暖簾下ろす八条プレジャー旭鉱泉湯

 今年3月に「亀の湯」(旭川市東1の2)が62年の歴史に幕を閉じたが、同じく老舗の銭湯「八条プレジャー 旭鉱泉湯」(旭川市8の9)も創業63年で暖簾を下ろす。経営者の杉尾昇さん(83)は、悲運の名投手・スタルヒンの功績を語り継ぐ「旭川市八条スタルヒン通り会」を立ち上げるなど、街づくり、地域振興でも活動してきた。歴史ある銭湯の相次ぐ廃業は、昭和も遠くなったとの思いを抱かせる。

コロナが追い打ち
 60年代から70年代初めにかけてが銭湯の最盛期。旭川市と周辺8町のお風呂屋さんが加盟する「旭川浴場組合」の加盟数は71年に129を数えた。
 しかしその後、廃業が続いて90年には71軒にまで減り、東川、当麻、愛別、比布などでは町から銭湯が消えた。旭川市内の銭湯も減り続け、浴場組合の加盟数は50、40、30と減少していった。
 近年はしばらく20軒台をキープしたが、18年に2軒、19年夏に3軒が相次いで廃業。そして今年3月に旭川市東1の2の「亀の湯」が63年続いた暖簾を下ろし組合員は15軒となった。そして来月8月いっぱいで、旭川市8条9丁目の「八条プレジャー 旭鉱泉湯」の廃業が決まった。
 八条プレジャーは1957(昭和32)年に、北竜町の篤農家の杉尾正男さんが開業した。正男さんは浴場組合の組合長を13年余り務め、2代目で現在の経営者・杉尾昇さんも組合長を16年務めた。旭川を代表する老舗銭湯であり、親子2代で業界を支えてきた
 銭湯の廃業が続いている大きな原因は改修費負担と後継者難。「長時間労働で、それだけ働いても大きくは儲からない。水周りのトラブルはしょうちゅうあり毎月かなりの改修費がかかる。ボイラー更新となれば500万円を超える。息子に銭湯を継げとはなかなか言えない」と、多くの経営者は苦境を語る。風呂を目的にフィットネスジムに通う高齢者が増えていることも銭湯の経営を厳しくしている一つの要因。
 八条プレジャーも年々利用者が減少して経費を賄いきれなくなり、ウイルス騒動がさらに入浴客減を引き起こした。80代となり自身の健康問題もあって杉尾さんは廃業を決断したようだ。

スタルヒン通り
 銭湯経営の一方で杉尾さんは街づくりでも貢献し、2011年に「旭川市八条スタルヒン通り会」を旗揚げしている。
 日本プロ野球史上初の300勝記録を達成した元プロ野球投手ビクトル・スタルヒン投手は、旭川で少年時代を過ごした。ロシアから移り住んだ住居は8条8丁目界隈にあった。杉尾さんが中心になって立ち上げたスタルヒン会は、市に働きかけて8丁目から9丁目の間を「八条スタルヒン通り」とする名称の認定を受け、生誕100周年の2016年には多彩なイベントを開催した。
 杉尾さんは町内の先輩たちから「草野球でスタルヒンと投げ合った」といった自慢話を聞かされたそうだ。「気づけば、スタルヒンを実際に知る人がいなくなった。市民の間でもスタルヒンに対する関心が薄まってきているような印象があります。スタルヒンの存在は大きく、今一度興味を持ってもらいたい」との思いからのスタルヒン会旗揚げだった。
 八条プレジャーと経営者の杉尾さんは地域の〝核〟の存在だけに、関係者から廃業を惜しむ声は続いている。

表紙2008
この記事は月刊北海道経済2020年08月号に掲載されています。

エクス跡 再開発事業が正式スタート

 旧エクスの跡地再開発計画。本誌が今年5月号で伝えた通り、2020年度の政府予算で補助金が計上されたこともあり、実現の可能性が高まっていたが、6月30日付けで関係者間で契約がまとまり、旭川では初となる高層マンションの建設プロジェクトが正式にスタートした。駅前の情景を変えるだけでなく、これから3年間の工事期間に建設業界やその周辺に大きな商機をもたらすのは確実。完成後には市内だけでなく、本州や海外からも富裕層を旭川に呼び寄せる役割を果たしそうだ。

