美瑛中心部に観光型ホテル

 美瑛町の中心部で、白金温泉へ向かう道道966号沿いに、大阪の不動産業、豊臣商事㈱(西園寺優真社長)が観光型ホテルの建設を計画している。すでに土地、約420坪を取得し、2020年夏に工事着工、21年春開業を目指す。昨年度、同町白金地区に2ヵ所目の道の駅「びえい白金ビルケ」が完成したことや、青い池に駐車場が整備されたことで観光客の入り込み数が急増している美瑛町では、中心部にホテルが少なく、相当の需要が見込めそうだ。

観光客の入り込み数が急増
 6月21日、上川総合振興局が発表した2018年度(18年4月〜19年3月)における上川管内の観光客入り込み数は、胆振東部地震の影響から一時的に落ち込んだことなどから、前年比0・7%の1976万1000人と微増に止まった。
 そんな中、美瑛町の観光客入り込み数は226万1700人(速報値)で、前年度の170万人に比べ35%と急増。同局が1997年に統計を開始して以来、上川管内で上位の常連だった富良野市や上川町を抜き、旭川市の527万人に次いで初の2位となった。なお、200万人を超えたのも初めての快挙で、改めて道内でも有数の観光地に成長したことを証明した。
 急増の主な要因としては、町内有数の観光地、白金地区にある青い池の駐車場が整備されたことで道道966号の渋滞が緩和されたことや、近くにある白金インフォメーションセンターが道の駅「びえい白金ビルケ」に改修されたことが挙げられる。道の駅から青い池へは、車や徒歩で行くことができる町道も整備された。
 これだけの観光客を取り込んではいるものの、その1割以上は宿泊で他の自治体へと移動している。同局の資料によると、美瑛町は観光客の入り込み数が大幅に増加したのに比べ、宿泊客数は前年度194万人に対して1.2%減の192万人、宿泊客延数は同272万人に対して1.1%減の269万人に止まっている。前述した胆振東部地震の影響はあったものの、上川管内全体では宿泊客数が前年比1.5%減だったものの、宿泊客延数は同1.8%増と健闘している中で、やや寂しい結果となっている。
宿泊数は思ったほど伸びていない
 これらの数字を見る限り、美瑛町はやや「通過型観光地」との印象を受ける。その原因の一つとして、「町内に宿泊施設の絶対数が少ない。中でも町の中心部に宿泊施設が少なく規模も小さい」(町内の観光業者)と、以前から指摘があった。郊外にはオーベルジュやペンション、コテージなどの宿泊施設があるものの、大型の宿泊施設は白金地区の数軒に限られるなど、「観光客にとって不便さを感じる」(同)との厳しい声もある。
 町の中心部にホテルが建設されれば、観光客にとって利便性が増すことは十分に考えられる。中心部には現在、道の駅「びえい丘のくら」に隣接した㈲美瑛物産公社が運営するホテル「ラヴニール」(21室)と10室程度の宿泊施設がわずかにあるほどで、今回のホテル計画(中町1丁目)が実現すれば、JR美瑛駅まで徒歩5分程度、車なら町内を周遊するにも便利な場所にホテルが誕生することとなる。

国内外に顧客を持つ豊臣HD
 ホテル建設が計画されている場所は、白金に向かう道道966号とJR美瑛駅に向かう町道の交差点にある。2軒の住宅兼店舗があったが、現在はいずれも空き家になっている。7月に入り、建物を解体する工事が始まろうとしている。
 2軒を合わせた土地の面積は約420坪。町の景観条例により3階建てまでの建物という制限はある。土地を取得した豊臣商事によると、「周辺は低層の建築物が多く、3階から美瑛の美しい景色が見えるため、低層階にはバックパッカーなどから需要があるドミトリー、最上階はヴィラをイメージしたロフトテラスから個室の露天風呂があるような部屋も考えている」と語る。
 同社は2013年設立と社歴は浅いものの、海外の投資家向けの不動産投資コンサルタントや不動産仲介・売買を中心に、旅行業や三重県伊賀市の高級リゾートホテル「青山ガーデンリゾートホテル ローザブランカ」を買収してリゾートホテルの運営も行っている。そのほかの宿泊事業として、ホテルや民泊を大阪市に20棟以上、今後は大阪を中心に名古屋や福岡、岐阜県高山、道内では旭川と今回の美瑛にそれぞれ宿泊施設を計画している。
 17年には事業拡大により、各部門を分社化して、豊臣商事を核に豊臣不動産㈱、豊臣トラベル㈱、㈱豊臣リゾート&ホテル、豊臣地所㈱、19年設立の豊臣建設㈱を傘下に置く豊臣ホールディングスを設立した。

