道内企業経営者の高齢化進む

 社会の高齢化が進むにつれ、企業経営者の平均年齢も右肩上がりに上昇している。「企業業績は社長の年齢に反比例する」との分析が気にかかる。

最高齢・学校教育
 厚労省が敬老の日にちなんで昨年9月20日に発表した日本の人口構成によると、65歳以上の高齢者数は3617万人で総人口に占める割合は28.7%となっている。今後の見通しでは、2025年に3657万人30.3%、2055年に3626万人39.4%に達する。都市部で急速に増加し、もともと高齢者の多い地方では緩やかに増加するとの予測が出ている。
 高齢化が進み労働人口が減少するのは日本の産業界にとって深刻な問題だが、企業経営者(理事長、組合長などを含む)もまた高齢化が進んでいる。
 東京商工リサーチ北海道支社情報部がこのほどまとめた「北海道社長の年齢」によると社長の平均年齢は62.60歳だった(20年12月31日時点)。調査を開始した2009年以降、右肩上がりで高齢化が進んでいる。年齢分布では、60代が31.91%、70代が30.43%。合わせて62%を超え、北海道の企業の3社に2社の社長が60代以上だ。
 同社では都道府県別の社長の平均年齢も集計しているが、それによると平均年齢が最も高いのは高知県の64.61歳で6年連続のトップ。次いで秋田県64.53歳、山形県63.96歳、岩手県63.90歳と続く。対して最も平均年齢が低かったのは広島県の61.23歳で、次ぐのが大阪府の61.25歳。厚労省が算出している「65歳以上の人口比率」をみると、高知県は全国2位、秋田県は1位、広島県は34位、大阪府は41位となっており、人口の高齢化と社長の平均年齢はリンクしている。
 62.60歳の北海道は47都道府県中 29位に位置している。
 北海道の社長の平均年齢を業種別にみると、幼稚園から大学、専修学校まで含む「学校教育」が最高の68.25歳だった。次いで農協や漁協など「協同組合」の67.18歳、「織物衣類身の回り品小売」の66.79歳。
 70代以上の社長が占める割合が最も高いのも「学校教育」で、半分以上の52.47%となっている。
 対して、社長の平均年齢が最も低いのは「無店舗小売業」の54.00歳。「情報サービス業」の57.76歳、「電気業」の58.93歳、「飲食店」の58.96歳と続いている。

高齢化で事業断念
 「北海道社長の年齢」の調査には気になるデータもまとめられている。社長年齢別増収比率だ。
 それによると、「増収」は社長30代以下の企業で59.88%と最も多く、年齢と反比例する形で、60代46.91%、70代以上45.25%と下がってくる。「減収」は、30代以下で34.58%、40代41.61%、50代45.68%、60代48.06%、70代以上47.59%だ。「70代以上は、赤字や連続赤字の割合が全世代で最も高く、社長の高齢化と業績不振には関連性がうかがえる」(東京商工リサーチ)。
 20年の北海道の新設法人数は4512社で、0.5%減とわずかだが前年を下回った。新型コロナウイルス感染拡大で経済活動が停滞したのが要因。一方、休廃業.解散は2225件。休廃業.解散の年齢分布では70代以上が57.66%と約6割を占める。代表者の高齢化が事業継続を断念する理由の一つと見られる。
 「北海道後継者不在率」の調査(20年12月発表)では、道内59.1%の企業で後継者が不在というリアルな実態が明らかになっている。「高齢社長に時間的猶予は少ない。ただし、ビジネスモデルや将来性によっては承継が難しいケースもあり廃業支援も必要になる。事業継続を断念した企業の退出と並行して、新規ビジネスを創出して起業が活発になれば地域経済の活性化がのぞめる」と東京商工リサーチでは話している。

表紙2110
この記事は月刊北海道経済2021年10月号に掲載されています。

旭川医大病院 少年の死は防げなかったのか

 人間が担う医療に完璧を求めることはできない。時として人的なミスのために命が失われることもあるのも事実。大切なのは過ちを人として真摯に受け止め、再発を防ぎ、医療の安全性を高めるための努力だ。しかし、8月1日、旭川医大病院で15年間の短すぎる人生に幕を下ろした少年の家族が本誌に語った経緯から判断して、旭川医大が真摯に再発防止に取り組もうとしているのかは疑問だ。

病気に負けたわけじゃない
 K君が入院していた旭川医大付属病院の病室から、CT撮影のためにベッドに乗ったままの状態でエレベーターに載せられ降りていったのは8月1日(日曜日)の夜7時20分ごろのこと。心配な状況ではあったが、前日からのひどい痛みの理由を探る検査をようやくしてもらえることになったこと、それまで何度も「死ぬ病気ではない」と医師たちに太鼓判を押されていたことから、10分か20分すれば戻ってくるはずだと、両親は考えていた。予想に反して、30分、40分が経過しても、何の知らせもなかった。1時間が経とうとするとき、エレベーターの扉が開いた。中から出てきたのは沈痛な表情の担当医師。別室に案内した後、医師は淡々と両親に告げた。
 「心肺停止しました。いま蘇生を行っています」
 この時点で心肺停止から少なくとも30分の時間が経過しており、蘇生の見込みはゼロに近かった。夜11時11分に死亡宣告が行われた。
 前日の7月31日が15歳の誕生日だった。退院して中学校に再び通うことも、親友たちと再会することも、バスケットボール部に戻ることもかなわなかった。遺骨となったK君を見つめながら、両親は言う。「息子はがんばっていました。病気に負けたわけじゃない。それをみんなにわかってほしい」。

髄膜炎からは回復したが…
 今年の4月まで元気に中学校に通っていた。学校の健康診断で、尿から蛋白が検出され、検査のため入院した厚生病院で「SLE(全身性エリテマトーデス)」であることがわかり、設備や人材のそろっている旭川医大病院の小児科に5月10日に転院した。担当したのはN医師(講師)、Y医師(助教)、I医師(医員)の3人からなるチーム。不安を感じる両親を、医師たちは笑みを浮かべながら「SLEは死ぬ病気ではありません」と勇気づけた。

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この続きは月刊北海道経済2021年10月号でお読み下さい。