神居山で土地取得中国系企業にコロナの打撃

 ニセコでの外国人による土地取得は、周辺地域の地価を押し上げている。富良野でも外国人向け高級コンドミニアム販売が続き、コロナ禍にも関わらず需要は旺盛。まだ件数は少ないが、旭川の周辺の農村でも外国人による土地購入の動きがある。中でも規模が大きいのは、札幌の中国系企業による神居山ふもとでの土地約4万平方メートルの取得。いまこの土地はどうなっているのか。本誌は当事者への接触を試みた。

自衛隊の通信網
 6月16日未明、参議院本会議で与党の賛成で「土地利用規制法」が成立した。自衛隊基地や原子力発電所など国防上重要な場所について所有者の調査や妨害行為の中止勧告・命令を可能にするなどの内容だ。そもそも、この法案が制定されたきっかけは、外国人(個人・法人)による土地買収が安全保障に影響を及ぼすとの懸念。新型コロナウイルスが上陸する前、多くの自衛隊基地がある道内には多くの外国人が訪れていたこともあり、法律の内容や国会審議の行方に注目が集まった。野党の大半は私権に不当な制限が加えられると反対したが、異例の真夜中の審議を経て、会期切れ直前に可決された。
 旭川市内の自衛隊関連施設といえば、真っ先に思い浮かぶのは春光にある旭川駐屯地。陸上自衛隊第2師団の本拠地だ。ほかにも近文台の弾薬庫が存在する。世界情勢の変化で道内の自衛隊の重要性が米ソ冷戦期より相対的に低下しているとはいえ、それでも多くの施設が残っている。
 ほとんど市民が意識することのないもう一つの施設が、神居山(標高799メートル)の山頂付近にある「神居山無線中継所」だ。
 有事の際には情報伝達の速さと正確さが極めて重要。このため防衛省は全国の自衛隊施設を結ぶ自前の通信網を整備しているが、神居古潭付近の山に遮られないよう、神居山の山頂に設けられているのが神居山無線中継所。道北では他に紋穂内(美深)、宗谷などにも同様の施設がある。

神居山ふもとの土地
 なお、神居山無線中継所の存在は機密情報ではない。ネットで「自衛隊 北海道 中継所」と検索すると、すぐに道内各地の無線中継所のリストが出てくる。
 通信会社も自衛隊も、こうした通信網の整備にはマイクロ波通信を活用している。一度に大量の情報を送れるマイクロ波通信は、極めて指向性が強いのが特徴。山やビルを迂回できないためさえぎられると電波が伝えられない反面、送信・受信アンテナを結ぶ直線の外には電波が漏れない。ふもとに傍受用のアンテナを作ったとしても「盗聴」される恐れはまずないのだが、それでも神居山無線中継所が注目を集めたのは、2016年8月、神居山のふもとで4万平方メートル近い広大な土地を、中国と関わりの深い札幌の企業が取得したためだ。

