旭川ラーメンの基礎 加藤ラーメンの低加水麺

 醤油味の「旭川ラーメン」は20年以上前から全国区の人気を誇る。それを支えているのが麺の加水率。この率の高い低いで製造コストが変わってくるが、「旭川ラーメン」はあえてコストのかかる低加水率の麺を採用している。この基本を作ったのは旭川の老舗製麺所㈱加藤ラーメン。低加水率麺と同社のこだわりから「旭川ラーメン」の魅力を再発見してみる。

麺の特徴決める粉と加水の比率
 全国のラーメン情報を発信する新横浜ラーメン博物館のホームぺージに掲載されている「旭川ラーメン」の項には次のような説明がある。
 「旭川ラーメンの基本は、加水率の低い縮れ麺に、トンコツと海産物(鯵の煮干し等)で取るスープ。(中略)麺の加水が少ない縮れ麺のため、スープの絡み、吸い込みがよく、麺とスープの一体感が味わえる。(後略)」
 旭川ラーメンの特徴をよく言い得ているが、少し説明を加えると、麺の太さは〝中細〟で、スープは豚骨と海産物の他、鶏ガラや野菜でダシを取ったWスープであるということ。
 旭川ラーメンの研究で知られる旭川大学経済学部の江口尚文教授によれば「W」とは海の素材と陸の素材の2種を使うという意味で、このどちらが欠けていても旭川ラーメンとは言えない。
 さて、旭川ラーメンの基本とされる「加水率の低い縮れ麺」だが、まずはこの加水率についてひも解いてみる。
 加水率とは簡単に言えば小麦粉に加える水の割合。水と言っても塩分を含んだ塩水だが、この量が多ければ多いほど〝水増し〟した生地が作れる。従って、同じ量の小麦粉を使っても加水率の高低によって出来上がる麺の量が変わってくる。
 一般的に加水率が高い麺(40〜50%程度)はツルツル、モチモチ感が強く、食感が柔らかくなる。もともと水分が多いのでスープが絡みにくく、麺がのびにくい。
 逆に加水率の低い麺(20〜30%程度)は水気が少ないので歯ごたえがあり、小麦粉の割合が多いので香りが強くなる。水分が少ないのでスープを吸収しやすくなり、麺がのびやすい。
 どちらも、好き好きだから優劣をつけることは避けるが、低加水率のラーメンの方が小麦粉をたくさん使い、製造コストも高くなることは確かだ。旭川ラーメンはこの低加水率の麺を使って全国区へ羽ばたいた。

70年前に生み出した旭川ラーメンの基礎
 低加水麺が旭川ラーメンの特徴というが、その原点が製麺会社の加藤ラーメン(旭川市4条21丁目右6号、加藤紀社長)にあることは紛れもない事実だ。同社は1947(昭和22)年7月創業。創業時から低加水率の麺を製造、普及させ、現在の「旭川ラーメン」の確立に大きな影響を与えてきた。
 加藤ラーメンの神髄を知りたいと同社を訪ね、低加水麺への執念、麺製造にかける情熱を3代目の加藤社長に聞いた。
 ─加藤の麺は代々、加水率を抑え、小麦の味や香りを大事にしていますね。
 私は3代目なので、正直、昔のことは全然わからないのですが、70年続く昔ながらの製法で作っていて、それは一切変えていません。だから今でも加水率は低い。
 札幌は加水率が36〜38%と高く40%くらいのところもあるようです。低加水の旭川でも一般的には30%か32%くらいでしょうか。うちは29%くらいですからかなり低い。
 小麦粉1袋が25キロで、それに対してかん水を何キロ入れるかで加水率が決まりますが、季節によっても、その日の湿度や温度でよってもかん水の量は変わります。
 朝工場に入ったら、職人の勘でまずミキサーを1回まわして、5分くらい経って粉が花咲くようになったら自分で触り、固さの確認を取りながら水の量を変え、その日の加水率を決めます。
 朝5時に回し始めても7時、8時になるとまた加水率が変わっていく。工場の中も気温が上がっていくので、粉の温度も変わってくる。小麦粉は1袋ずつ15段に積んでいるので、下と上では温度が違うからです。それも計算していかなければならない。だからうちの麺は自分では繊細な麺だと思っています。
 ─低加水率の麺の特徴は?あえてコストのかかる低加水麺にこだわるのはなぜですか。
 加藤 加水率の低い麺は固くて、引っ張ったら切れやすい。品質が一定でなければならないのでロスも多く出る。ロスを翌朝打つ時に使いまわししているところもあるかもしれませんが、うちではすべて廃棄しています。結構な量になります。
加水率を増やすと、延びて麺を多く作ることができますが、痛みやすい。それで防腐剤やアルコールを入れて日持ちするようにしている。加水率の低い麺は何も入っていないので管理が難しい。香りをかいでも小麦粉の香りしかしない。だからうちの麺はスーパーには一切置いていません。スーパーに置けるのはそれなりの添加物が入っているからだと思います。
 添加物を入れた麺は胃に悪いと思います。うちの麺は何も入っていないので消化が速い。どのくらい速いか、自分で食べて後で吐き、消化時間の実験したこともあります。それを何度もやったため入院する羽目になったこともあります。
 加水率を増やすと麺の量が多くなり、重くなります。その点うちの麺は軽い。軽いから同じグラム数でも麺が多いと言われます。
 また、うちの麺は加水率の関係もあり、ひと玉の卸値が他の工場より2円ぐらい高いかもしれません。しかし小麦粉の仕入れ値が高くなっても麺の値段はもう10年以上は上げていません。他では上げているようで、昔はうちより5円安かったところでも、今ではその差は1円あるかないかだと思います。でも、多少高くてもうちの麺に変えたいと言ってきたところもあります。
 ─低加水率と高加水率の麺では、スープとの関係も変わってくるようですね。
 うちの麺を使ったラーメンは、最初に飲んだスープの味が最後まで変わりません。他の麺だとスープがすっぱくなっていることがあります。それは麺の一本一本からアルコールや防腐剤が出ているためです。うちの麺は固くて余分なものが入っていないので、逆にまろやかにおいしくなっているとさえ言われます。
麺はただ作ればいいというものではありません。毎日毎日きちっと作っていけばお客さんも分かってくれる。安い麺、儲かる麺を作ろうとするのは逆発想です。コストがかかってもいいからいい麺をつくる。これが私の信念。「旭川ラーメン」の基礎を作った加藤ラーメンを、代々受け継いできた3代目の使命だと思っています。

