「花月会館」再生計画スタート

 1907(明治40)年創業の老舗料亭だった花月会館(旭川市3条7丁目)の灯が消えてから2年半近くが過ぎた。この間、建物を取得した荒井建設(荒井保明社長)の系列会社アライ地所が入念な再生計画を練っていたが、3月中にプランがまとまり、4月1日から改修工事に入った。完成オープンは今年12月中旬の予定。「花月」の名を引き継ぎ、中心市街地活性化と原点回帰をコンセプトに掲げる旭川市民待望の復活劇である。

花月再興で地域の再生めざす
 アライ地所による再生計画で、最も基本となったのが「花月」の名前を残すことだった。白抜き文字でデザイン化された「花月」の文字は、現代書道の祖と称され日本の書道界に君臨した比田井天来氏が旭川を訪ねた昭和初期に、2代目渡部顕康氏に求められ揮毫したとされ、登録商標になっている。
 「花月」の名前を残すとともに「料亭花月」にもこだわった。大正7年発行の「料理店番附」では有力料理店が目白押しの旭川で上位にランクされ、格式高くおもてなしの精神が息づいていた。当時の精神を引き継ぎ、日本料理による原点回帰を目指すのが、花月とともに旭川の歴史を生き抜いてきた荒井建設グループの強い思いだった。
 社内議論を積み重ね、新生花月の事業理念として掲げたのは、駅中心市街地に空きビル・空き店舗が増える中、雇用と賑わいの創出で地域再生に取り組み、次の200年企業を目指すこと。また会館の経営では①クオリティの高い日本料理を提供する②「旭川でお客様を接待するなら花月」と言われる店③旭川一の料理と旭川一のおもてなしを提供する④お客様に感動を与えるサービスを提供する⑤最高の笑顔で接客する⑥お客様の心理を常に意識する─などであった。

宴会・会議・会合 人が集う多彩な用途
 発表された再生計画によると、地下1階、地上5階だった建物の1〜4階を大幅改修する。設計は一昨年12月に系列会社「アライホテルズ」(奥村章一社長)が経営に乗り出した「9C(ナインシー)ホテル旭川」を手がけた愛知県豊橋市の㈱レシピが担った。工事は荒井建設。
 1階はエントランスロビー、割烹カウンター(42席)、茶バー(6席)&レストランバー(4席)と186平方㍍の広い厨房。2階が舞台を備えた88畳の大広間で大名膳(座式)と高座膳(テーブル式)の和宴会ができる、広間はA(36名収容)、B(48名収容)と仕切って使うこともできる。このほか21畳の個室(20名収容)が2部屋。
 3〜4階は会議室で両階とも200名以上収容でき、収容数の違う部屋(36名〜63名)を4室ずつ取ることができる。3階天井はスケルトン、4階は高い天井と雰囲気が違う。会議室では弁当を取れるほかビュッフェ形式の宴会もできる。
 地下1階は事務室や従業員の休憩室、ロッカー室、倉庫などに使用し、従業員の賄い用キッチンも備える。5階部分は利用しない。
 割烹や宴会料理は、京都祇園にある板前割烹の老舗「浜作」の指導を受け、新生花月の調理長にも浜作の紹介を受けた料理人が就く。1階のカウンターや2階広間では、昼はお膳料理、割烹料理、夜は割烹料理、会席料理、単品料理など季節の味わいを感じる日本料理が楽しめる。
 再生される「花月」の運営は今のところアライホテルズが行う予定だが、新会社を設立する可能性もあるようだ。
 同社の奥村社長は「新生花月では従来の花月に欠けていたものも織り込んでいきたい。レンタルオフィスや旭川の若い経営者らが会合などで集まりやすいサロン的要素も盛り込み、会合の後には1階で料理を楽しんでいただきたい。ホテルとのすみわけを図りながら、市民に愛されてきた花月会館を復活させたい」と話している。

表紙2005
この記事は月刊北海道経済2020年05月号に掲載されています。

旧エクス再開発 政府から「ゴーサイン」の予算

 本誌2019年6月号が伝えた、1条通買物公園旧エクス跡での高層マンション建設計画。その後はこれといった情報がなく、経済界の関係者から本誌には「あのプロジェクトはどうなったのか」といった問い合わせや「結局は消滅してしまったのでは?」といった悲観的な予測が寄せられていた。しかしこの1年、水面下では着実にプロジェクトの実現に向けた作業が進められていた。関係者の口は依然として堅いが、国土交通省の発表を見る限り、唯一残っていた補助金という課題がクリアーされ、事実上の「ゴーサイン」が出たのは確実だ。

国と旭川市から総額4億円余り?
 国土交通省が3月末、ウェブページ上で発表した分厚い資料がある。令和2年度の予算概要から北海道関連分のみを抜粋した128㌻分の資料のうち「社会資本整備総合交付金」の項に、次のような記載を見つけた。「旭川市中心市街地における都市機能や交通結節機能の充実」。その右側には計画策定主体として「旭川市」、配分国費として「5500万円」の記載がある。見逃しそうになる小さな記述だが、これが高層マンション計画の事実上のゴーサインだ。
 前回、この構想について報じた時点で、建設費用は総額70億円前後とみられていた。補助金が5500万円だとすれば少なすぎるが、実際には国と同額の補助金が旭川市から提供されるため、合計1億1000万円。こうした補助金は一括して支給されるわけではなく、工事期間中に分割して支給されることから、工期が仮に4年だとして合計4億円余りに達する計算になる。
 昨年の時点で、プロジェクトの成否を左右するのは4億円程度の補助金が国と旭川市に認められるかどうかとの情報があった。その後、市の幹部からは「あとは国の判断次第」との情報も漏れ伝わってきていた。つまり、市としては補助金の支給に前向きだった。初年度となる2020年度の予算が国土交通省からついたことで、資金面の課題をクリアーすることが確実になったわけだ。

大手開発業者と地元5社が協力
 もう一度、昨年の本誌記事を振り返れば、この計画に参加するのは土地の権利を持つ地元企業5社と全国的なデベロッパー1社。構想では建物は地上25階建てで、3階または4階までの低層部分は商業施設として賃貸される。上層階のマンションの部屋構成は1LDKから4LDKまで合計110戸程度。最上階とその下の階は4LDKが中心、一部が3LDKとなる。最上階の4LDKの場合、分譲価格は数千万円を見込む。旭川の集合住宅としては過去に例のない高価格帯となるのは確実だ。
 本誌には最近、このプロジェクトに関して、「旧エクス建物の1階で現在も営業しているツルハが5月末までに撤退、8月から建物の解体工事が始まり、その完了後、来年8月または9月に新たな建物の工事が始まる」、「1階は地元企業の運営する商業施設、2~6階にホテル、7階から上がマンションになる」といった、昨年の記事の内容とは若干異なる情報も持ち込まれた。その真偽を確かめるべく、本誌は関係者にコンタクトしたが、いずれもノーコメント。ただ、冒頭で紹介した国交省の資料から、少なくともゴーサインが出たことは確実だ。
 タワーマンションの完成後は幅広い販売網を持つ大手デベロッパーが中心となって営業活動を展開する見通し。主な売り込み先としては、市内の高齢者を中心とする富裕層、そして外国人を含む市外の富裕層を想定しているとみられる。現時点では世界のどの国もコロナウイルスの騒動からの出口が見えない状態だが、一つ確実なのは建物が完成するころには騒ぎが収束しているということ。このタワーマンションも富裕層の投資対象となる可能性がある。

函館の開発ラッシュ 旭川でも再現か
 旭川市民が注目すべきはかつての30万都市・函館市(現在の人口は25万人)の駅前の変化だ。昨年1月、道内の老舗百貨店・棒二森屋が閉店したものの、道路を挟んで向かい合う場所にあるWAKO跡地では、2016年にマンションと複合施設を組み合わせた「キラリス函館」がオープンした。建物は地下1階、地上16階建てで、マンションは84戸。低層部分のうち地下1~地上2階は飲食店、物販店、コンビニ、銀行など、3階にVRなど先進技術を使って観光を楽しめる「はこだてみらい館」、4階に「キッズプラザ」が入居している。
 このほか、函館駅に近い一角では昨年12月、ホテルや高級賃貸マンション、昭和の雰囲気を再現した「函館駅前横丁」、スポーツジムなどが入居する11階建ての複合施設「ハコビバ」がオープンした。道内各地にパチンコホールを展開する太陽グループは大門地区で約6700平方㍍の土地を取得し再開発の意向だとも伝えられている。他にも複数のホテル新設計画が同時進行で進んでいる。
 函館では駅前から五稜郭地区に人の流れがシフトしてしまったと指摘されて久しいが、この数年目立つのは観光客の増加による駅前エリアの活性化だ。
 旭川でも中心部の人口減少、イオン旭川西をはじめとする郊外での大型店舗増加で中心街の「地盤沈下」が長年指摘されてきたが、今回事実上のゴーサインが出た駅前の高層マンション・ホテルの計画、そして3月1日に西武A館跡地で着工したツルハの複合商業ビルが、駅前エリアの「反撃ののろし」となるかもしれない。

