旭川空港業務 担い手確保に奨励金を創設

 特定分野の民業に公金を支出するには整理すべき課題は多いが、観光・地域経済の振興のためなら合理性は十分にある─。こうした考えから旭川市は新年度から旭川空港で働く新規就職者に一定の条件の下で奨励金を支給する制度を創設する。運航の安定確保と新路線開設の好機に現場の担い手不足が足かせとならないよう俊敏・柔軟に対応できる環境を整えることは旭川・道北地域の振興になる、と今津寛介市長が果断した。道内の空港職員に自治体が公金を支出するのは初めて。その背景には本州の空港と比べ、ローカル的立地事情を抱える北海道の空港状況があった。

新型コロナで離職 コロナ明け人手不足
 「コロナで離職した人が多く、コロナが落ち着いた今、逆に入ってくる人は少ない」。全国37空港の保安業務を担い旭川空港でも社員が安心・安全な運航を担う㈱セノン(本社・東京)道央営業所の成田仁所長は人手不足を嘆く。
 旭川空港では、安全を担保したうえで定時の円滑な運航を目指して離着陸を地上から支援する「ランプハンドリング」、航空会社のカウンターで搭乗手続や手荷物の受託、出発・到着ゲート案内など乗客を幅広くサポートする「旅客ハンドリング」、ハイジャックを防ぐため搭乗ゲート手前の保安検査場で手荷物をX線検査装置に通して危険物の有無をチェックしたりする「保安検査員」など現場の人材が欠かせない。
 こうした旭川空港を支える貴重な人材の確保は、日本通運㈱(本社・東京)、道北航空サービス㈱(本社・上川管内東神楽町)、セノンが担う。
 「コロナ前に比べて保安業務を担う人が十数人減りました」。道内7空港を運営する北海道エアポート㈱(本社・千歳市)旭川空港事務所の北野俊勝所長は、新型コロナを契機に人材が流出していることを指摘し、こう続けた。「旅客・ランプのハンドリングをする人も保安検査のスタッフも十分とはいえない」

国内線はなんとか 国際線の増便対応難
 旭川空港は、運営スタッフの確保にそんなに大変なのか? 昨年12月15日には、格安航空会社ジェットスター・ジャパン㈱(本社・千葉県成田市)の成田空港─旭川空港定期便(片道5990円~)が新規就航したばかりで、勢いがあるようにみえるのだが……。
 「国内線は今のノーマル運航を基本に16人態勢でなんとか対応しています。ですが国際線(火・土曜日運航)は、増便に対応できません」(セノン・成田所長)。旭川・道北地域が観光を核に据えた地域振興に躍起になっているときに、増便・新規就航のビジネスチャンスを空港スタッフの人材難で逃しかねない状況にある。
 「国際線の増便に備えて、あと5、6人の保安検査員を確保しなければならないと考えていますが、なかなか応募がない。特殊な警備ですから」(同)
 豪雪・極寒の厳しい自然環境下にある旭川空港だが、スタッフらの頑張りで厳しい冬でも就航率は99・7%(2022年通年実績)を誇る。
 「現時点で国際線の増便の具体的な動きはない」(旭川空港事務所・北野所長)としながらも、コロナ禍後、航空業界は活況を取り戻しつつあり、いつ大きなビジネスチャンスがめぐってくるか分からない。
 実は、ジェットスターの旭川乗り入れも、保安人員の不足で開始が遅れるリスクがあった。関係者が奔走することで早期就航にこぎつけた。
 アジアの航空会社は函館など道内への乗り入れを希望しているが、保安人員の不足がネックになり思うように進んでいないとの指摘もある。

都道府県で最多 北海道の空港数
 今津市長が旭川空港で新規に働く就職者に対して奨励金支給を果断した背景には県からのテコ入れを受けやすい本州の空港に比べ、道からの支援が得にくい北海道のローカル事情があるとみられる。
 本州の県内の空港数は一つ、あるいは2、3が普通だ。岩手県の花巻空港、宮城県の仙台空港など定期便が離発着する民間空港が県内に一つのところは少なくない。
 県内に空港の数が少なければ財政出動の額も比較的抑えられることから観光・地域振興を目的に県が空港関連にテコ入れしやすい。都府県の各空港はその恩恵にあずかり、他空港との差異化を図り、新規就航の綱引き合戦にのぞめる。
 一方、北海道のように13ほどの空港がある場合、道は公平性・中立性の観点から特定空港のみのピンポイントのテコ入れはよほどの合理的理由がなければ難しく、公平性を維持するためにテコ入れに慎重だ。公平性を担保するため全部の空港へのテコ入れは多大な財政出動が必要であるため台所(財政)事情の厳しい道は足踏みする。
 こうした道からのテコ入れが手薄なローカル事情を鑑み、今津市長は、旭川・道北地域の振興に一定程度寄与できるとの合理的理由から公金を財源に旭川空港スタッフの奨励金制度の創設を政治判断した、とみられる。

リスクを承知で市長が政治判断
 地方自治体は、受益と負担の構図を明確にしながら公平性・中立性の担保を前提に行政を展開する。税金を原資とする公金を特定の民業に支出するにはリスクを伴う。このため、前例踏襲をベースにリスクを伴う案件や他自治体の先鞭を切ることをやりたがらないのが常だ。例えば、こんな光景に記者は数限りなく出くわしている。「他自治体の動向を注視しながら本市でもどのような対応が可能か検討してまいりたい」。地方議会で繰り返される理事者側のお題目のような答弁である。シンプルに言えばリスクを負ってまで先鞭を切ってやりません─とかわしているのだ。
 今回の旭川空港のテコ入れは、今津市長が政治家としてリスクを引き受ける果断をした形だ。
 旭川市によると、旭川空港の保安検査・地上支援業務に新規採用された就職者に基本額10万円(要件を満たす経験者には加算あり)を支給する。奨励金制度の創設について、「大変ありがたいことです。入社を呼びかけるときにアピールの一つになる」(セノン・成田所長)と旭川市のテコ入れを歓迎する。
 保安検査の仕事を担うセノンの横山夏樹さんは「私は美瑛町で生まれました。幼いころから飛行機が大好きでした。空港で働くことに憧れていました。今でも空港で働くことに特別な思いがあります」と空港で働くことの喜びを語る。
 もちろん、効果は空港の外にも及ぶ。空港を利用する観光客が増えれば、旭川市中心部や周辺自治体の観光地を訪れる人も増え、飲食や宿泊を通じてお金を地域経済に落としていく。

安定しない国際線定期便増減の対応
 ただ、旭川市が旭川空港職員の新規採用にテコ入れし、人員が確保されたとしても課題は残る。
 国際線の年間定期便が安定しないことだ。便数が季節によって細かく変動したり、期間限定だったり。一時期は中国、台湾から複数の航空会社が乗り入れ、毎週過剰とも思える便数を運航していたが、需要を大幅に上回っていたのか、次々と撤退した。現在、定期運航している国際便は台湾タイガーエアの週2往復のみとなっている。
 こうした旭川空港の国際線を取り巻く状況では、セノンなど現場を支える各社は、新規路線就航・増便に柔軟・弾力的に対応できるよう余裕を持ったスタッフの確保にためらうだろう。余剰人員が発生するリスクだ。こうした状況に対しても、旭川市としてどのようなフォローができるのか検討していくものとみられる。
 2024年度予算案に盛り込まれた旭川空港業務就業奨励金は、市議会での可決を経てスタートする。

この記事は月刊北海道経済2024年04月号に掲載されています。
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