東海大跡地、理想資産が描くビジョン

「この場所を、初めて見た時の印象が強く今も残っています。とても静かで、建物も森も、まだ大切に使える場所と思いました」─。2014(平成26)年に閉校した旧東海大旭川キャンパス(神居町忠和)施設利活用候補として白羽の矢が立った、熊本市にある「理想資産㈱」(陳建豪社長)。既存の建物や土地の価値を活かしながら施設再生や不動産開発を行う気鋭のベンチャー企業だが、これから彼らが描く構想とは一体どんなものか。

陳社長の家族の歴史にちなんだ「理想資産」
 「理想資産」。珍しくもありユニークな社名だが開口一番、陳建豪(チン・ケンゴウ)社長は「私の家族の歴史があります」と言ってのけた。今から約80年前にさかのぼる。台湾で陳社長の祖父・陳海水(チン・カイスイ)さんが「理想牌」と呼ばれる服飾ブランドを立ち上げたことに由来する。陳社長自身は直接会ったことはなかったが「理想」という名前そのものが、陳ファミリーにとっては大切な言葉と強調した。
 そんな陳社長にとって「資産」というのは、単に土地や建物を所有することではなかった。その場所そのものが持つ価値を見い出し、事業として育て上げるだけでなく、地域にとっても長く残るものにしていくことだと考えている。そのことは旧東海大旭川キャンパスについても同様。「今ある建物と森の価値を、もう一度見直しながら、旭川にとって長く良い資産となる場所に再生していきたいと考えています」。
 このキャンパス跡地を知るきっかけは、建築関係者から公募の情報を聞いたことだった。その後、陳社長は自ら現地を訪れ、敷地に入った際、道路沿いに広がる森林を眺めながら「すごく綺麗だなと感じました。森の雰囲気がとても良くて、強く印象に残りました」と振り返る。
 陳社長自ら大のスキー好きでもあり、旭川空港からスキー場までの行きやすさにも魅力を感じていた。また自然やスキーを楽しめるのと同時に、旭川の街に近い。自然の良さと街の便利さ、そのバランスの良さがとても良いことが旭川の大きな強みとも指摘する。ところで以前、スキーをしていた際に、陳社長は骨折したことがあった。そのとき、近くに大きな病院がなく不安を感じたことがあったため、スキーを楽しむ立場からも近くに病院があることに対する安心感を重要視。「旧キャンパスということで歴史のある場所。建物と森が一緒に残っていて上手く活かせば、もう一度地元の方々にとっても意味のある場所にできるのではないかと思います」

「城下町として栄えた」東海大キャンパス周辺
 自然が豊かな丘の上にあり、市内を一望できるロケーションに恵まれた東海大旭川キャンパス。閉校後、旭川市は跡地の寄贈を受けた2016年(無償譲渡)から、民間事業者による活用をあれこれ模索してきたもののなかなか実現には至らなかった。それでも「以前は下宿がいくつもあり、一つの城下町として栄えた時期があったのに」と古き良き時代を懐かしむノスタルジー(郷愁)に思いをはせる周辺住民らの期待の声が聞かれた。その一方で北海道立北の森づくり専門学院が教育計画に基づく実習授業を重機等を使い施設全体を定期的に利用するだけではなく、グラウンドでは旭川西リトルシニア球団(硬式野球)が練習ほか試合等で活用している。
 さらには敷地内通路を伊の沢クロスカントリー少年団が練習場所として利用。入口付近については道北バスが路線バスの駐車場および方向転換地として活用するといった「行政財産の目的外使用許可」を得ているケースが複数みられる。さらに、耐震基準を満たしている松前記念図書館や、芸術工学研究館が原形をとどめているのも明るい材料と言えなくはなかった。
 そこで担当部局の総合政策部政策調整課が踏み切ったのが公募。具体的には「旭川市中心部から近く、アクセスの利便性が良いことや市内を一望できるロケーションなど高いポテンシャルを最大限に生かしながら、地域振興に寄与する事業活動などの利活用を希望する事業者を広く募集。その提案内容に対して総合的に審査した上で、利活用候補を決定する」という内容だった。昨年8月に公募を開始し同10月の現地見学会を経て、12月の締め切りまでに3社が応募。そして1月中旬に行われた審査会で白羽の矢が立ったのが、熊本県の「理想資産」だった。
 審査会では選定委員会による書類審査、応募者からの説明とヒアリングを実施。審査基準としたのが、提案事業が地域の魅力を向上させ、賑わい創出や地域活動の活性化につながる提案か否か。周辺に集積する施設との相乗効果が期待できるかどうか。また投資や雇用の創出といった地域経済活性化につながる提案かどうか。地域のニーズを踏まえた取り組みとして災害の発生時に供出する避難スペースなどが確保されており、地域住民が利用しやすいように計画され、敷地全体を長期的に利用する内容になっているのかどうかといったこともポイントだった。

