ページをめくるごとに驚きが増幅し、読み終えると虚脱した感覚に陥った。旭川市民の「血税を1円も無駄にしない」という気概が行間ににじむ。と同時に、もっと早くに公的機関として、この認識を公にすることはできなかったのか、との疑問も浮かぶ。旭川市内の公園で2021年3月、凍死体で見つかった市立中学2年の広瀬爽彩(さあや)さん(当時14)がいじめを受けていたとされる問題に絡み、爽彩さんの母親が学校・市教委がいじめに適切に対応しなかった、として旭川市に1億1600万円の損害賠償を求めた訴訟は3月に和解が成立したが、この裁判での被告(旭川市)の主張内容の詳細が本誌の取材で明らかになった。裁判の重要な争点の一つと言えるもので、税金を支払い賠償金の一部を負担した市民を含め、社会全体で共有すべき情報と判断し、掲載する。

クラスメイトの行為 評価を避けるは何故?
まず凍死の概要に誌面を割く。
爽彩さんは2019年4月、旭川市内の中学校に入学して間もなく校内外でいじめに遭ったとされる。6月、市内の川にひざ下まで浸かり保護された後、心が不安定な状態を受け入院した。退院後に転校したが不登校となった。2021年2月、行方が分からなくなり、同年3月に市内の公園で凍死体で見つかった。
遺族は学校がいじめに適切に対応しなかったとして2025年2月に旭川地裁に提訴し、第1回口頭弁論の後、複数回の弁論準備手続を重ね、裁判官・原告・被告間で争点・証拠の整理をした。
2026年3月26日、裁判長の提案どおり市(被告)が遺族(原告)に損害賠償7000万円を支払う和解が成立した。すでに和解金は原告に振り込まれている、とみられる。
被告の旭川市は、センシティブな事案であることや、爽彩さんの母親ら関係者の心情に配慮し、旭川地裁に提出した答弁書・準備書面の閲覧制限をかけ、報道機関の取材にも具体的な争点について明言を控え続けてきた。
だが、2025年10月の市議会で市教委は、「いじめ」と「自死」との間に事実的因果関係があると認めた上で、▽学校が学級内のいじめ行為を把握していたこと▽いじめ被害から長期間を経た後においても自死につながると予見できたこと─について否認していることを明かした。
言質を取られることを本能的に避ける傾向のある公的機関特有の玉虫色の答弁で、旭川市・市教委は、報道機関にも同様の対応に終始した。
本誌の取材にも、学級外の「いじめ」の事実を認定する一方で、学級内の爽彩さんに対するクラスメイトの行為を「いじめ」と評価するか否かについては一貫して明言を避け続ける。
30数年の記者生活で感じていることが一つ。地方公共団体職員や警察官ら公権力を担う人たちは、公務に関して能動的に嘘をつくことはない─という事実だ(ヒューマンエラーを除く)。言えないことには黙るか、はぐらかし言質を取られまいとする傾向にある。
本誌の取材に学級外の行為を明確に「いじめ」と認定する一方で、クラスメイトの行為の評価について煮え切らないのは何故か? 理由があるはずだ。それは何か?

