水道料金滞納、最高額は3000万円超

 旭川市内で水道料金が2期(4ヵ月分)以上未納になっているケースは2016年11月末現在、上下水道合わせて1665件、総額約2億2759万円にのぼる。滞納額100万円以上の法人は13件あり、最高額は約3246万円。16年の第4回定例市議会で明らかになった数字だが、毎月苦しい家計をやりくりしながら料金を納めている市民からは、旭川市水道局に厳しい取り立てを求める声が上がりそうだ。

停水執行は大幅減
 旭川市内における水道料金の滞納状況は、12月7日に開かれた第4回定例市議会で林祐作市議(自民党・市民会議)が、「水道料金の滞納による影響」について質問し判明した。
水道 水道料金は検針後、約180日経過しても2期(4ヵ月分)以上の未納がある場合に「停水」の対象となる。これに該当する法人数は16年11月末現在で12件。上下水道料金併せて100万円以上未納している法人は13件で、なかでも「大口」の未納者では、金額が3246万1669円となっている。零細企業の年商に匹敵する規模だ。
 水道局は、この高額滞納法人の名前を明らかにしていないが、本誌が集めた情報を総合すれば、市内の某レストランである可能性が大きい。
 ちなみに、過去5年間の停水件数(個人、法人を含む)は2011年度が704件で12年度は1060件、13年度・1021件、14年度・881件で15年度は849件。16年度については年度途中だが、停水執行時に水道局が個別に声がけしたことにより停水にまで至らず、その分、納付や相談が増加しており、市議会での答弁の時点で、停水件数は222件にとどまっている。
 旭川市水道局では期限までに水道料金が納付されない場合、その対象となる個人や法人に対して督促状を送付する。その後、訪問や電話催告を通じて納付を促すが、2期以上未納になると「給水停止予告書」を送付して再度納付を促す。にもかかわらず納付されなければ「給水停止執行通知書」を送付するが、それでも納付に至らず、納付に関する相談もなければ給水停止に踏み切る。督促状を送付した後の訪問や電話催告は業務委託し16年11月の1ヵ月で1586件、担当スタッフは1日あたり平均約81件対応しているという。
 未納最高額の案件について林市議は「約2年間徴収のアプローチが行われていないとの情報があるが、それが事実とすれば、なぜそのようなことになっているのか」と質問し、水道局から次のような回答を引き出した。
 水道局では14年12月、その高額未納法人の担当責任者と折衝した後、「支払いに向けた言葉を信じ、支払いの直接交渉は行っていなかった」と説明。しかし、その後も未納が続いたため、水道局としては厳しい対応をとらざるを得なくなり、相手側に支払いの意思がないものとして強制的に使用料を徴収すべく財産状況(預貯金や不動産等)を調査したが、その際、差し押さえが可能な財産の確認はできなかった。
 水道局では相手の誠意ある対応に期待し「15年3月末まで支払いに向けた言葉を信じていた」と話すが、この高額未納法人の代表者は一筋縄ではいかない人物でもあったようで、水道局は「自主納付が期待できない」と判断し、同4月から10月まで財産状況などの調査を再開している。
 そして15年10月以降、直接折衝は行っておらず、督促状を隔月ごとに発送した程度。16年度に入ってからも未納が続いたため、水道局は今年度中に停水する意向だったが、「水道を停止することで営業が困難となり、施設で働く従業員や施設利用者への影響を考えると、まず経営者との交渉を急ぐべき」と配慮していた。ただ、「どのような事情があっても、滞納に対するアプローチを継続的に行うべきであった」と自戒。直接折衝していない期間が、最終的に2年近くになってしまったことについては「積極的な徴収をしてこなかったと言われても否めない」と説明している。

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介護福祉業界で人手不足が加速

 高齢化が急速に進む中、介護福祉業界の人出不足が全国で深刻化している。旭川市内の施設でも求人を出しても応募がゼロという状況がここ数年間続いており、関係者は人材確保に頭を悩ませている。

