旭川医大の「ガバナンス」どこへ?

 旭川医科大学にくすぶる「公益通報」問題。外部の弁護士も加わった調査委員会が、現在副学長を務める2人の新学長選出直前の行動に対して「不適切」との判断を示したことは本誌5月号で報じた通り。この報告書に、西川祐司学長ら現執行部がどう対応するのかが注目されていたが、事態は予想外の方向へと動きつつある。報告の内容を受け入れず、前段階の「予備調査」からやり直すことで、すでに出ている結論をなかったことにしようとしている模様。いま「ガバナンス」という言葉の意味が問われている。

「犯人扱い」に反発
 3月8日、旭川医科大学で開かれた大学運営会議。松野丈夫学長代行、西川祐司副学長(次期学長予定者)、平田哲副学長、吉田貴彦副学長らが出席した。なぜか、その場には大学運営会議のメンバーではないはずの奥村利彦教授、川辺淳一教授もいた(役職はいずれも当時)。会議の中で奥村氏、川辺氏が、公益通報に対応する調査委員会のヒアリングを受けたが、「弁護士の態度が威圧的だった」「犯人扱いされた」などと抗議した(本誌には、この会議に先立ち、奥村氏と川辺氏が松野氏の部屋を訪れて強く抗議したために、松野氏がたまらず2人に大学運営会議で不満を述べさせたとの情報も寄せられている)。
 公益通報については本誌がこれまで何度か取り上げているが、改めて振り返れば、公益通報を行った人物は、昨年11月15日に新学長を決めるための意向聴取(投票)が行われる直前、学長選考会議議長の奥村氏と委員の川辺氏が、西川氏に投票するよう働きかけていたことを問題視して、公益通報制度に沿った通報を行った。学外の弁護士4人、学内の教職員数人からなる調査委が設置されて聞き取りが行われ、2人の行為は「不適切」だったとする報告を3月31日にまとめた。3月8日の大学運営会議は、調査委が結論を出す前に行われたことになる。
 大学運営会議の中で、西川氏は2人の行為が妥当だったかどうかについて見解を示すことなく、調査委について注目すべき発言をしている。
「ヒアリングのしかたが尋常ではない」
「4人の弁護士がこの問題を理解しているのかがわからない。弁護士を替えるのも一つの方策と思う」
「公益通報の取り扱いにあたっては、弁護士を加えるかしっかり検討すべきだ」
 組織内で不適切な行為、不正な行為が行われた場合には、調査委に外部の弁護士が加わるのが常識となっている。内部だけで調査を行えば「お手盛り」との批判が避けられず、手続きに瑕疵があれば事態が余計に混乱するためだ。4人の弁護士の名前は発表されていないが、本誌がうち1人の名前を把握してネット上の情報を確認したところ、数々の上場企業が不正発覚を受けて設置した調査委に参加したり、コンプライアンス構築委員を務めるなどしていた。調査委による不正の解明については豊富な実績を持っている人物のようだ。
 弁護士は一般的に刑事弁護で被疑者に対する警察や検察による人権侵害を防ぐ立場にあり、(旭川医大の件は刑事事件ではないが)聞き取りで人権を侵害しないよう配慮したとみられる。調査委が公益通報者本人の主張だけでなく、ほかの学内関係者から具体的な証言を得ていたとの情報も、本誌に寄せられている。調査委の弁護士が「高圧的」だったのかどうか、2人を「犯人扱い」したのかどうかは不明であるものの、一連の行為が「不適切」だと判断するのに十分な材料を、調査委は聞き取りの時点で得ていたのではないか。