表紙2005
この記事は月刊北海道経済2020年05月号に掲載されています。

学童保育でシダックスと29億独占契約

 西川将人旭川市長が就任以来、市政の目玉に掲げてきた子育て支援。その中核である放課後児童クラブの運営がこの4月1日からシダックス系の企業に委託されている。大型施設の管理、情報システムの保守運用など、行政が担う仕事の一部を民間に委託する場面が増えているが、今回は5年間で総額約29億円という「大型契約」。サービス品質の低下やスタッフの雇用不安を懸念する声もあるが、新年度から約3100人の子供にどんなサービスが提供されるのかが注目される。

共働き両親に不可欠のしくみ
 市内の企業に勤める40代の男性は、3人の子供のうち小学生の1人を、その子が通う小学校と同じ敷地内にある放課後児童クラブに預けている。「うちは共働き。2人の兄が中学校から下校する際、末っ子も迎えに行ってくれるので放課後児童クラブへの依存度はそれほど高くはないが、それでも不可欠。放課後児童クラブがなければ、夫婦のどちらかが学校まで迎えに行かなければならず、共働きは難しい」。
 子育て支援といえば、対象年齢がより低い保育園やこども園に注目が集まりがちだが、親の働いている小学生を受け入れる放課後児童クラブも重要な柱だ。2020年度は市内80ヵ所に設置され、その定員枠は3103人に達する。旭川市では2016年度まで「留守家庭児童会」と呼んでいた。自治体ごとに呼び方はまちまちだが、一般的な通称は「学童保育」となっている。
 旭川市の場合、対象は小学生1~6年で、労働、妊娠、出産、疾病、同居親族の介護などの理由で保護者が不在であることが条件。学校の授業がある日は下校時から18時30分まで、土曜日や夏休みなど長期休業期間などは朝8時から18時30分まで子を預かる(日・祝、年末年始などは休み)。保護者が払う運営負担金は月4000円で、減免制度がある。
 放課後児童クラブは、小学校の建物の内部や校外にある付近の建物に設置される。希望者が多い小学校については複数設置され、最も多い永山南小学校ではその数は4つに達する。4月1日現在、定員が最も多いのは66人、最も少ないのは20人となっている。
 各クラブの指導者は4人以上。主事と主事補が各1人で支援員(旭川市の嘱託職員)が2人以上となっている。ただし、主事は対象校(子供が通う小学校)の校長、主事補は教頭が兼任することから、実質的に子どもと向き合うのは支援員ということになる。

量的拡充から質的向上に
 なぜ、これまで市が嘱託職員を派遣して直接運営してきた放課後児童クラブを、民間企業に委託しなければならないのか。「公募型プロポーザル」の実施要領には、その理由が記されている。要約するなら「従来量的拡充に取り組んできた結果、待機児童ゼロを実現し、支援員の拡充も進めてきたが、近年は現場への指導や研修などで十分な対応が難しくなり、良質なサービスの向上、支援員の資質向上が困難になっているから」ということになる。
 そこで市は放課後児童クラブの運営を民間に委託する公募型プロポーザルを実施。市内の放課後児童クラブのうち、すでに社会福祉法人に運営を委託していた所を除く76ヵ所を東部・南西部・北西部・北東部の4ブロックに分割し、それぞれについて受託業者を募集した。昨年10月21日に審査会を開催したところ4ブロックすべてについてシダックスの子会社であるシダックス大新東ヒューマンサービス㈱が最も高い評価を獲得。11月6日に旭川市子育て支援部こども育成課とシ社の間で見積もり合わせを行い、北西部7億261万円、北東部7億9501万円、東部7億5143万円、南西部6億7478万円(いずれも5年間の総額)で随意契約を結んだ。総額は29億2200万円。総額を5年間で割れば年間6億円近く。委託する業務の質が異なることから単純比較はできないが、大雪アリーナの旭川振興公社に対する業務委託料も年間1億5700万円に過ぎない。放課後児童クラブの運営業務委託が旭川市にとり極めて規模が大きいものであることは確かだ。
 なお、プロポーザルにはシ社だけでなく、北東部でもう1社、北西部で1社、南西部で2社、東部で3社が参加して競合するかたちとなったが、評価点でシ社とはかなりの差があり、4ブロックともにシ社が独占することになった。

カラオケ事業からすでに撤退
 さて、シダックスと言えば市民の間ではカラオケ店の運営業者として有名。旭川市内でもかつては3条通7丁目と永山2条7丁目でも店舗を経営していた(いずれも撤退し、現在は別の業者がカラオケ店を経営している)。
 シダックスのもともとの本業は社員食堂の受託運営だが、2000年代初頭には野球部の活動で知名度を急激に高めた。先日他界した野村克也氏をゼネラルマネージャー兼監督に招へいし、都市対抗野球で準優勝を果たした実績もある。カラオケ事業には90年代に参入して全国展開したものの、業界の競争激化で赤字が膨らみ、18年にカラオケ事業を丸ごとライバルのB&V(カラオケ館)に売却した。野球部も廃部されて久しい。
 シダックスがカラオケに代わる新しい事業の柱として力を入れるのが、行政関連のサービス。学校給食業務は出発点となった社員食堂の受託運営と共通点も多い。もう一つが、約15年前から手掛けている放課後児童クラブ、児童館、子育て支援センターなどの運営受託。道内では他に苫小牧市、小清水町、本州以南では東京都練馬区、横浜市、千葉市、新潟市、東大阪市など各地で同業務を請け負っている。
 シダックスの子会社である大新東ヒューマンサービスは北海道支店の下に旭川営業所を設置。所長の下にエリアマネージャー1人、その下に各ブロックの統括責任者を1人ずつ置く。当面は混乱を避けるために、従来のそれぞれの放課後児童クラブの活動を継続していくが、市とも協議しながら新しいプログラムを取り入れていくという。

市職員減らしが本当の狙い?
 一般的に、市が手掛けてきた事業を民間に委託する際、最大の狙いはコスト削減にある。しかし、放課後児童クラブに関する限り、その効果は短期的には薄い。市こども育成係では、従来の体制を続けた場合と民間委託した場合の出費を比較して、当面は委託の方がコストがかさみ、契約期間の最終年度(2024年度)で、委託したほうが500万円割安になると試算している。もっとも、その後も民間委託を続ける場合には、長期的なコスト削減効果が期待できる。
 しかし、市には別の狙いがあるのではないかとの疑問を示すのは、旭川市議の石川厚子氏(日本共産党)。昨年6月の市議会定例会で石川氏は、「会計年度任用職員制度の適用となる前に民間委託をしてしまおうという魂胆が透けて見える」と指摘した。
 会計年度任用職員制度とは、この4月1日から導入された自治体職員の新しい制度。地方自治体で非正規職員が増加を続け、正規職員との賃金面などの格差が拡大、「官製ワーキングプア」の増加を招いているとの批判を受け、地方公務員法、地方自治法の改正を経てスタートした新しいしくみだ。これまで臨時職任用、一般職非常勤だった職員は、多くが「会計年度任用職員」となり、一定の条件の下で、期末手当、退職金などの支給対象に組み入れられることになる。約360人に達する放課後児童クラブの支援員を、新制度発足の前に市の常勤職員から外すことが狙いだったのではないかとの疑問を石川氏は抱く。
 市はこうした指摘を否定。支援員の今後の雇用についても、「本人が希望すれば全員がシ社に雇用される」と説明する。
 利用者の親にとっての関心事はコストや雇用継続よりも、新体制の下で子供たちにどんなサービスが提供されるのかだ。シダックス大新東ヒューマンサービスの旭川営業所では今後の新たな取り組みの例について「各現場で遊べるスポーツ鬼ごっこのレクチャーを行いたい。このほか全国的な人形劇団による訪問も計画している」などと説明する。
 シダックスの参入で放課後児童クラブは変わるのか、変わらないのか。多くの親たちが「5年で29億円の大型契約」の効果に注目している。

表紙2005
この記事は月刊北海道経済2020年05月号に掲載されています。

天人閣改修にやっと動き

 休館後1年半が経過し、廃墟同然になっている東川町天人峡温泉のホテル「天人閣」にかすかな動きが現れてきた。建物を所有する東京の㈱カラーズ・インターナショナルが、とりあえず日帰り温泉と土産品売り場をリニューアルし、部分的に営業を再開する意向を示したからである。地元東川町の関係者は「信用できる話なのか?」と半信半疑ながらも、静まり返る温泉街の再生に期待感をにじませている。

