100%の確率で成果を生み出せる研究者などない。一方で、偶然や幸運から世界を変える画期的な発明や発見が生み出されることもある。しかし、旭川工業高等専門学校(旭川高専、現校長=矢久保考介氏)が関わった民間企業との共同研究の失敗を見ると、偶然や幸運に期待する以前に、この学校に共同研究に関わる基本的な条件が備わっているのかとの疑問を抱かずにはいられない。旭川高専の研究力、開発力に期待した企業は、なぜ最終的に提訴という最終手段を選んだのか─。

884万円を提供
いまAI(人工知能)があらゆる分野で活用され、人間の生活に変化をもたらしている。情報検索、動画作成、顧客対応…。しかし、次々と登場する技術の多くは米国や中国などで開発されているもの。地域の企業が作り手としてAIに関われることはほとんどない。
しかし、旭川市内に本社を置くA社は、この地域の学校の力を借りてAIを活用したシステムを開発すれば、自ら導入して業務を効率化するだけでなく、特許を取得したうえで外部に広く販売することができると考えた。
同社が社会に大きなニーズがあると確信したのは、レシートや手書き領収書を処理する会計補助システム。企業の経理担当者や確定申告で毎年苦労している人なら共感するはずだが、経理の仕事の中で大きな負担になっているのが書類からパソコンへのデータの移し替えだ。領収書など、お金の出し入れを証明する証拠の多くは紙で存在する。この時代、会計処理は基本的にパソコンで行うが、その前に紙に記されている金額、項目、相手、日付などのデータを一つ一つパソコンに移し替えなければならない。発行者によってそのフォーマットが一致しないことも面倒を増やす原因だ。
「こうした書類をAIで読み取れば、効率がアップするのではないか」と、A社は考えた。しかし、AIやOCR(光学的文字認識)の専門家は社内にいない。そこで共同研究を持ち掛けた相手が旭川高専だった。
旭川高専で産学連携の窓口となっているのが、校内に設置されたテクノセンター。高専の産学連携には、技術上の課題についてアドバイスする技術相談、製品開発・技術開発に向けた共同研究、委託に基づき高専の教員が職務として研究を行う受託研究、試作品などの製造に高専の機器を活用する機器共同利用という4つの方法がある。このうちA社が選んだのが共同研究だった。
2022年11月、A社から旭川高専に「会計補助システムの開発とレシート及び手書き領収書等の自然言語処理・文字認識に関する研究」の申請が提出された。高専側の代表者はパターン認識を専門とする准教授のY氏。研究期間は2年間、研究費用としてA社は直接経費・間接経費を合わせ884万円を負担、プログラム・アプリの開発に使用する高性能なパソコン2台(合計約200万円)を提供するなどの内容だった。2023年4月6日には共同研究契約書がA社と旭川高専の間で結ばれ、共同研究がスタートした。
マイホームの建築契約を交わす前に設計図を渡されるように、ソフトウェアシステムの開発前には、基本的な機能をまとめた「仕様書」が作成される。旭川高専は2022年9月の時点で「AI会計システム仕様書」をまとめ、A社に提出していた(9月30日に一部訂正)。その中には、基本要件として「AI会計システムは複式簿記に精通していない担当者でも操作可能であること」「データベースのバックアップが自動的にとれること」「ユーザーインターフェースは見やすい構成であること」などが記されている。他にも細かい機能や操作方法について指定がある。仕様書を提出した時点では、旭川高専としてもこうしたシステムは開発可能だと考えていたのだろう。
薄い報告書
契約締結から4年余りが経過した今年5月14日、民事訴訟の訴状が旭川地裁に提出された。原告はA社、被告は旭川高専が所属する独法・国立高等専門学校機構とX准教授。895万7700円を連帯して払うよう両被告に求める内容だ。
未だ存在しない知見や技術を追い求めるのが研究である以上、共同研究が空振りに終わる可能性があることは、A社にもわかっていた。しかし、これまでの経緯を探ってみると、共同研究が事実上成果をまったく生み出さなかったのは、高専側のあまりにずさんな対応に原因があると思われる…。

