カムイスキーリンクス 集客に本腰

 積極的な施設更新とインバウンド効果から、「カムイスキーリンクス」の来場者数が増加している。昨シーズンは9万8634人をカウントし、今シーズンは大台の10万人超えが視野。キロロスノーワールドや星野リゾートトマムスキー場などとの連携で利用者増の相乗効果を狙う。

来場者10万人視野
 旭川の中心部からクルマで30分、神居町西丘にある旭川市が所有するカムイスキーリンクスは、初心者用8本、中級者用9本、上級者用8本と多彩なコースを楽しめるスキー場。全国でも数少ない「陽の当たるスキー場」で、夕方まで粉雪の状態を保つ〝極上パウダー〟がウリだ。
 もともとの経営主体は「日本ゴルフ振興」だったが、2003年に同社が経営破たんし、旭川市が施設を無償で譲り受けて営業を継続している。実際の運営は「㈱旭川北インター開発公社」から「アライ地所㈱」を経て、18年からは「一般社団法人大雪カムイミンタラDMO」が指定管理者となっている。
 カムイスキーリンクスを冬季観光の目玉にしようと、旭川市は14年から大規模改修に着手し、ゴンドラとペアリフトの更新、センターハウスと山頂レストハウスの改修、また18年には自動ICゲートを導入した。この間の設備投資は27億円に達する。その積極投資が奏功して昨シーズン(18年12月~19年3月)は9万8634人が来場した。前年度に比べて26%増、人数では1万人余り増え、当面の目標としていた「来場者10万人」が視野に入ってきた。

外国人スキー客増
 インバウンド好調の影響から外国人スキーヤーが増加していることもカムイスキーリンクスの来場者数を押し上げている。
 昨シーズンは前年度より800人近く、率にして20%アップして4499人が来場した。最も多いのはオーストラリアの1378人で、これに次ぐのがアメリカの545人。急増しているのが中国で、前年度102人の4倍、409人が来場した。
 市内のホテル業者によると「中国、台湾、タイなどのお客様は年間通して大勢宿泊されますが、数年前から1月、2月のスキーシーズンはオーストラリアなど欧米の外国人のお客様も目立つようになりました。カムイスキーリンクスでスキーを楽しみ、翌日旭岳まで足を延ばしてスキーやスノーボードをするようです。冬まつりなどのイベントだけでなく、スキーを目的に来道する中国の方も増えています」

ニセコからシフト
 18年に指定管理者となった大雪カムイミンタラは、オーストラリアと中国でのプロモーションを通して、カムイスキーリンクスなど旭川圏のスキー場の魅力をアピールしている。これに先んじて、市や観光協会が中心になって05年に発足した「富良野・旭川地区オーストラリアスキー客誘致協議会」もオーストラリアでPR活動を続けてきた。そうした取り組みの成果が昨シーズンの外国人来場者増の要因。また、指定管理者となった大雪カムイミンタラが英語と中国語を話せるスタッフ常駐の案内所を設けるなど、外国人スキーヤーの利便性が高まっていることも好調の理由のようだ。
 「スキーヤーが増えすぎたニセコを敬遠してカムイリンクスにやってくる外国人が増えているのではないか」とは前出のホテル業者。「ニセコでは中国、香港のスキー客も増えてきたが、欧米のスキーヤーはそれを嫌う傾向もある。新しいスキー場を求めて、雪質はニセコ以上だと定評があるカムイスキーリンクスへオーストラリアやアメリカのスキーヤーがシフトしているのではないか。ニセコは風が強い日が多くゴンドラが止まることも珍しくないが、カムイスキーリンクスは風が余りないのもアドバンテージ。今後さらに外国人スキーヤーは増える。第二のニセコとなる可能性も秘めている」と話す。

