カムイスキーリンクスに20億円、西川市長の大博打

 今シーズンから市営スキー場として営業を開始した「カムイスキーリンクス」に対し、市では老朽化したゴンドラ整備に11億5千万円という多額の市費を投入することになった。5基のリフトも随時更新する方針で、さらに11億円を追加投資する予定だ。冬季スポーツの振興、国内外観光客の誘致に向けた西川将人市長の強い思い入れの結果だが、利用者数の増加につながらなければ〝無駄な投資〟に終わる可能性もある。西川市長はリンクスの再生で大きな〝賭け〟に出たといえる。

2003年に破綻
1984年にオープンした「カムイスキーリンクス」は、良質なパウダースノーがスキー愛好者の間で高い評価を受け、『ニセコ』、『フラノ』と並ぶ、北海道を代表するスキー場として知られている。
camui 当初、経営の主体となっていたのは国内だけでなく、世界的にもゴルフ場経営を手掛けていた日本ゴルフ振興。ただ、スキー場の用地には、国有林が含まれていたため、開発にあたっては地元自治体の関与が不可欠ということもあり、市が株式の一部を取得し第3セクター神居山スキー株式会社を設立。開業当時から市が深く関与する形で、運営が始まった。
スキーブームもあって利用者数は順調に推移し、7年後には、スキー場周辺に、ゴルフ場のほか、テーマパークを併せ持った一大リゾートの開発計画も浮上した。しかし、バブルの崩壊でテーマパークなどの構想は頓挫。スキーブームも去って利用者数も激減して一転、経営難が表面化した。
開業から約20年後の2003年に親会社の日本ゴルフ振興が経営破綻。このためスキー場の閉鎖も検討されたが、廃業するにはゴンドラやリフト、またロッジやレストランなどの建物を撤去するほか、国有林に植樹をし、原状回復して返還しなければならない。そのための事業費は数十億円とも試算されたことから、市がゴンドラや関連施設のすべてを無償で譲り受け営業を続行することで決着。

民間に運営一任
ただ、資産を譲り受けても、市がスキー場経営に乗り出すことはなかった。当時、市内には旭山、嵐山、そして伊ノ沢に市民スキー場があり、第3セクターの旭川振興公社が運営にあたっていたが、3スキー場ともに小規模なスキー場で、カムイスキーリンクスのような大規模な施設を運営するノウハウはなかった。市が直営で経営するには危険が付きまとう。スキー客が急激な減少傾向をたどっていたこともあり、新たに職員を配置して運営するにはかなりの無理があった。そんな状況下で運営に名乗りを挙げたのが北興運輸の関連会社・旭川北インター㈱だった。市ではスキー場に関わる全資産を同社に無償で貸与する代わりに、運営を一任するという契約を締結。経営を委託し、5年ごとに契約を更新するという方式が採用されることになった。
この結果、カムイスキーリンクスは空白期間を置くことなく旭川北インターにスムーズに引き継がれた。5年後には再び同社への無償貸与の延長が決まり、昨シーズンまで10年間にわたって営業が続けられることになった。

(この続きは月刊北海道経済2014年2月号でお読みください)