2度目の冬 依然放置状態続く
 創業120年を超える老舗ホテル。明治の時代から旭川の名門「明治屋」が経営してきた天人閣が8億4000万円もの負債を抱えて民事再生、自己破産の道をたどるようになったのが12年前。
 その後二転三転し、一昨年4月に、天人閣の従業員らによって設立されていた地元資本の㈱松山温泉(藤田幸雄社長)から、全国でホテルを展開する㈱カラーズ・インターナショナル(本社・東京港区、松本義弘社長)に事業譲渡された。
 しかしこの時の事業譲渡では、建物の所有権はカラーズ社に移ったものの、国有地や温泉の使用権、実際の運営などは㈱松山温泉が担うという変則的なものであったとされ、周囲からは「経営実態が見えてこない。この態勢でうまくやっていけるのか」といった、先行きへの不安の声も上がっていた。
 実際のところ事業譲渡が成立した一昨年4月にはカラーズ社の松本社長が、かつて日本ホテル協会会長を務めたこともある同社の中村裕会長とともに東川町を訪れ、松岡市郎町長や取引業者らに「地域とともに歩む天人閣の運営を目指す」などと話し、10億円以上を投じて施設の改装を行うことを言明した。
 しかしその後、具体的な動きが何一つないまま、その年の冬に入った頃には屋根からの雨漏りが目立ち始めたため、建物の改修を名目に休館となってしまった。
 給排水の配管設備も限界だったようで、屋根の改修と合わせ、客足の落ちる冬期間を利用して大がかりな改修工事が行われるものと思っていた東川町の観光関係者の期待をよそに、その後2度目の冬を迎えながらも建物は誰かに管理される気配もなくずっと放置されたままだった。

経営破たん後 再建の道模索
 旭川の名門「佐藤家」によって、100年間にわたり安定経営を続けていたはずの天人閣だったが、08年当時には約3億円にものぼる金融機関からの借金、数千万円にも及ぶ取引業者への未払い、さらに各種税金、負担金の滞納、そのうえ従業員給料や退職金未払い問題などを抱え、もはや自力では打つ手のない状況に陥っていた。
 そんな中で新たな経営企業も現れたが、引継ぎ時は予想もしてなかった多額の負債が出てきたため、やむなく自己破産の道を選ぶことになったが、その処理をする経過の中でスポンサー企業として名乗りをあげたのが登別に本社を持つ企業グループだった。
 同社は新たに東川町に本社を置く㈱松山温泉を設立し、天人閣のホテルの建物や営業権を5000万円で取得し、天人閣で宿泊担当として勤務していた藤田幸雄氏を社長に据えて、老舗旅館の再生に乗り出した。これが11年4月のことだった。
 しかしその年の夏には東川町が集中豪雨に襲われ、天人峡温泉に通じる道路が遮断され、天人閣も道路復旧まで休業を余儀なくされるなど、業績に影響が及ぶ事態となり、また東日本大震災で観光客の減少も重なり、かつての好調時にはほど遠い状況が続いていた。
 このため藤田社長は天人閣を守るために事業譲渡先を探し、各方面と交渉を重ね、苦労の末に見つけてきたのが㈱カラーズインターナショナルだった。

カラーズ社から本誌にメール届く
 カラーズ社は2013年の設立。首都圏を中心に「イーホテル」のブランドでビジネスホテルやリゾートホテルを展開し、コンサルティング・プランニング事業も行なっている。天人閣の行く末を案じていた地元関係者も「いい企業とめぐり会った」と、カラーズ社の支援体制に大きな期待を寄せることになった。
 しかし、その後は大きな変化は見られなかったものの観光客の入込みも前年並みを維持しつつ、松本社長が言明した「10億円を投じて施設の改修を行う」の実行を見守る事態が続いた。
 だが事業譲渡から半年間、内部的にはカラーズ社と松山温泉との間で様々な確執が生じていたようだ。事業譲渡の際の契約がどうなっていたのか外部には詳しく伝わってこないが、所有権や経営権、国有地の使用権など大きな部分で食い違いが生じていたようだ。
 天人閣が休館に入って以降、何がどうなっているのか情報は極めて不足している。松山温泉の藤田社長が「まだ(カラーズ社との間で)決着がついていない」といった状況にあることを行政関係に話しているとの情報はあるが、何がどう決着していないのか詳しいことはわからない。
 天人閣が〝休館〟を続けている間、本誌は2度にわたって同施設が廃墟同然になっている状況を報道してきた。また、北海道新聞でも「譲渡トラブルで休業」「再開のめど立たず」といった見出しで天人峡温泉が苦境に立つ姿を取り上げた。
 そうして休館から1年3ヵ月が過ぎた今年2月下旬、本誌にカラーズ社の松本社長から突然、メールが入った。内容は「カラーズ社の代表取締役の松本です。天人閣の計画ですが、自己資金で、まずは日帰り温泉と、お土産売り場を改装して、リニューアルオープンすることになりました。よろしくお願いします」。

今回は第1段階 図面もできている
 突然のメールに意外な感じを抱きながらも、何はともあれ松本社長に電話を入れ、詳しく聞いてみることにした。
 松本社長は、松山温泉から天人閣の事業譲渡を受けた後、改修計画がなかなか進まなかったことについて、「安かったので買ったが、間もなく、会社の金が横領されていることがわかり、改装計画どころでなくなった」と藤田社長との間で容易ならざるトラブルが生じていたと語った。
 また、トラブル発生後には「東川町の有力者5人くらいに来てもらい、とりあえず今の従業員らを辞めさせてほしい」と頼んだこともあるが、何も変わらなかったとも語り、その後は、カラーズ社が経営に乗り出した3つの新しいビジネスホテルの開業準備などで天人閣に手が回らなかったと、建物改修など事業計画の遅れを弁明した。
 そして、今回突然のように本誌に連絡が入った天人閣のリニューアル計画については次のように話した。
 「しばらくモメゴトが続いていたが、藤田氏抜きで松山温泉の株主らと話がついたので、計画に着手することにした。東川町からは建物を一度スクラップして新しく建てたらどうかという話もあったが、天人峡にとっても町にとっても貴重な観光資源である〝羽衣の滝〟を生かすために、とりあえず1億円くらいかけて日帰り温泉、休憩所、土産物などをリニューアルオープンすることにした。図面もできており、時期を見て工事に入る予定だ」
 さらに「今回は借金しないで自己資金でやるが、お金がかかるホテル部門の改修は金融機関からの借り入れをしなければならないので、第2段階で考える」と、今回があくまでも第1段階であることを強調した。

実現できるのか 予断は許さない
 こうしたカラーズ社の意向を東川の観光関係者はどう受け止めているのか。役場関係者は「カラーズ社からそんな話はまだ何も聞いていない。本当にやってくれるならありがたいことだが、これまでのこともあるのでまともに信じていい話なのかどうか」と半信半疑の様子。
 実際のところ、まだ契約が成立していない国有地の借り上げや固定資産税等、諸税の未納、旧従業員への給料未払いなど、クリアーしなければならない課題が山積している。
 「羽衣の滝を何とかしたい」というカラーズ社の思いがこの先、実現するかどうか、期待を込めて見守りたいが、カラーズ社としては持て余し物件であることは確か。予断は許さないというのが現実かもしれない。

表紙2004
この記事は月刊北海道経済2020年04月号に掲載されています。

旭川赤十字病院医師のあきれた言い草

 ケガをした患者は痛みを感じるもの。大ケガした患部を動かされれば声を上げるのが当然だ。ところが旭川赤十字病院(日赤)では、柔道の練習中に負傷して受診のため訪れた女子中学生の患者が「痛い」と叫んだ直後、担当した医師が「痛いんだったら見れないわ。帰ってもらいな」と告げてどこかに消えてしまったという。いったいどうなっているのか──。

呆然とする患者と看護師
 優しい医者、厳しい医者。「腕」が変わらないなら、誰でも優しい医者を選ぶはずだ。一方、不愛想で時に患者を叱る医者が多くの患者を集めていれば、それは信頼の証だとも言える。ただ、患者に無意味なほど厳しく、すでに負傷している患者の体をさらに傷つけそうな医師や、そんな医師が勤務している医療機関があるとすれば、敬遠したほうが良さそうだ。
 1月29日の夜、旭川市内に住む中2の女子、Aさんが母親に伴われて旭川赤十字病院を訪れた。通常の診療時間はとうに過ぎていたため、救急センターに向かい、受付を済ませた。
 Aさんはその直前、柔道を練習している最中に右肩に強い痛みを感じた。日赤でまず対応したのは研修医らしき若手の医師と看護師が1人ずつ。担当の医師が来るまでしばらくかかるので、待っているよう告げられたが、その間、研修医と看護師は痛みに表情をゆがめるAさんに優しく声をかけ続けた。
 約15分後、ようやくK医師がやってきた。その表情や歩き方から、母親は「ドラマで観るような虚栄を張った医師のよう」と瞬間的に感じたという。
 K医師は、Aさんの腫れあがった肩を見ず、イスにも座らずに決めつけるように言った。「骨折れてないから大丈夫だわ」。次の瞬間、Aさんの右手をつかみ、「上がらないのかい」と尋ねた。Aさんが驚いて答えられないでいると、いきなりAさんの腕を上に引っ張った。激痛を感じたAさんが「痛い痛い」と叫ぶと、医師はAさんの手首を放し、「痛いんだったら見れないわ。帰ってもらいな」と看護師たちに指示し、茫然とするAさん親子を残してどこかに消えてしまった。周囲には研修医や看護師など数人がいたが、いずれも唖然とした様子で、異口同音に「ありえない」と語っていたという。同時にAさん親子には平謝り。しかし母親は「あなたたちは悪くない。あの医師をここに呼んできて」と求めた。男性の看護師が追いかけるように走って行ったが、結局、K医師は戻ってこなかった。母親がその場に残った看護師らに「いつもこうなんですか」と尋ねたところ、うなずく人もいたという。
 実は、Aさんの母親も旭川市内の医療機関に勤務している。勤務先の医師の中には患者に対してこのような態度をとる人はおらず、だからこそK医師の行動を許すことができなかった。

