旭川ラーメンの基礎 加藤ラーメンの低加水麺

 醤油味の「旭川ラーメン」は20年以上前から全国区の人気を誇る。それを支えているのが麺の加水率。この率の高い低いで製造コストが変わってくるが、「旭川ラーメン」はあえてコストのかかる低加水率の麺を採用している。この基本を作ったのは旭川の老舗製麺所㈱加藤ラーメン。低加水率麺と同社のこだわりから「旭川ラーメン」の魅力を再発見してみる。

麺の特徴決める粉と加水の比率
 全国のラーメン情報を発信する新横浜ラーメン博物館のホームぺージに掲載されている「旭川ラーメン」の項には次のような説明がある。
 「旭川ラーメンの基本は、加水率の低い縮れ麺に、トンコツと海産物(鯵の煮干し等)で取るスープ。(中略)麺の加水が少ない縮れ麺のため、スープの絡み、吸い込みがよく、麺とスープの一体感が味わえる。(後略)」
 旭川ラーメンの特徴をよく言い得ているが、少し説明を加えると、麺の太さは〝中細〟で、スープは豚骨と海産物の他、鶏ガラや野菜でダシを取ったWスープであるということ。
 旭川ラーメンの研究で知られる旭川大学経済学部の江口尚文教授によれば「W」とは海の素材と陸の素材の2種を使うという意味で、このどちらが欠けていても旭川ラーメンとは言えない。
 さて、旭川ラーメンの基本とされる「加水率の低い縮れ麺」だが、まずはこの加水率についてひも解いてみる。
 加水率とは簡単に言えば小麦粉に加える水の割合。水と言っても塩分を含んだ塩水だが、この量が多ければ多いほど〝水増し〟した生地が作れる。従って、同じ量の小麦粉を使っても加水率の高低によって出来上がる麺の量が変わってくる。
 一般的に加水率が高い麺(40〜50%程度)はツルツル、モチモチ感が強く、食感が柔らかくなる。もともと水分が多いのでスープが絡みにくく、麺がのびにくい。
 逆に加水率の低い麺(20〜30%程度)は水気が少ないので歯ごたえがあり、小麦粉の割合が多いので香りが強くなる。水分が少ないのでスープを吸収しやすくなり、麺がのびやすい。
 どちらも、好き好きだから優劣をつけることは避けるが、低加水率のラーメンの方が小麦粉をたくさん使い、製造コストも高くなることは確かだ。旭川ラーメンはこの低加水率の麺を使って全国区へ羽ばたいた。

