佐々木隆博 盤石の勝利

 7月末に野党の協力が成立することが確定した時点で、佐々木隆博氏の優位は誰の目にも明らかだった。そこに降って湧いた希望の党の結党と民進党衆院議員の合流、そして立憲民主党の結党。激動の中でも佐々木陣営ではこれまで通り組織が機能し、共産党をはじめとする他党の協力も得て、終わってみれば今津寛氏に2万票以上の差をつける危なげない勝ちっぷりだった。(文中敬称略)

手探りの中で選挙活動スタート
 9月29日に行われた佐々木の事務所開きは、当時の民進党代表・前原誠司が希望の党への事実上の合流を提案し、了承された民進の両院議員総会の2日後。民進党道連代表として事前に打診を受けていた佐々木は、すでに野党協力の体制が道内のほとんどの選挙区で整いつつあったことから、民進党からの出馬を目指すすべての候補が希望の党に合流できること、自公候補と「1対1」で戦う構図が維持されることを条件として、合流に賛同した。とはいえ、29日の時点でまだ状況は流動的で、手さぐり状態の中で正式な選挙戦への準備を整えるかたちになった。事務所開きでマイクを握った選対幹部の言葉にも、先行きへの不透明感がにじみ出ていた。
 ところが、同じく29日に東京で行われた記者会見で、希望の党の小池百合子代表が、一部の民進党の立候補予定者を「排除いたします」と明言したことで、それまで好意的だった希望の党への世論が一変し、追い風は瞬く間に強い向かい風に変わった。多くの候補が希望への合流を取りやめ、枝野幸男を中心とする立憲民主党の結党の動きに加わった。一連の交渉や準備を終えて、佐々木が記者会見を開いて自身も立憲民主党の候補として出馬すると発表したのは10月3日夕方のこと。その背後のポスターには、「民進党」のロゴの上から急造した「立憲民主党」のシールが貼られていた。

希望候補優先で決断 立憲民主に参加
 民進党道連で代表を務めていた佐々木は、自分の選挙のことだけでなく、地盤も知名度も資金も足りないなかで立候補の準備を進めていた他の選挙区の新人候補にも配慮しなければならなかった。このためすべての候補の合流を条件にしたわけだが、道4区に希望の党の政治塾に参加していた人物が擁立されることが決まり、もともと民進党公認で出馬する予定だった元職が希望の党から公認を得られないことが明確になった以上、希望の党から出馬する理由もなくなった。
 民進党には、憲法改正に前向きな国会議員もいれば、護憲を信条とし、格差縮小を主張する議員もいる。佐々木は典型的な後者で、先の民進党代表選では同様のスタンスを取る枝野の推薦人に名を連ねた。こうした状況を考えれば、もともと佐々木が、改憲を主張する小池の下で選挙は戦うとは考えにくかったし、仮にそうなっていたら、従来の主張とのズレを今津陣営に鋭く攻撃されていたはずだ。そもそも、佐々木が希望に加われば、自民、希望、共産が入り乱れた道2区のように野党協力が崩壊するのは確実であり、前回と同様の激戦になるのは避けられなかった。

