老人ホームめぐり実質代表とオーナーが訴訟

旭川市内の春光と豊岡で二つの有料老人ホームを経営する合同会社グッドライフの実質的代表者川越博氏と、資金的なオーナーである高嶋雅文氏(音更町、医療法人社団駒草会理事長)の裁判闘争が旭川地裁で1年にわたって続いている。訴えているのは高嶋氏で、川越氏に対し「有印私文書偽造罪・公正証書原本不実記載罪」を申し立てている。高嶋氏は「川越さんは自分の息子を勝手に役員に入れ、会社を乗っ取ろうとした」と主張、川越氏は「高嶋さんも了解の上でやったことだ」と反論。提訴と同時に裁判所は、役員となった息子の職務執行停止の仮処分を出したが、本訴訟はいまも続いている。裁判では争いの背景にある川越氏の様々な不正疑惑も争点になっているようだ。

本誌に持ち込まれた川越氏へのうっぷん
 この記事は合同会社グッドライフ(本社・旭川市春光町12番地)の役員登記をめぐる争いが本論だが、その根幹となるものは別のところにある。先にそのことから触れてみる。
 今年5月中旬、本誌に「グッドライフが運営する有料老人ホームの川越施設長のことで話を聞いてほしい」と同社従業員から電話があり、2日後に本社を訪ねてきた。電話では「3人で行く」と聞いていたが集まったのは9人。グッドライフの現役職員や退職者、川越氏のこれまでのことをよく知る関係者らだった。電話をくれた人によると「北海道経済に行って川越さんの話をするとLINEで流したら、これだけ集まった」ということだった。
 その時の話の内容は全員が川越氏に対する〝悪口〟だった。その中で、当日聞いた話、後日メールで送ってくれた話などをいくつか紹介してみる。初めに断っておくが、指摘される不正内容について川越氏は、後述する本誌の取材においてすべてを否定している。

不当行為にまつわる生々しい証言の数々
 サービス提供責任者Aさんの話。
 「川越施設長は昨年、処遇改善加算を申請し202万円を得た。それは介護職員に渡さなければならないお金なのだが、全部を息子の友博さんが札幌に店を出す資金に使った。市にはウソの報告書を出していたが、指導監査でバレそうになったので、つじつまあわせのために報告書を作り変え、私が202万円を手当てとしてもらったとする領収書を作った。
 施設長と二人だけの時に、『職員の給料を払うのに使ってしまったので領収書を書いてくれないか、書いてくれないと会社が立ち行かなくなる』と強引に頼まれ、断り切れずに私が202万円を受け取ったとする領収書を書いてしまった。このことは昨年12月に市の指導監査課にも伝えている」
 最近まで管理者をやっていたBさんの話。
 「一昨年の11月に、Mさんからの入居一時金200万円を施設長が自分の懐に入れ、グッドライフの通帳には入金しなかった。同時期、夜勤の職員に手を出してセクハラで労働基準監督署に通報され、監督署の指導を受けた。昨年12月には指導監査課の監査があり、管理者がいなかったことで改善勧告書を書かされた。
 12月から1月にかけては介護職員が足りず、
(いつも豊岡にいる)施設長が春光にいたことにして介護保険の架空請求をした。このことには証拠もある。豊岡の入居一時金については10万円を預かっているにもかかわらず通帳に入金していない。わかっているだけで80万円になる」
 以前、川越氏と一緒に有料老人ホームを経営していたCさんの話。
 「川越さんとは4年ほど前に声を掛けられ一緒に㈱つくしんぼの代表を務めました。川越さんは名前ばかりで実務は全て私に押し付け、役員報酬を当たり前に取っていました。会社の業績は受け継いだ時からマイナスでした。それを知っていながら私に、一緒に経営をやろうと強制的にしつこく迫り、断わることもできない状況でした。
 いざ経営を始めるとマイナス分のお金は全て私に出させ、私の預金分も全て使い、借金までさせられました。川越さんは一切お金を出していません。毎月手渡しで入居費を支払いに来る利用者さんのお金にも手を付け、知らない振りをしていました。
 私と一緒に経営を始めて1年が経とうとする頃(3年ほど前)、施設(住宅型有料老人ホームねりね)に入居していた利用者のおばあちゃんを、私にも家族にも伝えず、勝手に豊岡にあるフラワーという他の有料老人ホームへ連れ出しました。川越さんはフラワーの社長とつながりがあったらしく、ねりねの代表・施設長の籍がありながら、ねりねの運営が続かないことを知っていたかのように、次の金銭目的のためにねりねの負債等を私に押し付け、職場には一切来なくなりフラワーへ逃げ込む始末。その後フラワーでもうまくいかなくなり、もめて高嶋先生の施設へと逃げたようです」

介護業界を転々としてきた川越氏
 すでに70歳を超えている川越氏が介護業界に参入したのは5年ほど前から。以前は肉屋を経営していたというが、詳しいことは関係者もよくわかっていない。川越氏のこの5年ほどの介護業界での動きをたどると、初めは前記したCさんの証言に出てくる「ねりね」、次に「かるむ」、そして「フラワー」。代表者になっていたのは「ねりね」だけ。
 それぞれ事情があって転々としたようだが、この間に業界の仕組みをいろいろ学んだようだ。ちなみに「介護付き有料老人ホームフラワー」は昨年3月、18年6月から同年11月まで看護や介護の職員の人員基準を満たしていないにもかかわらず介護報酬を不正に請求していたとして、3ヵ月間の指定停止処分を受けている。この不正時期は川越氏が関わっていた頃とも一致する。
 そうして川越氏は独立を考えるようになり、現在裁判沙汰になっている音更町の病院理事長・高嶋雅文氏とつながり、合同会社グッドライフを立ち上げ、「グッドライフ春光」、少し遅れて「セラヴィ豊岡」の経営を始めたのが一昨年2月からということになる。
 これから先は川越氏と高嶋氏の争いに話を移す。

会社登記簿から読み取れること
 合同会社グッドライフの法人登記簿によると、会社設立は2019(令和元)年2月13日で資本金は320万円。業務執行社員としては川越博、川越裕二、高嶋裕紀、高嶋衣舞の名前があり、代表社員は川越裕二になっている。
 手元にある登記簿は今年5月下旬にとったもので、設立時の半年後には業務執行社員として川越友博が加わり、同時に代表社員となった記述もみられる。しかしその友博氏は昨年7月31日に業務執行社員、代表社員ともに職務執行停止となっている。ここには高嶋雅文氏が「有印私文書偽造・公正証書原本不実記載」で旭川地裁に訴え、友博氏の代表社員就任は認められないとする仮処分の出た形跡が認められる。
 登記簿にある川越博はこの記事で川越氏として取り上げている人物。川越裕二は川越氏の二男、高嶋裕紀は高嶋氏の息子、高嶋衣舞氏は娘。そして川越友博は川越氏の長男である。会社設立の実質的なオーナーでもある高嶋氏の名前は登記簿には出てこない。
 その代わりが高嶋裕紀、高嶋衣舞で、ともに150万円ずつ出資している形になっている。もちろんこれは名前だけで実際の出資者は高嶋氏である。川越氏と二男の裕二氏はともに10万円ずつの出資で、合わせて320万円の資本金となる。後に川越氏が長男の友博氏を代表社員として登記した時は、川越氏の10万円の半分を友博氏の名義にしたようだ。

表紙2107
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駅前イオンから一挙11店撤退

イオンモール旭川駅前に異変が起きている。5月に11店が撤退し、館内のあちこちが白い板で囲まれた。契約期間の満了が重なっただけでなく、コロナ禍、とくに外国人旅行者の減少が影響したとの影響がある。消費者の流れを変えた「駅前イオン」での相次ぐテナント撤退、そして新しい店の登場は、中心街の人の流れをどう変えるのか─。

