旭川市大型工事、落札率軒並み99%

 落札率95%以上の公共工事は「談合の疑いが極めて高い」と言われるが、6月に旭川市が入札を行った武道館、東旭川給食調理場、緑が丘複合コミュニティーセンターの建設、旭川空港エプロン拡張など大型工事10件の落札率は何と99%だった。初夏の〝珍事〟に、議会内から「競争原理がまったく働いていない」との声が聞こえてくる。

次点と100万円差
 いうまでもなく、市が発注する大規模工事は、市民の税金が投入されている。とすれば、少しでも建設費を抑え、より安価に建設するというのが市民に対する市政の使命である。
 ところが、6月15日に開会した第二回定例市議会に提案された契約の議案は、「より安価」とはかけ離れたものだった。
 まず、西川将人市長の公約にも盛り込まれていた武道館については、野球場などとともに整備が進む東光スポーツ公園内に建設予定で、本体工事の総額は約10億円が見込まれている。市が事業費の精査を行い積算した結果、工事は二つに分割して発注することに決定した。一つの建物の建設工事を二つの業者に分けて発注すると工事の内容に差が出て、仕上がりに不具合が出そうな感じだが、逆に互いの業者が競い合うため、この方式でも問題はないという。
 2分割された武道館の建設工事はA工区とB工区に分けて入札が行われた。
 入札結果だが、落札予定額いわゆる設計金額が4億9534万円だったAは、8企業体(JV)が参加し、最も近い金額を入札したのは「荒井・廣野共同企業体」で4億9000万円だった。落札率は98・92%。他のJVはすべて99%を超えており、このJVだけが99%をわずかに下回った。と言っても99%をわずか0・08下回っただけで、ほぼ99%。次点のJVとの差は約5億円という大規模事業にも関わらずちょうど100万円の僅差だった。
 そしてB。こちらの設計金額は4億3770万円で、同じく8JVが参加。落札企業は「高・菅原共同企業体」で入札金額は4億3300万円。落札率は98・93%とほぼ99%。次点のJVとの差はAと同じくちょうど100万円だった。

共同調理所も
 こうした高落札率の契約は武道館に限ったことなのか。同じく第二回定例市議会に提案された契約案件を見てみる。
 すると、緑が丘地域に新築される「複合コミュニティ施設」は設計金額が4億7100万円だったのに対し、落札金額は4億6600万円。落札率は98・94%だった。この工事にも8JVが参加にしており、次点との差は130万円。武道館と同様の傾向がみられる。
 また、第2豊岡団地建て替え新築工事については、設計金額が7億6237万円に対し、落札金額は7億5000万円。落札率は98・38%と幾分率は低下しているものの、次点との差はわずか200万円だった。
 そして、市教委が今後の学校給食のモデル事業として進めている東旭川学校給食共同調理所改築工事に関しても、落札金額が7億6300万円だったのに対し、次点のJVとの差は200万円。旭川空港のエプロン拡張工事についても、落札企業体が工事費を2億900万円と見積もったのに対し、次点のJVは2億1100万円で応札。その差は同じく200万円だった。

早期着工のため先議
 これらの新築工事に合わせて空調設備工事や衛生設備工事など合わせて10件、総額41億円の工事契約が議会に提案されたが、工事を急ぐことなどを理由に、議会では慎重な審議を行う特別委員会ではなく、本会議直接の「先議」で決することに議会が同意。関係資料などを求める特別委員会審議には至らなかった。
 6月15日の本会議で、能登谷繁議員(共産)は、契約案件が議会で可決されなければ事業に着手できない現状を踏まえて「できるだけ早く着工したいのは分かるが、議会審議が形骸化しないか、先議を求めた理由を伺いたい」と市の真意を質した。これに対し、市は「先議によらない場合、仮契約から本契約まで一カ月かかる。人手不足から受注業者が現場作業員を確保しつつ待機させている状況もあると聞いている。早期着工が賃金の面においても大きな効果があり、加えて気候が比較的安定しているこの時期の着工が望ましい」と先議に理解を求めた。
 ただ、これまでも6月議会での議決を経て、着工するには遅すぎるという案件があった。近年ではカムイスキーリンクスのリフト整備や学校施設の整備で、6月議会を待たず、5月に臨時議会を招集し議会審議を経るということもあった。早期着工を目指すのであれば、臨時議会で対応するというのも一つの手法ではないか。
 それを10件もの大型工事契約を一括して6月議会に提案し、先議を求めるというのは、能登谷議員が指摘するように議会審議の形骸化につながりかねない。そして、落札率が高止まりしていることについて、市側は「建設業界の人手不足が顕著となっている状況の中で、最大限努力いただいた結果の入札金額であると受け止めている」と述べるにとどめた。

