親会社に翻弄される高砂酒造

 昨年5月末の社長退任に続き、同年11月30日、わずか3ヵ月で社長が退任した高砂酒造㈱(旭川市宮下通17丁目)。同社は、2004年6月の民事再生から立ち直り、品質の高い商品に特化して業績を回復してきた。そのような状況の中、送り込んだ社長の相次ぐ退任で、親会社の日本清酒㈱(札幌市、佐藤和幸社長)の姿勢が問われている。

相次ぐ突然の退任
高砂酒造01 昨年11月30日付で突然退任したのは、同年9月1日で社長に就任したばかりの富山秀春氏(65)だった。高砂酒造は、前任の錺間裕氏(58)が5月末に社長を退任し空席のままだったため、同年8月30日に札幌市で開かれた臨時株主総会と取締役会で、富山氏を社長に就任する人事を決めた。富山氏は旧北海道拓殖銀行出身で、同行が破たんしてその受け皿となった北洋銀行の取締役から札幌通運の専務を経て、高砂酒造の社長に就任した。
富山社長の退任により、同社は再び社長空席のまま運営を続けているが、1月下旬現在、後任の社長は決まっておらず、親会社の日本清酒出身で、高砂酒造の代表権を持つ佐藤哲康常務が社長代行を務めている。富山氏は、社長就任から意欲的に社員と交流し一席設けることもあり、妻と一緒に旭川に居を構えたことからして、短期間のピッチヒッターという気持ちはなかったはずだ。
ところが、富山氏は社内で退任が発表された昨年11月30日の数日前、日本清酒の白髪良一会長へ退任の意思を告げようと札幌へ行ったといわれている。たまたま白髪会長は不在だったため、富山氏は携帯電話で白髪会長へ退任の意思と伝えたという。その内容も「一身上の都合で辞めさせていただく」という一点張りで、電話を受けた白髪会長も狐につままれた思いで、困惑するしかなかったようだ。
その場で退任を伝えた富山氏だったが、白髪会長が出張を終え昨年12月2日に高砂酒造へ出向いたときは、すでに富山氏は出社しておらず、旭川の自宅も引き払っていた。

(この続きは月刊北海道経済2014年3月号でお読みください)