全国で38万人が不足
 全国の介護現場で人手不足が叫ばれて久しい。少し前のデータになるが、厚生労働省によると2014年度の介護職員数は約177万人。介護保険制度が始まった2000年度の約3倍の数に増えたものの、急速な高齢化とともに要介護や要支援の認定を受ける高齢者が急増したことで需要に人材の確保が追い付かず、団塊の世代が75歳以上になる25年度には実に約38万人の介護職員が不足すると言われている。全国各地では、人材不足のために高齢者の利用を制限する施設もあるほど深刻な状況に陥っているところもあり、職員の確保は喫緊の課題だ。
介護福祉業界
 北海道でも介護現場における人手不足は加速しており、厚労省では25年には道内で約1万2千人の担い手が不足すると推計している。
 人手不足の理由として指摘されているのが待遇の悪さだ。過酷な仕事の内容に比べて賃金が安いことが慢性的な人材不足を引き起こす大きな原因として指摘されており、厚労省の賃金構造基本統計調査を見ると、社会保険・社会福祉・介護事業の月平均の給与額は全産業の給与額よりも10万円ほど低くなっている。
 道北の拠点都市・旭川は、留萌など近隣市町村から高齢者が移住して来るために、高齢化率が極めて高い。そのために施設の数、入居者数ともに多く、全国の自治体の中でも介護職員の人材不足が顕著だ。
 ハローワーク旭川が公表している直近のデータでは、16年11月に管内の介護福祉施設が募集したホームヘルパー、ケアワーカーの数を示す月間有効求人数は542人で全職種のトップ。ちなみに2位は調理人・調理見習で277人で一般事務員272人が続く。これに対し、ホームヘルパー、ケアワーカーの職を希望する人の数を示した有効求職者数は184人。有効求職者数に対する有効求人数の割合を表す有効求人倍率で見ると2・95という完全な「売り手市場」だ。

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優佳良織工芸館館長 木内和博氏を悼む

 優佳良織工芸館の木内和博館長が11月13日、食道がんのため旭川市内の病院で亡くなった。「優佳良織」の伝承に尽くす傍ら、幅広い分野で人脈を築き、抜群の構想力、突破力でまちづくりに積極的に行動、発言。親分肌で、欲得抜きに多くの人の面倒を見た。その死を惜しむ声が止まない。享年70歳(文中敬称略)。

経済人会議
 1990年1月15日付け北海道新聞朝刊に、新春のうかれ気分を吹き飛ばすショッキングな広告が掲載された。「二十世紀最後の10年─世界が変わる、東京が進む、札幌が走る」「さあ、みんなでエネルギッシュに旭川を変えよう」とうたい、紙面中央に大きな活字で「ぜひ市長になってもらいたい!そんな方を推薦ください」と呼びかける内容。旭川市の現状を憂いながらの、歴然とした「旭川市長候補の募集広告」だった。
 広告を出したのは、前年の10月に発足した「旭川経済人会議」。会のメンバーは九割が保守系の人間で、保守代表の坂東徹市長(故人)に退陣要求をつきつけた保守分裂の大事件だった。
kiuchi “仕掛け人”と言われたのが、優佳良織工芸館館長の木内、当時43歳。
 旭山動物園は閑古鳥が鳴く状態。台場の高台に建つ優佳良織工芸館と国際染織美術館は旭川で唯一“全国区”の知名度を誇り観光客を呼び込める施設だった。中央の人脈も太い木内は、旭川の新しいリーダーとして注目され、保守革新問わず周りに企業人が集まってきた。木内を核に経済人会議に先立ち「木曜塾」が発足し、96年には政策提言グループ「創造と改革」が旗揚げしている。
 一方で、「市長公募の新聞広告は旭川の恥だ」と手厳しい批判もされた。そうした批判に木内は本誌紙面でこう答えている。
「自分たちが言わなければという仲間が一人集まり二人集まって話し合っているうちに、何かアクションを起こそうとなった。
 今までの市長というのは、保・革両陣営が決めた人を市民が見比べて決めるという枠組みの中で選ばれていた。そうした枠組みを超え、多くの市民が“自分はこう考えている”と主張する場をつくりたかった。旭川は黙っていると議論しない。市長候補公募の広告をドンと出して問題提起を行い突破口をまず開いた」