共通チケット
 仮に、外国人スキー客がもっと増えホテル業者の言うように第二のニセコのように活気づけば不動産投資も促進され、低迷する地価も上昇するなど多方面にわたって旭川の経済活性化が進むことになる。
 もっとも、ニセコがカムイスキーリンクス以上に優位な点もある。
 一つはスキー場の数。ニセコにはニセコビレッジ、アンヌプリ、ニセコHANAZONO、ニセコグラン・ピラフと4つのスキー場があり共通リフト券も販売されている。また山麓に大きな集落があり、民宿からペンション、ホテルまで宿泊施設が充実している。
 雪質ではカムイスキーリンクスにアドバンテージがあるがゲレンデ下の環境ではニセコに軍配が上がるというわけだ。
 カムイスキーリンクスでは今シーズンから、キロロスキーリゾート、ニセコモイワスキーリゾートと広域提携で共通シーズン券の販売を開始。また星野リゾートトマムスキー場とも連携し、共通で使えるリフト券も販売して相乗効果を狙う。大人一日券3100円を3700円に値上げしたことと積雪の遅れがどう影響するか気にかかるが、第二のニセコを目指すリンクスの取り組みに注目したい。

表紙2001
この記事は月刊北海道経済2020年01月号に掲載されています。

旧西武A館にツルハが17階建てホテル

 西武A館跡地を取得し創業の地、旭川市にランドマークを建設する計画のドラッグストア全国大手、㈱ツルハ(札幌市)は、早ければ12月中にも建築申請を提出し2020年3月に工事を着工する準備を進めている。建物の規模は、鉄骨造り地上17階建て。施工は大手ゼネコンと地元の㈱エスデー建設のJVで請け負う予定で、土地取得を含めた総事業費は60億円規模となる。

紆余曲折経て計画固まる
 西武A館跡地の再開発は、2017年12月下旬、ドラッグストア大手のツルハが西武所有の土地(全体の約7割)を正式に取得した時点から始まった。その後、西武から業務の代行を任された三井系の不動産業者、三井物産都市開発㈱(東京)が取りまとめ、地元業者が所有する一部の区画を残してほとんどの土地をツルハが取得した。建物は地下と地上部分全てを解体して更地となった。全体の買収額は「建物の解体費も含めて8億円規模」(市内のある不動産業者)と見られていた。
 新たに建設される建物は、中心市街地という場所柄から旭川市とも協議を重ねた結果、ツルハの創業地への思いや国や市からの補助金など様々な要素が交錯した。結局、市からはわずかな補助金(市と国を合わせても1億円程度)しか出せないという結論に達したことから、ツルハは独自で建物の建設に取り組む方向に舵を切った。

1、2階は商業施設 3階以上がホテル
 そのような経緯を踏んで2019年4月にいったんまとまった計画だったが、「A館跡地には高度利用地区という縛りがあり、10階以上の建物を建設する必要があった。そこで計画を練り直し、ようやく計画が固まったのは11月上旬ごろだったようだ」(市内のある設計業者)。
 その後、旭川市へ練り直された事業計画を伝え、早ければ12月下旬までに建築確認申請を提出する運びとなっている。11月下旬現在でわかっている計画によれば、本体の建物は鉄骨造り17階建て。2階部分までをツルハなどの商業スペース、3階から17階は底地より小さめの建物が建設されてホテルが入居する。外観のイメージとしては、現在の旭川市役所本庁舎のような形になる。
 本体とは別に、緑橋通寄りの土地には鉄骨造り10階建て規模の自走式駐車場も建設される予定になっている。総事業費は、土地の取得や建物の解体費を合わせて60億円規模になる模様。施工業者は、大手ゼネコンと地元業者でツルハとの関係が深いエスデー建設のJVになる予定。

気になるホテルの概要
 気になるのはホテルの概要。本誌では19年11月号で、西武B館跡に隣接する山京エイトビルを買収した㈱アマネク(東京)に関して、ツルハが建設する複合ビルに入居するホテルをアマネクが運営する可能性があると報じた。アマネクは「その点についてはノーコメント」としたが、否定はしていなかった。
 ツルハの建物建設に関わるある建設業者にその疑問をぶつけてみると、「あくまで予定」と前置きして次のように語った。
 「今回の計画の最終決定は、12月下旬に開かれるツルハの取締役会に委ねられている。その場で承認されれば、年内にも建築確認申請提出、年明け2月に起工式、3月に工事着工というスケジュールになる。それと並行して、ホテルの運営を委託する業者と契約することになるが、アマネク社と協議していることは否定しない」
 アマネクは02年4月に設立され、18年1月に商号変更した、まだ歴史の浅い企業だが、最近の実績には目覚しいものがある。同社のHPによると、都内を中心に京都や大分で「アマネク」ブランドのホテルを運営している。温泉地として有名な大分県別府市では、約3800平方㍍の敷地に14階建て266室のリゾートホテル「アマネク別府」(仮称)を建設中。同じく大分県由布院で既存の施設をリノベーションした旅館も運営している。また、箱根で土地を購入し、ホテルを建設する計画(建物建設は出資者を募っている)もある。

