青少年ICTパーク1月オープン

 コンピューターゲームを競技として楽しむ「eスポーツ」。その拠点施設「青少年ICTパーク」(仮称)が来年1月にも、旭川市中心部の国劇跡(3条通8丁目)にオープンする。プログラミング教育とeスポーツが今後どう連動し、相乗効果を発揮していくのか、新たな展開も期待できそうだ。

「コクゲキ」で実証実験  ワクワクする仕掛けを
 昨年6月発足した道北eスポーツ協会(事務所はスガイディノス旭川)は「eスポーツは多くの人が親しむことのできるスポーツ・競技。場所を選ばず行え広い北海道にマッチし今後成長すると予測され、大きな可能性を秘める」と期待。昨年8月にはイオン旭川西で北海道大会旭川ブロック予選と位置づけ、人気のプログラム「太鼓の達人」などを用いて開催した。
 IT業界で全国的にも注目される旭川プログラミングコンテストの実行委員を中心に構成される「旭川のeスポーツを考える会」(下村幸広代表)では昨年12月、市民活動交流センターと「旭川eスポーツ講演会」を共同開催。教育先進国のノルウェーで体育の授業で採用されている状況が映し出され、他のフィジカルスポーツと異なり性別や障害の有無、体力、体格の差が成績に影響しないなどの特徴も紹介された。
 こうした流れを背景に、旭川市やNTT東日本、大雪カムイミンタラDMO(観光地域づくり推進法人)がコンソーシアム(共同事業体)を結成し、来年1月にオープンするのが「ICTパーク」だ。道内で官民が協力してeスポーツの競技場に取り組むのは初めての試み。総務省の実証実験として、高速・大音量の第5世代(5G)通信システムで、特定の建物や敷地を範囲とする「ローカル5G」を用いたイベントも行う。
 ホテルカンダが入居する国劇跡のビルの元映画館(3、4階)を改修し約200席からなるeスポーツ競技場「コクゲキ」を開設。タテ3㍍横5㍍サイズの大型発光ダイオード(LED)モニターを設置し、東京・秋葉原にあるeスポーツ施設のエグゼフィールドアキバと結び、プレーヤー同士が遠隔で複数対戦できる。
 ビルの1階にはプログラミング教育などを遠隔で行うことができるトレーニングルーム(約100平方m)を設ける。実証実験はNTT東日本が応募し受託が決まったもので受託額は1憶3000万円。市は5300万円を予算計上し、大会運営費や関連機器の整備費にあてる。実証実験は来年3月までだが、通信施設はそのまま使用でき、ICT(情報通信技術)関連の人材を育てる考え。
 ICTパークのオープニングセレモニーでは、式典に続いて、西川将人市長と中高生とのエキシビジョンマッチ等を予定。運営主体となるDMOは今後、「ワクワクするような仕掛けづくりを行っていきたい」としながら、eスポーツを通じた企業対抗戦等を企画している。当面はオンラインと併用で開催する見通しだが、eスポーツの大会を毎月、継続的に開催。「にぎわいを創出し、人が行き交う場にしたい」と意欲的だ。

〝旭川モデル〟10周年学生対抗eスポーツも
 このICTパークにもトレーニングルームとして確保されるのが、「プログラミング教育」の場。IT業界で注目を集めるのが〝旭川モデル〟と呼ばれる「旭川プログラミングコンテスト」だ。16歳以下を対象としICTエンジニア養成を目的に実行委員会形式で開催。会場では運営スタッフによるインタビュー付きのユーモアあふれる実況中継を交え、熱戦が展開される。
 今年度から新学習指導要領により小学校の学習カリキュラムに導入した「プログラミング教育」に先行して行われたこともあり〝旭川モデル〟として注目を集めた。同様のしくみで釧路や函館、札幌、帯広でも地方大会がこれまで開かれてきた。道内にとどまらず、長野や山梨、和歌山、岐阜、福岡といった全国各地でも旭川モデルが活用され、旭川市はプログラミング教育での先進都市として評価されているという。
 そしてコンテスト開始から今年10周年を迎え節目の開催となったが、新型コロナウイルス感染防止のため通常と異なり、オンラインで文化の日の11月3日に開催。会場となったイオンモール旭川駅前店では、コロナ対策を施しながら実施された。実行委員長を務める小川博・東海大教授は「このコンテストのプログラミングが物事のアルゴリズム(計算する手続き)と、作品制作がプレゼンテーションの基礎力を養ってきた」と歩みを振り返る。
 一方、eスポーツでも新たな企画がイオン旭川駅前で始動する。〝旭川をeスポーツの拠点に〟と呼びかけ12月19、20の両日、「道北学生対抗eスポーツ大会」と銘打ち開催。フードコートでは5Gの技術展示も行う。
 プログラミング教育のメッカともされる旭川に、さらにeスポーツの拠点としての要素が加わる。プログラミングとeスポーツ。この二つが両輪となって今後、様々な効力を発揮する原動力となるのもICTパークの働きしだいと言えるであろう。

表紙2012
この記事は月刊北海道経済2021年12月号に掲載されています。

東京の金融コンサルが美瑛で羊飼い

 金融関連事業を主力とし、農業法人を傘下に置くトゥルーバグループホールディングス(本社東京)が、美瑛町内に系列会社を設立した。担い手不足や高齢化といった問題を抱える国内農業に、これまでも法人化という手法を持ち込んできた。美瑛では「びえい和牛」で知られるファームズ千代田と協力して羊を生産し、東京にある系列の飲食店で使用する予定だという。