選挙プロも一目
 1946(昭和21)年4月7日生まれ。母親は優佳良織創始者の木内綾(故人)。生前、綾は本誌のインタビューで優佳良織誕生の経緯を次のように話している。
 「自分の人生なので好きなことを仕事にしたいと考え、美容室、喫茶店、趣味の店などいろいろなことをやりました。市の商工部から羊毛の手織りをすすめられ、初めはやる気がなかったのですが、織りについて調べてみると、古い歴史があることを知りました。私がやりたかったのは油絵のような織物で、色の中に色が沈んでいるような美しいもの。しかし20年位、七転八倒を繰り返しました」。
木内の少年時代は、優佳良織誕生前の試行錯誤の時だった。

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旭川市が地価下落を主導?

 個人の資産の中で大きな割合を占めるのが土地。周辺の土地が坪単価いくらで売買されたのか、土地の所有者なら気にせずにはいられない。近所で自治体が土地を安売りしたとすれば……。ある市民から本誌に「自分が所有する土地と道路1本挟んで隣接する市有地が安く売られた」という情報が寄せられた。調べてみると、この市有地と情報提供者の所有地とは、坪単価で1万円近い開きがあった。行政が民間地主の利益を損なっているのではないか─。

道路1本でこれだけ違う
 市内中心部で長年旅館を営んでいた60代のAさんは、1年前に旅館をたたみ、建物を解体して更地に戻した。土地の面積は約180坪。毎年発表される路線価は直近で坪7万4000円だった。固定資産税の評価額は同6万6000円と路線価より8000円安く評価されている。Aさんは1年前に2度、不動産業者に依頼して売却先を探したが、この業者が示した適正な売却価格は固定資産税の評価額を上回っていた。
 「不動産業者が示してくれた評価額は、坪当たり8万8000円。180坪で1600万円近い価格で売却できるはずだった。固定資産税の評価額より2万円以上高い額だった。結局、金額ではない理由で売却できなかったが、その当時と比べ、今も土地の評価額は下がっていないはず」とAさんは語る。
 そんな折、Aさんが所有する土地と道路1本隔てた向かいの土地に、「市有地売却」という看板が10月に立てられた。この土地は以前、市の施設があった場所で、かなり前に更地に戻されている。面積は823・28平方㍍(249坪)で、販売の最低基準価格は1060万円に設定されていた。坪単価は約4万2500円と、Aさんの土地の固定資産税評価額と比較すると、坪当たりで2万3500円安いことになる。

市と民間では見解が異なる
 11月1日、市総務部管財課で行われた一般競争入札でこの土地は、最低基準価格を348万円上回る1408万円(坪当り約5万6500円)で市内の不動産業者が落札した。改めて、落札された市有地の価格をAさんの土地の固定資産税評価額と比較すると、坪当たり9500円、Aさんの土地が高いことになる。
 落札された市有地の坪単価をそのままAさんの土地(180坪)に当てはめると、不動産会社が売却できる額として示してくれた1600万円が、1400万円余りまで下がることになる。
 これは行政による土地のダンピングではないのか? 記者は市に売却された市有地について取材した。
 「最低基準価格の設定は、市の諮問委員会と相談しながら決めている。この市有地の場合、面積が広すぎることや地型が三角形であることが減点対象になった。一方で角地であるため若干、加点してこの金額に設定した」(管財課)
 ところが、民間の不動産業者数社に聞いてみたところ、市とは違った見解を示した。ある不動産会社社長は「固定資産税の評価額は年ごとに変わる。また需要と供給のバランスで、評価額や路線価に関係なく価値が上下することはよくあること」と前置きして、次のように話す。「裁判所でいう競売(市の場合は公売)であれば、税金の滞納などで差し押さえた物件のため、滞納分以上で売却できれば御の字。ところが、今回の物件は元々、市が使っていた土地。周辺の土地の価格を勘案して、適正な価格で売却されるのが一般的ではないか」

