2016年07月号の記事一覧

読み物

  • 「勝てるのか!」と加藤、「勝って見せる!」と今津 次期衆院選めぐり今津寛と加藤礼一が大激論
  • 旭川市は前向き姿勢だが…空港民営化の損得勘定
  • 旭川市人事小池教育長勇退濃厚、後任は長谷川監査委員か?
  • 社長夫婦も聞いていなかった士別「しずお建設」のM&A
  • 経営難?大手介護施設が売却を検討
  • フィール旭川シンガポールファンドへ25億円で売却
  • 行政が指導するも解決のメド立たない豊岡の「ごみ屋敷」
  • 名作「約束」のリメーク版 シナリオライター石森史郎氏が永山を舞台に映画製作
  • 家が傾いてきた!地盤沈下は樋門工事の影響?河川事務所に原因調査を求めるが…
  • 孝山流のサラブレッド 菅野優斗さん津軽三味線“日本一”に輝く
  • 西武B館一部地権者敷金使い果たし「返せない!」
  • 「マルカツ」オーナーが経営不振の責任取らされ突然の辞任
  • もつれる藤田観光ワシントンホテルの契約更新
  • インタビュー 旭川平和通商店街振興組合 大西勝一理事長
  • インタビュー 法人会全国青年の集い北海道大会 水上崇実行委員長
  • 今月の視点 情けない舛添都知事の醜聞 なぜこんな人が首長に? 西田勲
  • 旭川市のLGBT(性的少数者)は2万人? 求められる行政の支援体制
  • 結婚式を挙げないカップルは2組に1組 「ナシ婚」時代のブライダル事情
  • 「実子殺害」「18歳で夭折」「露悪詩人」 旭川ゆかりの無名の文学者たち
  • 「懐かしい」かりんとうに新たな魅力加える“北かり”三葉製菓 85年間の歩み
  • 7条緑道 西川徹郎文學館 開館から10年
  • 経木」の伝統守る野崎経木工場 通気性殺菌性でクローズアップ

特集・専門学校

  • 表紙1606旭川医療情報専門学校
  • 北海道医学技術専門学校
  • 旭川医師会看護専門学校
  • 旭川歯科学院専門学校
  • 旭川大学情報ビジネス専門学校
  • 旭川理容美容専門学校
  • 旭川調理師専門学校

企業・文化・地域情報

  • ミニ事件帳
  • 旭川理容美容専門学校の市民セミナー/女性経営者が全国交流会に集結
  • ぽっかぽかグループ代表 千葉真也氏がカンボジアの世界的な観光地に診療所開設
  • 「GO! GO! LOCAL」掲げ 来春「総合学科」へ転換する旭川明成
  • 大好評!健康増進「きたえる~む旭川」 4店目開業
  • 無人サービス「ドリーム24h」いつでも預け入れ・引き取り ランドリーム
  • 展望花畑「四季彩の丘」
  • 「キリンラガー」が登場! 旭川グランドホテルのビアガーデン
  • 第14回さんろくラリー 7月7日開催
  • 恒例の生ビール企画第8弾 「夏だ!ビールだ!オールディーズナイト!」
  • 旭川しんきんと旭川大が包括提携
  • 劇団どくんご テント劇場で公演
  • 夜空に乾杯!旭川トーヨーホテルの屋上ビアガーデンがオープン
  • 冒険家・荻田泰永さん ジャパニーズバー椛で北極圏1000㌔単独行を報告
  • 旭川青年大学で“尾木ママ”が講演
  • 熱い夏でもさっぱり らーめん蔵の「冷やしめん」
  • 旭川駅前広場で「旭フェス2016~進撃の旭川」
  • 求人情報誌「あさひかわお仕事Navi」無料職業案内所も開設
  • 水祭 石狩川フェスティバル
  • 数寄屋造りの純和風旅館「雪の屋」
  • 美瑛の花畑「ぜるぶの丘」
  • 読者プレゼント 鷹栖町・助安農場「椎茸セット」
  • JAびえい本所3階でライブ演奏会
  • JAびえい食堂が一新「美瑛彩レストラン なごみの森厨房」
  • 「北海道においでよ」とカップリング 枝園清一さん「旭川空港」
  • 話題のペットショップ「COO&RIKU」
  • 旭笑長屋30周年 寿芸無寄席
  • 6月22日開幕「デザインウィーク」
  • 暴力団抗争で実施危ぶまれたが…「ラーメンフェス」開催
  • クイーンズトーク 真緒さん(カメリア)
  • 加盟店紹介 三五食堂
  • グランドホテルがオリジナルアイス
  • 比布町でいちご狩り
  • 総合建設会社ならではの確かな住まいづくり HKhouse
  • 「ロジェ・フローラ北彩都」 モデルルームがグランドオープン
  • 「水素水」パワー 美容と健康をサポート 医療分野でも研究進む
  • 「仁友会」「木々の会」が合併 医療・介護・居宅サービス充実
  • 「お墓詣りに勝る教育はない」 佐々木石材工業
  • 交感神経整えて汗のトラブル解決 西田薬局
  • ノロッコ号で出かける富良野・美瑛1日観光 JR北海道
  • 心配ごとは「墓じまい」で解決 北日本石材企画