かつて、加水率を巡る騒動もあった
 加藤ラーメンの2代目加藤明定氏から「麺は生きものだ。大事に扱え」と教えられた3代目の、麺に対する情熱をたっぷり聞いたが、麺をめぐるラーメン専門店の事情も少し紹介しておく。
 25年以上前、本誌が「旭川ラーメン大賞」を企画し、市内にラーメンブームが到来していた頃、ラーメン店をチェーン展開していた本部企業が、それまで使用していた製麺工場の麺を中止し、自社で新設した製麺工場の麺を使うことにした。
 自社工場を設けた理由は「多様化する消費者ニーズに応えらえる麺を作るため」ということだったが、実際のところは従来の加水率が低くコストのかかる麺をやめ、加水率の高い低コストの麺を作って一杯のラーメンの原価を下げるねらいがあったとされる。
 このため、低加水率の麺こそ旭川ラーメンだと主張する加盟店の半数近くがチェーンを脱退し、従来の製麺工場の麺を使い続けた。分裂したそのチェーンは現在、どちらも健闘を続けているが、これは低加水率が決め手となる旭川ラーメンの特徴をめぐる騒動でもあった。
 麺の加水率は人それぞれ好みが違う。低い加水率こそ麺の神髄と言えるものではないかもしれないが、「旭川ラーメン」が現在のような人気を維持できている理由の一つが「低加水率の麺」にあるとだけは言えるのではないか。

表紙1810
この記事は月刊北海道経済2018年10月号に掲載されています。

低迷する女性の就業率─道内第2の都市なのに

 「北海道の女性」というと、本州に比べてしがらみが少なく、社会でバリバリ働くイメージを抱きがちだが、直近の国勢調査で、全国9地域の中で北海道の女性の就業率が最も低いことが分かった。その中でも旭川は35市中15位と就業率が低迷。道内第2の都市ながら、女性の就労の場が少ないことが原因のようだ。

道内15位
 右下のグラフは、全国9地域の女性の就業率を示したもの。直近の「平成27年国勢調査」をもとに、15歳以上の人口に対する就業者数を算出したものだ。
 最も就業率が高いのが中部地方で49・21(単位は%。以下同じ)。このエリアの9県すべてが全国平均(45・44)を超えており、富山(50・13)、石川(50・47)、福井(51・70)、長野(50・65)は50%を超える高い就業率となった。
 エリア内で最も就業率が高い福井は、3世代同居が多く、祖父母が子供たちの世話をするケースが多い街として知られている。内閣府が発表した「2017年版男女共同参画白書」では、子育て期の女性が最も活躍している県として紹介されており、特に20~40代前半の女性就業率が高い。
 2位は中国地方(46・52)で、3位が東北地方(46・38)。さらに4位九州(45・91)5位四国(45・54)と続く。首都圏や関西圏から離れた地域の方が就業率が高く、ようやく6位に関東(44・53)がランクイン。のんびりマイペースな印象が強い沖縄(44・07)が7位で、8位が近畿(43・28)。最もランクが低かったのが北海道(42・86)だった。
 こうなると旭川の状況が気になるところ。同じく平成27年度国勢調査のデータを基に、道内34市の女性の就業率を調べてみた。
 左ページの表はその結果を示したもの。上位5市は①富良野(50・88)②根室(48・59)③紋別(46・37)④北斗(46・18)⑤名寄(45・73)。主要都市はランクインせず、小さな街が名を連ねる。旭川は15位(42・96)。道内平均(42・86)を若干上回ったものの、全国平均を2・58ポイント下回る結果となった。

〝隠れ差別〟も原因?
 旭川の女性の就業率はなぜ低いのか。経済的に余裕があり、女性が働く必要がないのか。または専業主婦として家庭を守りたいという女性が多いのか、それとも働きたくても就労の場がないのだろうか。
 ハローワーク旭川の武田龍寿次長は「旭川では以前から男性よりも女性の求職者数の方が多く、18年4月から6月までの新規求職者の累計数も男性1936人に対して、女性は2603人と女性が上回った」と説明する。
 このデータと低い就業率を考えると、旭川では就労を望む女性は多いものの、なかなか就職には結び付かないという図式が見えてくる。
 この理由について、市内の公的機関の就労支援担当者は、「〝隠れ差別〟が一因ではないか」と指摘する。「求人を出す時には年齢や性別で差別をすることが禁じられている。そのため企業は女性の求職者の面接は形だけするが、最終的には男性しか採用しない、いわゆる〝隠れ差別〟が存在している」。
 保守的な企業体質も女性の就労機会を奪っているようだ。雇用問題に詳しい人は次のように指摘する。「女性の場合、子育てや介護などで働く時間が限られるケースが多く、本州では約5割の企業が、女性が自分の都合に合わせた時間帯で働くことができるシステムを導入しているのに対し、道内ではそうした企業は全体の5%に過ぎない。システムを大幅に変更することを嫌がる、保守的な企業体質が女性が働く機会を奪っているのではないか」

柔軟な働き方
 少子高齢化が進み、労働人口の減少が予測される中、女性の労働力は潜在成長率を高めるカギとされている。市内でも様々な業界で人手不足が加速しており、道北・道東地域における企業の雇用人員の過不足を示す「雇用人員判断DI」(※人員が「過剰」と答えた企業の割合から「不足」の割合を差し引いた数値)からも明らかだ。日銀旭川事務所が6月に発表したデータでは、この数値がマイナス45となり、人手不足感が依然として強いことを印象づける結果となった。
 では職を望む女性に雇用の機会を創出し、労働力として有効に活用するにはどうしたらよいのだろうか。旭川市総合政策部調整課男女共同参画の矢萩恵課長は、「働くことを望む女性が就業し、能力を発揮できるようにするためには、短時間勤務やテレワークなどの柔軟な働き方の導入や長時間労働の是正など,男女ともに働きやすい環境づくりが重要」と話す。
 もちろん女性の就業率が高ければ高いほど良いという訳ではなく、夫の収入が高いほど既婚女性の就業率が減少するというデータも存在する。しかし夫婦共働きによるダブル収入の効果は大きく、女性の就業率が高い福井県は、1人あたり県民所得のランキングで上位に位置している。
 そうなるとやはり、女性の就労の場が増えて、旭川でも就業率が向上することを期待したい。

表紙1809
この記事は月刊北海道経済2018年9月号に掲載されています。

災害の要因は無落雪屋根?

