宝くじ「幸運の女神」が堂前宝くじ店を訪問

宝くじファンへの幸運と夢の橋わたし役として活躍する「幸運の女神」が7月19日に来旭。高額宝くじの名所として全国的に知られる堂前たばこ店(旭川市5条通14丁目)でキャンペーン活動を行った。
幸運の女神は初代から数えて34代目。今年度は1192人から6人の美女たちが選ばれ、全国各地で行われている宝くじに関する各種イベントや抽選会での司会アシスタントを務めている。
この日、同店を訪れたのは兵庫県出身の宇野名都美さん。宇野さんはドリームジャンボ宝くじのキャンペーンでみずほ銀行和歌山支店を訪れ、同支店始まって以来の1等当選者を出したラッキーガール。大安吉日のこの日は、1等・前後賞合わせて5億円が当たる「サマージャンボ宝くじ」と宝くじ史上最多の2000万円の当選本数が450本という「2000万サマー」を購入する人たちが次々と訪れ、白地に鮮やかなマリンブルーのラインが入ったキャンペーン衣装に身を包んだ宇野さんは一人ひとりに「当たりますように」と笑顔で声をかけながらPR。
キャンペーンは午前9時半から同11時までの1時間半にわたって行われ、この機会にあやかろうと幸運の女神目当てに訪れる宝くじファンも大勢来店し、握手や写真撮影を求めたり、購入した宝くじを宇野さんに撫でてもらう人たちの姿で賑わった。

北彩都花火大会、後援認めなかった市の「不可解」

 人材派遣業道内大手の㈱アスクゲート(札幌市、斉藤三寛社長)が中心になり、8月上旬開催を計画していた旭川花火大会が中止になった。旭川市観光課が公共性に乏しいことと、関係機関との調整が不十分として後援名義の使用を不承認したことが中止の理由だが、大会に使用する予定だった土地を所有する旭川河川事務所と旭川市駅周辺課や、旭川中央署、JRなど関係機関は、開催に向けて前向きな姿勢だったことから、市の対応にいらぬ噂が飛び交っている。

いきなり「不承認」
アスクゲートが中心になって開催を計画していた旭川花火大会は、JR旭川駅南側を流れる忠別川の両岸を利用する予定だった。この土地は、駅側を旭川市、神楽側を国が所有する。管理するのは、市が駅周辺課、国は旭川開発建設部公物管理課。国の場合、今回のように短期間の使用は、旭川河川事務所が使用許可を出す決まりになっている。そのほか、開催に向けて花火の使用や観客の安全性が基準に満たしているかどうかを判断する警察と、混雑する駅を管理するJRも開催の是非を問う役割を持っている。
旭川花火大会実行委員会は、手始めに今年2月から8月3日に開催する予定の計画案を関係機関へ提出した。その後、関係機関との調整を進め6月上旬、市や旭川開発建設部、旭川中央署、JR、旭川商工会議所、警備会社、花火業者らが旭川中央署に集まり、大会開催に向けた協議を行った。実行委は改めてその場で、忠別川河川敷で花火大会を開催したいことを関係機関に伝えた。
ところが7月上旬、今度はアスクゲート旭川支店で先ほどの関係機関を集めて行なわれた会合で、協議を始める前に市観光課の職員から「市は、実行委から依頼のあった8月3日開催予定の花火大会の後援名義使用に対して、不承認とする」との発表があった。その理由はさておき、協議を始める前に市が不承認としたことで、協議するまでもなく解散となり、集まった面々は面食らってしまった。
市が不承認とした理由を要約すると、花火大会の日時と予定している場所は、旭川夏まつりの開催期間中で既存の催しへの影響がある。また、実施に向けた関係機関との調整が不十分であるためとしている。この判断は、会合の2日前(7月1日)に、市駅周辺課と旭川開発建設部と協議した上で下したとしている。それに異議を唱えた実行委は「協議した関係機関に、JRと警察が含まれていないのはおかしいのではないか。両者とも重要な役割があるはずだ。この文書は訂正して改めて提出してほしい」と詰め寄った。それに対し観光課の職員は「両者に意見を聞かなかったことは反省している。ただし、この文書は公文書のため、改めて書き換えることができない」と苦しい説明をしたという。