人・街SHOT

  • 陸上自衛隊第2師団、熊本地震の被災地支援
  • 人・街SHOT●運気あがるエフェクトカット 元祖カリスマ美容師トーク
  • 人気ドラマ「99.9」の友情の絆が生んだ傑作イラスト

ローカル通信

  • 「あすぱらぶWithからふりてぃ」北海道を盛り上げたい(名寄新聞)
  • 宗谷・納沙布・佐多・神埼鼻 佐藤さん四極踏破全国第一号(日刊宗谷)
  • 春樹の世界楽しんで 6月18日、美深で草原朗読会(北都新聞)
  • 苫前 道の駅にEV充電器 交流人口の増加に期待(留萌新聞)

好評連載

  • 八百屋塾 91(パイナップル)
  • 北の庭づくり vol.273「木製の小屋づくり」坂田植木
  • 昭和生まれの負け惜しみ 第31回「ヘイトスピーチ規制法」的場光昭
  • 自宅でできるねむり改善計画 vol.59 ~商品の二極化編~HOMES ねむりのお店
  • インフォメーション ポテト「旭川の初夏のイベントをたっぷりお届け!」
  • 今津秀邦 Vol.11 映画「生きとし生けるもの」プロダクションノート
  • 100%パソコン活用法 第201回「ファイル転送術」和田徳久
  • いきいきハイパワー
  • コーチャンフォー 第12回 ステーショナリーコーナー「大人の書き味追求したワンランク上のノート」
  • カリスマヨウコが叶えるドリームウェディング 第27回「結婚式を挙げる理由」
  • その悩み社労士が解決します「採用時の種類」
  • 辛口法律放談 第76回「刑の一部執行猶予効果は疑問」(しらかば法律相談事務所)
  • 暮らしと税金 「税務職員を募集しています」(旭川中税務署提供)
  • パワーアップ医療・介護マネジメント 「旭川で弁護士会!」から10周年記念⑤~顧問弁護士について~ 皆川岳大
  • ふたば税理士法人の未来につなぐ経営のススメ 西俊輔 第90回「黒字決算のための経営計画のポイント」
  • 昇夢虹 愛しいMATO
  • 悩める男性の強い味方 元気玉はスゴイぞ! くすりの元気堂
  • Dr.高桑のメディカルジャーニー 第1回 
  • ヒサコ院長のビューティーアドバイス
  • こちら探偵相談室 第31回「浮気調査の前に相談」石川正貴
  • 布子克敏のお悩み解決リフォーム講座 第44回「リフォーム実例③台所と浴室」パートナーズ(株)布子克敏
  • 今、農村空間が面白い!vol.52 中田ヒロヤス
  • グルメ探訪 第75回「北海道産ステーキコース」銀座ライオン旭川店
  • Hobbyists ~趣味に熱中する人たち~「トロンボーン」(能登谷繁さん)

フリータウン

  • 大雪神楽会が上川神社月次祈願講社で五穀豊穣願い「松前神楽」を奉納
  • 龍谷高陸上部がより速く走る方法を伝授 慶誠寺で走り方教室開催
  • 藤棚とつつじが見ごろ迎えた男山で恒例の「茶の湯を楽しむ会」
  • 高砂酒造と利尻の飲食店共同開発 誕生「国士無双 利尻昆布梅酒」
  • ケーキ?それともアイスキャンディー? 話題を呼ぶエチュードの新商品
  • 旭川初「ルピシア プティ・マルシェ2016」 世界のお茶の魅力満喫する祭典
  • 花文字描かれた花壇がお目見え 高等支援学校の全生徒が地域活動に協力
  • 旭大女子バレー部が40年ぶり優勝 強豪校破り道内大学バレーの頂点に立つ
  • 口と歯の健康守って! 旭川歯科医師会が恒例のキャンペーン開催
  • 親しみやすくバラエティーに富んだ第2師団「希望の翼」コンサート