 7月2日から3日午前にかけて猛烈な雨が降り、旭川市内では24時間で195㍉を超える観測史上最高の降水量を記録した。このため市内全域の汚水管が集まってくる忠和地区では3ヵ所のマンホールから大量の水があふれ出し、十数戸が床上浸水する被害が発生した。一見、豪雨による自然災害と見られがちだが、実はその要因をつくった責任の一端が市内全域の住民にもあることを知っておきたい。「忠和の災害は、天災ではなく人災だ」の声も聞こえてくる。

旭川は汚水管と雨水管の分流式
 おいしいと評判で、ペットボトルに詰めて販売までしている旭川の水道水。市民の「上水道」に対する関心は高いと思われるが、「上下水道」とひとくくりにされる、一方の「下水道」に対してはどうだろう。重要性では上水道と同等、あるいはそれ以上なのだが、汚水管が地中深くに埋まっていて普段目にすることがないため、一般的な市民生活の中ではほとんど意識されない存在になっている。
 旭川市内の場合、各家庭のトイレや風呂、台所などの生活排水は、地域にくまなく張り巡らされている汚水管を流れて忠和にある下水処理センターへ運ばれる。また旭川は広域圏下水道として周辺の東神楽、鷹栖、比布、当麻、東川の5町の汚水管ともつながり共同処理をしているため、下水処理センターへ流れていく汚水の量は相当なものとなる。
 つまり旭川市内及び周辺5町の汚水は、直接下水処理センターへつながる台場と神居の一部を除いてすべて、忠和へ忠和へと流れていきそこで合流しているのである。下水処理センターでは実に1日に16万㌧以上の汚水を処理し、石狩川へ放流している。現状の処理能力はギリギリのところにあるという。
 旭川の下水道は、汚水と雨水を別の水路で集め、汚水は浄化処理して川へ放流し、雨水はそのまま川へ放流する、いわゆる分流式を採用している。このため、誤って雨水が汚水管へ流れてしまうと、汚水処理場は想定外の事態となり定量オーバーになってしまうのである。
 汚水管と雨水管の分流式。市民はまずこのことをしっかり意識しておかなければならない。

雨水が大量に汚水管へ流入
 7月2日から3日にかけての豪雨による災害を総括した旭川市は、忠和地区の浸水について、その理由として「汚水管への大量の雨水侵入」を挙げた。通常の汚水以外に雨水が大量に混ざり込んだことにより、全市の汚水が集まってくる忠和地区でマンホールの蓋が破壊し、そこから汚水が道路に流れ出し、近くの忠和体育館駐車場や住宅街が浸水したというものである。
 そして、なぜ汚水管へ大量の雨水が流れ込んだのかの理由として、地下に染み込んだ雨水が汚水管のつなぎ目から管の中に侵入したり、マンホールの蓋の穴から雨水が汚水管に流れ込んだり、さらにそれ以上の大きな可能性として、本来、雨水管へつながっているはずの融雪槽からの排水や、無落雪屋根の上に降った雨水を雨水管へ流すスノーダクトが、市内の多くの家庭で汚水管につながっている状況を挙げた。
 通常の汚水の他に大量の雨水が汚水管に入ってくると、流れる量は通常の2倍から3倍ほどに膨れ上がり、下水処理場の能力の限界を超えてしまう。それが処理場近くのマンホールの蓋の破壊につながってしまう。今回の忠和地区の浸水事故はその典型ともいえるのである。

雨水、融雪水は必ず雨水管へ
 旭川市水道局のホームページを見ると、豪雨当日の7月3日に「大雨による下水道への影響について」として次のような発信を行っている。
 「大雨のときには、汚水管にも大量の雨水が入り込むことから、マンホールから水が溢れ出たり、トイレが一時的に流れにくくなったり、ゴボゴボと音がして水が噴き出す現象が発生することがあります。
 これは下水道施設の不具合によるものではなく、大量の雨水が汚水管に流れ込むため、汚水管が満杯となり流れづらくなることと、汚水管の中の空気が上に押し出されることが主な原因です。ほとんどの場合は天候の回復及び時間の経過とともに収まりますが、降雨量が多い場合は上流から流れ込んでくる水量も増えるため、下流側の地域では雨が止んだ後もしばらくこうした現象が続く場合もあります」
 大量の雨水が汚水管に流れ込むことによって生じる状態を説明し、市民に注意を促す内容のものだが、実は同じ水道局のホームページ上では2年以上前から「雨水・融雪水等の放流先について」として次のような発信もしている。
 「雨水、融雪水などは、必ず雨水桝(雨水管)、側溝に流すか、地下に浸透させてください。
 スノーダクト、融雪機などの排水(雨水、融雪水など)は、汚水桝(汚水系統)に接続しないでください。
 汚水桝は、水洗トイレ、台所、風呂などの生活排水を流すための施設です。汚水桝から下水処理場までの一連の施設(公共下水道)は、使用者のみなさまからの使用料によって管理しており、雨水、融雪水などを流されますと、維持管理に支障をきたします。
 なお、雨水・融雪水などの排水管を水道局で管理する雨水舛(雨水管)に接続される場合は、市役所への道路占用申請のほか、水道局への手続をお願いいたします」
 ホームページ上で呼びかけられている二つの内容をつなぎ合わせて読み解くと、つまりこういうことになる。
 「豪雨で上流から大量の雨水が流れ込むと、下流の汚水管が満杯となり、マンホールから水が溢れ出ることがある。だから雨水や融雪水は必ず雨水管か側溝に流すようにして、決して無落雪屋根のスノーダクト、融雪槽などからの排水を汚水管に接続しないようにしてほしい」
 水道局では、汚水管を流れる水の量が増えるのは旭川市内の無落雪屋根、融雪槽の排水管が、本来つなぐべき雨水管でなく、違反行為にあたる汚水管に接続されている可能性が強いとみているのだ。

無落雪屋根の雨水が汚水管へ
 旭川市水道局では、市内の無落雪住宅の屋根からの排水が、正しく雨水管につながっているかどうか、ほとんど把握できていない。また調査する方法もない。住宅敷地内の地下を掘り起こし、排水管がどうなっているのか確認すれば分かることなのだが、市内だけでも何万戸もある個人の住宅でそれを実施することは事実上不可能。
 雪を屋根に乗せたまま自然に溶けるのを待つ無落雪屋根は、道内を中心にここ20年ほどの間に著しい普及を遂げている。旭川でも近年の新築住宅の大半はこの方式で建てられている。
 無落雪屋根にもいくつかの種類があるが、一般的に普及しているのはスノーダクト方式。屋根の形状を緩やかなM字型にし、中央部分に排水溝(スノーダクト)を設け、雪が溶けた水をそこに集め、排水管を通って雨水管に流すという仕組み。
 これは雪が降り積もるシーズンの話だが、雪のない時期には無落雪屋根は大量の雨を受け止め、雨水管へ流すことになる。しかしその雨水が雨水管でなく汚水管の方へ流れる仕組みになっていると、大雨が降れば下水処理場へ流れていく汚水管があふれてしまう。
 水道局では市内の無落雪屋根からの雨水がかなりの量で汚水管に流れ込んでいるのではないかと見ている。その理由として「本来の雨水管へつなぐと凍結する可能性が高くなるので、生活排水のため1年を通して水温が安定している汚水管の方へつないでいるのではないかと思う」と推測する。