建設費高止まり
 ただ、議会論議の中で岡田政勝副市長は「議会のチェック機能は重要なものと認識しており、今後も先議が必要な場合は議会に対する丁寧な説明はもちろん、議案によっては臨時議会への提案を含め、議会との協議が必要」と述べ、定例会を待つまでもなく、臨時会で対応を検討する考えを明らかにした。
 市の大型工事の発注は、これからも数多く予定されている。
 中でも、市役所の新庁舎建設は110億円を超えるといわれており、今後の最大の目玉事業となる。事業規模から見て当然、数社の企業体による分割発注となるとみられるが、今回の武道館などのように、工区をAそしてBに分けても、落札率が99%台にとどまり、しかも次点の企業との金額差が100万円では、競争原理が働いたとは考えにくい。建設費の高止まりが懸念される。市民の税金をつぎ込む以上、より公正、公平、そして透明な入札になることが望まれている。

表紙1808
この記事は月刊北海道経済2018年8月号に掲載されています。

反対派封じた富良野市「新庁舎」構想

 富良野市の新庁舎建設計画が、6月29日開催の市議会で基本設計の業務委託料を含む1500万円の補正予算案を可決したことで本格的に動き出した。しかし、今後30年もの長期にわたり市民に負担をかける重要な案件ながら、国の財政支援を得るため「2020年度の着工ありき」で、市民との対話が熟さぬまま見切り発車。市は庁舎建設検討委員会をつくって議論を深めていくとしているが、後手後手の取り組み手法に市民からは不満の声も上がっている。

構想を市民に公開したのは市長選後
 富良野市の新庁舎建設計画は今年5月7日の庁議で決定していたが、前市長の任期の関係もあり、北猛俊新市長が構想の推進を確認したのは同月30日の庁議だった。その後、議会説明を経て市民に市庁舎建設基本構想が市民に公開されたのは6月14日。
 北市長は同月18日から始まる定例市議会に新庁舎建設に向けた基本設計の業務委託料1500万円の補正予算案を提出、同時に市民や学識経験者、市議会議員らの構成による新庁舎建設検討委員会を設置する条例案も提出した。
 その定例市議会では、賛成・反対と議員の判断が二つに割れ、採決の結果、かろうじて市長が提出した予算案が通過したのだが、その時の状況は後で触れるとして、まずは市の基本構想の中身から見てみる。
 初めに事業費の算定だが、市では「新庁舎は多様化する行政需要に対応できる機能を備える一方、華美な要素は極力排除し、機能性・効率性・経済性を重視し、建設費用の抑制に努め、将来の世代への負担を最小にしていくことに配慮する必要がある」とし、他の庁舎建設事例を参考にしながら「1平方㍍当たりの事業費は約59万円。新庁舎の建設規模を9800平方メートルと想定すると総額は概ね58億円が見込まれる」としている。

表紙1808
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クマ騒動に揺れる突哨山

 旭川市と比布町にまたがる突哨山とその周辺でヒグマの姿や痕跡が相次いで目撃されている。ヒグマの生態に詳しいもりねっと北海道の山本牧代表の話では少なくとも2頭のヒグマがいるそうで、「高速道路が障壁となって山に帰れないのではないか」。山にはエサとなる山菜や木の実などが豊富にあるため、関係者の間では「このまま棲みついてしまうのではないか」との懸念が広がっている。