地元住民も楽しめるホテルを目指す
 美瑛のホテル建設に向けて同社は3月28日、旭川市2条通8丁目の旭川二条通ビルに新会社、㈱「TOYOTOMI NORTHLAND」(資本金900万円、西園寺優真社長)を設立して、着々と準備を進めている。
 業態として、同社幹部は次のような見解を示す。
 「今回の美瑛では、リーズナブルなドミトリー、アッパー層向けのオーベルジュ、もしくは混合タイプの3案で考えている。観光客はもちろん、地元の方々も利用できるレストランやベーカリーも誘致して、バースデイパーティーができるようなイメージの業態にしたい」
 駐車場は10台から15台を確保する。工事着工は2020年夏からを予定し、21年春の開業を目指す。建物のデザインは、「1960年代から70年代のアメリカ郊外をイメージしたクラッシックモダンな雰囲気をイメージしているが、変更する可能性もある」(同社幹部)と説明する。
 美瑛に限らず、富良野沿線は富良野市北の峰町が「第2のニセコ」といわれるまでに人気が高まり、海外資本もどんどん入り込んでいる。富良野沿線は、道内のみならず日本国内でも有数の観光地だけに、好景気を背景に今後も国内外を問わず開発業者が参入する可能性は高いのではないかと見られている。

表紙1908
この記事は月刊北海道経済2019年08月号に掲載されています。

ツルハの牙城崩せないサツドラ

 ドラッグストアーナンバー1のツルハにナンバー2のサツドラが挑戦状をつきつけて展開されている旭川でのドラッグストア戦争は、どうやらツルハが牙城を守り抜くようだ。今年に入ってサツドラが相次いで3店舗を閉めたのと対照的に、ツルハは7月、創業店に近い4条16丁目に4条店をオープンさせる。

王者にリベンジ
 1972年に札幌市で創業した㈱サッポロドラッグストアー(サツドラ)は、2017年11月時点でドラッグストアー187店、調剤薬局10店、その他2店を展開。年間売上高784億円(18年5月期)を超え、㈱ツルハに次ぐ道内ナンバー2のドラッグストアーチェーンに成長した。
 01年に、当時国内トップの㈱マツモトキヨシと業務提携した後、05年に旭川へ進出し、ツルハ発祥の地4条17丁目に隣接する3条17丁目に旭川1号店を出店した。道内ナンバー2の王者ツルハへの挑戦だった。
 しかしこの時はツルハの牙城に爪痕を残すこともできず業績不振のため5年で撤退するという屈辱を経験した。
 旭川エリアでの戦略を練り直し、撤退から3年後の13年6月に大町2条7丁目に「メガドラッグ旭川大町2条店」をオープンさせた。薬や化粧品だけでなく、酒類や冷凍食品、生活雑貨なども扱う大型店で、この形態の店舗を主力にサツドラは大町に続き「豊岡4条店」「旭川4条店」「花咲町店」「プラタナス通店」(神楽岡)と、次々に新店をオープンさせた。16年12月には「旭川緑町店」をオープンさせ、アッシュ1階の小規模店なども含めて旭川の店舗数を一挙に8とした。
 メガドラッグ形態でのリベンジで、サツドラはあえてツルハ既存店に近い立地に次々と新店をオープンさせ対抗意識むき出し。極めつけは緑町店で、嵐山通線をはさんで「ツルハ緑町店」の真向かいへの出店。住所(緑町18丁目)は同じで番地だけが違うという、まさにガチンコ対決の立地となった。