違反行為による災害天災ではなく人災?
 無落雪屋根住宅の新築工事の際、建築確認申請では正しい配管の図面を提出するが、実際の工事にあたっては汚水管につないでしまう。建築業者が勝手にやるのか、建て主が要望を出すのか、ケースはいろいろあると思われるが、結果として雨水管につなぐべき雨水を汚水管の方へつないでしまう。このようなことが相当数あるものと想像される。また、新築の際には正しくやっていても、凍結事故の修理の際に〝改造〟してしまうケースもあるようだ。
 行政はそうしたことを承知していながら、現場を掘り返し、確認する作業ができないでいる。その間に忠和地区の汚水管があふれ出し、住宅に被害をもたらしたのである。天災ではなく人災だと言われても仕方ない。
 人災とするならその責任が誰にあるのか難しいところだが、いずれにしてもなんらかの改善策は見出したい。また、使用料金が生じるはずの下水道の無断使用は、発覚すれば詐欺行為に相当する可能性もある。

表紙1809
この記事は月刊北海道経済2018年9月号に掲載されています。

異常だった 7月の天気

 旭川の天気がおかしい。大雨が降り、夏としては記録的な冷え込みを記録したかと思えば、7月後半は本州を思わせる暑さ。エアコンを設置していない家が珍しくないだけに、猛暑にぐったりしている人も多いはず。気になるのはこうした高温多雨の傾向が年ごとのデータだけでなく、長期的な傾向にも現れているということだ。今年よりも来年、来年よりも再来年と、旭川の天気は「熱く」なっていくのだろうか。

過去100年間の「7月」だけに注目
 気象台のホームページにアクセスすれば、条件を指定して気象に関するさまざまな数値をダウンロードできる。本誌では1919年から2018年に旭川地方気象台で観測されたデータのうち、7月観測分だけに注目して、その変化の傾向を探った。
 まず、今年の7月初旬には台風から変わった温帯低気圧の影響で、短時間のうちに大量の雨が降り、旭川市内で発生した住宅地の冠水被害が全国ニュースで伝えられた。天人峡温泉では一時131人の観光客が足止めとなる事態も発生した。
 旭川の348㍉という月間降水量は過去100年間の7月で1953年(418㍉)、2000年(382㍉)に続いて3番目の多さだった。これは宮前東にある現在の旭川気象台で観測した数値。東旭川瑞穂にあるアメダスによる観測では、2日9時から5日24時までで225㍉という数字が記録されている。
 中旬をすぎると一転して暑い7月となった。25日からは7日間連続で最高気温が30度を突破。本州と九州を襲った台風に伴う気圧配置の関係で、この地域としては猛暑の34度超えも2日あった。ただ、月の前半は悪天候続きだったことから、7月を通してみた平均気温は21・3度。過去100年間では29番目と、顕著に暑かったとは言えない。ちなみに、今年7月5日に記録した一日の最高気温11・6度は、7月としては旭川地方気象台が観測を始めてから最も低かった。

10年間の平均値から長期傾向探ると
 こうした気象データの変化は、年ごとの乱高下が激しい。折れ線グラフを描いてみると急な山や谷が連続し、長期的な傾向は読み取りにくい。そこで、過去10年間の平均値(2018年なら2009~2018年の7月だけの数値を足して10で割ったもの)を計算してみると、一定の傾向が読み取れた。まず過去10年間の7月の平均気温は、2008年の20・4度から2018年の21・39度へと、ほぼ「着実」に上昇し続けた。より長い目でみれば時代によって上昇したり下落したりしているものの、少なくとも1926年、つまり昭和初期から現在に至るまで21度を突破したことは一度もなかった。
 ただし、ここで注意しなければならないのは、2004年8月と同年9月の観測の間で、観測地点が旭川東高付近から宮前東の合同庁舎に移転し、ベースが変わったということだ。周辺の環境の変化が測定される温度にも影響をもたらした可能性がある。観測地点移転の影響がなくなってからの5年間でもこの平均値は上昇を続けているが、今後も同様の傾向が続くかどうか、しばらく注目を続ける必要がありそうだ。
 10年間のタイムスパンで見た平均値の変化がもっと顕著なのは降雨量だ。降雨量は気温よりもさらに1年ごとのばらつきが大きいが、それでも7月の雨が100㍉以上の年が増えているのは明らか。過去10年間の平均値も2018年には169㍉に達した。1974~1999年のいずれの年も、過去10年間をさかのぼった平均値は一貫して100㍉以下だったから、旭川で7月の雨がかなり増えたのは数字の上からも明らかだ。もはや「旭川の夏はそこそこ暑いが、雨が少ないので過ごしやすい」と自慢することはできなくなっている。
 しかし、1974年よりも前に注目すれば、降雨量の長期的な変化にも「うねり」があることがわかる。10年間の平均値は、1960年代には概ね100㍉を上回っており、1962年は164㍉と、現在とほぼ同じ水準だった。見方を変えれば、70年代の中盤から90年代は比較的雨が少なかったとも言える。

「旭川のほうが暑い」と関西人ぼやく
 7月末、旭川市内で開かれたある会合に参加するため、関西地区からやってきた人たちが異口同音に語っていたのは「涼しいと聞いていたのに、こっちのほうが暑いのではないか」との驚きだった。
 プール、ビアホール、かき氷店など、猛暑を追い風に賑わうビジネスはある。しかし体の負担を考えれば、今年以上に暑い7月はもう来てほしくないというのが多くの市民に共通する思いだろう。本稿で指摘した「7月の高温多雨化」の傾向が、今後さらに進むのか、それともどこかで「低温少雨化」へと転じるのかに注目したい。
 ちなみに、旭川地方気象台が観測を始めてからの7月で旭川が最も寒かった日は1890年7月7日で、その日の最低気温は1度だった。もしも旭川が同じ気候に戻れば、農業や産業、市民生活への打撃はともかく、猛暑に苦しむ日本全国の人々が涼を求めて旭川に殺到するのは確実だ。

