市営住宅退去者の家賃滞納 「ニッテレ」社に回収依頼

 家賃を滞納したまま旭川市の市営住宅を退去した人からの債権回収を促進するため、市は昨年12月1日、ニッテレ債権回収㈱(東京)と収納業務について委託契約を結んだ。退去者の家賃滞納は2016年3月末時点で累計1億4400万円に上り、その中で市が回収不能と判断した全体の2割程度について同社に回収を依頼している。年明けから1ヵ月程度の期間で数人から収納するなど、その効果が見え始めている。

収納率の低下へ打開策
 旭川市では市内の29ヵ所に市営住宅を設置して、所得水準など一定の条件を満たした市民に比較的安く賃貸している。しかし、すべての入居者が家賃を全額払うとは限らず、家賃を滞納したまま退去してしまう人も少なくない。中には市に移転先を知らせなかったり、度重なる督促に応じない人もおり、滞納額の収納率は低迷が続いていた。財政難にあえぐ市にとっては頭の痛い問題だ。民間のノウハウを利用することで債権回収を早めたいと考えた市が、白羽の矢を立てたのがニッテレだった。
 市のある幹部は「ニッテレの関係者は4、5年前から当市を訪れて営業活動を展開していた。
 市営住宅課は収納率の悪さに頭を悩ませており、ようやく民間に回収を依頼することを決めた」と語る。
 なお「ニッテレ」といえば日本テレビを連想する人が多いと思われるが、両社の間に関係はない。
 収納業務の委託業者はプロポーザル方式で公募したが、応札したのはニッテレ1社だけだった。市は過去の実績から収納業務を委託できると判断して、昨年12月1日に契約を結んだ。
 ニッテレは債権回収のプロとして、全国各地の自治体と同様の契約を結んでいる。同社のウェブページによると、昨年1年間で結んだ委託契約は45件。契約先のなかには市町村ばかりではなく道府県もある。北海道も同社に公営住宅の退去者からの収納業務を依頼しているが、滞納額の6%程度を収納した実績がある。この額が多いのか少ないかは判断しにくいが、収納不能とあきらめていた滞納額のうち中で少しでも収納できれば「御の字」というのが自治体側の見方だろう。
 また同社の収納業務は、昨年旭川市と契約を結んだ退去者の家賃滞納に止まらず、母子福祉資金等貸付金や育英資金返還金、水道料金、公立病院の診療費など多岐に渡っている。ただし、市民税や固定資産税といった公的債権の収納は法的に認められていないため、対象はこれら私的債権に限られている。

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緑が丘コンコードパークにザ・ビッグ

 百貨店や総合スーパー(GMS)の苦戦を横目に、食品スーパー(SM)の業績は堅調に推移している。そのような状況の中、イオン系のディスカウントスーパー「ビッグ」が、旭川2店舗目の出店を決めた模様。場所は市内でも激戦区といわれる環状1号線沿いの旭川医大に近い、コンコードパーク緑が丘の商業施設建設予定地の一角。〝価格破壊の街〟といわれる旭川地区で、新たな競争が幕を開ける。

