「内田さんから仕組んだものではない。いろいろな要素・偶然が絡み合い重なってしまった」─。2024年4月、女子高校生(当時17歳)を旭川市内の渓谷に架かる橋から川に転落させ溺死させたとして殺人などの罪に問われ、7月に懲役27年の刑が確定した内田梨瑚受刑者(23)の国選弁護人を担った八重樫和裕弁護士が7月14日、本誌の取材に応じた。当該事件の端緒は? 女子高校生が抱えた事情、事件の特異性、公訴事実をはじめ検察側の主張をほぼ全面的に認めた判決の受け止め、接見・弁護活動を通して感じた内田受刑者の印象をなどについて語った。

けだるい声で「もう疲れた」
「もう、疲れた、この件でね」。電話で取材を申し込むと、八重樫弁護士のけだるい声が返ってきた。「断わろう」との思いもあったろう。大まかに取材の趣旨を告げた。しょうがない、という感じで言った。「(7月)14日に来てください」
相対した八重樫弁護士の表情は冷めていた。「今さら何を……」。そんな感じであった。事前に用意した取材趣意を記した企画書を手渡す。目を通し顔を上げたが相変わらず表情は冷めていた。
音声レコーダーをまわす許可を得る。取材は1時間半近くに及んだ。
この事件の概要・特性・タイムラインの確認を含め話しは広範囲に及んだが、以下の2点に収れんされる、と感じた。
①転落に直接結びつく突き落としがあったと評価するには不合理な状況証拠②加害者側から見て酌むべき、さまざまな要素・偶然が重なったこと─。
この2点に取材の全般を通して注目する。
2008(平成20)年施行の刑事裁判における被害者参加制度と、翌年に施行された国民が特定の刑事裁判の審理に参加する裁判員制度は、閉ざされ硬直化した司法に一般国民の考え・価値観などを反映させた一方で被告人(加害者)への過度な厳しい眼差しを醸成する社会トレンドをはぐくんだ事実は否めない。SNSが、こうした傾向をさらに増長させたことを背景に、とかく大手メディアは、物理的(紙面・時間など)制約や、自社の見識に身を硬くし、加害者の酌むべき事情(言い分)を取りこぼしがちだ。こうした傾向は、SNSに親しむ若年層から大手メディアを〝オールドメディア〟と揶揄・忌避される要因の一つとなっている。
八重樫弁護士は、加害者(被告)への厳しいまなざしが社会トレンドとなる中で、マスメディアの粗い網の目からこぼれ落ちる苦い思いを言の葉にした。
懲役27年 「重いなと感じている」
「まあ、あの共犯者の小西優花受刑者(他の国選弁護人が担当)については25年求刑の23年(2025年3月確定)だったということに比べれば、重いな、と。重い、というのが率直な感想だね」。八重樫弁護士は、旭川地裁判決(田中結花裁判長)の受け止めをそう語る。
公判(裁判員裁判)で、内田受刑者は一貫して殺意と、転落に直接結びつく突き落としの実行行為を否認した。「橋から落下させていません」。初公判の罪状認否で内田受刑者はきっぱりと言い切っている。
「小西受刑者の裁判では争いがなかったんです。こちら(内田受刑者)は、殺意を争って、実行行為も争った。どうなるかなと思ったけども、まあ全く同じ認定になってしまった。役割の違いで23年と27年の違いになったんだろうけども、それほどの違いがあるのかどうか」
小西受刑者は従犯ではなく、両受刑者は共謀共同正犯の認定だった。八重樫弁護士には、そうした思いもあったのだろう。
「一般的に裁判員裁判は(刑が)重たいんですよね」。そして、こう言い添えた。「職業裁判官の行う裁判よりは重たいですね。傾向として裁判員は被告人を罰する、ということによって職責を果たしたような気持ちになりがちと感じています。重い処罰を与えて職責を果たすという傾向があります。刑事事件をやる弁護士の間では共通の認識になっている。まあ今回も、いわゆる『握り』といいますかね、求刑通りという意味では、もうちょっと考えようがなかったのかな、というふうには思いますね」
公訴事実も判決においても小西・内田両受刑者の関係は共謀共同正犯の位置づけであるにもかかわらず内田受刑者の懲役年数が多く重い刑責を科せられたのは、どうしてなのか? 小西受刑者は従犯ではない。
大手メディアが報じない被告の酌むべき要素