ニュースファイル

  • 旭川トヨタ自動車新社長に西川氏、戸島氏会長、若栗氏は部長のまま
  • 管内ハウスメーカー2015年度実績 戸建て2・2%減、共住ほぼ横ばい
  • 民進党道6区総支部が結党大会 参院選候補 徳永・鉢呂への支持訴え
  • 旭川市内で梅毒、E型肝炎の感染拡大 市保健所が感染予防呼びかけ
  • 決着ついた美瑛デッカ局跡地 ラ・テールと8月にも賃貸で正式契約
  • 美瑛町立病院の官製談合 6/29判決 焦点はメーカーと販売業者の証言

ニューススクランブル

  • 第一ガスなど一千万円寄付
  • 旭川大雪LC 育児院と交流
  • 児玉梨奈さんライブ
  • 第3回アスクゲート花火大会
  • 「好きな建物」募集 建物アート展開催
  • 道コカの旭山動物園活動
  • ジュンドックのピジョン館 石狩川生息の魚はく製展示
  • チャリティー寄席 林家たい平ら出演
  • 銀座囲碁クラブ移転後初の団体戦
  • 旭東清掃が市環境基金に寄付
  • 笹島明夫×佐々木義生 デュオライブコンサート
  • 旭川ネパール人会が“街活”
  • 政経セミナーに夕張市長
  • 日弁連旭川で定期大会
  • レスリング直前合宿、一般公開も

纂私語録

  • 「ジェラートベースの「スティックケーキ」が女性客中心に大人気」エチュード洋菓子店社長 松苗博行氏
  • 「北欧3国を視察訪問。建物と自然の調和に感動」美浪左官工業 代表取締役社長 美浪利光氏
  • 「力合わせ40年ぶりのリーグ優勝。旭大バレー第2期黄金期を作る」旭川大学女子バレー部監督 田中さやか氏
  • 「創業70周年記念事業の締めくくりとして「熊本」に訪れる予定だったが…」西山坂田電気㈱代表取締役社長 西山仁氏

五穀豊穣願い「松前神楽」を奉納

 神事の際に奉納される歌舞が神楽。昨年6月に上川管内の青年神職を中心に「大雪神楽会」(芦原大記会長=旭川神社禰宜)が発足し、北海道南部地方に360年ほど前から伝わる「松前神楽」の練習に取り組み、5月15日に本格的なお披露目をした。
神楽会 上川神社の月次(つきなみ)祈願講社春の大祭で、生け花展示、薄茶抹茶会、巫女の神楽舞、獅子舞部などによる奉納に続いて同会が「松前神楽」を演じたもので、拝観者ら約60人が見守る中、太鼓や笛に手拍子(打楽器)も入る、能舞台をいっぱいに使った特徴的な姿で練習の成果を披露した。
 上川管内ではこれまで旭川神社橘会が、新潟県三条市の6神社に伝わる三条神楽に取り組んできており、松前神楽が加わったことにより、神事における奉納の幅が広がった。松前神楽は五穀豊穣を祈願するもので、他の神楽に比べてテンポが速く、コミカルな場面も織り込まれているため、参拝客が舞台と一体となってお参りすることができる。昭和33年には北海道指定の無形文化財にもなっている。
 同会の事務局を担当する上川神社権禰宜の板谷之敬さんは「後志地域の神職や諸先輩のご指導を仰ぎながら松前神楽に取り組んでいます。神様も人も一緒に楽しくお参りできればと考えています」と話している。

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この続きは月刊北海道経済2016年07月号でお読みください。

旭川空港民営化のメリット・デメリット

 道内にある6つの空港を一括して民営化しようとの構想が進行中。旭川市も旭川空港の民営化に前向き姿勢だ。実現すれば、派遣している10人余りの人件費が削減され億単位で財政的なメリットがあるが、民間企業となれば利益重視から赤字路線継続運航に黄信号が灯りそうだ。空港民営化の損得勘定は!

