医大次期学長に西川副学長 怪文書の影響は?

 11月15日、旭川医科大学の次の学長に副学長の西川祐司氏が選ばれた。あとは文部科学省が、形式的にはいまも学長の座にある吉田晃敏氏の自発的辞任を認めるか、解任するかの判断を下しさえすれば、大学は新たな段階に向かって歩き出す。しかし選挙期間中には候補一人を狙った怪文書もまかれ、水面下で繰り広げられた駆け引きの激しさをうかがわせた。(記事は12月9日現在)

14票差で決着
 「大学の再生は吉田氏の影響力を完全に排除した上でのみ可能となる」─旭川医大の次期学長に選ばれた西川氏が12月1日に開かれた記者会見で語った言葉だ。吉田氏が辞意を表明したのは6月のこと。西川氏を議長(当時)とする学長選考会議は、辞任を認めず解任すべきとの考えを文部科学省に伝え、次の学長を決める手続きを進めた。意向調査(投票)が行われたのは11月15日。総投票数365票(うち無効4票)のうち、西川氏は165票を獲得。151票の山本明美教授、45票の長谷部直幸名誉教授を上回った。学長選考会議はこの結果を参考にしつつ、全会一致で西川氏を「次期学長予定者」に選んだ。
 しかし、この選考は100%円満なかたちで行われたわけではない。投票日直前には怪文書が医大内部でまかれた。
 問題の怪文書が見つかったのは期日前投票が行われていた11月9日と11日の2回。「学長選ニュースレター」との題名がついたA4サイズのプリントがコピーされて、医局と病院を結ぶ廊下や、附属病院の患者待合スペース、学内のトイレなどに置かれていた。作成者名の記載はない。
 「現在3人の候補が立候補していますが、気になる情報をお伝えします」との思わせぶりな書き出しで始まるこの文章は、名指しをしないまま3候補のうち一人について次のように指摘している。
 「『大学を良くする会』のメンバーでありながら、前学長が辞表を提出する前のまだ人事権があった時に、前学長から新しく副学長への任命を持ちかけられ、寝返ってその職を引き受けようとしたという事実をご存じでしょうか。この事は『大学を良くする会』のメンバーに失笑され、さすがに辞退したそうです。この候補によるガバナンスは前学長の傀儡にほかならず、新しい風にはなりえません」
 なお、文中にある「大学を良くする会」は「旭川医科大学の正常化を求める会」を指すと思われる。本誌では複数の関係者に話を聞いたが、この怪文書は故意か誤解があるのか、事実を歪曲して伝えている。怪文書の中で暗に批判されているのは明らかに3人の学長候補のうち山本氏だが、本誌が調べた限り、山本氏が〝吉田体制の一員として〟副学長を務めようとした事実はない。
ポスト吉田体制に協力
 時系列に沿って振り返れば、2021年6月末には多くの大学役員が任期切れを迎えることになっており、事務局が任命権者である吉田氏に対して、7月以降の新しい役員について人選を行うよう早くから要請していた。しかし、吉田氏にとってはそれどころではなく、どんな人物が役員になるのか、あるいは続投するのかは不明な状態だった。
 吉田氏が文部科学省に辞表を提出したのは6月15日のこと。学長職務代理は松野丈夫理事が務めることになったが、松野氏一人だけでは大学の運営は難しい。このため吉田氏は松野氏を補佐する副学長への就任を山本氏に打診した。関係者の証言を総合すれば、山本氏は、吉田氏ではなく松野氏をサポートして大学の立て直しを推進したいと考えて、いったんは就任を引き受けた。しかし周囲から、「就任を引き受ければ吉田氏がいまも人事権を握っていることの証になる」と忠告され、すぐに吉田氏に電話を入れて前言を撤回した。ポイントは、山本氏が協力したいと思った相手は、吉田氏ではなく松野氏だったということだ。
 西川氏も吉田学長に選ばれて副学長に就任し、7月1日には吉田学長の意向に沿うかたちで副学長に再任された(他に6人が再任、2人が新任)。だとすれば、前述した経緯で吉田氏から提案された副学長就任をいったん引き受けたことを理由に、山本氏は「新しい風になりえない」と断定するのはあまりに一方的だろう。
 なお、学内に怪文書をまかれた一件は大学としても放置することができず、防犯カメラの映像データから特定された人物に松野氏、平田哲副学長が連絡して12月1日に旭川医大へ呼び出した。この人物は怪文書をまいた事実を認めて陳謝し、山本氏にも電話で謝罪したという。

