上川神社祭3条通露店を取りやめ

 短い旭川の夏を彩るイベントの一つが上川神社祭。この期間中、神輿を見たことがない市民はいても、一度も露店を見たことのない市民はいないはずだ。ところが夏の到来を前に、今年1月に実行委員会が、3条通での露店の廃止を決定した。スタッフの高齢化が最大の原因だが、露店側は同じ期間中、市内の他の場所での開催を目指すとしている。

800㍍に300店余
 毎年7月20日から22日にかけて開催される「上川神社祭」。本誌ではこれまで、神幸式(みこしパレード)のあり方に関する記事を何度か掲載してきた。その神幸式と並ぶイベントが「露店」。多くの市民にとっては、この露店こそがお祭りの主役かもしれない。
 護国神社祭で多くの露店が常磐公園内に並ぶのに対し、上川神社祭では古くから3条本通りの中央橋通りから大雪通まで(13丁目~18丁目)まで約800㍍の区間に300余りの露店が軒を連ねてきた。
 悪天候にさえならなければ、期間中、会場は多くの人で賑わう。浴衣姿の男女も多い。フランクフルト、焼きそば、おでん、わたあめなど、祭りだからこそ食べたくなるフードを頬張りながら歩く人も。「型抜き」は祭りの日しか体験できない特別な時間だ。
 ところが、少なくとも3条通では、今年の夏から露店が出ないことになった。地元住民で作る実行委員会は関係者に配布した文章の中で、以下のように説明している。
 「毎年7月20日~22日に開催されております上川神社祭の露店出店の件でございますが、約50年前に誘致され現在に至りますが、時代の変化に伴い市中心部での開催が難しくなってきておりました。十数年前よりいっそう厳しい状況となっておりましたが、3条通りの沿線の皆様のご理解とご協力により、続けてこられました。実行委員会でも改革などに努力、苦慮しておりましたが、実行委員会の高齢化も伴い、どうにも展望が見えなくなり、露店の出店の廃止策をとらざるをえないこととなり、実行委員会で何度か協議を重ね、昨年9月には大成地区の各町内会長にお集まりいただき説明会を開催し、同11月には露店側の役員との協議を行い、結果、平成30年1月に今年度より3条通りでの『上川神社祭の露店出店」を廃止する確約が成立いたしました」
 これまで露店設置のため奔走してきた実行委員会委員長の宮口幸治さんは、寂しさを表情に浮かべながらも、長年の懸案が解決したことでほっとした様子だ。

迷惑駐車も発生
 もともと上川神社に向かう参道で行われていた臨時露店が3条通に場所を移したのは今から約50年前のこと。以来、大成地区市民委員会と銀座商店街振興組合から構成される実行委員会が運営にあたってきた。
 実行委の仕事は多岐に渡る。道路通行止めに関する警察との交渉、警備員の手配、ごみ処理、露店関係者が備品を載せてやってくるトラックの駐車場所の確保…。かつては大成地区にも多くの若者が住んでおり、また露店の開催で地域の商店街全体が潤ったことから、多くの人が協力した。ところが、時代とともに祭りを囲む環境が変化し、開催は年ごとに困難になっていったという。

表紙1805
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人情食堂で「せんちゃん勉強会」

 地域で愛される〝人情食堂〟で、小中学生を対象に始まったプロジェクト「せんちゃん勉強会」。子どもたちの未来に投資する目的で、今年で創立50周年を迎える旭川北ロータリークラブ(田中稔会長)が取り組む人財育成事業の一環だ。常盤通で行っている学習支援「エンむすびの会」(高倉晴美代表)とも連動し、学習した後にはラーメンを食すというラーメンのまち旭川らしい勉強会。「子どもは地域の宝」と小川諭一奉仕開発委員長が込める思いも旭川ラーメンのように懐が深い。

「同じ釜の飯を食す」
 3月5日の夕方、人情食堂「せんちゃん食堂」(大町1条3丁目)には複数の小中学生と保護者、指導スタッフらが集い学習に励み、和やかな雰囲気に包まれた。大有小学校の3年生、志野原彩来さんは「勉強の途中、ラーメンの匂いがしたので頑張ろうと思った」と本音をポロリ。やりかけの学習を終え、せんちゃん名物「しょうゆラーメン」を味わうと、「頑張って良かった」と満面、笑顔がはじけた。
 同じテーブルに座っていた別の小学生も、「モチモチしていて美味しい」と思わず納得の表情。「私、ラーメンの味にはうるさいのよ」「勉強の後のラーメンは、とびっきり美味しい」との感想をたまたま耳にすると、「美味しくなかったら美味しくないって、言っていいよ」と傍らにいた店主の千田健雄さん。
 千田さんは子どもたちの笑顔を微笑ましく見つめ「私も子どもが好きなもんだから、ニコッと笑ってもらえたら嬉しい」。指導スタッフには現役の高校生や大学生、元教師、塾・外国人英語講師ほか、市役所職員等が顔をそろえるが、その一人、平島淳嗣さんは「あの場所の持っている力でしょう」と、子どもたちの学習に親身に寄り添っている。
 このせんちゃん食堂を切り盛りするのは、千田さんと、妻の真砂江さん…。