海外需要を喚起
空港民営化 旭川空港は、国内線が東京(羽田)、名古屋(中部)、大阪(関西)などに運航していて、2015年度の乗降客は国内線が97万4千人。海外からの国際線は19万4千人で、合計117万人に達している。
 国内線の利用状況を見ると、7年前の2008年には124万人だったが、現状は100万人を割った。一方で海外からの利用者数は同時期の約8万人から、約20万人へと2倍以上の増加。利用者の実績を見ると、国内線が圧倒的に多いという現状は変わらないが、低迷、あるいは横ばい状態で、対照的に海外からの旅行客が右方上がりで増え続けているのが実態だ。
 これは何を意味するのか。それは日本全体で人口の減少と高齢化が進んでいるほか、少子化が加速し、国内の利用者数は少なくなっているということだ。国内の航空機需要は今後も〝頭打ち〟で推移する可能性が高いと見られる。とすれば新たな需要を喚起するためには、海外に打って出なくてはならないということになる。
 国際線の利用状況を見ると、2012年9月に復興航空・台北線が就航し、4万人を記録した。そして13年6月にはエバー航空・台北線も就航したことで10万人を突破し、過去最高の乗降客数となった。
 さらに、14年7月には中国東方航空の北京線と上海線が就航し、16万人まで記録を更新。季節限定の韓国・ソウル便も合わせると、15年度の国際線利用者数は19万4千人と20万人台に迫る勢いで増え続けている。

ターミナルビル増設
 この国際線利用者の急増にもかかわらず、旭川空港には国際線専用の出発ロビーはなく、国内線の空き施設を利用して対応しているのが実態だ。しかし、急増する中国からの受入れ便は、午後の早い時間と夕方に集中。待合室が狭いうえ、CIQ(入国税関、出入国管理、入国検疫)も使いづらいのが実態で、利用者に不便を強いている。リピーターの観光客を海外から呼び込むために、空港の混雑が一定のマイナス要素になるのは避けられない。

表紙1607
この続きは月刊北海道経済2016年07月号でお読みください。

西武B館の一部地権者は「冬のキリギリス」

 6月2日、閉店が決まった西武旭川店とB館地権者の間で協議の場が持たれた。西武は、開業前に地権者へ預けた敷金の返還を求める代わりに建物の原状回復を実施する予定だが、何人かの地権者が敷金を使い果たしてしまっているため、その代償として土地と建物の無償譲渡もしくは地権者にとって相当不利な条件が西武から突きつけられる可能性が高くなった。B館は道外の大手小売業から入居の打診が多く寄せられていたが、「冬のキリギリス」となった地権者相手では、テナント契約する土台すら作れない状況だ。

交渉の足かせに

 3月8日に西武旭川店の閉店が公表され、その後3月28日に旭川市や商工会議所、平和通商店街振興組合、上川総合振興局の4者が西武本社を訪れ、閉店撤回を求めた。その場であっさり西武に拒否されたが、4月21日、今度は西武の担当者が旭川市を訪れ、「閉店後の従業員の雇用やテナントの問題、営業終了後の建物の活用について、4団体をはじめ関係者らと密に連絡を取り解決策を探る」と伝えた。

 この時、西武の担当者は地権者とも話し合いの場を設けた。地権者の一人は「協議中のため何も話すことはできない」と言葉少なに取材を断った。
西武2

 ただし、本誌6月号でも指摘したが、総額20億円とも30億円とも言われている西武から預かっている敷金の返還ができない地権者が何人もいるという情報が、関係者の間から伝わってきた。

 敷金の返還は今すぐに行なわれるわけではない。西武が閉店する9月末から来年1月末までの間に建物の原状回復を行い、それを地権者が確認した後に支払われる。原状回復とは、建物が完成した当時の状態に戻すことで、店内の間仕切りや内装、什器などがないスケルトンの状態を指す。

地権者の明暗分かれる

 西武旭川店は開業から41年目を迎えた矢先に閉店となるわけだが、取材を進めていくうちに地権者の中で「西武から預かった敷金を使い果たし、返還する見通しが立たない」と、うろたえる地権者が相当数いることが判明した。40年以上前の契約のため、地権者は親から子へ、中には孫に受け継がれている場合もいる。そうした中で、「おばあさんが贅沢三昧で使い果たした。家賃収入だけを見て、敷金のことは知らなかった。1億円近い敷金がある」と頭を抱える孫の話も耳に入ってきた。契約から長い時間が経過しているため、何も考えずに遺産として受け継いだことが悲劇を招く結果となったようだ。