三井あき子人脈で経済界にも切り込み
 慌ただしい中でスタートしたとはいえ、公示以降はこれまでの佐々木の選挙を支えてきたいわゆる三軸(党、労組、農民連盟)プラス後援会が滞りなく機能した。別稿の通り、立憲民主党と共産党、社民党、新社会党、緑の党、そして市民団体「6区市民の会」との協力関係も期待通りの効果を発揮した。
 民進党系の道議や市議も、選挙戦を支えた。中でも注目を集めたのが道議の三井あき子だ。前回の道議選で木村峰行がまさかの落選に終わったことから、現在、旭川選出の民進党系道議は三井だけ。選挙戦終盤、その三井が佐々木候補の息子を伴い、かねてから懇意にしている経済人の自宅を訪ねた。
 「私は今津さんの長年の友人。三井さんのことも若いころからよく知っているが、これまでの国会議員選挙で三井さんからこのように支持を頼まれたことはないので驚いた」。木村が広い人脈を持つ労組を通じた運動を展開したのに対し、労組色が比較的薄い三井は、新たな試みとして、今津に近い経済人への切り込みを図ったようだ。
 そして10月22日の投開票。選挙事務所に詰めかけた支持者たちの表情は、マスコミ報道などで佐々木の優勢を確信していたためか、表情は一律に明るかった。民放が次々と「佐々木当確」を報じたものの、選対幹部らはテレビに映し出されたNHKからの当確を辛抱強く待った。しかし、支持者を遅くまで事務所に引き留めておくわけにはいかないとの判断で、NHKの当確を待たずに、付近のホテルで待機していた佐々木と家族を呼んだ。
 登壇した佐々木はダルマに目を入れたあと、「初めての取り組みとして野党がしっかり連携した。後援会、三軸、5党の皆さん、選挙期間中に駆け寄ってくださった皆さんの思いを選挙戦で感じた。こうして今日、みんな揃って、この日を迎えることができたのも、みなさんのおかげです。明日から国会でしっかりと戦いたい」と語った。花束を手渡されたものの、いつも苦労をかけているとして、すぐに夫人にその花束を手渡した。
 結果的には佐々木が今津に2万2461票の差をつけて「V4」を成し遂げた。佐々木対今津の直接対決は09年、12年、14年、そして今回17年の4回あるが、これで佐々木の3勝1敗となった(初出馬の05年は金田英行に勝利)。
 地域別に2人の候補の得票数を分析すれば、6区内にある4つの市のうち、佐々木は大票田の旭川市で約1万5000票勝ち、自衛隊員の多い名寄市で負けたものの、士別市、富良野市でも勝った。町や村でも概ね有利に戦いを進め、昨年夏の台風被害からの復興活動に今津が力を入れた南富良野町でも佐々木が勝った。佐々木が負けたのは、愛別町、上富良野町、中富良野町、下川町、中川町、幌加内町だが、多くの町では僅差の負けにとどまり、町村部全体では約4200票、佐々木が上回った。
 選挙期間中、今津の選挙活動に関わった旭川市の経済界は「与党議員がこの地域から消えれば大変なことになる」と「警鐘」を鳴らした。当選後、佐々木はこうした主張に「まっとうな政策なら与野党関係なく実現するはず」と反論した。そもそも公共事業で潤う一部の業界を除けば、与党議員が存在することの利点やアベノミクスの具体的な効果を6区の有権者の多くが実感できていないことが、佐々木の勝利につながったとも考えられる。

安井吉典以来の「政党副代表」
 選挙戦の期間中には立憲民主党で佐々木が副代表・総務委員長に就任したことが発表された。枝野代表ら6人からなる執行役員にも名を連ねている。この地域から選出された政治家として、政党でここまで高い地位を占めるのは1977年から社会党の副代表を務めた安井吉典以来のことだ。民進党では組織委員長を努める傍ら、国会では主に農業に取り組んできた佐々木だが、今回の選挙では同じく農業に明るい新人の神谷裕が道10区から出馬、比例復活を果たしたことから、協力して道内の農業が抱える課題に取り組む一方、党の中でも指導力を発揮することが予測される。
 一方で、今回の選挙で自公連立与党が3分の2の議席を確保したのも事実。立憲民主党は野党第一党として他の野党とともに強大な与党勢力と対峙する方針だが、維新などスタンスがまったく異なる野党もあり、佐々木を含む立憲の幹部は苦労を強いられそうだ。
 なお、佐々木は現在68歳。あと3年で、佐々木秀典が隆博に地盤を譲ったときの年齢、71歳に達する。西川将人旭川市長の今後と絡んで佐々木が次の衆議院選挙に出馬するかどうかが早くも注目を集めているが、佐々木自身は(次の選挙のことは)「まったく考えていない」とだけ語り、そうした憶測に釘を刺す。

表紙1712
この記事は月刊北海道経済2017年12月号に掲載されています。

大地震倒壊の恐れ 旭川市内18施設

 公有・私有の旭川市内18施設が「震度6強から7程度の大地震で倒壊や崩壊の危険性がある」との、耐震診断の結果が出た。公共施設は耐震改修が計画的に進められているが、民間施設所有者は巨額な改修費用に頭が痛い。

飲食店ビル、病院…
 震度6強から7程度の大地震で倒壊や崩壊する危険性のある市内の大規模な建物が10月末に公表された。以前から耐震不足が指摘されてきた市総合庁舎と市民文化会館の管理棟がリストに上ったことに驚きはないが、市内の病院、ファッションビル、飲食店ビル、ホテルも含まれていた。また、児童・生徒が通う市立の小中学校も一部で耐震不足が発覚。市、そして民間の今後の対応が注目される。
 市内の大規模建築物の耐震診断の結果は、市のホームページに掲載された。大規模施設に義務付けられた耐震診断の結果として施設名が明らかにされたのは初めて。
 国の法律改正によれば、2年前の2015年末までに、所管する行政庁、つまり旭川市に報告することが義務付けられていた。そして、その結果は公表しなければならないならないことになってはいたが、いつまでという規定はなかった。このため、道内の各市では公表を見送っていたが、全国的に公表する動きが活発化したため、このほど道内10市が同時に公表することとなった。
 公表の対象となったのは、1981年の耐震基準強化以前に造られた 建物のうち、3階建て以上で、床面積5千平方㍍以上のホテル、病院、百貨店、商業ビルなど。また、一定規模以上の小中学校も含まれる。 
 診断は、震度6強から7程度の大規模地震で、倒壊や崩壊の可能性について「危険性が高い」、「危険性がある」、「危険性が低い」の3段階で評価することになっている。 
 仮に「危険性が高い」と評価されても違法性はなく、震度5強への耐震性は保たれているとされる。しかも、改修はあくまで努力義務で、耐震改修に強制力はない。道内各市町の公表は全国で45番目。対象の大型施設が全国で5番目に多く、公表に時間がかかったようだ。

