吉田病院「2億5000万」診療報酬返還の情報

 本誌が医療法人社団慶友会(吉田良子理事長、旭川市4条西4丁目)を舞台にした、職員勤務データの改ざんを生々しい内部文書とともに伝えたのは今年3月号。記者が慶友会のコンプライアンス意識に疑問があると指摘してから半年後、今度は慶友会の中核ともいえる吉田病院本体で、看護師の配置をめぐり虚偽のデータを当局に提出していた疑惑が浮上している。本誌の調べによればその背景にある要素のひとつが、現在の看護部長による看護スタッフへのパワハラ行為。「このままでは私たちの愛した吉田病院が破壊されてしまう」といった悲痛な叫びも聞こえてくる。(記事は11月7日現在)

いないはずの看護師 勤務表に名前が…
 本誌が入手した、1通のメールがある。日付は昨年11月5日、差出人は慶友会吉田病院人事課のスタッフ。宛先は看護部長と数人の看護師長。内容は以下の通りだ。

所属長各位
 2019・8厚生局用シフトが完成いたしましたので、ダミーのシフト表作成をお願いいたします。
 作成手順としては前回と変更ありませんが、エクセルシートの表記についてまとめましたのでご確認ください。
 不明点・変更した方が良い点などありましたらご連絡ください。よろしくお願いいたします。
人事課 N

 補足すれば、本文にある「厚生局」とは北海道厚生局のこと。厚生労働省の北海道における出先機関であり、道内における医療行政の総元締めだ。「厚生局用シフト」がどのような意味なのかは、本誌が別に入手した表から明らかになる。
 次頁に示した表は吉田病院1・2階ナースステーションにおける昨年8月の勤務状況をまとめたもの。左端の列には所属する看護師・准看護師の名前が並ぶ。ところが、このうち看護師の最後の3人は、1・2階のナースステーションには所属していなかった。この表はすでに改ざんされており、実態のない看護師の勤務がでっち上げられていたのだ。本誌は、この部門で他の月に、また他の病棟で行われた同様の改ざんを示すデータも確認した。

看護職員の夜間配置加算
 勤務表の改ざんと聞いて連想されるのは、長時間残業の隠ぺいや時間外手当の減額だ。しかし、医療現場で働く看護師の勤務表の改ざんには、「看護職員夜間配置加算」の獲得というまったく別の意味があった。
 医療現場の重労働が問題視されて久しい。とくに深刻なのは夜間、入院患者に対応する仕事。夜勤看護師の数は限られているのに、患者から頻繁にコールがかかり、また容体が急変する患者もいるために、看護師は疲れ切ってしまい、それが看護師不足の一因ともなっている。
 こうした医療現場の状況を打開するために導入されたのが「看護職員夜間配置加算」。夜間に一定以上の人数の看護職員を病棟に配置した場合、医療報酬を上乗せするしくみだ。
 吉田病院では、この加算を獲得するために勤務表を偽造して厚生局に提出した可能性がある。
 しかし、狙い通りにはいかなかった。厚生局がデータの内容に疑問を抱き、昨年12月に監査に入り、看護師の出勤・退勤時間、病棟での個々の患者にどの看護師が対応したのかを示すより詳細なデータを提出するよう求めた。しかし、こうしたデータまでは用意しておらず、結果的に嘘が露呈してしまった。
 厚生局は今年1月、吉田病院に対して加算分の返還を命じた模様。本誌には複数の人物から返還額について「2500万円」「3600万円」「5000万円」「6000万円」「2億5000万円」「4億円」といった情報が寄せられたが、複数のニュースソースに確認したところ、このうち「2億5000万円」である可能性が大きいようだ(厚生局は監査の有無を含め、個別事案に関する情報の公開を拒否している)。
 メールの文面からも明らかな通り、実際にダミーのシフト表作成、つまりデータの偽造を行ったのは看護部長と、その指示を受けた部下たちだった。本来なら病気やケガの患者を世話する立場の看護師たちは、本来の職務からかけ離れた「ダミーのシフト表」作成を指示された時に何を感じただろうか。
 「看護職員夜間加算」は、看護職員の待遇や労働条件を改善することを目的で支給される報酬。病院が人を実際に確保することなく申告だけ提出し、病院の収入を増やそうとしたと知ったら、第一線で働く看護師たちの思いは複雑だろう。
 監査の結果、夜間の看護師不足が明らかになった吉田病院では、急きょ夜間の看護師増員を迫られた。しかし、そう簡単に新しい人材は見つからない。人員配置を満たすため、管理職である看護師長までもが夜勤をしている現状がある。
 夜勤看護師を内部で増やすため、待遇面の見直しも行われ、夜勤できる看護師が優遇され、できない人は相対的に不利となった。しかし、吉田病院は子育て世代を手厚く支援していることをアピールしながら看護師を募集してきた。子育て世代は夜勤が困難で、こうした夜勤者優遇の改革には戸惑いが広がっている。
 なお、厚生局の監査を受けた経緯やその結末について、吉田病院では社会に対する公表はもちろんのこと、院内での公式な説明も行っていない。それが、医師や看護師をはじめとするスタッフの間の憶測を呼んでいる。もちろん、データ偽造の片棒をかつがせたことへの説明や謝罪もない。
 看護師からは、看護部門のトップである看護部長への不満も噴出している。データ偽造を当局に指摘され、加算の返還を求められ、昼間の勤務が相対的に不利になるかたちで待遇が見直された以上、看護部長からの説明や謝罪があってしかるべきだというのだ。
 こうした行為を、医療現場に近い看護部長のトップが発案したとは考えにくい。にもかかわらず、看護部長に対する不満の声が出ているのは、看護部長によるパワハラ行為がかねてから行われ、不満が病院内に充満していたのが原因だという。