加害者とされる対象を徹底的に叩く、という社会トレンドは当該事件にもあてはまる、という認識をベースに八重樫弁護士は言葉に力を込め、事件の端緒から語り始めた。
「この事件のきっかけは、被害者の女性が自分のSNS上に内田受刑者の顔写真を無断流用したっていうことから始まるんですよね。無断流用された内田受刑者は『どういうことだ!』と。被害者女性を突き止めてSNSの通話機能を使い連絡を取った。その連絡を取ったのが2024年4月18日でした」
内田受刑者と被害者女性はしばらく話していた。八重樫弁護士によると、内田受刑者が、被害者の女性と電話を始めたのは4月18日午後9時5分ごろだった。内田受刑者の軽乗用車に同乗していた上川管内在住の少年(少年院送致)と電話を代わりながら留萌の道の駅に着く午後11時35分まで計2時間31分26秒間、内田受刑者と被害者女性は会話をしていた。
「被害者女性は、内田受刑者が会うために自らの住む留萌に車で向かっているのを知りながら到着するまで漫然と音楽を聴きながら会話を続けていたんです」
話し前後するが、内田受刑者が車のガソリン代をかけてまで留萌に向かういきさつに紙幅を割く。
「(通話の最初のほうで)被害者女性から『お金を払う』と言い出したんです」。被害者の女性が自ら能動的に金で解決することを提案した、という。
「内田受刑者は、相手が高校生だって聞いていたので、お金を持っているのかな、と疑問に思った。ところが、(被害者女性が)『持ってる』と、『50万円以上持ってる』と言ったんですね。『50万円払ってもいい』みたいな話になっていったんです」
「実際にスマホ決済アプリ ペイペイの口座に56万円ほどあったのかな。それで、(被害者女性は)50万円送ろうとしたんだけども額が多すぎて送れなかった。それで、結局10万円を送ることで話し合いがついたんだけども10万円も未成年だから親の同意がないと送れないということになった」
持ってるって言うんなら払え! 自分の写真を勝手に流用されて愉快ではない─と。このままでは内田受刑者から見てらちがあかない。内田受刑者は、少年と一緒に留萌へ向かった。
「電話を切ればこの事件はなかった」
将来のある女子高校生が命を落とした結果の重大性を踏まえたうえで、内田受刑者が重い刑責を負うことは相当としながらも八重樫弁護士は社会全体で共有すべき当該事件の教訓を語った。
見知らぬ少年と内田受刑者の2人が写真の無断使用という自らの非を咎めに深夜に留萌に来る。
「旭川から留萌まで1時間20分ぐらいかかるんだけども、その間、(被害者女性は)電話をつないだままでいたんですね。切ればよかったんです。切れば終わった。切ればこの事件はなかったんです」。さらに、言葉に力を込めた。
「なぜ、そんなに1時間20分も話していたのか。だって知らない2人が旭川からこの夜中に自分の住む留萌まで会いに来るんですよ。普通なら怖い。しかも自分が悪いことを先にしてるわけだから。それなのに電話をつないでる、っていうのがまず不思議だな、と感じます。切ればよかったということですよ。切れば終わる。2人が来るのを待ってなくたっていいじゃない。着信拒否もできるんです。しかも待ち合わせ場所の道の駅に被害者女性は1人で現れた」
この不幸な事件から得られる教訓を八重樫弁護士は語った。
「なんで1人で現れた?親でも友達でも警察に連絡することもできた。『自分がこうやって写真を流用しちゃった。なんかお金を払えって言われている。こっちに向かって来るって言ってる』と」
だが、彼女は1人で来た。「夜の11時半ごろ、道の駅に。道の駅も閉まっている。そこに1人で現れたんです。知らない2人が待っている。なんで1人で現れた? 1人ではなくて、誰か連れて来れば、こんな事件にはならなかったんじゃないかと私は思っています。この事件は、内田が当初から仕組んだものではなかった」
「(被害者女性が)なぜ電話を切らず、しかも1人で来たのか。それは彼女には人に知られてはならない秘密があったからです」。言葉を慎重に選びつつ八重樫弁護士は続けた。
「高校生がなんで50万円ものお金を持っていたのか。そのお金のつくりかたに人には言えない問題があった。人に知れてはいけないから、なんとか1人で解決しようとして電話も切らず1人で現れた」
結果の重大性と刑責の重さを鑑みつつ当該事件をふかんするように言った。