表紙1712
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旭川最古の地域イベント「こたんまつり」60周年

 アイヌ民族の聖地として知られる旭川市の神居古潭(神居町)で旭川最古の地域イベント「第60回こたんまつり」(実行委主催)が9月23日に開かれ、家族連れや観光客など約7000人が訪れた。アイヌ文化の伝承や神居古潭地域の特産品のPRを目的に毎年「秋分の日」に開催し、今回のテーマは「温故知新」。開会式で来賓の笠木薫旭川市議会議長は「神居古潭は魔神が棲んでいたという伝説が残る神秘的な地域で、アイヌの人々が受け継ぐ古式舞踊や伝統儀式が末永く継承されますように」などと語った。
 名寄市の富岡達彦さんが扮する一日駅長の合図とともに汽笛が鳴り、イベントを開始。旭川チカップニアイヌ民族文化保存会と帯広カムイトウウポポ保存会のメンバーが、まつりの由来でもある、石狩川に木幣(イナウ)を捧げるアイヌ民族の伝統儀式「カムイノミ・イナウ」を執り行った。60回記念コンサートでは帯広カムイトウウポポ保存会が、十勝で100年以上前にバッタが大量発生した実話を元にしたアイヌの古式舞踊を披露。演目「クリムセ(弓の舞)」は、弓を構えたものの、仲睦まじい鳥が舞っていたため、矢を射ることができなかったという踊り。歌に合わせて踊る「ポロリムセ(輪踊り)」では、観客も参加し和気あいあいとした雰囲気に包まれていた。

表紙1711
この記事は月刊北海道経済2017年11月号に掲載されています。

大丈夫か旭川電気軌道 不可解な役員の顔ぶれ

 今年3月の株主代表訴訟で始まった老舗企業・旭川電気軌道の経営スキャンダルは河西利記代表取締役社長辞任に発展した。10月11日に臨時株主総会が開かれいったん役員は総辞職し新役員が選出されたが、取締役6人、監査役1人、計7人の顔ぶれは不可解なものとなった。

河西社長辞任
 発端は、今年3月の株主代表訴訟だった。
 原告は電気軌道の株主24人。訴えによると、「元代表の豊島弘通氏は子会社3社を使って親会社である電気軌道の株式を取得するとともに株式を違法に名義変更し、巨額な背任行為を行った」。本来なら賠償を求める相手は元会長本人だが、2015年12月に82歳で亡くなっているため、損害賠償責任は相続財産に含まれるとして、妻と息子、娘の4人の相続人を被告として2億6433万円の損害賠償を求めた。
 この訴訟は相続人への損害賠償請求にとどまらず、子会社「㈲ヒューマック」の設立時の疑惑、実質的な子会社である「㈱光陽商事」のヒューマックなどへの不可解な事業移転追及へと波及していく。株主代表訴訟が起こされてから3ヵ月後の6月23日に開催された電気軌道の株主総会では、男性株主が「ヒューマック設立時に電気軌道が常軌を逸した低金利で資金を貸し付けたのは利益相反行為だ」と河西社長らを厳しく追及。「子会社である3社(旭友リース、エルヴ、上川商事)に議決権はない。(この総会での)役員改選は無効である」とも訴えた。
 総会開催の直前、光陽商事の社長(電気軌道の会計士でもある)を務めていた税理士の小関健三氏が突然辞任した。光陽商事は、電気軌道相手に燃料とタイヤ、自動車部品などの販売、自動車保険業務を行う会社で、電気軌道株108万5700株を所有する最大の株主。光陽商事の事業は、小関氏が休眠会社を見つけて買い取り新たに登記したヒューマックに次々と移されていた。小関氏が社長を辞任したことで、元社長の小山田実氏がトップに復帰した。
 そして小山田社長は、株主総会で男性株主が主張した「ヒューマックへの低金利貸し付けは利益相反行為」「本来は無い子会社3社の議決権を行使した役員再任は無効」との訴えを入れて、河西社長と大竹泰文専務の解任請求を旭川地裁に起こした。さらに、筆頭株主として電気軌道の臨時株主総会召集も請求。河西社長は「解任の理由が分からない」と、小山田社長に解任請求取り下げを求めたが、ヒューマックなどへの事業移転を画策された小山田社長の河西社長、大竹専務への不信感は強く、取り下げを拒否。結局、河西社長は9月13日に辞任となった。

