東旭川の「龍乃湯温泉」突然の休止

 旭川市内で由緒ある天然温泉で〝神秘の湯〟としても知られる「龍乃湯温泉」(東旭川町上兵村)。戦時中、隼特攻隊の隊長として活躍した「軍神」加藤建夫の生家跡に位置することや、「龍神のお告げに従い開業した」など話題に事欠かない温泉であるが、突然12月1日から休業し、愛湯家らの間で戸惑いの声が上がっている。(文中敬称略)

龍神様のお告げで開業
龍乃湯 龍乃湯温泉はJR東旭川駅から歩いて10分ほどの場所にあり、泉質は希少価値の高い鉄冷鉱泉。〝神秘の湯〟と呼ばれるゆえんは、温泉が発見されたときの逸話にある。この温泉の敷地は、「隼(はやぶさ)特攻隊」の隊長として活躍して〝軍神〟とまで呼ばれた加藤建夫(故人)の生家の跡地。そこに小作に入り農業を営んでいた寺林為治(故人)の長女・百合子(当時24歳)が1949年の夏の夜、龍神が登場する夢を何度も見る。百合子は夢のなかで、この土地には龍神様が存在し「人助けとなる温泉が出る」とのお告げも受ける。
 しばらくして、自宅のポンプの鉄管から妙な音が聞こえてくるので萬台寺(東7条2丁目)で見てもらったところ、「足の痛い子に井戸を掘らせろ」とのお告げ。為治が5人の子供たちに「誰か足が痛い者はいないか」と尋ねると、次女の智枝子が「2、3日前から足が突っ張っている」と言うのだ。為治は「おまえの好きな所をスコップで掘ってみろ」と促し、智枝子が恐る恐る雪を掻き分け水田の角を掘ってみると、そこから出てきたのが濁り水だった。
 当初は当時15歳だった智枝子が2、3人が入れる寺林家の風呂に注ぎ、湯を沸かして家族で入っていた。やがて近所の人が〝もらい風呂〟に訪れるようになり、「ただでは悪いから」と代金を払うようになったことがきっかけで始まったのが「龍乃湯」。当初は納屋を改装し営業していたが、萬台寺のある新旭川地区からは団体で連日二十数人が訪れ、人気が人気を呼び、やがて宿泊施設を建設するまでに発展する。

表紙1602
この続きは月刊北海道経済2016年02月号でお読みください。
この記事をシェアする
  • URLをコピーしました!