開店時からの店も消えた
 イオンモール旭川駅前(駅前イオン)が2015年3月にオープンしてからしばらく、旭川の中心街である平和通買物公園では暗い話題が多かった。真新しいモールに消費者が集中した結果、最後の百貨店・西武は旭川から撤退、残った商業施設からも相次いでテナントが去り。空きスペースが広がった。
 あれから6年余り。この5月末から6月上旬にかけて駅前イオンを訪れた人は異様な光景に驚いたかもしれない。付近の店に空きスペースを広げた一因であるはずの駅前イオンでも、売り場のあちこちが壁で囲まれ、最近まで営業していたはずの店舗の閉鎖と連絡先を告げる張り紙が張られていたからだ。1階駐車場の奥、忠別川河川敷に近いエリアは囲まれ、店から運び出されたとみられる商品棚などが積まれている。
 駅前イオンのウェブページにある「閉店のお知らせ」によれば、5月に撤退したのは「クラフトハートトーカイ」(手芸用品、3階)、「ビレッジ」(アパレル、2階)、「Bou Jeloud」(アパレル、2階)、「QBハウス」(理髪、3階)、「宗家 源吉兆庵/日本橋屋長兵衛」(和菓子、1階)、「ケンタッキーフライドチキン」(1階)、「エアウィーブ」(寝具、3階)、「ドコモショップ」(携帯電話、3階)、「そば処花の家」(そば、1階)、「ハーモニカ」(アパレル、2階)、「ABCクッキングスタジオ」(料理教室、3階)の11店に達する。

介護看護人材の紹介 マシンフィットネス
 去っていく店もあれば、新たに進出する店もある。最近、登場した店は3つ。いずれも旭川市内の企業が経営している店だ(うち2つは本州のフランチャイズに加盟)。
 3階で5月1日にオープンしたのは、「介護・看護求人支援センター旭川」。市内の企業、㈱ネクストライト(平澤幸憲社長)がFC加盟して道内初出店する。コロナの影響で全国的に外出している人は減っているにも関わらず、5月中に100人の求職者が訪れ、求人企業(施設や医療機関含む)が20社に達するなど出足は好調だという。
 介護と看護、いずれの分野でも人手不足は著しい。求職者と求人企業の間をとりもつのが求人広告媒体や、東京などの人材仲介業者。求人企業の側には、高額な仲介料や広告料を負担してようやく人材を見つけたのに短期のうちに離職してしまう、求職者の側には思っていた職場や雇用条件と違うといった不満があった。平澤社長も自ら各種の介護事業を展開する過程で、人材探しの難しさを痛感していた。
 そこで同センターでは従来にないかたちの仲介で双方が満足できるサービスを提供することを目指す。
 「たとえば介護職の場合、施設に就職した人が短期間のうちに辞めてしまうことがあるのは『介護観』が違うのが大きな理由。このため当センターでは、求職者との面接を経て、条件に合う施設が見つかれば、介護業界を熟知したスタッフも同行して施設を見学します。求職者が物怖じして聞けないような重要な質問もスタッフが代わりにして、求職者の疑問や不安をできるだけ減らすようにします」
 旭川市内や道北地方ではいまも次々と各種の介護施設が新設されているが、人手不足のためにフル稼働できていないところも多い。「旭川生まれの旭川育ちなので微力ながらお役に立ちたい」と、事業経営に乗り出す前に看護師として働いていた経験を持つ平澤氏は語る。
 駅前イオンの3階、介護・看護求人支援センター旭川のすぐ近くでは、平澤氏のもう一つの店「スマートスタジオ」が7月1日のオープン予定に向けて準備中。こちらは都心部型のフィットネス施設だ。
 スタジオ内部には「パワープレート」と名付けられた機器が10台備え付けられている。この機器にはハンドル部分と、振動する部分があり、機器の上で立ったり、座って足を上げる姿勢を取ったりして筋力を強化することができる。使い方は目の前のモニターに表示される他、そばに付き添うスタッフが教えてくれる。運動に必要な時間は1セット20分。
 「これまでの仕事で、まだ若いのに介護が必要な状態になった人を見てきたことが、今回、健康に役立つフィットネス事業に進出する理由になりました」(平澤社長)
 なお月額料金は通い放題でも6578円(税込み)。駅前イオンの家賃はそれほど安価ではないはずで、採算は取れるのかとの疑問が湧くが、平澤社長は「それなりのコストにはなりますが、それ以上に収益を確保できると期待しています」と説明する。

リユース品販売店 外国人復活にも期待
 同じ3階で5月15日にオープンしたのが「愛情買取リング」。ハンドバッグ、宝飾品、時計のリユース品(中古品)を販売する店だ。同じ店舗で買取も行っている(高級アパレル品は買取のみ)。
 リングはイトーヨーカドーの地下で店を営んでいたが、今年5月のヨーカドー閉店を受けて駅前イオンで新しい店を構えることにした。買物公園では他にマルカツ1階でも店を持つ。マルカツ店は高齢の人に親しまれ、「昔買ったものをもう使わなくなったので買い取ってほしい」と足を運ぶ人が多いが、マルカツ内での相次ぐテナント撤退で建物としての集客力に陰りが出てきたことから駅前イオン進出を決めた。デパートが相次いで撤退したいま、駅前イオンは旭川を代表する商業施設。そこにリユース品の店が進出したことは、この業界の認知度が社会で高まったことを示していると言えそうだ。
 駅前イオン内でのリングの開店はコロナ禍と重なり、緊急事態宣言下では土曜日曜の営業ができない(1階の食品フロアーや食堂街は営業)不利な状況でのスタートとなった。それでも電話やDMによる営業活動の成果もあり、開店から約3週間で手ごたえを感じている。
 実は、リングは買い取った品を自らの店舗で消費者に売るだけでなく、海外販路の開拓にも力を入れている。モノを大切にする日本のリユース品の品質の高さは海外でも広く知られている。いまは駅前イオンからはインバウンド客が消えているが、コロナ禍が収まり、外国人旅行者が直接リングに来店してくれることを、平島社長は心待ちにしているという。
 「高級品も使わずにただ眠らせておくだけでは、徐々に価値を失ってしまいます。使わないものがあったら、ぜひお持ちください」と平島社長は呼びかける。

フードコートに長期の「空き家」
 冒頭で紹介した通り、駅前イオンの公式ホームページには撤退した11店が掲載されているが、他にも店舗撤退後、封鎖されたままのスペースがある。たとえば1階のイートインスペースの一番奥、「はなまるうどん」と「無印良品」にはさまれた一角からオムライスなど洋食の店「ポムの樹Jr」が昨年5月末に撤退してから1年以上、後継の店が進出していない。宮下通に面した入り口から少し入ったところにある一角(駅前イオンが開店した直後にはもりもとが入居していた場所)も、現在は無人ゾーンとなっている。
 イオンモール㈱本社は本誌の取材に対し、次のように説明する。「大規模リニューアルではもっと多くの店が入れ替わる。今回が大規模だとは考えていない。個別の店の撤退理由については契約上の問題もあり、説明できない。空き店舗となった部分については、それぞれ新たに出店していただけるところを探しているが、現時点で明らかにできる店はない」。
 現在も営業を継続しているテナントの関係者は「多くの店が5月末に閉鎖したのは、たまたま契約期限切れの時期が重なったためだろう」と見る。別の人物によれば、当初の契約期間は6年間。駅前イオンのオープンは2015年3月27日。それから6年余が経過したことになる。
 建物が大きい以上、一部が空き店舗となるのは自然な現象。しかし、1年も有効に活用されない部分があるのは、開店から6年が経過した駅前イオンの集客力に変化が起きたためなのか、コロナのあおりで一時的に人の出足が鈍っただけなのか。
 よく駅前イオンの1階フードコートで食事をする人物はこんな見方を示す。
 「コロナ上陸前、JR旭川駅からすぐアクセスできるフードコートでは、とくに外国人の姿が目立った。他の客が食べているものを見てから各自利用する店を選べるフードコートは、家族連れの外国人観光客に便利なのだろう。中国語、韓国語、東南アジア系の言語が飛び交っていた。それだけ物販店の外国人向け売り上げの比率も高かったはず。コロナのために外国人の姿が北海道からほぼ消えて、一部の店は収束まで待たずに撤退する道を選んだのではないか。イオン旭川西もコロナの影響は受けているはずだが、あまり外国人がいないので、打撃は駅前イオンより軽いはずだ」
 流通業界関係者は、外国人の北海道旅行ブーム、駅直結という条件が重なる旭川の駅前イオンの外国人向け売り上げ比率は、日本全国のイオンの中で有数の高さだったはずとの考えを示す。だとすれば打撃はそれだけ深刻だったことになる。
 本州以南の地方都市の中には中心街からイオンが撤退して地域経済が打撃を受けたこともある。いま旭川駅前ではツルハビルが完成間近となり、高層マンション建設に向けた既存建物の解体も進んでいるが、これらの施設の影響もあわせ、駅前イオンの集客力がどう変化するのかに関心が集まりそうだ。