市民が納得できる説明を
 前述したように、土地の形態などで価格に差が出ることは当然あるが、ここまで金額に開きが出るとAさんが憤るのも無理はない。Aさんは「固定資産税は、その評価額を元に計算され、所有者が住んでいる自治体に支払うものだ。評価額と売却価格の間にこれだけ金額に開きがあるということは、私は不当に高い固定資産税を支払っていることになるのではないか」と疑問を投げかける。
 Aさんは10月下旬、市管財課に出向いて説明を求めたが、納得した答えを聞くことができなかった。今後、弁護士などに相談して決着をつけるつもりだ。
 長年続いている地価下落の傾向を反映して、公有地の売却は当初の評価額よりも安い価格で契約されることがほとんど。今回の件とは規模が異なるが、市は北彩都の市有地を売却する時にも、買い手が見つからず大幅な価格の減額を行った。たとえばJR旭川駅北口の市有地4000平方㍍余りは当初、約10億円で売却する予定だった。ところが再三の入札で買い手がつかず、何と半額以下の4億9500万円でツルハに売却した。ほかにもことごとく投げ売り状態で市有地を売却し、残る市有地はわずかになっている。当時、市のある幹部に投げ売りについて問いただしたところ「塩漬け物件になるよりはましだ。損失分は減損会計で処理する」と、苦渋の決断だったこと漏らした。
 財政難の今、市に遊休資産を抱えておく余裕はない。安売りはやむを得ない判断だろうが、売却された価格よりも高く設定されていた評価額をベースに毎年固定資産税を払っている土地所有者にしてみれば、到底納得が行かない話。市は土地所有者が納得できる説明を求められているのではないか。

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旭川市夜間急病センター、市立病院への運営移行検討

 開設から34年の歴史を持つ旭川市夜間急病センター(金星町1丁目、以下急病センター)は現在、旭川市医師会が旭川市から指定管理者として運営を委託されている。ただ、これまで医師や看護師の確保に苦労したことが度々あり、市立旭川病院など市内の大型病院へ運営を任せるべきとの声が高まっている。今のところ手を挙げる病院はなく、市としては市立病院に運営を委託する方向で検討せざるを得ない状況になっている。現場の医師からは反対の声も上がり、今後の行方が注目される。

82年から続く体制
 旭川市の緊急医療体制が整えられたのは1972年6月。市内の任意登録医による在宅当番医制で夜間の急病診療を担った。77年4月からは市消防本部に急病テレホンセンターが設置され、同年8月には夜間および休日の診療が在宅当番医制、特殊診療科目オンコール(待機)制を取ってきた。
yakan そして5年後の82年、急病センターが現在の金星町1丁目に開設され、旭川市医師会が指定管理者として市から業務を委託された。診療科目は内科と小児科で、診療時間は年間を通じて毎日、午後10時から翌朝8時までとなった。重症の二次や重篤な三次の患者の夜間診療は、市内の公的医療機関が輪番制で行う。急病センターは市保健所が管轄している。
 以上のような経緯をたどり現在に至っているが、この体制は5年前に常勤の医師が退職し、ピンチを迎えた。すぐに替わりの医師が見つかり事なきを得たが、医師や看護師の確保が今も綱渡り状態であることに変わりはない。医師会と市の間では、急病センターの指定管理者について2015年に改めて5年契約を結んでいるが、事あるごとに急病センターの運営について「医師会からは相談を受けている」と、市保健所では説明する。
 急病センターのスタッフは毎日、医師1人と看護師2人、事務担当1人の体制で運営されている。スタッフの休日を考えるとその3倍の人員を確保しなければならず、夜10時から朝8時までという勤務時間が影響してか、必要な数の人材を確保することが難しいのが現状だ。3人いる医師は、常勤が2人、残る1人は3日に1回の割合で市内の大手総合病院からの派遣でまかなっている。人件費や管理費など経費は年間1億円かかるが、これには市からの予算が充てられている。

