道中央NOSAI 初代組合長選出に〝不穏な噂〟

 民主党政権下の事業仕分けで組織のスリム化が決まった農業共済組合。道内でもこの春大規模再編が断行され、上川、空知、宗谷地域にある9つの組織が合併して「北海道中央農業共済組合」が誕生する。国内最大規模の組織ととなるだけに全国から注目が集まっているが、「初代組合長ポストをものにしようと水面下工作が行われた」との不穏な情報が飛び交っている。

1県1組合化
農家が不可抗力的な損害を受けた時、その損失を補てんするのが農業共済制度。国の災害対策の一環で、風水害、干害、冷害などの気象災害や地震だけでなく、病虫害や鳥獣害も補償対象となっている。
実際の事業は全国に180近くある農業共済組合(NOSAI)が運営している。水稲と麦の生産農家は一定規模以上は強制加入で、それ以外の農産物の生産農家の加入は任意だが、全国の大半の農家がそれぞれ地域にあるNOSAIに加入し組合員となっている。
共済掛金は、国と農家が半分ずつを負担。国はこのほかNOSAIが事業を運営するための主な経費の財政負担をしており、農家の方はNOSAI職員給与など事務所維持の賦課金を出している。
 大冷害に見舞われた1993(平成5)年には全国で水稲中心に共済金が5500億円支払われた。同じく冷害だった2003年の総支払額は1800億円。この2回の冷害の際に道内農家に支払われた共済金はそれぞれ、1400億円、546億円だ。
 このように、農業経営安定化に大きな役目を果たしているNOSAIだが、民主党政権下の事業仕分けの〝標的〟となって、合併再編が進んでいる。農水省が提示する目標は「1県1組合化」。
 岩手、宮城、東京、神奈川、京都、広島、山口、愛媛、高知、熊本、沖縄など23の都府県はすでに1組合化が実現しているが、北海道は広大なため1組合化への道は遠い。オホーツクが一つにまとまって「オホーツクNOSAI」となり、また釧路と根室が合併して「北海道ひがしNOSAI」が誕生したが、道南、道央、道北、十勝にある16のNOSAIの合併はこの3月にようやく実現する。

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緑が丘コンコードパークにザ・ビッグ

 百貨店や総合スーパー(GMS)の苦戦を横目に、食品スーパー(SM)の業績は堅調に推移している。そのような状況の中、イオン系のディスカウントスーパー「ビッグ」が、旭川2店舗目の出店を決めた模様。場所は市内でも激戦区といわれる環状1号線沿いの旭川医大に近い、コンコードパーク緑が丘の商業施設建設予定地の一角。〝価格破壊の街〟といわれる旭川地区で、新たな競争が幕を開ける。

食品スーパーは堅調
 道内におけるイオングループの拠点は、イオンモールに代表されるモール型のスーパーセンター(SC)と総合スーパー(GMS)を運営するイオン北海道㈱(札幌市)と、食品スーパー(SM)のマックスバリュやザ・ビッグ、いちまる、ジョイを運営するマックスバリュ北海道㈱(札幌市、以下MV北海道)に分けられる。
 2015年度で見たイオン北海道の売上高は1881億円(前年比9・1%増)。MV北海道は同1097億円(同13・5%増)。15年9月に㈱ダイエーの北海道地区16店舗(イオン北海道9店舗、MV北海道7店舗)、同年10月に㈱いちまる(帯広市)から14店舗(MV北海道)を継承したことにより、大幅に売り上げを伸ばしている。
 MV北海道は札幌フードセンターを前身として、08年に道央圏を地盤としていた「ジョイ」、15年に「いちまる」が傘下に入り、売り上げを拡大してきた。
 その中で、MV北海道を牽引しているのがディスカウントスーパーの「ザ・ビッグ」。全国のイオングループでこの業態が台頭してきたのは08年以降で、ちょうどリーマンショックで消費者の買い控えが顕著になった時期と重なる。
 ビッグは、食品を中心としたスーパーで一部日用雑貨も扱う。人件費や管理コストなどを徹底して切り詰め、毎日低価格で販売する戦略が当たり、現在では苦戦するGMSを凌ぐ勢いを誇っている。イオングループの既存店で売り上げが低迷している店舗(マックスバリュやジャスコ)や、同業から買収した店舗を業態転換する形で展開している。GMS業態のジャスコは売り場面積が広いことから、1階部分だけを使った食品スーパーに転換したところもある。
道内で最も手薄な道北
 今回イオングループが旭川で新たに店舗を構えようとしているのはこのビッグ。旭川にあるのは宮前1条3丁目にある「ザ・ビッグ宮前通」1店舗だけで、道北地区に範囲を広げても、名寄市と士別市、留萌市に各1店舗しかない。過去に傘下に納めたダイエーやジョイ、いちまるが道北地区にほとんどなかったことも影響しているが、50店舗を超える札幌を中心とする道央や、20店舗の道南(胆振、日高管内を含む)、道東(帯広と釧路)17店舗と比べ、SM業態が極端に少ないことがわかる。 