列店の食材確保
 10月14日に設立された法人の名称は「トゥルーバファーム北海道㈱」、住所は美瑛町春日台で資本金は300万円。代表取締役には志波和佳氏が就任。会社の目的には、「農産物の生産、加工及び販売、農産物の貯蔵及び運搬、畜産物の製造、加工及び販売」といった事業を営むことや、これらの事業を営む会社などの株式を所有することといった記述がある。
 トゥルーバファーム北海道の住所は、番地を含めて㈱ファームズ千代田と同じ。フ社のアブガンドロージン・アバラゼデ社長がト社の取締役に名を連ねている。両社に取材を申し込んだところ、志波氏が電話取材に応じた。
 「我々はグループ内で居酒屋を経営している。その店で食材として使う羊を、美瑛で生産する。とはいえ、我々にはその技術がない。たまたま知り合いだったファームズ千代田が羊を飼育していることを知り、まずはお願いすることにした」
 ウェブページによれば、トゥルーバグループは東京・神田でそば居酒屋「創」を今年8月にオープンさせている。美瑛で生産された羊肉はこの店に送られるようだ。
 志波氏によれば飼育の規模は繁殖用の羊が40匹程度。1匹の母親から通常は年1頭、双子が生まれることもあり、毎年50頭程度の生産を見込んでいる。外部への販売は行わず、全量をグループ内で使用する。品種はサフォークやポールドーセットとなる見通しだ。
 日本国内で消費される羊肉の大半は豪州産とニュージーランド産。北海道でもここ数年、羊肉を生産する動きが拡大しているが、道内のジンギスカン店も大半の肉は輸入品だ。その最大の理由は価格差。国産の羊肉は割高で、高級レストランに需要が限られる。しかしト社では、グループ企業で生産した羊を直接仕入れることで中間コストをある程度圧縮できると考えているという。
 たしかに、輸入品が当たり前の羊肉について「国産」をアピールすれば、消費者に対する訴求効果は大きい。しかし、それなら他社が生産した食材を仕入れても同じこと。志波氏は「自社で育てたことを強調したい」と、グループ会社をあえて設立した理由を説明する。

モンゴル出身社長
 ト社と協力するファームズ千代田は、先代の高橋洋美社長(現名誉会長)の父が戦後間もないころに入植して創業。昭和40年ごろから肉用牛の生産に着手した。2004年には和牛の母牛を導入したが、これに合わせてモンゴル出身のアバラゼデ氏が招かれた。以来、高橋氏と二人三脚でファームズ千代田で牛の管理に当たり、現在はアバラゼデ氏が社長として経営している。
 日本、とくに道北のような地方で外国出身の企業経営者は少数派であり、なかでもモンゴル出身者の社長就任はまれ。しかし、いまから20年以上前に来日してから獣医学の研究に携わってきたアバラゼデ氏は肉牛生産を主力事業とする企業の社長として「適材」の人物だった。ちなみに牛肉はモンゴルの主要な輸出品のひとつだ。
 同社のウェブページには主要な事業として銘柄「びえい和牛」の生産、ふれあい農場の経営、ファームレストラン千代田、千代田家畜人工授精所の経営などが並んでいる。
 一方のトゥルーバはどんな企業なのか。中核となる持ち株会社、トゥルーバグループホールディングス(HD)同社のウェブページによれば、社名は「True Value Added」(真価創造)に由来する。第一勧銀(現みずほ銀)出身者が2003年設立。日本国内ではいち早く動産担保融資(Asset Based Lending、ABL)に取り組み、M&A、フィンテックなどにも進出した。
 「不動産については鑑定士がいるのに、在庫や売掛金といった動産については、鑑定士が存在せず、評価の方法も確立していなかった。そこで我々が、在庫品や売掛金を評価し、金融機関に対して評価書を出す事業を始めた」(志波氏)
 金融関連のカタカナ文字がずらりと並ぶ主要な事業内容の中で目立つのが、2017年に設立した100%出資の子会社「トゥルーバアグリ㈱」。この企業のウェブページには「『農業』を『農産業』にすべく、法人を主語にしたアグリビジネスを推進します」との目標が掲げられている。具体的には大分で黒毛和牛の放牧繁殖事業、佐賀での「園芸と畜産、物販、飲食等の複合事業」などを展開しているという。

新手法持ち込む?
 道外企業による多額の資金を投じた農業経営としては、神内ファーム21(空知管内浦臼町)が有名。戦後間もないころに根室の原野で農場経営に挑戦して失敗したものの、その後、消費者金融会社「プロミス」を興して大企業に育てた神内良一氏が、若き日の夢を実現するために1997年に設立した企業だ。130億円とも言われる巨費を投じて高級な肉牛、羊、野菜、マンゴーなどを大規模に生産してきたが、2017年に神内氏が死去したことを受け、全株式が「こてっちゃん」で知られる兵庫県の食品加工会社、エスフーズ㈱に売却されたものの、今も浦臼町での事業を継続している。
 また、外食大手のワタミグループも農業に進出した企業。一時は異業種参入が長続きするかどうか疑うむきもあったが、現在も全国各地で農場を経営するなどしている。
 ト社が設立した新会社は資本金300万円と規模が小さく、当面はグループ内の居酒屋に商品の供給先を限定する方針。しかし、そもそも各地で農業に進出した背景には、担い手の減少と高齢化といった日本の農業が抱える問題がある。今後、こうした問題を解決できる経営手法や資本を抱える本州資本の道内農業進出が増える可能性もある。

表紙2012
この記事は月刊北海道経済2021年12月号に掲載されています。

空港民営化で部品の1円売却続々

 旭川空港が完全民営化され、空港ビルと滑走路の管理・運営がHAP(北海道エアポート)に移管された。旭川市の財産である空港の備品も売却譲渡されたが、売却された34品のうち23品の価格は何と「1円」。取得価格が5000万円を超えるスノースィーパー(除雪車)などもあるが、なぜこんな破格の値段となったのだろうか?

