旭川市立小中学校、17校が統廃合対象

 旭川市立小中学校の統合、そして廃校について、旭川市教育委員会は市内を5つのブロックに分けて検討を進めている。そのなかで早々と廃校が決まったのは、西神楽地区の聖和小。かつては廃校に地域住民が猛反対をしていたが.今回は同意。12月議会で正式に提案される。同校と同じく生徒数の減少により市内で廃校が予想される小中学校は17校を数える。市教委の計画通りに進むのかが注目される。

欠学年は拠点校も

 市教委では、いま旭川市立小中学校の適正配置計画(ブロック別計画素案)というタイトルで、市民から意見を募集している。いわゆるパブリックコメントだ。

 児童数の少ない学校を他の学校に統合し、現在の学校を廃校とする基本方針としているのは、まず小学校では5学級以下の『過小規模校』と児童数が100人以下の『小規模校』。中学校では5学級以下の『過小規模校』が対象となっている。

 ただ、統廃合にあたっては、通学距離を小学校では4キロ以内、中学校では6キロ以内を目安としている。また、地域拠点校として、旭川小、旭川中、近文第一小、東鷹栖中、西神楽小、西神楽中、江丹別中、江丹別小の8校を指定し、存置することを確認。ただし、数年度にわたり、在学する児童生徒がゼロとなる「欠学年」が生じたときには統廃合を検討するとしている。

東ブロックでは3校統廃合対象

 今回の計画によると、まず市内を5つのブロックに分け、統廃合の具体的な校名をあげている。ここでは5年を一つの区切りとし、さらに15年を一つのスパンとし、5年ごとに見直しをする予定だ。

 計画では、まず「中央・東・東旭川ブロック」では、今後5年間で旭川第一小、旭川第二小、そして旭川第二中を統廃合の対象としている。このうち旭川第一小は現在、児童数が9人で、学級数は3、旭川第二小は児童数が23人で、学級数は4。どちらも欠学年が生じている。また旭川第二中は1年生から3年生までそろっているものの、全校生徒が76人にとどまっているほか、15年後の推計では34人に減少すると予想されており、他校との統合が検討されることになっている。

 また、5年後以降には市中心部にある日章小も統廃合の対象に含まれており、存続は危うい事態になっている。

 「神楽・西神楽ブロック」では、聖和小の廃校が決定的となった。児童数の減少により、地域住民からの要望も強く、近隣の西神楽小へ通学することになる。12月に開会する市議会に聖和小を廃校とする議案が正式提案されることになっており、廃校はほぼ間違いない。

 同じブロックの千代ケ岡小も聖和小の児童数11人に対し18人と同程度に留まっているため、聖和小と同じく廃校にして西神楽小に通学することも考えられる。ただ、これは地域住民の意向もある。

 千代ケ岡の住民からは「西神楽、あるいは神楽の住民と千代ケ岡の住民には地域に対する考えの違いがある」との意見があり、学校も別々のほうがいいという考えのようだ。ただ単に、西神楽地区と同一視されることには抵抗があるようで、すんなりと西神楽小に編入することにはならないようだ。

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北彩都シンボル施設公募に道外企業参加

 西川将人市長が公約に掲げた旭川のシンボル的施設建設を目指している北彩都市有地に、ようやく買い手がつきそうだ。保養と食、医療をテーマに掲げた複合施設が建設される構想で、道外大手と旭川の企業がジョイントし計画を進める。利用者は市民だけではなく、道内外や海外からの観光客も対象とし、市では国から認可を受けたプラチナシティ構想を体験できる第一弾としたい考えだ。

購入条件を大幅に緩和

kitasaito 1996年10月、北彩都あさひかわ地区の土地区画整理事業が開始された。2010年11月には市長2期目を目指した西川市長が、同地区の中にシンボル的施設を建設する構想を公約に掲げて当選した。11年3月には、旭川市中心市街地活性化基本計画が国に認定され、シンボル施設を賑わい創生の拠点と位置づけ、同年9月、有識者らによるシンボル施設懇話会が設立。12年3月、この会で示された5つの案を元に公募の手法などが検討され、13年7月に公募が開始された。