高速道路を横断
 突哨山は、旭川市と比布町の境界に位置する標高239㍍、総面積225㌶の丘陵。古くはトッショ山と呼ばれ、アイヌ語のトゥ ッ ソ(突き出る・ところ)が語源と考えられている。
 ミズナラなどの広葉樹林の雑木林に覆われ、約1700種の生物が生息。早春にはカタクリやエゾエンゴサクが咲き誇り、国内最大級のカタクリの群生地として知られている。ゴルフ場開発の話が浮上したこともあったが、自然環境保全を目的に2000年に旭川市と比布町が都市緑地(公園)として取得。遊歩道が整備されていて、一般開放されている。
 最初のヒグマ目撃情報は5月1日。高速道路(東鷹栖5線21号)を北側から南側に向かって横断する姿が目撃され、「クマがフェンスを超えていった」とNEXCOに通報があった。
 翌日2日に遊歩道が閉鎖され、旭川市が比布町、猟友会、突哨山運営協議会、指定管理者のNPO法人もりねっと(旭川)などと合同調査をしたものの痕跡が確認できず3日には閉鎖解除された。
 ところが6日午前8時、突哨山北部に位置する「ぴぴの路」の入口で散歩中の人がヒグマを目撃して町役場に通報。これを受けて遊歩道は全面閉鎖され、同日の夕方の合同調査では「扇の沢」で足跡が確認された。
 この日以降も、ヒグマの姿や痕跡の目撃は続いている。

  • 5月7日 扇の沢歩道付近で足跡を確認。
  • 同月8日 北3線4号の水田で足跡を確認。
  • 同月9日 水田から約200㍍南の雪捨て場で足跡を発見
  • 同月15日 民家に近い道道(比布町北4線)で道路脇に立っていた小型のヒグマを目撃。付近で道道から北に向かう踏み跡を発見。
  • 同月18〜20日 比布町北4線5号付近の人家や堆肥センターがある付近で目撃。
  • 同月28日 東山の牧場で牧草ロールがヒグマに破られていたのを発見

 6月6日現在も、村上山公園口、扇の沢口、カタクリ広場口、突哨山口の4つの登山口は閉鎖されたまま。合同調査は週に1度のペースで実施され、旭川市では看板を設置し、突哨山付近の町内会や施設、学校などに注意喚起し、近隣の住民に対しては暗い時間帯の山林への出入りを控えることや、生ごみや野菜のクズ、有機肥料などヒグマの餌になるものを戸外に置かないことなどを呼びかけている。
 また他の団体と連携して複数のセンサーカメラを設置し、ヒグマが人間に危害を及ぼしたり、農作物を荒らすなどのリスクの高い個体かどうかを判断するためにその動向を観察中だ。
 比布町では、18日から20日にかけて相次いで目撃された北4線5号の堆肥上付近に箱ワナを仕掛けた。

若グマと中型のクマ 
 もりねっと北海道の代表で、「ヒグマの会」副会長を務める山本牧氏によると、現状では少なくても2頭のヒグマが突哨山と周辺に侵入しているという。足跡などから判断して、1頭は母グマと別れたばかりの1歳半の若グマで、もう1頭は中型サイズのクマと推測されている。
 若グマは、突哨山の向かいに位置する鬼斗牛山付近を生息地とし、高速道路を渡って突哨山に入り込んだものの、道路に阻まれて戻れなくなっている様子。
 一方の中型のクマは、鬼斗牛山から跨線橋を渡って侵入し、堆肥センター周辺をウロウロしている様子。比布町が仕掛けた箱ワナには、ヒグマの足跡が付いていたという。
 山本代表は「若グマは何らかの理由で母グマとはぐれて迷い込んだ可能性が高い。本来の生息地に戻るには高速道路が障壁となり、2・5㍍のフェンスを越えるか、道道のアンダーパスなど6カ所ほどの狭い道路を通過するしかない。今後も餌の多い扇の沢から公園北部に位置する比布サイドの民地にかけて徘徊が続く可能性がある。一方の中型のクマは、地元の人も気づかないような細い橋を渡って往来していたのではないか」と説明する。
 人に積極的に近づくような行動は今のところ見られず、牧草ロールが破られる被害があったものの、農作物が荒らされたり、人を襲うなどの被害は起きていない。しかし、日中に道路や民家のすぐ横を通過するなど警戒心が薄く、予想外の行動をとる可能性は否定できないようだ。

男山も急きょ閉園
 今回のクマ騒動で、突哨山で予定されていた行事などが中止。公園の東側に位置し、旭川の酒造メーカー・男山が所有する男山自然公園も臨時閉園となった。
 男山自然公園の敷地面積は32㌶に及び、多くの植物が群生。園内はゆっくりと散策ができるように全長1500㍍の遊歩道が整備されている。毎年4月中旬から5月上旬にかけて一般開放され、多くの市民や観光客で賑わう観光スポットだ。
 同社によると、目撃情報を受けて2日夕方に急きょ閉園を決定した。今年は6日までの営業予定だったがカタクリの花の最盛期が過ぎていたこともあって決断。来場者に対応するために職員が現地に待機して説明を行ったという。「お客様の安全を第一に考えて閉鎖の決断をしました。公園ゲートの前にはアジアからのお客様もいて、事情を説明して何とか理解してもらいました。この時期に閉園をしたのは公園をオープンさせてから初めてでした。せっかく足を運んでくださった皆さまにご迷惑をおかけしてしまいました」