「副院長から注意させます」
 Aさんはその後、当直ではないがたまたま院内にいた別の医師の診察を受けて、痛み止めを投与され、点滴も受けてから帰宅した。翌日、別の医療機関に行き、「右肩関節亜脱臼」と「腋窩神経麻痺」で全治3ヵ月との診断を受けた。2月19日現在も腕が上がらない状態が続いている。
 母親は日赤の医師への怒りがまだ収まらない様子。本誌の取材に対して、「私が付き添っていてもK医師はあんな態度だった。もしも娘が一人だけ受診していたら何も言えなかったはず。あんな医師が一人いるだけで日赤のイメージが下がってしまう」と語る。
 後日、母親が日赤に電話を入れたところ、総務課から「報告は受けている。副院長から注意させます」との説明があった。母親は内々で済ませるのではなく、この事案について全職員で情報を共有するよう求めたが、総務課から前向きな答えは得られなかったという。
 昔ながらの怖い「先生」は少数ながら今も残っているが、それは「先生の言うことを聞いていれば治してくれる」と患者が信じているからこそ。Aさんの母親が語る経緯からは、医師のプロとしての技量も意識も感じられない。
 Aさんが強い痛みを感じていたこと、右肩が大きく腫れていたことから考えて、医師には大けがを予測できたはずだ。にも関わらず、「持ち上げますからね」「痛かったら言ってくださいね」といった言葉をかけることなく、いきなり痛みのある方の腕を持ち上げようとするとは、いったいどういうことなのか。挙句の果てに「痛いなら診れない 帰ってもらいな」と告げたとすれば、常識では理解できない。

「個人情報保護」理由に取材を拒否
 以上は、Aさんの母親が本誌に語った経緯。日赤ではこの問題についてどう考えているかを尋ねるために取材を申し込んだが、「問題の医師には厳重注意処分を行った。それ以上は患者の個人情報に関することなので取材には応じられない」(総務課)。本誌は「その患者の母親が取材に応じている。個人情報保護を名目に取材を拒否するのは不当なのではないか」と尋ねたが、日赤の姿勢は変わらなかった。

表紙2004
この続きは月刊北海道経済2020年04月号でお読み下さい。

衆院6区候補 誰がふさわしい?

 次の衆院選挙で勝てそうなのは誰か。本誌では候補選考の行方を占うべく、一般市民から広く意見を募った。その結果によれば、「強さ」が際立ったのは西川将人旭川市長。それに続くのが東国幹道議会議員。道6区、自民党からの出馬が取りざたされる鈴木貴子衆院議員(比例北海道ブロック)にとっては、知名度アップが喫緊の課題であることが浮き彫りになった。(文中敬称略)

衆院道6区の有権者の声集める
 次の衆議院選挙で、北海道6区では誰と誰が戦うのか─。自民党でも立憲民主党でもまだ正式な人選は行われておらず、そもそも次の解散総選挙がいつになるのかも確定していない。それでも自民党の道6区支部では、鈴木貴子が新しい支部長に選ばれ、次の選挙では6区から立候補する公算が強まっているようにも見える(詳細は別稿参照)。一方の立憲民主党では、選挙のタイミングによって確度に違いはあるものの、西川将人の国政転出が既定路線だと、複数の政界関係者が以前から語っている。
 こうした人選は、往々にして党内の事情により左右されるものだが、選挙で投票するのは個々の有権者だ。政党が自信をもって推薦する政治家も、一般市民にそっぽを向かれれば当選はおぼつかない。有権者は、次の衆院選挙での出馬の可能性が高い数人の人物について、どう感じているのか。本誌は㈱高津が展開する新事業「ザ・チーム」を通じて、衆院道6区に居住する人を対象にアンケートを実施して回答を得た(ザ・チームについては本誌3月号で紹介している)。
 このアンケートはザ・チームにモニター登録している人を対象に2月15~18日にウェブ上で実施され、110人から回答を得た。その年齢別の構成はQ1のグラフの通りで、40歳台をピークに、下は20歳台、上は70歳台となっている。なお、グラフにはしていないが、男女構成は男性が23%、女性が77%。この男女構成については、実際に投票に赴く男女の構成との間に大きな違いがあることを理解いただきたい。なお、回答者の居住地は110人のうち96人が旭川市、4人が旭川市近郊の町、10人が衆院道6区内(居住自治体不明)となっている。統計学的に言えば、今回の調査の誤差は「9%以内」となる。

タレント上回る 西川の知名度
 政界関係者やマスコミの間では、「東国幹」「鈴木貴子」「西川将人」「佐々木隆博」といった名前はよく知られているが、一般市民にも浸透しているとは限らない。そこで本誌はまず、次の衆院選に出馬する可能性が高いとみられるこれら4人に加えて、一時は名前が取りざたされたものの本人が出馬を固辞したと伝えられる元衆議のタレント、杉村太蔵を加えた5人の名前を挙げて、それぞれの人物を知っているかどうかを尋ねた(Q2)。
 知っている人の比率が最も高かったのは西川の90%。13年余りにわたる市長の任期の中で知名度を着実に高めてきた。これに続くのが、今もバラエティ番組などに精力的に登場している杉村の89%だ。自民党の現役の政治家の中にこれほどの知名度を持つ人はおらず、一部で杉村の擁立を画策する動きがあったのもうなづける。
 東を知っている人は70%。旭川を離れることの多い道議は地元での知名度を上げにくいとの指摘もあるが、東は旭川市長選に挑戦したことも2回あり、高い知名度を維持している。現在の道6区選出の衆院議員である佐々木は60%だった。意外なのは鈴木を知る人が42%にとどまったということ。5割に達しなかったのは鈴木だけだ。仮に鈴木が自民党道6区支部を代表して選挙に出馬するなら、最初の課題は知名度アップとなりそうだ。
 次に尋ねたのは次の選挙で投票するつもりがあるかどうか(Q3)。8割の人が投票すると回答しており、回答したのが比較的政治に関心の深い人たちであることがわかる。

政党別では自民に 圧倒的な支持
 本誌は、次の選挙でどの勢力に所属する候補に投票するつもりかも尋ねた(Q4)。最も多かったのは自民党の48%。これに立憲民主党の7%、公明党の6%が続く。こうした数字は大手マスコミが行っている政党支持率調査の最近の結果と大きくは変わらない。自民党だけで48%、連立与党を形成する公明党と合わせれば支持率は54%にも達するのだから、有権者が政党を基準に投票する候補を決めるのなら、選挙結果は明白だ。しかし、後述するように、実際の状況は自公にとり厳しく、回答者は政党ではなく、人物で投票する相手を選択しようとしていることがわかる。
 「48%」の支持を得た自民党からは誰が選ばれるのか。現時点で有力視されるのは鈴木と東だが、この2人のうち「衆院候補にふさわしいのは?」と尋ねたところ、72%が東、28%が鈴木を選び、2倍以上の大差がついた。Q2で明らかになったように2人の知名度には大きな差があり、当然の結果と言えるかもしれない。
 鈴木については、父親譲りの演説のうまさを高く評価する政界関係者もいるが、鈴木が6区を訪れる機会はそう多くはなく、魅力をアピールするには至っていないようだ。
 Q6では立憲民主党の2人、西川と佐々木のどちらが衆院候補にふさわしいのかを尋ねた。西川はまだ国政挑戦を明言しておらず、佐々木も本誌のインタビューに対して「次の総選挙も出馬する」と答えているものの、仮に佐々木からの禅譲を受けて西川が出馬することになれば、自民にとり佐々木以上に手ごわい相手になることは確実だ。

鈴木を推す声 東に遠く及ばず
 Q7では以上の4人を並べて「衆院議員にふさわしいのは誰か」と尋ねた。最も多かったのは西川の36%、これに東の29%が続く。佐々木は12%、鈴木は11%だった。自民党道6区支部が善戦も期待できる「29%」の東ではなく、「11%」の鈴木を推すとすれば、大きな勇気のいる決断だ。
 参考までに、Q8では衆院議員を選ぶ上で重視する要素を複数回答で尋ねたが、重視される要素は公約と経験、そして品行だった。
 今回の調査結果が本番の選挙の得票数でそのまま再現されるとは限らない。回答者の構成と実際に投票所に足を運ぶ有権者の構成には一定の差があり、また選挙活動で有権者の考え方も変わり、国政の政局も地方に影響を及ぼす。しかし、現時点でどの政治家がどんな位置に立っているのか把握するためにも、政党は内部の事情だけにとらわれることなく、事前の調査を十分に行うべきではないか。特定の人物に白羽の矢を立てるのは、十分にデータを集めてからでも遅くはない。