五大病院が受け皿?
 保健所としては、安定した運営ができるよう市立旭川病院をはじめとする市内五大病院(旭川医大病院、厚生病院、日赤病院、旭川医療センター)へ、急病センターの運営を任せたいという思惑がある。一定の利用者がいるため急病センターを閉鎖する考えはないが、五大病院に運営を移管するには、医師と場所の確保が必要になる。

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上川建設業界に想定外の景気対策

 今年8月、道内を襲った連続台風(7・11・9号)は上川管内にも甚大な被害をもたらしたが、復旧には北海道上川総合振興局旭川建設管理部から応援要請を受けた旭川建設業協会が緊急対応。協会として初めて災害対策協力本部を設置し、総力戦で臨んだ。しかし、災害発生前から取り組んでいた工事も多く、現場を掛け持ちしなければならないばかりか、建設不況による人材不足も重なり、OBや大工職人まで駆り出して対応に追われている。

「瀬替」で切り替え
 この連続台風の影響で美瑛町では、河川の氾濫や用水路の決壊で土砂、泥水が農地に流入。来年の作付けができない圃場が多くみられ、そのうえ地盤が緩み、市民生活にも支障をきたした。
kamikawa 道道天人峡美瑛線では、忠別川の増水による道路の決壊が4ヵ所で発生。延べ約1㌔にわたり不通となり、天人峡温泉郷の宿泊客約90人が孤立する事態に見舞われ、旭川選出の今津寛衆議とともに視察に訪れた自民党幹事長の二階俊博氏は「これを激甚と呼ばずして何を激甚というのか」と惨状に驚いた。
 そして、この被災地の復旧作業にあたったのが、災害発生前から付近で橋梁工事を行っていた旭川市の老舗土木建設会社の廣野組と新島工業。両社とも「天災をそのまま放置するわけにはいかない」と橋梁工事などをいったんストップさせ、夜を徹して復旧作業にあたった。旭川では滅多に目にすることがないという32㌧級のブルドーザーで土砂を運び、高さ約3㍍、延長約400㍍の盛り土をつくり、「瀬替」と呼ばれる伝統的な土木工法で川の流れを切り替えた。
 使用した土砂は、砂利と岩砕を合わせた火山灰2万立方㍍、10㌧ダンプ4000台分にのぼった。災害復旧作業は時間との勝負。
いかにスピード感を持って被害を最小限に食い止めるかが腕の見せ所だが、
ダンプは数分おきに土砂を積んで現地へ。機動力を発揮し流出した箇所の盛り土、路盤層の作成、アスファルト舗装を行い、1ヵ月で開通にこぎ着けた。
 廣野組の中谷登社長は「これまで受け継がれ、経験で知りえた〝経験工学〟に基づき、水の流れを変えて道路を再構築し、車両の安全通行を確保することを最重要事項として取り組み、早期の復旧が可能となった。住民にも感謝され、私たち自身の励みにもなり、使命感を自覚することにもつながった」と話す。
 美瑛町白金にある砂防堰堤施設で、人気の観光スポットともなっている「青い池」でも、水が濁ったり、護岸・遊歩道が壊れるなどの被害があった。青い池では、近隣で砂防工事を請け負っていた旭川のタカハタ建設が対応。紅葉シーズンを迎える9月の大型連休を前に一般公開が再開された。地元町民は「今までより青くなったのでは」と喜んでいる。