食品スーパーは堅調
 道内におけるイオングループの拠点は、イオンモールに代表されるモール型のスーパーセンター(SC)と総合スーパー(GMS)を運営するイオン北海道㈱(札幌市)と、食品スーパー(SM)のマックスバリュやザ・ビッグ、いちまる、ジョイを運営するマックスバリュ北海道㈱(札幌市、以下MV北海道)に分けられる。
 2015年度で見たイオン北海道の売上高は1881億円(前年比9・1%増)。MV北海道は同1097億円(同13・5%増)。15年9月に㈱ダイエーの北海道地区16店舗(イオン北海道9店舗、MV北海道7店舗)、同年10月に㈱いちまる(帯広市)から14店舗(MV北海道)を継承したことにより、大幅に売り上げを伸ばしている。
 MV北海道は札幌フードセンターを前身として、08年に道央圏を地盤としていた「ジョイ」、15年に「いちまる」が傘下に入り、売り上げを拡大してきた。
 その中で、MV北海道を牽引しているのがディスカウントスーパーの「ザ・ビッグ」。全国のイオングループでこの業態が台頭してきたのは08年以降で、ちょうどリーマンショックで消費者の買い控えが顕著になった時期と重なる。
 ビッグは、食品を中心としたスーパーで一部日用雑貨も扱う。人件費や管理コストなどを徹底して切り詰め、毎日低価格で販売する戦略が当たり、現在では苦戦するGMSを凌ぐ勢いを誇っている。イオングループの既存店で売り上げが低迷している店舗(マックスバリュやジャスコ)や、同業から買収した店舗を業態転換する形で展開している。GMS業態のジャスコは売り場面積が広いことから、1階部分だけを使った食品スーパーに転換したところもある。
道内で最も手薄な道北
 今回イオングループが旭川で新たに店舗を構えようとしているのはこのビッグ。旭川にあるのは宮前1条3丁目にある「ザ・ビッグ宮前通」1店舗だけで、道北地区に範囲を広げても、名寄市と士別市、留萌市に各1店舗しかない。過去に傘下に納めたダイエーやジョイ、いちまるが道北地区にほとんどなかったことも影響しているが、50店舗を超える札幌を中心とする道央や、20店舗の道南(胆振、日高管内を含む)、道東(帯広と釧路)17店舗と比べ、SM業態が極端に少ないことがわかる。 

表紙1703
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西武B館を取得した前田住設の心意気!

 昨年9月末で閉店した西武旭川店のうち、宮下通に面したB館の土地と建物を地元の管工事業、㈱前田住設(永山10条3丁目、前田智広社長)が2月1日に正式に取得した。前田社長は、「駅前の一等地で旭川の顔となる場所。将来的には建物を解体して、旭川の活性化に繋がる新たな施設を創りたい」と抱負を語る。一方、1条通に面したA館は現在、建物の解体が進んでいるが、その跡地に地元企業を含め道内外の複数の企業が興味を示している。(記事は2月3日現在)

西武主導でA館売却
 昨年9月末に閉店した西武旭川店。2009年7月に閉店した丸井今井旭川店に続く撤退の結果、道北地区から百貨店が全てなくなった歴史的瞬間でもあった。丸井跡は閉店後2年余りが経過してから商業施設「フィール旭川」に生まれ変わり、現在も営業を続けている。経済界の関係者や市民の多くは、西武閉店後の建物が丸井今井同様、長期間空き家になってしまうのではないかとの不安を感じていた。
 ところが、そんな悲観的な見方をよそに、水面下ではA、B館がいずれも次の展開に向けて着実に歩み始めていた。
 まずはA館。西武は旭川店を閉店するに当たり、建物を解体してその跡地(西武が7割強を所有)を売却する方向で検討していた。その障壁になっていたのが、土地の所有者が西武以外に8者いたこと。詳しくは後述するが、西武はこれらの地権者と閉店前から接触して土地の取得に向けて積極的に動いていた。地権者の合意を経て建物の解体が閉店後まもなく決定したことでも、準備が周到に行われていたことがわかる。
西武がこれほどA館の処分を急いだのには訳がある。市民から親しまれてきた西武が突然、閉店を告げた昨年3月。惜しむ声が上がる中、「西武の一方的な閉店通達が、旭川の経済に悪影響を及ぼす」との見方が広がった。そうしたネガティブな見方を払拭するために西武は精力的に動いた。
 もう一つ、西武と丸井の間には大きな違いがある。丸井今井が経営悪化の結果、民事再生の手続きに入ったのに対して、西武はセブン&アイホールディングスの傘下に入り、全国的に見てもまだ再建道半ばとはいえ〝現役〟で営業している企業。債権者の顔色をうかがわなければならなかった丸井今井が旭川店の売却を決定するのに2年近くを要したのと対照的に、西武は自ら判断してわずか半年程度で解決することができた。
 それは、一時はセゾングループの中核企業として飛ぶ鳥を落とす勢いだった百貨店のプライドの証であると同時に、「40年以上も旭川の地で商売をさせてもらった」という感謝の気持ちの表れでもあったのかもしれない。