表紙2106
この記事は月刊北海道経済2021年07月号に掲載されています。

旭川医大人事めぐり疑問の声

旭川医大の医師が学外の医療機関で無届けのアルバイトをしていれば明白なルール違反。では、親族が経営する医療機関や介護施設から、勤務実態がないのに報酬を受け取っていたとしたら?─ある人事をめぐり医大内部でいま問題が持ちあがっている。兼業をめぐる問題は過去にもくり返し批判されてきたが、コンプライアンスが徹底されているとは必ずしも言えないようだ。

医大医師の兼業は基本的役割だが…
 道北、道東で医師が不足しているのはまぎれもない事実であり、旭川医大が1973年に設置されたのも、この地域で働く医師を養成すると同時に、医療機関に医師を派遣するのが主な目的だった。現在、旭川医大はこの地域にとり不可欠な「医師供給源」となっている。道北、道東は面積が広く、交通機関が大都市圏ほどには発達していないために、行くのに数時間、帰りにまた数時間を費やすケースも少なくない。
 医科大学はもともと、医師派遣という役割を担っていることから、週1日(8時間)学外の医療機関で勤務して報酬を得ることが認められている(大学から見ればその分、人件費を削減できる)。医師の側から見れば、日ごろの研鑽の成果を第一線の医療で生かすことができ、患者の側から見れば、単純に医師が増えるだけでなく、最新の知見を活用した治療を受けられるとの期待がある。
 しかし、この兼業がこれまで何度も疑惑を招いてきたのも事実。過去には、医療機関が医者の数を書類上充足させるために勤務実態のない医者の名前だけを借りる名義貸しが横行していた。兼業とはやや異なるが、旭川医大では一昨年11月、麻酔科教授が医局からの医師派遣先から多額の謝礼を受け取っていたことが問題視されて懲戒解雇され、同12月には製薬会社などから不正な報酬を受けていたことを理由に別の教授が停職1年の処分を受けている。
 医療の現場では多額のカネが動くために、誘惑に駆られ、本業そっちのけでアルバイトに励む人も出てくる。このため、旭川医大の医師が兼業する場合には、事前に届け出て許可を得ることが義務付けられている。なお吉田晃敏学長については今年、滝川市立病院とアドバイザー契約を結んで月40万円の報酬を長年受け取っていたことが問題となったが、医大関係者によれば、この報酬については学長が自ら大学に事前に報告しており、教授たちの間でも情報が共有されていた。社会的に許されるかどうかや金額の多寡はともかく、ルール違反ではなかったことになる。

勤務実態なくても由々しき問題
 一部の医大関係者の中で、従来のイメージとは異なる「兼業」に絡む問題が最近話題になった。登場するのは第三内科(消化器内科/血液・腫瘍内科)の最高責任者である科長(医学部では 内科学講座《病態代謝・消化器・血液腫瘍制御内科学分野》教授)、外来医長にこの春、昇進したとみられる若手医師だ。なお、各診療科にはトップの科長、ナンバー2の副科長、病棟部門を統括する病棟医長、外来部門を統括する外来医長などのポストがある。
 第三内科の人事異動に絡んで、昨年度、新しい外来医長の人選が行われた。本誌が取材して集めた情報を総合すれば、審査の時点で特任助教を務めていた若手医師が候補に登ったが、教授は履歴書やさまざまな書類を見ていて気が付いた。兼業についての報告が空白で、学外でアルバイト(兼業)して収入を得た形跡がないのだ。教授は若手医師に尋ねた。「これまでバイトをしていないようだが、それでは生活できないのではないか」。若手医師は答えた。「私は親族の経営している医療機関から収入を得ているので、バイトする必要がありません」。なお、若手医師の父親は、旭川市内で長年、医療機関や介護施設を経営している。
 焦点は、若手医師に父親の経営する医療機関や介護施設での勤務実態があったのかどうか。あったとすれば、事前の報告をせずに兼業していたことになり、明白なルール違反となる。一方、勤務実態はなく、いわば「お小遣い」として親から金銭を受け取っていたとすればどうか。ある医大関係者は、それも深刻なルール違反だと指摘する。
 「市内の開業医の中には、子息が旭川医大で学び、医大病院で医師として勤務している人もいる。勤務実態がないのに金を与えていたとすれば、本来は医大が負担するべき人件費を、親が負担していたようなもの。医師派遣先の決定などに関して、親の関与する医療機関が優先されないよう、不明朗な金銭のやりとりは厳に慎むべきなのに…」

表紙2107
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ヨーカドー後継にトライアル

「盛者必衰」─かつては小売業界の「主役」のひとつだった総合スーパーだが、近年は苦戦を強いられている。その一つ、イトーヨーカドー旭川店がついに閉店した。道内各地で閉店が相次ぎ、過去十数年、何度もうわさされてきた店舗の閉鎖がついに現実のものになった。その一方で、24時間型のスーパー「トライアル」が後継テナントに決定。来年3月末に耐震補強工事が完了した後でオープンする見通しとなった。

強みだったはずの駐車場が欠点に
 1980年にオープンしたイトーヨーカドー旭川店が、40年余りにおよぶ営業を終え、最終営業日となった5月9日にシャッターを下した。店員らは外から姿が見えなくなるその瞬間まで、深々と頭を下げていた。
 オープン時、イトーヨーカドーは旭川小売業界の「ガリバー」だった。当時は個人営業の八百屋、肉屋、魚屋などがまだ数多く残っていた時代。市内各地にあった市民生協やフードセンター、農協系の小売店でも十分に大型だった。それをはるかに上回る規模のヨーカドーの上陸に不安を抱く小売り・卸売業界の関係者が多かった一方で、新しい雰囲気の売り場に目を見張った消費者もいた。当時の興奮を知る70代の男性は語る。
 「開店間もないヨーカドーに行ってみた。印象的だったのは、レジ係の人が、お客一人ひとりに順番が回ってくるたびにきちんと会釈していたということ。地場のスーパーとはスタッフの教育が違うと思った」。
 建物内部に大型の駐車場を備えていることも、マイカーでの外出が当たり前になりつつあった地域社会に支持された。近所の店に徒歩や自転車で行くよりも、少し離れたヨーカドーに車で行く人が増えた。
 しかしその後、旭川市内のあちこちに同様の形態の総合スーパー(GMS)が次々と登場した。ニチイ(1981年開店、現イオン春光)、ダイエー(1984年開店)、同じくニチイ系の永山サティ(1990年開店、現イオン永山)などが次々とオープン。生協なども既存の小型店を統合して大型店に転換し、大手に対抗した。
 これによりヨーカドーが抱えた悩みが、開店当初は強みだったはずの駐車場の問題。豊岡、東光、永山、春光、旭神など市の中心部からやや離れた場所に進出した競合店は広大な敷地を生かして、店舗建物の屋上だけでなく、店舗の周囲の野外に駐車場を確保した。車庫入れがあまり得意でない人、とくにGMSの主要な顧客である主婦層の中には、ヨーカドー2階、3階の駐車場に上がっていく狭くて急なスロープを嫌う人が多かった。ある男性は語る。「妻にヨーカドーで買い物しようと提案しても、あなたが運転していくならいい、自分で運転して行くのは絶対にいやと言われた」