表紙1607
この続きは月刊北海道経済2016年07月号でお読みください。

マルカツオーナー企業の会長が突然の辞任

 買物公園にある老舗デパート「マルカツ」のオーナーで、フランチャイズ(FC)の飲食店や商業施設といった不動産を手広く運営している㈱海晃ホールディングス(札幌市)の白鳥晃会長が、経営不振の責任を取らされ6月に退任する模様。急激な規模拡大で資金が追いつかない状況の中、金融機関から運転資金の融資が滞る羽目になり、詰め腹を切らされた格好だ。一部では、昨年11月に社長に就任したばかりの森久修氏に経営権を奪われたという情報まで飛び交っている。一方、マルカツは転売の噂は絶えないが、西武閉店を受けてテナントの移転が活発になることから、当分の間、転売を見送ることになりそうだ。

注目された転売の可能性
 白鳥会長の突然の辞任情報は5月下旬、小売業や不動産業者らから寄せられた。以前から噂に上がっているマルカツ転売の情報を本誌が追った矢先のことだった。
マルカツ

 「海晃がマツカツを現状渡しで、5億5000万円で売却したがっている」との情報は昨年来、不動産業界で流れていた。実際、道外大手のある不動産業者が興味を示し交渉していた。ところが、「マルカツのテナントの中に家賃を延滞しているところがあり、海晃グループのテナントも入居させて何とか空きスペースを埋めているという苦しい内部事情が先方に伝わり、売却話が頓挫した」(市内のある不動産業者)。

株式上場は失敗

 マルカツを所有していた投資ファンドのローンスターが、海晃へ転売したのは2011年12月。その前月、同社は本社を名寄市から札幌市に移転した。札幌市で取得した「札幌TSビル」(南1条西11丁目)を「海晃札幌南1条ビル」に改名して本社とした。

 本社を名寄から札幌に移転したのは、株式の上場を目指していたためだといわれている。当時の白鳥社長は、11年9月に取締役に就任した黒田孝広氏とともに事業の拡大を進めていた。11年から12年の2年間は、FCの居酒屋やカラオケ店、回転寿司など店舗数が飛躍的に伸びていた時期だった。

 14年6月、現社長の森氏と現専務の東泰延氏が役員に就任し、いよいよ上場するかに見えたが、逆に拡大路線があだとなって借入金が膨らみ、上場を断念した経緯がある。森氏は上場に関わるノウハウを持つ人物として白鳥社長がスカウトしたといわれる。上場を果たした複数の道内大手企業で財務を担当してきたようだ。一方、黒田専務は病気で退いた。上場は断念したが、森氏は短期間の間に事実上のナンバー2となり、業務全体を取り仕切るようになった。

表紙1607
この続きは月刊北海道経済2016年07月号でお読みください。

食品包装材「経木」の伝統守る

 木を紙のように薄く削った「経木」。大和時代から食品包装材として使われ、経木で食品を包むのが当たり前だった時代もあるが、今では発泡スチロール製トレイやビニール袋にすっかり取って代わられてしまった。しかし最近、通気性や殺菌性にすぐれ、環境に優しい経木が再び注目を集めている。道内に残る3つの工場のうちの一つ、旭川市の「野崎経木工場」(東7条6丁目)を訪ねた。

伝統守り続ける親子
経木 新旭川駅に程近い野崎経木工場。敷地内には道内産シナノキの丸太が積み上げられている。丸太をチェーンソーで製品よりやや大きめのサイズにカット。1階の作業場に移して丸ノコで規格の寸法に切り落とし、3面だけカンナ掛けをして四角い木の塊「駒」をつくる。
この駒を大きな鰹ぶし削り機のような年季の入った経木製造機(1963年製)にかけて薄く削ると、紙のように機械から次々に出てくるのが経木だ。厚さは0・2~0・3㍉ほど。工場内は木の香りに満ちている。
工場の2階では束状の経木が吊るされ、扇風機の風を受け乾かされている。このプラスチック包装全盛の時代、経木は「時代遅れ」と考えられがちだが、野崎敏雄さん(81)と猛さん(49)親子が伝統を守り続けている。
野崎経木工場は1963(昭和38)年に創業。家内制手工業のスタイルを守りながら年間を通じて月に10立方㍍から12・3立方㍍を製造している。規格には鮮魚店の値札などに用いられる3寸サイズのものから、おにぎりの包装に使う4寸、精肉店ほか鮮魚店で鮭の半身などを載せる5寸、菓子を作る過程で使われる6寸サイズなどがある。1尺3寸の長さで幅が5寸の規格は納豆を包むのに用いられる。
販路は旭川市内にある鮮魚店をはじめ、釧路や北見、函館などの道内各地、秋田県を主体に東北ほか、博多を中心とする九州方面など。「ここ30年来、値段は変わっていない」と敏雄さん。道内で経木を製造している工場は、野木経木工場のほか、美瑛と丸瀬布にしかないという。