閉店6年後の決定
 このほど契約が締結されたプロジェクトの名称は「1・7地区優良建築物等整備事業」で、主体となる企業は住宅総合メーカーの大和ハウス工業㈱(本社=大阪)。旧エクスの敷地(2142・1平方メートル)は市内5社の地権者(トーエー企業、旭川小型運輸、第一マルサン商事、盛永組、柴滝建築設計事務所)から大和ハウスに総額数億円で転売され、大和ハウスが土地オーナー兼デベロッパーとしてプロジェクトを推進することになる。
 旧エクスの建物ではかつて長崎屋が営業していたが、1992年に春光に移転して「ラパーク長崎屋」(現在のメガ・ドン・キホーテ旭川店)に転換したことを受け、空き家となった建物はファッションビル「エクス」として再出発。しかしそのエクスも2014年に閉店し、その後は1階のみツルハが入居し(今年5月末で閉店)、建物の大半が空き家のまま約6年の歳月が流れた。
 この土地を再開発して高層マンション(タワーマンション)を建設する構想が浮上していると本誌が初めて伝えたのは昨年5月のこと。複雑だった権利は5社に整理集約され、プランも大方まとまり、今年3月末には2020年度からの政府と旭川市からの補助金が給付が本決まりになった。その後、世界を襲ったコロナ禍のために関係者間の交渉が一時的にストップしたものの、6月末に待望の正式契約を迎えたというわけだ。
 実は、このプロジェクトでは有力ホテルの誘致も構想に上がったことがあった。実際、ある全国的なホテルチェーンが旭川駅前エリアへの進出に興味を持ったこともあるが、仮にその方向で計画が進んでいれば、コロナの流行とインバウンド客の途絶で根本的な練り直しを強いられていた可能性もある。

地上28階の可能性も
 以下、計画されている建物の概要に改めて注目するが、現時点では基本設計も実施設計も完了しておらず、変更される可能性も十分に残っている。
 敷地は現在ツルハビルが建設されている旧旭川西武A館跡地と買物公園を挟んで向かい合う旧エクスの跡地2142・1平方㍍。ここに地上25階建てのビルを建設する(今後の検討結果次第で27階建て、または28階建てになる可能性も残っている)。低層階は敷地をいっぱいに使う商業施設とし、その上のやや細くなる建物は分譲マンションという計画のようだ。27階の場合、建物の高さは92・75メートル。もちろん、旭川で最も高いビルだ。総床面積は27階建ての場合、1万8341平方メートル。この面積には64台分の立体駐車場を含んでいる。
 タワーマンション、通称「タワマン」としても旭川初の物件となる。
 タワマンを建てるには現存する建物を取り壊さなければならない。旧エクス建物の解体工事は9月1日から約1年をかけて進め、並行して詳細な設計作業も行う。建設工事の開始は来年10月ごろ。工期は2年程度で、2023年末ごろの完成を見込んでいる。
 総工事費は約85億円。このうち合計数億円が、政府および旭川市からの補助金でまかなわれる。「約85億円」といえば、市内の民間プロジェクトとしては異例の規模。高層ビルだけに工事を請け負うのは本州大手が中心となるが、市内の業者も工事や関連事業で協力することから、大きな商機が地元経済界にもたらされることになる。
 低層階にどんな店舗や商業施設が入居するのかは未定だが、すでにコンビニや飲食店などから複数の引き合いが来ているという。
 かつて、買物公園の大半には、歩行者を雨や雪から守る庇が設置されていた。老朽化が進み、また景観上の問題もあったことから撤去されて久しいが、その結果、天候や季節によっては歩きにくい道になった。周辺の住民や商店主からは、1・7に新たにできる建物と、買物公園を挟んだ向かい側の敷地でビルを建設するツルハの間に、買物公園を覆う恒久的なアーケードを建設できないものかとの声が上がっている。実現すれば雨、雪、風や夏の日差しを気にせずに行き来できるようになるだけでなく、タワマンとツルハの新ビルの間の空間をイベント会場としても活用できそうだ。