表紙1805
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「人口ダム機能」低下する旭川市

 総務省が発表した2017年の住民基本台帳に基づく人口移動報告によると、上川管内23市町村のうち17市町村で、人口転出が転入を上回る「転出超過」となっていることが分かった。旭川市が最多の830人で、名寄市228人、富良野市198人と続く。道北の人口流出を防いでいた旭川市の「ダム機能」も低下している。

830人の転出超過
 住民基本台帳に基づく人口移動報告は、総務省が1月末に発表した。それによると、旭川市は転入1万245人に対し転出1万1075人で、830人の転出超過となった。前年は747人の転出超過だったから、さらに83人拡大したことになる。
 管内23市町村の転入・転出数は次ページの表の通りで、転出超過の上位は、旭川に次ぐのが名寄市で228人、続いて富良野市198人、士別市166人、鷹栖町81人などとなっている。一方、転入が転出を上回ったのは東川町、上富良野町、下川町、占冠村、比布町、当麻町の6町村だけで、管内全体で人口流出が止まらない現状が浮き彫りとなっている。

ダム機能の限界
 若者が札幌や首都圏へ流れる一方で、上川管内の高齢者、また宗谷、留萌からの高齢者の転入が続く。この結果、老齢人口割合が高まりつつも、大幅な人口減少はなかったのが2010年頃までの旭川だ。36万人台を長く維持し、05年に36万人の大台を割りはしたものの14年までは35万人台をキープしてきた。
 道北圏という広域でとらえると、若年層が転出する一方で高齢者を近隣から集め人口流出を食い止める「ダム機能」を旭川は果たしてきた。
 しかし今回の総務省の人口移動報告で管内最多830人の転出超過となった旭川は、人口ダム機能が著しく低下していることが歴然となっている。
 国立社会保障人口問題研究会(社人研)と日本創生会議が数年前に発表した予測値では、旭川は15年以降急速に人口減が進み40年には24万1526人になるとされている。この予測が当たっているとしたら、現在下り坂にさしかかり、このあと下り傾斜は急になる。本誌先月号既報の通り、今年2月1日のデータでは34万人も割り込み33万9858人となったが、これが人口急減の始まりなのかも知れない。
 24万人というのは昭和30年代の旭川の人口で、40年にはその規模までまちが〝縮小〟するという予測。それほどの人口減が急速に進むとは信じがたいが、ダム機能を失った今、人口が増える要素は残念ながら見当たらないのが現実のようだ。

上川北部が顕著
 上川管内の中でも、北部8市町村の人口減が顕著だ。今回の人口移動報告では下川町が唯一転入増となっているが、ほかは軒並み減少。2年前に公表された国勢調査では、8市町村の減少率は7・0%に達し、全道平均を上回った。
 上川北部の拠点都市である名寄市は12年に3万人台を割り、その後年間400人強の減少を続け、今年1月の人口は2万7891人。名寄市では「大学や病院がそろい、潜在的に人口を吸収する力はある」としているが、人口減を抑える効果的な政策はみつからない。
 士別市は、1954年の市政施行以来、15年に初めて人口2万人を割った。旧士別町時代を含めると、約70年ぶりの1万人台となっている。死亡率が出生率を上回る自然減が顕著で、若い世代の流出をどう防ぐかが緊急課題だ。
 上川だけでなく宗谷管内も10市町村すべてで人口減が加速しており、稚内市を例にとれば、人口のピークは75(昭和50)年の5万5464人から、今年1月の人口は3万4801人にまで減少。ピーク時と比較して約40%も減った計算になる。少子化と若者の管外への流出が止まらず、それに対する特効薬は見つからない。
 留萌管内も同様で、管内拠点の留萌市は70年に4万人を割り込み、97年に3万人をも割って今年1月の人口は2万1738人。雇用の場が少なく若者の流出が続いている。

