公証人相手に異例のセクハラ訴訟

 公正証書の作成など重要な役割を担う旭川公証人合同役場。その代表である公証人が、女性職員から今年5月に訴えられた。女性職員はセクハラが原因で提出せざるを得なかった退職届は無効と主張し、損害賠償を求めている。公証人はセクハラを否定して退職届は有効と主張。女性職員側は証拠として公証人からスマートフォンに送られてきた大量のハート付きメッセージを提出した。今後の裁判の行方が注目される。

全国ニュースに登場
 全国に約500人いる公証人。公正証書の作成という重要な役割を担い、遺言や任意後見など暮らしに近い分野での活動も多い。公証人には高度な法律の知識、実務経験が求められることから、判事、検事、法務局長などを務めた人物から選ばれ、公証人倫理要綱には「公証人は、その職務の内外を問わず、その信用を傷つけ、又は公証人全体の品位を害する行為をしてはならない」との文言もある。
 公証人は広義の公務員だが、各公証人役場は独立採算制であり、それぞれが書記(職員)を雇用し、人件費や諸経費は利用者から徴収する手数料でまかなっている。旭川市内にも6条通8丁目、市役所のそばに「旭川公証人合同役場」がある。
 その名称が今年5月、意外なかたちで全国ニュースやネットニュースに登場した。代表である公証人(男性)が、女性職員に訴えられたのだ。公証人から繰り返し、執拗な身体の接触、スマホでのメッセージなどのセクハラ行為を受けて、拒んだところ、意に沿わない退職届の提出を強いられたと女性職員は主張し、休業による損害の補償、慰謝料など合計約578万円の損害賠償を求めている。
 訴状の提出は5月20日。6月25日には旭川地裁で第一回口頭弁論があったが、被告となった公証人はセクハラ行為を否定、退職は有効であると主張し、女性職員と真っ向から対立している。

大量のSMSが…
 女性職員が旭川公証人合同役場に書記として就職したのは2010年のこと。当時は現在の2代前の人物が公証人を務めていた。次の公証人が赴任した後も、女性職員はその下で勤務を継続した(本誌は過去、同役場に取材した記事を掲載しているが、当時の公証人は前々任者と前任者であり、現在の公証人ではないことを明記しておく)。女性職員は「二人の元上司は尊敬できる人たちだった」と振り返る。
 そして昨年7月、横浜地方法務局長だった公証人が赴任してきた。当初は新しい上司の下で継続して働こうと考えていたが、思わぬ事態の端緒が7月20日に起きた。女性職員のスマホに公証人から「若干遅くなりそうです。」とのショートメッセージ(SMS)が入った。昼食からの帰りが遅れるのはよくあること。なぜ事務所の番号に電話しないのかとの違和感を抱いた。この違和感は日が経つにつれて不安、さらには恐怖へと変わっていくことになる。
 公証人からはSMSを通じて業務連絡だけでなく「神楽の花火、大きく見えてます」といった私的内容も多く届くようになった。8月16日には公証人から「+メッセージ」なるアプリのインストールを求めるメッセージが届いた。+メッセージとは携帯大手各社が展開するSMSの機能拡大版で、女性職員はその理由に疑問を抱きつつも、メッセージアプリのインストールは上司からの指示であったために従った。しかし、公証人は他の書記には同じ指示を出しておらず、届いたメッセージはその日の昼食の内容で、女性職員はこうしたメッセージが送られてくることに抵抗感を感じたという。
 8月28日、公証人から女性職員に(別の書記について)「業後にご意見をうかがいたい」との連絡があった。不安を感じつつも、公証人が予約した飲食店で二人で食事をした。その席上で出たのは仕事の話ばかりだったが、帰宅後、ハートマークの画像がスマホに送られてきたため、女性職員の不安はさらに深まった。その後も、休日を含め、公証人からのメッセージ攻勢は続き、9月18日夜の食事会の誘いがあった。不安を感じながらも女性職員は、その前に仕事でミスがあったことから従った。食事会の最中の話は仕事の話が中心だったが、気になったのは、問題のメッセージアプリについて妻に言っていないと公証人が自ら明かしたこと。女性職員は嫌悪感を覚えた。

「退職勧奨」との記載ある離職票に署名
 食事を終え、店を出たあと、やや酒に酔った様子の公証人が言った。「手相を見せて」。この後の状況と女性職員の心情が、訴状に添付された資料に記されている。「手を握られ、しつこく撫でまわされる。気持ち悪いなと思い、とっさに手を引いたところ、もう片方も見せてと言われ、また握られ、抱きつかれそうになった。慌ててかわし、手を離した。信じられない気持ちと、かなりの嫌悪感と、ショックと恐怖感があった。あまりにも怖かったので、今後の業務も不安になった」
 女性職員によれば、公証人は勤務時間中にも、同じ事務所に勤務する公証人の妻の目を盗んでは、不必要な近さまで体の距離を詰めて接触しようとしたこともあった。
 公証人の行動がピークに達したのは11月27日。女性職員が男子トイレを清掃していると、入ってきた公証人に「いてもいいよ」と言われ、困惑しながら退出した。女性職員が狭い給湯室の中でお茶の用意をしていると公証人が無理やり入り込んできたり、書類の説明の際にも公証人が肩を密着させてきたりした。これまで重ねてきた我慢が限界に達した女性職員は強い調子で拒絶した。
 直後に公証人の態度が一変した。昼休み、事務室が公証人と女性職員の二人だけになった際、公証人は「将来のこと考えているの?」「辞めるんだったら早く言ってもらわないと。こっちの準備もあるからね」と言った。それまでに女性職員が退職を考えたり伝えたりしたことはなく、だからこそ一連の言動にも我慢を重ねてきたのだが、このまま働き続ければ二人きりで会うことや身体的な接触を強いられるとの絶望から、翌々日、退職届を提出した。
 数日後、女性職員がハローワークに相談の上、雇用保険の離職証明書の具体的事情欄に「退職勧奨」と記入して公証人に提出したところ、事業主である公証人はこれに記名押印した。ここでいう「退職勧奨」とは、俗にいう「肩たたき」のこと。雇用者の側から被雇用者に退職を求めたのであり、被雇用者が自発的に辞めたのではないという意味だ。