表紙2004
この記事は月刊北海道経済2020年04月号に掲載されています。

墓碑銘 元道議 青木延男氏

 6期24年道議を務め〝暴れん坊〟の異名をとった青木延男が老衰のため1月5日に89歳で死去した。選挙が近くなるとダミ声で檄を飛ばし、べらんめぇ口調で知事だろうが市長、国会議員だろうがケチョンケチョンにこき下ろしたが、口は悪いが頼りになり、さっぱりとした人柄から多くの人に慕われた。保守と革新が激しく対立した時代に、五十嵐広三革新市政、横路孝弘革新道政を誕生させた立役者だった。(文中敬称略)

東条英機の一言
 弁当は出る、酒盛りは始まる─昭和時代の選挙事務所風景は今とはまったく様子が違った。事務所には届いた酒が山ほどあった。
 保守と革新が激しく対立した時代に旭労(旭川地方労働組合会議)事務局長を務め、革新陣営の参謀として各種選挙の陣頭指揮をとった青木は酒豪といえるほどの酒好き。選挙期間中、その日の活動を終えると主だった者たちと酒宴を始めたもの。もっぱら日本酒の燗(かん)。真夏だろうが、選挙事務所台所にあった大きな鍋に一升瓶の酒をそそいで燗をつけた。
 腰を据えてとことん飲むタイプで、各種の集まりでも最初の会場でたっぷりきこしめして2次会、3次会へ行くことはめったになかった。どこで飲んでも、できあがると、愛妻の邦子がクルマで迎えに来た。外に出たら声の大きい口の悪い親分だったが、家庭人としては妻と娘を大事にする夫であり父だった。
 酒に酔ってよく「俺は旭川商業も出ている、旭川工業も出ている」と話した。2つの高校を卒業した経緯を、生前、本誌記者(本田)にこう話している。「戦況がいよいよ悪くなった昭和19年に、首相で陸軍大将の東条英機が第七師団激励のために来旭した。若い学生に声をかけ、その中に商業の男子学生がいた。緊張したのだろう、学生の声が弱々しかった。〝どこの学校だ。この非常時に第七師団の膝元で簿記などけしからん〟と東条が一喝して、旭川商業がなくなり、旭川第二工業高校に変わってしまった。俺は商業の学生だったが東条の一声で第二工業高校建築科の生徒となった。第二とついたのは、すでに工業高校があったからだ。翌年終戦。その後、学制改革が行われ商業も工業も道立として再出発するが、俺は商業を卒業した後、工業も卒業した」

組織づくりの才能
 生まれたのは1930(昭和5)年。前年にウォール街大暴落が起き、青木が生まれた年に世界恐慌が始まった。まさに激動の時代だった。
 父誉太郎、母タノの5人目の子どもで、上に兄と姉が4人いる末っ子。「親父は大の風呂好きで、俺が生まれた常盤の家の隣が銭湯だった」(青木)
 やんちゃで負けん気が強い性格は生来のものだった。近所の子どもたちと遊ぶビー玉やパッチは、作戦を練って常勝。木箱を戦利品のビー玉やパッチでいっぱいにした。小学校の時から教師とぶつかることもたびたびあり、母親はよく学校に呼び出された。
 大陸での戦火は拡大を続け、41年には太平洋戦争に突入。戦況は徐々に悪化し、青木の兄・益男はアッツ島で戦死した。そんな動乱期に青木は商業に入学し、東条の一声で工業へ転籍となった。
 高校を卒業してすぐに「北海除虫菊工業」に入社した。和歌山の「キング除虫菊」の関連会社で、当時、旭川では大量に除虫菊が採れていた。
 しかし戦後の経済混乱は続いており、入社間もなく北海除虫菊でも指名解雇で人員整理が行われることになった。自身は対象でなかったが、解雇される従業員がかわいそうだと青木は中心になって会社側と戦った。騒動は終息するが、労使間騒動が広く報じられたことでイメージが悪くなったとして会社は社名を「北王製油」に変更した。青木は20歳を越えて間もなかったが、先の紛争での活動が評価されて北王製油労組組合長に就いた。
 旭労に所属し、中小対策部長、副議長を経て28歳の時に事務局長に就いた。ここで、組織作りという稀有(けう)な才能が花開く。
 中小企業で働く労働者の組織化を次々と実現して「中小労連」として集約した。その取り組みは中央の総評(日本労働組合総評議会)も「旭川方式」として高く評価した。
 青木事務局長の下で働いた旭労の元幹部は青木をこう評価する。
 「口が悪いので誤解する人もいたが、実際の青木さんは繊細で気遣いの人だった。強いところには一歩も引かずタテをつくが、小さいところ、弱いところは徹底して面倒を見た。労組の組織化では大きい組合に金を出させ、拠出が無理な零細組織は金の負担をさせず人だけ出させた。凡人では目がいきとどかないところを見つけて光を当てた。中小労連は青木さんだからつくれた。
 保革の対立が激しい時代だったが〝ノブさんは別格〟と、保守系の企業の社長さんも青木さんとなら会うことをいやがらなかった。旭一の工藤善美さん、日本メディカルプロダクツの山本信男さんたちは青木さんに一目置き親交を持った」

藤井との因縁
 青木が事務局長だったころの旭労は力があった。各種選挙で金も人も一番出した。五十嵐革新市政を誕生させたのは旭労、青木の力と言っても過言でない。
 前田善治で敗れ革新に市政を譲った保守自民は、67(昭和42)年の市長選で市政奪還を目指した。青木は考えた。「市長選の2週間前にある道議選で保守本流で若いながら風格のある藤井猛を落とし、自民党ながら同窓(旭川商業)で五十嵐に理解を示す佐藤幹夫を当選させなければだめだ。それが五十嵐2選への道だ」。藤井を落選させるべくいろいろやったと、生前、青木は話している。青木のもくろみ通り67年の道議選では佐藤が5位に滑り込み、藤井は次点に泣いた。
 71年に五十嵐が3選を果たし、74年は松本勇が佐藤幹夫を退けて革新市政を守った。75年には青木自身が道議選に出馬し当選。藤井も道議選で手堅く再選された。
 保守本流の道議藤井は旭川市政を奪還すべく自民の軍師として動き、78年市長選で坂東徹を立てて革新市政を破り、念願の市政奪還を実現した。
 これに対して社会党道本書記長となっていた青木は革新道政実現を目指して動く。市長選の敵(かたき)を知事選でという決意だ。何度も国会に足を運び横路を口説いた。横路は渋り大方の予想も「横路は出ない」というものだったが、青木の執念が通じ、横路も腹を決めた。そして83年4月の知事選で、自民党道本部幹事長藤井が擁立した三上顕一郎を横路が破り、革新道政が誕生する。
 藤井は道議を引退した後、2006年に病死する。追悼記事執筆にあたり記者は青木の自宅を訪ね思い出話を聞いた。青木はこんな話をした。

票読み3度
 「市長選、道議選、知事選で、藤井は自民党の軍師として、俺は社会党の切り込み隊長として激しくやり合った。といっても全面対立していたわけではないし、個人的には妙にウマが合った。各種選挙投票日の1週間くらい前になると藤井から俺のところに電話がきた。〝青木さん、時間あるかい〟。〝いいよ〟と答えて、1条にあった藤井の事務所に足を運んだ。そして事務所の一室で選挙直前情報を交換したものだ。昔、谷口甚角という自民党の参謀がいて票読みの名人だったが、藤井はこの谷口を尊敬していた。
 選挙に長くかかわり精通してくると、3通りくらいの票読みをする。俺と藤井も〝票はこんなところに落ち着くか〟と最初の読み。情報交換しながら〝それじゃこんな具合か〟と2番目の読み。またやりとりが合って3番目の読みが出てくる。互いに選挙のプロだからだいたい票読みは一致する。
 選挙から離れるとたびたび一緒に飲んだ。もっぱら日本酒で、2人ともへべれけになり、果てしなくしゃべった」
 自民と社会、対立する立場にあったが、お互いを選挙のプロとして認める〝戦友〟でもあった。
 青木は6期連続当選し24年間道議を務めた。
 「自身の選挙では細かな指示を出すことはなく〝ありがとう〟〝ご苦労さん〟と姿勢低くスタッフをねぎらっていた。選挙のすべてを知っているので、要(かなめ)となる者1人2人にだけ、どこかでやるべきことを指示していたのだと思う。青木さんとは対照的に五十嵐さんは何やかにやと自分の思い通りにしないと気が済まない人で、ルートが違うと選挙カーのドライバーの席を蹴って、ドライバーが〝やってられない〟と辞めていったこともあった。横路さんはさらに我がままで難儀をした」とは、元旭労の幹部。

選挙のプロ
 青木は99年、三井あき子を道議の後継に指名し政界を引退した。「これからは水戸黄門」と悠々自適な毎日を過ごすはずだったが、05年の佐々木隆博の衆院選に引っ張りだされた。極めて旗色の悪い状況下、かつての革新パワー、党・労・農を結集した組織選挙をやるしか勝ち目はないと、最高責任者で司令塔となる連合後援会会長ポストに据えられたのだ。青木は「旭川では勝てない。勝つのは宗谷線。ここで大差をつけて競り勝つ」との戦術を立て、「コラ、タカヒロ」と佐々木候補の背中を押して、戦術通りに勝利をものにした。「口は悪いが頼りになるノブさん」の本領を発揮した。
 55年体制下の革新の闘士・青木の冥福を祈る。