 ところが、同年10月28日の締め切りまでに応募した業者は皆無で、締め切りを半年間先送りして翌14年3月28日としたにもかかわらず、応募はなかった。JR旭川駅から徒歩数分の一等地にありながら、応募者すら現れなかった理由について市では、「土地が広すぎたことに加え、シンボル的施設建設という縛りが敬遠された原因ではないか」と分析した。

 そこで市は、土地を一括だけでなく2分割して購入できるよう、しくみを変更した。さらに、施設懇話会から答申された5つの案に関して「あくまで参考であり、イメージと異なる提案について却下するものではない」という注釈を盛り込み、条件を大幅に緩和した。

 この土地は、総面積が1万7496・35平方㍍。最低処分価格は初回の公募より約1割値下げして平方㍍単価4万7700円、8億3457万5000円とした。分割での購入は、西側を1万2078・23平方㍍(残る東側5418・12平方㍍)、もしくは東側を12263・02平方㍍(西側523・33平方㍍)として、いずれも広いほうの最低処分価格を5億7000万円台に設定した。

「万全の体制」で2度目の公募

 2度目となった公募は、昨年11月の市長選が終わったあとの12月12日から開始され、今年8月31日を締切日とした。市長選がなければ、もう少し早い時期から公募する予定だったが、西川市長が2期目に引き続き3期目も公約として掲げる重要案件のため、万全を期して臨んだ。本来、北彩都地区の市有地を販売する市の部署は都市建築部北彩都事業課だが、市の中枢の部署である総合政策部の政策推進課が受け持ったことに、市の意気込みが表れていた。

 公募期間中の今年5月27日に、市は現地の視察・説明会を開催。参加した企業は、道内外合わせて9社、12人。業種は建設業4社に金融機関2社、設計業2社、建設関係の財団が1社。9社の中で道外企業は、金融1社と建設2社、設計1社の計4社。現地を視察した後、市職員とのやり取りでは、特に突っ込んだ質問はなかった。

 記者はこの視察に同行したが、参加企業関係者はあまり関心を持っていないように感じた。とはいえ市では「周辺にどんどん建物が建設され、人の流れが生まれてきた。建設中やこれから建設されるものもあり、これまでと違った結果になるのではないか」と期待を寄せていた。

 このような経過をたどり8月末の締め切りを迎えたが、市のある幹部は「少なくとも道外企業の1社が手を挙げている。具体的な企業名は言えないが、保養や医療、食をテーマにし、地元旭川の企業がジョイントして計画を進める意向だ。土地は一括して購入する」と明かす。

 企業名がはっきりしないため、ここからは推測になるが、これら3つのテーマから真っ先に思い浮かぶのは、道外や海外から訪れる富裕層向けの観光客を対象にした医療ツーリズムだ。日本医師会や地方の医師会が、混合診療につながるなどと警戒して原則的反対の態度を示しているが、旭川ではすでに実践している医療機関もある。

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ジャズマンス 20年の活動にピリオド

 20年続いた音楽イベント『ジャズマンス・イン・旭川』が幕を閉じる。チック・コリアやゲイリー・バートンなど超大物ミュージシャンの招聘(しょうへい)、国内では珍しい子どものジャズグループ旗揚げ、障害を持つ子どもたちの音楽教育など功績は大きい。「札幌の『シティジャズ』のように行政がバックアップして続けることはできなかったのか。音楽の街なのに寂しい」と、市民から惜しむ声が上がっている。

ジャズの魅力を発信
 開基100年事業の一環として建設された旭川大雪クリスタルホール。音楽専用ホールを求めていた市民団体『ぬくもりホールの会』などの運動から、音響の美しさにこだわり、壁や床に木をふんだんに使った音楽堂もつくられた。オープンしたのは1993年で、「音響は国内一」と高く評価された。

jazz 以来、室内楽中心のホールとして使われてきているが、音楽堂がオープンした翌年、ぬくもりホールの会で中心的な活動をしていた村田和子さんが、ヴィブラフォン奏者のゲイリー・バートンとジャズピアニストのチック・コリアを招聘し、音楽堂でデュオ演奏が実現した。

