「コロナ疑い」に苦悩する救急病院

 旭川市内では新型コロナウイルスの感染者が散発的に報告はされているものの、医療関係者の必死の努力や、一般市民の感染防止策への協力の結果、急増には至っていない。しかし足元では医療関係者の負担が蓄積。感染リスクをゼロにするのは不可能で、「私たちの病院で起きたらどうなるのか」と心配を募らせている医師も少なくない。医療システムを守るには、コロナのリスクを意識しつつ救急医療にあたる医師や看護師への支援や、情報公開のあり方の再考が必要だ。

厳重な防護で感染を防止
 市内のある二次救急病院に、患者が運び込まれた。患者は高齢者で発熱しており、意識は朦朧、栄養状態・衛生状態ともに悪く、自力では動けない状態で、明らかに入院が必要だ。高齢者の発熱は救急搬送の多くを占め、とくに珍しくはないが、現在、病院の対応はものものしい。防護服を着たスタッフが鼻に綿棒を入れて粘膜から検体を採取。院外の検査業者によるPCR検査が行われる。結果が出るのは陰性の場合翌日、陽性は翌々日。それまでは感染リスクのある患者として、厳重な防護下での対応となる。
 この病院ではコロナウイルスの道内上陸以来、救急患者への検査で結果が陽性となったことは一度もないが、対応を緩くすることは出来ない。「感染者と気が付かないまま受け入れてしまえば、院内クラスターが発生するから」と、この病院に勤務するA医師は説明する。一方で、こうした患者の受け入れを拒否することも考えにくいという。「高齢者が肺炎などで発熱するのはよくあること。断ってしまえば患者さんの行き場所がなくなる。さらには感染病棟を担う医師やスタッフ達に不公平な負荷がのしかかり、現場の疲弊を招く」
 旭川市内でコロナ対策の中心となっているのは市立旭川病院。公的な基幹病院も協力している。より小規模な病院もコロナウイルスと無関係ではいられないのだが、とくに救急医療の現場では、患者への対応に苦慮する場面がある。

遺体受け入れ断念
 それを端的に示したのが、発熱して死亡した人の事例だ。ある日、A医師に救急隊から連絡が来た。「発熱直後に心臓が停止した患者がいる。救急隊が2時間心臓マッサージを続け、市内中の病院に電話をかけているがどこにも受け入れてくれない。先生のところで受けてもらえないか」
 A医師は迷った。救急隊員のことを考えれば受け入れたい。コロナ感染であった場合、救急隊員は長時間「密」に患者に接触するほど感染リスクが高まることから、一刻も早くその状況から解放してあげたい。しかし、病人が死亡しているのは明らかで、新型コロナに感染している可能性があり、院内には受け入れられない。最悪、戸外での死亡確認は可能だが、かといって、そのあと遺体を外に置いておくわけにもいかない。病院内には感染リスクのある遺体を引き入れられない。保健所は夜間は閉まっており相談先もない。対応してくれる葬儀業者があるかどうかもわからなかった。
 感染が確定すれば、密閉型の納体袋に遺体を納めることで、病院スタッフへの感染拡大は防げる。しかし、札幌市内にある納体袋のメーカーにはコロナの流行が始まって以来、問い合わせが殺到しており、旭川市ではその時点で保健所に1枚が割り当てられただけで、A医師の病院は手に入れることが出来なかった。保健所からは、納体袋は貴重であり、遺体のコロナ感染が確定しなければ、各病院に割り当てることは出来ないという見解が示された。医師はやむを得ず救急隊員からの要請を断ったという。なお、納体袋に関する保健所の見解は今も変わっていない。

対応に苦労しても支給額は最低限
 多くの病院ではコロナの流行が始まって以来、軽い病気なら受診を控える動きが患者に広がっており、収入が減少している。その一方で、防護服、マスクなど院内感染を防ぐための資材は入手困難な上に値上がりし、A医師が勤務する病院では月100万円単位で出費が増している。公的な病院には手厚い財政措置が行われ、倒産の心配もないが、民間病院はより難しい経営を強いられている。
 政府は「新型コロナ慰労金」として、医療従事者個人に、状況によって1人あたり5~20万円を支給している。しかし、受給には都道府県からの役割を認定されている指定医療機関に勤務していること、コロナ患者を受け入れていること、実際に患者と接していることなどの条件から金額が設定されている。指定医療機関ではない場合、慰労金の支給対象にはなるが、二次救急で発熱者などの救急患者の受け入れを行い、さらには旭川市の夜間医療体制を支える輪番制の一次医療機関としてもコロナ感染疑いの患者を診ていたとしても、支給額は最低水準となってしまう。
 A医師が焦燥感を募らせるのは、こうした問題を伝える先がないためでもある。旭川市は市の関係部署や市立病院などの関係者を集めた対策会議を開いており、旭川市保健所、市内の5基幹病院、旭川市医師会、陸上自衛隊を集めた「新型コロナ対策連絡会」も2週間に1回のペースで開催されている。しかし、A医師の勤務する民間病院は会議に参加できない。現場で実際の臨床に関わる中、個々の事例にまつわる問題点を持ち寄り、様々な予測を立て対策を先んじて講じる必要がある。会議に参加したいとの要望は各方面に伝えているが、実現のめどは立っていない。
 こうした声があることについて旭川市医師会は「参加者が増えすぎるので、希望に沿うのは難しいかもしれない」と慎重な見方を示している。