「この事件の端緒は、被害者女性にあった、そのことは忘れてほしくないね」
車内でスマホいじり謝罪らしい謝罪なし
1人で現れた被害者女性の態度に内田受刑者は腹を立てた。
「(被害者女性は)助手席に座りふんぞり返って自分のスマホばっかりいじくって謝罪らしい謝罪をしなかった、と内田受刑者は話している」。怒った内田受刑者は被害者女性からスマホを取り上げた。
取り上げたスマホを見て被害者女性が周囲に知られたくないSNS上の秘密を内田受刑者は知る。高校生ながら50万円ものお金がある理由も。
「金でなんとかなると、たかをくくって、今の自分の置かれた事態を理解できてなかったのかもしれない」。この段階で車にいるのは内田受刑者・少年、被害者女性の計3人だった。
内田受刑者は、なぜ旭川へ向かったのか? 理由があったはずだ。
「旭川にいたときに車内で被害者女性と電話しているうちに急きょ留萌に行くことになった」。内田受刑者は、留萌の道の駅で被害者女性と話している最中に、ガソリンが少ないことに初めて気づく。
「夜の11時過ぎです。留萌市内のガソリンスタンドをあちこち何軒か行ったんだけどみんな閉まっていた。とりあえず被害者女性を乗せて旭川向かうぞ、となったんです」
内田受刑者からすると、車内で話し合いを重ねる中でガソリンが少なくなり旭川へ戻れないことを心配した。さりとて、せっかくの金づるを話が中途半端なまま手放したくない、という考えがあった、と想像される。3人は旭川へ向かう。
「旭川の台場の入り口でやっと給油できた。連れて来るつもりはなかったんです。いろんな要素が入ってこの事件は進んでいったんです」
旭川方面に戻ると、同乗してきた少年を自宅に送り届けるなど各家を回り内田受刑者は、小西優花受刑者を同乗させ、被害者女性を送り届けようと再び留萌へ向かう。
旭川市内で殴る蹴るなどの暴行を加えた後、「『分割で払う』ということで話がまとまった。『じゃあ間違いなく払います』っていうことで、じゃあ留萌に送る、ということになった」。この時点で被害者女性と内田受刑者には示談的合意ができていた、と八重樫弁護士は指摘する。それは、そのまま、殺意がなかった証左でもある、と。
再び予期せぬ偶然 急きょコンビニへ
だが、内田受刑者にとって、ガス欠の心配に続き予期しない偶然が重なる。
「留萌へ向かう途中で内田がトイレに行きたいっていうことでコンビニに立ち寄った。被害者女性も『私も行きたい』っていう話になった。それが、被害者女性がトイレが終わってから急に駆け出して店員に助けを求めた。そこでひと悶着あって、両受刑者が暴力を振るい被害者女性を車に押し込むように乗せ留萌方面へ向かったんです」。当該事件をふかんするように続ける。
「これも内田がトイレに寄りたいって言わなければ、あのまま留萌に行っちゃったよね。だからいろんな、なんていうのかな、つまずきっていうか、偶然的な要素があって、この事件は進んでいっちゃうんですね。だから僕らが(公判で)強調したのは、内田受刑者が全部仕組んだ、絵を描いたものじゃなくて、偶然的な要素で進んでいってしまった、ということです」
コンビニの件で話がまとまっていた毎月5万円の分割払いを履行する気がない、と考えた内田受刑者は、もう一度制裁を加える必要がある、と考える。コンビニで助けを求めた一件で被害者女性への憎悪をたぎらせつつステアリングを操作するうちに神居古潭に着いた。
両受刑者がこの時点で、コンビニから警察当局に連絡され刑事訴迫は免れない、と切迫した心理状態に陥っていたことは想像に難くない。同時に被害者女性が助けを求めなければ─の逆恨みの念が増幅したであろう。
事態は最悪のシナリオに向け急展開する。
ビデオ通話の少年、音を聞いていない
八重樫弁護士によると、公判で最大の争点となったのは、殺意・実行行為の有無だった。検察は起訴状の公訴事実の中で、殺意に言及しながらも転落に直結する背中を押す物理的実行行為に言及せず事実認定を避けた。
検察は公判で、過去の判例を踏襲するかのように落とすという物理的実行行為がなくても内田受刑者らのそれまでの言動のせいで被害者女性を転落させたのであれば殺人行為が成立する、と訴えた。
一方、内田受刑者は初公判の罪状認否で殺意はなく、橋から転落させていない─と明確に否認し続けた。「(被害者を)橋の欄干において車に戻った。落ちるところは見ていない」と被告人質問に答えている。
