美瑛町長選 現職浜田、薄氷踏む勝利!

4月の統一地方選で、旭川市と周辺8町の中で唯一、首長選が行なわれた美瑛町。当選確実と見られていた現職の浜田哲(62)は、前町議で新人の森平真也(35)にわずか53票差まで迫られる薄氷を踏む勝利となった。「告示日直前まで選挙になるとは夢にも思わなかった」(浜田)の言葉通り、事前の準備を怠ったことが支持者から反感を買い、前々回と前回は2000票を超えた反浜田票に、森平はさらに1000票超を上乗せした。

首を洗って待っていた
午後9時17分、浜田の選挙事務所に入った開票結果(速報値)は、浜田3453票、森平3401票で、疑問票は37票だった。この時点で疑問票がすべて森平に回ったとしても15票差で浜田の当選が決まる。その5分後、午後9時25分に票は確定し、疑問票37票のうち1票だけが浜田に回り、浜田3454票、森平3401票となり、わずか53票差で浜田の当選が決まった。
浜田が選挙事務所に姿を見せたのはその5分後の午後9時30分。選挙事務所の玄関前につけた車から夫人と二人で降り立ち、うっすらと涙を浮かべ、緊張しきった顔で「首を洗って待っていた」と一言つぶやいた。
hamada 「投開票日当日、風呂につかり2度敗戦の弁を考えたが、思い直して当選の言葉を考えた」という浜田だったが、崖っぷちまで追い込まれた心境だった。
告示日の1日前、4月20日の午後2時30分、浜田の後援会事務所へ「森平が町長選に出馬する」という情報が届いた。「寝耳に水だった」(浜田後援会関係者)というが、浜田は年明け早々5期目を目指すと表明してから、無投票と高をくくり、4月に入ってもお茶懇開催や5期目へ向けた具体的な公約の発表などを行わなかった。「告示日にようやく選挙ポスターを貼った以外は何もしなかった」と、浜田は準備不足を反省する。
そのためか、選挙戦に突入し選挙カーから有権者へ手を振り、声を掛けても、「ほとんど反応がなかった」(浜田)。投開票日の3日前の4月23日、「負けるかもしれない」と感じた浜田は、24日に農村部、25日に中心部と必死になって回った。「何とかなるかもしれないと感じたのは、投開票日の朝だった」というが、落選もあり得ると腹をくくり、有権者の審判を待った。

直前の出馬表明が功を奏した?
一方、告示日の1日前に出馬を表明した森平は、選挙事務所を設置せず、夫人と2人で自転車に乗り町内を回っただけだった。森平は山口県出身で、大学は都内の青山学院大。学生時代、休暇を利用して町内の農家でアルバイトをしたことがきっかけで美瑛町に惚れこみ、JAびえいに就職した。農協での10年近い勤務経験と町議1期の実績で、町民から「できる人物」と評価されるようになってきた。
森平自身も「将来は町長を目指したい」と公言していた。町民の間では「4年後もしくは8年後には、町長選の有力候補になることは間違いない」と囁かれていたが、いきなりの出馬は浜田陣営以外の町民にも驚きだった。
町のある有力者は、「顔は町内に知れ渡っているが、何の地盤も持たず実力者の現職に立ち向かうのは時期尚早だ。もう1期町議を務め、しっかりと地盤を固めてからでも遅くはなかったはずだ」と、森平の出馬に疑問を投げかける。
一方で、森平の突然の出馬について、「用意周到な戦略だった」との見方を示す町民もいる。
「告示日の1ヵ月前、3月下旬には出馬の決意を固めていたはずだ。選挙用のポスターなどの準備が数日間でできるわけがなく、告示日前日に関係機関へ挨拶へ行った際に、『4月上旬に出馬を決意した』と言ったとの話も聞いている。ただし早くに決意を固めたといっても、町内を回りビラを配るような目立った行動はせず、裏で反浜田勢力としっかり連携していたはずだ」
この人物は、開票結果を次のように分析する。
「前々回、前回の町長選では、浜田への批判票は2269、2221とほぼ同数の票があった。今回投票率が前回より低かったにもかかわらず、2000を超える既存の批判票に1000以上も上乗せしたのは、何らかの大きな動きがあったからとしか考えられない」
浜田自身も「今回の選挙戦の主役は森平さんだった。我々はその舞台で脇役として踊らされているだけだった」と、まるで〝敗戦の弁〟のようなコメントを残した。

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この続きは月刊北海道経済2015年6月号でお読みください。