表紙1710
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前代未聞 旭川市庁舎110万円盗難事件

 旭川市庁舎の金庫から現金が盗まれるというのは前代未聞。扉を開けるダイヤル番号と、マックス110万円が保管されているタイミングを知っている関係者の犯行と見られる。事件発生から1ヵ月余りが立つが、この窃盗事件捜査は大きな
進展を見せていない。

16年前の旧式金庫
 市によると、犯行に気が付い
たのは休日明け9月11日の午前8時半ごろ。2階の介護高齢課に設置されている金庫の扉が、半開き状態になっているのを出勤してきた職員が見つけ、中を調べたところ保管されているはずの現金がなくなっていたという。すぐに旭川中央署に被害届を提出し、警察官が指紋や足跡などを調べ、窃盗事件として捜査が始まった。
 金庫は福祉保険部の保険制度担当部長席にほど近い書類などが山積している場所に設置されていた。一般市民からは死角になっており、金庫があることは市の職員しか知り得ない状況。大きさはタテ約70㌢、ヨコ約50㌢、奥行約50㌢で、かなりの重量があり一人ではとても持ち上げるのは困難だ。
 金庫は2001年に購入されたもので、扉を開けるには鍵とダイヤル番号を知っていることが条件。番号は購入されて以降、一度も変更されていない。市によると、「16年も前の旧式だけに、変更は難しかった」。これまで延べ34人の職員が管理に係ってきた。つまり、ダイヤル番号を知りうる立場にあったわけだ。

表紙1710
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あきらめるな新幹線の旭川延伸

 札幌駅で新幹線のホームをどこに設けるべきかをめぐる議論が熱を帯びているが、道北地区では新幹線への関心が低迷している。「基本計画」に沿った旭川までの延伸は、どうすれば実現できるのか。巨額の建設費用を調達するための大胆な方法と、強い政治家の登場が不可欠だ。

札幌延伸は12年後
 昨年3月に開業した北海道新幹線。観光客の着実な増加に、函館など道南は湧いている。北海道新幹線に注目するのは国内の観光客だけではない。台湾のエバー航空が旭川便を短期の季節運航に変更し、函館に毎日1便を乗り入れるようになったのも、北海道新幹線ブームが一因だ。
 札幌延伸は従来よりも5年前倒しされて2030(平成42)年度末を目指すことになり、札幌駅の新幹線ホームをどこに設けるかを巡る論議が熱を帯びてきている。
 一方、道北での新幹線に対する関心は低いまま。現状では旭川から函館までJRで5時間余りが必要であることから、函館からの新幹線利用は現実的ではなく、札幌延伸が道北にもたらす効果も見通せない。
 しかし、国が描いた新幹線網の青写真には、しっかりと「旭川延伸」のビジョンが描かれている。全国新幹線鉄道整備法にもとづき1972年に行われた運輸省告示(いわゆる基本計画)によれば、北海道新幹線は青森を起点とし、函館や札幌を経由して旭川を終点にすると明記されている。当時の運輸大臣は旧衆院道2区選出の衆院議員、佐々木秀世氏。終点が札幌ではなく旭川に置かれたのは、佐々木氏の遺産なのかもしれない。
 基本計画から45年が経ったいま、その内容は大半が実現したか、事業が着々と進んでいる。九州新幹線は2011年に鹿児島まで全線開業、奥越新幹線はミニ新幹線の山形新幹線、秋田新幹線として実現した。中央新幹線はリニア方式を採用して、3年前に着工している。日本列島の主要な4つの島のなかで唯一新幹線が走っていない四国ではいま、経済界を挙げての誘致活動が進む。
 地方はもっと積極的に新幹線延伸を求めるべきだと提唱する政治家がいる。自民党の参院議員、西田昌司氏(京都府選挙区)だ。西田氏は自民党の整備新幹線建設推進プロジェクトチーム検討委員会委員長を務めており、今年春に北陸新幹線延伸部分が京都市を経由するルートに決まる過程でも、西田氏の発言力が作用したとみられている。
 議員になる前から税理士として活動していた西田氏が北海道税理士会旭川支部での講演のために旭川市を訪れたのは8月23日のこと。その中で西田氏は「『失われた20年』は、国や地方が予算を引き締めたことが原因。今後は長期的な展望に立ち、公共投資をはじめ新幹線に対する予算枠を大きく増やすことでGDPが伸びる」と指摘し、地方での鉄道インフラ整備を通じた公共事業の重要性を強調した。
 しかし、新幹線網の拡充の前に立ちはだかるのが財政難。北海道新幹線やその札幌延伸についても、巨額の予算をどう確保するのかが問題となった。博多─鹿児島中央間の九州新幹線(フル規格、121㌔)の総事業費は約9000億円で、3分の2を国、3分の1を地方が負担した。現在の財政状況を考えれば、一般的な予算措置では旭川延伸のメドが立たない。
 そこで西田氏が提唱するのが、貨物を含むJR7社の株式を集めた持株会社を設立し、各地域のJRをその傘下に置く方法。こうすれば経営が比較的好調なJR東日本、東海、西日本の余力を北海道や四国に回せる。「上場しているJR3社の株を政府が買い上げても約8兆円。年1000億円の配当があるため、損はしない。新幹線網の整備が終わったら、再度売却すればいい」と西田氏。今年3月の参議院予算委員会で西田氏は同様の構想を示すとともに、「これをやるのは今しかない。今ならまだ国鉄マンが残っているから助け合おうという気分になるが、あと10年もたてば全く別の人になってしまう」と語り、政府に迅速な行動を求めた。
 道内にも基本計画に沿った旭川延伸を求めた有力な経済人がいる。昨年11月に北海道商工会議所連合会の会頭、つまり道内経済界のトップに就任した岩田圭剛氏だ。今年初めのマスコミのインタビューで岩田氏は、札幌延伸の前倒しと並んで、旭川延伸と現在は構想にない新千歳空港乗り入れを呼びかけた。
 ただ、この旭川で新幹線をめぐる動きは低調。旭川商工会議所は今年3月、北海道総合政策部の新幹線推進室長を招いて研修会を開いたものの、当面はJR北が「単独では維持困難」とした宗谷線(名寄以北)、石北線、富良野線の継続を求める活動に忙しく、新幹線延伸を考える余裕はなさそうだ。