八重樫弁護士によると、内田・小西両受刑者と被害者女性が神居古潭にいたのは4月19日午前3時29分~4時1分の32分間だった。
一行が神居古潭に到着してから5分ほど経過して内田のスマートフォンが鳴る。帰宅した後、被害者女性のことを案じた少年からだった。午前3時35分54秒だった。
内田受刑者はすぐにビデオ通話にして対応する。スピーカーフォン(全方位からの音を均等にキャッチできるハンズフリー会話機能)の状態だった。このハンズフリーの状態は、立ち去る足音が聞こえる午前3時44分3秒までの8分9秒間続いた。
「ビデオ通話で橋の上で何があったか、この少年は見ていました。小西受刑者が裸の被害者女性に馬乗りになって殴ったりしてた。そして3時41分4秒に裸の彼女を欄干に座らせて謝罪させた。動画として残っています。それを少年は見てたんですね。この動画は内田が映していたんです」。少年は、あまりにむごい光景なので見ていられなくなり、2度ほどスマホを伏せたという。しかし、内田受刑者らの声は聞こえていた。
スマホの画像がわずかな時間暗くなったが通話が途切れたわけではなく内田受刑者らの声は聞こえていた。3時44分3秒、「早く行くよ」という内田受刑者の声が聞こえ、両受刑者の立ち去る足音が聞こえた、という。
少年が心配になって、内田受刑者に声をかけた。「被害者の親が迎えに来ることになっている」。内田受刑者はそう答えた。
欄干→立ち去る足音 3分間に何が?
「少年は、内田受刑者の『行くよ』と言う声の後、二人がその場から立ち去る音が聞こえたと公判で証言しています。スマホを伏せていても音は聞こえていた。だから問題は、動画記録に残る被害者女性を欄干上に座らせた後に外側に立たせた午前3時41分4秒から立ち去る足音が聞こえた午前3時44分3秒の3分間に何があったかです。ビデオ通話で少年は見聞きしていました」
補足するように八重樫弁護士は続ける。
「少年はずっとビデオ通話で見聞きしていますが、『キャー』っていう悲鳴や水面に落ちる音のような『ダン』という大きな音を聞いていない、最後に聞こえた音は車のドアを閉める音だった、と証言しています」
「それで、立ち去る足音が出てくるんだけれども、検察庁はこの間に落としたと。落ちたんだと。だから立ち去っていったという認識なんです。ですが、僕は、それを立ち去った後だから聞いていないんだと認識しています。この3分間に落ちたんじゃないんだ。この立ち去った後に落ちたんだと。置き去りにした後に落ちたんだと。だからこっちは殺人の実行行為はしてない、と主張してきました」
「内田受刑者は、もうこれ以上話しても、らちが明かないので置いていく、ということで立ち去った、と話しています」。足早に立ち去りたかった内田受刑者の心理状態には、コンビニでの暴行事件が通報されて警察当局が来る、という切迫した思いも重なったのかもしれない。
2026年5月の内田受刑者の公判に証人として出廷した小西受刑者は、内田受刑者が被害者女性の肩甲骨辺りを押して転落させた、と証言している。
だが、小西受刑者の供述は変せんが著しい。
八重樫弁護士によると、当初、小西受刑者は被害者女性が欄干の外側(川側)を向いて立っていたが、つかまっていた両の手を離し、「木が前に倒れるように落ちた」と供述していた。
ところが、「小西受刑者はその後、内田受刑者が被害者女性の背中を両の手で押し、欄干から落ちる際にロープにつかまり片手を伸ばしていたが、その後、川に落ちた、と供述しています。家裁から逆送された後の(2025年)7月31日を境に供述内容が変せんしました。当時19歳の小西受刑者は少年審判でもこうした供述はしていなかった」
それが7月31日になって検事の最後の取り調べで内田受刑者が被害者女性の肩甲骨の辺りを押した、と供述を変せんさせる。調書は1通のみだ。公判で「押した」「押してない」が争点になるのは目に見えている。事件の核心だが1通の調書だけでは材料に乏しく、のれない。自信が持てない。しかも、7月3日に起訴している。1通の調書のみで今更、公訴事実を変えることは難しい。旭川地検の苦渋が見てとれる。
実質的に主従関係にある内田受刑者が怖くて言えなかったのではないか?