交流人口増やせ
 4年前に発表され日本創生会議の「消滅可能性都市896」には、道北のほとんどの市町村が入っていた。そして現状、人口の推移はほぼその指摘どおりになっている。創生会議の〝試算〟を上回るペースで人口減が進んでいるまちもある。
 そんな〝消滅予測〟を払拭しているのは東川町だ。今回の人口移動報告でも唯一、三桁、108人の転入超過となった。
 同町は住宅建設費補助などの移住促進策を打ち出しており、その成果が現れ、大雪山連峰の麓で旭川空港も近い立地もあって本州からの移住者がカフェなどをオープン。まちの認知度が高まってさらに移住者を呼び込み好循環が生まれている。
 今回の人口移動報告には実は外国人はカウントされていないが、同町では2009年度から外国人学生受け入れに取り組んでいる。初年度は韓国から72人を受け入れ、翌年度は台湾も加わり2カ国合わせて104人。その後、中国、ラトビア、タイと増えて、さらにシンガポール、ヨルダンなどからも生徒が集まる。日本語を学び終えた生徒は離日し、代わりに新しい生徒が町にやってくる。たえず相当数の学生がまちに滞在している。
 移住者、滞在者を増やす。交流人口を呼び込むのが人口減を食い止める方策の一つのようだ。

表紙1804
この記事は月刊北海道経済2018年4月号に掲載されています。

高額寄付金めぐり門徒反発

 比布町にある真宗大谷派一念山「浄慶寺」(寿町1丁目、中根慶滋住職)で、お寺が計画する納骨堂と庫裡(住居)の改築計画をめぐり、多くの門徒が反発する騒動になっている。お寺側が、2億円を超える建設費の負担を門徒たちに求めているためだが、1戸当たり100万円前後の寄付といえば高齢の年金暮らしの家庭には酷な要求。3月15日に開かれる門徒総会でもすんなり話がまとまるとは考えにくい。落としどころはあるのか。

納骨堂も庫裡も大修理迫られる
 浄慶寺は1896(明治29)年の開創。今年で122年目を迎える由緒あるお寺。住職は初代の中根慶純氏から1979(昭和54)年に2代目の中根慶邦氏に移り、昨年には3代目の中根慶滋氏が就任している。1996(平成8)年には比布町蘭留にあったお寺を統合して大きくなり、その後数は減ってきたが現在の門徒数は約200軒。 納骨堂の新築・庫裡の改築計画は昨年夏頃から動き始めた。これまでに総代会や検討委員会で数回にわたって議論が重ねられてきているが、今年1月26日に開かれた門徒総会では計画案に対する反対意見が続出した。
 計画案を説明する前にまずはお寺側が作った建築趣意書の内容から見てみよう。一部を抜粋すると次のようなことが書かれてある。
 「浄慶寺の納骨堂は昭和43年、庫裡は昭和50年に建築された。昭和40年代初頭から各寺院で納骨堂建築の機運が進み、浄慶寺もその機運に乗って建築の運びとなった。その当時はそれなりの形態で充分だったが50年も経つと損傷が目立ち、古い・狭い・暗い・小さい、しかも階段が狭く、急で危ない。高齢化社会の現在では全くその形態を成しておらず、お参りしたくともできないとお叱りを受けている。
 庫裡も損傷が激しく、大修理に値するかどうか問われる代物である。息子(3代目慶滋住職)家族も帰郷し、同居生活をしているが、居住の部屋が屋根裏の2階で、天井が低く、狭く、圧迫感があり、夏は暑く、冬は寒く、屋根の雨漏り、窓際の隙間風と厳しい環境での生活で、その対応を考慮しなければならない状況でもある。
 42年間、修理、補修を重ねながら今日に至っているが、早急に対応が迫られている。

表紙1804
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札幌駅で新幹線用ホーム不足、旭川延伸困難に

 3月末までに決着する見通しの札幌駅新幹線ホームの位置。旭川市民の関心は低いが、注目すべきは現在検討の対象となっている2つの案ともに、ホーム数が(2編成の列車が同時に停車し、乗降できる)2線だということ。全国の主要な新幹線駅はいずれも4線以上だが、札幌駅はスペースの関係で異例の2線体制となりそう。その時点で、国が新幹線網の青写真に描いていた「旭川延伸」の可能性がなくなる。

今年度内に位置決定
 北海道新幹線のホームを札幌駅のどこに建設するかを巡って、激しい論議が戦わされている。二転三転を経て、現在有力視されているのは、札幌駅の構内に新幹線のホームも設ける「現駅案」と、東側、つまり旭川方向に創成川をまたぐかたちで新しいホームを設置する「大東案」だ。かねて浮上した地下化案は高い工事費用を理由に検討の対象から外された。
 2016年3月に函館北斗までの延伸が実現し、ようやく北海道に上陸した新幹線は、2030年度末に札幌に乗り入れることになっている。昨年10月の新青森─函館北斗間の乗車率は36%に低迷しているが、これはあらかじめ予想された数字。北海道新幹線が威力を発揮するのは札幌延伸後であり、それまでの14年間はいわば「助走期間」だ。
 函館北斗─札幌間ではすでに土木工事が始まっており、21本のトンネルのうち昨年10月までに着工したのは8本。掘削率が60%を超えたトンネルもある。
 新小樽(仮称)近くで地下トンネルにもぐる新幹線は、長さ21㌔の「札樽トンネル」を通って、桑園と札幌の中間付近で地上に出たあとで札幌駅に達する。ただし、札幌駅のどこに新幹線のホームを設けるのかが決まっていない。国から示されたホーム位置決定のタイムリミットは2017年度末だ。