再開発で中心街に活気戻るか
 A館跡地の再開発計画が最終局面を迎える中で、駅側(宮下通)にあるB館跡はどうなるのか。11月下旬現在、建物の解体が半分以上進み、予定通り20年2月までに解体作業は完了する。土地を所有する前田住設は「6月までに国へ補助金の申請をするが、構想として100億円近い規模の事業計画を立てている」と説明する。
 一方、近隣の1条買物公園通に面するエクスビルは、国からの補助金決定が早ければ年内に控えており、「承認されれば、旭川市と国を合わせて8億円の補助金を得ることができる」(市内のあるデベロッパー)。補助金の決定を受けて20年には建物など概要は見えてくるはずで、エクスビル再開発に支払われる補助金の額は、B館跡地再開発にも大きな影響を与えることになりそうだ。
 旭川の中心部は、西武百貨店の撤退から3年以上が過ぎる中、その衰退ぶりは隠せないが、A館跡地再開発をテコに、もう一度活気が戻ることを願うばかりだ。

表紙2001
この記事は月刊北海道経済2020年01月号に掲載されています。

今津の後の自民衆院道6区候補は誰?

 11月30日午後、4回目の開催となった自民党道第6区選挙区支部(吉川貴盛暫定支部長=自民党道連会長、竹内英順幹事長=道議)の「第6区支部長選考幹事会」が旭川市内のホテルで開かれた。会議は30分ほどの短いもので進展は何もなく、候補者選びの今後については竹内氏と本間勲氏(支部長代行)の2人の道議に預ける形で終わり、方向性の確認は1月末開催予定の次回幹事会まで持ち越されることになった。次期衆院選は早ければ7月の東京都知事選と同時、もしくは8月の東京五輪後という見通しがささやかれる中で、候補者不在の状況は一日も早く解消したいところなのだが……。(文中敬称略)

挙げられたのは相変わらず4人の名前
 今津寛前衆議が引退を表明、自民党の衆院選道6区の次期候補が不在となって早2年が過ぎた。現職または次期候補が支部長を務める仕組みの中で、道連会長の吉川衆議が暫定的に6区の支部長となり、本当の支部長を選ぶ作業が19年夏から竹内幹事長と本間支部長代行を中心に進められてきた。
 これまでを振り返ると、1回目は7月23日、2回目は8月19日、3回目は9月21日、そして今回の11月30日。この間、自民党旭川支部が独自に各業界・団体への聞き取り調査を実施、竹内幹事長と本間支部長代行も旭川を中心に6区管内の企業や団体の意向を聞いて歩き、「誰が候補にふさわしいか」など、幅広く意見を聴取してきた。
 2回目の会議以降、会議のテーブルに名前が挙がったのは旭川支部が推す東国幹道議をはじめ鈴木貴子(衆議・鈴木宗男参議長女)、加藤剛士(名寄市長・加藤唯勝元道議長男)、今津寛史(小野寺五典衆議秘書・前衆議今津寛長男)、さらに元衆院議員で現在はタレントとして活躍している杉村太蔵らだった。
 これら名前の挙がった人たちに対し選考幹事会として直接、立起の意思確認に動いた形跡はなく、4回目の会議でも竹内幹事長の口からは相変わらず東国幹、鈴木貴子、加藤剛士、杉村太蔵の4人の名前が挙がっだけにすぎない。
 竹内幹事長の口から「〇〇に当たってみたが脈はありそうだ」とか「〇〇は可能性がない」などという報告を期待していた選考幹事会メンバーはなんとも拍子抜けした様子だったという。つまり第3回の会議時から2ヵ月以上たっても、何の進展もなかったということなのである。