強い政治家を待望
 小城会計事務所の所長、小城公明氏は、地域を挙げて新幹線の旭川延伸を求めるべきだとの考えを示す。「五十嵐広三市長の時代には地域が総力を挙げて医大の誘致に取り組んだ。医療のまちとして旭川が発展したのはその結果。将来のため、今度はオール旭川で新幹線の旭川乗り入れを実現すべき」。小城氏がよく知るJR関係者に旭川延伸の実現可能性を尋ねたところ、「それは地元の熱意と政治力次第」との見方を示したという。
 昔から新幹線の着工時期やルートを巡っては政治力が作用してきた。上越新幹線は田中角栄が建設を主導したものであり、自民党で「ミスター新幹線」と呼ばれた小里貞利元衆院議員が鹿児島県選出でなければ、九州新幹線の完成はもっと遅れていたかもしれない。小城氏は、旭川延伸のためには強い政治家が必要との考えを示す。
 新幹線の札幌駅乗り入れはまだ先のこと。旭川延伸が実現するとしても、そのはるか先の話だ。しかし、実現するまでに長い歳月がかかる大事業だからこそ、早くスタートする必要がある。他ならぬ旭川市民が「基本計画」に明記された新幹線の旭川延伸を「夢物語」の一言で片付けて、早々とあきらめるべきではない。

表紙1710
この記事は月刊北海道経済2017年10月号に掲載されています。

見捨てられた!ほくおう旭川2施設

 道内で23の介護施設を運営する㈱ほくおうサービス(札幌)などグループ5社が今年7月に倒産したのに伴い、同グループが旭川市で運営する2施設の先行きが心配されている。引き受け先と見られていた㈱創生事業団(福岡)は、23施設のうち旭川の2施設を含む8施設の継承を「施設所有者から提示された家賃が高い」という理由で断念した。杜撰な施設運営に翻弄された入居者やその家族は見捨てられた格好となり、次の転居先探しに奔走している。

道内大手に成長
 札幌市や旭川市などで23の介護施設を運営していた㈱ほくおうサービス(札幌市)と、福祉用具販売の㈱ほくおうケアサービス(同)、高齢者住宅運営の㈱福寿草(帯広市)、施設利用者に食事を提供する㈱ほっとキッチン(江別市)、そしてこれら4社を傘下に持つ㈱ほくおうホールディングス(札幌市)を含むグループ5社は、7月14日、札幌地裁に自己破産を申請し、財産の保全命令を受けた。5社連結の負債額は約43億3000万円。
 グループ5社の中で中心的な役割を果たしていたほくおうサービスは、2002年3月に設立。高齢者向けの介護施設やグループホーム、賃貸住宅を札幌や函館、帯広、旭川などで運営していた。介護施設の拡大に伴い、福祉用品の販売や施設に食事を提供する事業へも展開し、ピーク時の17年3月期にはグループ全体で50億円を超える売上高を誇っていた。

表紙1710
この続きは月刊北海道経済2017年10月号でお読み下さい。

今津対佐々木の一騎討ち 生き残るのはどちら?