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白紙撤回! 新市民文化会館構想

 今年5月に大改修から一転、建て替え計画が浮上した旭川市民文化会館だったが、市民や議会から批判が次々に噴出し、旭川市はあっさりと白紙撤回してしまった。場当たり的な対応に「建て替え構想はいったい何だったのか?」と市民はあ然とするばかり。

にぎわい創出
 大ホール、小ホールなど合わせて年間10万人以上の利用のある市民文化会館は、開館後40年以上が経過したため、屋上防水や外壁の劣化による雨漏りや配管設備の漏水などが発生。空調設備なども老朽化していた。また、ホールの座席のほか、壁や床などの内装材など建物全体の劣化が著しいのが実態。さらに車椅子への対応やエレベーターの装置など、現行のバリアフリー基準に不適合であるなど、利用者ニーズに応え切れていない。このため、市では2年前に2403万円の予算を付けて調査し「大規模改修基本計画書」を作成した。
bunka ところが一転、今年5月に公表された旭川市新庁舎建設計画骨子の中で、市民文化会館の建て替え案が急浮上したのだ。
 新庁舎建設計画骨子によると「開館から41年が経過し老朽化しているため、大規模改修に向けた作業を進めてきた。しかし、大規模改修した場合は多額の費用がかかることに加え、改修期間中は長期にわたって使用できなくなるため、市民の利便性が大きく低下することになる」としたうえで 
「『市民でにぎわい、親しまれるシビックセンター』の実現に向け、周辺施設と連携したにぎわいの創出を図っていくこととして行く」と言及。「そのためにも新庁舎と同じ敷地内で文化会館を建て替えて一体的に整備することにより、お互いの機能が図られ、さらなるにぎわいの向上が期待できる」とし、新庁舎と文化会館の二つを新築整備する方針を打ち出した。
 大規模改修から新築計画へと方向転換したことに、当然議会内から疑問の声が上がった。
 7月に開かれた市庁舎整備調査特別委で、小松あきら議員(共産)は、改修から新築への転換はどのような検討が行われた結果なのか質問。これに対し、担当する市教委の社会教育部は「2月に西川市長から新庁舎整備と市民文化会館の関係について整理・検討するよう指示があった」ことを明らかにしたうえで「社会教育部も構成員となっている(庁内の)新庁舎建設推進本部会議で5月末に策定した骨子の中で、文化会館については建て替えに向けて進めて行くという方向性で整理された」と市全体の総意で新築案が浮上した経緯を述べた。
 つまり、建て替えは市長からの指示、トップダウンで決まっていった可能性が大きく、市教委自らの判断ではない。独自に予算を持っていない市教委が自ら新築を提案することはありえない話で、市トップの判断で路線変更したと見るのが妥当だろう。

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新谷建設巨額増減資の〝理由〟

 北洋銀行が今春、旭川商工会議所の新谷龍一郎会頭が社長を務める新谷建設㈱(旭川市6条通3丁目)に対し、資本金と資本準備金合わせて16億円の巨額出資を行った。その分の増資を新谷建設は5月にそっくり減資。「増減資」は債務超過解消のスキーム(計画を伴う枠組み)となるのが通例で、経済界からは「債務超過の原因は何だったのか」と心配の声があがっている。

3月に増資して5月に減資
 今春4月の官報に、新谷建設の「資本金及び準備金の減少公告」が掲載された。文面はこうだ。
 当社は、資本金の額を八億円、資本準備金の額を八億円減少し、それぞれ五千万円、0円とすることにいたしました。
 なお、期中に増資を行い現在の資本金の額は八億五千万円、資本準備金の額は八億円となっております。
 この決定に対し異議のある債権者は、本公告掲載の翌日から一箇月以内にお申し出下さい。
平成二十八年四月八日
旭川市六条通三丁目右10号 
新谷建設株式会社 
代表取締役 新谷龍一郎

