政治意識退潮?! 市議目指す市職員がいない

 かつては4人もの市議を抱えていた市役所の職員団体・市職労も、今年の市議選ではわずか2人の候補を擁立するにとどまる。しかも1人は元市職員ではなく、市職労が独自に雇用していた人物。つまり、生え抜きの市職員で市議を目指すのはわずか1人。市職員を退職してまで市議に転じることは、もう終焉の時期を迎えているのかも知れない。(文中敬称略)

保守VS革新
市職労が隆盛を極めていたのは、いまから30年ほど前のことだ。自民党をバックとする坂東徹が、市民から絶大な支持を得て市長3期連続当選を果たしていた時期と合致する。保守VS革新、自民党VS社会党という、熱い政治の時代だった。
この坂東市政に対し、市職労は市立旭川病院の病院労組、市水道局の水道労組と共闘を組み〝反坂東〟を旗印に、組織内候補の擁立を強力に押し進めた。そして、1987年の市議選では、すでに市役所を退職し、五十嵐広三代議士(元市長)の秘書を務めていた高原一記を市職労新人候補として擁立。すでに市議ポストを手にしていた沼田進、中村悦、渡辺雅英とともに4議席の奪取をねらった。
結果は、高原が当時としては市議選史上トップの6400票を超える最多得票を筆頭に、沼田が11位、渡辺が15位、中村が19位とすべて上位当選を果たした。当時の定数が44だったことを考えれば、市職労の組織内候補の強さばかりが目立つことになった。
そして、四年後の市議選では、副議長を務めた沼田、中村の2人が勇退。このあとを引き継いだのが、現議長の三井幸雄だ。つまり、この時点で市職労の組織内候補は1人減の3人。それでも高原、三井、渡辺の3候補は選挙戦で強さを見せ、高原の2度目のトップ当選に続き、いずれも上位で連続当選を果たした。
その後もこの3人が市職労の組織内候補として当選を続けたが、8年前の2007年の市議選では、高原、渡辺が勇退。代わって白鳥秀樹が後継として出馬したものの、2人が抜けた穴を白鳥1人で補うことになる。三井とともに組織内候補2人へと目減りした。
しかし、その三井も6選を契機に、今期限りでの勇退を表明。その後継者がだれになるのか、注目を集めた。

労組雇用職員
結果、三井後継に指名されたのは、本誌で既報の通り、佐々木隆博代議士の公設第1秘書を務めていた高木啓尊(49)だった。
高木は大阪府生まれで、大阪府立今宮工業高校を卒業後、民間企業での勤務を経て、大阪市役所に就職。労組の大会で旭川を訪れた際に、旭川が気に入り、2001年に移住。その後、旭川市役所の市職労に雇われ、10年からは佐々木代議士の秘書となった。
つまり、市職労には勤務していたものの、旭川市の職員だったのではない。市職労が独自に雇用した職員なのだ。この結果に三井議長は「市職員の中から、市議選に出馬することにだれも手を挙げなかったから、高木さんに決まったわけではない」としながらも「自ら積極的に市議選に出馬するため、市職員を退職するということは、これからはあまりないのではないか」と見る。

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この続きは月刊北海道経済2015年3月号でお読みください。