選考幹事会は初めから貴子ありき?
 選考幹事会の成り行きを外野席から見守っているある自民党旭川支部の関係者は、伝わってくる候補者選考の動きを聞きながら、次のような分析をする。
 「今回の衆院選6区の候補者選びは、出来レースのような気がしてならない。つまり竹内幹事長には初めの段階から鈴木貴子で行こうという思惑があり、何人か別の人の名前を挙げているのも貴子に持っていくための形づくりにすぎないのではないか」
 竹内幹事長が6区の暫定支部長で自民党道連会長の吉川貴盛の意向を受け〝貴子ありき〟で候補者選考を進めようとしているのではないかという見方は、以前からウワサとしてあった。
 6区有権者数の7割近くを占める大票田の旭川支部が推し、必然的に最有力候補として挙げられるはずの東国幹道議に対し、同じ道議の竹内があまり良い感情を抱いていないという話も伝わっており、「竹内は東が衆院選候補になることを阻止したいのではないか」というのが、貴子にこだわる理由だというのだ。
 竹内と東の関係はともかくとして〝初めから貴子ありき〟の信ぴょう性の高さを想像させる話が出回っている。
 それは19年6月16日に旭川市内のホテルで開かれた自民党北海道第6区選挙区支部の令和元年度定期大会に出席した吉川暫定支部長と竹内幹事長の2人が、大会終了後に向かいのホテルに場所を変え、旭川の経済界を代表する2人を呼んで「6区の候補者は貴子にしたい」と話したとされることだ。
 確認の取れた話ではないが、仮にそうした会談があったとすれば、この時点からすでに吉川道連会長の腹は決まっていたということになる。吉川には道連会長として、7区(釧路・根室)にこだわる鈴木貴子の6区への国替えを実現させれば、伊東良孝衆議との調整に苦労しなくてもいいという思惑があったとしても不思議ではない。
 「(選考幹事会は)出来レースではないか」という見方が旭川の自民党関係者の間で出てくるのもあながち根拠のない話ではなさそうだ。

「勝てる候補」が選考の大きな命題
 11月30日に開催された4回目の選考幹事会では、次回開催を年明けの1月末として、なんの進展もないまま散会した。当初は「11月中には決めたい」としていたが、その11月中には何も決めることができず、竹内幹事長と本間道議に今後を預ける形で年を越すことになった。
 では、今後どうなっていくのだろうか。次期衆院選がいつになるかはっきりした見通しは立てられないが、いずれにしても東京都知事選(7月5日)と同時、東京五輪後(9月以降)を視野に入れて準備を進めておく必要がある。とすれば、少なくともその半年前には候補が決まっていなければ、相手候補が佐々木隆博であろうが西川将人であろうが、自民党の劣勢は明らかだ。
 自民党は「勝てる候補」という大きな課題を持って候補者選考を進めている。いま名前の挙がっている東、鈴木、加藤、杉村の中では、知名度で勝るタレントの杉村が「勝てる候補」に最も近いと思われるが、その杉村はすでに本誌の取材に対しても「ノー」の結論を出している。また、名寄市長の加藤も最近の名寄の混乱状態を考えれば、市長職を放り投げて国政へという状況にはない。

貴子は無理、やっぱり東しかいない
 残るのは東国幹と鈴木貴子の2人ということになってくるが、貴子本人はあくまでも地元7区からの立起にこだわっている様子が伝えられ、父親の鈴木宗男参議も「貴子は7区から」と言い続けている。
 確かにいかに知名度があり、上川管内に根強い信者を多く持つ宗男の長女という強みがあったとしても、6区の選挙区では落下傘候補という位置づけとなり、有権者にどれだけ浸透できるか不安は残る。貴子もそれを十分承知しているはずで、しかも短期決戦となればなおさら。6区管内で貴子への期待感が出ているのは間違いないが、貴子も今は、よほどのことがない限りそれに簡単に応えられる状況ではないようだ。
 とすれば結局、東しかいない。戦いの相手を選挙にめっぽう強い西川と想定して「東で勝てるのか」という声があるのも確かだが、状況を考えると、今のところ東以上の候補は見当たらないのである。
 6区の選挙では小選挙区で負けても比例の惜敗率で救われるケースが過去に2回あった。このほかいずれの戦いも接戦状態なのである。東を6区の候補者として推している自民党旭川支部の関係者も「以前は〝東で勝てるのか〟だったが、今は惜敗率を考慮し〝東なら当選できる〟に党内のムードが変わってきた」と言う。