B館は建物を地権者に
 一方のB館については四十数年前、地権者が建物を建設し西武と賃貸契約を結んだ。その際、地権者らは西武から建設協力金(敷金)を受け取り、大手ゼネコンの熊谷組が建物を建設した。敷金は西武が撤退する時に地権者から返還されることになっていた。
 ところが、西武は旭川撤退にあたって、建物の原状回復をせず地権者へ返すこととなった。関係者によれば、「建物を解体して地権者へ更地の状態で返せば8億円の費用がかかる。そこで、地権者と協議した結果、地権者が預かっている13億円ともいわれている敷金から解体にかかる費用を差し引いた残り5億円だけを地権者から返してもらうことにした」という。
 これは西武と地権者両方にとって悪い話ではない。無駄な費用と時間を使ってまで更地にする必要もない。建物は築40年以上が経過しているとはいえ、その都度西武が改修を行い「今後も改修しなければいけない時は来るが、10年や20年は十分使用できる建物だ。それをあえて解体することもないだろう」(市内のある不動産業者)。

表紙1703
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母子家庭貸付金着服した市職員、前職も諭旨退職

 昨年12月、旭川市の外郭団体「旭川市母子福祉連合会」で、嘱託職員M氏(50)が母子家庭向けの貸付金610万円を着服していたことが明るみに出た。M氏が全額を返済したことで市は刑事告発しないことを決めたが、本誌の独自調査でM氏が前職の道職員時代にも金がらみで不祥事を起こし、諭旨退職していたことがわかった。その事実を知らずに採用し今回、事件発覚後の調査でようやく過去の不正が明らかになったわけだが、市はこの経緯をひた隠す。再発防止のためも嘱託職員採用のしくみに問題がないかどうか、検討する必要があるのではないか─。

こつこつ集めた浄財
 旭母連は、旭川市子育て支援部子育て助成課内に事務局を置いている。旭母連の業務の一つ、母子家庭への貸付金制度は、年間に市が200万円を貸し付け、旭母連が自らの活動で集めた200万円と合わせ、合計400万円を原資としている。旭母連が集めた200万円の中には、会員が冬まつり会場で甘酒を販売したり、スタルヒン球場の売店で得た利益を積み立てたものなど、会員が懸命に集めた「浄財」もかなり含まれている。
着服 計400万円の資金は、最大で1件10万円まで、生活に困っている母子家庭から申請を受け、貸し付けている。事件が起きる前年の13年度までは年平均15件程度の申請があり、資金が底をつくことはなかった。返済は無利子で、借り入れた時から1年以内に返済すればいい。貸し付け時期は、市が4月(返済は3月末まで)、旭母連が12月(同11月末まで)とし、お金を借りる時期に融通を持たせ返済をやりやすくしている。
 このように旭母連事務局は、貸付制度の運営を任されているわけだが、事務局の嘱託職員に欠員が出たことから、これを補充するため市はハローワークを通じて14年4月から勤務できる嘱託職員の募集を行った。
 募集に当たって市が踏んだ手順は以下の通りだ。まず、ハローワークから送られてきた履歴書を書類審査し、その中からM氏一人を選び出した。その後、旭母連を管轄する子育て助成課と、市全体の人事を担当する人事課が、別々に面接を行って「問題なし」として採用した。
 採用の決め手になったのは、履歴書の経歴欄に記載されていた「道職員」の経歴。経験も知識もない「素人」を採用するよりも、経験豊かな元道職員のほうが即戦力として働いてくれると期待したのだろうが、皮肉なことにこの判断が後々、大きな問題を引き起こすことになった。