34の物品売却
 道内にある新千歳のほか、旭川、帯広、函館、稚内、釧路、女満別の七空港は管理が、国・市・道と分かれていたが、これを新たに設立された民間会社が一括管理することで、観光客の誘致や滑走路の維持管理などで効率化を目指す。
 2年ほど前から本格的な検討が始まり、昨年10月には道が出資する第3セクター・北海道空港を主体とする新会社「北海道エアポート」(HAP)がこれら7空港を一括管理・運営することが決まった。
 これを受け、今年1月からは全7空港のターミナルビルの運営はHAPに移った。ただ、滑走路の維持管理は、専用の機材などが必要なため、段階的に行うことになっており、新千歳が最も早く6月1日からスタート。旭川は2番目で10月1日からの本格運営となった。残る5空港については来年3月からのスタートとなっている。
 乗降客が利用する旭川空港ビルについては、2017年秋から49億円をかけて国際線ターミナルビルやフードコートを増改築。国際線の待合室やロビーを2倍に広げ、年間50万人の受け入れが可能になっている。管理が新会社のHAPに移行しても支障はない。
 一方、滑走路の維持管理は、専用の各種機器、機材が必要になる。これまでは市が管理していたため、それらはすべて市が所有していたが、10月からはHAPが行うことになったため、同社に売却されることになっていた。
 それらのリストは7月下旬にHAP側から示され、市では8月下旬に仮契約を結んだ。そしてそれら34の物品を税込み価格1億5950万円で売却することを、9月10日に開会した第3回定例市議会に提案した。

3億円の消防車も
 議案によると34の物品の内訳は、空港用ホイールローダー3台、スノースイーパー8台、空港用ロータリー除雪車3台、除雪グレーダ2台、空港用除雪トラック4台、空港用化学消防車2台などと記載されているだけで、詳細については書かれていなかった。
 このため、議案審議のために設置された補正予算等審査特別委員会で、共産がその個別の内容と売却価格を示すよう資料を要求。すると、なんと23品目が「1円」となっていたことが明らかになった。

表紙2011
この続きは月刊北海道経済2020年11月号でお読み下さい。

藤本壮介氏 3つの計画が進行中

 東神楽町出身の世界的な建築家、藤本壮介氏が参加する3つの計画がいま、東神楽町と旭川市で進められている。いずれも既成概念を覆す建物となりそう。藤本氏が大阪・関西万博で重責を担うこともあり、この地域に注目が集まるきっかけとなりそうだ。

風景と共に弔う
 藤本壮介氏の傑作のリストに新しい作品が加わった。フランス南部、モンペリエの集合住宅「l’Arbre Blanc」。地上17階の建物からあらゆる方向にバルコニーが突き出し、名称が意味すうる「白い木」のようにも見える。
 現地の自治体は7年前に建築遺産となるタワーの建設を決定。コンペで選ばれた業者が藤本氏に協力を依頼。約3年の工事を経て昨年5月に竣工したこの建物の独特の外観は、「センセーショナル」と評された。
 藤本氏は東神楽町出身。1971年に生まれ、旭川東高を経て東京大学で建築を学んだ。現在では「日本の中堅建築家のトップ」との呼び声も高く、その名は世界でも有名だ。
 いま、その藤本氏が参加するプロジェクトが3つ、東神楽町と旭川市で進行している。第一に、東神楽町の町役場、図書館、診療所、文化ホール(新設)などを円形の回廊で連結する「複合施設」。回廊の外側には環状の並木も設けられる予定。
 2つ目は、東神楽町が東川町、美瑛町と形成する大雪葬祭場組合の大雪葬祭場整備事業。築40年間が経過した現在の施設を建て替える事業だ。施設の基本設計・実施設計について公募型プロポーザルの募集が行われ、その結果が8月28日に発表された。応募した3者の中から選ばれたのは㈱藤本壮介建築設計事務所(東京都)と㈱アイエイ研究所設計(旭川市)などの共同体だった。
 公開されている提案書によれば、藤本事務所などのチームは「建築ボリュームを最小限にし、各部屋の開口部から風土に根差した樹木や花々の大小の庭、眺望とプライバシーを守る伸びやかな丘が広がる。遠景には大雪山や十勝岳連峰など(中略)町のどこにいても見守ってくれる風景とともに弔う構成とする」デザインを提案した。
 提案書上の画像では、直線的な建物と、道路からの視線を遮る緩やかな丘が向き合っている。一昔前の「焼き場」の陰鬱な印象はない。葬祭場は2022年度の着工、翌年の稼働を予定している。

地球に優しい動物病院
 3つ目は、緑の森どうぶつ病院豊岡病院(豊岡5条5丁目)の建て替え。このプロジェクトで藤本氏はデザイン監修・設計指導の役割を担い、設計と施工は㈱橋本川島コーポレーションが担当する。
 緑の森どうぶつ病院の企画室長、本田リエ氏にとり、初めて知った藤本氏の作品「球泉洞休暇村バンガロー」(2008年)は衝撃的だった。「final wooden house」(最後の木造建築)と名付けられたその建物は350ミリ角の杉材を積み重ねた四角い建物。壁のところどころには角材が切り取られてできた開口部がある。内部にはイスにもベッドにもテーブルにも使える階段状の空間が広がる。開口部からは周囲の森や球磨川の流れが見える。
 「当時、東京では六本木ヒルズやお台場の欲望を満たす建物がもてはやされていました。快適を追求するのではない、『家とは何か』を問いかけるような藤本さんの作品を見たとき、涙が自然に流れました」
 現在は旭川市の旭神(センター病院)、大町、札幌市中央区に拠点を展開する緑の森どうぶつ病院だが、出発点となったのは1997年、他の獣医師からの「富沢獣医科病院」の事業継承だった。その後、「緑の森どうぶつ病院」に名称を変更。2003年に旭神病院がオープンしてから、豊岡の拠点は「豊岡病院」として診療を継続してきた。
 しかし、建物が老朽化したことから改築を決断。本田リエ氏は今年5月に藤本事務所に連絡を取り協力を要請。これまで交渉を重ね、藤本氏の参加が決定した。
 本田氏からは、開放感があり、犬と猫の診察室を別々にする、環境に優しい木造建築とするなどの要望が藤本氏サイドに伝えられた。一連の要望を受けて藤本事務所がまとめた案は独創的。まず目を引くのは道路に面した側に設けられた温室のような空間。木の枠にはガラスがはめ込まれているが、外からは建物内部が、内部からは外が見渡せる。この空間に待合室、受付、犬用診察室、猫用診察室などが設けられる。その奥の壁と屋根で囲まれた部分にはトイレ、X線室、スタッフルームなどがある。
 藤本作品の多くを特徴づけるのが、建物の内と外の関係性。建築物は内と外が明確に区別するのが一般的だが、藤本氏は開口部などを通じ両者を巧みに連続させてきた。「final wooden house」や大雪葬祭場の延長線上に、豊岡病院もあると言えそうだ。
 「私たちはいま、地球や社会にもやさしい動物病院を目指してSDGs(持続可能な開発目標)を推進しています。ペットたちが望む心地よい場所とは、コンクリート製でもビニール製でもないはず。新しい豊岡病院は、『どうぶつがどうぶつらしくある場所』を目指します」(本田リエ氏)
 新しい豊岡病院は現在の建物の解体後に着工。来年2月から3月にかけて完工する見通し(工事中も隣の建物で診療を継続する)。今後、詳細を詰めなければならない部分も残されており、設計変更の可能性もある。