魅力発信の契機に
 では、このマンションはどんな人が買うのか。旭川のプロジェクト関係者によれば、昨年5月の本誌による報道の後、市内の病院関係者や企業経営者などから相次いで問い合わせがあったという。旭川市内では北彩都地区でマンションの建設が相次ぎ、売れ行き好調とも伝えられているが、1・7タワマンは、立地、価格帯、眺望などさまざまな面で既存のマンションとは大きく異なる。
 このうち立地については、旭川駅やイオンモール旭川駅前から至近距離にあることが大きなアピールポイントとなりそう。師団通→平和通→買物公園と変遷してきたこのエリアは、時代は変わっても一貫して買い物の舞台であり、4条以北を除けばマンションが建ったことはなかった。年配者の心の中にはこのエリアの黄金時代だった高度経済成長期の強い印象が残っており、「平和通に住みたい」と考える人がいても不思議ではない。JR旭川駅に近く、札幌市まで約1時間半というアクセスは、札幌市内の富裕層にとっては重要なセールスポイントだ。
 もうひとつの魅力が眺望。旭川は周囲を山に囲まれていることから、大部分の部屋では、近くに市街地、やや遠くの川や田畑、その向こうに山並みという景色が楽しめると予想される。こうした景色は、とくに都会で暮らす人の目には魅力的に映るに違いない。
 完成したマンションの販売については、大和ハウスが中心的な役割を果たす。豊富な実績のある巨大企業だけに、全国に幅広い販路を持っており、価格帯も高いことから、購入者のかなりの部分を市外の富裕層が占めるのは確実だ。
 実は、旭川というまちは富裕層にアピールできる魅力をいくつも備えている。まず、自然豊かなエリアにありながら、人口約33万人のまちとして一定の都市機能を備えている。次に、大地震の発生確率が全国の主要な都市で最も低い。他にも、中心部から車で数十分の範囲内に複数のゴルフ場とスキー場があるなど、枚挙の暇がない。
 不動産の相対的な安さも見逃せない。東京から老後の住まいを探しに来た資産家が、旭川市近郊のまちで住宅を探し、2000万円という価格を提示されて「そんなに安いのか…」と絶句したとのエピソードもある。
 旭川初のタワマンはコロナの影響で重い空気に包まれていた旭川市にもたらされた明るい話題。買える人はもちろん、買えない人もその波及効果に関心を寄せている。

表紙2008
この記事は月刊北海道経済2020年08月号に掲載されています。

糸の油絵「文化刺繍」

 昭和の初めに、新たな時代の刺繍としての地位を確立した「文化刺繍」。その魅力に惹かれ、長年、制作の担い手として作品を展示発表し好評を得てきた旭川市の佐々木幸子さん(83)。今や文化芸術界の〝絶滅危惧種〟ともされる希少な存在になりつつあるジャンルの一つだが、「糸の油絵」と呼ばれる文化刺繍は、質感とともに、独特な世界観を紡ぎ出す。その醍醐味を積極的に追求してきた佐々木さんの多彩な作品にスポットを当ててみる。

一針一針ごと、味な〝糸加減〟でグラデーション
 被り物をした異国情緒漂う女性の横顔を描いた聖画「祈り」。敬虔そうな彼女の首元には十字架のペンダントがさりげなく光っている。その画面は金ラメ入りの金紗織地で覆われ、ひときわ上質感を醸し出している。18色の糸を用いて詰めて刺しながら、全体として立体的に表現したという。
 「自分の顔と長く付き合っているから、自分に似る?」と美術仲間から冷やかされるが、確かに作者自身の心のありようは作品に映し出される。そのせいか、楚々とした作者のたたずまいが女性モデルの表情に投影されている。かといって作業を振り返ると「目と口に工夫をした。怖い目にならないよう、あまり口を大きくしないように一針一針、神経を使いました」。
 瞳には茶色を施したが、「多く糸を使ってもダメだし、少なくとも微妙」。目元に用いたブルーにも「たくさん糸を入れると、隈になっちゃうから」と佐々木さんならではの味な〝糸加減〟でグラデーションを表現している。口にはサーモンピンク、唇の横と下に金系、頬はピンク、頭巾にはレンガ系の色合いの糸を使った。
 講師の資格を取得する際に挑んだ作品で「糸のつながりが難しかった」。顔は、先に刺した色の中へ次の色を割り込ませながら刺す「ボカシ繍」と呼ばれる技法を駆使。鼻から文化刺繍針で糸を刺し始め、しだいに下部へ針を進めた。「繊細な仕事。唇の出来しだいで年齢が出るし、すっきりしたものこそ粗が出る。人物画よりも、かえって風景のほうが誤魔化しがきく」。
 そう本音をのぞかせる佐々木さんだが、作品を収める額の重要性も指摘。額は人でいえば、ヘアースタイルに当たるそうだ。
 これに対し「高千穂峡」は50代後半の作品。立体と遠近法を意識した力作で、遠くにあるものから先に糸を刺し、岩は左側から刺し、次に葉っぱ、力強い滝は最後に手がけ、白い流れは厚く糸を重ねて刺していった。全体的には金ラメ地を生かし、奥行きを出しながら、光が反射するニュアンスを取り込み、水面の濃淡にもひと工夫。「単なる写実ではない、古典的な表現に努めた」と佐々木さん。

