本人にはほとんど馴染みのない〝未開の地〟に道北の食を売り込もうというユニークな試みが、民間団体「食べマルシェブランドの価値を高める委員会」(伊藤友一委員長)によって進められている。交流は順調で、8月下旬にはキルギス代表団が来旭し工場見学や商談会を実施。経済交流にはずみがつきそうだ。

経済成長率10%台
k キルギス共和国は中央アジアに位置する旧ソビエトの国。国土は東西に長く、中国との国境には天山山脈、南隣りのタジキスタンに向かってパミール高原が広がる自然豊かな国で、「中央アジアのスイス」と呼ばれる観光スポットともなっている。
 面積は日本の約半分で人口は540万人。キルギス人と日本人は顔がかなり似ていることもあり、日本人に対して強い親近感を持って日本語を勉強する学生も多く、「親日の国」としても知られている。中国やロシアから欧州へと通じる流通の要所で、近年はレアメタルの輸出で実質経済成長率が年10%台という急速な発展を遂げている。
 日本人には馴染みの薄いキルギスに、旭川と道北の食を売り込もうと積極的な活動を行っているのが「食べマルシェブランドの価値を高める委員会」(以下食べマルシェ委員会)だ。
 同会の発足は2014年春。「たいせつ食の元気隊」や「旭川ラーメンバーズ」の代表として初年度から「北の恵み食べマルシェ」に関わってきた伊藤友一さん(デザインピークス代表取締役)が呼びかけ人となり、「食べマルシェをひとつのブランドとして確立し、国内外に北北海道の食をアピールしよう」と、市内の食品会社や飲食店の若手経営者やフードコーディネーターなどに声をかけて立ち上げた。
 「食」をキーワードに、東南アジアやロシアを商圏として進出する道内企業が増える中、日本人にとっていわば〝未開の地〟ともいえるキルギスに白羽の矢を立てたのは、日本の食文化の輸出を手がけているNPO法人「和食文化とおもてなし促進機構」(東京)からの呼びかけがきっかけだ。

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ハンドメイドの魅力追求「キクヤ」の職人魂

海外などの工場で大量生産される既製品の靴が大半を占める中、今でも注文靴を製造している店が旭川市内にある。ロータリーに面した「皮革工芸キクヤ」(旭川市9条通7丁目)がそれだ。靴のオーダーメイドといえば〝絶滅危惧種〟と呼んでも過言ではないが、味わいを追求したハンドメイドの靴からは、職人の心意気が伝わってくる。

筋金入りの職人
じつに多くの革の切れ端で埋もれたキクヤの作業場で時折雑談を交え、靴を修理するのは菊谷康生さん(81)。15歳の時から、この世界に身を置く筋金入りの職人だ。
「昔は猛者がたくさんいたが、もう、老いぼれの出る幕はないよ」とおどけながら、20種類ほどある道具を自在に使い分けて、作業を続ける。
菊谷さんによると、かつて旭川市内には注文靴を作る店が5、6軒ほどあり、それぞれ10人ほどの職人を抱えて顧客から注文を受けた靴の製造にコツコツと励んでいた。護国神社祭や上川神社祭、そして盆の時期に合わせて、新しい靴を作るのが一つの慣習とされていた時代もあり、菊谷さんら職人は夜を徹して靴を仕上げた。
kikuya以前はスキー靴やスケート靴、野球のスパイクまで、菊谷さんら地域の職人がオーダーメイドで作っていた。カムイスキーリンクスのPRのため、スキー場の斜面を滑ったセントバーナード犬に履かせたスキー靴を手がけたこともある。この時は、子供の木型に肉付けして犬の足に合わせたという。現在、これらのスポーツ靴には多くのプラスチック部品、金属部品が用いられていることから、小規模な工場に注文が来ることはほとんどない。
旭川市内で靴用品の卸売業を営む「長谷川商店」(2条通4丁目)の長谷川定則社長は、「昔は今のような靴の既製品がなく、革の注文靴やその材料などがよく売れた。革靴の底には『底金』と呼ばれる金具をつけたが、それが父親(長谷川忠太さん)の代には年間何トンも売れた。注文靴のころは、底もアッパー(靴の甲の部分)も革だったので防水クリームも売れたし、靴を磨いていた人たちもプライドを持って仕事をしていた」と話す。
先代の忠太さんはしばしば、業界のあり方を変えた二つの要素として、合皮底の出現と、メーカーによる防寒靴の本格的な販売を挙げている。それでも注文靴にはいまも根強いファンがいる。「注文靴の魅力といえば、何と言っても通気性にすぐれ、足にもなじむこと。本当にオシャレな人は、今でも注文靴を履く。手間ひまがかかるが、お客の要望にどう応えていくかが靴職人にとっての課題」(定則さん)

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