公表回避も責められない
 A医師も同僚も、感染を防ぐために万全の措置を講じている。しかし、感染のリスクをゼロにはできない。「もしもこの病院でも誰かが感染したら、どうすればいいのか」と、A医師は心配が頭から離れない様子だ。企業経営者が自身の感染に際して企業名を公表して世間から称賛を浴びる事例もある。一方で、全国各地で医療関係者の感染が自治体により発表され、抗議の電話が殺到、診療業務に支障をきたす事態も繰り返されてきた。A医師は自問している。「もしも自分の病院のスタッフから感染者が出たら、報告するべきなのか」。
 疑問には理由がある。一般企業に勤務する一個人の感染が判明した時、それを自治体が発表するかどうかは、本人の意見を尊重した範囲で公表されている。一方、医療関係者の感染については自治体により判断が分かれる。発表された場合はその病院に全国から抗議が殺到し、来院患者が減ることもある。しかし、自治体により判断が分かれるということは、コロナ感染の疑いがある場合でも、市外で検査を受け陽性反応が出た場合に、市外での対応として旭川市からは発表されず、医師会からの通知もないという「抜け道」を作ってしまうことになる。この場合、感染の事実は自治体に把握されず、その病院に抗議が来るようなこともない。
 仮に市内での検査を回避した医療従事者がいたとしても、こうした行為を一方的に批判するのは難しい。普通に生活している人でも感染のリスクからは逃れられず、感染が知られれば病院が理不尽な批判にさらされる現実があるためだ。また、医療従事者が外部で感染したとしても、マスクや手洗いなど感染防止措置を徹底することで、同僚や患者への感染拡大を防げることは、これまでの事例が証明している。接触者全員に検査を徹底することは必須だ。しかし、「院内の集団感染ならともかく、医療従事者個人の感染を公表することにどれだけの意味があるのか。医療者でなければ会社勤めの人は会社まで発表されることはない。日々恐怖や不安と闘いながら病院に勤務する医療従事者やその家族を追い詰めて医療体制を守れるというのか」というA医師の問いかけは重い。

コロナ感染対策 まだまだ不十分
 国や地方自治体の対策によって、指定医療機関の検査体制、医療体制の強化はなされ、感染予防対策、感染者に対する対応や治療体制などは、緊急事態宣言の時期よりは安定しているように見える。しかし、軽症者が検査を受けるさいのハードルの高さや、前述した「感染したその先」といった不安要素は残っている。
 コロナ感染疑い患者やコロナ感染患者が亡くなってしまった場合には、厚生労働省から出されている処置、搬送、葬儀、火葬等に関するガイドラインに沿った対応が推奨されている。コロナ禍以前には、遺族が葬儀会社を手配し、医療機関は遺体を密封する必要もなく引渡しをしてきた。コロナ禍以降、感染リスクがある場合は葬儀会社に敬遠されてしまうことも多く、遺族からも葬儀会社の手配に苦慮して医療機関へ多くの相談が寄せられている。葬儀会社が見つかったとしても「非透過性納体袋に収納、密封」が必要となり、医療機関にはそのための「非透過性納体袋」が必要になるが、製造販売を行っている会社には全国からの注文が殺到して手に入りにくい状態となっている。
 道外には、納体袋を自治体が用意し、葬儀会社とも連絡を密にして情報公開するなどして、市民のライフイベントにしっかりと寄り添っている自治体もあるという。こうしたバックアップを保健所をはじめとする行政機関がしっかりと行うことは、コロナの最前線で頑張り続ける医療機関、医療従事者の負担減にもつながるはずだ。
 ウイルス感染症の一種であるコロナは、秋から冬にかけて新たな波が発生する可能性が指摘されている。感染や重症化を防がなければならないのはもちろんだが、医療システムの崩壊を防ぐことも同様に重要な課題だ。

表紙2010
この記事は月刊北海道経済2020年10月号に掲載されています。
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