建物オーナーは否定していたが…
 完成当時は真新しかった建物も、次第に当時の魅力を失っていく。イオン旭川西や同旭川駅前をはじめ、この十数年の間に登場した大型店に比べれば、ヨーカドーの陳腐化は否定しがたく、次第に客足が遠のいていった。そしてついに、開店から41年後の閉店の日を迎えた。
 この建物では今後、従来からの予定に沿って耐震補強工事が行われる。完了は来年3月末。隣接する大成市民センターの体育館、住民会館も当面は休館となる。
 これまでヨーカドーで買い物していた人にとり気になるのは、耐震強化工事完了後に後継テナントが入居するかどうかだ。
 本誌はまず、建物を現在所有している北洋銀行系の交洋不動産(本社=札幌)に電話取材した。「今年3月、旭川市と大成ファミリープラザに関して連携協定を締結したが、その際に旭川市に伝えた通り、後継テナントについては商業施設を中心に交渉を進めている。まだ相手が確定しておらず、交渉対象が1社なのか複数なのかを含めて、話せることは現時点で何もない」。
 前号でも紹介した通り、本誌は旭川に展開する有力な小売業者に取材をしたが、いずれも出店には慎重。既存店とのバッティングや、大きすぎる建物などが懸念材料になっている様子だった。
 ところがその後、本誌に「トライアルが後継テナントに決まった」との未確認情報がもたらされた。トライアルは24時間営業のスーパーで、2009年11月、旭友ストアーが撤退した店舗に進出するかたちで国道237号に面した「スーパーセンタートライアル神楽店」をオープン。翌年10月にはドン・キホーテの店舗跡を改装して国道39号に面した同永山店を開いている。消費者の安売り志向の強まりで、2つの店舗は好調とみられ、また小売店だった建物に「居抜き」で進出することが基本的な手法であるトライアルがヨーカドー旭川店の後継に選ばれたとしても、決して意外な話ではない。

入居は地下だけ? 1階2階どうなる
 そこで本誌は、全国にトライアルを展開する㈱トライアルカンパニー(本社=福岡市)に電話取材をしたが、「今回に限らず、今後の出店予定については一切取材に応じていない」とのことだった。
 しかし、それからしばらくして、当初の情報とは違うソースから本誌に確実な情報がもたらされた。トライアルの進出が決まったというのだ。すでに市内の関係者へのあいさつも済ませているという。ただ、建物オーナーの交洋不動産では、大規模な耐震強化工事を行う方針を明らかにしており、工事には少なくとも数ヵ月が必要。開店はその先のことになりそうだ。なお、前出の通り、この建物では駐車場へのアクセスの難しさが消費者にとってのネックとなっているが、交洋不動産では、駐車場の配置など大規模な構造の変更は考えていないと説明している。
 開店時期は不明だが、耐震補強工事が完了するのは来年3月末。早くてもそのころのオープンとなるはずだ。
 ただし、トライアルの商品は食品や飲料が中心。日用品や衣類もあるが、種類は限定的。ヨーカドーの後継店として入居するとしても、これまで食品売り場とレストランコーナー、ダイソー、専門店などがあった地下以外を活用するとは考えにくい。売り場全体を埋めるためには、他にも後継テナント探す必要がある。
 とはいえ、トライアル進出で旭川市中心部での買物難民発生は回避された。安堵している住民も多いのではないか。

表紙2106
この記事は月刊北海道経済2021年06月号に掲載されています。

コロナでも富良野の高級不動産堅調

本誌でも過去に何度か伝えている通り、外国の富裕層が富良野地区の不動産に注目している。ニセコで多くの物件を販売した実績をもつ「H2グループ」は2017年に富良野支店を開設し、高級コンドミニアムを販売してきた。コロナ禍のために海外バイヤーの来日は途絶えたが、ネットのライブ中継で物件の特徴を伝え、富裕層との商談を成立させているという。

北の峰通沿い
 富良野スキー場(北の峰ゾーン)のゴンドラ駅と道路を挟んで向かい合う現代的な外観の建物がある。「フェニックス・フラノ」と名付けられたコンドミニアムだ(2016年築)。プロジェクト管理を手掛けたのは虻田郡倶知安町に本社を置く北海道トラックスだ。
 このプロジェクトをきっかけに北海道トラックスは富良野支店を開設した。今年度に入って、同じくニセコを拠点に外国人向けの超ハイエンド向けホスピタリティを展開していた。ハクライフ社と合併してH2グループとなり、その富良野支店になった。
 現在、同社は北の峰通(道道800号)沿いで2棟のコンドミニアム「カク・プレイス」「フェニックス・ウェスト」を販売している。価格は未公表だが、安価な部屋でも数千万円に達する見通し。主に海外に住む富裕層にの販売する。その後は「フェニックス・イースト」の計画が控える。
 新築物件の場合、同社はプロジェクト管理を行いながら、デベロッパーと地元建設会社の仲介役を務め、完成後は販売、販売後は物件管理を担う。
 このほか、戸建ての既存住宅、ペンション、レストラン向けの物件なども仲介している。
 北海道トラックスの会社設立は2003年。以来、ニセコを中心に外国人向けの高級不動産を扱ってきた同社が富良野に進出した背景には、富良野の世界的な知名度上昇がある。

ダブルシーズン
 「富良野ではもともと外国からのツーリストが多かった。ラベンダー畑の風景、大雪山の眺望、チーズ工場やワイン工場などの魅力が知られていた。不動産についてもこの数年の間に、魅力が知られるようになった」と、セールス担当のスコット・トービー氏は指摘する。
 外国人が魅力を感じる道内の不動産の特徴は、まず近くにスキー場があること。それはニセコエリアに集中的な投資が行われた最大の理由でもある。もう一つ、富良野にはニセコにはない魅力が備わっているという。
 「富良野はダブルシーズン。冬でも夏でも遊べるので、賃貸物件は収益を上げやすい。それだけ付加価値がある。ニセコを楽しめるのは基本的に冬だけだ」(トービー氏)
 なお、一部にはニセコのブームが下火になったとの見方もあるが、富良野支店長の西本圭志氏は「ニセコでは依然として多くの不動産が取引されている」と語り、こうした見方を否定する。
 現在、H2グループの顧客は世界各国にいるが、中でも多いのは香港やシンガポール、フィリピンなど東南アジア各国、そして欧米諸国だ。なお、香港については政治的な混乱とは関係なく、以前から販売は好調だという。
 2019年まではこれらの国々からバイヤーが訪日、物件をその目で見て品定めした上で購入していたが、コロナ禍で国際的な人の流れがほぼ途絶え、販売のスタイルが変わった。海外からインターネットで寄せられる問い合わせに応じて、トービー氏がスマホを持って物件を訪れて、特定のバイヤー向けに「ライブビデオツアー」を開き、質問にもその場で答える。このほか、コンドミニアムなど新規プロジェクトの発表時には、複数のバイヤー向けに同時に中継することもある。
 バイヤーが物件を気に入れば、来日することなく商談が成立する。とはいっても、コロナ前までよく話題になっていた外国人富裕層の「爆買い」とは性格が異なると、西本氏は語る。「これまで築いてきた信頼関係の上で、登記などのしくみを十分に説明して、不動産取引リスクが低いことを納得してもらった上で購入してもらっている。気に入ったから即買い、というわけではない」
 昨年の春から夏にかけて、コロナの影響で世界中でビジネスが低調になった時期には道内不動産への購入意欲も低下したが、その後徐々に回復。すでにコロナ前の水準に戻っているという。
 新しい動きも生じている。それは、外国人だけでなく、日本人の富裕層への販売実績の増加。資産家が新たな投資先を求めていることと関係があるのかもしれない。