メガドラッグ
 さて、サツドラが王者ツルハに挑んで繰り広げられている〝ドラッグストアー戦争〟だが、どうやらツルハに軍配が上がりつつあるようだ。サツドラは今年3月に花咲町店を閉店したのに続いて、6月に入って緑町店、永山3条店と、相次いで3店舗を閉じた。
 サツドラ花咲町店は、ホクレンショップ北部店閉店のあとに、旭川市農協が所有する店舗を借りて15年にオープンしたもので、いわば「中古物件」への出店。このためレイアウトに制約があり、不本意な店舗づくりで、集客・売り上げは低調なままに推移した。開店4年で閉店に追い込まれたのも止むをえなかったとも言えそうだが、しかしその3ヵ月後、6月7日に閉じた緑町店は鳴り物入りの大型店メガドラックだった。
 ツルハ緑町店は、小規模店舗で老朽化も進んでいる。その目の前へのライバルの大型店オープンは、長年ツルハをひいきにしていた地域の消費者の目に「食品スーパー並みの品揃えのサツドラ新店にツルハはかなわないだろう」と映った。しかし予想に反して、ツルハが善戦し、サツドラの集客は伸びなかった。
 ツルハ善戦の要因の一つは、シニア世代、とくに女性層の〝ツルハファン〟の多さ。「ツルハの店舗は接客も含め温かい感じがする。長年利用しているので親しみがある」(60代女性)。シニアの下の世代が「品揃え豊富で通路が広く清潔なサツドラが好き」「酒やスポーツドリンクなど薬以外の買物がしやすい」と、新しい店舗形態を受け入れているのと対照的だ。
 商品の価格に大きな違いがないこともあって、サツドラは決定的な集客力を見せ付けるまでに至らなかった。

ドミナント戦略
 また、小売業界にはこんな見方もある。「ライバルが出店しても客を奪われなくするために、ツルハは同一地域に複数の店舗を構える〝ドミナント戦略〟をとっている。近文地区では、緑町店に加え直線距離で500㍍の錦町15丁目に錦町店、同じく700㍍の北門町14丁目に近文店を配置しドミナント方式が出来上がっている。サツドラの新店が目の前のツルハ緑町店をおびやかしたとしても、近文エリアで見るとツルハに致命的なダメージを負わせることはできなかった」
 ツルハ緑町店の客は減ったが、サツドラ緑町店の集客も目標には遠く及ばなかった。開店から2年半、業績不振を挽回できず閉店となったという経緯。
 緑町閉店の9日後、今度はサツドラ永山3条店が閉店した。同店は緑町店同様、ツルハ永山3条西店に隣接しての立地(住所はともに永山3条8丁目)。ツルハ3条西店の顧客をそれなりに奪いダメージを与えたようだが、永山エリアは強力なドミナント方式でツルハ店舗がずらりとそろう。永山3条4丁目に永山3条店、7条5丁目に環状通店、7条4丁目に永山7条店、8条4丁目に永山南店、2条19丁目に永山店、6条13丁目に永山6条店と、3条西店も含めて7店舗の配置だ。
 ツルハの分厚い多店化展開の前に衆寡敵せず。サツドラ永山3条店も業績不振で閉店に追い込まれたようだ。
 札幌と旭川の消費者の〝嗜好〟の違いも、サツドラ苦戦の要因の一つだとする業界人もいる。「店舗が大きく、酒や食品など幅広い品揃えのメガドラッグは札幌の消費者には歓迎されているが、旭川ではクール過ぎる店舗と受け止められるようだ。サツドラよりは雑然としたツルハの店舗に旭川市民は親しみを感じている」との解説だ。

