不動産相続登記4月から義務化

 死亡届の提出期限は家族などが死亡を知ってから7日以内。役所は死亡届をもとに戸籍などの書き換えを行うから、戸籍には現実の状況が比較的正確に反映されている。対照的なのが不動産の登記。相続しても登記する義務がなかったため、数十年前に他界した人が登記上の所有者として名前を残していることが珍しくない。「所有者不明不動産」によって引き起こされる問題への対策として、この4月1日から不動産相続登記が義務付けられる。3年以内に登記を行わなかった場合、最大10万円の過料が発生する。所有している不動産について、登記がきちんと行われているかどうか、確認する必要がありそうだ。

九州とほぼ同じ
 日本の国富、つまり財産の合計額は、2018年末の時点で3457兆円。そのうち1226兆円、3分の1近くを土地が占めている。狭い日本で土地が値上がりするのも無理はない。日本一高価な東京銀座、鳩居堂前の土地はたった1平方メートルで4224万円(路線価)。旭川市内の土地はもっと安いが、それでも庶民にとっては一世一代の高価な買い物だ。
 不思議なことに、それほど貴重なはずの日本の土地について、所有者がわからなくなることがある。
 不動産(土地・建物)を入手する方法は、購入と相続の2種類に大別できる。購入すれば通常は登記をするもの(購入後に登記しなければ、元の持ち主が第三者に売ったと主張してトラブルになる可能性もあるため)。一方、相続後にはさまざまな理由で登記をしないケースがある。未登記なだけで、相続者である元所有者の親族が同じ市町村に住んでいればいいが、遠隔地に住んでいる場合、未登記を何世代にもわたり繰り返している場合には、自治体にとっても所有者を探すのが困難になる。
 2016年、国土交通省が全国1130地区を対象に、土地所有者などについて調査を行った。土地の登記簿に記録のある所有者に通知を行ったところ、79・9%には通知が到達した。20・0%の通知未到達の所有者の情報を不動産登記だけでなく戸籍、住民票などから調べたところ、99・6%の所有者に到達し、最後まで所有者の所在がわからなかったのは0・41%だった。なお20・0%に未通達だった時点でその理由を分析したところ、そのうち66・6%は相続の未登記、32・4%は住所変更の未登記、0・95%は売買後の未登記が原因だった。
 こうしたデータから、国土交通省は、登記簿を調べるだけでは所有者の所在がわからない土地が、日本全国で約410万ヘクタールに達し、九州の面積368万ヘクタールを上回ると推定している。

災害復旧の足かせ
 相続登記の未了の不動産増加は、多くの問題を引き起こす。まず、空き家の適切な管理が難しくなるということ。北海道のように冬が来るたびに雪の重みが柱や梁をたわませる地域では、木造建築なら数年後には倒壊するおそれもある。廃墟化した空き家は、景観上、防犯上の不安にもつながる。
 次に土地取引の停滞。十分に活用されていない不動産でも、他の企業や個人が購入して再利用する余地があると判断すれば、登記情報から所有者を調べて購入希望を伝えるが、登記情報が正確でなければ調べようがない。地方自治体には戸籍、住民票などのデータがあるが、「この不動産を購入したい」といった理由でデータの開示を請求することはできない。
 第三に災害時の対応。管理されていない土地や建物が災害時の被害を広げる可能性があるだけでなく、復興事業の足かせになる可能性もある。
 こうした状況を受けて、不動産登記法が改正され、この4月1日から不動産相続登記が義務付けられる。主な内容は以下の通りだ。
▽相続(遺言含む)で不動産を取得した相続人は、取得を知った日から3年以内に相続登記の申請をしなければならない。
▽遺産分割が成立した場合、これによって不動産を取得した相続人は、遺産分割成立から3年以内に、相続登記をしなければならない。
▽正当な理由なく義務に違反した場合は10万円以下の過料が科される。
▽「正当な理由」には、相続人が多数いるために戸籍謄本等の資料収集や他の相続人の把握に多くの時間を要する、などが含まれる。
▽今年4月1日より以前に相続が開始している場合も、3年の猶予期間はあるが、義務化の対象となる。
 重要なのは最後の項目。数十年間、相続手続きが行われず放置されていた不動産について、突如役所から登記を求める文書が届く可能性がある。