ヨーロッパを起源に持つ文化に日本の美意識紡ぐ
 ヨーロッパで20世紀初頭に誕生した文化刺繍。これが日本にもたらされたのは1928(昭和3)年、チェコスロバキアで行われた第6回国際美術教育会議に、日本代表として出席した美術教育家で手工芸家の岡登貞治が、そのとき催された「美術工芸の用具材料展」から材料等を持ち帰ったことが、きっかけだという。
 それでも当初日本では、ほとんど浸透しなかった。糸を使って絵画をつくる技法を日本で初めて成功させたのが、後に佐々木さんが講師と師範の資格を取得することになる「松鳩文化刺繍」。そして日本における文化刺繍が一定の地位を確立できた時期は、文化刺繍に関連した書物の著者でもある藤崎豊治らが改良を加えた30~35年にかけてだ。ちなみに、新しい時代の刺繍という意味で「文化刺繍」と名づけられた。
 45~55年に至るまで最も研究が進み、裏刺しの技法を応用した起毛法が考案され、より精緻な刺繍制作が可能になった。虎をモチーフに日本画風に仕上げる作品も生まれ〝糸の油絵〟と呼ばれるようになり、ヨーロッパを起源に持つ文化刺繍が日本でも徐々に普及する。
 50~60年にかけては刺繍しやすい生地を生産し、糸の多色染色も行われた。その後、糸はリリアン(手芸用のヒモ)をほぐしたものを用いて、用具が単純で技法も比較的難しくないため、一般の愛好者にも喜ばれた。さらには家紋や山水画が発表されると、掛け軸も市販されるようになる。
 こうした変遷をたどりながらも、現在は絶滅危惧種的に希少価値の高い文化となりつつある日本の文化刺繍。道内でも風前の灯火となっているが、その魅力は作り手たちが最も実感してきた。手間のかかる作業ではあるが、基本技法の「ランニング刺し」や、糸と糸を割り込ませる「ボカシ刺し」、斜めに刺す「コード刺し」を通じ紡がれていく作品には、質感とともに独特な味わいと趣がある。
 白と黒のモノトーンを基調とする山水、幸運を招く「開運招福の赤富士」、日本人ならではの美意識〝侘び寂び〟に裏付けられた家紋や各種縁起物。毛立ての手法で仕上げた虎をモチーフにした作品。「夕景」「牡丹」「紫陽花」といった日本の風景を題材にした佳作にも佐々木さんの創作に費やしてきた情熱をうかがい知ることができる。

表紙2007
この記事は月刊北海道経済2020年07月号に掲載されています。

西尾林業工場跡地にコープ宅配センター

 西尾林業㈱(遠軽町)旭川工場跡(旭川市北門町19丁目)の一部に、コープさっぽろの宅配事業「トドック」の配送センターが新築される。すでに工事は始まっており、10月完工、11月上旬稼働予定になっている。コープの宅配事業は年々伸長しており、新型コロナの影響で「家庭内消費」が好調なことを追い風に、さらなる売り上げ増を狙っている。