2案ともホームは2線
 改めて、これまでに浮上した案を振り返れば、まず現在の1番線、2番線、つまり最も南側にある2線のホームを在来線用から新幹線用に転換するのが「現駅案」。問題は、このプランだと在来線のホームが減り、運転本数にも影響が及ぶということだ。一時浮上した「地下案」は、駅南側で東西方向に伸びる北5条通の下を掘って新幹線の駅を設けるという内容だったが、費用が現駅案の倍、1000億円に達することがわかり、候補から外れた。
 もう一つのアイディアが「東案」。1番線と、その南側に新設する0番線を新幹線に当てるという内容だが、この方法だとホームの一部が札幌駅の上にそびえるJRタワーに食い込むため、この高層ビルの耐震工事に300億円が必要となり、現実味は薄いとされていた。
 そしていま注目を集めているのが「東案」を修正した「大東案」。東案よりもさらに東側、つまり旭川方向に、創成川と国道5号をまたぐかたちで新しいホームを設置し、連絡橋で在来線のホームと結ぶ構想だ。
 現在、検討が続けられているのは現駅案と大東案の二つ。両者の長短を比較すれば、前者ではJR在来線や地下鉄との乗り換えがスムーズである反面、ホームの幅を十分に広く取れず、混雑時に不安がある。在来線の運行本数への影響もある。後者は乗り換えのために乗客が長い距離を移動しなければならないのが欠点だ。
 本誌の読者からは「札幌の話など、旭川には関係ない」という声が聞こえてきそうだが、実は札幌駅での新幹線ホームの設置状況は、旭川延伸の可能性を大きく左右する。札幌以北に新幹線を伸ばすためには、最低でも4線のホームが必要だが、現駅案と大東案はいずれもホームが2線。どちらが選ばれるにせよ、その時点で新幹線の北の終着駅は札幌に固定されてしまう可能性が高い。

旭川発着の列車が追い越しできない
 東京駅10線、新大阪駅8線、博多駅6線、金沢駅4線、新青森駅4線。主要な駅の新幹線用ホームの数だ。新幹線網の最南端に位置し、延伸の可能性がない鹿児島中央駅でさえ、4線のホームを新幹線に割り振っている。
 どの主要駅でも、新幹線には4線以上のホームがあるが、札幌駅では2線しかないために、混雑や出発の遅れが発生する可能性がある。札幌の場合、多くの荷物を抱えた観光客が多く、さらに外国人の比率も高いため、乗り降りに比較的長い時間がかかると予想されることも不安要素だ。
 ましてや、ホーム2線の札幌駅から旭川に延伸するのは事実上不可能。旭川まで新幹線のレールが伸びたとしても、大半の列車は札幌発着で、札幌駅のホームに列車がしばらく停止することになる。札幌駅に4線の新幹線ホームがあれば旭川発着の列車は開いているホームに停車して、札幌発着の列車をやり過ごすことができる。それこそが全国の主要な駅で新幹線のホームを4線以上確保している理由なのだが、2線だと不可能になってしまう。
 札幌以北に延伸しないとしても、2線のホームは明らかに容量不足。なぜそんなことになってしまったのかと言えば、それは新幹線ホームを作るのに最適の土地に大丸、ステラプレイス、JRタワーなどの駅ビルを建ててしまったためだ。