食品スーパー化
 業界内には「サツドラの大町店とプラタナス通店の閉店・撤退もありえる」との不穏なウワサも流れているが、サツドラ店舗開発の幹部は「数ヵ月の間に3店舗が閉じれば〝旭川撤退か〟といわれてもしかたがないが、しかし、これ以上の撤退はない」と、きっぱりと否定する。店舗戦略としては前向き姿勢は変わらないそうで「周辺8町も含め、新店舗出店の気持ちは十分にある」と付け加える。
 サツドラは昨年師走、札幌市内に実験店舗「東雁来11条店」をオープンさせた。食品スーパー、惣菜メーカー、精肉メーカーの3社がコンセッショナリー方式(売り場を借りて出店する専門店)で出店。青果、鮮魚、惣菜、精肉の生鮮売り場が広さ約60坪と充実している=左の写真=。通常のドラッグストアーにはないバックヤードも設けて生鮮食品の調理スペースも確保されている。
 2007年に5兆円だったドラッグストアー業界の市場規模はこの10年で1・5倍に拡大した。食品の品ぞろえを増やしスーパーマーケットやコンビニから顧客を奪ってきたのが拡大の要因で、小売業界の王者イオンの業績さえも脅かす存在となってきている。。サツドラの実験店はドラッグストアーの〝食品スーパ化〟を一段と加速させたもので、各方面から動向が注目されている。
 ツルハの多店化の前に旭川で苦戦を強いられているサツドラだが、食品スーパーなどとタイアップした新戦略で再度、ツルハに挑む可能性もある。

4の16に新店
 一方、創業の地旭川でサツドラの挑戦を再び退けつつあるツルハは絶好調。
 昨年7月、JR旭川駅前に地下1階地上12階建ての「ツルハBLDG」を開業し、1階フロアの9割にあたる約1000平方㍍を売り場とする「旭川駅前店」をオープンさせた。2階にエステと語学教室を、3階から上には「長谷川ホテル&リゾート」(東京)が経営する「ワイズホテル」を入れた。
 同じく旭川駅前、西武旭川店A館跡地にも、複合商業施設を建設し、1階にツルハ、2階に商業テナントを入れ、3階から上層階にホテルを迎え入れる。年内着工、21年秋ごろの開業見込み。旭川生まれの上場企業として、駅前ゾーン、中心部活性化に極めて大きな貢献を果たしている。
 そして、老朽化し手狭な4条17丁目の創業店を移転新築。4条16丁目に市内50店目となる新店をこの7月にオープンさせる。ライバル進出を阻止する店舗展開の確立だ。

表紙1908
この記事は月刊北海道経済2019年08月号に掲載されています。

公証人相手に異例のセクハラ訴訟

 公正証書の作成など重要な役割を担う旭川公証人合同役場。その代表である公証人が、女性職員から今年5月に訴えられた。女性職員はセクハラが原因で提出せざるを得なかった退職届は無効と主張し、損害賠償を求めている。公証人はセクハラを否定して退職届は有効と主張。女性職員側は証拠として公証人からスマートフォンに送られてきた大量のハート付きメッセージを提出した。今後の裁判の行方が注目される。

全国ニュースに登場
 全国に約500人いる公証人。公正証書の作成という重要な役割を担い、遺言や任意後見など暮らしに近い分野での活動も多い。公証人には高度な法律の知識、実務経験が求められることから、判事、検事、法務局長などを務めた人物から選ばれ、公証人倫理要綱には「公証人は、その職務の内外を問わず、その信用を傷つけ、又は公証人全体の品位を害する行為をしてはならない」との文言もある。
 公証人は広義の公務員だが、各公証人役場は独立採算制であり、それぞれが書記(職員)を雇用し、人件費や諸経費は利用者から徴収する手数料でまかなっている。旭川市内にも6条通8丁目、市役所のそばに「旭川公証人合同役場」がある。
 その名称が今年5月、意外なかたちで全国ニュースやネットニュースに登場した。代表である公証人(男性)が、女性職員に訴えられたのだ。公証人から繰り返し、執拗な身体の接触、スマホでのメッセージなどのセクハラ行為を受けて、拒んだところ、意に沿わない退職届の提出を強いられたと女性職員は主張し、休業による損害の補償、慰謝料など合計約578万円の損害賠償を求めている。
 訴状の提出は5月20日。6月25日には旭川地裁で第一回口頭弁論があったが、被告となった公証人はセクハラ行為を否定、退職は有効であると主張し、女性職員と真っ向から対立している。