「被害者に対して内田受刑者が暴力を加えたことや全裸にしたことなど内田受刑者が不利益になるであろう事実は逮捕当初から供述していることを考えると、両の手で押したことのみを怖くて言えなかったというのは不自然です」
内田・小西の両受刑者の供述内容から推測される被害者女性が発したとされる悲鳴や川に落ちる音響を少年は聞いていない、と証言しており矛盾が残る。
判決は、内田受刑者が被害者女性の肩甲骨辺りを両の手で押したことの認定を避けた。
殺意ない証左、置いたスマホ今も所在不明
内田受刑者は、殺意がなかった証左として立ち去る前に橋の通路上にスマートフォンと現金を置いてきた、と主張していた。判決は、不自然─と一蹴している。
「神居古潭の現場を立ち去るときに、被害者女性から取り上げた4000円と、同じく取り上げていたスマホを橋の上に置いてきた、と内田受刑者は言っています」
小西受刑者は、スマートフォンはなかったと証言していた。事件が発覚した後、置いてきたとされる現金4000円とスマートフォンは見つかっていない。
「現金紙幣は飛び散っていく。(橋の通路上に)現金を置いてその上にスマホを置いてきたと(内田受刑者は)言っていた。お金もない。スマホもない。ただ、スマホはどうしてないのかがよくわからないんだけども、これは想像ですけども、僕は被害者が手にして一緒に落ちていったんじゃないかと思う。つまり、(両受刑者が)立ち去った後に被害者女性が橋の上に戻った後、お金とスマートフォンを持って落ちたんじゃないかと考えています」
真実は分からないが、ひとつはっきりしていることはスマートフォン1台が今も見つかっていない事実だ。この事実に弁護人・検察に争いはない。
間違って別のスマホを置いてきた
「(内田受刑者は)複数のスマホを持っていたんです。自分の携帯が新旧2台。反社との連絡用1台の計3台を持っていた。そして、このとき、普段持っている3台に加え、被害者女性から1台取り上げているから計4台持っていた」
八重樫弁護士によると、内田受刑者は、4000円と被害者のスマートフォンを置いてきたつもりが実は別のスマートフォンだった。
「反社との連絡用のやつを置いてしまった」。車に戻った後、コンビニの件で捕まる可能性を考えて、持っていてはまずい、と考えた内田受刑者は、反社との連絡専用のスマーフォンを駐車場で壊した、と八重樫弁護士は言う。「でもそれは被害者女性のスマートフォンだった」
「それで壊したスマートフォンを帰路途中の豊岡の川に捨てた。その川から警察が(当該スマートフォンを)拾い出して、復元しています」
暗闇の中、このとき計4台を持っていた内田受刑者は気が動転する中で、間違って別のスマートフォンを置いてきた、という主張をしていた。
被疑者・被告人の最後の味方が弁護人
国選弁護人という立場で接した内田さんに八重樫弁護士はどんな印象を抱いたのか。
「事件が2024年4月でした。最初に接見したのは4月の下旬ぐらいだったと記憶しています。受け答えがはっきりしていることが第一印象でした。暗い様子ではなかった。てきぱきと物事をしゃべる。まあ、よくいる若い女性とあんまり変わらないと思いました」
数々の刑事裁判の弁護を担った経験から内田受刑者から感じる何か特別変わった点、特異性とかはなかったのか。
「非常に記憶力もいいし、それから捕まってからもノートにそれまでにあったこととか、ずっと整理して書いてました。記憶はしっかりしていたね」
加害者に対する過度の厳しい眼差しが社会トレンドとなって久しい。被疑者・被告人同様に刑事裁判における弁護人に対する過度に、ときに曲解した評価を下す潮流も激しい。
「僕は、あんまりネットを見ないんだけども、(誹謗中傷的な)メールは3、4通、電話は2件ぐらいきたかな。まあ電話には出てませんけどね。うちの事務員がいませんって断ってるから。まあ、メールを見たけど、『お前も同罪だ』とか、なんだ、かんだっていう類なんだよね」