問い合わせが増加
 これまで、不動産の権利登記は義務付けされてこなかった。権利を得た人が登記をしなければ、損するのは本人という大前提があるためだ。今回のように相続登記を義務付ける制度の導入は異例と言える。
 依頼を受けて不動産登記手続きを代行するのが司法書士。旭川司法書士会の会長を務める上村修一郎氏にも、4月の義務付けを前に「相続登記を済ませていない。どうしたらいいのか」といった相談が寄せられているという。
 一般の個人には集めるのが難しい情報も、司法書士なら職権で自治体に提供を依頼し、遠隔地から戸籍情報などを郵送してもらうこともできる。しかし、登記上の所有者が数世代前の人である場合、以前は兄弟姉妹の数が多かったこともあり、相続の権利を有している人が100人規模に膨れるケースもあるという。
 相続した不動産の登記が敬遠される理由と考えられがちなのが、固定資産税の負担だが、地方自治体は登記が行われていない場合でも、相続の権利を持つ人すべてに支払いを求めるため、課税回避の効果はない。
 実際には、親族間の遺産分割協議がまとまらず登記ができない、使い道がなく売却の見通しも立たないので登記にかかる経費がもったいない、などの理由が多い。上村氏によれば、「もとの所有者だった父親に離婚歴があり、先妻との間にできた異母兄の連絡先を知らず、とりようがないといった個人的な事情もある」。
 過料の額は「10万円以下」と定められている。とはいっても、不動産取得や遺産分割成立から3年後、直ちに過料が科されるわけではなく、法務局から相続登記を行っていない相続人に通知が来る。適切に対応しなければ、やがて裁判所から過料の納付を命じる通知が届く。「法務局からの通知が届いてから対応しても遅くはない」と上村氏は説明する。

とりあえずの対策
 「過料を払い、登記しないほうがトク」と判断する人もいると考えられるが、その場合、最終的な決着にはならず、次の世代で相続が発生した場合に再度過料が科されることになる。手続きは歳月を重ねるたびに関係者が増えて面倒になるため、早めに済ませてしまうのが得策と言えそうだ。
 親族との遺産分割交渉が難航しているために相続登記できない人が活用できるしくみが、相続人申告登記制度で、これも今年4月から始まる。相続人が法務局に対し自分が相続人である旨を申し出れば、ひとまず相続人としての義務を履行したとみなすしくみ。この制度を活用すれば、相続人のうち一人が単独で申請を行い、自分に対する過料を防ぐことができ、費用負担も軽い。ただし、これはいわば応急策。遅かれ早かれ遺産分割交渉をまとめて登記を行う必要がある。
 「相続も手続きも面倒。国に寄付したい」という声に応えるしくみが、相続土地国庫帰属制度。ただし、共有地の場合には共有者全員で申請する必要がある、10年分の土地管理費相当額の納付が必要であるなど、さまざまな条件が課されており、活用しにくい。
 司法書士業界では、義務化を見据えて、登記の問い合わせや依頼が増えている。次に来るとみられるのが、不動産市場での供給量の増加だ。「利用価値のない不動産の状況は変わらないだろうが、利用価値が残っている不動産のなかには、これまで親族間の交渉がまとまらず、相続登記も行われていないものもある。科される過料の額によっては、交渉がまとまり、登記も行われ、売り物件として市場に出るものもあるはず」と、不動産業界の関係者は指摘する。
 別の不動産業界関係者も供給量の増加を予想する。「政府の狙いの一つは、市場に出る不動産の増加。当社ではもともと相続がらみで不動産を売りたいとの相談が多いが、そうした引き合いが今後増えていくだろう」。
 なお、登記手続きは司法書士、または弁護士でなければ代行することができないが、インターネットには安価で不動産登記手続きを代行すると謳う業者も現れている。が、手続きには状況に応じてさまざまなノウハウが必要。不適切な手続きで多額の損失をこうむるリスクもあり、「安物買いの銭失い」になりかねない。定跡通り、司法書士に依頼するのが安全だ。

この記事は月刊北海道経済2024年03月号に掲載されています。
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