コープだからできた宅配事業
 コープさっぽろ(札幌市)は、売上高において道内でアークスグループ、イオン北海道に次いで3位。2019年3月期でみると、民間企業の売上高にあたる事業高は、2834億3516万円。内訳は、店舗が1889億3583万円(66・7%)、宅配事業867億3610万円(30・6%)、共済事業18億5118万円(0・6%)、その他59億1204万円(2・1%)となっている。実に全体の3割余りを宅配事業で稼いでいることになるが、同業他社でこれだけの比率で宅配事業で稼いでいるところはほとんどない。
 高齢化が進み買い物に出かけることが難しい人が増えていることや、買い物の時間がとれない共働き世帯が増え、宅配事業はどの食品スーパーも注目しているが、これまでなかなか実現することができなかった。その大きな要因として挙げられるのは、専用の宅配センターやトラックなどの初期投資、人員(ドライバー)確保や会員募集の手間や手続きなどの煩雑さ。
 コープさっぽろで宅配事業がスムーズに進んだのは、組織形態が一般的な民間企業とは違い、組合員からの出資金で成り立っていることも要因の一つ。宅配事業は、組合員からの要望で進められてきた経緯があったからだ。
 過去にコープさっぽろは、存続の危機にさらされた時期があり、それを乗り越えることができたのは、無農薬やオーガニックなどといった品質の高い品ぞろえを重点的に行い組合員の支持を得たことが大きい。薄利多売と言われる食品スーパー業界において、初期投資と手間のかかる宅配事業には挑戦しにくい。それでも敢えて組合員の要望に応えることができたのは、コープさっぽろならではのことだ。
 しかし、最近はインターネット通販が盛んになり、店舗販売を脅かしている。危機感を持った小売業は、店舗で購入された商品を自宅まで配送してくれるサービスを含め、宅配事業に力を入れるようになってきた。

配達量の増加でセンターを新設
 現在、順調に業績を伸ばしているコープの宅配事業だが、旭川地区に目を向けると、市内東光にある南センターと永山にある北センターは、宅配する量が年々増加して施設が手狭になっている。
 宅配事業本部旭川地区によると、「商品の供給がここ20年で1・7倍に伸長している。それにつれて商品の積み込みは車両を2回転するなど施設が手狭になっている」。センター新設の必要に迫られていたというわけだ。
 新たなセンター建設は、市内北門町18丁目と19丁目に跨る西尾林業旭川工場跡の約4割の土地を賃借する。土地の面積は約1800坪。センターの延床面積は約400坪。すでに工事は始まっており、10月完工、11月上旬の稼働を目指している。施工業者は帯広市に本社がある宮坂建設工業㈱。
 この場所には以前、イオン北海道のディスカウントスーパー「ザ・ビッグ」が進出するのではないという噂が業界内であったが、近くにイオンモール旭川西店がドンと構えていることから、この情報は実現することなく単なる噂に終わった。
 今年に入ってから、全国大手の旅行代理店がホテルを建設するのではないかという噂もあった。実際、旅行代理店の社員が同地を制服姿で視察に訪れている光景を見た市民がおり、信ぴょう性が高いのではないかと見られていた。ところが、新型コロナウイルスの影響なのかは不明だが、この計画も立ち消えになってしまった。

成長する宅配市場でさらにシェア拡大
 そうこうしているうちに3月に入り、ある食品スーパー大手幹部から「コープさっぽろが新たに宅配事業のセンターを建設する」という情報が寄せられた。5月中旬、現地を視察したところ、北門町18丁目側の土地の整備が進み、古くなって使われていない倉庫も解体されようとした。
 現場にいた施工業者、宮坂建設工業の社員は「近々建物の工事が始まる。10月末までに完成させて、センターの稼働は11月に入ってからと聞いている」と明かしてくれた。
 センター新設について、コープ旭川地区の担当者は次のように目標を説明する。
 「コープさっぽろの2020年3月期は、宅配事業が前年比102・7%の約890億円だった。事業高に対する宅配のシェアは3割を超えている。一方、旭川市内において事業高に占める宅配事業のシェアは現在16・7%。それを23年度に20%まで引き上げる目標を掲げている。宅配事業は今後も伸長すると想定して事業を進めていく。また、配送センターに『トドックステーション』を併設し、コミュニティスペースを提供することで地域に根差した施設を目指している」