中華食堂店員が社長
 本誌が以前にも伝えた通り、土地を取得したのは、札幌市内に本社を置く基泰株式会社(李薪社長)。登記簿によれば、李氏は在日中国人ではなく、北京市内に居を構えている。一部の人が懸念するように、彼らは軍事的な狙いがあって神居山のふもとで広大な土地を取得したのだろうか。
 結論から言えば、国防上の不安があるとは考えにくい。マイクロ波通信を麓で傍受するのは技術的に不可能。また、土地利用規制法も、国防上重要な場所から1㌔以内の土地について所有者の調査などを行うことをうたっているが、この土地から神居山の山頂までは3㌔以上離れており、法律の規制の対象外だ。
 また、現在、土地を所有する中国系企業の経営状態も、土地の軍事利用には程遠い状態だとみられる。基泰は、Webで公開されている情報や役員構成などから判断して、同じく札幌に本社を置く富威通商㈱のグループ企業。このグループは、札幌市内で中国料理のチェーンを経営し、道内を訪れる中国人向けの日本料理店も開いていたほか、貿易、不動産、旅行事業も営んでいた。しかし、昨年からのコロナ禍で中国からのインバウンド客が完全に途絶えたため、中国料理店は狸小路、桑園など4店のうち2店を閉店。ウェブページによれば日本料理店も休業中で、貿易・不動産・旅行部門はいつ電話をかけても不通の状態となっている。
 本誌が注目したのは、富威通商のウェブページによれば社長を務めているはずのW氏(女性)。名前から判断して蒙古系の中国人とみられる。過去に日本のテレビ番組で、「腕にはロレックスの時計、眼鏡はシャネル」の社長として中国人富裕層をターゲットにしたビジネスを札幌で展開している様子が紹介されたこともある。本誌は何度か電話で連絡を試みたが、通じない。コロナ禍のために母国に戻ったのかと考えてあきらめかけたところ、札幌で活動する別の中国系ビジネスマンからこんな情報を得た。「富威はコロナの影響を受けたが、Wさんは夜になると桑園の中国料理店に勤務している」。
 開店直前の時間帯を狙って、記者はその中国料理店に電話をかけた。
「Wさんと話がしたい」
「私です」
「いままで何度電話をしても通じなかった」
「コロナでオフィスは休業している」
「神居山付近の土地の話だが」
「それは私には答えられない。別に責任者がいる。まずは質問を送ってほしい」
 記者は取得の経緯、今後の開発の予定などを尋ねる文書をメールしたが、締め切りまでに反応はなかった。
 ちなみに、W氏が働いている桑園の中華料理店は、高級店ではなくリーズナブルな価格設定がウリの大衆的な店だ。巨額の資金を動かして道内の土地を買い漁る中国の資産家、というイメージには程遠い。

農業委員会に接触
 なお、基泰による神居山ふもとの土地取得も完全なかたちではない。登記を見ると、行われたのはあくまでも「所有権移転の仮登記」であり、農地法第5条に基づく許可を得ることとの条件がついている。農地以外の目的に供するため転用する場合、道知事の許可を得なければならないということだ。仮登記から約5年が経過したいまも、正式な登記は行われていない。
 記者は、基泰にこの土地を売却した旧所有者にも電話で話を聞いたが、この人物は売買が成立したと考えており、取引のあと、基泰からは何ら連絡がないという。土地の現状はどうなっているのか。「私たちはその土地を果樹園として使っていた。いまも木は残っている。買った人たちがときどき訪れて、楽しみでサクランボを収穫しているようだ」。
 サクランボ収穫という娯楽のために広大な土地を取得したとは考えられない。何らかの方法で開発を計画する予定があったと考えられるが、ネックとなるのは、農地法と北海道水資源の保全に関する条例の規制だ。
 農地法については、基泰の関係者が旭川市農業委員会に接触し、手続きについて問い合わせたことがわかっている。しかし、その後、実際に申請を提出した形跡はない。
 問題の土地は北海道水資源保全条例に基づく「水資源保全地域」に指定されており、売買・土地利用に規制が加えられるが、道内の別の場所で水資源保全地域の開発を行っている業者は、「大量の水を使うホテルやスパなどは難しいが、行政から許可を得た上で住宅などを建設するのは可能なはず」と指摘する。
 富良野の例を見れば、スキー場から至近距離の住宅には数千万円の値段が付いている。基泰は、カムイスキーリンクスの真下という立地条件に注目して、農地、水資源関連の規制をよく調べないまま土地を購入し、これらの規制やコロナ禍の影響のために土地活用に向けた動きが前進していないと考えられる。
 ただ、いつかはコロナ禍が世界的に収束し、インバウンド客が復活、さらにはこの土地の開発が本格化する可能性もある。広大なスキー場は旭川市にとり重要な観光資源で、市内への経済効果も大きい。前述したように自衛隊の通信が傍受される可能性や安全保障への悪影響はなく、地域経済へのプラスの影響にも注目して冷静に対応する必要がありそうだ。

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この記事は月刊北海道経済2021年08月号に掲載されています。