待たれる東の態度表明
 半年がかりで難航する候補者選びだが、今の状況を打開できる簡単な方法が一つある。それは東自身が「私がやる」と手を挙げることだ。
 道議選では3度のトップ当選を飾り、選挙強さを見せつける東だが、旭川市長選では2度苦い思いを体験しており、このことが国政への道を躊躇する一つの要因になっているとも想像できるが、周囲から「東しかいない」の大合唱が起こってくれば、さすがに決断せざるを得ないだろう。
 伝えられるところ鈴木宗男からも東に対し「あなたが出るべきだ」との激励があったとされるだけに、ここは一番、6区の候補者選考に風穴を開ける意味でも、東の態度表明が待たれる。

表紙2001
この記事は月刊北海道経済2020年01月号に掲載されています。

「天人閣」事業譲渡にファンドが動く

休館後1年近くが経過する東川町天人峡温泉のホテル「天人閣」が、再開へのかすかな希望を残してもがいている。昨年春に天人閣の事業を引き継いだ㈱カラーズ・インターナショナルはすでに再建をあきらめ、新たな譲渡先を探している模様だが、廃墟同然となった温泉施設に手を差し伸べる事業者が現れるかどうか。周囲の関心は高まっているが、いまのところ見通しは立っていないようだ。

何がどうなっているのか情報不足
 創業120年、明治の時代から旭川の名門「明治屋」が経営してきた天人閣が8億4000万円もの負債を抱えて民事再生、自己破産の道をたどるようになったのが10年前。その後二転三転し、昨年4月に㈱カラーズ・インターナショナル(本社・東京港区、松本義弘社長)に経営権が移った際には、関係する多くの機関が有力企業とされるカラーズ社への期待感であふれた。
 しかしこの時の事業譲渡では、建物の所有権はカラーズ社が握ったものの、営業権は直前まで天人閣を経営していた地元資本の㈱松山温泉(藤田幸雄社長)が担うという変則的なものであったため、周囲からは「経営実態が見えてこない」という声も上がっていた。例えば、昨年の天人閣営業中の売り上げはカラーズ社に送られ、従業員給与などの経費はカラーズ社から支払われていた。また事業譲渡を受けた後、道に収めた不動産取得税はカラーズ社の名前で払われ、町税である固定資産税や入湯税の納付書もカラーズ社あてに送られている。
 林野庁に対する国有地使用許可願いや温泉使用願いは㈱松山温泉が出しており、北海道森林管理局上川中部森林管理署も国有地使用許可は㈱松山温泉に与えている。
 しかし、この国有地使用許可については1年更新の条件が付けられていながらも10月末現在、土地使用料も温泉使用料も未納状態で、近く督促状が発送されることになっている。契約を更新できず土地も建物も使えない状況が続く中で廃墟同然の天人閣がどうなっていくのか。残念ながら正確な情報は入ってこない。

ファンド会社が役場を訪ねてきた
 今年9月末で切れた国有地使用許可を次年度も更新したいとする契約書は、すでに㈱松山温泉の藤田社長から上川中部森林管理署に提出されている。同署では契約書は受け付けたが、許可を出すために必要な年間の土地使用料約60万円と温泉使用料約100万円、合わせて150万円以上が未納となっているため、現在のところ正式契約とはなっていない。また、東川町への固定資産税や入湯税、観光協会の会費などもカラーズ社からはまだ支払われていない。
 そんな状況の中で10月1日、東京に本社を置くファンド会社「地域創生ソリューション㈱」の社員が突然、東川町役場を訪ねてきた。対応した産業振興課によれば、同社はカラーズ社の松本社長の依頼で天人閣を引き継ぐ新たな事業者を探している。そのためにまず現地を視察に来たということで、事業者が見つかれば同社がそこに出資するという話だったという。
 このことによって、カラーズ社が天人閣の事業譲渡を考えていることがはっきりしたのだが、実は今年に入ってから、カラーズ社が天人閣の譲渡先を探しているという話は伝わってきていた。
 昨年春には「10億円を投じて天人閣を再生させる」と取引業者の前で力強く語った松本社長が、その舌の根も乾かぬうちにあっさり見切りをつけていたことに地元関係者は唖然としたものだが、東川町の観光事業に期待をかける行政としては、こうした民間企業の変節にも打つ手はなく、成り行きを見守る以外に手はなかった。