表紙2003
この記事は月刊北海道経済2020年03月号に掲載されています。

大雪アリーナ ヴォレアスに狭すぎる

 旭川市夢りんごリアルター体育館を本拠地とするバレーボールのチーム、ヴォレアス北海道で、念願の「V1」昇格が見えてきた。大きな課題が3000人規模の本拠地の確保。札幌、帯広、函館などには大規模な会場が存在するが、ヴォレアスを旭川に留めるためには、経済効果も見極めたうえで大雪アリーナの本拠地化も含めた対策を検討する必要がありそうだ。

昇格の権利もつ唯一のV2チーム
 全国に知られる旭川の名所・名物をいくつか挙げるとすれば、最初に頭に浮かぶのは「旭山動物園」だろう。「旭川ラーメン」も高い知名度を誇る。繰り返しドラマ化される小説「氷点」の舞台となった「見本林」や、その中にたたずむ「三浦綾子記念文学館」も有名だ。こうした名物・名所のリストに、もうすぐ「ヴォレアス北海道」が加わるかもしれない。
 バレーボール男子のVリーグの頂点であるV1のすぐ下に位置するのがV2。旭川に本拠を置くチーム「ヴォレアス北海道」は1月末までV2首位をひた走っていたが、2月1日、2日の週末は1試合のみで1勝0敗、2位だった富士通カワサキレッドスピリッツが2勝0敗だっため、勝ち数で並ばれ、ポイントで2位となった。3月8日まで続くリーグ戦で上位2チームに入り、さらにV1の最下位チームとの入れ替え戦で勝利すれば、ヴォレアスは念願のV1昇格を果たす。
 V2のチームがすべてV1昇格を目指しているかといえば、そうではない。さまざまな条件をクリアーした上で、審査を受けて「S1ライセンス」を取得することが昇格のもう一つの条件。現在、V2でS1ライセンスを持つのはヴォレアスだけだ。
 ヴォレアスは2017~18年シーズンにV・チャレンジリーグⅡに加盟したばかりの歴史の浅いチームだが、同リーグで優勝し、18~19年シーズンもまた優勝、19~20年はV2で快進撃を続ける。チームが目標に掲げるV1昇格はリーグ戦での最終成績だけでなく、短期決戦となる入れ替え戦の結果にも左右されるため、最短距離で昇格を決められるかはまだわからないが、発足以来の順調な歩みを考えれば、トップリーグ入りは時間の問題だろう。
 ところが、ヴォレアスには不安要素がある。本拠地となる体育館の収容人数が不足しているのだ。

基準は3000人 固定席は1500弱
 ヴォレアスの現在のホームアリーナ(本拠地)は旭川市夢りんごリアルター体育館(総合体育館)。常設の固定座席のみを使えば1500人弱を収容できるが、これではV1チームに求められる本拠地の収容人数である3000人の半分にしかならない。
 V2に籍を置く今季でさえ、ヴォレアスは総合体育館でゲームがある日の前日、札幌の業者を旭川まで呼び、スタッフや選手も作業に加わり、体育館の床に臨時の座席を設営し、試合やイベントがすべて終了した後に撤去している。臨時座席の数は予想される入場者数やチケットの売れ行きに応じて調整しているが、1回あたり100万円から200万円の費用がかかっている。運営会社の株式会社VOREASで社長を務める池田憲士郎氏によれば、「利益が臨時席設置のコストで吹っ飛んでいる状態」だ。
 問題は観客席数だけではない。旭川市はある程度、総合体育館のスケジュールを決定する際、ヴォレアスの予定を優先しているが、他のスポーツ団体による使用、一般開放の日も多いため、リーグの都合通りには総合体育館の使えないことがある。今季のリーグ戦ラスト2試合は、2月29日(対富士通)と3月1日(対埼玉アザレア)だが、いずれも会場は帯広市内のよつ葉アリーナ十勝。昇格に向けた正念場となるこれら2試合が旭川開催でないのは、先約の入っていた総合体育館のスケジュールを抑えることができなかったため。一方、PFI方式で建設されたよつ葉アリーナ十勝は2月29日に供用を開始するが、(2月3日現在)V2の1位チームと2位チームの対戦という格好のイベントで華々しく「こけら落とし」を飾ることになった。

逃す商機がさらに拡大
 よつ葉アリーナ十勝は最大で5000人以上の収容人数を誇る。札幌には8000人収容のきたえーる、1万人収容の真駒内アリーナがあり、函館アリーナも約5000人収容。これらの会場と比べれば、旭川市総合体育館はV2チームのホームアリーナとしては頼りない。さらに、ヴォレアスが現在、昇格を目指しているV1のための本拠地としては、明らかに容量不足だ。
 「現在、V1のゲームには5500~6000人が入ることもある。来季のリーグ戦は東京五輪の終了後に始まるので、さらに増えることも考えられる。日本代表クラスの有力選手が所属するチームが旭川に来れば、500~1000人規模のファンが選手たちとともに来旭するはず」(池田氏)
 しかも、来季は各チームの主催試合が今季よりも増える見通し。現状のままではホームアリーナの収容人数が少ないために、みすみす逃してしまうビジネスチャンスもそれだけ拡大する。
 「我々は民間企業なので、努力にも限度がある。例えば帯広ならもっと観客が入るということになれば、帯広開催の回数増加も検討しなければならない」。池田氏によれば、函館市など、ヴォレアスにゲーム開催を呼びかける自治体は他にもあるという。

大雪アリーナなら固定席が倍増
 旭川市内にもV1のホームアリーナに適した施設がある。道北アークス大雪アリーナがそれだ。座席数は固定席だけで2985人と、総合体育館の約2倍。移動式、仮設、立ち見を含めれば9133人が収容できる。クリスタル橋がかかって旭川駅、中心市街地、さらにはさんろく街まで歩いて行ける距離になったのも魅力だ。池田氏は「これほど好立地にある会場は全国的に見ても珍しい」と、大雪アリーナの条件を高く評価する。
 総合体育館は自家用車でなければ来場が難しく、ゲーム終了後にサポーターたちが盛り上がる飲食店も周辺には乏しい。このあたりの事情は東光スポーツ公園で新設される予定の新しい複合体育館も同じだ。
 大雪アリーナをヴォレアスのホームアリーナとして活用できるのではないか─その可能性にいま関心を寄せているのが旭川市議会の林祐作議員。
 「旭川市は指定管理者である旭川振興公社に年間1億5700万円を払って大雪アリーナの運営を委託している。仮にヴォレアスに大雪アリーナの運営を任せれば、ホームアリーナとして活用しながら、イベントも開催し、東京の企業との関係を生かしてお金を集めることができる。収入を増やせば、市民の負担を減らすことができるのではないか」。
 実際、ヴォレアスはスポーツを中心に音楽、踊り、飲食なども組み合わせたイベントを開催する「興行主」として実績を積み重ねてきた。大企業が支えるV2の他のチームと互角以上の戦いを繰り広げてきたのも、興行主として人気を高めてきたからだ。
 しかし、大雪アリーナは現在、旭川市内における唯一の屋内スケート施設として活用されている。平日の午前、午後は一般開放されており、週末はスケート大会、アイスホッケー大会が開催される。仮にスケートリンクとしての使用ができなくなれば、最も大きな影響を受けるのはアイスホッケー団体だ。長年競技に関わている選手は「我々が望んでいるのは通年で練習ができる環境。大雪アリーナは冬しか使えないが、それすら使えなくなるのは、いま練習している子どもたちのためにも受け入れられない」と語る。
 大雪アリーナのヴォレアスによる使用を、旭川市はどうとらえているのか。スポーツ課は「立ち話程度で聞いたことしかないが」と断ったうえで「現状、スケートリンクとして使っているので難しい」と転用に慎重だ。
 転用の障害になりそうな要素がある。老朽化した現在の設備に変わる製氷設備の取り付け工事が今年の8~10月に予定されているのだ。すでに設備の製造は工場で始まっている。工事が1年後なら、状況は違っていたかもしれない。
 しかし、ある市議は「全面的な転換が無理だとしても、スケートリンクの営業期間を多少短縮するなどして、ヴォレアスと共存する方法はあるはず」との見方を示す。