 10月10日公示、22日投開票の衆議院議員選挙。過去3回対決した今津寛(自民党公認、公明党、新党大地推薦)と佐々木隆博(立憲民主党公認)が、今回は初めて2人だけの「一騎討ち」を演じることに。どちらの陣営も「背水の陣」で必死の選挙戦を展開する。政策実現力をアピールする今津か、安倍政権ストップを訴える佐々木か。有権者の下す選択はどちらだ? (記事は10月10日現在)

過去3回の対決
 佐々木は佐々木秀典の後継として2005年11月に衆院選挙に初めて出馬して以来、これまで3回当選、1回落選している。一方の今津は旧2区時代も含めて9回衆院議員に立候補して、うち7回当選(比例復活が1回、比例北海道ブロックでの当選者の辞職と次点候補の死去に伴う繰り上げ当選が1回)。佐々木と今津の直接対決はこれまで3回あり、うち佐々木が2勝、今津が1勝。前回、2014年11月の衆院選では、佐々木が10万4595票で当選、今津は10万1748票でわずかに及ばなかったものの、比例で復活した。2人の得票率の差は約1・2ポイント。共産党の荻生和敏は2万4656票だった。
 今回の選挙では、民進党の希望の党への合流で一時は危ぶまれた共産党を含む野党の協力が、10月5日までにまとまった。道6区でも立憲民主党、共産党、緑の党、社民党、新社会党、6区市民の会の共闘が成立した。単純な足し算をすれば、前回の選挙で佐々木、荻生が獲得した票を合計すれば13万票近くと、今津を大きく上回る。
災害復旧の成果強調
 今津陣営の関係者の多くは、厳しい戦いであることを認めながらも、勝機はあるとみる。まず今津寛本人が強調するのは、昨年夏に災害が6区内を襲ったあと、現地に足を運んで復旧を加速したことで、郡部での支持者が増やせたということだ。実際、今津は上川地区農協組合長会と政策協定を結び、推薦を得た。TPP交渉の行方が微妙だったこともあり、前回選挙では今津、佐々木と等距離だったJAが今津寄りの姿勢を鮮明にしたのは、心強い材料だ。
 もう一つは新党大地の動き。今津が事務所を開いた9月24日の時点では鈴木貴子の処遇をめぐる自民党と新党大地の交渉が決着していなかった。この日開かれた今津の事務所開きに新党大地の関係者が姿を見せず、関係者をやきもきさせたが、最終的には鈴木貴子の自民党入りと、比例名簿の上位に載ることが決まり、新党大地が今津を支援することになった。注目は、新党大地にどれだけの集票力があるのか。今津に近い人物は「(新党大地代表の)鈴木宗男は、公明党よりもうちのほうが上と豪語していた。創価学会が強い旭川市内はともかく、郡部に熱狂的宗男ファンがいるのは確か」と語る。公示前には鈴木宗男と自民党道連選対本部長の長谷川岳(参議院議員)の対立が表面化したが、今津陣営の一人は今津個人と鈴木宗男の間には古くからの密接なパイプがあるため、6区の情勢には影響しないとの見方を示す。
 新谷龍一郎・旭川商工会議所会頭を先頭に、経済界は一致団結して今津を支える姿勢を示している。今回から選挙権年齢が「18歳以上」に変更されるが、10~20代は自民党支持率が高いこと、やはり自民党支持者の多い幌加内町が道6区に加わることも、今津陣営にとっての好材料だ。

注目は西川の動き
 民進党の前原誠司代表が党の「身売り」を発表する瞬間まで、佐々木は着々と選挙を想定した準備を整えているように見えた。道連は秋以降の解散を想定し、旭川市内で佐々木は街宣車を走らせ、安倍政権への批判を続けた。ところが予想外の希望の党への合流。それまで憲法9条の堅持や安保法制廃止の主張を繰り返していた佐々木にとり、右寄りの傾向が顕著な小池百合子率いる希望の党への合流は受け入れがたかったはずだが、一議員としての判断よりも、道連代表として、支持基盤の脆弱な新人候補にも配慮した判断を優先した。9月29日の時点で佐々木が示した条件は、民進党からの出馬を予定していた11人がすべて希望の党に合流すること。ところが、その直後から小池の「排除」方針が注目を集め、リベラル色の強い道内候補が憲法や安保法制などについて踏み絵を迫られる可能性が濃厚に。枝野幸男らが新党を結成する動きを始めるとこれと連携し、佐々木はチャーターメンバーの一人として立憲民主党に参加した。佐々木は「道連代表でなかったら、もっと早く決断できていただろう」と振り返る。
 佐々木はこれまでの選挙を、党+労組+農民連盟の3軸(または後援会を加えた4軸)で闘ってきた。立憲民主党から立起するとはいえ、佐々木陣営の一人によれば、民進党の地方組織は温存されており、連合からの支援も揺るがない。農民連盟からも前回同様の支持が得られると期待する。
 今津陣営が注視していたのは、西川将人旭川市長の動きだ。前回選挙では民主党が市長選での西川3選の勢いをそのまま総選挙に持ち込んだ。今回の選挙を前に危機感を抱いた今津陣営は、商工会議所を通じて西川に中立を守るよう働きかけた。9月29日夜の佐々木の事務所開きでは西川が登壇して佐々木を声援したものの、10月11日には経済界が中心となり開催した今津の集会にも西川が姿を見せて挨拶した。西川としては、自民党の行事には出られないが、日頃から一緒に動いている経済界中心の集会なら可能と判断したようだ。
 前回選挙と比較して西川の立ち位置が変化したことや、今後の西川の動きが選挙戦に与える影響が注目される。