大きなアトラクションではなく森を活かして
 これらのことも踏まえ「理想資産」の陳社長はキャンパス跡地で構想している「森林体験施設」(遊歩道を散策したり、森林と触れ合う)の主な特徴について、こう話す。「大きなアトラクションをつくる考えではありません。今ある森をできるだけ活かして静かに歩いたり、自然を感じたりできる場所にしたいです」。そして森の中を歩ける道や季節の景色を楽しめる場所を少しずつ整えて、将来的には小さなアート作品を置いたり子どもや家族も楽しめる自然体験も考えていきたいとしている。「旭川は冬の雪景色をはじめ、秋の紅葉や夏の緑など季節ごとに違う魅力があり、森を活かすことで冬だけではなく、春、夏、秋にも来ていただける理由をつくって、森を大きく変えるのではなく、今ある森をできるだけ保全する方針で慎重に進めていきます」
 リゾートホテル構想については、現存する研究棟を活かした宿泊施設として考えているという。大規模な新築ホテルではなく約36室の小さめで、落ち着いたホテルを構想している。大型リゾートのように施設内ですべて完結してしまうのでなく「旭山動物園や家具、ゴルフ場、スキー場のほか、寿司屋、ジンギスカンといった魅力が、旭川にはたくさん。こうした場所を回遊するための一つの拠点としながら、流れを少しずつ創っていきたいと思うのです」(陳社長)。
 「プライベートヴィラ」(ヴィラとはラテン語の「郊外の大邸宅」に由来。自然に囲まれリゾート地に点在する高級一戸建て別荘)についてはホテルだけでは対応しきれない滞在もあるため、例えば家族で少し長く宿泊する場合や親子三世代で宿泊するケースに対応できる宿泊施設として考える。「ヴィラは、ただ泊まるだけではなく、森の中で少し長く、静かに過ごすための選択肢として一定の可能性があると思っています」。具体的には森の中で本を読んだり、散歩したり、深呼吸したり。必要な時には市内で食事をしたり買い物をしたりする。そういった旭川の自然と街の便利さの両方を楽しむ滞在ができれば良いととらえている。
 ただし、「まず優先するのは、今ある図書館棟や研究棟の再生。ヴィラについてはその後の段階で運営の状況、景色、交通、インフラ、行政との相談や地域の方の理解などを見ながら、慎重に考えていきたいのです。もし、進める場合でも、建物の場所、外観、色、照明、植栽などにルールを設けて全体的に統一感が出るように、今ある森をできるだけ残しながら景色に合う形で考えていきたいと思っています」。

〝森のミュージアム〟カフェレストラン構想
 都市計画変更の手続きについては現在、旭川市総合政策部政策調整課と理想資産㈱が協議中で、市議会の議決を経て2026年度中にも、土地と建物を売却する方針だ。市が公表している最低基準価格(これらの価格を下回らない提案)は5426万円(土地が2610万円、建物は2816万円)として見込み物件概要は敷地面積が約37万2000平方メートル。山林をはじめ、雑種地、原野ほか公衆用道路がある。
 建物は芸術工学研究館(鉄筋コンクリート造で4階建て、延べ床面積は1746平方メートル)、松前記念図書館(鉄筋コンクリート造地下1階地上2階建て、延床面積約1720平方メートル)。さらに付属機械棟(鉄筋コンクリートブロック造平屋建て、約141平方メートル)や、ポンプ室(コンクリートブロック造平屋建て約7平方メートル)、バス待合室(鉄筋コンクリート造平屋建て約17平方メートル)などがある。閉校後休止していたため、上・下水道等の使用可否は確認できていないが、今後点検する必要性を自覚。手続きや契約が順調に進んだ場合には、ホテルなどの運営に必要な設備を専門業者に確認してもらい、必要な改修を行っていく。
 石狩川に面した敷地内の一部(台地縁)に埋蔵文化財包蔵地(チャシ跡)が含まれていることから場合によって「工事の前に利活用者の負担による発掘調査」を行う必要性もある。しかし、これに関し陳社長は「チャシ跡の周辺は現時点では開発しない予定。今の計画であれば発掘調査が必要になる可能性は高くなく、もちろん、今後の設計や使い方で影響が出る場合には旭川市と相談して、必要な手続きをきちんと行います」としている。
 「屋外美術館」については、大規模な美術館を新設するというよりも、森の中を歩きながら自然を感じられる場所という考え方。イメージとして描いているのが森の中に歩ける道を整えた上で、来館者が散策しながら、木々や季節ごとの景色を楽しめる〝森のミュージアム〟のような空間だ。将来的には小さなアート作品などを森の中に置くことも考えられるものの「森そのものを楽しんでいただける場所」として機能させたいという。
 「レストラン」も構想しており、図書館棟など既存建物を活用しカフェレストランのような飲食機能を設けることを検討している。ただ現時点では具体的な業態を決めているわけではなく、「この場所の雰囲気に合う飲食事業者や地域事業者との出会いを探している段階です」と本音を明かす。
 こうした旧東海大旭川キャンパスプロジェクト全体について、陳社長が強調するのは「まずは、今ある建物と森をできるだけ活かし、長く価値が残る場所として再生していきたい」との思いだ。森や旧キャンパスが持つ雰囲気を活かしながら、宿泊者のみならず、地域の住民や旭川を訪れる人々も利用できる場所。そして「20年後、30年後地域の方に『良くなった』と思ってもらえる場所にしたいのです。森の中でのんびりと過ごしたり、本を読んだり家族と一緒に楽しめる場所にできればとも思っております」。

この記事は月刊北海道経済2026年8月号に掲載されています。
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