表紙1912
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五輪マラソン札幌開催への期待と不安

来年の東京五輪の競技のうち、男女のマラソン、競歩競技が会場を札幌市に移して開催されることが正式決定した。暑さにアスリートが倒れる事態を懸念したIOCからの要求で決まった異例の事態だ。道内のマラソン大会に参加した経験のある市民ランナーや、大会の事務局関係者や警備関係者には驚き、心配、期待が広がっている。そして五輪とは一見関係のなさそうな企業にまで、意外な影響が及んでいる。(記事は11月5日現在)

単調すぎるコースは辛い
 まずは市民ランナーの声を紹介しよう。
 「札幌で開催されると知った時は、〝そりゃそうだろう〟と感じました。東京の夏は暑くて、ランナーにとり過酷。北海道も暑いけれど湿度が全然違いますから」と語るのは、㈱アーキエージェント代表の畠山裕康氏。市民ランナーとして、北海道マラソンや東京マラソンに出場した経験を持つ。
 一方で畠山氏は札幌のコースがもつ単調さを心配しているという。北海道マラソンのフルマラソンでは市の中心部をスタートした後、すすきの界隈を走る。「いつもは飲み歩いているあたりを走るのは楽しい」が、市の中心部から北西方向の新川地区までほぼ直線で伸びる区間がある。「景色が変わらないのはランナーにとりつらいです。何度も北海道マラソンに出場した人なら皆同じように感じているはずです」。
 札幌が突如、開催地に選ばれたのは1987年から北海道マラソンを開催してきた実績が評価されたから。当然、コースも北海道マラソンのそれを踏襲するとの見方があったが、畠山氏をはじめとする市民ランナーの心配に反応するかのように、早くも新川地区付近のコースを見直すとの報道が出ている。
 旭川市内ではフルマラソンの大会こそ行われていないが、多くの市民ランナーを集めているのが、今年は9月29日に開催された旭川ハーフマラソン大会。実行委員会事務局の渡辺達生次長は、主催者側として資金や時間が十分かを心配する。
 「とくに注目しているのは経費の問題。沿道に応援のため相当な数の人が集まるはず。北海道マラソンにもかなりの警備人員があたっています」
 マラソンの大規模なイベントの準備には通常、長い時間をかける。「コースの設定、どこに警備員を置くのか、どこにボランティアを配置するのか、どこにどのような看板を立てるのかなどについて、主催者、警備会社、警察で綿密な打ち合わせを行う必要があるのですが…」(渡辺氏)

コース認定は雪解けの後
 正式なマラソン大会はいずれも、公認コースで行われるが、開催前に日本陸連に公認の申請を出し、陸連の検定委員が行う検定に合格しなければならない。この検定は、道路の縁石から一定の距離を保ちながら、特殊な自転車でコースを走行して行われる。降雪期には検定を受けられないという雪国特有の事情も手伝って、マラソンのスタートまでのスケジュールはかなりタイトなものになりそうだ。
 「たいへんなことになった」との率直な感想を漏らすのは、旭川市内に本社を置く警備会社の経営者。この企業では北海道マラソンの警備にも例年参加している。
 男女のマラソンを1日で、男女の競歩を別の1日でといった開催案も取りざたされているが、「北海道マラソンで札幌市中心部が通行止めになるのは午前中の早い時間が中心。複数の競技が続いて通行止めが長時間続けば、警備員としても市民からの声に対応するのが困難になります」
 五輪マラソン・競歩の開催は、警備業界にとり大きな商機との見方もあるが、この経営者は否定的だ。「それぞれの警備会社が抱えている警備員の数は決まっていて、ニーズがあっても応えられるとは限りません。五輪競技の警備に十分な人数を確保するには、工事を休んで現場の警備員を回すなど、産業界全体の協力が必要になるかもしれません」