表紙1809
この記事は月刊北海道経済2018年9月号に掲載されています。

旭川市大型工事、落札率軒並み99%

 落札率95%以上の公共工事は「談合の疑いが極めて高い」と言われるが、6月に旭川市が入札を行った武道館、東旭川給食調理場、緑が丘複合コミュニティーセンターの建設、旭川空港エプロン拡張など大型工事10件の落札率は何と99%だった。初夏の〝珍事〟に、議会内から「競争原理がまったく働いていない」との声が聞こえてくる。

次点と100万円差
 いうまでもなく、市が発注する大規模工事は、市民の税金が投入されている。とすれば、少しでも建設費を抑え、より安価に建設するというのが市民に対する市政の使命である。
 ところが、6月15日に開会した第二回定例市議会に提案された契約の議案は、「より安価」とはかけ離れたものだった。
 まず、西川将人市長の公約にも盛り込まれていた武道館については、野球場などとともに整備が進む東光スポーツ公園内に建設予定で、本体工事の総額は約10億円が見込まれている。市が事業費の精査を行い積算した結果、工事は二つに分割して発注することに決定した。一つの建物の建設工事を二つの業者に分けて発注すると工事の内容に差が出て、仕上がりに不具合が出そうな感じだが、逆に互いの業者が競い合うため、この方式でも問題はないという。
 2分割された武道館の建設工事はA工区とB工区に分けて入札が行われた。
 入札結果だが、落札予定額いわゆる設計金額が4億9534万円だったAは、8企業体(JV)が参加し、最も近い金額を入札したのは「荒井・廣野共同企業体」で4億9000万円だった。落札率は98・92%。他のJVはすべて99%を超えており、このJVだけが99%をわずかに下回った。と言っても99%をわずか0・08下回っただけで、ほぼ99%。次点のJVとの差は約5億円という大規模事業にも関わらずちょうど100万円の僅差だった。
 そしてB。こちらの設計金額は4億3770万円で、同じく8JVが参加。落札企業は「高・菅原共同企業体」で入札金額は4億3300万円。落札率は98・93%とほぼ99%。次点のJVとの差はAと同じくちょうど100万円だった。

共同調理所も
 こうした高落札率の契約は武道館に限ったことなのか。同じく第二回定例市議会に提案された契約案件を見てみる。
 すると、緑が丘地域に新築される「複合コミュニティ施設」は設計金額が4億7100万円だったのに対し、落札金額は4億6600万円。落札率は98・94%だった。この工事にも8JVが参加にしており、次点との差は130万円。武道館と同様の傾向がみられる。
 また、第2豊岡団地建て替え新築工事については、設計金額が7億6237万円に対し、落札金額は7億5000万円。落札率は98・38%と幾分率は低下しているものの、次点との差はわずか200万円だった。
 そして、市教委が今後の学校給食のモデル事業として進めている東旭川学校給食共同調理所改築工事に関しても、落札金額が7億6300万円だったのに対し、次点のJVとの差は200万円。旭川空港のエプロン拡張工事についても、落札企業体が工事費を2億900万円と見積もったのに対し、次点のJVは2億1100万円で応札。その差は同じく200万円だった。

早期着工のため先議
 これらの新築工事に合わせて空調設備工事や衛生設備工事など合わせて10件、総額41億円の工事契約が議会に提案されたが、工事を急ぐことなどを理由に、議会では慎重な審議を行う特別委員会ではなく、本会議直接の「先議」で決することに議会が同意。関係資料などを求める特別委員会審議には至らなかった。
 6月15日の本会議で、能登谷繁議員(共産)は、契約案件が議会で可決されなければ事業に着手できない現状を踏まえて「できるだけ早く着工したいのは分かるが、議会審議が形骸化しないか、先議を求めた理由を伺いたい」と市の真意を質した。これに対し、市は「先議によらない場合、仮契約から本契約まで一カ月かかる。人手不足から受注業者が現場作業員を確保しつつ待機させている状況もあると聞いている。早期着工が賃金の面においても大きな効果があり、加えて気候が比較的安定しているこの時期の着工が望ましい」と先議に理解を求めた。
 ただ、これまでも6月議会での議決を経て、着工するには遅すぎるという案件があった。近年ではカムイスキーリンクスのリフト整備や学校施設の整備で、6月議会を待たず、5月に臨時議会を招集し議会審議を経るということもあった。早期着工を目指すのであれば、臨時議会で対応するというのも一つの手法ではないか。
 それを10件もの大型工事契約を一括して6月議会に提案し、先議を求めるというのは、能登谷議員が指摘するように議会審議の形骸化につながりかねない。そして、落札率が高止まりしていることについて、市側は「建設業界の人手不足が顕著となっている状況の中で、最大限努力いただいた結果の入札金額であると受け止めている」と述べるにとどめた。

建設費高止まり
 ただ、議会論議の中で岡田政勝副市長は「議会のチェック機能は重要なものと認識しており、今後も先議が必要な場合は議会に対する丁寧な説明はもちろん、議案によっては臨時議会への提案を含め、議会との協議が必要」と述べ、定例会を待つまでもなく、臨時会で対応を検討する考えを明らかにした。
 市の大型工事の発注は、これからも数多く予定されている。
 中でも、市役所の新庁舎建設は110億円を超えるといわれており、今後の最大の目玉事業となる。事業規模から見て当然、数社の企業体による分割発注となるとみられるが、今回の武道館などのように、工区をAそしてBに分けても、落札率が99%台にとどまり、しかも次点の企業との金額差が100万円では、競争原理が働いたとは考えにくい。建設費の高止まりが懸念される。市民の税金をつぎ込む以上、より公正、公平、そして透明な入札になることが望まれている。

表紙1808
この記事は月刊北海道経済2018年8月号に掲載されています。

反対派封じた富良野市「新庁舎」構想

 富良野市の新庁舎建設計画が、6月29日開催の市議会で基本設計の業務委託料を含む1500万円の補正予算案を可決したことで本格的に動き出した。しかし、今後30年もの長期にわたり市民に負担をかける重要な案件ながら、国の財政支援を得るため「2020年度の着工ありき」で、市民との対話が熟さぬまま見切り発車。市は庁舎建設検討委員会をつくって議論を深めていくとしているが、後手後手の取り組み手法に市民からは不満の声も上がっている。