駅前再開発でスペース不足
 札幌駅が高架化されたのは今から30年前の1988年のこと。すでに北海道新幹線が札幌まで伸びることは決定しており、高架化に伴い生じる駅南側の空き地が新幹線用に活用されるはずだった。ところがいつの間にかこの土地で札幌駅南口再開発事業が推進され、大丸、ステラプレイス、JRタワーが建ってしまった。この土地の活用方法をめぐる札幌市やJR北海道の判断は、現在に至る札幌駅周辺の商圏の賑わいぶりを見れば「正解」だったが、同時に旭川への新幹線延伸は困難になった。1993年、南口再開発が決定した時点で、旭川市民の与り知らぬところで、旭川延伸も大きな影響を受けていたことになる。
 札幌駅内における新幹線ホームの場所を巡っては、札幌市、北海道、JR北海道、国などが綱引きを広げているが、関心を集めているのは乗客の利便性、工事費、駅周辺の賑わいに及ぼす影響など。札幌以北への延伸の可能性を考え、拡張性を確保すべきだとの主張は聞こえてこない。
 しかし、国が描いた新幹線網の青写真には、しっかりと「旭川延伸」のビジョンが描かれている。全国新幹線鉄道整備法にもとづき1972年に行われた運輸省告示(いわゆる基本計画)によれば、北海道新幹線は青森を起点とし、函館や札幌を経由して旭川を終点にすると明記されている。しかし、道内の経済界が掲げる札幌延伸の早期実現という一大目標の前に、「旭川延伸」の四文字は霞む。旭川・道北の経済界の目下の関心事はJR北が「単独では維持困難」とした宗谷線(名寄以北)、石北線、富良野線の維持で、新幹線延伸を考える余裕はない。
 話を札幌駅新幹線ホームの現駅案、大東案に戻せば、現駅案だとホーム増設の可能性は皆無。比較的スペースに余裕があるとみられる大東案でも、2線のホームを囲むかたちで周辺の再開発事業が推進され、ビルが建ってしまうと、やはり旭川延伸の可能性はなくなる。
 このように、札幌駅での新幹線ホームの設置状況は旭川延伸の可否を大きく左右するのだが、旭川市民の関心は低い。ある市民は語る。「札幌延伸だってかなり先の話。旭川になんて来ない」。また、旭川延伸の前には巨額の工事費をどう調達するのか、旭川─札幌間の在来線の収益に悪影響を及ぼさないのかなど、数々の課題をクリアーしなければならない。
 しかし、新幹線のレールが札幌に届くよりも十年以上早く夢を諦めなければならないとしたら、そして、何から何まで札幌中心という現実に異を唱える人がいないとすれば、旭川を包む無力感を象徴する残念な話だ。

表紙1804
この記事は月刊北海道経済2018年4月号に掲載されています。

旭川電気軌道108万株の「顛末」

 旭川電気軌道㈱の筆頭株主・光陽商事㈱が所有する電気軌道株108万株が密かに売却された問題は本誌先月号既報の通りだが、購入代金はなぜかふらのバス㈱から出ていた。しかも光陽商事へ振り込まれる間に2000万円が消えていた。旭川地裁は108万株の譲渡・質権設定禁止の仮処分を決定。108万株と1億円はともに光陽商事が握る。(記事は2月7日現在)

巨額迂回振り込み
 旭川電気軌道の発行株数は714万株で、株主は800人を超える。その数多い株主の筆頭が光陽商事。108万株を所有する。
 本誌先月号既報の通り、その108万株が密かに売却され、売却代金の一部として1億円が光陽商事に振り込まれた。振り込んできたのは昨年11月6日に新設されたばかりの㈱紅葉商事(旭川市神楽岡15の4、金野久男代表)だった。
 1億円もの大金を資本金100万円の設立されたばかりの会社が簡単に捻出できるとは信じがたい。本誌先月号では「電気軌道が関連企業から貸付金として提供させ紅葉商事に回したのではないか」との〝推理〟を紹介したが、その後の取材で、やはり電気軌道の経営陣が子会社に大金を拠出させ、株購入資金として紅葉商事に提供していたことが判明した。
 その金の流れは図表に示した通り。
 まず、ふらのバス(富良野市住吉町)が電気軌道北洋銀行大雪通支店の口座に6999万9460円と4999万9460円を2回にわたって振り込んだ。総額1億1999万8920円。1億2000万円から振込み手数料を引いて手続きしたものと思われる。昨年12月15日午前中の早い時間だ。
 電気軌道はこれに1512円をプラスし1億20000万432円を小切手で紅葉商事に振り出した。432円の端数がつく巨額かつ半端な金額である。
 そして紅葉商事は電気軌道経由で入ってきた1億2000万432円のうち1億円を光陽商事に振り込んだ。
 ふらのバスから出た1億2000万円が、電気軌道─紅葉商事を経て光陽商事の口座に入るまでのすべてが、12月15日の午前中の短時間に行われた。