最後の対決の勝者は?
 佐々木は今回、立憲民主党からの出馬を宣言すると同時に「仲間のチャンスを増やしたい」として比例名簿への記載を辞退すると明言して背水の陣を敷いた。今津は名簿に名前こそ記載されたとはいえ、名簿上位は小選挙区の道10区を公明党の稲津久に譲る元岩見沢市長渡辺孝一と、前回選挙は民主党から出馬、今回は自民党に転じる鈴木貴子が占める。自民党にとり前回ほどの得票は望み薄であり、今津を含む道内の重複候補にとり、比例復活の可能性は2014年の選挙よりも低い。それだけに小選挙区での勝利が至上命題となる。
 今津、佐々木のうちどちらが当選するにせよ、この2人の対決はこれが最後になる可能性が高い。4回目の対決となる今回、軍配はどちらに上がるのか。

表紙1711
この記事は月刊北海道経済2017年11月号に掲載されています。

法人所得で旭川が5位転落

 札幌国税局が6月末に公表した2015年度(15年7月~16年6月)の税務署別法人所得で、旭川地区(旭川中、旭川東税務署管轄)が苫小牧地区に抜かれ5位に転落した。人口で道内第2位の規模でありながら、苫小牧に抜かれ上位の札幌や帯広、函館との差は広がるばかりで、「事業所数は多いが企業規模が小さく、内向きな姿勢が成長を妨げている」と、地域経済の今後を悲観する経済人も多い。

一事業所当たりの所得が低い
 札幌国税局が6月末に公表した15年度(15年7月~16年6月)の税務署別法人所得によると、石狩市や北広島市などを合わせた札幌地区(5税務署)が5655億円でトップ。2位は新得町や清水町などを合わせた帯広税務署管轄が607億円。3位は北斗市などを合わせた函館税務署管轄で450億円。4位が白老町や安平町などを合わせた苫小牧税務署管轄で376億円。5位に転落した旭川地区(旭川中、旭川東の2税務署)は、管轄する周辺8町を合わせ364億円となった。ちなみに、6位は釧路地区の260億円。道内全体の法人所得は9206億円で、加算税を含む税額の合計は1928億円だった。
 法人総所得額から道内各地区の比率を見ると、札幌が61%と断トツで、帯広6・6%、函館4・9%、苫小牧4・1%、旭川4・0%と続く。よく言われている札幌一極集中の傾向は、法人所得の分布を見ても明らかだ。
一方、事業所数で見ると法人所得額上位5地区は以下の通り。札幌が1万8310社。帯広2375社、函館2504社、苫小牧1655社、旭川2811社。1社あたりの法人所得は、札幌が3088万円。帯広2555万円、函館1797万円、苫小牧2271万円、旭川1294万円となる。ここでも札幌が1位となるのは、事業所数が多いだけでなく企業規模も大きいことを現している。帯広も大規模農業を営む農家が多いことなどから高い数字となっている。
 所得総額では4位の苫小牧が1社あたりでは帯広に次いで3位となるのは、トヨタ系や湾港関係の規模が大きい企業が多いためで、逆に旭川や函館は規模が小さい企業が多いことがわかる。

中途半端な人口規模が災い
 上位5地区を人口別に見ると、札幌地区が194万人、帯広地区20万人、函館地区36万人、苫小牧地区22万人、旭川地区40万人。大都市圏の札幌地区を除くと、旭川地区が道内2番目の人口規模を誇っているが、法人所得で見ると帯広地区や函館地区に大きく水を開けられている。
 この地域のある経済人は、旭川地区の弱さを次のように解説する。
 「歴史的背景から見ると、旭川は北海道の北の拠点として農水産物の集積地として栄えた。それが一時は36万人規模の都市として存在し、その中だけで商売が成り立っていた。
 その影響からか、大都市圏の札幌や道外へ進出する企業が少なく、旭川という狭いエリアの中だけで営業活動が行われてきた。そのため、内向きで閉鎖的な地区として周りから見られている」
 市外から旭川へ営業をかける札幌のメーカーも次のように旭川の閉鎖性を指摘する。
 「旭川は事業所数が多いにもかかわらず、小規模の企業が多く市外とつながりが薄い。そのため、旭川から外へ営業をかけるにしても人材がいない。M&Aによる企業規模の拡大にも消極的で、地元でこつこつと事業をすればいいという考え方が根強く残っている。 
 旭川は古くから上川百万石といわれるほど農業が盛んで、木工業も品質のいい製品が作られている。国内のみならず海外にも通用するモノがいくつもあるにもかかわらず、外へ打って出ようとする気概に乏しい。
 一方、市外から旭川へ進出しようと営業をかけても、ほとんど相手にされない閉鎖的なところがある。旭川独特のルールのようなものがあり、外から見ると理解できないことがある」