株式市場も敏感に反応
 「五輪マラソン、札幌で」のニュースが影響を及ぼした意外な分野がある。それは株式市場だ。この件が公になった10月17日の翌日18日、株式市場で特筆する動きがあった。五輪の目玉となるマラソンが札幌で実施されることが決定的になり、道内の上場企業の株価が軒並み上昇した。
 中でも、コースの整備に関わる建設業や観光、食、ホテルなどのサービス業は特にその傾向が強かった。一例を挙げると、建機リースの道内大手、カナモト(東証1部上場)が2600円前後から一気に3000円近くに、広告代理店のインサイト(札証アンビシャス上場)は一時、ストップ高の675円をつけた。苫小牧に本社を置く飲食店チェーンのフジタコーポレーション(ジャスダック上場)も前日比106円高の1372円に上昇し、その翌日には一時1438円まで上昇した。
 上川管内に目を向けると、管内で唯一上場しているイチゴ栽培の㈱ホーブも目立った動きをした。同社はジャスダックに上場しているが、10月17日が前日から300円高の1326円、翌18日には300円高の1626円まで株価が上昇した。9月30日の終値995円から、わずか半月で631円も上昇したことになる。
 この急騰を同社に聞いたところ、こんな答えが返ってきた。
 「正直なところ、びっくりしている。あくまで株価は投資家が決めることでわれわれが関知するものではないが、何が要因でこんなに株価が上昇したのか、五輪のマラソンが札幌で開催されると言われても…」
 まさに狐につままれたような現象だが、株式市場は投資家から見れば
「ちょっとしたこと」でも敏感に反応することはよくある話だ。
 このほか、もともと観光シーズンでホテルが不足している時期に五輪関連の観光客が押し寄せることで、札幌市内の宿泊施設が足りなくなり、一部が旭川に流れてくるとの期待もある。意外なマラソン・競歩の札幌開催がどんな分野にどんな影響を与えるのか、スタートが近づくにつれ徐々に明らかになりそうだ。

表紙1912
この記事は月刊北海道経済2019年12月号に掲載されています。

笠木薫道議の資産1億円って何だ?

道議会議員100人の資産が公開された。1人当たりの資産額は2234万円で、新人議員が上位に加わり全体を押し上げているが、旭川市選出の新人・笠木薫も資産1億932万円で4位にランクされた。(文中敬称略)

公開4年に1度
 資産の公開は、道の条例に基づき、4年に一度選挙後の任期開始時点(今回は4月30日現在)の資産を公開する。対象となるのは①土地②建物③預金・貯金④有価証券⑤ゴルフ場の会員権など9項目と借入金の合わせて10項目。預貯金は定期性のものが公開されるが、普通預金などは除かれる。また、有価証券については「株2社、計300株」などの表記で株式の時価などは公開の対象外となる。
 公開資産のトップスリーはすべて札幌選出議員。いずれも札幌市内に多くの不動産を所有しており、土地と建物の評価額が資産額を引き上げている。
 1位の渡辺靖司は東区に1万1200平方㍍を超える土地を所有しており、これだけで約2億7000万円。そしてこれに合わせて建物は約3億1000万円となり、合計で約5億8000万円になった。2位の伊藤条一も白石区と北区に合わせて3000平方㍍の土地を所有。建物と合わせた総額は約1億6000円。預金1000万円と合わせて総額は約1億7000万円となった。3位の和田敬友も西区に約5300平方㍍の土地と2カ所の建物を所有。総額は約1億5000万円だった。
土地9筆所有
 そして、4位に食い込んだ笠木はというと、旭川市内に計9筆、2709平方㍍の土地を所有。こちらは札幌ほど土地の価格が高くないため、総額で1594万円となっている。しかし、建物については総面積が2434平方㍍もあり7938万円の評価。合わせると9532万円になる。これに預金が1398万円あることから総額は1億932万円ということになる。このほかに、普通自動車が1台、ゴルフ場の会員権が2口となっている。
 一方で借金、つまり金融機関などからの借入額は1億357万円に達していることから、差し引き570万円ほどのプラス。資産も多いが、借金も多いというのが大きな特徴だ。

