旭川医大病院 少年の死は防げなかったのか

 人間が担う医療に完璧を求めることはできない。時として人的なミスのために命が失われることもあるのも事実。大切なのは過ちを人として真摯に受け止め、再発を防ぎ、医療の安全性を高めるための努力だ。しかし、8月1日、旭川医大病院で15年間の短すぎる人生に幕を下ろした少年の家族が本誌に語った経緯から判断して、旭川医大が真摯に再発防止に取り組もうとしているのかは疑問だ。

病気に負けたわけじゃない
 K君が入院していた旭川医大付属病院の病室から、CT撮影のためにベッドに乗ったままの状態でエレベーターに載せられ降りていったのは8月1日(日曜日)の夜7時20分ごろのこと。心配な状況ではあったが、前日からのひどい痛みの理由を探る検査をようやくしてもらえることになったこと、それまで何度も「死ぬ病気ではない」と医師たちに太鼓判を押されていたことから、10分か20分すれば戻ってくるはずだと、両親は考えていた。予想に反して、30分、40分が経過しても、何の知らせもなかった。1時間が経とうとするとき、エレベーターの扉が開いた。中から出てきたのは沈痛な表情の担当医師。別室に案内した後、医師は淡々と両親に告げた。
 「心肺停止しました。いま蘇生を行っています」
 この時点で心肺停止から少なくとも30分の時間が経過しており、蘇生の見込みはゼロに近かった。夜11時11分に死亡宣告が行われた。
 前日の7月31日が15歳の誕生日だった。退院して中学校に再び通うことも、親友たちと再会することも、バスケットボール部に戻ることもかなわなかった。遺骨となったK君を見つめながら、両親は言う。「息子はがんばっていました。病気に負けたわけじゃない。それをみんなにわかってほしい」。

髄膜炎からは回復したが…
 今年の4月まで元気に中学校に通っていた。学校の健康診断で、尿から蛋白が検出され、検査のため入院した厚生病院で「SLE(全身性エリテマトーデス)」であることがわかり、設備や人材のそろっている旭川医大病院の小児科に5月10日に転院した。担当したのはN医師(講師)、Y医師(助教)、I医師(医員)の3人からなるチーム。不安を感じる両親を、医師たちは笑みを浮かべながら「SLEは死ぬ病気ではありません」と勇気づけた。

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この続きは月刊北海道経済2021年10月号でお読み下さい。