日本医師会新会長は買物公園ビルオーナー

 日本医師会の会長選挙で、5期目を目指した横倉義武氏(75)を破り新会長に就任した中川俊男氏(69)は旭川出身。舌鋒鋭い理論派で熱血漢。「スピード感ある新しい医師会、平時医療の強化」を掲げる新体制に期待は大きい。

ガチンコ選挙
 「日本医師会(日医)」は、全国の開業医や勤務医がおよそ17万人が加入する公益社団法人。その影響力は医療関係の業界にとどまらず、政界にも及ぶ。
 そのトップを4期8年務めてきた横倉義武氏は、福岡県にある病院の理事長で、麻生太郎副総理とも懇意。政界とのパイプは太い。日医のトップに就任した9ヵ月後に政権トップの座に返り咲いた安倍晋三総理大臣も旧知の仲で、診療報酬の改定をはじめとした重要な局面では直談判を行うなど医師会の要求実現に手腕を発揮してきた。このため2期目以降の会長選挙では、無投票、あるいは大差で再選されてきた。
 日医トップの任期は2年で、今回は新型コロナ感染拡大が依然終息しない状況下での会長選挙、6月1日公示27日投開票となった。
 旭川市内の開業医の話──「選挙などやっている場合ではないと、日程の延期も検討されたようだ。行うにしても無投票による決着を望む雰囲気で、副会長を10年務める中川氏の立起意思が固いことから、横倉会長が勇退する方向に傾いた。しかし何があったのか、公示直前になって横倉氏が〝再チャレンジ〟を表明し、ガチンコ対決となった」。
 横倉氏の翻意の背景には、自民党二階俊博幹事長らの続投要請があったとされる。

東西対決の構図
 今回の会長選挙では、北海道医師会の長瀬清氏が選対本部長を務め「これからの医療は、病院や大学も含めて考えていかなければならない。先々を読む力と行動力がある中川氏こそ新会長にふさわしい」と全面支援を打ち出した。
 最大の票田である東京都医師会も中川氏についた。「正義は中川先生にある。新しい医師会を一致団結してつくることが大事だ」と尾崎治東京都医師会長はエールを送った。
 このほか東北など東日本の医師会が中川氏支援を表明。これに対して九州を中心とする西日本にある医師会が、四国を除き一丸となって横倉氏を推した。
 過去に一度、小樽の医師会から日医会長選に出馬した例がある。事前予想では大きくリードし「北海道から初の日医会長誕生」と期待されたものの、結果は惜しくも落選となった。東西対決の構図となった今回の選挙で旭川市内の開業医の中には過去の道内候補落選の記憶もあって「現職横倉氏優位」と、西日本がリードとする向きが少なくなかった。
 投票は東京都文京区にある日本医師会館で行われた。投票権を持つ代議員は372人で、この日は1人だけ欠席。一人ずつ壇上の投票箱に投函した結果は、「中川191票、横倉171票」。中川氏が17票差という接戦を制した。勝因の一つは、やはり大票田東京都の支援を取り付けたことのようだ。

中川ビルオーナー
 新しい日医会長誕生は新聞やテレビで報じられ、そのたびに「中川氏は旭川出身」とされているが、不思議なことに〝中川氏の〝旭川時代〟を知る人は極めて少ない。
 公表されている経歴によると中川氏は、1951年6月27日旭川生まれ。奇しくも今回の会長選の日が誕生日だ。77年に札幌医科大学医学部を卒業し、88年に「新さっぽろ脳神経外科病院」を開院している。本誌編集部では1951年生まれの市内の開業医、企業経営者などにコンタクトしたが旭川時代の中川氏の消息に詳しい人には会えなかった。ただ、市内の不動産業者から「4条通7丁目買物公園に建つ中川ビルのオーナーは中川俊男氏だ」との情報を得た。
 登記によると、実際に中川氏が所有し、1998年11月に中川ビルディング㈱に抵当権が移っている。不動産業者によると「中川ビル7階にあるクリニックの副院長は中川氏の実の妹で、中川ビルディング㈱は一族の会社」だという。
 中川ビル7階のクリニックを訪ねたものの副院長に面談することはできなかったが、札幌医大で同窓の複数の開業医に中川氏の人となりを聞くことができた。