(この公告には併せて、貸借対照表の要旨が掲載された)

shinya 新谷建設のもともとの資本金は4000万円。公告で「期中に増資を行い」とあるが、実際、今年3月28日に8億1000万円を増資して8億5000万円とし、同時に8億円の資本準備金が積まれた。この増資分と資本準備金の合わせて16億円を減資しますと、官報の公告で伝えているのだ。
 その後、公告通り、5月16日付けで減資され、新谷建設の資本金は以前より1000万円だけ増え5000万円となっている。
 増資は、運転資金や設備資金、または新規事業に使う資金調達の手段だ。実施すれば資金繰りが楽になり財務基盤の強化につながる。また減資は、その目的のほとんどは累積赤字の補てんか節税である。
 また、増減資は、債務超過解消のスキームとされる。いったん増資し、繰越欠損金を資本金で埋めると、減資したときには欠損金は消えている。
 例えば、純資産・資本金1000万円のA社があったとして、この会社が500万円の繰越欠損金を抱えていたとする。その場合、500万円増資すると資本金は1500万円に増額され、続いて500万円を減資すると、資本金は元の1000万円に戻る。繰越欠損金は増資分で解消し、スッキリと帳簿上の見た目がよくなる。
 資本金が1218億円もあった大企業のシャープが、1億円にまで減資し税制上の優遇措置を受けて収益回復を図る奇策を打ち出したのは記憶に新しい。スケールは格段に違うが、資本金4000万円の新谷建設が、一挙に20倍強資本を増やし、また増資と同じ額の資本準備金も積み、それらをすぐに減資するというのは注目すべきニュースだ。

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台風被害で少年野球おはよう野球がピンチ

 8月後半に相次いで北海道に襲来した台風で、旭川の河川公園は次々と水没した。少年野球の〝メイン会場〟となる「旭西広場」の被害は甚大で、廃止も検討されている。社会人おはよう野球の「旭川大橋左岸広場」もクローズ状態。「来年の大会運営は大丈夫なのか」と、関係者に不安が広がっている。

20の公園が冠水
 川の街・旭川には、石狩川,忠別川、美瑛川の河川敷地を利用して42もの公園がある。総面積は約125㌶で、市民のやすらぎの場、交流の場として活用されており、また都市景観の向上にも一役買っている。
台風 その河川敷地公園42のうち20が、8月後半に相次いで北海道を襲った台風の影響で冠水した。
 石狩川と牛朱別川の合流地点付近から旭橋─新橋─旭西橋と下る両岸の増水・冠水がひときわ顕著だった。この区間の石狩川両岸には、噴水や花の広場があるフラワーランド(市立病院裏手、旭橋上流左岸広場)、池や噴水、遊具が完備しちびっ子が楽しむドリームランド(旭橋下流右岸広場)、テニスコートや野球場、サッカー場がある旭西広場などがあるが、激しい水流と上流から流れてきた流木の影響で、いずれも大きなダメージを受けた。
 また上流部の天人峡を襲った未曾有の豪雨の影響で美瑛川が増水。美瑛川と忠別川が合流して石狩川の本流となるエリアも水が暴れ、両神橋右岸広場、旭川大橋の上流下流の左右両岸の広場は水没した。