新幹線の旭川延伸さらに困難に

 2017年末から18年初めにかけて道内経済界の関心事だった札幌駅新幹線ホームの設置場所の問題。現在の札幌駅の内部でホームをやりくりする「現駅案」と、東側に新幹線ホームだけをずらして新設する「大東案」が検討された。前者が選ばれれば2線以上のホームを確保することが事実上不可能となり、旭川延伸の可能性はなくなっていたが、幸い後者が採用された。ところがその新幹線ホームのすぐ横で高層ビルを建設する構想が浮上。札幌の経済界は大型プロジェクトに沸くが、旭川延伸を望む道北住民にとっては夢の終わりを告げる内容だ。

最悪の「現駅案」免れたのも束の間
 2016年3月に新函館北斗までの延伸が実現し、満を持して北海道に上陸した新幹線。道民の長年の夢が、青函トンネルの完成から28年後にようやく実現した。もちろん、新函館北斗は一時的な終着駅に過ぎない。2030年度末の札幌乗り入れに向けた工事が道南から道央にかけての地域で順調に進んでいる。新函館北斗から小樽を経由して札幌に至るまでには38本のトンネルが作られることになっているが、全体の掘削率は4月1日時点で25%だ。
 新小樽(仮称)を通過した新幹線はいったん地下トンネルに潜り、再び地上に現れて札幌駅に到着する。使用するのは札幌駅から、創成川通りをまたぐように東側にずらして新設される新幹線専用のホーム。当初は地下に設ける構想もあったが莫大な費用がかかるため断念。現在の駅の最も南側のホームを新幹線に割り当てる現駅案も浮上したが、在来線の列車に悪影響が及ぶことが問題となった。このため新たに浮上したのが「大東案」で、乗り換え客の歩く距離が延びるなどの欠点が指摘されながらも、結局はこれが採用された。
 まだ旭川を含む道北地域に一部、期待が残っている新幹線の旭川延伸は、もしも現駅案が採用されていれば、その瞬間に不可能になっていた。現駅案ではただでさえ2線のホームの幅が狭く、すぐそばに札幌ステラプレイスやJRタワーが迫っており、新幹線ホーム増加の余地がない。
 北海道新幹線が旭川まで延伸する状況を仮定すれば、その場合でもほとんどの列車は札幌発着となる。列車が到着し、乗客が大きな荷物を抱えて降り、車内清掃を行い、別の乗客が乗り込むまでにはある程度の時間的余裕が必要。函館方面から到着した列車の一部が札幌での一時停止の後で旭川方面(またその逆方向)に向かうためには、追い越し用のホームを確保しなければらなない。
 このため主要な新幹線駅には少なくとも4線のホームがある。もう延伸の可能性が残っていない鹿児島中央駅も、新幹線だけで4本のホームがある。北海道新幹線の列車が通る新青森、仙台は、それぞれが始発駅、終着駅となる列車が設定されているため、4線のホームがある。
 2線しか作れない現駅案が退けられたのは、新幹線の延伸を願う道北の住民にとっては幸いだった。ところが、ここにきて再び2線以上の確保が難しい状況となっている。新幹線ホームのすぐそばで高層ビルの建設が始まろうとしているのだ。

40階建て以上の高層ビル建設へ
 札幌駅に直結した商業施設「エスタ」の東側に「北5条西1丁目」の広大な敷地があり、現在は平面駐車場として活用されている。隣の「北5西2」(現在のエスタ)と合わせた合計2・2㌶を再開発する計画が、いま浮上している。北5西1には現在のJRタワー(38階建て)よりも高いビルが建つ。事業主体は街区地権者のJR北海道と札幌市を核とする準備組合で、昨年秋には準備組合が正式に発足した。完成予定は新幹線札幌延伸より少し前、2029年を見込む。
 JR北海道が用意した新幹線駅と駅前再開発のイメージ図がある。それによれば構想ビルと新幹線ホームの間には巨大なアトリウム空間が広がり、再開発ビル2階と、改札のある新幹線駅3階がエスカレーターで行き来できる。ホームの数は2線。これを3~4線に増やすためには、アトリウムを縮小するしかないように見える。なお、イメージ図には「新幹線駅の設計は今後行われるため図は設計を反映したものではない」との但し書きもついているが、アトリウムは設置に向けて動いている模様だ。
 そもそも、JR北海道が札幌駅での新幹線ホーム設置に苦労しているのは、そのために確保していたはずの広大な敷地をステラプレイスとして再開発してしまったから。そしていま、北5西1、北5西2の再開発で札幌の新幹線駅からホーム増設の余地が再び奪われようとしている。
 かつて、国が描いた新幹線網の青写真には、しっかりと「旭川延伸」のビジョンが描かれていた。全国新幹線鉄道整備法にもとづき1972年に行われた運輸省告示(いわゆる基本計画)によれば、北海道新幹線は青森を起点とし、函館や札幌を経由して旭川を終点にすると明記されている。
 旭川延伸ははるか昔のおとぎ話ではない。函館延伸が実現した2016年3月、当時の高橋はるみ北海道知事は「新幹線を旭川まで延伸したい」との考えを示した。旭川商工会議所も昨年、北大名誉教授を招いて旭川延伸に向けた「勉強会」を開いている。
 しかし、実際には札幌駅前で旭川延伸の障がいとなりそうな高層ビル建設が始まろうとしている。待ったをかける力を持った経済人も政治家もいない。これから語られる新幹線旭川延伸は、ファンタジーとして聞いたほうがよさそうだ。

