五輪マラソン札幌開催への期待と不安

来年の東京五輪の競技のうち、男女のマラソン、競歩競技が会場を札幌市に移して開催されることが正式決定した。暑さにアスリートが倒れる事態を懸念したIOCからの要求で決まった異例の事態だ。道内のマラソン大会に参加した経験のある市民ランナーや、大会の事務局関係者や警備関係者には驚き、心配、期待が広がっている。そして五輪とは一見関係のなさそうな企業にまで、意外な影響が及んでいる。(記事は11月5日現在)

単調すぎるコースは辛い
 まずは市民ランナーの声を紹介しよう。
 「札幌で開催されると知った時は、〝そりゃそうだろう〟と感じました。東京の夏は暑くて、ランナーにとり過酷。北海道も暑いけれど湿度が全然違いますから」と語るのは、㈱アーキエージェント代表の畠山裕康氏。市民ランナーとして、北海道マラソンや東京マラソンに出場した経験を持つ。
 一方で畠山氏は札幌のコースがもつ単調さを心配しているという。北海道マラソンのフルマラソンでは市の中心部をスタートした後、すすきの界隈を走る。「いつもは飲み歩いているあたりを走るのは楽しい」が、市の中心部から北西方向の新川地区までほぼ直線で伸びる区間がある。「景色が変わらないのはランナーにとりつらいです。何度も北海道マラソンに出場した人なら皆同じように感じているはずです」。
 札幌が突如、開催地に選ばれたのは1987年から北海道マラソンを開催してきた実績が評価されたから。当然、コースも北海道マラソンのそれを踏襲するとの見方があったが、畠山氏をはじめとする市民ランナーの心配に反応するかのように、早くも新川地区付近のコースを見直すとの報道が出ている。
 旭川市内ではフルマラソンの大会こそ行われていないが、多くの市民ランナーを集めているのが、今年は9月29日に開催された旭川ハーフマラソン大会。実行委員会事務局の渡辺達生次長は、主催者側として資金や時間が十分かを心配する。
 「とくに注目しているのは経費の問題。沿道に応援のため相当な数の人が集まるはず。北海道マラソンにもかなりの警備人員があたっています」
 マラソンの大規模なイベントの準備には通常、長い時間をかける。「コースの設定、どこに警備員を置くのか、どこにボランティアを配置するのか、どこにどのような看板を立てるのかなどについて、主催者、警備会社、警察で綿密な打ち合わせを行う必要があるのですが…」(渡辺氏)

コース認定は雪解けの後
 正式なマラソン大会はいずれも、公認コースで行われるが、開催前に日本陸連に公認の申請を出し、陸連の検定委員が行う検定に合格しなければならない。この検定は、道路の縁石から一定の距離を保ちながら、特殊な自転車でコースを走行して行われる。降雪期には検定を受けられないという雪国特有の事情も手伝って、マラソンのスタートまでのスケジュールはかなりタイトなものになりそうだ。
 「たいへんなことになった」との率直な感想を漏らすのは、旭川市内に本社を置く警備会社の経営者。この企業では北海道マラソンの警備にも例年参加している。
 男女のマラソンを1日で、男女の競歩を別の1日でといった開催案も取りざたされているが、「北海道マラソンで札幌市中心部が通行止めになるのは午前中の早い時間が中心。複数の競技が続いて通行止めが長時間続けば、警備員としても市民からの声に対応するのが困難になります」
 五輪マラソン・競歩の開催は、警備業界にとり大きな商機との見方もあるが、この経営者は否定的だ。「それぞれの警備会社が抱えている警備員の数は決まっていて、ニーズがあっても応えられるとは限りません。五輪競技の警備に十分な人数を確保するには、工事を休んで現場の警備員を回すなど、産業界全体の協力が必要になるかもしれません」

株式市場も敏感に反応
 「五輪マラソン、札幌で」のニュースが影響を及ぼした意外な分野がある。それは株式市場だ。この件が公になった10月17日の翌日18日、株式市場で特筆する動きがあった。五輪の目玉となるマラソンが札幌で実施されることが決定的になり、道内の上場企業の株価が軒並み上昇した。
 中でも、コースの整備に関わる建設業や観光、食、ホテルなどのサービス業は特にその傾向が強かった。一例を挙げると、建機リースの道内大手、カナモト(東証1部上場)が2600円前後から一気に3000円近くに、広告代理店のインサイト(札証アンビシャス上場)は一時、ストップ高の675円をつけた。苫小牧に本社を置く飲食店チェーンのフジタコーポレーション(ジャスダック上場)も前日比106円高の1372円に上昇し、その翌日には一時1438円まで上昇した。
 上川管内に目を向けると、管内で唯一上場しているイチゴ栽培の㈱ホーブも目立った動きをした。同社はジャスダックに上場しているが、10月17日が前日から300円高の1326円、翌18日には300円高の1626円まで株価が上昇した。9月30日の終値995円から、わずか半月で631円も上昇したことになる。
 この急騰を同社に聞いたところ、こんな答えが返ってきた。
 「正直なところ、びっくりしている。あくまで株価は投資家が決めることでわれわれが関知するものではないが、何が要因でこんなに株価が上昇したのか、五輪のマラソンが札幌で開催されると言われても…」
 まさに狐につままれたような現象だが、株式市場は投資家から見れば
「ちょっとしたこと」でも敏感に反応することはよくある話だ。
 このほか、もともと観光シーズンでホテルが不足している時期に五輪関連の観光客が押し寄せることで、札幌市内の宿泊施設が足りなくなり、一部が旭川に流れてくるとの期待もある。意外なマラソン・競歩の札幌開催がどんな分野にどんな影響を与えるのか、スタートが近づくにつれ徐々に明らかになりそうだ。

表紙1912
この記事は月刊北海道経済2019年12月号に掲載されています。
この記事をシェアする
  • URLをコピーしました!