人を恐れないヒグマ
 道内では、旭川以外でもヒグマの目撃が相次いでいる。札幌市では今年に入って南区を中心に目撃されており、4月に4件、5月は20件の目撃情報が市に寄せられた。利尻島では生息していないとされていたヒグマの足跡や糞が見つかり、警戒態勢が続いている。
 なぜヒグマの目撃が続くのか。その生態に詳しい人は、 「道が1990年に駆除を中止したことで生態数が増加している。野生動物との共存という考えが広がり、また高齢化でハンターが減り追われることがなくなったため、人間の怖さを知らないヒグマが増えたのでは」と説明する。
 今回の突哨山でのクマ騒動も、人を恐れないヒグマが従来の生息地を離れ、車が往来する高速道路を渡って向かいの山に侵入するという、いわば「現代的」な出来事と言える。
 行政と猟友会、もりねっとなどによる合同調査が引き続き行われているが解決の見通しは立っておらず、遊歩道の閉鎖がいつ解除されるかは分からない。もりねっと山本代表は「従来の生息地に戻れず、木の実などの餌がある突哨山に棲みつく可能性もある」と懸念する。
 従来ならばこの季節は、公園にはバイケイソウなどの花が咲き誇り、訪れた人たちを楽しませている。〝ヒグマ騒動〟がひと段落し、散策を楽しむ人たちでにぎわう平和な山に戻るのは一体いつになるのだろうか。

表紙1807
この記事は月刊北海道経済2018年7月号に掲載されています。

新体制となった「北工学園」

 理事を大幅に入れ替え、理事長に元道副知事の磯田憲一氏を迎えて「学校法人北工学園」が新体制となった。経営を新体制にバトンタッチした新谷建設㈱は長年の重荷を下ろした。

札幌校は閉校
 60年代70年代はどんどん公共事業が増えていった。北海道建設業界のトップだった伊藤組土建の伊藤義郎氏が新谷建設の新谷泰治氏に「建設技能者を育てる学校が必要だ」と説いて、新谷氏が設立したのが学校法人北工学園。1972(昭和47)年に設立認可され、その後、福祉、自動車教習、情報処理と、時代に合わせて学科を拡大・転換させていった。
 98年には札幌に進出し「札幌福祉医療専門学校」を開校したが、今から振り返ると、それがつまづきのもととなった。旭川と違って競争が激しく苦戦が続き、何とか軌道に乗せようとさまざまに取り組み投資も行った。そのための資金を親会社の新谷建設が北工に貸し付け、また北工が金融機関から借り入れる際に新谷建設が保証していた。そういった貸し付け・保証が滞留し大きな金額となった。
 新谷建設は16年5月期で64億円の売上高を計上したものの24億円もの損失処理を行っている。また北洋銀行が新谷建設に資本金と資本準備金合わせて16億円もの巨額出資を行って、経済界の話題となったが、それらは北工学園が抱えてしまった大きな債務の〝解消策〟だった。
 学校法人再建のために札幌福祉医療は閉校し、北工学園モータースクール(旭川市東鷹栖)は今年3月に経営を分離した。

世界に通用する人材
 そして今春、学校法人の大半の理事を入れ替え、4月29日に開いた理事会で、30年以上にわたり理事長を務めた新谷建設社長の新谷龍一郎氏(66、旭川商工会議所会頭)が退任し、新理事長に元北海道副知事の磯田憲一氏(73)を選出した。
 新理事長の磯田氏は旭川市出身。1967年に道庁入りし、上川支庁長などを経験した後、2年間副知事を務めた。退任後、自治体が新生児に木製椅子を贈る「君の椅子プロジェクト」を発案したことで知られる。現在、北海道農業企業化研究所理事長、北海道文化財団理事長などを務める。
 理事会後に開かれた会見で磯田氏は「この学校に入る子どもたちは10代後半から20代初め。彼らにこの豊かな環境のもとで人生の進路を模索してもらいたい。東川町の人材育成ということではなく少子社会の日本で重要な役割を果たせる、また世界に通用する人材育成の拠点としたい。介護、保育を志す子供たちが〝東川で勉強したい〟と思える学校にしたい」と抱負を語った。

