
野良猫や野良犬、野生動物へのエサやり。当人にとっては動物愛護精神の表れだとしても、周囲の人はフン、毛、騒音に関する悩み、そして感染症のリスクに直面することになる。こうしたトラブルを巡って美瑛町内の住民同士が争っていた裁判の控訴審で今年2月、エサやりをしていた側に約94万円の支払いを命じる判決が下された。被害者側は勝訴したとはいえ、一部不満が残る内容だった。そもそも一連の行動が猫の幸せにつながっていたかは疑問。仔猫がキタキツネに捕食された可能性が浮上している。
隣家の要請を拒否
この裁判で争っていたのは、いずれも美瑛町内に暮らすX夫妻(原告)と、美瑛町立病院の院長と同じ病院に医師として勤務する妻のA夫妻(被告)だ。いずれももともとは他の自治体で暮らしていたが、美瑛に移り住んできた。これら2組の夫婦は「ご近所」同士ということになる。
動物へのエサやりに限らず、近所とトラブルが生じることはあるが、大半は話し合いで解決する。この2軒の間の対立は、最終的に司法制度の力を借りて決着をつけることになった。
判決が認定した事実を紹介すれば、被告夫妻は2005年に現在の居住地での生活を始めてから、冬期間に野鳥のためにその庭に設置したバードテーブルに市販のエサを置いたほか、庭にキャットフードをまき、庭に野鳥、カラス、ハト、猫、その他の野生動物が付近に出入りするようになった。
被告はしばしば家の中に複数の猫を招き入れていた。夜には屋外に出される猫は原告宅の庭でもフンをしたり、尿でマーキングをしたため、原告は被告に対してエサやりをやめてくれないかと依頼したのだが、被告はこれを拒否、エサやりを続けた。原告夫妻のうち夫は猫アレルギーであるため、悩みは深刻だった。
また、カラスは他の動物より計画性、記憶力が優れていることから、見つけたエサをすぐには食べず、将来に備えて隠す習性がある(貯食行動)。このため原告宅の庭は頻繁に掘り返された。被告のまくエサに吸い寄せられるように、エキノコックスの病原体の宿主となるキタキツネがやってくるのも原告にとっては不安材料だった。
原告は自宅庭を監視するカメラを設置した。確認してみると驚きの映像が残っていた。朝5時半、被告のうち妻が猫を抱きかかえて原告宅に近づき、猫を原告宅の庭に入れていた。このままでは被害が止まらないと考えた原告は警察に相談。警察は原告から苦情が来ていることを伝えたものの、被告の行動は変わらなかった。上川総合振興局の指導員が映像を見た上で、被告宅を訪れて、室内飼いを「お願い」した。しかし被告は上川総合振興局にも従わなかった。
原告はこのままでは事態の解決は見込めないと判断し、2024年に被告を相手に民事訴訟を起こし、人格権侵害による野良猫や野生動物へのエサ、水やりなどの差止め、不法行為に基づく合計258万円の損害賠償などを求めた。
一審は原告敗訴 二審で逆転判決
ところが一審判決は意外なものだった。映像などの客観証拠があるにも関わらず、原告と被告が居住する地域は、豊かな自然と隣接する地域であって、野生動物が周辺に多数生息しており、野生動物による鳴き声や糞尿が相応にあった上に、近隣の廃屋に住み着いている猫の繁殖状況や被控訴人らによる給餌や給水による環境の悪化は明らかではないと判示した。控訴人らに生じた本件被害は受忍限度を超えているといえず、人格権侵害による差止め、不法行為に基づく損害賠償は認められないと結論付けた。原告側の主張が全面的に退けられたことになる。
原告側は到底納得できないとして控訴。今年2月12日に札幌高裁で言い渡された控訴審判決は、一審とは大きく異なる内容となった。被告は原告のうち夫に54万円余り、妻に約40万円を支払うよう命じられた。
控訴審判決は、猫が近所にある廃屋をねぐらとし、被告が与えるエサを目当てにX宅を通ってA宅に向かい、X宅敷地で頻繁に糞をしていたと認定、糞と比較すれば立証は困難ながら、頻繁に尿もしていたと推認した上で「精神的苦痛は大きく、居住者にとっては大きな負担があるといえる」との判断を示した。
