北海道の産業界にとり大きなニュースが、2023年9月の半導体メーカー「ラピダス」(千歳市)の工場着工。しかし、半導体製造に不可欠な電力供給が十分とはとても言えない。北海道電力泊原発の稼働再開のメドも立っておらず、ラピダスが道内の電力需給をさらに危うくさせる可能性はないのか─。
台湾TSMCは約500万世帯分
23年夏、台湾で報じられたニュースが、経済に占める半導体産業の比率の大きさを改めて現地社会に印象付けた。「TSMC(台湾積体電路製造)の2022年の電力消費量が210・8億キロワット時(kwh)に達し、台湾の電力総需要の7・5%を占めた」。2022年は世界の半導体需要が伸び悩んだ1年。それでも1年で30億kwhも電力消費量が伸びた。
世界を代表する半導体メーカーの一つとして、米アップルなど多くの企業に部品を供給しているTSMCは、どれだけ多くの電力を使っているのか。「210・8億」という数字にピンとこない人も、日本の平均的世帯の年間消費量(4258kwh)で割り出した数字、「493万世帯分」と聞けば驚くのではないか。
TSMCは多くの工場を稼働させているため、必然的に多くの電力が必要となるが、工場一つだけでも大量の電力を食う。現在稼働している中で最新鋭となる「プロセスルール3ナノメートル」の工場では年間70億kwhを使い、次世代の2ナノ工場ではさらに大量の電力が必要になるとみられている。
もともと、台湾は電力が余っているわけではない。半導体工場は電力会社にとり「お得意様」だが、瞬間的な停電でも製造途中の商品が大量に無駄になることから、発電・送電の品質を高めなければならず、それが電力会社の負担を増やしている面もある。
電力需要は段階的に増加
そしていま、道内でも半導体工場の計画が着々と進む。産官学が力を結集し、一時は世界の最先端を走っていたにもかかわらず、世界市場からほぼ駆逐された日本の半導体産業の復活を目指すプロジェクトだ。新会社のラピダスにキオクシア(旧東芝半導体部門)、ソニー、ソフトバンク、デンソー、トヨタ自動車、NEC、NTT、三菱UFJ銀行などが出資、政府から700億円の補助を受け、2ナノ技術を米IBMから導入して、2027年ごろからの生産開始を目指す。ハイテク産業、とくに電子部品産業がほとんど根付いていなかった北海道にとり、ラピダスの意味は大きい。
問題は、ラピダスが必要とする十分な電力が確保できるのかどうか。11月24日に北海道新聞が伝えたところによれば、27年にまず工場1棟で生産開始、その時点の消費電力は10万キロワット(kw)で、将来は304棟に増築し、電力需要は段階的に増えていくという。ただ、この報道では単位が「キロワット」であるため、年間の電力需要量がどれだけの「kwh」に達するのか不明だが、半導体工場はいったん動き出せば1日24時間、365日稼働するのが一般的であり、掛け算すれば1年間で8億7600万kwhが必要となる。
なお、ここでいうkwは、水道に例えれば瞬間的に蛇口から吹き出す水の量、kwhは一定の時間のうちにバケツに貯まる水の量を指す。
いずれにせよTSMCに関する報道から、ラピダスも大量の電力を必要とすることは容易に想像できる。仮に電力需要が伸び悩むとすれば、生産規模が小さいことを意味しており、それはそれで不安な状況だ。
現状、ラピダスへの電力供給体制が万全とはとても言えない。道内電力需要の約4割を担っていた北海道電力泊原子力発電所が2012年5月以来、11年半にわたり完全停止しているためだ。
原発稼働中の九州 格安な産業用電力
11月15日、自民党の細野豪志衆院議員が、X(旧ツイッター)で以下のようにポストした。
「TSMCが投資する九州の産業用電気代は11・81で、ラピダスが投資する北海道は30・50(各社モデルケース)。電気代の差は原発稼働の有無。この差は今後の投資に影響する可能性がある。ちなみに関西は11・69で東京は21・41。自民党の原子力規制に関する特別委員長として稼働審査の効率化を促す」。
電力料金は半導体製造コストを左右する重要なファクターの一つであり、TSMCが新工場を建設する九州と、ラピダスが進出する北海道を比較すれば、明らかに前者のほうが有利。細野氏の発言はラピダスや早期の原発再稼働、電力コストの引き下げを求める北海道の産業界にとっては心強い援護射撃だが、そもそもラピダスのために従来の審査の方法を変更して、稼働再開の絶対条件である安全性は担保されるのかという疑問は残る。
現在、泊原発再稼働に向けた動きはどれほど進んでいるのか。まず、原子力規制委員会では23年6月に地震で想定される揺れを従来よりも1割引き上げることが了承された。これは重要な課題の一つではあるが、津波、火山の影響などについての審査が残っており、その前提となる北電からの説明は24年4月に延期された。
現地では、新しい防潮堤の資材を確保するための施設などが建設されるなど作業が進んでいるが、本格的な工事は原子力規制委の審査が終わってからとなる。
大きな不確定要素が司法の場での争い。札幌地裁で争われていた泊原発の運転差し止めを求める訴訟では、22年6月に1~3号機の運転差し止めを命じる判決を下した。札幌高裁での控訴審はすでに始まっているが、司法がどんな判断を下すのかも、ラピダスへの電力供給に影響を及ぼす可能性がある。
ラピダスの経営が軌道に乗れば道央圏の経済にプラスの影響をもたらすのは確実だが、恩恵にあずかりにくい他の地域は、むしろラピダスのために北海道全体が電力不足に陥らないか、泊原発についてラピダスのために拙速な審査が行われないかに注視する必要がありそうだ。