東川町中心の運営
 旭川福祉専門学校は、幼稚園教諭免許と保育士資格を目指す「こども学科」(修業2年間)、介護福祉士を養成する「介護福祉科」(同)、薬学検定や医療事務資格の「医学福祉学科」(同)、それに外国人が日本語を学ぶ「日本語学科」(1年6ヵ月と2年の2コース)の4学科がある。4学科の定員は合わせて550人だが、少子化の影響で近年は福祉系学科を中心に定員割れが続いている。
 親会社である新谷建設の経営にまで影響を及ぼした学校法人の不振の主因は、この少子化─福祉系学科の定員割れだが、一方で、日本語学科の実績は高く評価されている。東川町は自治体運営では全国初の日本語学校を2015年に開校し、以後は新設の日本語学校が短期留学生を、旭川福祉専門学校が長期留学生を受け入れる形に住み分けされている。
 東川町は人口の減らない町として注目されているが、福祉専門学校の日本語学科の貢献は大きい。そのた学校法人の経営悪化を町としても放置しておくことはできなかったというのが実情で、新谷建設から東川町を中心とする運営にかわって生まれたのが今回の新体制。会見には新谷龍一郎社長と松岡市郎町長も出席しがっちり握手を交わし新体制移行を祝った。

学校法人と町連携
 松岡町長は「北工学園は、新谷市造さん、泰治さん、龍一郎さんと3代の社長さんに後継され、各地で卒業生が頑張っている。町に活力を与えてくれる学校でした」と感謝の言葉を述べ、「この学校があるから世界で活躍するプロフェッショナルを育成できる、介護の人材もここで育成できる。町の誇りです」と続けた。
 この後、新谷社長も「学園は昭和47年の設立から、1万2000名の卒業生を輩出し、卒業生は全道の建設会社、福祉施設で中心的役割を担い活躍しています。半世紀も経営者が変わらず時代のニーズに対応できていたのかどうか。これからは新しい体制で優秀な人材を送り出していってください」とあいさつした。

表紙1807
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「天人閣」事業譲渡で再生なるか

 東川町天人峡の温泉ホテル「天人閣」が、首都圏を中心にビジネスホテルなどを展開する㈱カラーズインターナショナル(本社東京、松本義弘社長)に事業を譲渡した。創業118年の歴史を誇る老舗旅館だったが、ここ10年ほどは民事再生、事業譲渡などで経営基盤が揺らいでいた。地元東川町でも先行きに懸念を示す行政、観光関係者らが多かったが、譲渡を受けたカラーズ社では今秋から10億円超を投じて建物の改修を行う方針を示すなど、再建への期待感が膨らんでいる。

名声がた落ち 惨憺たる10年前
 1897(明治30)年から温泉地として開発され、旭川の奥座敷として発展してきた天人峡温泉。その代表格が天人閣。長年にわたり旭川の老舗企業「明治屋」が別会社の㈱天人閣を設立して経営にあたってきた。峡谷を流れる忠別川の氾濫による流失、2度の火災を経て、現在の温泉旅館が建てられたのが1964(昭和39)年5月。
 その後78(昭和53)年6月に増築され、8階建て、延べ約9300平方㍍の大型温泉施設として道内外の観光客や旭川市民の一泊宴会などに利用され、旅行代理店からの信頼も厚く、天人峡に天人閣ありと全国に名を馳せてきた。
 その名声に陰りが見えてきたのは十数年前から。とりわけ2007年7月に、天人閣館内で宿泊客も使用する飲料水を、建物の下を流れる沢の水を汲み上げて使っていた(水道法違反)ことが判明し、保健所から厳しい指導を受け18日間の自主休業を迫られたあたりから急降下が始まった。
 その5ヵ月前にも同様の違反が発覚しており、度重なる悪質行為に天人閣経営陣の資質が問われ、営業停止が明けてもエージェント(旅行代理店)からの信用はガタ落ちとなり、ツアー客の送り込みも敬遠されがちとなった。夏場の書き入れ時に集客が18日間も途絶え、しかも再開後も不調が長く続けば、いかなる老舗旅館といえども打撃は大きすぎた。
 また、このことは社会的には表面化しなかったが、実は天人閣では1960年代から80年代にかけて実に21年間も浄化槽に溜まった糞尿を忠別川に放流していた事実があった。問題が表面化する前に浄化槽を取り替え正しい状態に戻したが、名の通った人気旅館という顔の裏で、違反行為に無頓着という体質は長く続いていたのである。
 さらに天人閣では宿泊利用者数の極端な水増しをはかり、その架空売り上げを信用の根拠とし、ノンバンクから数回にわたる融資を受けるという詐欺まがいの行為も発覚し、経営の台所はたちまち火の車となってしまった。
 2008年当時、約3億円にものぼる金融機関からの借金、数千万円にも及ぶ取引業者への未払い、さらに各種税金、負担金の滞納、そのうえ従業員給料や退職金未払い問題を抱え、天人閣はもはや自力では打つ手のない状況に陥っていた。