転用するにも大規模改修は必要
 大雪アリーナをヴォレアスの会場として使うには、さまざまな面で改修が必要だ。例えば照明。ゲーム中に点灯し続けるだけの照明なら現在のままで問題はないが、ヴォレアスはゲームをエンターテイメントとして演出しているため、点灯したり消灯したりできる照明機器が必要となる。一般的な照明はこうした操作を想定していないため、1月26日に総合体育館で開かれたゲームでは、照明が約20分にわたって点灯せず、ゲーム開始が遅れるトラブルもあった。また、演出にはスモークも使うため、場内にたまった煙を迅速に排出する装置も必要だという。暑い夏の日、寒い冬の日もイベント会場として客を集めるには強力な冷暖房設備も不可欠となる。
 また、今後大雪アリーナの使用方法を見直すとすれば、スケートの関係者を含めた現在の主要な利用者から意見を集める手続きも当然必要だ。
 スポーツを通じた地域おこしのお手本となったのが、「マツダ・ズーム・ズーム広島スタジアム」だ。広島駅に近い同スタジアムは2009年にオープンしたが、徹底したアミューズメント化で1試合当たり入場者数の前年比3割アップに成功。「カープ女子」の定着にも成功した。
 GLAY、小田和正、ミスチル…。いずれも函館アリーナで近年、ライブを開いた人気アーティストたちだ。GLAYは函館出身なので当然としても、本格的なライブを開ける5000人規模の会場の存在は大きい。2021年春には福山雅治のライブ開催も決まっている。一方、旭川でこうしたイベントを開催するとすれば、その会場は1500人規模の旭川市民文化会館。大雪アリーナを改修して柔軟に活用すれば、全国からファンが集まる5000人規模のライブを旭川で開催する可能性も見えてくる。2020年秋に始まるV1の来季に間に合わせることは不可能でも、大雪アリーナの今後について、行政、スポーツ関係者を交え、市中心部の賑わいづくりも視野に入れた検討は必要なのではないか。
 道外からも含め、多くのサポーターが大雪アリーナに集まり、ゲーム終了後に熱戦の余韻に浸りながら中心街に繰り出していく……。ヴォレアスのV1昇格を考える時、そんな情景を想像せずにはいられない。

表紙2003
この記事は月刊北海道経済2020年03月号に掲載されています。

慶友会吉田病院を労基が立ち入り調査

 道北における有力な民間医療機関のひとつ、医療法人社団慶友会(吉田良子理事長)。その「予防医療センター」に2月3日、労基の立ち入り調査が入った。本誌は同センターで、残業時間を書類上、別の月に繰り延べる行為が行われたことを示す文書を入手。こうした行為は旭川労働基準監督署も把握している模様だ。慶友会は2012年にも労基から是正勧告を受けており、改めてコンプライアンス意識が問われている。

健診は開院直後から主要事業
 国道39号を当麻に向けて走ると、左側に医療法人社団慶友会吉田病院の予防医療センターが見えてくる。かつて自動車ディーラーが置かれていた建物は、大きなガラスとカーブした壁面が特徴的だ。しかし、利用者はここまでやって来るわけではない。健診車(レントゲン機器などを搭載したバス)と、医師や看護師などのスタッフが旭川市内はもとより、札幌にある拠点も経由して全道各地の企業、団体、施設などに向かい、健康診断のサービスを提供している。同センターに所属する健診車は12台。健診事業を手掛ける道北地域の民間病院としては圧倒的な存在だ。
 慶友会のホームページに掲載されている「グループ沿革」によれば、吉田威氏(故人)を病院長とする吉田病院が31床規模で開院したのは1981年12月のこと。翌年4月には健康診断事業がスタートし、5月には健診車を初めて導入している。現在、グループの3つの主要な事業は旭川市4条西4丁目の吉田病院が担う「医療」、予防医療センターを中核とする「保健」、そして社会福祉法人慶友会が営む特別養護老人ホーム・老人保健施設・グループホームなどの「福祉」。グループ沿革からも、保健が発足当時から現在に至るまで重要な柱であることがわかる。
 予防医療センターの健康診断では、利用者が医師の診断、体重や血圧などの測定のあと、健康維持のためにアドバイスを受ける。職場での健康診断の場合、社員の健康に大きな影響を与えるのが労働時間だ。月100時間以上の残業を強いられている人の心身に深刻な悪影響が及び、生命すら脅かされるおそれがあることは、近年発生した数々の労災事案により社会に広く知られるようになっている。健康を守る立場にある慶友会の予防医療センターなら、そのあたりは熟知しているだろう。
 その慶友会予防医療センターで2月3日朝、労働基準監督署による立ち入り調査が行われた。2人の係官が訪れ、昼休みを挟んで夕方まで職員の労働時間などに関するデータを調べた。係官は同センターが職員たちに対して行った健康診断の結果にも注目している模様。本誌が入手した文書によれば、同センターは一部の職員に月100時間以上、残業させていたことがあるだけでなく、勤務時間に関するデータを改ざんした疑いがある。
 記者の手元に1枚の表がある。縦軸方向には職員の番号と氏名が並び、横軸方向には平成31年4月、同5月、令和元年6月、同7月の記入がある。表の中の数字はその月の各職員の残業時間(休日出勤含む、以下同じ)の長さ。中には月95時間、月92時間、85時間に達している人もいる。こうした長時間労働に従事している人の中には、女性の名前もあり、職員の健康を考える上で望ましくない状況であることは素人の目にも明らかだ。
 とはいえ、どんな職場でも多忙な時期はあるもの。予防医療センターの場合、健診が比較的多い年度の前半に作業量が集中する傾向があるという。

残業約40時間を別の月に振替え
 信じがたいのは、下の表にある4行の記載だ。「(実名)さん、5月分116:05だったため内39:40後月へ」といった記述が4人分ある。5月、6月には4人すべてについて各100時間を超える残業時間が発生したことから、そのうち三十数時間から五十時間弱を7月以降の月に繰り延べた、という意味だと思われる。
 残業をなかったことにするのはもちろん「アウト」だが、一部を繁忙期から閑散期に繰り延べて分散するのは労働基準法第24条の定める「全額払いの原則」に反する。「職場ごとに締め日は決まっていて、それをベースに出勤日数や時間外労働の長さを算出することになります。その分について給料日に全額を支払わなくてはなりません」と、ある社会保険労務士は説明する。
 残業代の不払いはよく報じられるが、残業時間を他の月に繰り延べる行為は、許されないとはいえよくあることなのかとの問いに、この社労士は苦笑する。「普通の企業は残業時間を書類上操作するのではなく、作業そのものを他の月に振り分けて平準化するものです」
 本誌が別に入手した2枚の文書には、文書Aにも登場する職員の名前が記載されている。文書Bには毎日の出勤・退勤時刻(朝7時半ごろから深夜0時30分まで勤務している日もある)、残業時間などが記録されている。「過重労働時間」(超過労働時間の意味と思われる)の合計は文書Aにある修正前の数値と同じ100時間以上。一方、文書Cの出勤・退勤時刻からは、健診車とともに出向いた先での勤務を終えた職員が、事務所に戻った後で従事した仕事の時間が丸ごと消されており、結果的に文書Aの記述通り、「過重労働時間」が70時間強に減らされていた。改ざん前の文書Bに上司の印鑑はないが、改ざん後の文書Cには、予防医療センターのトップである部長のシャチハタ印が押されており、残業や休日出勤に対する手当の支給や当局に対する届け出は文書Cに記されたデータに基づき行われたと推定できる。
 ここでは職員1人についての資料を比較したが、記者は他に2人の職員について、同様の操作が行われていることを示す文書も確認した。朝6時20分から夜9時30まで勤務したデータが丸ごと空白になるなど、より大胆な操作も行われていた。

目標2億円アップ 人手不足は解消せず
 慶友会グループは創立から約40年。この地域における他の有力民間病院よりも後発だとはいえ、それでもこの地域を代表する民間病院の一つとしての地位を確固たるものにしている。なぜその慶友会が、職員の時間外労働に関して不適切な処理を行わなければならないのか。関係者の話から実情が浮かんできた。
 まず、グループ全体で見た収益率の低下だ。他の病院と同様、医療法人社団慶友会もまた保険診療では収益を上げることが難しくなっている。一方、健康保険とは関係の薄い健診事業は、努力と工夫次第で儲かる余地があった。病院は病気になった人が来るのを待っていなければならないのに対して、健診事業は企業や団体、学校など契約が見込める相手に積極的にセールスをかけることで売り上げ増が見込めるためだ。健診事業に力を入れた結果、ピーク時の2016年には健診部門だけで年商約12億円、利益2億円を確保し、グループの健診事業に対する依存が深まった。その後、機器の更新や、健診事業を専門に手掛ける全国的な団体との競争激化で収益はやや悪化したものの、それでも慶友会にとり有望な事業であることに変わりはなかった。
 慶友会グループの成長を維持するために立ち上げられたプロジェクトチームは2018年、健診事業の強化、とくに帯広での新拠点確保を通じた十勝圏の開拓という目標を定めた。予防医療センターでは2年計画を想定していたものの、それが前倒しされ、急きょ、18年の暮れから拠点の物件探しが始まった。帯広市内のコンビニ跡に白羽の矢を立て、大急ぎで契約を結び、5月の大型連休に旭川から連日スタッフを送り込み、連休中にはなんとか体制を整えた。
 また、法人本部から予防医療センターは年間売上2億円アップのノルマを課された。積極的な営業活動で新規顧客の獲得には成功したものの、慢性的な人材不足が続き、本来なら旭川でデスクワークに就いているはずの人員が全道各地での健診の現場の応援に駆り出され、土日に旭川に戻ってたまった仕事を消化する状況が続いていたとの情報がある。
 ただ、こうした状況は長時間労働の原因でもあり、結果だとも言える。看護師や技師などは資格と経験さえあればどの医療機関でも働けるため、業界内での流動率が高く、情報の拡散も早い。長時間労働の情報が広まれば、人材の募集は一段と難しくなる。