理論派のリーダー
 大学同窓の開業医の話では、中川氏は熱血の人。
 「サッカー部に所属しMF(ミッドフイルダー)をやっていた。チームの中心でリーダーシップを発揮しまとめ役だった」「学生運動が盛んな時代。中川さんも弁舌鋭くアジを飛ばしていた」「理論派で、行動とともに説得力があった」。組織の上に立つ資質を学生時代から持っていたようだ。また「函館ラサール出身なので函館の人だと思っていた。日本医師会の役員になってから会ったこともあるが、故郷のことや家族の話は聞いたことがない」と話す同窓生もおり、プライベートなことにはあまり触れない人柄のようだ。
 政権と太いパイプがあった横倉氏を破った中川氏には、政権との距離に不安が残る。旭川市内の開業医は「横倉体制では、安倍政権との関係を強化し、診療報酬の引き上げを勝ち取った。中川体制でどうなるか。年内には75歳以上の医療費に2割負担を新設する制度設計も待ち構えている」と話す。そうした危惧を払拭するかのように、当選後に中川氏は自民党の二階幹事長と会談し「自民との関係は不変だ」とアピールした。
 北海道初、旭川出身者で初の日医新会長は、当面コロナで手腕を問われ、社会保障改革では75歳以上の医療費2割負担導入の成否が焦点になる。

表紙2008
この記事は月刊北海道経済2020年08月号に掲載されています。

暖簾下ろす八条プレジャー旭鉱泉湯

 今年3月に「亀の湯」(旭川市東1の2)が62年の歴史に幕を閉じたが、同じく老舗の銭湯「八条プレジャー 旭鉱泉湯」(旭川市8の9)も創業63年で暖簾を下ろす。経営者の杉尾昇さん(83)は、悲運の名投手・スタルヒンの功績を語り継ぐ「旭川市八条スタルヒン通り会」を立ち上げるなど、街づくり、地域振興でも活動してきた。歴史ある銭湯の相次ぐ廃業は、昭和も遠くなったとの思いを抱かせる。

コロナが追い打ち
 60年代から70年代初めにかけてが銭湯の最盛期。旭川市と周辺8町のお風呂屋さんが加盟する「旭川浴場組合」の加盟数は71年に129を数えた。
 しかしその後、廃業が続いて90年には71軒にまで減り、東川、当麻、愛別、比布などでは町から銭湯が消えた。旭川市内の銭湯も減り続け、浴場組合の加盟数は50、40、30と減少していった。
 近年はしばらく20軒台をキープしたが、18年に2軒、19年夏に3軒が相次いで廃業。そして今年3月に旭川市東1の2の「亀の湯」が63年続いた暖簾を下ろし組合員は15軒となった。そして来月8月いっぱいで、旭川市8条9丁目の「八条プレジャー 旭鉱泉湯」の廃業が決まった。
 八条プレジャーは1957(昭和32)年に、北竜町の篤農家の杉尾正男さんが開業した。正男さんは浴場組合の組合長を13年余り務め、2代目で現在の経営者・杉尾昇さんも組合長を16年務めた。旭川を代表する老舗銭湯であり、親子2代で業界を支えてきた
 銭湯の廃業が続いている大きな原因は改修費負担と後継者難。「長時間労働で、それだけ働いても大きくは儲からない。水周りのトラブルはしょうちゅうあり毎月かなりの改修費がかかる。ボイラー更新となれば500万円を超える。息子に銭湯を継げとはなかなか言えない」と、多くの経営者は苦境を語る。風呂を目的にフィットネスジムに通う高齢者が増えていることも銭湯の経営を厳しくしている一つの要因。
 八条プレジャーも年々利用者が減少して経費を賄いきれなくなり、ウイルス騒動がさらに入浴客減を引き起こした。80代となり自身の健康問題もあって杉尾さんは廃業を決断したようだ。