表紙2006
この記事は月刊北海道経済2020年06月号に掲載されています。

返済義務無い給付型奨学金スタート

 西川将人市長4期目の公約に盛り込まれている、道内初の試みである成績選考と返済義務の無い「給付型奨学金制度」。予算枠に制限があり混乱も予想されたが、10億円を突破したふるさと納税寄付金効果もあって財源確保にメドがついた。

道の制度をカバー
 市が創設を目指していたのは、今年度から入学した高校1年生を持つ保護者に対し、返済不要の奨学金を給付する新たな制度。西川市長が1年半前の市長選で、4期目の公約に盛り込んだ目玉政策の一つだ。
 市が行った「旭川市子どもの生活実態調査」によると、「高校・大学の進学費用の負担軽減」を求める声が最も多く93・9%と断トツだった。また、学年別では「中学2年生」の子どもを持つ親から負担軽減を求める声が最も多く寄せられていた。
 このため市では、高校に入学した子どもを持つ世帯が最も財政支援を求めていると分析。高校1年生のいる世帯を対象に返済不要の給付型奨学金制度の創設に向けて準備を進めていた。ただ、生活保護世帯や年収がおおむね250万円以下の非課税世帯については、道から返還不要の約9万円の給付金を受け取ることができる。市が新たに対象と考えているのは、保護者の令和2年度の道民税と市民税の所得割額の合計が100円以上8万5500円未満の世帯。市の推計では年収がおおむね250万円から350万円の中間層の低所得者世帯ということになる。
 つまり、道の制度では対象にならない世帯を市が新たに対象にするという考えだ。

道内初の試み
 給付額は国公立の高校、高等専門学校が6万円、私立が7万円で定時制課程なども含む。通信制課程は3万円になる。使い道は高校などへの入学準備で多くの出費をした世帯が対象ということで、教科書費、学用品費、体育用品費、教科外活動費、通学費などが考えられている。
 この奨学金制度は返済義務がないということで、一定の基準を定めて支給するのが一般的だ。
 国では2017年度から独立行政法人・日本学生支援機構が、生活保護世帯や非課税世帯に対し、月額2万円から4万円の給付を行っているが、「十分に満足できる高い学習成績を収めていること」、「教科以外で大変優れた成績を収め、おおむね満足できる学習成績を収めていること」などの推薦基準を設けて支給している。道内でも札幌市、北見市、小樽市、苫小牧市が給付型の奨学金を支給しているが、国の推薦基準を参考に学校の成績による選考が行われている。
 しかし、旭川市については、世帯の所得だけで成績には関係なく支給する。道内では初の試みで、「教育機会の均等に寄与する新たな制度なので、成績に関係なく支給することにした」(子育て支援部)という。

表紙2006
この続きは月刊北海道経済2020年06月号でお読み下さい。

北海道ベースボールリーグ発足

 選手の育成と地域おこしを大きな目標に掲げる北海道ベールボールリーグ(HBL)が正式に発足し、5月8日にリーグ代表、2つのチームの代表らが記者会見を開いた。人手不足に悩む地域社会で働きながら練習を積んで、NPBなどより高い活躍の場に進むことを目指す。新型コロナウイルスの影響は避けられないが、既存のプロ野球ともアマチュア野球とも異なる独自のスタイルが地域社会に根づくかどうかが注目される。