総額は約4億円
 1億円という巨額な振り込みに心当たりがなかった光陽商事の経理担当者が銀行から教えてもらった振込主の電話に問い合わせると、金野氏と思われる男性が「小山田氏、斎藤氏、宮本氏、私の4人で株譲渡契約を結び、手付金で1億円を振り込み、残金約3億円は3月末に行うことを決めた」と言ったという。電気軌道経営陣が仕切って1億円が動いたのである。金野氏によると、さらに3億円が振り込まれてくるという。
 何度も報じているとおり、光陽商事が電気軌道の筆頭株主であることを利用して宮本典洋氏、電気軌道OBの斎藤哲朗氏らが電気軌道の臨時株主総会を招集し強引に新役員体制を発足させた(10月11日)。社長には元旭川トヨタの村中浩氏が就任し、大竹泰文専務は留任。宮本氏は常務、斎藤氏は監査役に就いた。
 これに対して豊島弘通元会長の相続人で光陽商事の大株主である豊島美智子氏と2人の娘─尾﨑摩衣子氏、濱田美紗子氏が光陽商事の臨時株主総会召集を要求し、開催日は12月15日と決まった。議題は小山田社長解任。つまり、豊島家が光陽商事の〝経営権〟を取り戻す日。その日にぶつけて迂回振込みが実行されたのだ。
 臨時株主総会は予定通り行われて小山田氏は解任され尾﨑氏─濱田氏の姉妹が新たに取締役となった。しかし108万株譲渡契約が法的に問題なく行われていれば、株はもう光陽商事にはない。豊島家が筆頭株主として電気軌道の臨時株主総会を招集し村中社長らに役員退陣を求めることはできないのだ。

弱み握られ?
 ふらのバスは、電気軌道が666株、富良野市が334株所有する、電気軌道の子会社であり、第三セクターでもある。  
 子会社が親会社に資金を融通すること自体に問題はない。ただ、ふらのバスの企業規模を考えると巨額すぎる金額である。 
直近3期の決算を見ると、ふらのバスの売上高は5億7200万円─5億6000万円─5億5600万円と推移している。電気軌道への送金1億2000万円は、年間売上高のほぼ4分の1にあたるのだ。直近3期の純利益は2500万円─5300万円─5400万円で、計算上は直近3期の純利益をそっくり電気軌道に提供した格好。
 ふらのバスの社長は旧経営陣から唯一残留した大竹氏である。12月15日時点では電気軌道専務でありふらのバス社長だ。
 9月に河西社長ととも大竹専務も辞任すると思われていたが、残留するとの情報が流れた。この時、宮本氏は本誌にこう語っている「大竹はまだまだ利用価値があるから、しばらく専務として残す」そしてこう付け加えた。「大竹の女性スキャンダルは聞いているだろう。お前のところ(北海道経済)では書かないだろうな、書くなよ」。
 「まだまだ利用価値がある」とは、大竹氏を利用して株購入資金をふらのバスから引き出すとことではなかったのかというのは考えすぎか? 大竹氏には女性問題がつきまとう。さんろくの某酒場で付き合っている女性と愁嘆場を演じたのは有名な話。社内に親密な関係の女性社員がいることは電気軌道の大半の社員の知るところだ。女性問題で何らかの弱みを握られ、9月に辞められず、さらに巨額拠出という〝危ない橋〟を渡ってしまったということだろうか。

認められた仮処分
 さて、ふらのバスは3月期決算である。1億2000万円が年度末までに返還されていれば大きな問題にならずに済みそうだが、状況は厳しそうだ。というのは、光陽商事の新社長となった尾﨑氏が年末に旭川地裁に申し立てた「電気軌道、紅葉商事は、光陽商事が所有する108万株の売却、書き換えをしてはならない」が認められ「仮処分決定」の判決が1月23日に出たのだ。
 この種の申し立てとしては異例に早い裁判所の決定だ。先月号で斉藤監査役が光陽商事の銀行印の印影を持ち出し警察が出動した騒動を紹介したが、電気軌道と紅葉商事の株取得の手法が尋常でないとの裁判所の判断が働いたようだ。
 108万株は光陽商事に戻った。また、手付金として振り込まれた1億円は光陽商事の口座に残ったまま。ふらのバスは1億2000万円をどう穴埋めするのか。
 尾﨑氏はまた、10月11日の電気軌道株主総会自体が「違法行為があった」として無効を求め1月10日に訴訟を起こしている。

表紙1803
この記事は月刊北海道経済2018年4月号に掲載されています。

スピードマイニング(本社旭川)の将来性早くも〝枯渇〟?

 ビットコイン、仮想通貨、コインチェック…。ITを活用したお金の流れにまつわるニュースが騒がしいが、「私とは関係ない」と思っている人も多いはず。実はこの旭川に昨年、仮想通貨の流通に欠かせない施設が構築されたとの発表があった。しかし、ビットコイン相場の急落から明らかなように、仮想通貨はまだ大きな不安要素をはらんでいる。旭川の施設の将来性にも大きな疑問符がつく。