 共にグラミー賞受賞者の2人の巨匠のデュオ演奏が実現したのは実に14年ぶりのこと。それがニューヨークでも東京でもなく、日本の地方都市旭川で行われたことは音楽界にとって衝撃的なことで、大きな反響を呼んだ。公演は大成功を収め、2人の巨匠は音響だけでなく規模や客席との距離感も気に入り音楽堂を絶賛。これが『ジャズマンス・イン・旭川』の生まれるきっかけとなった。村田さんが音楽家の佐々木義生さんらと「旭川からアコースティックジャズを発信しよう」と、ジャズのイベントを企画したのだ。

 ゲイリー・バートンとチック・コリアの2巨匠は翌年再び来旭し、チック・コリアはソロコンサートを開催し、ゲイリー・バートンは村田さん・佐々木さんが企画したジャズマンス・イン・旭川のメインメンバーとなった。

 28日間にわたって開催された第一回のジャズマンスの出演者はゲイリー・バートンのほかタイガー大越、小曾根真らそうそうたるメンバーで、佐々木さんもベーシストとして参加、出演した。音楽堂でのコンサートを2回、富良野や東川での5回の地方公演、7回の学校訪問と2回のライブハウスコンサートを繰り広げた。

ジュニアバンドも

 翌年もゲイリー・バートンらをメインメンバーにコンサートや学校訪問を行ったほか、障害のある子どもたちを招いたコンサートや情緒障害の子どもたちを対象とする音楽教室も9回実施された。

 障害のある子どもたちを招いたコンサートと音楽教室を発展させて、音楽療法を行う『スモールワールド』もこの年、旗揚げした。障害のある子どもたちに潜在する音楽の才能を発掘しているボストン・バークリー音楽大学の自閉症児ジャズバンドに倣ったものだ。

 3年目の年、97年には、日本ではおそらく初と思われる子どもたちのジャズバンド『ジュニア・ジャズオーケストラ』を発足させた。小学4年生から中学3年生までが対象で、日本のジャズ界トップクラスの奏者が直接指導し、キャンプ(合宿練習)も実施された。

 この年からは開催時期が秋に変更となったが、音楽堂でのコンサート、地方公演、学校訪問、障害児音楽教室といったプログラムで開催が続いていく。

 ジュニア・ジャズオーケストラは発足して7年目の2003年に国際ジャズ教育協会の招きでニューヨークでの国際大会に出場。「本物を聞き、体験し、知る」をモットーにした旭川の指導で獲得した技術や演奏姿勢がニューヨークで高く評価された。

 11回目となった2005年には、カウント・ベーシー・オーケストラで作曲・編曲を担当し数々の歴史的名曲を発表した大御所・サミー・ネスティコも参加して大きな話題となった。

 06年から3年間は「アジアのジャズ」を追求。モンゴルの伝統音楽を学ぶ子どもたちを招待し交流、ウズベキスタン、バリの子どもたちと続けた。

 クリスタルホール開館20周年となった13年にはチック・コリアとスタンリー・クラークのデュオコンサートを実現。チック・コリアは5度目の来旭となった。

 そして21回目のジャズマンスが11月22日、23日に開催されるが、今年がフィナーレとなる。

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旭川の中心街で「熱気球体験」

kikyuu 旭川市の中心部から半径50㌔圏内で体験できるアクティビティを紹介する日帰りツアー「アサヒカワ モトクラシー」。市内の旅行代理店「旭川まるうんトラベル」が、地元で暮らしている人々(ジモトグラシ)と、地元の人でも知らない穴場(灯台モトクラシ)を案内したいとの思いから企画したものだが、その一環として7月25日から8月16日まで行われたのが「熱気球体験」だ。

 JR旭川駅に近い市有地(宮下通12丁目)で、地上約20~30㍍の高さに熱気球を固定して上下する「係留フライト」が行われ、搭乗者は熱気球ならではの浮遊感と旭川の街並みを楽しんだ。日中は気温の上昇とともに風が吹き始めるため早朝が格好のフライト時間。期間中、「街中で飛ぶのは珍しい」「夏の思い出にしたい」と一日平均約80人が搭乗した。

 パイロット役を務めた旭川バルーンクラブ代表の菅井将章さんは「風に左右されるが、みんなで楽しめる大きなオモチャ」と熱気球の魅力をアピール。企画した旭川まるうんトラベルの林和寛ガイドマネージャーは「熱気球が持つアドバルーン効果や地方創生の流れを踏まえ、地域資源を活用しながら、このエリアの活性化をはかっていきたい」と話していた。