丹下健三も担った重責
 今年7月、藤本氏は2025年大阪・関西万博の「会場デザインプロデューサー」に就任した。SNSを通じて「1970年大阪万博で丹下健三さんが務めた重責。人々の記憶に残るような新しい万博の風景を作り上げたいと思います」と抱負を語る。その藤本氏がほぼ同時並行で参加する3つのプロジェクトに、世界も注目している。

表紙2011
この記事は月刊北海道経済2021年11月号に掲載されています。

田舎の店の生命線・松屋食品の奮闘

 かつて日本の流通・物流に欠かせない一環だった問屋。流通の激変で地方の小規模な問屋は急減したが、松屋食品㈱(旭川市3条通11丁目、鈴木英之社長)は、道内各地の「田舎町」に散らばる小さな小売店に少しずつ商品を販売するビジネスで生き残った。スーパーのない町、コンビニに行けない人の買物を支える「ライフライン」だ。

早くから新顧客開拓
 オホーツク海に面した町にある小さな店に、不定期でワゴン車がやって来る。旭川から運転してきた男性らが車から下ろして店内に運んだのはインスタントラーメン、飲料、缶詰などの商品だが、数量はそれほど多くない。いま、このような店が新たに仕入れ先を探すのは不可能に近い。
 かつては問屋が並んでいた旭川市3条通11丁目の3・4仲通側に松屋食品はある。取り扱っている商品は缶詰、乾物、飲料など(生鮮食品や酒は扱っていない)。10年ほど前からは菓子もレパートリーに加わった。かつて、旭川市内にはこうした食品の問屋も、冒頭で紹介したような小規模な小売店も数多くあった。あらゆる分野で問屋が激減し、旭川市内を本拠とする小規模な食品問屋はほぼ松屋だけとなった(大手スーパーやコンビニなどと取引する大手問屋の出先は存在している)。
 一方、小さな小売店も旭川では激減。松屋食品がいまも存続しているのは、イトーヨーカドーが旭川に進出した1980年ころから流通のあり方が将来激変すると予測して、市外の小規模な小売店を新たな取引先として開拓してきた結果だ。

ばら売りに対応

左から二人目が鈴木社長
 松屋の従業員は鈴木英之社長のほか4人。社長を含む営業マンが方面別に分担して取引先を巡って注文を集め、その2日後にワゴン車による商品の配達が行われる(営業が配達することもある)。前日夕方、ワゴン車の荷室に積み込んだ荷物は取引先20~30店分。それが1日の配達で済むのだから、1店あたりの商品の数は多くない。
 通常の食品問屋はばら売りの手間を嫌い、1箱、1ダースといったまとまった数量でないと取り引きしてくれない。しかし、賞味期限への社会の目が厳しくなったこともあり、売れ残りは小売店の損につながる。わずかな数量から納品してくれる松屋食品は、小売店にとりありがたい存在だ。
 鈴木社長は最近、旭川市内に本拠を置く食品関連の問屋の社員から、こう持ち掛けられた。「富良野市内の某小売店に、うちではもう卸さないことになった。松屋さんが代わりに納品してくれないか」。スーパーやコンビニなどの小売店が大規模なチェーンを展開しているいま、納品はトラックで一度に大量に行うのが当たり前。個別の店舗ではなく、小売店側の物流拠点に納品することも多い。この問屋の立場から言えば、わずかな商品を納品するために数十キロもトラックを走らせるのは割に合わない。それなら多数の店に少しずつ納品している松屋食品に任せたほうがいいという判断だ。松屋食品から見ても、顧客が増える「Win─Win」の提案だった。鈴木社長はすぐに提案を受け入れ、富良野市内の小売店との取引を開始したという。

スーパーで仕入れ
 松屋食品の納品先は広い地域に散らばっている。西は日本海岸の浜益、南は岩見沢と江別の間あたり。東は紋別などオホーツク海沿岸、北は遠別。芦別・赤平・歌志内といった旧産炭地にも取引先が多い。こうした町の一部では中心部にスーパーが存在するが、取引先の多くは町の中心部からやや外れた地域にある。
 納品先の一つが空知管内歌志内市にある㈲マルサ酒井商店。昭和30年代、まだ炭鉱のまちが活気にあふれていたころから続くこの小さな店を、酒井雅勝さんは母親とともに営んでいる。現在、市内にある小売店は2つのセイコーマートと酒井商店だけ。スーパーや他の小売店はすべて閉店してしまった。
 かつては個人客を相手にしていた酒井商店だが、人口の減少で現在の売り上げの8割は市内の老人施設、病院、給食センターなどへの配達が占める。個人客は2割だけで、その半分は近所から歩いて来るお年寄り、残りの半分は電話で注文を受け、酒井さんが配達する。「経営が成り立っているのは施設向けの商売があるから」と、酒井さんは語る。
 昔は滝川や砂川の問屋から仕入れていたが、多くが廃業してしまった。

