宿泊療養施設 「コートホテル旭川」の決断

 旭川における新型コロナウイルスとの戦いは今年に入って次第に落ち着きを見せてきているが、ピークだった昨年末は5つの基幹病院を中心に感染者の受け入れに悲鳴を上げた。そんな状況の中で社会貢献を第一義に考え、軽症者・無症状者の受け入れを行ったのがコートホテル旭川(市内1条通9丁目)。道内でも数少ない「宿泊療養施設」の状況を同ホテルに聞いてみた。

道からの強い要請を受け…
 旭川市内では昨年11月以降、慶友会吉田病院や旭川厚生病院、北海道療育園でクラスター(感染者集団)が発生。入院先の調整が追いつかず、自宅などで待機する軽症や無症状の感染者数が急増した。このため旭川市は軽・無症状者を受け入れる宿泊療養施設の開設を道に要請。
 その頃札幌では、アパホテル&リゾート札幌、東横イン札幌すすきの交差点、ホテルフォルツァ札幌駅前の3ホテルが宿泊療養施設として開設され、受け入れ可能人数は1270名程度になっていたが、旭川でも少なくとも100名程度の受け入れ先が求められた。
 旭川市の要請を受けた道の対応は昨年6月ごろから始まっていたようだ。道は委託業者を介して旭川市内のホテルに受け入れを打診していたが、11月に入り、旭川の医療体制がいよいよひっ迫し始めたことから、何としても宿泊療養施設の開設が急務となってきた。
 コートホテル旭川の酒井宇巳支配人によると、「昨年6月に一度、道から打診があって、その時は検討しますとお答えしていたのですが、11月13日には正式に要請があり、1週間後の21日にはさらに強い要請がありました。旭川が医療崩壊の危機にあるという状況を聞かされ、旭川のためになんとか受けてほしいと説得されましたので、東京の本社と相談して受け入れを決めました」
 この時、道が旭川市内の何ヵ所のホテルに要請したのかわからないが、コートホテル旭川が最もふさわしい施設と判断したようだ。しかし、宿泊療養施設になると、たとえ軽症、無症状と言っても感染者が入居してくることに変わりはない。退去後にどんなに完璧な消毒を施したとしても、後から使う人にしてみれば気持ちの良いものではない。
 旅行者が快適さを求めて宿泊先を選ぶとするなら、コロナ収束後の集客面など、その後のホテルの通常営業に何らかの影響が出ることも考慮しなければならない。道から強い要請を受けたコートホテル旭川にとっては迷いに迷った末の結論だったに違いない。

受け入れ準備はわずか4日間で
 コートホテル旭川はThe COURT㈱(東京都港区赤坂)が運営する全国16のホテルチェーンの最北端で、道内では旭川だけにある。JR旭川駅から徒歩2分という好立地で、ダブル・和室・ スイートなど7つのタイプの部屋を擁し、客室総数は114室。館内設備の充実と和洋バイキングの朝食が魅力になっていた。
 同ホテルは昨年、コロナ対策のため5月1日から7月18日まで臨時休業を余儀なくされた。再開後は従来のコロナ感染拡大抑止施策に加え、サーモカメラを導入するなど徹底した安全対策を実施し、旅行代理店からの評価も高かった。
 そんな同ホテルが、旭川市内におけるコロナ対策の窮状を鑑み、軽・無症状者の宿泊療養施設として全館を一括して提供する決断をしたのが昨年11月21日のこと。感染者の受け入れは4日後の25日から始まったが、この短期間に準備を進めるホテル側の苦労は並大抵のものではなかった。
 すでに25日以降の宿泊予約もかなりの数あったが、一件ずつ断りの連絡を入れ、同時に市内の他のホテルに協力を求め宿泊客の振り分けを行う作業にも時間がかかった。道や旭川市保健所の担当者との綿密な打ち合わせ、館内の整備などすべてが初めての経験で戸惑いも多かった。
 受け入れ可能人数は最大90名だが、旭川市内のほか上川管内他市町村からの送り込みも多く、昨年12月中旬のピーク時には満室で受け入れできなかったことが2日間あったという。同ホテルによれば今年1月19日までに延べ191名を受け入れてきたが、同時点での入室者は5名にまで沈静化している。

療養者と直接顔を合わせることはない
 宿泊療養施設となったホテルには、自宅療養が難しい軽症、無症状の感染者が集まってくる。療養期間中は個室があてがわれ、建物から外に出ることはもちろん、部屋から出ることも限定される。いわば籠城生活だ。
 そのためホテルのスタッフも、療養者が部屋の中でどういう生活をしているのかわからない。ホテルに早朝から夜10時までいる道の職員や夜間に常駐する看護師の指示で動いているだけで、入室者との接触は一切ない。さらに入室者自身も外部との通信(写真撮影、SNS投稿等)が制限されているため、部屋の中でどういう生活をしているのか一般にはなかなか伝わってこない。
 同ホテルの酒井支配人から話を聞ける機会があったので、いくつか質問してみた。
 ─療養者の食事はどうなっているのですか。
 「1日3回、道が委託した業者から弁当が搬入されます。それを一ヵ所に置いておくと、療養者が取りに来ます。部屋から出るのはその時だけだと思います」
 ─療養者が使用したものはどうしているのでしょうか。
 「シーツやタオルはホテルが使い捨てのものを用意します。使い終わったものはごみ袋に入れて部屋の中に置いたままにしてもらい、道の委託業者が回収します。一人の滞在期間はだいたい1週間ですが、退出後に消毒が入り、ホテルのスタッフがベッドメイクをします」
 ─療養者は部屋の中でどういう日々を過ごしているのでしょうか。
 「わかりません。部屋に持ち込めるものは限られていますので、本を読んだりテレビを見たりしているのだと思います。WiFiがつながっていますので、パソコンやスマホで気を紛らわせているのかもしれません。ホテルとしては朝8時と午後3時の2回、ラジオ体操の曲を流しています」
 ─ホテルスタッフの役割は何かありますか。
 「全館一括借り上げですので、建物の維持管理と館内アナウンスなどの業務だけです」

コートホテルの社会的使命感
 コロナ感染者療養のために全館を一括提供したコートホテル旭川。道との契約期間は一応3月末までとなっているが、状況次第ではさらに長引くことも考えられる。
 この間のホテルの収入は借り上げ料だけ、通常営業と比べ収支がどうなのかわからないが、案じられるのはコロナ収束後の風評被害。「感染者が使っていたホテル」などとの書き込みがネット上で広がる可能性もないわけではなく、同ホテルの決断には頭が下がる。
 しかし、同ホテルが感染者の受け入れを決めたのは企業としての社会的使命と責任感から。それだけに「旭川市民の方から『よく受け入れてくれた』と感謝の手紙をいただいた時には、やってよかったとうれし涙が出てきたほどです」(酒井支配人)と胸を詰まらせる。
 同ホテルチェーンでは旭川の後、新潟市内でも宿泊療養施設に提供しており、The COURT㈱の社会的使命に取り組む姿勢が見えてくる。コロナ収束後の同ホテルの健闘を祈りたい。

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この記事は月刊北海道経済2021年03月号に掲載されています。
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