探訪・椅子ができるまで

旭川家具産業、職人たちの綿密なチームワーク

市内の家具メーカーで製造され、首都圏に向けて出荷される椅子。デザイナーの手によるデザインは一見したところシンプルだが、あらゆる場所に旭川の家具職人、木工職人のもつ技が注ぎ込まれている。「ものづくり」の現場を訪ねた。

回転刃を加工して
角度を調整
家具雑貨のオリジナルブランド「ワイスワイス」が東京・表参道に構えるショールームに、「SHN─103」と名付けられた椅子が展示されている。一見したところシンプルなデザインだが、よく見ると4本の脚や背もたれ、肘掛けは微妙に折れ曲がった直線や滑らかな曲線から構成されている。この椅子の生産を担当したのは、永山町にある山岡木材工業㈱(山本宏社長)だ。
山岡木材は社名が示す通り、道産材の丸太を切って住宅や家具などの材料となる木材を作る製材業者だが、1974年に椅子を皮切りに家具製造に参入した。
工程の出発点は製材工場。大きな機械で道内の森から持ち込まれたナラの丸太を転がしながら樹皮を剥いでから、帯ノコや丸ノコで厚さ数センチに切り分ける。その日必要となる木材のサイズ、量は決まっていて、単価は木材の種類によって大きく異なる。1本の丸太をどのように切り分け、どの木材を何本作るのかが、職人たちの腕の見せ所だ。

大小さまざまなノコギリ、カンナにかけられて、所定の大きさ、厚さになった木材は、家具工場へと持ち込まれる。4本の脚の製造に活躍するのは「縦軸」と呼ばれる機械。あらかじめ部材の輪郭に合わせて「型」を作っておき、木をその型に載せてから、型を縦軸のテーブルから突出した部分に当てて動かすと、高速回転している刃が木を削る。一つの面の加工が終わったら別の型に載せて、別の面を削る。この動作を繰り返すことで脚が1本できあがる。
切断面が垂直とは限らない。このような場合は、角度の付いた回転刃を使う。縦軸の近くの棚にさまざまな角度のついた回転刃が重ねられているのはそのためだ。
回転刃の研磨や改造を請け負っているのが旭川物流団地内の刃物専門店、中野特殊刃物工業㈱だ。新規に縦軸の刃を受注したときには、東海地方にある工業用刃物のメーカーにユーザーの希望する形状の回転刃を注文するが、ユーザーから既存の回転刃の改造を依頼されれば、社内で応える。かつて刃物の製造を行っていた経験が、いまも生きている。
「注文は図面で受けることもありますし、削った部材のサンプルを持ち込まれることもあります。『こういう形状に削りたい』という言葉だけの注文にもお応えしていますよ」(中野由唱社長)。

一部の工程を
協力メーカーに委託
SHN─103を構成する部材の多くは縦軸で作られるが、曲線的な加工には適していない。そこで活躍するのが「NCルーター」。あらかじめ入力したデータの通りに回転刃が曲線を描きながら移動して、材料を正確に削る。山岡木材でごつごつした肉太の「U」の字型に接着された部材が、流通団地内にある旭三商事㈲のNCルーターで滑らかに削られて、山岡木材に戻ってきたときには細い曲線の「U」になっている。この部材は背もたれ兼肘かけとなる。
部材ごとの加工が終われば、次は部材同士をつなぎ合わせる。このとき使われるのは、釘やねじではなく、「ダボ」と呼ばれる短い木の棒。2つの部材にドリルで穴を開け、接着剤を塗ったダボを差し込んで固定する。山岡木材で使われているダボも、旭三商事の工場で作られたもの。この椅子の生産に、旭三商事は2つの方向から関わっていることになる。
ダボの製造機械は、もともとシイタケの菌を栽培用の木に植えつけるために開発された機械を、広島県のメーカーが改良したたもの。円筒の縁に開いた穴に、長い丸棒が差し込まれており、円筒が回転すると丸棒は所定の長さに切断される。
丸棒にはあらかじめ接着剤ののりを良くし、差し込まれたさい空気の逃げ道にもなる溝が掘ってある。圧縮され、やや細くなっているのは、接合後に穴の中で膨らんで抜けにくくするためだ。「いま、ダボは1日に約20万個作っている。そのうち95%は本州向け」と本江敏朗社長。工場の一角には、大量のダボが直径、長さ別にダンボールに包装され、山積みされて全国各地の家具メーカーへの出荷を待っていた。
話を山岡木材に戻そう。工場の一角では、部材ひとつひとつに作業員がドリルでダボ穴を開けている。穴の位置がコンマ1ミリでもずれれば、部材同士が正確に接合できなくなり、椅子は歪んでしまう。治具を使っているとはいえ、緊張を強いられる工程だ。

難しい作業こなし
レベルアップ
ダボを使って組み立てられた椅子は、塗装工程を経て、座板の上にウレタン(スポンジ)を載せて布で覆う「椅子張り」の工程へと送られる。この段階は、流通団地内の宮田産業(佐藤信社長)に委託されている。
宮田産業の主力は自社で設計したソファの製造だが、SHN─103のような椅子の椅子張りの工程を、他のメーカーから受託することもある。座板の上に2種類のウレタンを重ね、綿(わた)を載せてから布をかぶせ、引っ張って座板の裏にタッカー(大型のホッチキス)で固定する。
このとき布の張りが強ければ座り心地が固くなり、弱ければ布にシワが寄ってしまう。タッカーを打つ大まかな場所は布の端からの距離でわかるが、最後は指先の微妙な感覚が頼りだ。
こうして完成した椅子は包装を経て、東京に向けて出荷される。ちなみにワイスワイスのホームページに掲げられたSHN─103の小売価格は仕様により異なるが、5万8800円から7万350円に達する。
ワイスワイスのような高級ブランドからの注文に答えるには、高いレベルの技術が必要とされる。「そこまでデリケートなの?と驚くような要求をされることもあるが、クリアーできれば私たちのレベルアップにもつながるはず」と、生産に関わる工場の関係者は語る。

多種少量生産
若手も加わる
高級な椅子の生産量はロットあたり10~50個。山岡木材の山本宏社長は「メーカーとしては対応が大変」と語る。しかし、高度な技術をもつ職人が多様なニーズに応えられるのは、価格競争力で勝負するアジアの家具工場にはない強みだ。
中小企業の多くでは人材確保が課題となっているが、今回取材したメーカーの多くではベテランに混じって若手の作業員が働いていた。旭川の家具産業は、環境の変化に対応しながら、これからもチームワークで優れた製品を全国に発信しつづけるはずだ。

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