中古戸建も高価格
 H2グループのウェブページには、仲介している富良野市内の物件が価格付きで掲示されているのだが、数千万円以上の高級物件がずらりと並ぶなかで、目を引くのが1983年築の戸建て住宅だ。敷地面積229平米、床面積94平米の昭和の雰囲気漂うこの建物の価格は2980万円。トービー氏によれば、スキー場から歩いてすぐという立地条件に、外国人バイヤーなら2980万円の価値があると感じるとのこと。本能的に「高い」と感じた記者には、世界的な視野が欠けているのか。
 同社が取り扱う富良野地区の物件はスキー場の近くに限られていたが、徐々に富良野市街や中富良野へも広がってきており、物件の状況次第で美瑛や旭川にも拡大する可能性もあるという。
 日本人がニューヨークの一等地で高級不動産を買い漁ったのはバブル期の話。いまでは旭川からも近い富良野の不動産市場に外国から資金が流れ込んでいる。そのお金は土地を売った地主や建設会社を通じて地域社会へと流れ込む。富裕層の日本滞在中の消費活動にも期待が集まる。不況が長引くこの時代、「外貨」の流入は地域経済にとって数少ない明るい材料だ。

表紙2106
この記事は月刊北海道経済2021年06月号に掲載されています。

クリスタルホール 問われるプロポーザル の意義

 ステージ上で踊り、歌い、語る人が主役だとすれば、それを袖で見守るのが舞台のプロたち。旭川市は旭川市民文化会館・大雪クリスタルホールという主要なホールの舞台業務を民間業者に委託している。今年の1月から3月にかけて行われたクリスタルホールの舞台業務受託業者を選ぶ公募型プロポーザルで、長年この業務を受託していた業者を破って別の業者が選定を受けたが、その手法が議論を呼んでいる。他の業務分野を含め、公募型プロポーザルに参加する業者の姿勢に影響しそうだ。

評価点14点差で受託業者が交代
 旭川市大雪クリスタルホール。収容人数は旭川市民文化会館より少ないものの、音響効果に優れ、音楽関連の催しが数多く開催されている。こうしたホールは音響、照明、舞台などに特殊な機器を使用するため、プロでなければ設備操作は難しい。そこで旭川市が公募型プロポーザル方式で選定した民間業者に委託料を支払って、「舞台設備操作等業務」を委託している。
 今年1月から3月にかけて、4月からの受託業者を選ぶための公募型プロポーザルが行われた。応募したのは㈲イマージュ(上田司社長)と㈱ソングスエンターテイメント(佐々木聡社長)。このうちイマージュは、他の会場やイベントで舞台業務を数多く請け負い、大雪クリスタルホールでも長年、舞台業務を受託しつづけてきた企業だ。しかし、箱を開けてみれば選ばれたのはソングス。評価点はソングスが366・25点、イマージュが352点だった。この結果を受けて、ソングスは4月1日からクリスタルホールに入り、舞台業務を受託している。従来は2年契約だったが、今回からは3年契約に延長された。
 イマージュはこの選定結果に異議を唱えている。ソングスが「虚偽の申請を行った」というのが理由のひとつだ。ソングスは一連の指摘を否定、ルールに則って選ばれただけと主張している。

受注した業者に 「委託管理指導」
 争点のひとつは、ソングスの「実績」。プロポーザルで市に提出する書類には、過去の業務実績を記入しなければならないのだが、ソングスは「旭川市民文化会館および公会堂と大雪クリスタルホールとの委託管理指導業務」を実績として報告していた。しかし、過去の入札や公募型プロポーザルで選定された市民文化会館と大雪クリスタルホールで舞台業務を受託業者のリストを観れば、㈲サウンド企画、㈱旭川シティネットワークとイマージュしかない。「ソングス」の名前はどちらにも登場しないのだ。
 このあたりの事情には、舞台業務の小さな業界で起きた内紛が影響している。佐々木氏らは業界の「老舗」とも言えるサウンド企画から飛び出し、時間外手当の未払いなどでサウンド企画を訴え、旭川シティネットワークの柳澤紀夫社長(当時)に助けを求めた。柳澤氏は承諾し、旭川シティネットワーク名義で市民文化会館の舞台業者を決める入札に参加して落札に成功。実際の舞台業務は佐々木氏らソングス勢が担った。佐々木氏は当時を振り返り「柳澤氏からアドバイス、統括的な立場で指導業務としてやってくれないかと言われた」と説明する。「企画提案書には、旭川シティネットワークから受託した『委託管理指導業務』の実績を書いただけの話。問題はない。ヒアリングでも、審査委員からこの点については質問などはなかった」(佐々木氏)
 旭川市の社会教育部にもこの点について尋ねたが、問題視はしていない様子。「法人としての過去の実績を尋ねたが、それが元請けなのか下請けなのかは問うていない」。
 申請の際、業務実績を問われるのは、舞台業務には経験が必要だからだ。仮に「委託管理指導業務」が虚偽の申請だとしても、ソングスの関係者が過去に市民文化会館や他の会場で舞台業務を経験し、十分なノウハウを備え、円滑に業務をこなせるのなら、少なくともホールの利用者から不満は出ないはずだ。しかし、イマージュの関係者ではない人物から、ソングスのプロとしての能力を疑う声があがっている。
 本誌に寄せられた証言によれば、4月に開かれた音楽関係の催しで、同時に2台のピアノをステージ上に並べて演奏する曲目があった。リハーサルでピアノを動かしたところ、ソングスの舞台担当者の動きに問題があり、ピアノ同士が接触してしまった。幸い、ピアノの外観に傷が残ることはなかったが、プロが管理している舞台上で、ピアノ同士の衝突といった事態は到底考えられない。にもかかわらず本番でも、暗転した舞台でピアノを移動している時に、再びピアノが危うくぶつかりそうになる場面があった。
 こうした証言について本誌が尋ねたところ、佐々木氏は「当社の舞台担当者に対してピアノの動かし方について注意してほしいとの指摘があったことは聞いている。しかし、私は音響室から舞台を見ていたが、ピアノ同士がぶつかったようには見えなかった」と反論した。
 ソングスのこの舞台担当者については、イマージュとの業務引き継ぎの打ち合わせの際、「俺、舞台のことは知らないんだよな」と言っていたとの証言も本誌に寄せられている(佐々木氏は否定)。