表紙1702
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水道料金滞納、最高額は3000万円超

 旭川市内で水道料金が2期(4ヵ月分)以上未納になっているケースは2016年11月末現在、上下水道合わせて1665件、総額約2億2759万円にのぼる。滞納額100万円以上の法人は13件あり、最高額は約3246万円。16年の第4回定例市議会で明らかになった数字だが、毎月苦しい家計をやりくりしながら料金を納めている市民からは、旭川市水道局に厳しい取り立てを求める声が上がりそうだ。

停水執行は大幅減
 旭川市内における水道料金の滞納状況は、12月7日に開かれた第4回定例市議会で林祐作市議(自民党・市民会議)が、「水道料金の滞納による影響」について質問し判明した。
水道 水道料金は検針後、約180日経過しても2期(4ヵ月分)以上の未納がある場合に「停水」の対象となる。これに該当する法人数は16年11月末現在で12件。上下水道料金併せて100万円以上未納している法人は13件で、なかでも「大口」の未納者では、金額が3246万1669円となっている。零細企業の年商に匹敵する規模だ。
 水道局は、この高額滞納法人の名前を明らかにしていないが、本誌が集めた情報を総合すれば、市内の某レストランである可能性が大きい。
 ちなみに、過去5年間の停水件数(個人、法人を含む)は2011年度が704件で12年度は1060件、13年度・1021件、14年度・881件で15年度は849件。16年度については年度途中だが、停水執行時に水道局が個別に声がけしたことにより停水にまで至らず、その分、納付や相談が増加しており、市議会での答弁の時点で、停水件数は222件にとどまっている。
 旭川市水道局では期限までに水道料金が納付されない場合、その対象となる個人や法人に対して督促状を送付する。その後、訪問や電話催告を通じて納付を促すが、2期以上未納になると「給水停止予告書」を送付して再度納付を促す。にもかかわらず納付されなければ「給水停止執行通知書」を送付するが、それでも納付に至らず、納付に関する相談もなければ給水停止に踏み切る。督促状を送付した後の訪問や電話催告は業務委託し16年11月の1ヵ月で1586件、担当スタッフは1日あたり平均約81件対応しているという。
 未納最高額の案件について林市議は「約2年間徴収のアプローチが行われていないとの情報があるが、それが事実とすれば、なぜそのようなことになっているのか」と質問し、水道局から次のような回答を引き出した。
 水道局では14年12月、その高額未納法人の担当責任者と折衝した後、「支払いに向けた言葉を信じ、支払いの直接交渉は行っていなかった」と説明。しかし、その後も未納が続いたため、水道局としては厳しい対応をとらざるを得なくなり、相手側に支払いの意思がないものとして強制的に使用料を徴収すべく財産状況(預貯金や不動産等)を調査したが、その際、差し押さえが可能な財産の確認はできなかった。
 水道局では相手の誠意ある対応に期待し「15年3月末まで支払いに向けた言葉を信じていた」と話すが、この高額未納法人の代表者は一筋縄ではいかない人物でもあったようで、水道局は「自主納付が期待できない」と判断し、同4月から10月まで財産状況などの調査を再開している。
 そして15年10月以降、直接折衝は行っておらず、督促状を隔月ごとに発送した程度。16年度に入ってからも未納が続いたため、水道局は今年度中に停水する意向だったが、「水道を停止することで営業が困難となり、施設で働く従業員や施設利用者への影響を考えると、まず経営者との交渉を急ぐべき」と配慮していた。ただ、「どのような事情があっても、滞納に対するアプローチを継続的に行うべきであった」と自戒。直接折衝していない期間が、最終的に2年近くになってしまったことについては「積極的な徴収をしてこなかったと言われても否めない」と説明している。

表紙1702
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介護福祉業界で人手不足が加速

 高齢化が急速に進む中、介護福祉業界の人出不足が全国で深刻化している。旭川市内の施設でも求人を出しても応募がゼロという状況がここ数年間続いており、関係者は人材確保に頭を悩ませている。