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ダイイチ、ヨーカ堂提携でどう変わるスーパー勢力図

 道内中堅食品スーパーのダイイチ(帯広)と総合スーパー・イトーヨーカドーを展開するイトーヨーカ堂(東京)が資本・業務提携した。低価格競争がどこよりも熾烈な旭川で苦戦を強いられていた両者のタッグでスーパー勢力図は塗りかわるのか。撤退、転出のうわさが絶えないイトーヨーカドー旭川店はどうなるのか、気になるところ。

驚きだが不思議ではない
「十勝を地盤とする食品スーパー中堅のダイイチが、イトーヨーカ堂と資本・業務提携する。道内最大手のアークスを軸に大手の市場寡占化が進むなか、全国大手との連携で生き残りを図る」─7月24日の第一報は一般市民にとって初耳、驚きの情報だったが、スーパー業界では、ダイイチを核にどんな組み合わせの提携が実現しても不思議ではない、想定内の出来事だったようだ。

というのは、1年ほど前、芦別に本社を置き道央圏で店舗展開するフードD(㈱豊月が運営)と札幌圏中心の北雄ラッキー、それにダイイチの3社が提携する、合併へ向けた話し合いが進んでいるとの情報がスーパー業界に流れた。実際、3社の間で前向きな検討がなされたようである。しかし、それぞれが描くビジョンが合わずに〝破談〟となった。するとその直後、今度はもっと大きな提携話、ダイイチが大手と話し合いに入ったといわれていたのである。その相手はイトーヨーカ堂だった。
1958年に㈱帯広フードセンターとして創業したダイイチは、㈱第一スーパーを経て01年に現社名となっている。帯広市やその近郊を主に旭川市、札幌市などに出店。2000年にジャスダック店頭公開、09年㈱オーケーを連結小会社化し、11年には同じ帯広のスーパーいちまると資本・業務提携をしている。

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詐欺事件で犠牲になった上宮寺が10年かけて再興

 03年4月に発覚した市庁移転問題(サンライズビル問題)をきっかけに設置された旭川市議会百条委員会で、市内神居にある聖徳山上宮寺の敷地内に高齢者優良賃貸住宅(高優賃)を建設する計画が問題視された。画策した首謀者らの失敗によりその計画は頓挫したが、その後、同寺の堀切尚道住職が死去して10年以上も廃寺同然の状態が今日まで続いていた。ところが今年に入り、尚道氏の妻や檀家らが協力して移転に向け動き出した。長く納骨堂に放置されていた遺骨も、ようやくきちんと供養されることになりそうだ。

見るも無残な有様
聖徳山上宮寺は、1922年(大正11年)8月、堀切広道氏が市内10条10丁目に聖徳太子鑽(さん)仰の目的で上宮教会を設立したことから始まっている。その後、市内宮下通、現在ある市内神居1条1丁目へと移転を繰り返してきた。
ところが、13年前に先代の堀切尚道住職が死去した。その妻、堀切千恵子氏が住職として寺を管理していたが、女手ひとつではままならず、ほとんど廃寺の状態になっていた。本堂の納骨堂に納められていた遺骨およそ50体(現在は檀家が減り20数体程度)も、放置された状態が長く続いていた。年々少なくなっているとはいえ檀家からは、その行く末が不安視されていた。
同寺の近くを走る国道12号に架かる旭川大橋の欄干から見ると、寺の屋根はトタン板が剥がれ、見るも無残な姿をさらけ出している。屋根中央にそびえたつ相輪も心なしか寂しさを漂わせている。「寺本体が古くなり、相輪を支える土台も心配。もし倒れるようなことがあり周辺の方々に迷惑をかけることがあったら大変だ」(堀切千恵子住職)
寺の境内も普段から人の出入りがない様子で、本堂に入る崩れた階段や、締め切ったままの庫裡はみすぼらしい。
そこで、今年に入り現住職の堀切千恵子氏が、この寺の本山、真宗誠照寺派誠照寺(じょうしょうじ・福井県鯖江市)へ、移転を含めた寺の再興を申し出た。誠照寺によると「千恵子氏は、前住職の尚道氏が亡くなった後、得度して住職を引き継いだ。そして、今年に入り何度か移転を含めた相談を受けていた」という。