価格以外では大差で負け
 ここで改めて今回の公開プロポーザルの審査項目と審査基準に注目してみる。評価は参加業者からのヒアリングを受け、書類も精査したうえで、▽業務に対する考え方(配点は65点)▽実施体制・資質向上(65点)▽経費見積額(44点)▽業務実績(10点)▽ホール運営に対する考え方(16点)について5人の審査員が各200点満点で採点。項目ごとに最高点、最低点を付けた審査員を除外して3人の採点を合計して決定した。このうち経費見積額については、採点の数式が定められており、非公表の最低経費見積額との差額が小さいほど得点が大きくなるしくみだった。
 合計の評価点はソングスが366・25点、イマージュが352点と公表されている。その内訳や、審査の席上、どんなやりとりがあったのかは明らかにされていないが、本誌が取材で得た情報によれば、経費見積額以外ではイマージュへの評価が圧倒的に高かった。ソングスではプレゼンの時間配分を間違ったのか、十分な説明を審査員に対して行うことさえできなかった。ところが、経費見積額についてはソングスがイマージュよりも大幅に安く、かつ基準価格以上だったために、合計点ではソングスが上回った。
 ある団体の関係者は「今後も当然、イマージュがやってくれるのだと思っていたので、審査結果には驚いた」と語る。
 公募型プロポーザルを担当した旭川市社会教育部は本誌の取材に「すべて、事前に公開されている規則に従って行った。現時点で、(3年後の選考のために)ルール変更の必要性があるとは考えていない」と説明。経費についての配点が多いのではないかとのイマージュからの問い合わせに対しては「財政状況などから経済性は非常に重視するべき点。今回のプロポーザル審査においても、経費は重要な項目であることから配点の割合を定めている」と回答した。
 佐々木氏は本誌の取材に「なんとしても取りたかった仕事。これまでは選定で敗れていたが、ルールに沿って申請し、今回は我々が選ばれた。それだけの話だ」と語る。

価格競争の意味合い濃くなる
 ソングスの手法は、たとえ佐々木氏の言う通りルールに沿ったものだったとしても、広い分野の業者選定に影響を及ぼしそうだ。公募型プロポーザルの導入前に行われていた競争入札では、シンプルな価格の勝負で勝者が選ばれていた。これに対して公募型プロポーザルでは、市があらかじめ予算額を提示(今回は3年間の総額で7249万2000円、税込み)し、その範囲内で実現可能な提案の中身を競うのが基本。過度の価格競争を防止し、質的な競争を促すのが狙いだ。基準価格以上なら安ければ安いほど有利なのは事実だが、予算額寄りの値段を提示するのが「常識」だった(イマージュは、予算額に近い金額を提示した模様)。ソングスの勝利は、大胆な価格提示で提案面での劣勢をひっくり返すことができることを証明したが、だとすれば通常の競争入札を行い、価格競争で業者を選定するのと大差なく、提案の質で勝負する業者は淘汰されてしまう。
 市がコスト削減に躍起になっているのはわかるが、公募型プロポーザルはなぜ導入されたのか。当初の目的を振り返るべきではないか。

表紙2106
この記事は月刊北海道経済2021年06月号に掲載されています。

旭川の社福に「解雇無効」の重い判決

旭川市内のある社会福祉法人が「懲戒解雇は無効だ」として元常務理事だった職員から訴えられていた地位確認等請求事件に4月16日、旭川地裁から判決が言い渡された。判決は「解雇は合理的理由を欠き、相当性も認められず無効」というもので、原告の元職員の言い分が通った。景気低迷が続く近年、解雇をめぐる労働審判や裁判が件数を増しているが、この裁判、いったいどんな内容の争いだったのか。敗訴した社会福祉法人は、この先争っても負担が大きくなるとして控訴を断念している。

理事解任を解雇と誤解した理事長
 この社会福祉法人は住宅型有料老人ホームやグループホーム、小規模多機能など介護事業4施設、共同生活援助や生活介護など障害者支援事業3施設を運営している。理事長はじめ理事や監事、評議員には市内の著名人が名を連ね、福祉・介護業界では知られた存在でもある。
 元介護施設長で法人の常務理事でもあったAさんが理事長から懲戒解雇を言い渡されたのは2019年4月。これを不満とするAさんは間もなく旭川の弁護士を代理人に立て、解雇無効を訴える訴訟を起こした。
 それから2年。コロナ禍で裁判の進捗は遅かったが、やっと下された判決では原告の主張がほぼ認められ解雇は無効、つまり職員としての地位は守られるべきという結果になり、法人はAさんに対して、この2年間勤務を続けていれば得られていたはずの給料などをまとめて支払わなければならなくなった。
 そもそも法人理事長がAさんの解雇に踏み切った理由は、法人の職員で理事でもある社会福祉士の勤務状況が、実態と合っていないのではないかと疑問を抱いたAさんが、理事長に無断で、市から介護事業所に支払われる特別加算報酬の手続きを変更したため、法人に月額100万円の損害(減収)を与えたとすることからだった。
 理事長は、この時の変更手続きにおいて常務理事であるAさんが理事長印を独断で使用したことも善管注意義務に違反するとして評議員会で理事解任を決めた。理事長はこれでAさんを常務理事から外し、職員としても解雇したつもりになっていたのだが、理事の解任と職員の解雇は別の規定に基づくもの。
 ましてやAさんが行ったことは不正をただそうとする内部告発の類でもあり、公益通報者保護法の観点からも懲戒解雇は見当違いである。裁判所も判決ではこのことを指摘するかのように厳しく言及している。
 「理事長は当初、理事解任によって原告が当然解雇されたと誤解したこともあって、改めて懲戒解雇の要件を満たすか否かを十分に検討することなく、独断で場当たり的に解雇を行ったものと言わざるを得ず、原告を懲戒解雇することについて、およそ十分な手続補償がされていたとは認められない」

特別加算報酬 返還の可能性も
 解雇無効を訴えていたAさんは、09年3月に長年勤めていた旭川市役所を部長職で定年退職し、その後公民館の嘱託などをしていたが、18年5月にこの社会福祉法人の理事長に請われて法人本部の事務局次長として入職し、介護保険事業部で3つの介護施設の施設長を兼務していた。同年7月からは法人の常務理事にも就任、法人運営の中枢を担う存在になった。
 理事長はAさんが市職員時代に税財政を担当していた実績を評価し、法人に招いたのだったが、何事にも厳格で堅物のAさんとはそりが合わず、次第に距離を置くようになっていったようだ。
 社会福祉事業を担う公益法人とはいえ、経営のやり方は民間企業と大差はない。大きな物件の売買取引においても相手方とのあうんの呼吸というものがあり、また、職員の勤務状況についても多少の手加減はよくあることだ。しかしAさんはそれを見逃さなかった。
 今回の解雇無効を求める裁判では、理事長が職員であるAさんを解雇したことの有効性について争われ、弁論では勤務実態に合わない社会福祉士の特別加算報酬について証人尋問も行われたが、裁判所はAさんが理事長に無断で行った介護報酬変更届の作成、提出の手続きも「場合よっては受給した特別加算報酬の返還等を求められる可能性も否定できないから、その目的に一応の正当性があったと評価し得る」(判決文)としている。

敗訴した法人は控訴を断念
 2年に及ぶ裁判闘争で解雇無効の判決を勝ち取ったAさんは「職場復帰する」と話している。労働審判や裁判が終わった後、同じ職場に復帰するのはよほどの信念があってのことだろう。
 敗訴した法人側は判決から2週間たっても控訴しなかった。法人側弁護士に話を聞くと「この先控訴しても判決まで時間がかかる。すでに少なくない金額の支払い命令が出ており、今後さらに法人負担が増える可能性があることを考えると、控訴は断念することにした」という。
 Aさんは今後、法人を刑事告訴することも考えているようだ。

表紙2106
この記事は月刊北海道経済2021年06月号に掲載されています。

公証人セクハラ裁判 被害者が一部勝訴

旭川市公証人役場の公証人が、セクシャルハラスメント(セクハラ)を職員だった女性に加えたなどとして、損害賠償と地位確認を求められていた民事訴訟の判決が3月30日に旭川地裁で下された。裁判官は、スマホに記録が残っている公証人のメッセージが一部セクハラに当たるとの判断を下して22万円の支払いを命じたものの、原告が主張していた身体的な動作について認めず、また地位確認の請求も退けた。被害者の証言以外には証拠の乏しいセクハラを裁判で立証することの難しさが改めて浮き彫りとなった。