IT時代の「鉱山」
 かつて北海道は鉱業の一大生産拠点だった。道北だけでも、紋別近郊の鴻之舞鉱山では、金・銀・銅が採掘されていた。下川にあった下川鉱山からは黄銅鉱、磁硫鉄鉱を産出。富良野近郊の野沢鉱山ではクリソタイル(白石綿)を生産していた。留萌、羽幌、昭和炭鉱(沼田町)といった地域では石炭が生産され、日本のエネルギー需要を支えた。しかし、鉱物資源の枯渇や採算割れなどのために、こうした鉱山のほとんどは閉山し、いまでは廃墟となってまれに物好きなマニアが訪れる場か、鉱物生産に伴い大量に残された有害物質を堆積するだけの場となっている。
 2017年、旭川市内で久しぶりに「鉱山」が誕生した。場所は1条通10丁目のオフィスビル内。とはいえトロッコもボタ山もなく、必要なのは専用のコンピュータとネットの回線だ。すべてが計画通り、宣伝通りなら、この場所で「ビットコイン」という名の財産が生み出されるはずだった。
 ここで「採掘施設」を稼働させているのは、同ビル内に登記上の本社を置く㈱スピードマイニング(小嶋真由社長)。この企業のウェブページを開けば、現在、旭川で展開している事業の大枠がわかる。その説明の前に、仮想通貨とは何なのかを説明しなければならない。

膨大な計算への報酬
 仮想通貨とは、ネット上で我々が毎日使う現金のように取引される通貨のこと。専門取引所で現金と交換して購入・売却できる。当局による価値の保証がない反面、規制も受けない。紙・金属の実体としてではなく電子データとしてコンピュータに保存されている。現金はどこかの金庫に預け入れられるのに対し、仮想通貨は複数コンピュータで記録を共有・相互監視するブロックチェーンで管理されている。
 仮想通貨の中で最も有名なのはビットコイン。その後、リップル、イーサリアム、ライトコインといった後発組も登場している。仮想通貨が今後定着するか、商取引の決済で一般的に用いられるようになるかは不明だが、世界中で仮想通貨が新たな投資先として注目を集めたのは事実。とくにビットコイン(BTC)の円に対するレートは昨年4月には1BTC=13万円程度だったものが、しばしば下落しながらも年末に向けてじりじりと上昇し、12月17日には最高値の223万円まで達した。しかしその後急落し、2月7日現在では約80万円となっている。
 ビットコインなど仮想通貨はネットを通じた取引が中心であることから、一攫千金を狙ってなけなしの手持ち資金をつぎ込んだ若者も多い。昨年12月からの急落で、虎の子をすっかり失ってしまった人もいると伝えられている。その反面、ピーク時よりも安くなったいまこそが買い時だと判断して、ビットコイン取引に参入した人もいる。ビットコイン関連業者はなおもテレビやネットで積極的に宣伝を流しており、しばらくはフィーバーが続く可能性もある。
 仮想通貨には、円に対する日本銀行のような管理者が存在しない。代わりに導入されたのが、世界中に分散したコンピュータで仮想通貨の流れを追跡・記録する「ブロックチェーン」という概念だった。ブロックチェーンに乗せて仮想通貨を世界中で流通させるには、膨大な計算を行う必要があるのだが、その計算は有志が提供するコンピュータが担う。無報酬のボランティアではなく、計算量に応じてビットコインで報酬が支払われる。計算しただけで報酬が支払われるというのはあまりにもウマイ話に聞こえるが、実際にそういった話が転がっているのがIT業界だ。

3億円で500台
 このしくみに注目して設立されるのが「マイニングセンター」だ。高速で作動するコンピュータを導入、ネットに接続して作動させることで、報酬を獲得することを目指す。かかるコストは初期の設備投資と電気代、そしてシステムの運用スタッフに支払う人件費だ。
 このうち電気代は、コンピュータを動かすのにかかると同時に、熱くなったコンピュータを冷やすのにもかかる。つまり、気温が涼しい地域でマイニングを行えば、熱い地域よりもコストを抑えることができる。スピードマイニングが旭川進出を決めた理由は、まさにそれだった。
 ス社はホワイトペーパー(投資家向けの事業説明書)の中で以下のように説明している。
 「マイニングセンターは日本の北海道内を予定しています。(中略)日本の北海道は東京から遠く離れた地方で寒冷であり、拠点として適しております」
 ほかにもス社は▽まず自己資金3億円で500台のマイニングマシーンを発注済み▽その後ICO(後述)で30億円を調達、うち20億円でマイニングマシーンをアジア最大規模となる3000台購入、といった大風呂敷をホワイトペーパーで広げている。
 ス社がマイニング以上にウェブページで力を入れて宣伝しているのがICOだ。ICOとは「トークン」という独自の仮想通貨を発行し、投資家に販売して資金を集める行為のこと。仮想通貨の将来がバラ色なら投資家は利益を得られるが、その見通しが立たない現状では、投資家にとりリスクの高い投資先となる。ただ、ス社はWebページ上で、昨年11月付けでトークンの販売が終了したと説明している。販売予定額を売り切ったためなのか、ほかの理由なのかは明らかにされていない。事業への投資を名目に広く出資を募った企業の経営が破綻して大きな被害が出る事件は過去に何度も繰り返されてきただけに、ICOに応募した投資家としてはス社の今後の事業がうまく進むことを祈るしかない。
 この冬も旭川市民を苦しめている厳しい寒さがIT事業で強みになるなら、まさに「奇貨」。IT産業を発展させる絶好のチャンスだ。だが、さまざまな情報を総合すると、ス社の将来性には疑問符がつく。この「鉱山」がそもそも「虚構」だった可能性さえある。