全国で38万人が不足
 全国の介護現場で人手不足が叫ばれて久しい。少し前のデータになるが、厚生労働省によると2014年度の介護職員数は約177万人。介護保険制度が始まった2000年度の約3倍の数に増えたものの、急速な高齢化とともに要介護や要支援の認定を受ける高齢者が急増したことで需要に人材の確保が追い付かず、団塊の世代が75歳以上になる25年度には実に約38万人の介護職員が不足すると言われている。全国各地では、人材不足のために高齢者の利用を制限する施設もあるほど深刻な状況に陥っているところもあり、職員の確保は喫緊の課題だ。
介護福祉業界
 北海道でも介護現場における人手不足は加速しており、厚労省では25年には道内で約1万2千人の担い手が不足すると推計している。
 人手不足の理由として指摘されているのが待遇の悪さだ。過酷な仕事の内容に比べて賃金が安いことが慢性的な人材不足を引き起こす大きな原因として指摘されており、厚労省の賃金構造基本統計調査を見ると、社会保険・社会福祉・介護事業の月平均の給与額は全産業の給与額よりも10万円ほど低くなっている。
 道北の拠点都市・旭川は、留萌など近隣市町村から高齢者が移住して来るために、高齢化率が極めて高い。そのために施設の数、入居者数ともに多く、全国の自治体の中でも介護職員の人材不足が顕著だ。
 ハローワーク旭川が公表している直近のデータでは、16年11月に管内の介護福祉施設が募集したホームヘルパー、ケアワーカーの数を示す月間有効求人数は542人で全職種のトップ。ちなみに2位は調理人・調理見習で277人で一般事務員272人が続く。これに対し、ホームヘルパー、ケアワーカーの職を希望する人の数を示した有効求職者数は184人。有効求職者数に対する有効求人数の割合を表す有効求人倍率で見ると2・95という完全な「売り手市場」だ。

表紙1702
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優佳良織工芸館館長 木内和博氏を悼む

 優佳良織工芸館の木内和博館長が11月13日、食道がんのため旭川市内の病院で亡くなった。「優佳良織」の伝承に尽くす傍ら、幅広い分野で人脈を築き、抜群の構想力、突破力でまちづくりに積極的に行動、発言。親分肌で、欲得抜きに多くの人の面倒を見た。その死を惜しむ声が止まない。享年70歳(文中敬称略)。

経済人会議
 1990年1月15日付け北海道新聞朝刊に、新春のうかれ気分を吹き飛ばすショッキングな広告が掲載された。「二十世紀最後の10年─世界が変わる、東京が進む、札幌が走る」「さあ、みんなでエネルギッシュに旭川を変えよう」とうたい、紙面中央に大きな活字で「ぜひ市長になってもらいたい!そんな方を推薦ください」と呼びかける内容。旭川市の現状を憂いながらの、歴然とした「旭川市長候補の募集広告」だった。
 広告を出したのは、前年の10月に発足した「旭川経済人会議」。会のメンバーは九割が保守系の人間で、保守代表の坂東徹市長(故人)に退陣要求をつきつけた保守分裂の大事件だった。
kiuchi “仕掛け人”と言われたのが、優佳良織工芸館館長の木内、当時43歳。
 旭山動物園は閑古鳥が鳴く状態。台場の高台に建つ優佳良織工芸館と国際染織美術館は旭川で唯一“全国区”の知名度を誇り観光客を呼び込める施設だった。中央の人脈も太い木内は、旭川の新しいリーダーとして注目され、保守革新問わず周りに企業人が集まってきた。木内を核に経済人会議に先立ち「木曜塾」が発足し、96年には政策提言グループ「創造と改革」が旗揚げしている。
 一方で、「市長公募の新聞広告は旭川の恥だ」と手厳しい批判もされた。そうした批判に木内は本誌紙面でこう答えている。
「自分たちが言わなければという仲間が一人集まり二人集まって話し合っているうちに、何かアクションを起こそうとなった。
 今までの市長というのは、保・革両陣営が決めた人を市民が見比べて決めるという枠組みの中で選ばれていた。そうした枠組みを超え、多くの市民が“自分はこう考えている”と主張する場をつくりたかった。旭川は黙っていると議論しない。市長候補公募の広告をドンと出して問題提起を行い突破口をまず開いた」

