検討続く近文のコミュニティー施設

 20年以上も空き地になっている旭川市近文町25丁目の旧国立療養所道北病院近文荘跡に、市が地域のコミュニティー施設を建設する計画が持ち上がったのは3年ほど前。当初計画では今年度中にも供用を開始できるはずだったが、現在はまだ「施設の規模や機能を検討中」(市民生活部地域まちづくり課)という状況で、オープン予定も定まっていない。地域住民は早い時期の利用を期待しながらも「時間はかかっても、魅力ある施設にしてほしい」としている。

変遷たどった空き地
 近文地域コミュニティー施設の建設が予定されている旧国立療養所跡地は約2万7300平方㍍(約8280坪)の空き地で、スタルヒン球場の敷地面積約2万5000平方㍍よりも広い。
 この土地は、そもそもは1938年に市立旭川療養所が設置され、50年に国立旭川療養所(国療)となり結核専門機関として道北の医療の重要な役割を果たした。その後国療が花咲町の国立道北病院(現国立病院機構旭川医療センター)に統合され移転したため、77年には同病院の進行性筋委縮病(者)病棟「近文荘」となり89年9月まで利用された。しかしこの病棟も花咲町の病院に統合され、94年3月には解体の運命をたどり、以来跡地は現在に至るまで手つかず状態が続いている。
 「近文荘」が解体され、国は早い時期から旭川市に対し跡地の購入を勧めていたが、市は財政難を理由に躊躇していた。しかし02年に市がアイヌ文化の伝承館と総合的な研究推進センター施設を骨子とする「旭川版イオル(アイヌの伝統的生活空間)構想」をまとめたことから、翌年、施設の建設予定地として市に代わって旭川市土地開発公社が先行取得することになった。
 ところが、05年7月に国の基本構想がまとめられ、イオルの機能として自然環境を基盤とした自然素材の活用を重視する方針が示されたことから、施設等については既存施設を積極的に活用する方向へ転換したため、新しい施設を建てる必要がなくなり、先行取得した広大な土地も使い道がなくなってしまった。
 その後この土地は、土地開発公社が解散することになったため市が約2億2000万円で買い戻し、以来、公共遊休地として冬場の雪堆積場に使われるだけの空き地になってしまっていた。

施設の中身検討中 オープン日も未定
 広大な遊休地のある近文町25丁目には、町内会が集会等に利用している民家を改修した古い建物があり、4町内の高齢者憩いの家としても使われている。老朽化し設備も不十分だったため、かなり以前から住民が集う新しい施設がほしいという声が市民委員会を通して市に要望として上げられていた。
 旭川市は近年、核家族化や少子高齢化が進む中、地域コミュニティーが希薄となる様々課題を抱えているが、住民相互のつながりや住民主体の活動を促進支援するための拠点として「地域活動センター」の設置計画を進めてきている。
 近文地区は04年4月にイオンモール旭川西が開店してから大きな変貌を遂げ、いまや都市計画上も注目される地域になっている。国道12号バイパス旭川新道や道央道旭川鷹栖ICにも近く、交通の利便性も高い。市が、地域の要望を受け住民活動を支援する施設を考えたのも納得がいく。
 2年前には施設の建設に向け調査費をつけ、すぐにでも基本設計に入るかに見えたが、その後やや状況が変わってきた。
 当初市は、その頃オープンした末広地域活動センターのような一般的なコミュニティー施設を考えていたが、本来この土地はアイヌ文化振興事業用地として取得した経緯もあることから、施設建設にあたっては何らかの形でその構想の一端でも取り込みたいと考えるようになったようだ。
 市では「2年前の段階では施設の大枠のラインは決まっていましたが、地域住民の要望もあって規模や機能を検討し直すことになりました。今は、コミュニティー的な機能のほかに、例えば体育館はどうだろう、アイヌ文化の伝承・発信的な機能はどうだろうと考えているところで、まだ具体化はしていません。建設に向けて今後のスケジュールを明らかにできる段階ではありません」(市民生活部地域まちづくり課)としており、地域待望の施設の全貌が明らかになるのはもう少し先のことになるようだ。
 長年にわたって空き地状態が続いているこの土地については、地域から「樹木もあり、草が生い茂ると見通しも悪くなり、夜は特に防犯面からも危険な感じがする」といった声や、「雪堆積場は6月まで薄汚れた雪が残っていて見苦しい」との苦情も聞こえてくる。
 旭川新道に接し、道央道インターチェンジにも近い利便性の高い、歴史性のある土地だけに、地域だけでなく市民全体が利用できるような、できる限りの有効活用を望みたい。

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この記事は月刊北海道経済2017年6月号に掲載されています。