提訴から約2年
 全国に約500人いる公証人。公正証書の作成という重要な役割を担い、遺言や任意後見など庶民の暮らしに関わりの深い活動も多い。高度な法律の知識、実務経験が求められることから、判事、検事、法務局長などを務めた人物から選ばれ、公証人倫理要綱には「公証人は、その使命に鑑み、品位を保持するとともに、社会的信用の向上に努めなければならない」(第3条)との文言がある。
 旭川公証人合同役場(旭川市6条通8丁目)の代表を務めているA氏が、高橋康子氏に損害賠償、地位確認を求める裁判を旭川地裁で起こされたのは2019年5月のこと。2019年8月号の本誌でも紹介した事態の概要は以下の通りだ。
 高橋氏は2010年に旭川公証人合同役場に書記として就職。A氏の前任者である2代の公証人の下で勤務してきた。18年7月にA氏が着任。高橋氏によれば、それから間もなく、高橋氏はさまざまなセクハラ行為に悩まされるようになった。
 高橋氏が裁判で主張したセクハラ被害は2つに大別できる。まず、スマートフォンのアプリによる、ハートマークや動物を模したキャラクターが抱き合う画像などを含む大量のメッセージ。次に、会食の際や役場での勤務中に、A氏が手相を見るとして高橋氏の手を触ったり、勤務時間中に体を密着させてくるなどの身体的接触だ。セクハラを受けて将来に絶望した高橋氏は、A氏の「やめるんだったら早く言ってもらわないと」との言葉に、退職届を提出してしまった。
 高橋氏は、セクハラと「違法な退職勧奨行為」でPTSDを発症した、退職の意思表示は無効、などと主張し①約668万円の損害賠償②労働契約上の地位確認と賃金と賞与の未払い分の支払いを求めた。
 これに対しA氏は、「スマホのメッセージは性的なものではなく、常軌も逸していない」「不必要な身体接触行為は一切していない」「原告の退職の意思表示は効力を有する」などと反論し、法廷での争いが続いていた。

「多いに不満」
 提訴から2年近くにわたる裁判を経て、この3月30日、旭川地裁で剱持亮裁判長ら3人の裁判官の名で言い渡された判決は、裁判における立証の難しさを改めて印象付ける内容となった。
 原告の主張のうち、スマホでのメッセージ送信については、約2ヵ月間にわたりA氏が高橋氏に大量のメッセージを送信、平日にはその大部分が業務時間外に送信され、休日には午前4時台に送信されたこともあった点に注目し、「業務上の必要性のみから行われたとは到底認めがたく、職場内の親睦を図るという趣旨があるとしても、社会通念上、相当な範囲を逸脱していると評価せざるを得ない」とした。また「被告の言動が原告にとって迷惑であり、性的な嫌悪感を含む精神的苦痛を生じさせるものもあることを認識しえたといえ、これを認識し、業務上の必要性に乏しいメッセージの送信を控えるべき注意義務を負っていた」とも指摘した。
 しかし、高橋氏の主張が認められたのはここまで。手相を見るとして手に触れたことについては、「当事者間で従前から手相の話があったことなどに照らし、このことが、社会通念上、許容される限度を超える行為であったとまでは評価され」ない、身体的接触については「認めるに足りる証拠がない」と結論付けた。退職の意思表示についても有効であり、退職合意は成立していると指摘した。
 その結果、裁判所はA氏にスマホでのメッセージ受信で被った精神的苦痛の慰謝料20万円に弁護士費用を加えた22万円の支払いを命じた。
 この判決について原告代理人の畑地雅之弁護士(あかつき法律事務所)は、「一部勝訴ではあるものの、全体として、セクハラ被害に対する無理解、不見識が目立ち、セクハラ加害者である被告公証人に過度に寄り添う姿勢も見え隠れする内容であるため、原告としては不満が大いに残る」とコメントしている。
 高橋氏も「ここまで被告に忖度するのかと驚いた。例えば手相について、私は『手を触っていいか』と被告に訊かれていないし、触ってもいいと私から言ったわけでもない。飲酒を伴う席で上司に体を触られていやな思いをする女性はとても多い。そういうセクハラ被害者の気持ちがまったく理解されていない」などと語る。一方で、メッセージ送信がセクハラ行為だと認められたことについては、「上司からの不愉快なメッセージを拒否できないまま返信している人が多いと思うので、その点は良かった」との評価を示す。

業界団体は説明拒否
 本誌は被告のA氏にも、今回の判決内容についての見解などを尋ねたが「弁護士に対応を一任している」とだけ連絡があった。弁護士からは「話すことはとくにない」。
 本誌は日本公証人連合会にも、今回の判決への見解や対応を尋ねた。同連合会のウェブページには「公証人は、公証人倫理要綱が定める指針に沿って日々の業務に励み、品位の保持に努めており、万一これにもとると認められる行為があった場合には、日本公証人連合会公証倫理委員会において、厳正、適切な対応を図ることとなっております」との記載があるのだが、担当者は「個別の事案については説明できない」と述べるだけだった。
 こうした事案では異例のことだが、高橋氏は今回、実名で取材に応じた。その理由について高橋氏はこう説明する。
 「私が名前を出すことで、社会が少しでもセクハラ問題に関心を持ってくれればと考えた。セクハラという言葉が登場してから30年が経つのに、まだ被害がなくならず、多くの被害者が『私さえ我慢すれば』と耐え忍んでいる。そんな状態は私たちの世代で終わりにしたい。子どもたちには、セクハラのない社会で働いてほしいと願っている」
 高橋氏は4月9日に開いた記者会見で、札幌高裁に控訴することを明らかにした。

表紙2105
この記事は月刊北海道経済2021年05月号に掲載されています。

道北口腔センターで内部対立

旭川歯科医師会が運営する道北口腔健康センター(旭川市金星町)で、若手の所長(歯科医師)とベテラン歯科衛生士の間で起きたトラブルが原因で、所長と数人の歯科衛生士が退職した。同センターは一般的な歯科診療施設と違い、心身障がい者を主な患者として、休日診療や在宅訪問診療も手掛けているため、今後の運営がどうなるのか注目されている。

心身障がい者向けの歯科診療施設
 1975年頃、旭川市内に心身障がい者への歯科診療を本格的に行うところがなかったため、旭川歯科医師会はたびたび旭川市から対応できる体制の要望を受けていた。そこで80年、歯科医師会設立30周年を機に、地域社会への貢献を目的に道北口腔健康センターが設立された。道北圏の障がい者向け歯科診療機関としているが、道内全域から患者を受け入れている。
 心身障がい者は健常者と違い感情をセーブすることが難しい場合があるため、診察中にじっとすることができず、歯科衛生士が体を抑えたりしなければスムーズに診療ができないことがある。
 また、障がい者向けの休日診療や在宅訪問診療も、一般的な歯科医院では十分に行われていないことから、口腔センターの役割は極めて大きい。月・火曜日を休診としているが、それ以外の日祝日や年末年始、ゴールデンウィーク期間中なども休まず開院している。
 スタッフの負担が大きいことから、平日は基本的にすべて予約制とし、休日だけは飛び込みの診察も受けている。在宅訪問診療は、基本的に木曜日の午前9時から午後4時半に行っている。
 スタッフは、所長(歯科医師)1人と歯科衛生士が7人(常勤3人、パート4人)で構成されており、ほかにも歯科医師会の会員(開業医)が当番制を敷き、所長を補佐する形で診察を行っている。