「そして、控訴人ら(原告)は、被控訴人ら(被告)に対し、控訴人敷地に猫の糞や尿による被害が発生しているので餌や水の与え方を改めるように求めたが、被控訴人らは、餌や水を与えることを継続した。被控訴人らは、警察や上川総合振興局から注意を受けても、餌の与え方を改めなかった。かえって、被控訴人らは、控訴人らによる監視カメラの撮影を避けようとして、餌やりの場所を、庭から、控訴人自宅から見えにくい裏口や室内で与えるに至った」(高裁判決)
札幌高裁は、キタキツネについても問題を指摘している。「さらに、被控訴人らは、キツネに対して直接に餌を与えているものでないが、キツネがたびたび控訴人敷地を通過していることが認められる。美瑛地域において野生のキツネが広範囲に生息し、住宅地に出没することがあるとしても、被控訴人らが餌やりをして野生動物が集まり、これに合わせるかのようにキツネも出没しているのだから、野生動物に与えた餌等を狙って訪れている場合もあると認めることができる。そして、キツネも、糞をするし、エキノコックス感染症の感染源を有している場合が多いこと明らかである」
さらに、被告がエサやりの見直しを原告に求められたにも関わらず改善しなかったことにも注目し、「控訴人らが受けた本件被害は受忍限度を超えるものとして、被控訴人らによる餌やりは不法行為上の違法性を有すると認めるのが相当である」と結論付けた。
その上で、原告のうち夫が猫の侵入防止のための設備購入にかけた24万5793円、夫への慰謝料25万円、夫の弁護士費用5万円、妻が侵入防止にかけた費用10万7599円、妻への慰謝料25万円、弁護士費用4万円、合計94万円3392円と遅延損害金を支払うよう被告に命じた。
被告が期日までに上告しなかったため、判決は確定した。
旭川地裁判決から一転して、主張を概ね認める判決が札幌高裁から出されたことを、原告は高く評価している。しかし、すべてに満足しているわけではない。高裁での審理の終盤、被告は野外での猫へのエサやりをやめ、室内飼いを始めたことから、それ以降の原告への人格権侵害はないとして、敷地や建物内でのエサやりを差し止めることまではしなかった。カラスや野鳥についてのエサやりも「受忍限度は超えていない」として差し止めなかった。このため、原告はいまも、庭作業中などに付近の空を飛び交うカラスの影におびえている。
仔猫はどこに?
「野良猫へのエサやりをめぐるトラブルから、エサを与えていた人に慰謝料などの支払いを命じる判決が出た」─そう聞いた記者がまず想像したのは、野良猫への愛情が高じるあまり「一線」を越えてしまい、近所のひんしゅくを買ったトラブルだった。しかし、裁判所に提出された証拠からは、問題となった行為が本当に動物愛の発露だったのかとの疑問が浮かんでくる。
旭川を含む多くのまちでは、動物愛から出発した野良猫の保護が、無秩序な繁殖を経て、多頭飼育崩壊へとつながる。今回の事例では、多頭飼育崩壊は起きていない。それはなぜか。高裁で審理が進む過程で、被告が一部の猫を動物病院に持ち込み避妊手術を行ったことが裁判資料から明らかになっており、一部の仔猫については、知人へ譲渡したとの記録があるが、猫は年2回発情し、1回の出産で4~6匹を生むとされる。譲渡されたのは一部であり、残りはどこに消えたのかとの疑問が浮かぶ。
猫の頭数急増を防いでいたのはキタキツネの存在だった可能性がある。監視カメラには、夜に何かを威嚇するかのようなキタキツネの声、そして仔猫の悲鳴と思われる甲高い声が何度か記録されていた。この音声から、キタキツネが仔猫を捕食するために集まっていたと考えられる。野良猫にエサを与えれば、猫が集まり、繁殖の結果、仔猫が増える。それを目当てにキタキツネも集まり捕食する。仔猫の運命を厳しい自然の摂理に任せるエサやり行為は、果たして動物愛の健全な表現なのだろうか。
本誌は被告に①今回の高裁判決についての見解②町民の健康と関わりの深い町立病院院長として、高裁判決が示したキツネに関する判断についてどう考えるか③監視カメラに残る音声から、仔猫がキツネに捕食されていた可能性があるが、どう考えるかの3点について質問状を送ったが、締め切りまでには反応がなかった。
かわいい野良猫や野生動物を見かけたら、なでたい、エサを与えたいという感情は、自然なものなのかもしれない。しかしそれが周囲の人にふん尿や感染症を含む迷惑をかけないのか、動物そのものに悲惨な結果をもたらさないのかを、よく考える必要があるのではないだろうか。