選挙プロも一目
 1946(昭和21)年4月7日生まれ。母親は優佳良織創始者の木内綾(故人)。生前、綾は本誌のインタビューで優佳良織誕生の経緯を次のように話している。
 「自分の人生なので好きなことを仕事にしたいと考え、美容室、喫茶店、趣味の店などいろいろなことをやりました。市の商工部から羊毛の手織りをすすめられ、初めはやる気がなかったのですが、織りについて調べてみると、古い歴史があることを知りました。私がやりたかったのは油絵のような織物で、色の中に色が沈んでいるような美しいもの。しかし20年位、七転八倒を繰り返しました」。
木内の少年時代は、優佳良織誕生前の試行錯誤の時だった。

表紙1701
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旭川市が地価下落を主導?

 個人の資産の中で大きな割合を占めるのが土地。周辺の土地が坪単価いくらで売買されたのか、土地の所有者なら気にせずにはいられない。近所で自治体が土地を安売りしたとすれば……。ある市民から本誌に「自分が所有する土地と道路1本挟んで隣接する市有地が安く売られた」という情報が寄せられた。調べてみると、この市有地と情報提供者の所有地とは、坪単価で1万円近い開きがあった。行政が民間地主の利益を損なっているのではないか─。

道路1本でこれだけ違う
 市内中心部で長年旅館を営んでいた60代のAさんは、1年前に旅館をたたみ、建物を解体して更地に戻した。土地の面積は約180坪。毎年発表される路線価は直近で坪7万4000円だった。固定資産税の評価額は同6万6000円と路線価より8000円安く評価されている。Aさんは1年前に2度、不動産業者に依頼して売却先を探したが、この業者が示した適正な売却価格は固定資産税の評価額を上回っていた。
 「不動産業者が示してくれた評価額は、坪当たり8万8000円。180坪で1600万円近い価格で売却できるはずだった。固定資産税の評価額より2万円以上高い額だった。結局、金額ではない理由で売却できなかったが、その当時と比べ、今も土地の評価額は下がっていないはず」とAさんは語る。
 そんな折、Aさんが所有する土地と道路1本隔てた向かいの土地に、「市有地売却」という看板が10月に立てられた。この土地は以前、市の施設があった場所で、かなり前に更地に戻されている。面積は823・28平方㍍(249坪)で、販売の最低基準価格は1060万円に設定されていた。坪単価は約4万2500円と、Aさんの土地の固定資産税評価額と比較すると、坪当たりで2万3500円安いことになる。

市と民間では見解が異なる
 11月1日、市総務部管財課で行われた一般競争入札でこの土地は、最低基準価格を348万円上回る1408万円(坪当り約5万6500円)で市内の不動産業者が落札した。改めて、落札された市有地の価格をAさんの土地の固定資産税評価額と比較すると、坪当たり9500円、Aさんの土地が高いことになる。
 落札された市有地の坪単価をそのままAさんの土地(180坪)に当てはめると、不動産会社が売却できる額として示してくれた1600万円が、1400万円余りまで下がることになる。
 これは行政による土地のダンピングではないのか? 記者は市に売却された市有地について取材した。
 「最低基準価格の設定は、市の諮問委員会と相談しながら決めている。この市有地の場合、面積が広すぎることや地型が三角形であることが減点対象になった。一方で角地であるため若干、加点してこの金額に設定した」(管財課)
 ところが、民間の不動産業者数社に聞いてみたところ、市とは違った見解を示した。ある不動産会社社長は「固定資産税の評価額は年ごとに変わる。また需要と供給のバランスで、評価額や路線価に関係なく価値が上下することはよくあること」と前置きして、次のように話す。「裁判所でいう競売(市の場合は公売)であれば、税金の滞納などで差し押さえた物件のため、滞納分以上で売却できれば御の字。ところが、今回の物件は元々、市が使っていた土地。周辺の土地の価格を勘案して、適正な価格で売却されるのが一般的ではないか」