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西武B館を取得した前田住設の心意気!

 昨年9月末で閉店した西武旭川店のうち、宮下通に面したB館の土地と建物を地元の管工事業、㈱前田住設(永山10条3丁目、前田智広社長)が2月1日に正式に取得した。前田社長は、「駅前の一等地で旭川の顔となる場所。将来的には建物を解体して、旭川の活性化に繋がる新たな施設を創りたい」と抱負を語る。一方、1条通に面したA館は現在、建物の解体が進んでいるが、その跡地に地元企業を含め道内外の複数の企業が興味を示している。(記事は2月3日現在)

西武主導でA館売却
 昨年9月末に閉店した西武旭川店。2009年7月に閉店した丸井今井旭川店に続く撤退の結果、道北地区から百貨店が全てなくなった歴史的瞬間でもあった。丸井跡は閉店後2年余りが経過してから商業施設「フィール旭川」に生まれ変わり、現在も営業を続けている。経済界の関係者や市民の多くは、西武閉店後の建物が丸井今井同様、長期間空き家になってしまうのではないかとの不安を感じていた。
 ところが、そんな悲観的な見方をよそに、水面下ではA、B館がいずれも次の展開に向けて着実に歩み始めていた。
 まずはA館。西武は旭川店を閉店するに当たり、建物を解体してその跡地(西武が7割強を所有)を売却する方向で検討していた。その障壁になっていたのが、土地の所有者が西武以外に8者いたこと。詳しくは後述するが、西武はこれらの地権者と閉店前から接触して土地の取得に向けて積極的に動いていた。地権者の合意を経て建物の解体が閉店後まもなく決定したことでも、準備が周到に行われていたことがわかる。
西武がこれほどA館の処分を急いだのには訳がある。市民から親しまれてきた西武が突然、閉店を告げた昨年3月。惜しむ声が上がる中、「西武の一方的な閉店通達が、旭川の経済に悪影響を及ぼす」との見方が広がった。そうしたネガティブな見方を払拭するために西武は精力的に動いた。
 もう一つ、西武と丸井の間には大きな違いがある。丸井今井が経営悪化の結果、民事再生の手続きに入ったのに対して、西武はセブン&アイホールディングスの傘下に入り、全国的に見てもまだ再建道半ばとはいえ〝現役〟で営業している企業。債権者の顔色をうかがわなければならなかった丸井今井が旭川店の売却を決定するのに2年近くを要したのと対照的に、西武は自ら判断してわずか半年程度で解決することができた。
 それは、一時はセゾングループの中核企業として飛ぶ鳥を落とす勢いだった百貨店のプライドの証であると同時に、「40年以上も旭川の地で商売をさせてもらった」という感謝の気持ちの表れでもあったのかもしれない。

B館は建物を地権者に
 一方のB館については四十数年前、地権者が建物を建設し西武と賃貸契約を結んだ。その際、地権者らは西武から建設協力金(敷金)を受け取り、大手ゼネコンの熊谷組が建物を建設した。敷金は西武が撤退する時に地権者から返還されることになっていた。
 ところが、西武は旭川撤退にあたって、建物の原状回復をせず地権者へ返すこととなった。関係者によれば、「建物を解体して地権者へ更地の状態で返せば8億円の費用がかかる。そこで、地権者と協議した結果、地権者が預かっている13億円ともいわれている敷金から解体にかかる費用を差し引いた残り5億円だけを地権者から返してもらうことにした」という。
 これは西武と地権者両方にとって悪い話ではない。無駄な費用と時間を使ってまで更地にする必要もない。建物は築40年以上が経過しているとはいえ、その都度西武が改修を行い「今後も改修しなければいけない時は来るが、10年や20年は十分使用できる建物だ。それをあえて解体することもないだろう」(市内のある不動産業者)。

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