団体交渉は平行線 決着は法廷へ
 しかし、女性職員には納得がいかなかった。「公証人からの一方的なセクハラ行為のために、なぜ自分が辞めなければならないのか。このまま泣き寝入りするわけにはいかない」。そう考えた女性職員は、弁護士事務所など法律関連の組織の職員が加入する旭川地方法律関連労働組合と、旭川労働組合総連合の支援を得て、公証人に団体交渉を申し入れた。
 2月から5月にかけて5回にわたり交渉が行われ、女性職員側は「退職届は瑕疵ある意思表示なので取り消す」と伝えたうえで、セクハラ行為を認めた上で謝罪すること、関係機関にセクハラ行為についてありのままに報告すること、再発防止策を講じること、被害者である女性職員へ慰謝料を払うこと、公証人を別の職場に配置換えしたうえで女性職員の復職を認めることなどを要求した。これに対し、弁護士同席で団体交渉に臨んだ公証人はセクハラ行為を認めず、退職届は有効であると主張し、団体交渉は平行線をたどった。こうして女性職員は5月20日の提訴へと至った。
 なお、ここまでは訴状や本誌が取材した女性職員側の主張をもとに記事を構成した。本誌は一方の当事者である公証人にも取材を申し込んだが、拒否された。

民間は敏感になっているが…
 団体交渉を通じて公証人が行った主張の一部を紹介すれば、「手相を見せて」と言われて差し出した手を撫でまわしたという女性職員の主張に、公証人は「指で手相の線をなぞっただけ」などと反論したという。しかし、仮に公証人の主張する通りだったとしても、多くの女性社員を抱える保険会社が、激励の意味で握手することを含めて身体的接触を厳しく禁止しているこの時代、指で女性職員の手をなぞったこと自体、批判を集めるのではないか。
 読者の中には、女性職員がなぜ最初からもっと毅然とした態度をとらなかったのか、最初からメッセージの私的なやり取りを拒否しなかったのか疑問に感じる人がいるかもしれない。女性職員が心配したのは、上司である公証人に冷たい態度を示せば、仕事に悪影響が及び、定年まで書記として働くという希望がかなわなくなる恐れだった。実際、初めて毅然とした態度を示したその日に女性職員は「辞めるんだったら早く言ってもらわないと」と公証人に告げられている。女性職員の心配が「考えすぎ」ではなかったことがわかる。
 なお、前述したとおり、旭川公証人合同役場では公証人の妻も一緒に働いている。法務大臣に任命される公務員であり、同業他社との競争にもさらされていない公証人が、(各役場が独立採算制であるとはいえ)妻を独自の判断で雇用することができるというのは不思議な話だが、日本公証人連合会によれば、こうした配偶者の採用に問題はなく、他の地域でも同様の例があるという。公証人は民間からの公募制度も存在するのだが、実際に民間から採用されたのは昨年までの16年間でわずか4人。事実上、裁判官、検察官、法務局長などの天下り先として活用されてきた。本人の天下り先に妻の就職先もセットで付いてくるというのだから、民間人としてはうらやましい限りだ。

横浜の法務局ではセクハラ防止講習も
 公証人が旭川に赴任する前に局長として勤務していた横浜地方法務局は、全国各地の法務局と同様、不動産登記、法人登記、成年後見などと並んで、人権擁護に関する業務も行っている。そのウェブページに「セクハラ・パワハラ防止研修 無料で実施します」とのチラシが掲載されているのはなんとも皮肉だ。
 この記事で紹介した女性職員の主張のうち、身体の接触に関するものなど一部は物的、直接的な証拠がなく、訴訟でどこまで認められるかは裁判官の判断次第だが、公証人から女性職員の送られたメッセージは明確に残っている。このなかでかなりの分量を占めているのは、ハートマークやカップルを模したキャラクターが身体を寄せ合っているイラスト。法務局のセクハラ防止研修ではこうした行為は「アウト」とは見なされないのだろうか。
 「男女共同参画社会」とのスローガンが約20年前から掲げられ、社会で活躍する女性も増えている。一方で、男性が上司、女性が部下という関係性の下、女性が理不尽なかたちで苦しめられている現実がある。深刻な事態に職場で直面しながら、声を上げられないでいる女性がまだまだいるのかもしれない。

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この記事は月刊北海道経済2019年08月号に掲載されています。