予備調査委でも検討
 旭川医大の「公益通報者保護規程」は、公益通報が行われた場合、学長(この件では学長が不在のため松野学長代行)が副学長、事務局長、その他学長が必要と認めた人で構成される予備調査委員会を設置すると定めている。予備調査委が本格的な調査が必要と判断した場合、副学長(1人)、教授(3人)、事務局部長(1人)、その他学長が必要と認めた人が参加する調査委員会が設置され、調査終了後に速やかに学長に報告する。今回の公益通報に対しては、学内関係者による予備調査の段階でも、「調査の必要あり」との判断が下されていたことになる。
 調査委による調査の結果、西川氏が学長に正式就任する1日前の3月31日、奥村氏、川辺氏の行為は「不適切」だったとの正式見解が示された。同日に学内で発表された西川執行部のリストには、奥村氏、川辺氏が副学長として名前を連ねていた。
 調査委の見解に西川執行部はどのように対応したのか。「公益通報者保護規定」は「学長は、調査の結果、法令又は本学規則等に違反するなどの不正が明らかになったときは(中略)就業規則に基づく懲戒処分等を課すことができる」「必要に応じて、関係行政機関等に対し、当該調査及び是正措置等に関し、報告を行うものとする」などと定めている。
 2人の行為は「不適切」と結論づけられたが、それが保護規定にある「法令又は本学規則等」に即違反するとは言えない。学長の選考のための投票は公職選挙法の規制を受けず、「学長選考会議の議長や委員は特定候補への投票を呼び掛けてはならない」との明確なルールも学内に存在しないためだ。それはルールではなく、社会常識や道徳に照らして「不適切」とみなされる行為だろう。
 とはいえ、調査委の出した結論に、大学として対応し、見解を示す必要があるのは明らかだが、旭川医大は対外的には完全な沈黙を守っている。かたくなな姿勢は本誌の報道後も変わらない。ある時期までは大部分の教職員にとって本誌がこの件についての唯一の情報源となっていた。

病院長も「やり直す」
 しかし大学内部からも、疑問の声が漏れ始めた。5月11日に開かれた教授会では、出席者から公益通報に対する調査結果についての質問が出たが、西川学長は「調査結果に問題がある」とだけ述べ、多くを語ろうとしなかった。それを補足するかたちで、4月1日に旭川医大病院長に復帰した古川博之氏(副学長)が「調査を学内でし直す」と説明したという。
 本誌は旭川医大の事務局を通じて、大学運営会議での西川氏の発言、教授会での古川氏の発言の真意、現状での公益通報への対応などについて取材を書面で申し込んだが、「今回の件につきましては、今後、学内での報告を予定しており、学内での報告の前に内容についてお話すべきではないと考えております」との反応が返ってきた。
 すでに出ている調査結果をなかったことにして、調査をやり直すとすれば、非常に強引なやり方だが、執行部は着々と手続きを進めている模様。本誌には、再度の予備調査委の委員として、古川・松本成史・本間大の各副学長が選ばれたとの情報も寄せられている。彼らは調査委ではなく、その前段階である予備調査委の委員。予備調査委が「シロ」の判断を下せば、正式な調査委は設置されない。問題点を指摘することもなければ、当局への報告、再発防止の必要もない。
 とはいえ、すでに出ている結論をなかったことにして、いまの執行部が満足する形で公益通報への対応に「幕を下ろす」としても、それが大学の内外に対してどれだけ説得力を持つのかは疑問だ。こうしたやり方が通用するのなら、組織内で起きた問題を外部の専門家のを加えた調査委で究明するという手法が無力化してしまう。

総意に沿った行動?
 ある医大の関係者は、大学全体の今後を心配する。「すでに出ている調査委の結論を発表し、学長が必要と考える処分を行えば、たとえ非常に軽いものだとしても区切りをつけることができるのに、なぜそうしないのか。解決を先延ばしているだけではないのか」
 公益通報の対象になったのは、奥村氏、川辺氏の集票行為だった。ただ、2人は独自の判断で〝暴走〟したのではなく、西川学長を支えるグループの総意に沿って行動した可能性が大きい。そしていま、西川執行部の副学長たちが予備調査をやり直そうとしている。
 「ガバナンスの確立」を掲げて就任した西川学長と現在の執行部が、調査委の結論を受け入れず、調査のやり直しを強引に推し進めるなら、彼らの言う「ガバナンス」の意味に疑問を感じるのは記者だけではないはずだ。

表紙2207
この記事は月刊北海道経済2022年07月号に掲載されています。
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