年金では足りない
 地方の小さな店の経営状態は、道北や北海道全体が直面する経済状態の苦境を象徴している。苦境の第一の原因は人口の減少。道北(上川・留萌・宗谷管内)の人口は平成元年の74万5000人から令和元年の59万8000人と、約2割減少した。とくに仕事や教育機会を求める若者の大都市圏への流出が顕著で、都会への転居が難しい高齢者の比率が高まっている。その中には車の運転が難しい人もおり、地域での買い物が不可能になれば、日常生活にも支障をきたす。
 鈴木社長は、地方の小規模小売店が経営を続けているのは、やめるにやめられないからだとみる。「自営業の人は国民年金。仕事をやめれば収入は1人5万円程度しかない。それでは生きられないから、わずかな収入のために店を続けている人もいるはず。昔は儲かった店でも、当時から老後に備えて蓄えていたところはまずない」。零細企業全体に共通する事情だが、借金を返す見通しが立たないため、やめたくてもやめられないという店も少なくないはずだ。
 同時に、小さな小売店の関係者や松屋食品の社員の心には、買物難民を出したくないという熱意がある。商品と一緒にそんな熱意を積み込んで、今日も松屋食品の車両は走り続ける。

表紙2011
この記事は月刊北海道経済2021年11月号に掲載されています。

官製談合証言は〝昔話〟か?

官製談合──いまから15年ほど前に社会を騒がせた問題だ。公共事業について他ならぬ発注者からの働きかけで、入札に参加する民間業者同士で入札価格をすり合わせ、特定の業者が落札するように仕向ける行為はもちろん違法なのだが、以前は当たり前のように水面下で行われていた。公取や警察による相次ぐ摘発でそれが社会問題となり、政府や地方自治体が競争原理を導入するための制度改革に乗り出した。しかし具体的にどのような手法で官製談合が行われていたのか、外部からうかがい知ることは難しい。ある人物が本誌の取材に対して、かつての官製談合の「最前線」を生々しく証言した。

「辞退の謝礼」封筒に
 A氏が上川管内の建設会社に勤めていたのは今から二十数年前のこと。ある日、その会社の所在地の町役場から呼び出され、社長に同行して町役場を訪れた。町の担当者から「町営団地の工事に入札してください」と言われ、入札要綱や図面などを含む書類一式を手渡された。数千万円規模の、町が発注するものとしては小さくない規模の工事だった。
 他にも数社が町役場を訪れて書類を入手した。異常なのはここから。同業の3~4社の社員がA氏の勤務先に足を運び、町役場から受け取ったばかりの入札関連書類を置いて帰った。引き換えにA氏の社長から手渡されたのは封筒。A氏があとで社長に封筒の中身について尋ねると、社長は事もなげに言った。
 「1社あたり30~50万円の『寸志』が入っている」。書類は受け取ったが「入札辞退」する見返りとしての金銭だった。
 町役場から書類を受け取りながら、それを持ってこない業者が他に1~2社あった。A氏は社長がこれらの企業に電話するのを聞いた。「あの工事はうちが〇〇〇〇万円で取る。おたくはもう少し高い金額で入札してください」。
 そして入札当日、A氏は社長とともに開札会場に行った。工事契約は予定通り、A氏の勤務している企業が勝ち取った。結果を聞いた社長が立ち上がり、「ありがとうございました」と言って深々と頭を下げるのを見た。感謝の相手が発注者である町役場なのか、工事を譲ってくれた同業他社なのかはわからなかった。
 この建設会社に勤めている時、A氏はもう1件、数千万円規模の町発注の工事で、同様の体験をしたという。

綿密な積算せず
 まっとうな商売をしている企業なら、価格を提示する前にはコストを綿密に計算するもの。建設業はコストの規模が大きく、また選択する資材や工事方法によって大きく金額が変わってくるため、一定の積算基準(町や村は北海道の積算基準をそのまま採用)に沿ってコスト、さらには入札価格を弾き出さなければならない。ところが、A氏は公共工事でも、厳密な積算を行っているのを社内で見たことがなかったという。理由は町役場から「〇〇〇〇万円で落札してください」との指示があったため。町役場は発注者としてコストを把握しており、それに一定額の利益を上乗せして、官製談合を主導していたことになる。
 それから間もなくA氏は離職。いまは民間企業を相手にする仕事についている。もちろん談合はなく、同業他社との間で厳しい価格競争を強いられている。いまから振り返れば、価格競争の余地がまったくない官製談合のしくみは異常だったと感じている。もっとも、「当時はそれが当然だと思っていたし、隣接する町でも同じことが行われていたはずだ」(A氏)
 A氏が目撃した官製談合は20年余り前の話であり、決して「最近」のものではない。では、官製談合や、民間業者同士の談合は根絶されたのだろうか。
 2013年旭川市、2016年札幌市、16年美瑛町…。ここ数年を振返ってみても、これらの自治体で官製談合が摘発され、逮捕者が出ている。内部通報など何らかのきっかけがない限り捜査当局は動けず、実際には他にも官製談合が行われている可能性がある。A氏は、いまも類似した行為が行われているのではないかと感じている。
 しかし、工事や入札には小さな町とはいえ多くの人が関わっている。なぜ官製談合に関する情報が出てこないのか。それは町や村における密接な人間関係と関係がありそうだ。旭川市民には想像がしにくいが、人口規模の小さな自治体では、「あそこの家の子はこういう子で、いまはどこでどんな仕事についている」といった情報が広く共有される傾向にある。談合に疑問を感じて情報を漏らせば、漏らした本人はもちろん、その家族親戚にも累が及ぶ。この記事でA氏のかつての勤務先やその所在地を伏せているのは、A氏や家族を保護するのが目的だ。
 一方、本州に目を転じれば、道内とは比較にならない大きな金額で、大手建設会社4社がJR東海のリニア工事で談合を行った疑惑が関心を呼んでいる。

特別扱いは不当
 「地元企業が生きていくためにも、談合は必要なんだ」──いまは存在しない建設会社の会長が本誌記者に語った言葉だ。地元の建設会社に落ちた金は結局、地域社会を巡る。激しい価格競争が繰り広げれれば、地域経済に落ちる金も減る、というのが主張の根拠だった。しかし、どこの自治体も懐事情は厳しい。昔なら市役所や町村役場が正職員に任せていた仕事を、人件費の安い臨時職員を雇ってこなすことも広く行われている。建設会社だけ特別扱いされていいいわけがない。
 A氏が本誌に語った一連の行為が、「むかしむかしある町で」で始まる昔話であることを願わずにはいられない。