スタルヒン通り
 銭湯経営の一方で杉尾さんは街づくりでも貢献し、2011年に「旭川市八条スタルヒン通り会」を旗揚げしている。
 日本プロ野球史上初の300勝記録を達成した元プロ野球投手ビクトル・スタルヒン投手は、旭川で少年時代を過ごした。ロシアから移り住んだ住居は8条8丁目界隈にあった。杉尾さんが中心になって立ち上げたスタルヒン会は、市に働きかけて8丁目から9丁目の間を「八条スタルヒン通り」とする名称の認定を受け、生誕100周年の2016年には多彩なイベントを開催した。
 杉尾さんは町内の先輩たちから「草野球でスタルヒンと投げ合った」といった自慢話を聞かされたそうだ。「気づけば、スタルヒンを実際に知る人がいなくなった。市民の間でもスタルヒンに対する関心が薄まってきているような印象があります。スタルヒンの存在は大きく、今一度興味を持ってもらいたい」との思いからのスタルヒン会旗揚げだった。
 八条プレジャーと経営者の杉尾さんは地域の〝核〟の存在だけに、関係者から廃業を惜しむ声は続いている。

表紙2008
この記事は月刊北海道経済2020年08月号に掲載されています。

エクス跡 再開発事業が正式スタート

 旧エクスの跡地再開発計画。本誌が今年5月号で伝えた通り、2020年度の政府予算で補助金が計上されたこともあり、実現の可能性が高まっていたが、6月30日付けで関係者間で契約がまとまり、旭川では初となる高層マンションの建設プロジェクトが正式にスタートした。駅前の情景を変えるだけでなく、これから3年間の工事期間に建設業界やその周辺に大きな商機をもたらすのは確実。完成後には市内だけでなく、本州や海外からも富裕層を旭川に呼び寄せる役割を果たしそうだ。

閉店6年後の決定
 このほど契約が締結されたプロジェクトの名称は「1・7地区優良建築物等整備事業」で、主体となる企業は住宅総合メーカーの大和ハウス工業㈱(本社=大阪)。旧エクスの敷地(2142・1平方メートル)は市内5社の地権者(トーエー企業、旭川小型運輸、第一マルサン商事、盛永組、柴滝建築設計事務所)から大和ハウスに総額数億円で転売され、大和ハウスが土地オーナー兼デベロッパーとしてプロジェクトを推進することになる。
 旧エクスの建物ではかつて長崎屋が営業していたが、1992年に春光に移転して「ラパーク長崎屋」(現在のメガ・ドン・キホーテ旭川店)に転換したことを受け、空き家となった建物はファッションビル「エクス」として再出発。しかしそのエクスも2014年に閉店し、その後は1階のみツルハが入居し(今年5月末で閉店)、建物の大半が空き家のまま約6年の歳月が流れた。
 この土地を再開発して高層マンション(タワーマンション)を建設する構想が浮上していると本誌が初めて伝えたのは昨年5月のこと。複雑だった権利は5社に整理集約され、プランも大方まとまり、今年3月末には2020年度からの政府と旭川市からの補助金が給付が本決まりになった。その後、世界を襲ったコロナ禍のために関係者間の交渉が一時的にストップしたものの、6月末に待望の正式契約を迎えたというわけだ。
 実は、このプロジェクトでは有力ホテルの誘致も構想に上がったことがあった。実際、ある全国的なホテルチェーンが旭川駅前エリアへの進出に興味を持ったこともあるが、仮にその方向で計画が進んでいれば、コロナの流行とインバウンド客の途絶で根本的な練り直しを強いられていた可能性もある。