絶句する光景
 冠水・水没した中でもダメージが甚大なのが新橋と旭西橋の間に位置する旭西広場だ。ここにはサッカー場1面、野球場2面、テニスコート3面が整備されていた。
 2面の野球場ではシーズン中は毎日のように、社会人の朝野球(おはよう野球)や少年野球が行われている。
 社会人の朝野球の場合は1面ずつでそれぞれ1試合が行われるが、塁間23㍍とコンパクトですむ少年野球では、1面を2コマに、もう1面を4コマに、合わせて6コマにして試合が行われる。「6面とれるところは北海道ではおそらくここだけ。市内各方面からのアクセスが良く、クルマの駐車スペースも300台以上あり、各種大会を開催するのに絶好の場所」とは、旭川軟式野球連盟の景山賢事務局長。
 今年も旭西広場を会場に高円宮杯でシーズン入り。日専連旭川杯─スタルヒン杯─ホクレン杯と大会を消化して、旭川出身の技巧派投手・星野伸之杯の準備を進めていた。そこに台風が相次いで北海道を襲い各地で豪雨。旭川市街を流れる石狩川も増水し旭西広場には水と土砂と流木が押し寄せた。
 子どもたちの歓声が絶えなかったグラウンドが完全に水没した光景を目の当たりにした父母や少年野球の関係者は絶句した。水が引いた後の光景も、バックネットは破壊され、駐車場のアスファルトはめくれ上がり、保管してあったベースなどの備品は小屋ごと流れ去り、無残なもの。
 やむなく星野杯は会場を変更。花咲スポーツ公園にある2面、当麻町の球場横のグラウンド、それに永山西小学校のグラウンドを手配しての分散開催となった。

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どうなる西武「閉店後」

 9月30日のセレモニーで、1000人を超える観衆が別れを惜しんだ旭川西武。今後の建物と土地の利用に注目が集まる。A館(1条側)は西武の主導で来年10月完了を目指し年内にも解体作業に入る可能性が濃厚。一方、B館(宮下側)は当初の予定通り、来年1月末までに西武が建物の原状復帰を行い、地権者へ返還する。保証金を西武に返還できない地権者については、土地の権利を西武に譲渡することで解決を図る方向で交渉が進んでいる模様だ。

熱気に包まれた閉店セレモニー
 9月30日午後7時30分に閉店した西武旭川店。午後7時を回り、閉店まであとわずかになっても店内はバーゲン品を目当てにした買物客で賑わっていた。41年の歴史に幕を閉じる瞬間を見るため、閉店後に行われたセレモニーには1000人を超える〝観衆〟がA館出入り口前の買物公園通りを埋め尽くした。その翌日から館内を片付ける作業が続いているが、記者は水面下の動きも交え、西武旭川店の今後の活用をめぐる各方面の動きを追った…。
seibu-b まず、西武が土地の7割を所有するA館は、9月22日までに残り3割の土地を所有するA館の地権者へ建物の解体についての賛否を明らかにするよう求めていた。一部の地権者が反対の意向を示したが、条件付きで9月30日、建物を解体することが正式に決定した。
 すでに西武は解体業者から見積もりを取り、年内にも工事を開始して、来年10月をメドに完了する予定になっている。A館の解体に合わせて、宮下・1条仲通りをまたぐようにB館と繋がる二つの地上通路も解体する。仲通りの下をくぐる地下1階部分の通路も埋めることになりそうだ。
 解体費は地下を含めると約6億円(通路の解体費を除く)かかると見られているが、市内のある解体業者は「地下部分は解体費全体の4割、2億円を超える額になる。更地にした後すぐに新たな建物を建設するのであれば、地下部分の造作はその時に行えばいい。敢えて地下部分を解体しないほうが無駄な費用がかからない」と説明する。
 そうなると全体の6割、3億6000万円程度で解体することができる。通路の解体費(4000~5000万円)を含めても、約4億円に節約できる計算になる。
 解体費は、土地の7割の権利を持つ西武が全額支払うと地権者へ言っているようだが、解体業者へ依頼した見積り額は業者によってばらつきがあったようだ。
 解体作業については、西武が早くから業者に見積もりを取らせていたようで、解体業者は建物を建設した大手ゼネコンの熊谷組が有力と見られていた。ところが、「熊谷の見積もりは高すぎる」ということで、中堅ゼネコンの浅沼組(大阪市)に決定したようだ。
 浅沼組は、道内の解体業者へ見積もりを依頼し、「札幌と旭川の解体業者がJVを組み解体工事を請け負うことになった」(札幌のある解体業者)。

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この続きは月刊北海道経済2016年11月号でお読みください。