大量のSMSが…
 女性職員が旭川公証人合同役場に書記として就職したのは2010年のこと。当時は現在の2代前の人物が公証人を務めていた。次の公証人が赴任した後も、女性職員はその下で勤務を継続した(本誌は過去、同役場に取材した記事を掲載しているが、当時の公証人は前々任者と前任者であり、現在の公証人ではないことを明記しておく)。女性職員は「二人の元上司は尊敬できる人たちだった」と振り返る。
 そして昨年7月、横浜地方法務局長だった公証人が赴任してきた。当初は新しい上司の下で継続して働こうと考えていたが、思わぬ事態の端緒が7月20日に起きた。女性職員のスマホに公証人から「若干遅くなりそうです。」とのショートメッセージ(SMS)が入った。昼食からの帰りが遅れるのはよくあること。なぜ事務所の番号に電話しないのかとの違和感を抱いた。この違和感は日が経つにつれて不安、さらには恐怖へと変わっていくことになる。
 公証人からはSMSを通じて業務連絡だけでなく「神楽の花火、大きく見えてます」といった私的内容も多く届くようになった。8月16日には公証人から「+メッセージ」なるアプリのインストールを求めるメッセージが届いた。+メッセージとは携帯大手各社が展開するSMSの機能拡大版で、女性職員はその理由に疑問を抱きつつも、メッセージアプリのインストールは上司からの指示であったために従った。しかし、公証人は他の書記には同じ指示を出しておらず、届いたメッセージはその日の昼食の内容で、女性職員はこうしたメッセージが送られてくることに抵抗感を感じたという。
 8月28日、公証人から女性職員に(別の書記について)「業後にご意見をうかがいたい」との連絡があった。不安を感じつつも、公証人が予約した飲食店で二人で食事をした。その席上で出たのは仕事の話ばかりだったが、帰宅後、ハートマークの画像がスマホに送られてきたため、女性職員の不安はさらに深まった。その後も、休日を含め、公証人からのメッセージ攻勢は続き、9月18日夜の食事会の誘いがあった。不安を感じながらも女性職員は、その前に仕事でミスがあったことから従った。食事会の最中の話は仕事の話が中心だったが、気になったのは、問題のメッセージアプリについて妻に言っていないと公証人が自ら明かしたこと。女性職員は嫌悪感を覚えた。

「退職勧奨」との記載ある離職票に署名
 食事を終え、店を出たあと、やや酒に酔った様子の公証人が言った。「手相を見せて」。この後の状況と女性職員の心情が、訴状に添付された資料に記されている。「手を握られ、しつこく撫でまわされる。気持ち悪いなと思い、とっさに手を引いたところ、もう片方も見せてと言われ、また握られ、抱きつかれそうになった。慌ててかわし、手を離した。信じられない気持ちと、かなりの嫌悪感と、ショックと恐怖感があった。あまりにも怖かったので、今後の業務も不安になった」
 女性職員によれば、公証人は勤務時間中にも、同じ事務所に勤務する公証人の妻の目を盗んでは、不必要な近さまで体の距離を詰めて接触しようとしたこともあった。
 公証人の行動がピークに達したのは11月27日。女性職員が男子トイレを清掃していると、入ってきた公証人に「いてもいいよ」と言われ、困惑しながら退出した。女性職員が狭い給湯室の中でお茶の用意をしていると公証人が無理やり入り込んできたり、書類の説明の際にも公証人が肩を密着させてきたりした。これまで重ねてきた我慢が限界に達した女性職員は強い調子で拒絶した。
 直後に公証人の態度が一変した。昼休み、事務室が公証人と女性職員の二人だけになった際、公証人は「将来のこと考えているの?」「辞めるんだったら早く言ってもらわないと。こっちの準備もあるからね」と言った。それまでに女性職員が退職を考えたり伝えたりしたことはなく、だからこそ一連の言動にも我慢を重ねてきたのだが、このまま働き続ければ二人きりで会うことや身体的な接触を強いられるとの絶望から、翌々日、退職届を提出した。
 数日後、女性職員がハローワークに相談の上、雇用保険の離職証明書の具体的事情欄に「退職勧奨」と記入して公証人に提出したところ、事業主である公証人はこれに記名押印した。ここでいう「退職勧奨」とは、俗にいう「肩たたき」のこと。雇用者の側から被雇用者に退職を求めたのであり、被雇用者が自発的に辞めたのではないという意味だ。