繰り返し使える記録媒体
経木が最も脚光を浴びたのは明治期。1904(明治37)年に農商務大臣により重要生産品に指定され、経木で作ったマッチ箱や経木真田(帽子の材料)、経木織物は輸出産品として生糸や絹などと肩を並べる存在となり、全国各地に工場があった。紙のように薄く木を削ることができる技術を備えているのは日本だけだ。
「経木」と呼ばれるようになったのは、元々はお経を書き込んでいたため。削れば書き直しが何度もできるため、紙が普及する前まで広く記録媒体として用いられた。
「新旭川市史」によると、経木は、包装材料としてプラスチック製品が使われるようになる最近まで広く用いられていた。折敷、曲物、マッチ、人造竹皮、経木皿などに利用。折箱等に使用されるものを「厚経木」、魚類や菓子の包装に使われるものを「薄経木」と呼んだ。
上川管内では1905年、道庁が農家の副業として経木製造業を奨励。経木の主な用途は、食品を直接包む紙状の薄板(北海道では「薄皮」)と折箱の材料とする厚経木に大別できる。経木製造の原料として、本州ではヒノキなどが用いられたが、道内の開拓で薄経木の原料にはシナノキの木が適当であることがわかり、明治30年代半ばに「シナ経木」が生まれた。次いで色が白く材質が柔軟かつ安価なエゾマツが厚経木の原料として最適とされ、「結局本道が経木の主産地となった」と市史には記されている。
経木の原木がシナノキやエゾマツで、需要は都市から農漁村市街地に至るまで広かったことから、全道各地に製造工場が登場。大雪山系に接して原木の豊富な上川地方や旭川は主産地の一つとされ、「昭和十年ころには、恐らく全道最大の経木産地に成長していたと推察される」(新旭川市史)。
1967(昭和42)年に発行された「全国経木製造業者名簿」によれば、当時、道内には127業者が登載され、旭川地区には22業者が存在。旭川で生産された経木は市内での消費はもとより、道内および小樽の問屋を通じて小樽港経由で本州の消費地に移出されていた。

単なる懐古主義でなく
現在、この経木が見直されているのは、単なる懐古主義からではない。食材の鮮度が落ちる原因として、表面の水気による細菌の繁殖が挙げられるが、経木は表面の水気を吸うので繁殖を抑制する。吸水シートとは異なり、水気を吸い過ぎないため刺身がパサついたりしない。木の殺菌成分によって、味と鮮度を保つことができるのもメリット。魚の切り身は経木で数時間はさんでおけば、臭みも消える。経木には吸水作用、調湿作用があるため、ごはんがオヒツに入れたようにおいしくなり海苔が手につかない。
納豆、揚げ物、まんじゅう、肉まん、惣菜など、さまざまな料理の敷物や包装材料として使われる守備範囲の広さも経木の魅力だ。適当なサイズに切って使えること、使用後は焼却したり、堆肥化することができ、環境に優しいことも時代によくマッチしている。
経木の素材は主にアカマツとシナノキ。宮城県を境にして南がアカマツ、北はシナノキが用いられる。シナノキにアカマツほどの香りはないが、「昔はサンマも味噌も佃煮もこれで包み、おにぎりも握ったままの感じでおいしかった」と懐かしむ市民もいる。
野崎猛さんの小学生のころの思い出といえば、スーパーでスパゲッティや惣菜の量り売りをしていた場面。個人経営の豆腐店で経木が使われていたことも印象に強く残っている。そんな野崎少年は、小学校低学年から自宅の工場に出入りしては、父親の敏雄さんたちの箱詰め作業を手伝っていた。
今でも、秋から暮れにかけては普段の倍ぐらい生産しているが、全体的には減産の一途。猛さんは「かつては食品を包むことがメインだったが、対面販売が少なくなってきていることもあり今後、これまでとは違う発想で取り組んでいく必要がある。どういう経木の使い方があるのか探っていきたい」と話す。

表紙1607
この記事は月刊北海道経済2016年07月号に掲載されています。