もめごとを嫌って所長が退職
 このような体制でこれまで運営してきたが、昨年秋ごろから1人の患者にかける診察時間や完治するまでの診察回数、診察中の患者への接し方など治療の進め方で、若手の所長とベテランの歯科衛生士の間で意見が食い違う事態がたびたび起きた。その状況が歯科衛生士から年下の所長に対する「いじめ行為」だとの情報が外部に広まってしまった。
 さらに、ツイッターなどで情報が拡散してしまい、収拾がつかなくなった。いじめを受けたとされる所長は、このような状況を嫌い、同センターに勤めて1年2ヵ月足らずの今年1月20日付で退職した。
 口腔センターを運営する歯科医師会では、当時の状況を次のように説明する。
 「確かに2人の間で意見の食い違いがあり、関係が悪化していたことに間違いはない。ただ、それがいじめ行為だと断定することはできず、外部に話が漏れていらぬ方向に話が歪められてしまったことに困惑している」
 歯科医師会はコロナ禍も影響したとの見方を示す。
 「患者数が激減し、診察時間の短縮など診療体制を見直さなければならなくなり、スタッフ全員を集めて協議したことがあった。スタッフの中からは、それにより給与が減少することを嫌い退職したいという声もあった。結局、衛生士7人のうち常勤とパート各1人を除いた5人が退職した。その中には歯科医師と対立していた歯科衛生士も含まれている。スタッフにしてみれば、患者数の減少が将来的な仕事に対する不安と相まって、職場での意見の食い違いなど不満が積もり積もってぶつかり合ったのかもしれない。狭い組織で人間関係がうまくいかず、かといって人事異動することもできなかった」

求められる組織の再構築
 ところで、前述したように口腔センターは、特殊な医療機関ということで診療費も低く抑えられている。徴収する診療費には一定の規定があり、患者によって無料から多くても1割負担になっている。そうなると、運営する上でかなりの負担になることから、市から年間3000万円を超える委託料を受けている。地域貢献のための補助として意義があると思えるが、現状のまま少人数のスタッフでは運営は厳しくなり、将来的にセンターを継続するための打開策が必要になってくる。
 市も今回の出来事を踏まえた上で、歯科医師会へしっかりとした診療体制を維持することを要望している。
 歯科医師会は、「現在、歯科衛生士を募集しているところだ。患者の減少を受けて、4月1日からいったん規模を縮小して診療を行っているが、今後患者がどれだけ戻ってくるのか、現状では判断しにくい。それでも、コロナ終息後に元通りの診療体制へ立て直せるように努力する」としている。
 常勤の歯科医師が退職したため、当分の間は当番制で会員の開業医が診察を受け持つことになる。所長と歯科衛生士の間でどんな対立があったのかは闇の中だが、今後は使命感を持って心身障がい者のため頑張ってほしいというのが地域住民の思いではないだろうか。

表紙2105
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上川中部5農協が合併検討委

上川管内には13農協、そのうち上川中部には9農協が集中しているが、今年2月、あさひかわ、東旭川、東神楽、比布、上川中央の5農協が合併に向けた検討委員会(大西勝視委員長=比布町農協組合長)を設立した。農協は1980年代から始まった金融自由化に対応するための広域合併や、2000年代の市町村合併「平成の大合併」を受けて合併が繰り返されてきた。しかし金融事業の経営がより厳しくなると同時に、組合員の減少による取扱高の減少、コメ余りによる相場の下落などが重なり、農協の前途は依然として厳しい。5農協の合併が成立した場合、単純計算で取扱高は201億円、貯金残高は1876億円(2019年度実績)となり、スケールメリットの発揮が期待される。

2000年代に入り合併が加速
 上川中部5農協の合併検討委について触れる前に、これまで繰り広げられてきた農協の合併を振り返ってみる。農協の合併は、全国的な動きとして2000年に入り本格化した。市町村合併が加速した「平成の大合併」と並行するように農協の合併も進んでいった。
 農協の数は農協合併助成法が施行された1961年から70年代後半にかけて急減し、50年に1万3314あった農協は5000弱まで減少した。さらに、80年代に入り金融自由化が進み、その対応が求められる中で広域合併が進んだ。
 JAグループの資料によると、市町村の平成の大合併が一段落した2005年には、全国で865組合(うち道内123組合)。その15年後の20年4月になると、全国で584組合(05年比33%減)、道内105組合(同15%)までに減少している。
 当然面積が広く、専業農家が多い北海道の組合数は断トツ。道外では新潟県が23組合と最も多い。逆に都府県にわずか1組合というところは奈良県、島根県、香川県、山口県、沖縄県。都道府県単位で見た平均組合数は10となっている。
 このように農協の合併は進んできたわけだが、農協以外でも官民問わず組織の合併は、その歴史や文化、社風の違い、資産や負債の大小などで合併後もまとまりがつかず、一筋縄でいかないのが現実だ。

上川管内は中部を除いて合併が完了
 話を上川管内の農協に戻すが、管内を3分割してみると、上川北部は2003年、下川と美深、中川の3農協が合併して北はるか農協(美深町)が誕生した。翌04年には、士別を中心として剣淵と和寒、朝日町、多寄の5農協が合併して北ひびき農協(士別市)となった。さらに05年になると、名寄市を中心に風連、智恵文が合併して道北なよろ農協(名寄市)となった。いずれの農協も取扱高が100億円を超える大規模な組織となり、現在も堅調に推移している。
 上川中部に目を向けると、02年に旭川市農協と旭正、旭川市神居、鷹栖町北野が合併してあさひかわ農協(旭川市)が誕生した。03年には旭川市の東鷹栖と鷹栖が合併してたいせつ農協(鷹栖町)となった。翌04年には、旭川市の西神楽と東神楽が合併して東神楽農協(東神楽町)となった。
 上川南部は02年、上富良野、東中(中富良野町)、中富良野、富良野、東山地区(富良野市)、山部町(富良野市)、南富良野(99年に占冠と合併)の1市3町1村をまたぐ大合併が成立し、ふらの農協(富良野市)となった。
 こうしてみると、北部と南部は100億円を超える取扱高と大規模な農協組織として落ち着いたようだが、中部の9農協は、取扱高が100億円を超えるびえい農協と60億円台の上川中央を除くと、東旭川と比布の17億円、50億円前後のたいせつや東神楽、あさひかわ、東川、当麻と、その規模は小さいままだ。
 ここにきて再び合併論が持ち上がったのは、農協の経営を苦しめている金融自由化の加速による金融事業(信用事業、共済事業)の大幅減収だ。これは、農協が貯金を集めるインセンティブとして農林中央金庫(農中)から得ていた奨励金が削減され、共済連からの付加収入も減っているのが原因。
 農家が離農する場合、農協から離脱してしまうのは不可避だが、一方で熱心に経営してきた大規模農家の農協離れも経営を圧迫している。ある農協幹部は、「農協を利用して、転作などによる奨励金の手続きのためだけに組合員として残っているが、生産した農産物は独自で販売しているので農協側にはメリットがない。いいように利用されているだけだ」と嘆く。

合併に向けた検討 4月中旬から開始
 このような状況を打破するための対策として19年9月、上川中部9農協の間で将来的な事業連携を模索する委員会が発足した。それ以前から9農協の間では、組合長や幹部らが定期的に勉強会を開き、さまざまな課題について対策を練っていた。
 さらに、20年8月、組織再編研究会が設けられ、今年2月には合併に向けた検討会に参加するかどうかの是非が問われ、びえいと当麻、東川、たいせつ以外の5農協(比布、上川中央、東神楽、東旭川、あさひかわ)が手を挙げて合併検討委員会(大西勝視委員長=比布農協組合長)が設立された。
 同委員会では、真っ先に総会が開催される比布農協(3月26日)を皮切りに、4月上旬まで続く総会の中で組合員らに合併に向けた説明を行い、4月中旬以降、各組合の組合長ら幹部が集まり初会合を開催する予定になっている。

表紙2105
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