ハンドメイドの魅力追求「キクヤ」の職人魂

海外などの工場で大量生産される既製品の靴が大半を占める中、今でも注文靴を製造している店が旭川市内にある。ロータリーに面した「皮革工芸キクヤ」(旭川市9条通7丁目)がそれだ。靴のオーダーメイドといえば〝絶滅危惧種〟と呼んでも過言ではないが、味わいを追求したハンドメイドの靴からは、職人の心意気が伝わってくる。

筋金入りの職人
じつに多くの革の切れ端で埋もれたキクヤの作業場で時折雑談を交え、靴を修理するのは菊谷康生さん(81)。15歳の時から、この世界に身を置く筋金入りの職人だ。
「昔は猛者がたくさんいたが、もう、老いぼれの出る幕はないよ」とおどけながら、20種類ほどある道具を自在に使い分けて、作業を続ける。
菊谷さんによると、かつて旭川市内には注文靴を作る店が5、6軒ほどあり、それぞれ10人ほどの職人を抱えて顧客から注文を受けた靴の製造にコツコツと励んでいた。護国神社祭や上川神社祭、そして盆の時期に合わせて、新しい靴を作るのが一つの慣習とされていた時代もあり、菊谷さんら職人は夜を徹して靴を仕上げた。
kikuya以前はスキー靴やスケート靴、野球のスパイクまで、菊谷さんら地域の職人がオーダーメイドで作っていた。カムイスキーリンクスのPRのため、スキー場の斜面を滑ったセントバーナード犬に履かせたスキー靴を手がけたこともある。この時は、子供の木型に肉付けして犬の足に合わせたという。現在、これらのスポーツ靴には多くのプラスチック部品、金属部品が用いられていることから、小規模な工場に注文が来ることはほとんどない。
旭川市内で靴用品の卸売業を営む「長谷川商店」(2条通4丁目)の長谷川定則社長は、「昔は今のような靴の既製品がなく、革の注文靴やその材料などがよく売れた。革靴の底には『底金』と呼ばれる金具をつけたが、それが父親(長谷川忠太さん)の代には年間何トンも売れた。注文靴のころは、底もアッパー(靴の甲の部分)も革だったので防水クリームも売れたし、靴を磨いていた人たちもプライドを持って仕事をしていた」と話す。
先代の忠太さんはしばしば、業界のあり方を変えた二つの要素として、合皮底の出現と、メーカーによる防寒靴の本格的な販売を挙げている。それでも注文靴にはいまも根強いファンがいる。「注文靴の魅力といえば、何と言っても通気性にすぐれ、足にもなじむこと。本当にオシャレな人は、今でも注文靴を履く。手間ひまがかかるが、お客の要望にどう応えていくかが靴職人にとっての課題」(定則さん)

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この続きは月刊北海道経済2015年9月号でお読みください。