表紙1912
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〝幻の登山道〟復活への道筋

かつて昭和初期、大雪山が国立公園に指定された頃、旭川市のペーパン(米飯)地区から大雪山に直接登るコースをつくる計画があった。一時期、そのコースをたどる登山会も催され話題を集めたが、様々な要因に妨げられて、いつしか利用は途絶え、今では忘れ去られようとしている。途中、絶景が広がる「松仙園」や「沼の平」を経て大雪山に至る〝幻の登山道〟。しかし地元東旭川の有志たちが、登山道の復活に向けて一歩一歩、実現に道筋をつけている。(文中敬称略)

一躍脚光を浴びた国体
 この〝幻の登山道〟は1933(昭和8)年に、当時の東旭川村長、大見首太郎が国に請願して、東旭川の開拓者であった小谷勝治、河野義助らの有志による踏み分け実地調査を経て38年、上ぺーパンから沼の平まで14・5㌔にわたり開削された。当時の案内記録には「東旭川ペーパンルート」として紹介されている。
 開削された東旭川ペーパンルートは眺望にすぐれ、旭川市側から旭岳に至る最短のコースとされた。登山愛好者の天野市太郎(故人)が生前、「沼の平まで上がれば、そこはもう別世界。湿原の美しい風景が広がっている」と近親者らに語っていたとも伝わる。
 沼の平とは、標高1300~1400㍍の森林限界とされる場所にある高層湿原のこと。広範囲にわたり、大沼や小沼、一の沼…六の沼といった多様な沼があり、それらの沼の周辺には、可憐な高山植物が自生している。二の沼と三の沼の間に広がるのが松仙園で、その一帯にはアカエゾマツが群生しており、それが名前の由来になったという。
 やがて戦争が激しさを増し、いったん登山道の利用は途絶えるが、戦後の復興に伴い、その維持管理作業を東旭川の「明郷(明るい郷土)青年団」が請け負い、再び登山熱が高まる。大雪山国立公園をフィールドに1954年に開かれた第9回国民体育大会で競技会場に選ばれると、一躍脚光を浴びることにもなった。
 この時、東旭川の住民が選手団を歓迎し、ペーパン福島県人会長の遠藤雅就が明郷青年団の仲間6人で松仙園のヒュッテ(山小屋)に宿泊しながら炭火をおこし、選手団にお茶のサービスを施したことは、今でも東旭川地域で語り継がれている。
 そして国体を機に再び登山会が行われるようになったが、その後「21世紀の森」誘致を実現させた「旭川21世紀の森促進協力会」が21世紀の森を充実させる一環として、市に林道の整備を要望。しかし受け入れられなかったことも要因になってか、やがて利用が途絶え、現在ではペーパンルートを通る人はほとんどなく、まさに〝幻の登山道〟と化しているのが現状だ。

反響呼んだ特別展&散策
 そこで東旭川町にある旭川兵村記念館友の会のメンバーが昨年9月中旬に試みたのが、幻の登山道への探索。現状を把握すべく訪れたが、ペーパンルートの登山道は、荒れ放題で熊笹が鬱蒼と生い茂っていた。このときの探索メンバーでもある東旭川まちづくり推進協議会の石井征士は「先人たちが開いた登山道をこのまま幻に終わらせてしまうのか、町おこしのきっかけのため生き返らせるのか。それは、私たちの知恵にかかっている」と決意を固め、ペーパン福島県人会の遠藤会長は「開発する価値はある」と語り、その後の取り組みに思いを募らせた。
 登山愛好者にとって、大雪山を縦走することは一つのステータスであり、ある種の憧れ。ポピュラーな登山コースとして知られるのが、上川町の層雲峡黒岳からと、東川町の勇駒別から登る2通りのコース。「幻の登山道は、その中間に位置し、沼の平や松仙園の絶景が楽しめる格好のルート」(兵村記念館友の会の探索メンバー)。石井は、ペーパンダムから旭川峠まで車で行くと20~30分ほどで着き、「そこから登山すれば、そんなに難しい行程ではない」と説明する。
 東旭川の有志らがペーパンルート復活に向けた試みの第1弾として今年4月下旬から10月まで兵村記念館で開いたのが、特別展「大雪山 幻の登山道『ペーパンルート』」だった。その開催趣旨は、大雪山の麓に住む人々が登山道開設を試みた歴史を振り返り、復活を探る機会になればとの願いを込めたものだ。

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この続きは月刊北海道経済2019年12月号でお読み下さい。