市民が納得できる説明を
 前述したように、土地の形態などで価格に差が出ることは当然あるが、ここまで金額に開きが出るとAさんが憤るのも無理はない。Aさんは「固定資産税は、その評価額を元に計算され、所有者が住んでいる自治体に支払うものだ。評価額と売却価格の間にこれだけ金額に開きがあるということは、私は不当に高い固定資産税を支払っていることになるのではないか」と疑問を投げかける。
 Aさんは10月下旬、市管財課に出向いて説明を求めたが、納得した答えを聞くことができなかった。今後、弁護士などに相談して決着をつけるつもりだ。
 長年続いている地価下落の傾向を反映して、公有地の売却は当初の評価額よりも安い価格で契約されることがほとんど。今回の件とは規模が異なるが、市は北彩都の市有地を売却する時にも、買い手が見つからず大幅な価格の減額を行った。たとえばJR旭川駅北口の市有地4000平方㍍余りは当初、約10億円で売却する予定だった。ところが再三の入札で買い手がつかず、何と半額以下の4億9500万円でツルハに売却した。ほかにもことごとく投げ売り状態で市有地を売却し、残る市有地はわずかになっている。当時、市のある幹部に投げ売りについて問いただしたところ「塩漬け物件になるよりはましだ。損失分は減損会計で処理する」と、苦渋の決断だったこと漏らした。
 財政難の今、市に遊休資産を抱えておく余裕はない。安売りはやむを得ない判断だろうが、売却された価格よりも高く設定されていた評価額をベースに毎年固定資産税を払っている土地所有者にしてみれば、到底納得が行かない話。市は土地所有者が納得できる説明を求められているのではないか。

表紙1701
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旭川市夜間急病センター、市立病院への運営移行検討

 開設から34年の歴史を持つ旭川市夜間急病センター(金星町1丁目、以下急病センター)は現在、旭川市医師会が旭川市から指定管理者として運営を委託されている。ただ、これまで医師や看護師の確保に苦労したことが度々あり、市立旭川病院など市内の大型病院へ運営を任せるべきとの声が高まっている。今のところ手を挙げる病院はなく、市としては市立病院に運営を委託する方向で検討せざるを得ない状況になっている。現場の医師からは反対の声も上がり、今後の行方が注目される。

82年から続く体制
 旭川市の緊急医療体制が整えられたのは1972年6月。市内の任意登録医による在宅当番医制で夜間の急病診療を担った。77年4月からは市消防本部に急病テレホンセンターが設置され、同年8月には夜間および休日の診療が在宅当番医制、特殊診療科目オンコール(待機)制を取ってきた。
yakan そして5年後の82年、急病センターが現在の金星町1丁目に開設され、旭川市医師会が指定管理者として市から業務を委託された。診療科目は内科と小児科で、診療時間は年間を通じて毎日、午後10時から翌朝8時までとなった。重症の二次や重篤な三次の患者の夜間診療は、市内の公的医療機関が輪番制で行う。急病センターは市保健所が管轄している。
 以上のような経緯をたどり現在に至っているが、この体制は5年前に常勤の医師が退職し、ピンチを迎えた。すぐに替わりの医師が見つかり事なきを得たが、医師や看護師の確保が今も綱渡り状態であることに変わりはない。医師会と市の間では、急病センターの指定管理者について2015年に改めて5年契約を結んでいるが、事あるごとに急病センターの運営について「医師会からは相談を受けている」と、市保健所では説明する。
 急病センターのスタッフは毎日、医師1人と看護師2人、事務担当1人の体制で運営されている。スタッフの休日を考えるとその3倍の人員を確保しなければならず、夜10時から朝8時までという勤務時間が影響してか、必要な数の人材を確保することが難しいのが現状だ。3人いる医師は、常勤が2人、残る1人は3日に1回の割合で市内の大手総合病院からの派遣でまかなっている。人件費や管理費など経費は年間1億円かかるが、これには市からの予算が充てられている。