表紙2010
この記事は月刊北海道経済2020年10月号に掲載されています。

「コロナ疑い」に苦悩する救急病院

 旭川市内では新型コロナウイルスの感染者が散発的に報告はされているものの、医療関係者の必死の努力や、一般市民の感染防止策への協力の結果、急増には至っていない。しかし足元では医療関係者の負担が蓄積。感染リスクをゼロにするのは不可能で、「私たちの病院で起きたらどうなるのか」と心配を募らせている医師も少なくない。医療システムを守るには、コロナのリスクを意識しつつ救急医療にあたる医師や看護師への支援や、情報公開のあり方の再考が必要だ。

厳重な防護で感染を防止
 市内のある二次救急病院に、患者が運び込まれた。患者は高齢者で発熱しており、意識は朦朧、栄養状態・衛生状態ともに悪く、自力では動けない状態で、明らかに入院が必要だ。高齢者の発熱は救急搬送の多くを占め、とくに珍しくはないが、現在、病院の対応はものものしい。防護服を着たスタッフが鼻に綿棒を入れて粘膜から検体を採取。院外の検査業者によるPCR検査が行われる。結果が出るのは陰性の場合翌日、陽性は翌々日。それまでは感染リスクのある患者として、厳重な防護下での対応となる。
 この病院ではコロナウイルスの道内上陸以来、救急患者への検査で結果が陽性となったことは一度もないが、対応を緩くすることは出来ない。「感染者と気が付かないまま受け入れてしまえば、院内クラスターが発生するから」と、この病院に勤務するA医師は説明する。一方で、こうした患者の受け入れを拒否することも考えにくいという。「高齢者が肺炎などで発熱するのはよくあること。断ってしまえば患者さんの行き場所がなくなる。さらには感染病棟を担う医師やスタッフ達に不公平な負荷がのしかかり、現場の疲弊を招く」
 旭川市内でコロナ対策の中心となっているのは市立旭川病院。公的な基幹病院も協力している。より小規模な病院もコロナウイルスと無関係ではいられないのだが、とくに救急医療の現場では、患者への対応に苦慮する場面がある。

遺体受け入れ断念
 それを端的に示したのが、発熱して死亡した人の事例だ。ある日、A医師に救急隊から連絡が来た。「発熱直後に心臓が停止した患者がいる。救急隊が2時間心臓マッサージを続け、市内中の病院に電話をかけているがどこにも受け入れてくれない。先生のところで受けてもらえないか」
 A医師は迷った。救急隊員のことを考えれば受け入れたい。コロナ感染であった場合、救急隊員は長時間「密」に患者に接触するほど感染リスクが高まることから、一刻も早くその状況から解放してあげたい。しかし、病人が死亡しているのは明らかで、新型コロナに感染している可能性があり、院内には受け入れられない。最悪、戸外での死亡確認は可能だが、かといって、そのあと遺体を外に置いておくわけにもいかない。病院内には感染リスクのある遺体を引き入れられない。保健所は夜間は閉まっており相談先もない。対応してくれる葬儀業者があるかどうかもわからなかった。
 感染が確定すれば、密閉型の納体袋に遺体を納めることで、病院スタッフへの感染拡大は防げる。しかし、札幌市内にある納体袋のメーカーにはコロナの流行が始まって以来、問い合わせが殺到しており、旭川市ではその時点で保健所に1枚が割り当てられただけで、A医師の病院は手に入れることが出来なかった。保健所からは、納体袋は貴重であり、遺体のコロナ感染が確定しなければ、各病院に割り当てることは出来ないという見解が示された。医師はやむを得ず救急隊員からの要請を断ったという。なお、納体袋に関する保健所の見解は今も変わっていない。

対応に苦労しても支給額は最低限
 多くの病院ではコロナの流行が始まって以来、軽い病気なら受診を控える動きが患者に広がっており、収入が減少している。その一方で、防護服、マスクなど院内感染を防ぐための資材は入手困難な上に値上がりし、A医師が勤務する病院では月100万円単位で出費が増している。公的な病院には手厚い財政措置が行われ、倒産の心配もないが、民間病院はより難しい経営を強いられている。
 政府は「新型コロナ慰労金」として、医療従事者個人に、状況によって1人あたり5~20万円を支給している。しかし、受給には都道府県からの役割を認定されている指定医療機関に勤務していること、コロナ患者を受け入れていること、実際に患者と接していることなどの条件から金額が設定されている。指定医療機関ではない場合、慰労金の支給対象にはなるが、二次救急で発熱者などの救急患者の受け入れを行い、さらには旭川市の夜間医療体制を支える輪番制の一次医療機関としてもコロナ感染疑いの患者を診ていたとしても、支給額は最低水準となってしまう。
 A医師が焦燥感を募らせるのは、こうした問題を伝える先がないためでもある。旭川市は市の関係部署や市立病院などの関係者を集めた対策会議を開いており、旭川市保健所、市内の5基幹病院、旭川市医師会、陸上自衛隊を集めた「新型コロナ対策連絡会」も2週間に1回のペースで開催されている。しかし、A医師の勤務する民間病院は会議に参加できない。現場で実際の臨床に関わる中、個々の事例にまつわる問題点を持ち寄り、様々な予測を立て対策を先んじて講じる必要がある。会議に参加したいとの要望は各方面に伝えているが、実現のめどは立っていない。
 こうした声があることについて旭川市医師会は「参加者が増えすぎるので、希望に沿うのは難しいかもしれない」と慎重な見方を示している。