ここ10年は波乱の推移
 その後1~2年間、天人閣はあわただしい変遷をたどった。09年12月には民事再生手続きのもとで、それまで経営権を握っていた旭川の名門・佐藤家の佐藤清司会長、佐藤祐司社長親子が退陣し、新たに旭川や留萌でホテルなどの宿泊関連施設を手がけていた企業に引き継がれた。
 しかし、佐藤家の経営時代に隠されていた多額の債務が重荷になり、やむなく民事再生を諦め自己破産の道をたどることになった。当時明らかになった負債は8億4000万円という多額なものだった。
 自己破産の処理をする経過の中でスポンサー企業として名乗りをあげたのが登別に本社を持つ企業グループで、同社は新たに天人閣のある東川町に本社を置く㈱松山温泉を設立し、旅館建物や営業権を5000万円で取得し、天人閣で宿泊担当として勤務していた藤田幸雄氏を社長に据えて老舗旅館の再生に乗り出した。これが11年4月のことだった。
 その後の天人閣は東川の観光行政も経営内容をつかみかねる状態が続き、旭川市民からも「天人閣はどうなっている?」という声が上がっていた。経営面では詳細不明の部分が多く、㈱松山温泉となってから「藤田社長を中心に積極的な営業戦略やサービス体制の見直し、拡充を進めることで客足は徐々に回復している」(東京商工リサーチ)との調査報告があったのが唯一の情報だった。
 しかしその年の夏には東川町が集中豪雨に襲われ、天人峡温泉に通じる道路が遮断され、天人閣も道路復旧まで休業を余儀なくされるなど、業績に影響が及ぶ事態となり、また東日本大震災で観光客の減少も重なり、かつての好調時にはほど遠い状況が続いていた。

表紙1807
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永山一番通歩道にバリケードの怪

 旭川市内の市道「永山一番通」の歩道に市がバリケードを設置し、歩行者や自転車の通行を妨げている場所がある。工事中というわけでもないのに、なぜ歩道の大半をふさぐ姿でバリケードが置かれているのか。奇妙な光景と映るそこには、10年計画の都市計画事業に伴う、地権者との用地買収交渉にまつわる複雑な事情があった。

個人情報がからむことなので…
 永山一番通(通称永山一番線)は、そのうちの約2・7㌔区間が「せせらぎ公園」として整備されているため「永山せせらぎ通り」とも呼ばれている。その沿線にある永山7条10丁目のクリニックの玄関前に、市が6基のバリケードを設置したのは今年の雪解けの頃だった。
 写真のように、歩道幅の4分の3ほどが通行止めになっており、人や自転車は、狭くなった幅1㍍ほどの歩道をすり抜けなければならない状況にある。通行量はさほど多くはないが、いかにも不便そうで景観上も違和感は避けられない。
 さらに写真を見ると分かるように、この歩道上にはクリニックの建物の玄関につながるスロープとガレージ(自転車置き場)がせり出している。これが歩道上の障害物となっており、バリケードにはその存在を知らせ通行者に注意を促す意味があるようだ。
 いったいなぜ、このようなことになっているのか。旭川市土木部の道路管理課へ問い合わせると、時間をおいて用地課から連絡があり、「(バリケードを置いているのは)まだ地主との移転交渉が完了しておらず、安全性を考えてのこと」という説明。
 記者が「歩道整備事業は終了しているのに、なぜそこだけ交渉が遅れているのか、その経緯を聞きたい」と言うと「個人情報が絡むことなので話せない」との返答。