構想を市民に公開したのは市長選後
 富良野市の新庁舎建設計画は今年5月7日の庁議で決定していたが、前市長の任期の関係もあり、北猛俊新市長が構想の推進を確認したのは同月30日の庁議だった。その後、議会説明を経て市民に市庁舎建設基本構想が市民に公開されたのは6月14日。
 北市長は同月18日から始まる定例市議会に新庁舎建設に向けた基本設計の業務委託料1500万円の補正予算案を提出、同時に市民や学識経験者、市議会議員らの構成による新庁舎建設検討委員会を設置する条例案も提出した。
 その定例市議会では、賛成・反対と議員の判断が二つに割れ、採決の結果、かろうじて市長が提出した予算案が通過したのだが、その時の状況は後で触れるとして、まずは市の基本構想の中身から見てみる。
 初めに事業費の算定だが、市では「新庁舎は多様化する行政需要に対応できる機能を備える一方、華美な要素は極力排除し、機能性・効率性・経済性を重視し、建設費用の抑制に努め、将来の世代への負担を最小にしていくことに配慮する必要がある」とし、他の庁舎建設事例を参考にしながら「1平方㍍当たりの事業費は約59万円。新庁舎の建設規模を9800平方メートルと想定すると総額は概ね58億円が見込まれる」としている。

表紙1808
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クマ騒動に揺れる突哨山

 旭川市と比布町にまたがる突哨山とその周辺でヒグマの姿や痕跡が相次いで目撃されている。ヒグマの生態に詳しいもりねっと北海道の山本牧代表の話では少なくとも2頭のヒグマがいるそうで、「高速道路が障壁となって山に帰れないのではないか」。山にはエサとなる山菜や木の実などが豊富にあるため、関係者の間では「このまま棲みついてしまうのではないか」との懸念が広がっている。

高速道路を横断
 突哨山は、旭川市と比布町の境界に位置する標高239㍍、総面積225㌶の丘陵。古くはトッショ山と呼ばれ、アイヌ語のトゥ ッ ソ(突き出る・ところ)が語源と考えられている。
 ミズナラなどの広葉樹林の雑木林に覆われ、約1700種の生物が生息。早春にはカタクリやエゾエンゴサクが咲き誇り、国内最大級のカタクリの群生地として知られている。ゴルフ場開発の話が浮上したこともあったが、自然環境保全を目的に2000年に旭川市と比布町が都市緑地(公園)として取得。遊歩道が整備されていて、一般開放されている。
 最初のヒグマ目撃情報は5月1日。高速道路(東鷹栖5線21号)を北側から南側に向かって横断する姿が目撃され、「クマがフェンスを超えていった」とNEXCOに通報があった。
 翌日2日に遊歩道が閉鎖され、旭川市が比布町、猟友会、突哨山運営協議会、指定管理者のNPO法人もりねっと(旭川)などと合同調査をしたものの痕跡が確認できず3日には閉鎖解除された。
 ところが6日午前8時、突哨山北部に位置する「ぴぴの路」の入口で散歩中の人がヒグマを目撃して町役場に通報。これを受けて遊歩道は全面閉鎖され、同日の夕方の合同調査では「扇の沢」で足跡が確認された。
 この日以降も、ヒグマの姿や痕跡の目撃は続いている。

  • 5月7日 扇の沢歩道付近で足跡を確認。
  • 同月8日 北3線4号の水田で足跡を確認。
  • 同月9日 水田から約200㍍南の雪捨て場で足跡を発見
  • 同月15日 民家に近い道道(比布町北4線)で道路脇に立っていた小型のヒグマを目撃。付近で道道から北に向かう踏み跡を発見。
  • 同月18〜20日 比布町北4線5号付近の人家や堆肥センターがある付近で目撃。
  • 同月28日 東山の牧場で牧草ロールがヒグマに破られていたのを発見

 6月6日現在も、村上山公園口、扇の沢口、カタクリ広場口、突哨山口の4つの登山口は閉鎖されたまま。合同調査は週に1度のペースで実施され、旭川市では看板を設置し、突哨山付近の町内会や施設、学校などに注意喚起し、近隣の住民に対しては暗い時間帯の山林への出入りを控えることや、生ごみや野菜のクズ、有機肥料などヒグマの餌になるものを戸外に置かないことなどを呼びかけている。
 また他の団体と連携して複数のセンサーカメラを設置し、ヒグマが人間に危害を及ぼしたり、農作物を荒らすなどのリスクの高い個体かどうかを判断するためにその動向を観察中だ。
 比布町では、18日から20日にかけて相次いで目撃された北4線5号の堆肥上付近に箱ワナを仕掛けた。

若グマと中型のクマ 
 もりねっと北海道の代表で、「ヒグマの会」副会長を務める山本牧氏によると、現状では少なくても2頭のヒグマが突哨山と周辺に侵入しているという。足跡などから判断して、1頭は母グマと別れたばかりの1歳半の若グマで、もう1頭は中型サイズのクマと推測されている。
 若グマは、突哨山の向かいに位置する鬼斗牛山付近を生息地とし、高速道路を渡って突哨山に入り込んだものの、道路に阻まれて戻れなくなっている様子。
 一方の中型のクマは、鬼斗牛山から跨線橋を渡って侵入し、堆肥センター周辺をウロウロしている様子。比布町が仕掛けた箱ワナには、ヒグマの足跡が付いていたという。
 山本代表は「若グマは何らかの理由で母グマとはぐれて迷い込んだ可能性が高い。本来の生息地に戻るには高速道路が障壁となり、2・5㍍のフェンスを越えるか、道道のアンダーパスなど6カ所ほどの狭い道路を通過するしかない。今後も餌の多い扇の沢から公園北部に位置する比布サイドの民地にかけて徘徊が続く可能性がある。一方の中型のクマは、地元の人も気づかないような細い橋を渡って往来していたのではないか」と説明する。
 人に積極的に近づくような行動は今のところ見られず、牧草ロールが破られる被害があったものの、農作物が荒らされたり、人を襲うなどの被害は起きていない。しかし、日中に道路や民家のすぐ横を通過するなど警戒心が薄く、予想外の行動をとる可能性は否定できないようだ。