五大病院が受け皿?
 保健所としては、安定した運営ができるよう市立旭川病院をはじめとする市内五大病院(旭川医大病院、厚生病院、日赤病院、旭川医療センター)へ、急病センターの運営を任せたいという思惑がある。一定の利用者がいるため急病センターを閉鎖する考えはないが、五大病院に運営を移管するには、医師と場所の確保が必要になる。

表紙1701
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上川建設業界に想定外の景気対策

 今年8月、道内を襲った連続台風(7・11・9号)は上川管内にも甚大な被害をもたらしたが、復旧には北海道上川総合振興局旭川建設管理部から応援要請を受けた旭川建設業協会が緊急対応。協会として初めて災害対策協力本部を設置し、総力戦で臨んだ。しかし、災害発生前から取り組んでいた工事も多く、現場を掛け持ちしなければならないばかりか、建設不況による人材不足も重なり、OBや大工職人まで駆り出して対応に追われている。

「瀬替」で切り替え
 この連続台風の影響で美瑛町では、河川の氾濫や用水路の決壊で土砂、泥水が農地に流入。来年の作付けができない圃場が多くみられ、そのうえ地盤が緩み、市民生活にも支障をきたした。
kamikawa 道道天人峡美瑛線では、忠別川の増水による道路の決壊が4ヵ所で発生。延べ約1㌔にわたり不通となり、天人峡温泉郷の宿泊客約90人が孤立する事態に見舞われ、旭川選出の今津寛衆議とともに視察に訪れた自民党幹事長の二階俊博氏は「これを激甚と呼ばずして何を激甚というのか」と惨状に驚いた。
 そして、この被災地の復旧作業にあたったのが、災害発生前から付近で橋梁工事を行っていた旭川市の老舗土木建設会社の廣野組と新島工業。両社とも「天災をそのまま放置するわけにはいかない」と橋梁工事などをいったんストップさせ、夜を徹して復旧作業にあたった。旭川では滅多に目にすることがないという32㌧級のブルドーザーで土砂を運び、高さ約3㍍、延長約400㍍の盛り土をつくり、「瀬替」と呼ばれる伝統的な土木工法で川の流れを切り替えた。
 使用した土砂は、砂利と岩砕を合わせた火山灰2万立方㍍、10㌧ダンプ4000台分にのぼった。災害復旧作業は時間との勝負。
いかにスピード感を持って被害を最小限に食い止めるかが腕の見せ所だが、
ダンプは数分おきに土砂を積んで現地へ。機動力を発揮し流出した箇所の盛り土、路盤層の作成、アスファルト舗装を行い、1ヵ月で開通にこぎ着けた。
 廣野組の中谷登社長は「これまで受け継がれ、経験で知りえた〝経験工学〟に基づき、水の流れを変えて道路を再構築し、車両の安全通行を確保することを最重要事項として取り組み、早期の復旧が可能となった。住民にも感謝され、私たち自身の励みにもなり、使命感を自覚することにもつながった」と話す。
 美瑛町白金にある砂防堰堤施設で、人気の観光スポットともなっている「青い池」でも、水が濁ったり、護岸・遊歩道が壊れるなどの被害があった。青い池では、近隣で砂防工事を請け負っていた旭川のタカハタ建設が対応。紅葉シーズンを迎える9月の大型連休を前に一般公開が再開された。地元町民は「今までより青くなったのでは」と喜んでいる。

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この続きは月刊北海道経済2016年12月号でお読みください。