パワハラ対策部署 対応に乗り出さず
 情報源の秘匿のため詳細な内容は明らかにできないが、看護部長に関して本誌には次のような情報が寄せられた。
・怒りだすと手がつけられなくなる
・気に入った人間だけを重用し、気に入らない人間を、人格を否定する言葉を使ってまで追い詰める
・部下に対する好き嫌いが激しく、それが病棟の扱いにも影響する
・気に入らない医師の悪口を長時間、部下に聞かせる
・パワハラの標的となった部下が心身の不調を来たし、病院での受診が必要な状態になった
・パワハラが原因で退職を余儀なくされた人もいる
 吉田病院では院内にパワハラ相談窓口を設けている。被害者からの相談を受けて、看護部長に対しては口頭で注意が行われ、再発を防止するために看護副部長ポストが復活して2人が就いた。しかし、その後も他の看護師の前で特定の人物を厳しく叱責しつづけるなどの行為は続いている模様だ。
 現在、吉田病院の経営陣に重用されているのが、金融機関出身の理事長補佐。相談を受けた理事長補佐は、聞き取り調査などは行ったものの、この問題が正式にハラスメント委員会に提出されることはなかった。「職員満足度調査」なるしくみもあるのだが、寄せられた声がパワハラ防止に活用された形跡はない。
 現看護部長の前任者は、病院創設者で前理事長の吉田威氏(故人)の信頼が厚く、副院長も務めた人物。看護師たちからも尊敬を集めており、それだけに看護師たちが「落差」に感じる絶望感は大きい。
 現看護部長は教職の経験は長いものの、医療現場での経験がそれほど豊富ではない。医師と衝突することもあり、看護師からは次のような声も上がっている。
 「私たちは吉田病院で誠心誠意、医療に取り組み、患者さんに尽くしている。しかし、このまま看護部長によるパワハラや偏った采配が続くと、組織が崩壊してしまう」
 こうした院内の空気は、経営にも悪影響を及ぼす。看護師は、資格と一定の経験があれば転職が比較的容易な職種。元同僚の間などで情報交換の機会も多く、勤務先に関する情報は素早く拡散する。
 個々の看護師の立場から言えば、一人でも多くの看護師が来てくれた方が仕事の負担は減るはず。吉田病院は看護師を紹介してくれたスタッフに1人あたり10万円を支給しているのだが、ある看護師は本誌に直言した。
「知人や家族の看護師をいまの吉田病院に誘うことなどとてもできない」
 なお、本誌では厚生局による監査、パワハラの有無などについて書面で吉田病院に取材を申し込んだが、期限までに返答はなかった。

返還しても困らない?
 本誌が同じ吉田病院の健康診断部門「予防医療センター」を舞台に行われた労働時間データの改ざんと、2月3日の労働基準監督署による立ち入り調査を報じたのは今年3月号だった(調査に基づき、元職員への未払い残業代の支払いも行われた模様)。そして今回の看護師勤務表の改ざん。両者には、金銭の支払いの根拠となる重要データの改ざんという共通点がある。
 しかし、ここで疑問を抱く人もいるはずだ。吉田病院の経営が危機的状況にあるならともかく、病院、予防医療センター、そして多くの老人福祉施設を抱える吉田病院は、他の民間病院と比較して経営的に有利な条件を備えているはずであり、危ない橋を渡る理由が思い浮かばない。
 医療業界に詳しい人物が、一般論と断った上でこう指摘する。
 「財務面の不安がなければ、診療報酬の返還を命じられたとしても余裕で支払える。リスクを負える体力があるなら、危ない橋を渡る気にもなるのではないか」。
 吉田病院のウェブページに掲載された医師のリストを見ると、旭川医大関係者が目立つ。中には理事長補佐という重要ポストを占めている名誉教授もいる。この記事で紹介したデータの偽造に医師が関わった形跡はないものの、以前に本誌が伝えた状況も考えあわせれば、吉田病院のコンプライアンス体制に不備があるのは確か。勤務先の病院でのこうした行為を座視しているようでは、旭川医大の名誉にも傷がつく。
 11月6日には吉田病院で新型コロナウイルスのクラスターが発生した。いま、看護師を含むスタッフは拡大防止策や治療に奔走している。彼らが医療の最前線で能力を最大限に発揮するためにも、気持ち良く働ける職場環境が必要だ。

表紙2012
この記事は月刊北海道経済2020年12月号に掲載されています。
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