表紙1807
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介護保険料 旭川市も月6000円超え

 介護保険料の増額が止まらない。3年ごとの見直しでこの4月、道内7割以上の自治体で基準月額保険料を引き上げた。旭川市も6.1%、金額にして355円のアップで6190円となった。「年金は減っているのに、これ以上何を切り詰めればいいのか…」と高齢者から悲鳴が…。

18年で2倍強
 かつて、親の介護は家族で行うのが当然と考えられてきた。しかし高齢化が進むにつれ介護を必要とする高齢者が急増したことで、介護する家族の負担を軽減し高齢者の介護を社会全体で支えようという考え方で2000年にスタートしたのが介護保険制度。
 介護保険が適用されるためには被保険者となる必要があり、被保険者は65歳以上が第一号。原因を問わずに要介護認定または要介護支援を受けたときに介護サービスを受けることができる。40歳~64歳までの医療保険加入者は第二号で、加齢に伴う疾病が原因で要介護認定を受けた時にサービスを受けることができる。
 65歳以上の介護保険は、市区町村や広域連合が運営しており、保険料は介護サービスに必要な費用の見通しなどをもとに自治体が3年ごとに見直す。2000年のスタート時点で旭川市の「基準月額」は3117円だった。
 その後の推移は左の図に示したように、3年後に3650円となり、その後4309円、4650円と増額。そして12年には一気に1000円余りアップして5679円となり、前回15年の見直しでは5835円。そして今回ついに、6000円の大台、6190円となった。制度スタートから18年で倍となったわけだ。

年金は下がり…
 旭川市内の高齢者からは「負担が重過ぎる」と悲鳴が上がっている。
 「年金が下がっていて、家賃や食費、光熱費や薬代など毎月の支払いが多くほとんど残らない。このうえ何を切り詰めて高額な介護保険料を払っていけばいいのか。高齢者の負担を減らす仕組みにしてほしい」(70代男性)「そもそも高すぎるのに6000円をオーバーするなんて納得できない」(70代女性)「18年で保険料が2倍強になるというのはいかがなものか。しかも介護サービスを受ける際の自己負担割合も高くなっている。制度自体に問題があるとしか思えない」(60代男性)
 新年度入りして食料品や外食などで値上げが相次いでいるだけに、年金生活の高齢者にとっては厳し過ぎる介護保険増額だ。

表紙1806
この続きは月刊北海道経済2018年6月号でお読み下さい。

LCCタイガーエア台北便搭乗記

 11月の完成に向けて建設が進む旭川空港の国際線ターミナルビル。しかし、現在海外から旭川空港に乗り入れている定期便はLCCの台湾タイガーエアによる週2往復(火曜日・土曜日運航)だけだ。記者がゴールデンウィークの連休を利用してタイガー便に搭乗し、「唯一の国際定期便」の現状を探った。

利用者の大半は台湾人ツアー客
 「航空便の維持や便数増加のためには、旭川市民による積極的な利用が不可欠だ」─過去、繰り返されてきた言葉だ。実際、初めての国際定期便として韓国アシアナ航空が旭川─仁川間で就航した際には、民間の有志が「アシアナ友の会」を結成して、実際に韓国へのツアーを企画するなどしてきた。
 現在運航されているタイガーエアの旭川─台北(桃園)便についてはどうなのか。結論から言えば、旭川市民が応援のため利用できる余地は少ない。記者はタイガーエアのウェブサイトを利用して3月13日に予約を入れたが、その時点で「残り席わずか」だった。利用者の大部分は台湾の旅行会社が企画したツアーに参加した台湾人。日本人による利用はほとんど見込まず、ネットを通じた日本での販売枠もわずかしか確保していないとみられる。