70年前に生み出した旭川ラーメンの基礎
 低加水麺が旭川ラーメンの特徴というが、その原点が製麺会社の加藤ラーメン(旭川市4条21丁目右6号、加藤紀社長)にあることは紛れもない事実だ。同社は1947(昭和22)年7月創業。創業時から低加水率の麺を製造、普及させ、現在の「旭川ラーメン」の確立に大きな影響を与えてきた。
 加藤ラーメンの神髄を知りたいと同社を訪ね、低加水麺への執念、麺製造にかける情熱を3代目の加藤社長に聞いた。
 ─加藤の麺は代々、加水率を抑え、小麦の味や香りを大事にしていますね。
 私は3代目なので、正直、昔のことは全然わからないのですが、70年続く昔ながらの製法で作っていて、それは一切変えていません。だから今でも加水率は低い。
 札幌は加水率が36〜38%と高く40%くらいのところもあるようです。低加水の旭川でも一般的には30%か32%くらいでしょうか。うちは29%くらいですからかなり低い。
 小麦粉1袋が25キロで、それに対してかん水を何キロ入れるかで加水率が決まりますが、季節によっても、その日の湿度や温度でよってもかん水の量は変わります。
 朝工場に入ったら、職人の勘でまずミキサーを1回まわして、5分くらい経って粉が花咲くようになったら自分で触り、固さの確認を取りながら水の量を変え、その日の加水率を決めます。
 朝5時に回し始めても7時、8時になるとまた加水率が変わっていく。工場の中も気温が上がっていくので、粉の温度も変わってくる。小麦粉は1袋ずつ15段に積んでいるので、下と上では温度が違うからです。それも計算していかなければならない。だからうちの麺は自分では繊細な麺だと思っています。
 ─低加水率の麺の特徴は?あえてコストのかかる低加水麺にこだわるのはなぜですか。
 加藤 加水率の低い麺は固くて、引っ張ったら切れやすい。品質が一定でなければならないのでロスも多く出る。ロスを翌朝打つ時に使いまわししているところもあるかもしれませんが、うちではすべて廃棄しています。結構な量になります。
加水率を増やすと、延びて麺を多く作ることができますが、痛みやすい。それで防腐剤やアルコールを入れて日持ちするようにしている。加水率の低い麺は何も入っていないので管理が難しい。香りをかいでも小麦粉の香りしかしない。だからうちの麺はスーパーには一切置いていません。スーパーに置けるのはそれなりの添加物が入っているからだと思います。
 添加物を入れた麺は胃に悪いと思います。うちの麺は何も入っていないので消化が速い。どのくらい速いか、自分で食べて後で吐き、消化時間の実験したこともあります。それを何度もやったため入院する羽目になったこともあります。
 加水率を増やすと麺の量が多くなり、重くなります。その点うちの麺は軽い。軽いから同じグラム数でも麺が多いと言われます。
 また、うちの麺は加水率の関係もあり、ひと玉の卸値が他の工場より2円ぐらい高いかもしれません。しかし小麦粉の仕入れ値が高くなっても麺の値段はもう10年以上は上げていません。他では上げているようで、昔はうちより5円安かったところでも、今ではその差は1円あるかないかだと思います。でも、多少高くてもうちの麺に変えたいと言ってきたところもあります。
 ─低加水率と高加水率の麺では、スープとの関係も変わってくるようですね。
 うちの麺を使ったラーメンは、最初に飲んだスープの味が最後まで変わりません。他の麺だとスープがすっぱくなっていることがあります。それは麺の一本一本からアルコールや防腐剤が出ているためです。うちの麺は固くて余分なものが入っていないので、逆にまろやかにおいしくなっているとさえ言われます。
麺はただ作ればいいというものではありません。毎日毎日きちっと作っていけばお客さんも分かってくれる。安い麺、儲かる麺を作ろうとするのは逆発想です。コストがかかってもいいからいい麺をつくる。これが私の信念。「旭川ラーメン」の基礎を作った加藤ラーメンを、代々受け継いできた3代目の使命だと思っています。

かつて、加水率を巡る騒動もあった
 加藤ラーメンの2代目加藤明定氏から「麺は生きものだ。大事に扱え」と教えられた3代目の、麺に対する情熱をたっぷり聞いたが、麺をめぐるラーメン専門店の事情も少し紹介しておく。
 25年以上前、本誌が「旭川ラーメン大賞」を企画し、市内にラーメンブームが到来していた頃、ラーメン店をチェーン展開していた本部企業が、それまで使用していた製麺工場の麺を中止し、自社で新設した製麺工場の麺を使うことにした。
 自社工場を設けた理由は「多様化する消費者ニーズに応えらえる麺を作るため」ということだったが、実際のところは従来の加水率が低くコストのかかる麺をやめ、加水率の高い低コストの麺を作って一杯のラーメンの原価を下げるねらいがあったとされる。
 このため、低加水率の麺こそ旭川ラーメンだと主張する加盟店の半数近くがチェーンを脱退し、従来の製麺工場の麺を使い続けた。分裂したそのチェーンは現在、どちらも健闘を続けているが、これは低加水率が決め手となる旭川ラーメンの特徴をめぐる騒動でもあった。
 麺の加水率は人それぞれ好みが違う。低い加水率こそ麺の神髄と言えるものではないかもしれないが、「旭川ラーメン」が現在のような人気を維持できている理由の一つが「低加水率の麺」にあるとだけは言えるのではないか。

表紙1810
この記事は月刊北海道経済2018年10月号に掲載されています。
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