男山も急きょ閉園
 今回のクマ騒動で、突哨山で予定されていた行事などが中止。公園の東側に位置し、旭川の酒造メーカー・男山が所有する男山自然公園も臨時閉園となった。
 男山自然公園の敷地面積は32㌶に及び、多くの植物が群生。園内はゆっくりと散策ができるように全長1500㍍の遊歩道が整備されている。毎年4月中旬から5月上旬にかけて一般開放され、多くの市民や観光客で賑わう観光スポットだ。
 同社によると、目撃情報を受けて2日夕方に急きょ閉園を決定した。今年は6日までの営業予定だったがカタクリの花の最盛期が過ぎていたこともあって決断。来場者に対応するために職員が現地に待機して説明を行ったという。「お客様の安全を第一に考えて閉鎖の決断をしました。公園ゲートの前にはアジアからのお客様もいて、事情を説明して何とか理解してもらいました。この時期に閉園をしたのは公園をオープンさせてから初めてでした。せっかく足を運んでくださった皆さまにご迷惑をおかけしてしまいました」

人を恐れないヒグマ
 道内では、旭川以外でもヒグマの目撃が相次いでいる。札幌市では今年に入って南区を中心に目撃されており、4月に4件、5月は20件の目撃情報が市に寄せられた。利尻島では生息していないとされていたヒグマの足跡や糞が見つかり、警戒態勢が続いている。
 なぜヒグマの目撃が続くのか。その生態に詳しい人は、 「道が1990年に駆除を中止したことで生態数が増加している。野生動物との共存という考えが広がり、また高齢化でハンターが減り追われることがなくなったため、人間の怖さを知らないヒグマが増えたのでは」と説明する。
 今回の突哨山でのクマ騒動も、人を恐れないヒグマが従来の生息地を離れ、車が往来する高速道路を渡って向かいの山に侵入するという、いわば「現代的」な出来事と言える。
 行政と猟友会、もりねっとなどによる合同調査が引き続き行われているが解決の見通しは立っておらず、遊歩道の閉鎖がいつ解除されるかは分からない。もりねっと山本代表は「従来の生息地に戻れず、木の実などの餌がある突哨山に棲みつく可能性もある」と懸念する。
 従来ならばこの季節は、公園にはバイケイソウなどの花が咲き誇り、訪れた人たちを楽しませている。〝ヒグマ騒動〟がひと段落し、散策を楽しむ人たちでにぎわう平和な山に戻るのは一体いつになるのだろうか。

表紙1807
この記事は月刊北海道経済2018年7月号に掲載されています。

新体制となった「北工学園」

 理事を大幅に入れ替え、理事長に元道副知事の磯田憲一氏を迎えて「学校法人北工学園」が新体制となった。経営を新体制にバトンタッチした新谷建設㈱は長年の重荷を下ろした。

札幌校は閉校
 60年代70年代はどんどん公共事業が増えていった。北海道建設業界のトップだった伊藤組土建の伊藤義郎氏が新谷建設の新谷泰治氏に「建設技能者を育てる学校が必要だ」と説いて、新谷氏が設立したのが学校法人北工学園。1972(昭和47)年に設立認可され、その後、福祉、自動車教習、情報処理と、時代に合わせて学科を拡大・転換させていった。
 98年には札幌に進出し「札幌福祉医療専門学校」を開校したが、今から振り返ると、それがつまづきのもととなった。旭川と違って競争が激しく苦戦が続き、何とか軌道に乗せようとさまざまに取り組み投資も行った。そのための資金を親会社の新谷建設が北工に貸し付け、また北工が金融機関から借り入れる際に新谷建設が保証していた。そういった貸し付け・保証が滞留し大きな金額となった。
 新谷建設は16年5月期で64億円の売上高を計上したものの24億円もの損失処理を行っている。また北洋銀行が新谷建設に資本金と資本準備金合わせて16億円もの巨額出資を行って、経済界の話題となったが、それらは北工学園が抱えてしまった大きな債務の〝解消策〟だった。
 学校法人再建のために札幌福祉医療は閉校し、北工学園モータースクール(旭川市東鷹栖)は今年3月に経営を分離した。

世界に通用する人材
 そして今春、学校法人の大半の理事を入れ替え、4月29日に開いた理事会で、30年以上にわたり理事長を務めた新谷建設社長の新谷龍一郎氏(66、旭川商工会議所会頭)が退任し、新理事長に元北海道副知事の磯田憲一氏(73)を選出した。
 新理事長の磯田氏は旭川市出身。1967年に道庁入りし、上川支庁長などを経験した後、2年間副知事を務めた。退任後、自治体が新生児に木製椅子を贈る「君の椅子プロジェクト」を発案したことで知られる。現在、北海道農業企業化研究所理事長、北海道文化財団理事長などを務める。
 理事会後に開かれた会見で磯田氏は「この学校に入る子どもたちは10代後半から20代初め。彼らにこの豊かな環境のもとで人生の進路を模索してもらいたい。東川町の人材育成ということではなく少子社会の日本で重要な役割を果たせる、また世界に通用する人材育成の拠点としたい。介護、保育を志す子供たちが〝東川で勉強したい〟と思える学校にしたい」と抱負を語った。

東川町中心の運営
 旭川福祉専門学校は、幼稚園教諭免許と保育士資格を目指す「こども学科」(修業2年間)、介護福祉士を養成する「介護福祉科」(同)、薬学検定や医療事務資格の「医学福祉学科」(同)、それに外国人が日本語を学ぶ「日本語学科」(1年6ヵ月と2年の2コース)の4学科がある。4学科の定員は合わせて550人だが、少子化の影響で近年は福祉系学科を中心に定員割れが続いている。
 親会社である新谷建設の経営にまで影響を及ぼした学校法人の不振の主因は、この少子化─福祉系学科の定員割れだが、一方で、日本語学科の実績は高く評価されている。東川町は自治体運営では全国初の日本語学校を2015年に開校し、以後は新設の日本語学校が短期留学生を、旭川福祉専門学校が長期留学生を受け入れる形に住み分けされている。
 東川町は人口の減らない町として注目されているが、福祉専門学校の日本語学科の貢献は大きい。そのた学校法人の経営悪化を町としても放置しておくことはできなかったというのが実情で、新谷建設から東川町を中心とする運営にかわって生まれたのが今回の新体制。会見には新谷龍一郎社長と松岡市郎町長も出席しがっちり握手を交わし新体制移行を祝った。

学校法人と町連携
 松岡町長は「北工学園は、新谷市造さん、泰治さん、龍一郎さんと3代の社長さんに後継され、各地で卒業生が頑張っている。町に活力を与えてくれる学校でした」と感謝の言葉を述べ、「この学校があるから世界で活躍するプロフェッショナルを育成できる、介護の人材もここで育成できる。町の誇りです」と続けた。
 この後、新谷社長も「学園は昭和47年の設立から、1万2000名の卒業生を輩出し、卒業生は全道の建設会社、福祉施設で中心的役割を担い活躍しています。半世紀も経営者が変わらず時代のニーズに対応できていたのかどうか。これからは新しい体制で優秀な人材を送り出していってください」とあいさつした。