「僕が広く社会に理解してほしいのは、刑事弁護人っていうのは、被疑者・被告人の弁護をするのが仕事だということです。いつも彼・彼女らの味方になるのが仕事なんです。だから一般の人が見ると、なんでそんな悪い奴の味方をするんだろうと思うんだろうけども、刑事弁護人の仕事は、その被告人の最後の味方になるのが仕事なんですよね」
どんな被告人でも彼・彼女らは自らの正義・考えを主張する権利が憲法で保障されている。その権利を担保し、支えるのが法のプロフェッショナルである弁護士の役割だ。
「今回のようにみんなから非難される事件こそ弁護人が必要なんです」
一方で、こうも言い添えた。「自分のいろいろなことのせいで人が落ちて亡くなったっていうことも事実なんで、(内田受刑者は)そのことをやっぱり自分で見つめなきゃいけない」
自分を見つめた2年間 思い記すノート15冊超
「起訴されて拘置所に移ってから自分のことや事件のことやら、内田受刑者にはいっぱい考える時間があった。自らがしたことの反省が深まっていった、と僕は感じています」
逮捕から判決確定までおよそ2年間、内田受刑者は、自らと向き合ってきた、という。
「公判で内田受刑者は遺族に謝りたい、と僕に言った。『どうしたらいいだろう』って。『そのような気持ちがあるなら遺族の方に向かって謝罪の言葉なりを述べたらいい』と伝えた。そしたら、『そうしていいんですか?』って」
内田受刑者に遺族が座る位置を教えた。弁護側から遺族に伝えたいことはありますかと問われた内田受刑者は、「被害者を再三傷つけ、苦しませ、これからの人生を奪ってしまい、本当に申し訳ございません」と述べ遺族に30秒ほど頭を下げて謝罪した。
身柄を拘束された逮捕から判決確定までの間に「内田受刑者は自分を見つめ直してきました。思いを綴るノートは15冊を超えました。内田受刑者の印象がやっぱり変わりましたね。被害者に対する思いやら、自分がなぜこんなところにいて、被告人という立場にいるんだろう、自分はどこで間違ってしまったんだろうと、そういうことを一生懸命彼女なりに考えていた」
殺意を認めた旭川地裁判決に対し、控訴も考えられたが、内田受刑者はしなかった。
「内田受刑者が被害者女性の肩を両の手で押したことについて認定しなかった。『押していない』と主張していた。自分はそんなことしてない、という主張が(一定程度)理解されたということが控訴しなかった理由だった、と思うね」
八重樫弁護士は、内田受刑者と接見し、2度にわたって控訴の有無の意思を確認した。
「(日にちを置いて)2回に分け控訴しない意思を確認した。最後に彼女はこう言いました。『納得して刑を務めに行きます。ありがとうございました』と」
内田受刑者は、刑務所で長い刑期に入った。
子どもの命を奪われた遺族の加害者に対する思いを象徴するかのような言の葉がずっと記者の胸にある。
1997年、神戸市須磨区であった神戸連続児童殺傷事件である。当時14歳の少年が土師淳さん(当時小学6年)を殺害した。少年が2004年に医療少年院を仮退院し、その後2015年に事件を綴った手記「絶歌」を出版したことを受けた父・土師守さんの憤りの言の葉である。
「彼は一生重い十字架を背負い続けなければならない。時間が経過して『事件のことを忘れる』ことは許されない」─と。
「反省」という行為は多くの場合、人格・識見の優れた人にとって有益である一方で、残念ながら記者を含め多くの現代人にとっては今や簡便なる自己清算に堕した感は深い。やったこと、したことを全部ひきずり生きていくほうがよほど覚悟が要る。
ゆえに、土師守さんは、十字架を背負い続けて─と少年に憤りの言の葉をぶつけたのだ
そして、こう続ける。更生してほしい─と。何ゆえに? 更生し、人間的成熟を深めるほど自らの罪におののき、さいなまれるがゆえに。そして、それはそのまま被害者へのしょく罪となるがゆえに。
内田受刑者は、重い十字架を背負い続け更生の道を歩まなければならない。それは、そのまま亡くなった被害者女性へのレクイエムとなるのだから。