新しい「プロ」の姿
 日本におけるスポーツの王様はなんといっても野球。サッカーやラグビーも人気だが、シーズンを通しての観客動員数は野球が圧倒的に多い。今季は新型コロナウイルスの影響で日本プロ野球機構(NPB=セ・リーグとパ・リーグ)の開幕が遅れているが、それでも道内のマスコミは北海道日本ハムファイターズの選手の動向を事細かに伝えている。
 アマチュア野球も依然として盛ん。コロナ禍さえ収束すれば、あらゆる球場やグラウンドに、小学生から大学に至るまで、さまざまな年齢、レベルのチームが再び登場し、選手たちがボールを追って躍動するはずだ。
 プロ球団ではあるが、従来のプロ野球にはない新しい野球のかたちを追求するのが北海道ベースボールリーグ(HBL)。5月8日に本拠地の一つである美唄市で記者会見を開き、リーグ設立を宣言した。
 HBLの最大の特徴は、選手の育成と地域への人材供給を大きな目標に掲げているということ。入場料で儲けることを追求するわけでも、何が何でもゲームで対戦相手に勝利することをめざすわけでもない。
 初シーズンの今季はレラハンクス富良野BC(レラ=アイヌ語で風、ハンク=へその意)と美唄ブラックダイアモンズ(黒いダイヤ=石炭の意)の2チームが参加し、それぞれ17人、14人の選手を集めた。選手は寮で共同生活し、1日4時間程度、地元の農家や店舗、企業で働いて、生活とチーム活動に必要な資金を稼ぐ。今季は相互の本拠地と準本拠地(レラハンクスは芦別市、ブラックダイアモンズは砂川市)を訪れて70試合を開催するのが、「コロナ前」の構想だった。

育成アカデミー
 HBLの代表を務める出合祐太さん(35歳)は2013年から富良野で選手たちの育成に取り組んできた。
 幼いころから高いレベルで野球に取り組んできた人材のうち、NPBに進めるのは頂点に君臨するごく一部。四国や関西の独立リーグやノンプロで野球を続ける人もいるものの、大半は高校や大学など学校を卒業した時点で他の進路を見つけなければならない。彼らに練習の機会さえ提供すれば、プロ野球など高いレベルで活躍できる人がいるはずと考えた出合さんは、13年に富良野市で北海道ベースボールアカデミー(HBA)を設立、全国から野球を続けたいと願う若者たちを集めた。
 HBAは選手たちは午前は地域で働き、午後を練習に充てるしくみ。選手の側には、セ・パ両リーグのような報酬は得られないものの、毎日まとまった時間を練習に当て、同じような目標を持つ仲間と切磋琢磨できるという魅力があった。人手不足に悩む地域の農家や企業、店舗にとっては、半日とはいえ貴重な人材の供給源となり、両者の利益が一致した。
 7季にわたるHBAの活動から自信を得た出合さんらは今季、富良野のほか美唄でも同様のチームを新たにに設置し、新たな独立リーグとなるHBL設立に踏み切った。HBA時代と同様、地域社会で働きながら野球の練習にも取り組み、さらにはリーグ戦も開く予定だったのだが、新型コロナウイルスによる肺炎の流行で、予想外の荒波の中での船出となった。
 とくに大きな影響を受けたのがレラハンクス。ホテルなどが休業や営業の縮小を余儀なくされ、観光分野で働く予定だった一部の選手について雇用先を確保できなくなった。5月8日の記者会見の時点でも3~4人の仕事が見つかっておらず、チームにとっての最優先課題となっている。
 5月11日のはずだった開幕は当面未定と発表された。経済活動や暮らしが正常化する見通しが立たず、試合の日程も組めない状態だ。また、当初は外国人選手も参加する予定だったが、コロナの影響でまだ実現していない。
 チームの練習にも影響が及ぶ。屋内の練習場やその2階にあるウェイトトレーニング設備は使えない。それでも野外でソーシャルディスタンスを保ちながら、週6日の練習に取り組む。

表紙2006
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