地上28階の可能性も
 以下、計画されている建物の概要に改めて注目するが、現時点では基本設計も実施設計も完了しておらず、変更される可能性も十分に残っている。
 敷地は現在ツルハビルが建設されている旧旭川西武A館跡地と買物公園を挟んで向かい合う旧エクスの跡地2142・1平方㍍。ここに地上25階建てのビルを建設する(今後の検討結果次第で27階建て、または28階建てになる可能性も残っている)。低層階は敷地をいっぱいに使う商業施設とし、その上のやや細くなる建物は分譲マンションという計画のようだ。27階の場合、建物の高さは92・75メートル。もちろん、旭川で最も高いビルだ。総床面積は27階建ての場合、1万8341平方メートル。この面積には64台分の立体駐車場を含んでいる。
 タワーマンション、通称「タワマン」としても旭川初の物件となる。
 タワマンを建てるには現存する建物を取り壊さなければならない。旧エクス建物の解体工事は9月1日から約1年をかけて進め、並行して詳細な設計作業も行う。建設工事の開始は来年10月ごろ。工期は2年程度で、2023年末ごろの完成を見込んでいる。
 総工事費は約85億円。このうち合計数億円が、政府および旭川市からの補助金でまかなわれる。「約85億円」といえば、市内の民間プロジェクトとしては異例の規模。高層ビルだけに工事を請け負うのは本州大手が中心となるが、市内の業者も工事や関連事業で協力することから、大きな商機が地元経済界にもたらされることになる。
 低層階にどんな店舗や商業施設が入居するのかは未定だが、すでにコンビニや飲食店などから複数の引き合いが来ているという。
 かつて、買物公園の大半には、歩行者を雨や雪から守る庇が設置されていた。老朽化が進み、また景観上の問題もあったことから撤去されて久しいが、その結果、天候や季節によっては歩きにくい道になった。周辺の住民や商店主からは、1・7に新たにできる建物と、買物公園を挟んだ向かい側の敷地でビルを建設するツルハの間に、買物公園を覆う恒久的なアーケードを建設できないものかとの声が上がっている。実現すれば雨、雪、風や夏の日差しを気にせずに行き来できるようになるだけでなく、タワマンとツルハの新ビルの間の空間をイベント会場としても活用できそうだ。

魅力発信の契機に
 では、このマンションはどんな人が買うのか。旭川のプロジェクト関係者によれば、昨年5月の本誌による報道の後、市内の病院関係者や企業経営者などから相次いで問い合わせがあったという。旭川市内では北彩都地区でマンションの建設が相次ぎ、売れ行き好調とも伝えられているが、1・7タワマンは、立地、価格帯、眺望などさまざまな面で既存のマンションとは大きく異なる。
 このうち立地については、旭川駅やイオンモール旭川駅前から至近距離にあることが大きなアピールポイントとなりそう。師団通→平和通→買物公園と変遷してきたこのエリアは、時代は変わっても一貫して買い物の舞台であり、4条以北を除けばマンションが建ったことはなかった。年配者の心の中にはこのエリアの黄金時代だった高度経済成長期の強い印象が残っており、「平和通に住みたい」と考える人がいても不思議ではない。JR旭川駅に近く、札幌市まで約1時間半というアクセスは、札幌市内の富裕層にとっては重要なセールスポイントだ。
 もうひとつの魅力が眺望。旭川は周囲を山に囲まれていることから、大部分の部屋では、近くに市街地、やや遠くの川や田畑、その向こうに山並みという景色が楽しめると予想される。こうした景色は、とくに都会で暮らす人の目には魅力的に映るに違いない。
 完成したマンションの販売については、大和ハウスが中心的な役割を果たす。豊富な実績のある巨大企業だけに、全国に幅広い販路を持っており、価格帯も高いことから、購入者のかなりの部分を市外の富裕層が占めるのは確実だ。
 実は、旭川というまちは富裕層にアピールできる魅力をいくつも備えている。まず、自然豊かなエリアにありながら、人口約33万人のまちとして一定の都市機能を備えている。次に、大地震の発生確率が全国の主要な都市で最も低い。他にも、中心部から車で数十分の範囲内に複数のゴルフ場とスキー場があるなど、枚挙の暇がない。
 不動産の相対的な安さも見逃せない。東京から老後の住まいを探しに来た資産家が、旭川市近郊のまちで住宅を探し、2000万円という価格を提示されて「そんなに安いのか…」と絶句したとのエピソードもある。
 旭川初のタワマンはコロナの影響で重い空気に包まれていた旭川市にもたらされた明るい話題。買える人はもちろん、買えない人もその波及効果に関心を寄せている。

表紙2008
この記事は月刊北海道経済2020年08月号に掲載されています。