表紙1807
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「天人閣」事業譲渡で再生なるか

 東川町天人峡の温泉ホテル「天人閣」が、首都圏を中心にビジネスホテルなどを展開する㈱カラーズインターナショナル(本社東京、松本義弘社長)に事業を譲渡した。創業118年の歴史を誇る老舗旅館だったが、ここ10年ほどは民事再生、事業譲渡などで経営基盤が揺らいでいた。地元東川町でも先行きに懸念を示す行政、観光関係者らが多かったが、譲渡を受けたカラーズ社では今秋から10億円超を投じて建物の改修を行う方針を示すなど、再建への期待感が膨らんでいる。

名声がた落ち 惨憺たる10年前
 1897(明治30)年から温泉地として開発され、旭川の奥座敷として発展してきた天人峡温泉。その代表格が天人閣。長年にわたり旭川の老舗企業「明治屋」が別会社の㈱天人閣を設立して経営にあたってきた。峡谷を流れる忠別川の氾濫による流失、2度の火災を経て、現在の温泉旅館が建てられたのが1964(昭和39)年5月。
 その後78(昭和53)年6月に増築され、8階建て、延べ約9300平方㍍の大型温泉施設として道内外の観光客や旭川市民の一泊宴会などに利用され、旅行代理店からの信頼も厚く、天人峡に天人閣ありと全国に名を馳せてきた。
 その名声に陰りが見えてきたのは十数年前から。とりわけ2007年7月に、天人閣館内で宿泊客も使用する飲料水を、建物の下を流れる沢の水を汲み上げて使っていた(水道法違反)ことが判明し、保健所から厳しい指導を受け18日間の自主休業を迫られたあたりから急降下が始まった。
 その5ヵ月前にも同様の違反が発覚しており、度重なる悪質行為に天人閣経営陣の資質が問われ、営業停止が明けてもエージェント(旅行代理店)からの信用はガタ落ちとなり、ツアー客の送り込みも敬遠されがちとなった。夏場の書き入れ時に集客が18日間も途絶え、しかも再開後も不調が長く続けば、いかなる老舗旅館といえども打撃は大きすぎた。
 また、このことは社会的には表面化しなかったが、実は天人閣では1960年代から80年代にかけて実に21年間も浄化槽に溜まった糞尿を忠別川に放流していた事実があった。問題が表面化する前に浄化槽を取り替え正しい状態に戻したが、名の通った人気旅館という顔の裏で、違反行為に無頓着という体質は長く続いていたのである。
 さらに天人閣では宿泊利用者数の極端な水増しをはかり、その架空売り上げを信用の根拠とし、ノンバンクから数回にわたる融資を受けるという詐欺まがいの行為も発覚し、経営の台所はたちまち火の車となってしまった。
 2008年当時、約3億円にものぼる金融機関からの借金、数千万円にも及ぶ取引業者への未払い、さらに各種税金、負担金の滞納、そのうえ従業員給料や退職金未払い問題を抱え、天人閣はもはや自力では打つ手のない状況に陥っていた。

ここ10年は波乱の推移
 その後1~2年間、天人閣はあわただしい変遷をたどった。09年12月には民事再生手続きのもとで、それまで経営権を握っていた旭川の名門・佐藤家の佐藤清司会長、佐藤祐司社長親子が退陣し、新たに旭川や留萌でホテルなどの宿泊関連施設を手がけていた企業に引き継がれた。
 しかし、佐藤家の経営時代に隠されていた多額の債務が重荷になり、やむなく民事再生を諦め自己破産の道をたどることになった。当時明らかになった負債は8億4000万円という多額なものだった。
 自己破産の処理をする経過の中でスポンサー企業として名乗りをあげたのが登別に本社を持つ企業グループで、同社は新たに天人閣のある東川町に本社を置く㈱松山温泉を設立し、旅館建物や営業権を5000万円で取得し、天人閣で宿泊担当として勤務していた藤田幸雄氏を社長に据えて老舗旅館の再生に乗り出した。これが11年4月のことだった。
 その後の天人閣は東川の観光行政も経営内容をつかみかねる状態が続き、旭川市民からも「天人閣はどうなっている?」という声が上がっていた。経営面では詳細不明の部分が多く、㈱松山温泉となってから「藤田社長を中心に積極的な営業戦略やサービス体制の見直し、拡充を進めることで客足は徐々に回復している」(東京商工リサーチ)との調査報告があったのが唯一の情報だった。
 しかしその年の夏には東川町が集中豪雨に襲われ、天人峡温泉に通じる道路が遮断され、天人閣も道路復旧まで休業を余儀なくされるなど、業績に影響が及ぶ事態となり、また東日本大震災で観光客の減少も重なり、かつての好調時にはほど遠い状況が続いていた。

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永山一番通歩道にバリケードの怪

 旭川市内の市道「永山一番通」の歩道に市がバリケードを設置し、歩行者や自転車の通行を妨げている場所がある。工事中というわけでもないのに、なぜ歩道の大半をふさぐ姿でバリケードが置かれているのか。奇妙な光景と映るそこには、10年計画の都市計画事業に伴う、地権者との用地買収交渉にまつわる複雑な事情があった。

個人情報がからむことなので…
 永山一番通(通称永山一番線)は、そのうちの約2・7㌔区間が「せせらぎ公園」として整備されているため「永山せせらぎ通り」とも呼ばれている。その沿線にある永山7条10丁目のクリニックの玄関前に、市が6基のバリケードを設置したのは今年の雪解けの頃だった。
 写真のように、歩道幅の4分の3ほどが通行止めになっており、人や自転車は、狭くなった幅1㍍ほどの歩道をすり抜けなければならない状況にある。通行量はさほど多くはないが、いかにも不便そうで景観上も違和感は避けられない。
 さらに写真を見ると分かるように、この歩道上にはクリニックの建物の玄関につながるスロープとガレージ(自転車置き場)がせり出している。これが歩道上の障害物となっており、バリケードにはその存在を知らせ通行者に注意を促す意味があるようだ。
 いったいなぜ、このようなことになっているのか。旭川市土木部の道路管理課へ問い合わせると、時間をおいて用地課から連絡があり、「(バリケードを置いているのは)まだ地主との移転交渉が完了しておらず、安全性を考えてのこと」という説明。
 記者が「歩道整備事業は終了しているのに、なぜそこだけ交渉が遅れているのか、その経緯を聞きたい」と言うと「個人情報が絡むことなので話せない」との返答。

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