教授会で飛んだヤジ
 本誌は山本教授に直接取材を申し込んだが、大学融和の妨げになるので取材には応じられないとの連絡があった。怪文書が出回り、投票結果が僅差だったとはいえ、西川新体制に協力したいという山本教授の考えはいまも変わっていないようだ。
 しかし、これで一件落着、「ノーサイド」で一致団結し、旭川医大を立て直そうという空気にはなっていない。
 医大関係者によれば、怪文書と同じ内容を吹聴する人物は学内に以前からいた。12月8日に開かれた教授会では、山本氏を狙った怪文書について西川氏に見解をただす発言が出た。すかさず他の出席者から「火のない所に煙は立たず」とのヤジが飛んだ。まだその内容を信じている医大教授がいるということだ。
 医大内部からは「医大の教職員は、あんな怪文書に踊らされて投票行動を変えるほど愚かではない。むしろ怪文書が応援しようとした人物の票が減ったはず」との声も聞こえてくる。しかし、今なお怪文書の内容を信じている教授が少なからずいるとすれば、投票結果が影響を受けた可能性も否定できない。
 投票の結果が僅差だったことを考えれば、常識的にはその直後から融和のための働きかけが行われるべきなのだが、そうした動きはいまのところ見えてこない。市民としても「ポスト吉田」の旭川医大がどこに向かうのか心配な状況だ。

表紙2201
この記事は月刊北海道経済2022年01月号に掲載されています。

旭川医大吉田晃敏氏 本誌に激白50分間!

 旭川医大では次期学長予定者の選考が粛々と進んだが、形式的には吉田晃敏氏がいまも学長を務めている。これまで約半年間、ほぼ完全な沈黙を守ってきたその吉田氏が本誌の電話取材に応じた。これまで溜めてきた思いを吐き出すかのように、約50分間にわたり語った。(記事は12月9日現在)

半年ぶりの反応
 12月2日夜、記者の携帯電話が鳴った。画面に表示された発信者名は「吉田学長 旭川医大」。吉田氏は約半年前に辞意を表明して以来、沈黙を守ってきた。次期学長予定者に選ばれた西川祐司氏が記者会見を開いたのは前日のこと。記者はこの半年間、何度か吉田氏へのコンタクトを試みたが、反応はなかった。同日の昼に電話を入れてメッセージを残したものの、半ば諦めていたため、吉田氏からのコールバックには驚いた。
 「吉田ですが」
 元気な口調に記者は思わず尋ねた。
 「久しぶりです。お元気ですか」
 「元気ですよ。めちゃくちゃ元気です」
 記者は十数年前から何度も吉田氏に取材している。まず近況を尋ねようとしたのだが、吉田氏のほうから切り出した。
 「学長選考について聞きたいんじゃないの?」
 そこから50分間、吉田氏はおそらくこの半年間、心の中にためていたであろう思いを吐き出すように本誌に語り続けた。以下はその概要だ。
 ─学長選考の結果が出たがどう思うか。
 吉田 あの僅差で学長を決定してしまうのは無謀。上位2人の間で決選投票をすべきだった。再投票をしなかったのは民主主義的でない。周囲からは「なぜ決選投票しないのか」と尋ねられるが、私は学長選考会議の委員ではないのでしょうがない。
 西川氏は副学長だったが、あの人は基礎研究で顕微鏡を覗いていた人。学問の世界では秀でているかもしれないが、大学の経営者として、小さなことから大きなことまで手を打つ能力があるかは疑問だ(以下、西川氏について厳しい言葉が続いたが、学長選考会議で西川氏が果たした役割が評価に影響していると思われること、西川氏を副学長に選んだのが他ならぬ吉田氏であることから、詳しくは触れない)。
 私が学長を務めた15年間、いろいろなことがあった。巨額の赤字を出したこともあったし、情報システムをめぐる訴訟に負けたこともあった。しかし、どれも乗り越えて、経営を安定させた。それが学長の仕事。経営能力は研究能力とは別の話だ。
 ─西川氏の記者会見を見たか。
 テレビや新聞で見た。吉田体制をまったく否定していた。これでは民主党と自民党の間で起きたような「政権交代」ではなく、従来のあり方をすべて否定する革命のようなものだ。