公表回避も責められない
 A医師も同僚も、感染を防ぐために万全の措置を講じている。しかし、感染のリスクをゼロにはできない。「もしもこの病院でも誰かが感染したら、どうすればいいのか」と、A医師は心配が頭から離れない様子だ。企業経営者が自身の感染に際して企業名を公表して世間から称賛を浴びる事例もある。一方で、全国各地で医療関係者の感染が自治体により発表され、抗議の電話が殺到、診療業務に支障をきたす事態も繰り返されてきた。A医師は自問している。「もしも自分の病院のスタッフから感染者が出たら、報告するべきなのか」。
 疑問には理由がある。一般企業に勤務する一個人の感染が判明した時、それを自治体が発表するかどうかは、本人の意見を尊重した範囲で公表されている。一方、医療関係者の感染については自治体により判断が分かれる。発表された場合はその病院に全国から抗議が殺到し、来院患者が減ることもある。しかし、自治体により判断が分かれるということは、コロナ感染の疑いがある場合でも、市外で検査を受け陽性反応が出た場合に、市外での対応として旭川市からは発表されず、医師会からの通知もないという「抜け道」を作ってしまうことになる。この場合、感染の事実は自治体に把握されず、その病院に抗議が来るようなこともない。
 仮に市内での検査を回避した医療従事者がいたとしても、こうした行為を一方的に批判するのは難しい。普通に生活している人でも感染のリスクからは逃れられず、感染が知られれば病院が理不尽な批判にさらされる現実があるためだ。また、医療従事者が外部で感染したとしても、マスクや手洗いなど感染防止措置を徹底することで、同僚や患者への感染拡大を防げることは、これまでの事例が証明している。接触者全員に検査を徹底することは必須だ。しかし、「院内の集団感染ならともかく、医療従事者個人の感染を公表することにどれだけの意味があるのか。医療者でなければ会社勤めの人は会社まで発表されることはない。日々恐怖や不安と闘いながら病院に勤務する医療従事者やその家族を追い詰めて医療体制を守れるというのか」というA医師の問いかけは重い。

コロナ感染対策 まだまだ不十分
 国や地方自治体の対策によって、指定医療機関の検査体制、医療体制の強化はなされ、感染予防対策、感染者に対する対応や治療体制などは、緊急事態宣言の時期よりは安定しているように見える。しかし、軽症者が検査を受けるさいのハードルの高さや、前述した「感染したその先」といった不安要素は残っている。
 コロナ感染疑い患者やコロナ感染患者が亡くなってしまった場合には、厚生労働省から出されている処置、搬送、葬儀、火葬等に関するガイドラインに沿った対応が推奨されている。コロナ禍以前には、遺族が葬儀会社を手配し、医療機関は遺体を密封する必要もなく引渡しをしてきた。コロナ禍以降、感染リスクがある場合は葬儀会社に敬遠されてしまうことも多く、遺族からも葬儀会社の手配に苦慮して医療機関へ多くの相談が寄せられている。葬儀会社が見つかったとしても「非透過性納体袋に収納、密封」が必要となり、医療機関にはそのための「非透過性納体袋」が必要になるが、製造販売を行っている会社には全国からの注文が殺到して手に入りにくい状態となっている。
 道外には、納体袋を自治体が用意し、葬儀会社とも連絡を密にして情報公開するなどして、市民のライフイベントにしっかりと寄り添っている自治体もあるという。こうしたバックアップを保健所をはじめとする行政機関がしっかりと行うことは、コロナの最前線で頑張り続ける医療機関、医療従事者の負担減にもつながるはずだ。
 ウイルス感染症の一種であるコロナは、秋から冬にかけて新たな波が発生する可能性が指摘されている。感染や重症化を防がなければならないのはもちろんだが、医療システムの崩壊を防ぐことも同様に重要な課題だ。

表紙2010
この記事は月刊北海道経済2020年10月号に掲載されています。

コロナ軽症者「隔離施設」を準備

 道が主体となり、新型コロナウイルス感染者の中で軽症者を隔離する施設(ホテルなど宿泊施設を賃借)の設置の準備が道内全域で進んでいる。上川管内でも、旭川市内のホテル数軒が道の要請を受け入れ準備を進めている。今のところ上川管内では急を要する事態になってはいないが、札幌市のようにすでに隔離施設の利用者が出ているところもあり、クラスター(集団感染)などで一気に感染者が増加する事態に備えている。

上川管内の感染者、幸い少ないが…
 道は本庁に新型コロナウイルス感染者対策本部指揮室を設け、感染者の中でも軽症者を隔離する施設の開設を目的とした宿泊療養斑を組み、道内全域でホテルなどの宿泊施設へ協力を求めている。
 旭川市を含む上川管内では、9月2日現在、新型コロナウイルスに感染した人は46人(実人数で回復後に再び感染した人は1人としてカウント)で、死亡した人はいない。最も多い旭川市では21人となっているが、道内最大の都市、札幌市は1289人と旭川市の60倍余りが感染している。両市の人口を比較すると5・5倍ほどの開きがあり、札幌市のコロナ感染者の数が桁違いに多いことがわかる。
 本誌9月号で市保健所の川辺仁部長インタビューでも指摘されていたように、旭川市の場合、市外の人との交流が少なく、市民が用心して慎重に行動していたことが大きな感染が発生しなかった要因と見られている。
 それとは対象的に、ビジネスなどで本州との人の交流が多い札幌市では、ある程度の感染は致し方ないという意見もあるが、一方で「住民意識が低く、夜の街や医療機関、高齢者施設でのクラスターが多すぎるのではないか」という指摘もある。