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黄色いリンゴ 有望品種に位置づけ

 旭川市は、今年度から「果樹産地強化支援事業」をスタートさせた。黄色い品種をはじめ8種のリンゴなどを〝有望品種〟と位置づけ、その導入を市が支援するというものだ。助成の対象を果樹に絞ったのは今回が初めて。「果樹には人を呼び込める魅力があり、まちのイメージアップにもつながる」と生産者の取り組みをバックアップする試みで、「『果樹のある街・旭川』として市民に愛される産地づくり」を目指す。

有望品種をピックアップ
旭川における果樹栽培は1892年、上川御料地内に設けられた果樹園で各種果樹が試験的に栽培されたことが始まりとされる。
その後、神居、神楽地区に開拓者がリンゴを植えたものの、凍害のために実を結ばなかった。1907年に入り、神居古潭に植えたリンゴの中に適した品種があったため栽培面積が拡大し、しだいに産地が形成された。ピーク時の昭和20年代には、旭川市内に果樹園が40数軒あった。
現在、旭川における観光果樹の中心品目とされるのがサクランボ。もともとは自家用で、防風林代わりに植えられていたが、昭和40年代に販売用として植栽が進んだ。とりわけ神居産サクランボは知名度があり、関西方面で人気だ。
一方、市内における果樹の栽培面積は減少の一途をたどり、現在、リンゴの24㌶をはじめ、サクランボが23㌶、ナシ5㌶、ブドウ1㌶、プルーン・スモモが1・2㌶、その他(ブルーベリー、ウメなど)で合わせて57・8㌶。
 深川や増毛、余市などの例が示すように、果樹はまちおこしの一翼を担い、まちの魅力を高める農産物として評価されている。しかし、旭川では他の農産物に比べ、産地規模が小さいだけでなく、市民からの認知度も低い。
旭川の果樹生産農家は、それぞれ独自の品種を植栽しており、「旭川はこれ」という特徴的な品種がないのが実情。まとまった収量を確保できず、若木が多く、栽培面積あたりの生産量も少ない。
リンゴの生産農家は現在、神居町や東旭川など市内で7軒。1軒あたり20品種のリンゴを栽培し、多いところでは50種類も栽培している農家がある。それぞれ直売所やリンゴ狩りなどの軒先販売を中心に経営してきたが、JAを通じた市場出荷を一部行っているケースもある。
そんな中で、「リンゴの北限」をキャッチフレーズに、組織ぐるみで果樹生産事業に取り組む増毛町の気概にも触発され、旭川の果実生産者たちが「産地づくりに向けて共同で取り組み、品種を絞り込んで旭川ならではのブランドをつくっていこう」と一念発起した。
産地としての競争力を高めるべく、旭川市果樹協会(事務局・市農業振興課)が主体となり、着手することになったのが、今回の「果樹産地強化支援事業」だ。予算規模は約230万円と決して多くはない。ただ、市がこうした団体の事務局を担当するというのは異例の措置ともいえ、積極的な姿勢がうかがえる。

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生き残りかけ再開発に挑む銀座商店街

 郊外の大型商業施設に押され衰退している旭川市内の商店街。その中で、銀座商店街が生き残りをかけて再開発に向け動き出した。まだ再開発を支援するコーディネーターを招いた勉強会を2度行なったに過ぎないが、ほとんどの地権者は前向きな姿勢で、活力ある商店街の構築を模索している。

明治末期から栄えた老舗の商店街
 銀座商店街がある場所は、明治末期にはすでに街が形成され、1909年(明治42年)に現在、銀ビルがある場所に大黒座(後に錦座、松竹座、銀映座と改称)が建設された。18年には、市内で初となる市場、第一市場が開設され、市民の台所として親しまれてきた。都会性を強調する買物公園がある平和通商店街とは一線を画し、下町情緒を売り物として、鮮魚や青果を中心に新鮮な食材を求め、年末には買物客でごった返す。ただ、全国の商店街同様、近年は人通りが少なくなり、今では高齢者が利用者のほとんどを占める商店街となっている。
そこで、市内のある設計会社と建設業者が、同商店街の地権者を対象に全国組織の再開発コーディネーターを呼んで、今年3、5月の2度にわたり「3条・4条14丁目、15丁目周辺再開発計画勉強会」と銘打ったセミナーを開催した。3月25日に行われた1回目の勉強会には10人程度の参加だったが、地権者側からリクエストがあり、5月21日の2回目は50人余りの地権者のうち、31人が勉強会に参加する熱の入りようだった。
「すぐに再開発に取りかかるために行なったわけではないが、地権者の気持ちは前向きで、現状を何とかして変えたいという意気込みが伝わってきた」(市内のある設計会社幹部)という。

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住販大手の飯田産業グループ、旭川進出は来年?