「地域医療に関わる」
 ─本誌を含め、多くの人が吉田氏に連絡を取ろうとしたが、反応がなかった。個人の近況を教えてほしい。孤立していたのではないか。
 とんでもない。大学教授、経済界、政界、多くの人がいまも支えてくれている。旭川医大の学長は15年間もやったのだからもう満足。これからは地域医療に関わりたい。眼科だけでなく、医療全体の話。いま地域医療は大きな課題を抱えている。具体的構想は近日中に明らかにする。
 ─酒や睡眠薬の問題は克服したのか。
 (笑って)辞表を出したらストレスが無くなったので酒は飲まなくなった。学長に選ばれた瞬間から15年間、強いストレスにさらされてきた。後任の学長も同じだと思う。
 ─注目を集めることが多かったが実は孤独だったのでは。
 もちろん孤独。学長に華やかさなんてなにもない。
 ─いまも時々キャンパスに姿を見せているとのことだが。
 私は辞表を提出したが、受理されていないからまだ学長。私の考えで迎えた「国際医療人枠」の学生の今後を考えないといけないし、また私個人の仕事もあるので、時々は大学に行っている。
 ─文部科学省の調査には応じているのか。
 もちろん応じている。「旭川医大はどうあるべきか」といった文科省の問いに答えている。私は「中央直結型」。学長になる前から東京の研究者や学者と関係を築いてきた。これから医大を率いていく人たちにこうした人脈がどれだけ大切なのかわかっているのか。
 ─北大医学部を含む他の大学との統合の可能性についてはどう思うか。
 正直に言えば、北大学長を名和豊春氏が務めていた頃(編集注=2017~2018年在任)、統合に向けて音頭を取るよう依頼されたことがある。私も賛成したが、まずは北大医学部と旭川医大にそれぞれどんな得意分野があるのか見極める必要があると考えていた。
また、私は八竹学長時代、他大学との統合に向けた交渉を任されており、北見工大には何度も通った。結局実現しなかったのは「旭川と北見では離れすぎている」との反対論のためだが、いま北見工大、帯広畜大、小樽商大が一つの国立大学法人を設立して統合しようとしている。当時の反対論はナンセンスだった。
 ─吉田氏も統合には反対だったはずだが。
 それは、首脳部で検討した結果、大学としては統合に反対ということになったから。文科省にもそう伝えたが、私は好条件なら合併もありうると考えている。

「独立」への関心薄れ
 吉田氏の一連の発言の中で最も注目すべきは、他大学との合併に反対ではなかったという点だろう。記者が医大の関係者や、医大を卒業した開業医に話を聞いても、統合やむなしと考える人が多く、強く反対する人は少数派。過去数年間に行われた医局再編で、かつて所属した医局が消滅した医師の中には、その時点で母校の今後への関心が薄れた人もいる。西川体制のもとで存在価値を示せなければ、旭川医大が北大医学部または北見工大など3校連合との統合に進む可能性もある。
 電話取材の最後に、吉田氏は念を押した。「ぼくはまだ終わっていない。これははっきり書いておいてくれよ」

表紙2201
この記事は月刊北海道経済2022年01月号に掲載されています。