第2、第3波で感染拡大の恐れも
 旭川市内の総合病院でコロナ感染者を受け入れるのは、市立病院をはじめ日赤や厚生病院、医大病院、旭川医療センターの5ヵ所。その中で重症者のみを扱うのは、日赤と医大病院の2ヵ所。市立病院と旭川医療センターは元々、感染症病棟や隔離病棟を備えている。
 保健所によると、「9月3日現在、市内の5ヵ所の総合病院でコロナに感染した患者を入院させているのはわずか数人。クラスターなどで急激に感染者が増加した場合、すべてを受け入れることができるのかと言われれば難しいかもしれないが、専門の隔離病棟を増やすことは可能で今のところ余裕はある」という。
 それでも、国が割安な旅行ができる「GoToトラベル」を進めていることや、国民が窮屈な思いをしている中で我慢できずに外出して「夜の街」に繰り出す動きも一方であり、第2、第3波の感染拡大が懸念されている。
 そうなれば、非常時に備えて対策を取ることは不可欠であり、いざというときに備えて道も道内全域に感染者の隔離施設を準備する必要に迫られている。
 実際の動きとしては、すでに札幌市でススキノにあるホテル「東横イン」と契約して開設した隔離施設がある(現在は契約が終了)。その後、同市南区にあるアパホテル(670室)と契約をして当分の間、利用する体制を整えている。

数軒のホテルが協力姿勢
 そのような動きの中で、上川管内では旭川市内のホテルに道が依頼した業者を通じて要請した結果、数軒(噂では3軒)のホテルが道の要請に協力することとなり、感染者を受け入れる準備を進めている。当初、市内で閉校した小中学校を軽症者の隔離施設として活用してはどうかという意見も一部であったが、「室内の改装や医療機関関係者の確保、隔離に耐え切れず〝脱走〟する患者を監視する警備など24時間体制で管理する必要があり、あまりにも経費がかかりすぎる」という理由で、具体化には至らなかったようだ。
 道と契約するホテルは、1棟丸ごと賃貸し、「前もって隔離施設の意義をしっかりと理解していただいた上で、ホテル側に負担をかけないように損をしない程度の金額で契約する。契約終了後は、専門の業者に依頼して館内をしっかりと洗浄することで、ホテルのイメージダウンを極力防ぐよう対策をとる」(道の担当者)。
 ホテル側が実際受け入れる場合は、予約状況などを見ながら、タイミングを図って行われることになる。感染者の数にもよるが、1棟すべてを借り上げるため対象となるホテルはひとまず1軒にとどまる模様だ。宿泊費(食事代含む)は、すべて国からの補助金を充てるため患者負担はない。
 患者への対応は、当然のことながらホテルの従業員ではなく道と市保健所が受け持つ。症状に応じて医師や看護師を派遣することもあり、一定期間(2週間程度)様子を見て、完治していれば施設から解放されることになる。
 これ以上感染者が増えることがないことを祈るばかりだが、「備えあれば憂いなし」と言われるように拡大を未然に防ぐ対策が必要だ。

表紙2010
この記事は月刊北海道経済2020年10月号に掲載されています。

名寄市街地近代化 補助金審査に甘さ?

 名寄市の「中心市街地近代化事業」は、商業地域内で行う店舗や事務所の新築・増改築の工事費を市が補助するというものだが、事業者が市役所に申請する書類等の審査体制が不十分なため、補助金の不正受給が横行する可能性が出てきている。市は「審査は適正に行っている」と強調するが、市民の間からは「このままでは公序良俗に反する、ただの税金のばらまきに終わってしまう」と危惧する声も上がっている。

工事費8割補助 上限600万円
 名寄市では従来から市内の中小企業者を対象に様々な支援事業を行っている。今年に入ってからはコロナ対策の一環として一部、補助基準の特例措置を設け、期限付き(今年4月~来年3月)で支援の中身を充実させたものもいくつかあり、その中の一つに「中心市街地近代化事業」がある。
 これは、市が都市計画用途地域としている商業地において、店舗や事務所を近代化(新築・改築・増築)する場合に工事費の一部を市が補助するというもので、これまでは工事費が300万円以上のものについて2割まで補助するという基準を、150万円以上の工事について8割まで補助すると基準を変えた。
 補助限度額の600万円、施工業者は地元企業であるという条件は変わらなかったが、さほど大がかりな工事でなくとも制度を利用できるようになり、しかも8割も補助を受けられる仕組みに変わったことは、深刻なコロナ問題への対策とはいえ、行政にとっては結構な大盤振る舞いである。
 工事を計画する事業者が行う補助金申請は4月から始まっており、窓口となる市経済部産業振興室によると、7月末現在で申請が上がってきたのは3件ということだが、「中心市街地近代化事業」と同様の制度で、中心市街地以外のエリアを対象とする「店舗支援事業」(補助限度額100万円)の方は7件にのぼっており、この際、積極的に行政の支援を受けようとする中小事業者の意欲が伝わってくる。

工事金額水増した見積書を市に提出?
 7月下旬、名寄の市民から本誌に情報提供があった。簡単に言えば「補助金申請における市の審査が不十分で、このままでは市民の血税が悪質業者の食い物にされる」という内容だった。この情報提供者Aさんは、市に対して審査のずさんさを指摘し改善を求めたが、その時の対応の甘さに納得がいかず、このまま放っておけば被害が増え続けると、詐欺罪の適用を求めて警察にも情報を持ち込んでいる。
 Aさんが「中心市街地近代化事業」制度に盲点があることを意識し始めたのは、市内のある工事業者が話していた内容を耳に挟んだからだ。
 この事業では、補助の対象となるのは建物の新築や増改築に係る経費だけで設備の更新や屋根・外壁の塗り替え・補修などは対象外となるのだが、飲食店事業者から改築工事を相談された施工業者が「役所の担当者は、1本5000円の材料を5万円だ10万円だと言っても分からないから、補助に該当するような見積書を作ってあげる」と言っていたというのだ。
 これは言い換えれば、見積書の工事金額を増やすことによって、補助金として受け取る金額も増えるから、その分で補助対象外の工事も行えるということである。さらにうがった見方をすれば、実際以上に補助金を多額に受け取ることができれば、事業者と施工業者で山分けできるということにもなる。ここまでくれば、補助金制度を利用した悪質な詐欺ということにもなる。
 Aさんも、こうした手口の詐欺行為が行われているという証拠を握っているわけではない。しかしAさんは、水増しの見積書を作ってあげると言っている施工業者(個人事業主)の人柄を知っていることもあり、疑いの思いは募るばかりだ。

表紙2009
この続きは月刊北海道経済2020年09月号でお読み下さい。