 低価格を売りに業績を伸ばしている全国住販大手、㈱飯田産業(東京都武蔵野市、兼井雅史社長)が、今年11月に計画するグループ6社の経営統合を機に、今秋にも道内に進出する計画が浮上している。経営統合により売上高は9000億円を超える規模になり、業界3位の住友林業に匹敵する。旭川地区へは、早ければ来年にも拠点を設ける可能性があり、地元業者の間では警戒感が強まっている。

年間2万6千戸を販売する飯田産業グループ
飯田産業グループは、飯田産業(東京都武蔵野市)を中心に、一(はじめ)建設㈱(東京都練馬区)、㈱東栄住宅(同西東京市)、タクトホーム㈱(同)、㈱アーネストワン(同)、アイディホーム㈱(同)の6社から構成されている。6社の本社所在地はいずれも東京都内で、一建設以外は全て都内西部に集中している。6社の年間販売戸数は、合計で2万6000戸を超え、道内全体の年間住宅着工戸数の7割近くに相当すると見られている。すでに昨年12月、今年11月の経営統合に向けた準備を進めていることを公表している。

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社保料過少納付した会社を提訴 3年半の戦いに勝った元社員たち

 東日本大震災後、雇用安定のための助成金をだましとった疑いで仙台の会社の女社長が逮捕された。実はこの会社に対しては、元社員の社会保険料を不当に安く抑えて納めていたとして、道内に住む元社員への損害賠償を命じる判決が下されたばかり。違法行為と不適切な行為が相次いで明るみに出た。

3年半の争いようやく勝利
7月1日、テレビやネットのニュースで、ある人物の逮捕が伝えられた。各社の報道を総合すれば、逮捕されたのは㈱東北医療器械(仙台市青葉区)の木村かほる社長(61歳)と、同小西玲子取締役(55歳)。2人は従業員に支払う休業手当の一部が助成される中小企業緊急雇用安定助成制度を悪用、東日本大震災が発生したあと約2ヵ月間にわたって従業員31人に休業手当を支払ったと虚偽の申告をして、宮城労働局から824万円をだましとった疑いがもたれている(2人の認否は明らかにされていない)。
この仙台で起きた事件について、道内のマスコミの扱いは小さかったが、旭川市内には何人か、このニュースを聞いて特別な思いを抱く人がいた。彼らは3年半にわたって木村社長と法廷で争い、最近になってようやく勝訴したばかり。助成金詐取容疑に対する捜査はこれからだが、この企業が従業員の社会保険料をめぐって不適切な行為を働いていたことは、民事訴訟で認定されている。
札幌地裁で5月29日、鳥居俊一裁判長の下した民事訴訟の判決。裁判の被告は木村社長が経営する東北医療器械で、原告は伊藤陽子氏ら元社員8名(うち6人が旭川市内在住)だ。原告は東北医療器械が社会保険事務所(現年金事務所)に対して虚偽の標準報酬月額(厚生年金保険料算定の基準とするため、給与などの報酬を区切りのいい数字で区分した金額)を申告したため、受け取れる厚生年金が減ってしまったと主張。損害額と慰謝料の支払いを求めていた。判決は8人の被告のうち6人について7万5000円~54万9000円を支払うよう被告に命じ、慰謝料については原告らの訴えを退けた。裁判所は事実認定と判決理由のなかで、原告の主張のうち重要な部分をほぼ認めている。被告側が期日までに控訴しなかったことから、判決はこのまま確定した。

若き社労士がサポート
東北医療器械はもともと、マッサージチェアの販売事業を手がけていた。現在はリゾートホテルでのエステ事業に主力を移しており、北海道から東北、関東にかけての地域で約200店舗に680人のエステティシャンを派遣しているほか、マッサージ業、エステスクールの経営も手がけている。同社ホームページによれば資本金は5000万円、2012年1月期の売上高は33億円だ。マッサージチェアの販売で築いたリゾートホテル業界との密接な関係が、その後のエステ事業の拡大を助けたとみられる。

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