食事持ち込み禁止
 台湾行きの便に搭乗したのは5月1日。離陸する前から、現在の空港ビルの片隅にある国際線搭乗口の前には、台湾人観光客が集合し、台湾語と北京語が飛び交っていた。出国検査を通った先には免税店があるのだが、彼らは搭乗直前まで土産物の購入に忙しい。この時点で空気はもう台湾と変わらない。
 往路は12時10分発。機内はほぼ満席だった。台湾の旅行会社はこの時期、「今年最後の桜が楽しめる」との触れ込みで北海道旅行を販売している。記者の隣に座った人に話しかけると、家族数人で団体旅行に参加、函館空港から入国し、4泊5日の旅行を存分に楽しんだと教えてくれた。
 LCCは前後の座席の間隔が通常の航空会社と比較して狭い。身長170㌢の記者が腰をぴったり背もたれに付けた状態で座席に腰掛けると、膝と前の座席の間には数㌢の間隔があり、それほど窮屈には感じなかった。しかし、背もたれを倒している人はほとんどいなかった。
 離陸後まもなく機内食の配膳が始まった。タイガー便の機内食は座席予約と同時に購入しておくのが基本なシステムで、メニューは「排骨飯」(揚げた豚スペアリブをライスに載せた台湾の庶民料理)など台湾の大衆料理を基本に機内食用にアレンジしたもの。機内でも注文はできるが、値段は320元(約1150円)と、台北市内の食堂の価格100元(360円)の3倍以上に達する。なお、タイガーエアでは機内への食事の持ち込みを禁じているので注意が必要だ。
 これがタイガーエアだけの特徴なのか、ほかのLCCとも共通しているのかは不明だが、飛行中の機内は記者が過去に経験したことがないほどにぎやかだった。家族連れの旅行客が話し続けていることに加え、男女のキャビンアテンダントによる免税品の販売が非常に積極的だった。少しでも手が空くとクルーがワゴンを押して通路を往復。機内放送でも「ただいま15%引きセールを実施中です。桃園空港の免税品店よりお得です」と繰り返していた。航空運賃を安く設定している分、物販を通じた売り上げの確保が不可欠なのだろう。
 記者の近くに座っていた女性は手を挙げてクルーを呼び、カタログを指さして韓国製化粧品を注文した。クルーは「申し訳ありませんが売り切れです。でも(別のページの化粧品を指さして)こちらも人気ですよ。うちの会社の女性CAはみんなこれ使ってます」とまくし立てた。そんなセールストークが成立するのかと記者は疑問に思ったが、女性は2つ購入していたから、効果はあったようだ。
 桃園空港到着は現地時間15時50分。空港MRT(鉄道)に乗って台北駅に移動し、夕方5時までに台北市街に入った。夕食を台北市内で楽しむにはちょうどいい時間設定の便だ。昨年、空港MRTが開通するまではバスやタクシーを利用しなければならず、また空港と台北の間の高速道路がしばしば渋滞するため、台北への到着時間が計算しにくかったのだが、空港MRTの登場でアクセスは大幅に改善した。

帰国便は朝6時発
 問題は4日後の帰りの便。桃園空港から旭川空港に向けての便は朝6時15分に出発、11時10分に到着する。空港MRTは始発が6時だから利用できず、台北市内から空港までは約1000元を払ってタクシーを利用するか、台北駅の北側にあるバスステーションから深夜・早朝も出発している空港バスを利用するしかない。日本人観光客はホテルにタクシーの手配を依頼しておくのが安全だろう。なお、エネルギッシュな台湾人も朝6時台の飛行機は辛いのか、機内では旅行客も添乗員も眠る人がほとんど。機内販売のワゴンも一度やってきただけだった。
 記者が支払った航空運賃は往復で6万1648円。これはゴールデンウィークに合わせて高めに設定された料金で、5月中旬には往復4万2662円に設定されていた。この値段で海外に行けるとすれば手頃な料金であることは確かだが、問題はやはり帰りの便の時間設定。出国のみ便利な旭川発のタイガー便を利用し、帰国の際には時間的に便利な他の航空会社の新千歳着の便を活用するのも一つの方法かもしれない。
 旭川空港では現在、国際線ビルの建設が進むが、タイガーエアの運航が確定しているのは10月末まで。その先は未定だ。同社はまだ旭川空港に搭乗券の発行に必要な機器などを持ち込んでおらず、普通のプリンタで印刷した簡便な搭乗券を乗客に渡していることからも、「本気度」には疑問符がつく。同じ台湾のエバー航空は9月15~10月14日の季節運航を予定しているものの、こちらも以前のような通年運航を復活させるメドは立っていない。
 海外の航空会社が、たとえ搭乗率が高水準を維持しているとしても、道内・国内の他の空港のほうが多くの利用が見込めるとなればすぐに路線を見直すことは、過去の実例が証明済みだ。現時点で唯一の国際便である旭川─台北便の維持または増加を願いたいが、購入できる座席が少ないこともあり、旭川市民にできることはほとんどない。

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この記事は月刊北海道経済2018年6月号に掲載されています。