高齢者免許更新の盲点

 2009年の改正道路交通法施行以来、75歳以上のシニアドライバーに対して免許更新時の認知機能検査が義務付けられている。結果次第で免許が更新できないこともあるが、その一方で、3人一組で教習コースを回る「実車指導」では、ミスを重ねても免許更新には何の影響もない。このスタイルに異義を唱えるのが、本誌読者で運転歴60年以上というベテランドライバーのAさん(83)。実車指導で同乗したシニアドライバーがミスを連発する姿を目の当たりにし、「高齢者による事故を防ぐためには運転技能で判断すべき」と強く訴えている。

クランクは脱輪 ペダルを踏み違え
 Aさんは市内西エリアに住む元団体職員。23歳の時に免許を取得し、83歳になる現在に至るまで60年間、無事故無違反を守り続けている。普通免許に加えて大型免許や大型特殊免許などの資格も有するほどのクルマ好き。ただ、最近は買物や通院のための必要な運転にとどめているそうだ。
 直近の免許更新は17年5月。その際、一緒に実車指導を受けたシニアドライバーのおぼつかない運転に唖然としたという。
 「車庫入れが出来ず、クランク(直角の右折と左折の幅が狭い道路)では脱輪する。中にはブレーキとアクセルを踏み間違える人もいて、思わず身構えてしまった」と振り返る。
 Aさんの友人で同じ年齢のBさんは今年6月に免許更新を終えたばかり。実車指導で同乗したシニアドライバーの運転技術にAさん同様に唖然、危機感すら抱いたという。「カーブは大回りし、センターライン上を走るなど交通ルールを無視した運転が目立った。一時停止のラインを超えて停まるので、実際の道路だったら絶対に事故になっていた。おそらく普段、ほとんど運転をしていない人だと思うが、クラッチ操作が出来ず、何度もエンストをして発車できない女性ドライバーもいた」

認知機能テストと高齢者講習
 75歳以上のシニアドライバーの免許更新講習は2段階になっている。最初に行われるのが「認知機能検査」。判断力や記憶力の状態を評価するための目安として実施されるもので、受講者はその結果を伝える通知書が届いてから、あらためて「高齢者講習」を申し込んで受講するという流れだ。
 認知機能検査の所要時間は30分程度。楽器や動物、機械など16枚のイラストを見て、一定時間を経過した後にどの程度を記憶できているのか確認するテストや、指定された時刻の時計の絵を描くものなどの検査項目に挑戦する。
 このテストの点数に基づき、受講者は第1分類から第3分類までの3つのカテゴリーに分けられる。テストで76点以上を取得した人は「第3分類」となり、記憶力や判断力に問題がないとみなされる。49点以上76点未満の場合は「第2分類」となり、記憶力、判断力ともに少し低下しているとの判断。そして49点以下になると両方の能力が低下していると見なされる「第1分類」となる。
 なお、第1分類と判定された人は医師の診察を受けることが義務づけられており、そこで認知症との診断がされた場合には免許の停止、または取り消しとなる。
 続く高齢者講習は、認知機能検査結果によって講習の時間が異なり、第1分類と第2分類の人は「高度化講習」という3時間講習を受け、第3分類の人は「合理化講習」という2時間の講習を受けることになる。
 講習では、交通ルールを再確認するためにビデオを観たり、機械を使って動体視力や静体視力、夜間視力、視野を測定。その後は他の受講者や教官と一緒に車に乗り、指定されたコースを順番に運転する実車体験が行われる。一般走行に加えて、S字やクランクでの走行、車庫入れなどを行い、指導員から助言を受けるというもので、教習所ごとに実施内容は少し異なるようだ。
 高齢者講習を終了すると証明書が交付され、免許センターで所定の手続きを終えると新しい免許証が交付される。

専門家の団体も実車テストを提言
 前出のAさんは、連日のように報道される高齢者ドライバーによる事故のニュースを見て心を痛めていたが、免許更新を終えたばかりのBさんから、実車指導でミスを繰り返す受講者が依然として多いこと、また、ミスに関わらず受講者全員に証明書が発行される現状を憂慮し、「免許更新の際には運転技能で判断をすべきだ」という考えを強くしたという。
 Aさんは次のように訴える。「認知機能検査の重要性ばかりが強調されていて、肝心の運転技術が軽視されているとしか思えない。実車体験では、担当教官からアドバイスが与えられるものの、運転免許を取得する時のように不合格になることはない。道路を走る以上、技術が伴わなければ事故につながるリスクは否めない。不幸な事故を防ぐためにも、実車で運転技術の衰えが顕著な場合には、再試験をするなど運転技能面での審査を強化した方が良い」
 意外にもAさんのように技術面の重視を望む高齢ドライバーは少なくないようだ。今年、免許更新を終えたばかりの80代男性ドライバーもまた「技術の未熟なドライバーは再試験をした方がいい」と提案する。
 「実車指導では自信がないせいかノロノロ運転で走り、ウィンカーと逆の方向に曲がるなどひどい運転をしていた。講習後にマイカーを運転している姿を見たが、こんなドライバーが街中を運転していると思うと恐ろしくてたまらない。路上実施研修を一通り済ませてから、技術面の再試験をした方がいい」。
 実際、専門家の間でも技術面の強化を求める声は挙がっており、17年1月には日本神経学会をはじめ日本神経治療学会、日本認知症学会、日本老年医学会が合同で提言。初期の認知症の人の運転免許証取り消しについて「運転不適格者かどうかの判断は、医学的な『認知症の診断』に基づくのではなく、実際の運転技能を実車テスト等により運転の専門家が判断する必要がある」との見解を示した。

75歳以上の免許保有者数は一層増加
 高齢ドライバーによる事故は相次ぎ、今年4月19日に東京都池袋で87歳の高齢者が運転する車が暴走し、12人が死傷した事故は世間に衝撃を与えた。7月24日には、70代半ばの高齢ドライバーが池袋で交差点に乗り上げ、信号機をなぎ倒しにするという事故が起きたばかりだ。
 警察庁のデータによると、75歳以上のドライバーが過失の最も重い「第一当事者」になった交通死亡事故は18年は460件となり、全体の14・8%を占めて割合として過去最高となった。死亡事故の種類別では、最も多いのが電柱などに衝突する「工作物衝突」(94件)で、続いて「出合い頭衝突」(85件)、「正面衝突」(70件)、「路外逸脱」(58件)という結果となった。
 今回、苦言を呈したAさんは来年5月に免許更新を迎えるが、自主返納をする考えだという。「年齢相応に、運転技術も動作も衰えを感じ始めたので、事故無き交通安全歴で終わるためにも返上をする予定です」。
 Aさんが指摘するように、高齢者講習で行われている実車指導は、運転適性能力を検査するためのものではなく、あくまでも講習の一環として実施されているもの。基本的な交通ルールを守らず、また基礎的な運転技術が備わっていないドライバーが路上で実際に運転をするのはいかがなものだろうか。
 75歳以上の免許保有者は増加傾向にあり、今後はさらに他の世代に比べて免許保有者が多い団塊の世代が高齢者層に突入するために対策強化が求められている。そうなるとやはり、Aさんが指摘するように技術面での判断を強化し、一定の基準に達したドライバーが運転することが望まれる。

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この記事は月刊北海道経済2019年09月号に掲載されています。