打開策は外への発信力
 法人所得2位の帯広地区は一次産業で見ると、稲作に適さない土壌のため古くから畑作や酪農、畜産業が中心になっている。国の農業政策の中心的な存在である稲作がほとんどないため、国に頼らず自力で開拓してきたという自負が帯広地区の農家には根付いている。
 そのため、旭川地区の半分しかない人口規模でありながら、生産高は変わらない、言い換えれば帯広は旭川の倍の能力を持った農家が多いことになる。しかも、高い利益が取れる農産物を生産し、稲作のように相場に左右され国の補助金頼みという体質から脱却している。
 上川管内のある有力農家は、「国に守られてきた稲作農家は努力が足りない。このままでは帯広を中心とする十勝の農家にさらに遅れを取ることになる」と警鐘を鳴らす。
 一方、旭川を抜いて4位に浮上した苫小牧地区は、トヨタ系の企業が進出し、港が整備され港湾関連の企業が活気付いている。道内でも中心的な物流拠点として今後の発展も見込まれる。
 では旭川地区が発展するためには何が足りないのか。得意とする木工関係や充実した医療体制、豊かな自然を生かした観光事業を持っている。
 これらはいずれも、外へ発信する力がなければ生かすことができない。閉鎖的な気質を見直し外へ打って出る気概を持った人材を育成することが望まれる。

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この記事は月刊北海道経済2017年10月号に掲載されています。

旭川市内で外国人技能実習生が急増

 出口の見えない人手不足に、業界を問わず多くの中小企業が苦しんでいるが、外国人技能実習生を受け入れる動きが一部の企業に広がっている。11月には新しい技能実習制度が施行され、期間が一定の条件の下で延長されるほか、新たに介護分野での受け入れも解禁が迫っている。旭川における技能実習制度の現状を追った。

中国人に代わりベトナムが中心に
 「いくら求人広告を出しても応募がほとんどない。まれに応募があっても、非常に高齢でいつまで働けるかわからない人や、我々のニーズに合わない人ばかり」と語るのは旭川市内の某建設会社社長。「ベトナム人の技能実習生を来年から迎えることを決めた」
 多くの分野で未曾有の人手不足が発生している。商品を宣伝するチラシの裏側には「従業員急募」の大きな文字が踊る。さんろく街を訪れれば、どの店のママも異口同音に「うちで働いてくれるいい人知らない?」と記者に尋ねる。

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 人手不足の最大の原因は労働力人口の減少。足りない人を国内でいくら探しても見つからない。まだ労働力の供給が潤沢なアジア諸国から、「技能実習生」を迎える企業がこの地域でも増えている。
 2016年12月末の時点で日本国内の技能実習生は22万8588人。うち道内は6776人となっている。2012年12月末と比較して、それぞれ約7万6000人、約2500人の増加だ。
 旭川市の状況はどうなっているのか。市民課によれば、今年8月1日現在の出身国別の人数はベトナム194人、中国28人、フィリピン14人、モンゴル7人、ミャンマー4人の合計247人。前年同期の132人と比較して急増している。とくにベトナム人が84人から2倍以上に増えているのが目立つ。地域の人口に占める比率はまだ低いが、人手不足の出口が見えないだけに、景気が悪化しない限り技能実習生の増加が続くのは確実だ。
 以前は技能実習生と言えば中国人というイメージがあったが、中国国内の経済成長に伴う労働力の需給バランスの変化で、中国人にとっては日本まで来る魅力が薄れている。代わって増えているのが勤勉で親日的と言われるベトナム人。ただ、ベトナムも経済成長が進めば国内で労働力が必要になり、カンボジアやミャンマーなど他の国に主要な供給源がシフトしていくとみられる。
 日本の技能実習制度は1993年に整備された。政府の説明によれば、その目的は「技能、技術または知識の開発途上国等への移転を図り、開発途上国等の経済発展を担う人づくりに協力すること」。現実には、人手不足に悩む企業にとってこの制度が貴重な人材確保の手段になっていることは否定できない。旭川市内の一部の企業では、アジア諸国から来た外国人が不可欠な「戦力」となっている。

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この続きは月刊北海道経済2017年10月号でお読み下さい。