団体交渉は平行線 決着は法廷へ
 しかし、女性職員には納得がいかなかった。「公証人からの一方的なセクハラ行為のために、なぜ自分が辞めなければならないのか。このまま泣き寝入りするわけにはいかない」。そう考えた女性職員は、弁護士事務所など法律関連の組織の職員が加入する旭川地方法律関連労働組合と、旭川労働組合総連合の支援を得て、公証人に団体交渉を申し入れた。
 2月から5月にかけて5回にわたり交渉が行われ、女性職員側は「退職届は瑕疵ある意思表示なので取り消す」と伝えたうえで、セクハラ行為を認めた上で謝罪すること、関係機関にセクハラ行為についてありのままに報告すること、再発防止策を講じること、被害者である女性職員へ慰謝料を払うこと、公証人を別の職場に配置換えしたうえで女性職員の復職を認めることなどを要求した。これに対し、弁護士同席で団体交渉に臨んだ公証人はセクハラ行為を認めず、退職届は有効であると主張し、団体交渉は平行線をたどった。こうして女性職員は5月20日の提訴へと至った。
 なお、ここまでは訴状や本誌が取材した女性職員側の主張をもとに記事を構成した。本誌は一方の当事者である公証人にも取材を申し込んだが、拒否された。

民間は敏感になっているが…
 団体交渉を通じて公証人が行った主張の一部を紹介すれば、「手相を見せて」と言われて差し出した手を撫でまわしたという女性職員の主張に、公証人は「指で手相の線をなぞっただけ」などと反論したという。しかし、仮に公証人の主張する通りだったとしても、多くの女性社員を抱える保険会社が、激励の意味で握手することを含めて身体的接触を厳しく禁止しているこの時代、指で女性職員の手をなぞったこと自体、批判を集めるのではないか。
 読者の中には、女性職員がなぜ最初からもっと毅然とした態度をとらなかったのか、最初からメッセージの私的なやり取りを拒否しなかったのか疑問に感じる人がいるかもしれない。女性職員が心配したのは、上司である公証人に冷たい態度を示せば、仕事に悪影響が及び、定年まで書記として働くという希望がかなわなくなる恐れだった。実際、初めて毅然とした態度を示したその日に女性職員は「辞めるんだったら早く言ってもらわないと」と公証人に告げられている。女性職員の心配が「考えすぎ」ではなかったことがわかる。
 なお、前述したとおり、旭川公証人合同役場では公証人の妻も一緒に働いている。法務大臣に任命される公務員であり、同業他社との競争にもさらされていない公証人が、(各役場が独立採算制であるとはいえ)妻を独自の判断で雇用することができるというのは不思議な話だが、日本公証人連合会によれば、こうした配偶者の採用に問題はなく、他の地域でも同様の例があるという。公証人は民間からの公募制度も存在するのだが、実際に民間から採用されたのは昨年までの16年間でわずか4人。事実上、裁判官、検察官、法務局長などの天下り先として活用されてきた。本人の天下り先に妻の就職先もセットで付いてくるというのだから、民間人としてはうらやましい限りだ。

横浜の法務局ではセクハラ防止講習も
 公証人が旭川に赴任する前に局長として勤務していた横浜地方法務局は、全国各地の法務局と同様、不動産登記、法人登記、成年後見などと並んで、人権擁護に関する業務も行っている。そのウェブページに「セクハラ・パワハラ防止研修 無料で実施します」とのチラシが掲載されているのはなんとも皮肉だ。
 この記事で紹介した女性職員の主張のうち、身体の接触に関するものなど一部は物的、直接的な証拠がなく、訴訟でどこまで認められるかは裁判官の判断次第だが、公証人から女性職員の送られたメッセージは明確に残っている。このなかでかなりの分量を占めているのは、ハートマークやカップルを模したキャラクターが身体を寄せ合っているイラスト。法務局のセクハラ防止研修ではこうした行為は「アウト」とは見なされないのだろうか。
 「男女共同参画社会」とのスローガンが約20年前から掲げられ、社会で活躍する女性も増えている。一方で、男性が上司、女性が部下という関係性の下、女性が理不尽なかたちで苦しめられている現実がある。深刻な事態に職場で直面しながら、声を上げられないでいる女性がまだまだいるのかもしれない。

表紙1908
この記事は月刊北海道経済2019年08月号に掲載されています。