標準報酬月額の膨張防止が目的?
 残業時間の分散には、制度的な動機があったと考えられる。毎年4~6月に職員に支払う報酬は、「標準報酬月額」の算出ベースになり、同年9月から翌年8月の健康保険・厚生年金の額に影響する。逆に言えば、毎年4月~6月の残業代を他の月、たとえば健康診断では比較的業務量が少なくなる秋以降に先送りすれば、標準報酬月額を抑制することで、その後1年間、雇用者の負担する健康保険・厚生年金関連のコストを節約できる。もちろん、こうした行為は職員への正当な報酬の支払いや、健康保険・厚生年金の公平なコスト分担の観点から許されるものではない。
 もう一つの動機になった可能性があるのが、残業代割り増しの回避だ。時間外労働については賃金を25%以上、上乗せすることが義務付けられているが、月60時間を超える残業については、通常の1.5倍の割増賃金を支払わなければならない。ということは、残業時間が分散されて60時間を超過する部分が減れば、職員が受け取るべきだった割増賃金が減る。この規定は、中小企業については今のところ実施が免除されているものの、慶友会は職員数や資産規模から大企業とみなされ、適用対象となる。
 この記事で紹介した一連の行為は、労基も立ち入り調査の前から把握していた模様。同署は本誌の取材に対して「個別の案件については取材に応えられない」との立場をとるが、慶友会については過去に是正勧告を行ったこともあり、驚いてはいないはずだ。

2012年にも労基から是正勧告受ける
 いまから8年前のこと、健診のため地方に向かった慶友会の車両が事故を起こして、職員が骨折した。これをきっかけに長時間労働の疑いに注目した労基が調査を行った。2012年5月31日付けで慶友会の当時の理事長に向けて発せられた是正勧告書には「労働者に、時間外労働に関する協定の上限を超えて、1日8時間、週40時間以上の労働を行わせていること」など5項目の問題点が列記されている。これらの問題についてはその後、是正が行われたと考えられるが、根本的な体質の改善までには至らなかったようだ。
 なお、こうした問題について本誌では慶友会に質問を送付したが、回答はなかった。

表紙2003
この記事は月刊北海道経済2020年03月号に掲載されています。

東川源水公園でマナー違反横行

 北海道の屋根・大雪山系の自然が生み出した名水を自由に汲むことができる「大雪山源水公園」(東川町)。平成の名水百選にも選ばれたこの天然水を目当てに早朝から日没まで多くの人が訪れる人気スポットだが、中には取水口にホースを差し込んだり、わずか「100円以上」の協力金を支払わずに利用するなどのマナー違反が後を絶たず、利用者の間から不満の声があがっている。

ミネラル豊富
 旭岳源水は、旭岳をはじめとする大雪山系の大自然が蓄えた雪解け水が、長い年月をかけて濾過されて出来た自然の恵みをたっぷりと含んだ天然水。日本の湧き水は軟水が多いが、旭岳源水は硬度110、ph値7.2という弱アルカリ性の中硬水で、炊飯や麺ゆでに使ったり、コーヒーやお茶を入れるのに使う人も多く、「まろやかさが増す」と評判だ。
 北海道は羊蹄山「ふきだし公園」の湧き水など、天然水が豊富に湧き出ることで知られているが、なかでも旭岳源水はカルシムをはじめマグネシウム、ナトリウム、カリウムなどのミネラルがバランスよく豊富に含まれていることでも知られている。
 この天然水を汲むことが出来るのが東川町ノカナンにある旭岳源水公園で、東川町から旭岳・天人峡方面へと延びる道道1160号を車で約30分の距離にある。
 公園入口のすぐ近くに駐車場があり、「源水岩」と名付けられた取水場が3基設置されている。1基につき3つの取水口が取り付けられており、訪れた人たちはこの9つの取水口から水を汲むことができる。1分間に約4600リットルという豊富な湧出量を誇り、水温は常に6、7度。駐車場は除雪をしているので冬期間でも利用することができ、年間を通じて清冽な水を汲むことができる。
 東川町が源水公園を整備したのは04年。当初は3つの取水口がついた源水岩が1基しかなく、水汲みの順番を待つ人たちが長い列を作り、また駐車場のスペースも手狭だったために、利便性を高めるために09年に再整備が行われた。取水場をさらに2基増やし、ペットボトルやポリタンクなどを置きやすいように台を設置。水を汲んだ容器を運搬するための台車も用意し、トイレも整備。駐車場も18台まで駐車できるように拡張された。

取水口にホース
 旭岳源水は「平成の名水」にも選ばれた銘水で、源水公園には、この天然水を目当てに地元や旭川市民をはじめ、多くの観光客が訪れる。東川町の直近のデータでは、18年4月下旬から10月末までの半年間の車両入り込み台数は、乗用車が2万917台、バスは112台。冬期間のデータはないが、夏の期間には及ばないものの、やはり多くの利用者が訪れている。
 こうした湧き水の名所では珍しいことではないが、源水公園でもまた、一部の心ない利用者によってマナー違反が繰り返されている。
 その一つが取水口の独占。観光客は、水筒や小さなサイズのペットボトルに水を持ち込んで水を汲んでいく人が大半だが、車で訪れる利用者の中には、大きなポリタンクを何個も持ち込んで水を大量に汲む人も少なくない。
 数多くのポリタンクを持ち込むため、取水口を占領して水を汲み続ける人もおり、長時間待たされる利用者からは「夫婦で大型のペットボトルを大量に持ち込み、他に待っている人たちがいるのに全部汲み終わるまで複数の取水口を独占している」と非難の声があがる。
 また効率よく水を汲むために、用意してきた自前のホースを取水口に差し込むというマナー違反を平然と行う人もおり、見かねた利用者が諫める場面も珍しくない。
 こうしたマナー違反に対し、東川町都市建設課では「著しい場合には管理人が注意しています。多くの方に気持ちよく利用していただくためにもマナーを守って利用をお願いしたい」と話す。

「支払う必要ない」
 また東川町では、08年に協力金箱を設置し、施設管理の費用に充てるために、車1台につき100円以上の協力金を呼びかけている。
 左上の写真のように、取水口のすぐそばに大きな看板と協力金箱が設置されているが、大量に天然水を汲みながら、協力金を払わずに公園を後にする人も実は少なくないようだ。
 週に1度のペースで水汲みに訪れるという男性は、「水を入れたポリタンクの重さで軽トラックの荷台が沈むほど大量の水を汲んでおいて、協力金を払わずに帰ろうとする中年の男性がいた。見かねて声をかけると、『東川町が観光促進のために整備しているのだから、支払う必要なんかない』と言って、車に乗り込んでしまった」と話す。
 こうしたマナー違反は、どうやら管理人の監視がない時間帯に行われているようで、ある利用者は強い口調で次のように話す。
 「確かな数字は記憶していないが、町が協力金の協力状況を調査した結果が広報誌に紹介されていた。管理人がいる時間帯は協力金を収める人は7、8割程度で、時間外になると1割程度となっていた。あれだけ美味しくて体にも良い水を汲ませてもらえることに感謝の気持ちを抱くことすらしない利用者が多すぎる。数年前には台風による大雨で施設の一部が決壊するなどの被害もあり、その修復も含めて管理には多くの費用がかかっているはず。これほど整備された環境で銘水を好きなだけ汲むことができるのだから、100円くらい払うのは当然だ」
 こうした協力金を払わない利用者に対し、同町の担当者は、「あくまで協力金なので、強制できるものではありませんが、施設保全などより良い環境づくりに役立てており、皆さまのご協力をお願いしたいと考えています」と話す。
 なお、同町によると、18年度の4月下旬から10月末までの協力金の決算額は199万3千円。前ページの車両入込数は、乗用車だけでも優に2万台を超えており、本来ならば協力金の総額も200万円を超えているはず。わずかの協力金を惜しむ利用者がいることはこの数字を見ても明らかだ。

使用禁止の名所も
 全国の湧き水スポットの中には、マナー違反のために使用が中止となったところや、有料化になったところもある。
 マナー違反のために源泉での取水が禁止となったのが岡山県真庭市の塩釜の冷泉。節度を超えた水の持ち帰りや、水くみのために長時間駐車する車が周囲の迷惑になるなどの理由で1994年に源泉での取水が禁止となった。また、福岡県東峰村宝珠山の「岩屋湧水」では、利用者が取水口を長時間独占するなどのマナー違反が横行。それまでは清掃協力金として募ってきたが、09年に有料化に踏み切った。
 湧出量が豊富で、夏期には2人の管理人が常在する源水公園では悪質なマナー違反が横行しているわけではないようだが、人気のスポットを大切に守っていくためにも、利用者の節度が求められている。

表紙2002
この記事は月刊北海道経済2020年02月号に掲載されています。