「全日」の再興目指す
 2012年8月、「㈱全日本プロレスリングシステム」という会社が東京都文京区湯島で設立された。設立目的の冒頭には「プロレスの興行」と記されており、取締役には、渕正信という昭和のファンには懐かしいレスラーも名を連ねていた。
 この企業はその後、㈱アールワン→㈱きらめきアセットマネジメント→㈱小嶋不動産と転々と社名を替えていくことになる。会社の設立目的はそれ以上のペースでコロコロと変更され、不動産売買→各種債権の買い取り・保証→新車・中古車販売業→不動産の販売・運用と変遷した。社名が「スピードマイニング」、に変更されたのは昨年10月のこと。ほぼ同時に登記上の本社を旭川市内に移転している。
 こうした社名や目的の頻繁な変更自体に、法的な問題はない。注目すべきは、設立から2013年11月まで「白石伸生」なる人物が社長を務めていたという事実だ。
 実業家の白石氏はプロレス好きが高じて、ジャイアント馬場の死去以降、低迷が続いていた全日本プロレスの支援に名乗りを挙げたが、結局低迷を脱するには至らず、現在はプロレスと距離を置いている模様。SNSで奔放な発言を繰り返したこともあり、一時はプロレスファンに名を知られる存在だった白石氏も、最近ではほぼ忘れられた状態になっている。
 その白石氏の名前が再び登場するのが、㈱みんなのクレジットをめぐる騒動だ。同社はウェブサイトを通じて広く集めた資金を融資する「ソーシャルレンディング」事業を手がけていたが、関東財務局による調査で、集めた資金の大部分が親会社に集中していたことが判明し、昨年3月に1ヵ月間の業務停止命令と業務改善命令を受けた。8月にも東京都から業務停止処分(1ヵ月)と業務改善命令を受けた。みんなのクレジットは数千人から総額34億円を集めたと言われ、投資家は巨額のお金の行方に注目している。なお、白石氏は4月29日付けでみんなのクレジットの社長を辞任している。

「みんクレ」との関係
 話をそろそろスピードマイニングに戻そう。ス社は昨年11月、東京銀座に本社を置く㈱NEWARTの子会社である㈱ニューアート・コインとの戦略的業務提携を発表した。ス社はニュースリリースで「ニューアート・コイン社から弊社にマイニングマシーンが発注され、弊社が運用管理まで一貫してサポートして参ります。また、その結果、幣社が現在実行中のマイニングICOにおける投資家への仮想通貨リターン率はマイニング管理受託からのレベニューシェアによる追加マイニング収入が加算され、これまで以上に高くなります」と強調している。
 ここで白石氏が再度登場する。N社で会長兼社長を務める白石幸生氏は、前述した白石伸生氏の父親だ。
 スピードマイニングと、みんなのクレジット、NEWARTの関係をもう一度整理すれば…
①スピードマイニングの出発点となった企業で初代社長を務めたのが白石伸生氏
②その後、白石伸生氏が社長を務めたみんなのクレジットでは、ネットを通じて集めた資金の大半を関係会社に融資していたことが明らかになり、業務停止処分を受けた。出資金が出資者に戻ってくるかはいまのところ不明
③スピードマイニングはネットを通じて広くマイニング事業への投資を呼びかけている
④ス社の経営からは離れているように見えた白石伸生氏だが、父・白石が経営するN社のグループ会社がス社と提携を結んだ。
 現在、みんなのクレジットは投資家から訴訟を起こされている状況。ウェブの掲示板には、ピンチを打開するためス社とN社がICOを企てたのだろうといった観測も書き込まれている。
 本誌ではス社の旭川事務所に電話をかけて取材を申し込んだが「代表は東京にいて忙しい」「取材は受けていない」との回答。ウェブサイトを通じて再度取材を申し込んだものの、英文の自動返信だけが返ってきた。ス社の本社があるはずのオフィスビルを訪ねたが、入り口の雪の積もり方から判断して、人の出入りはほとんど行われていないようだ。

消えた580億円
 この記事の取材をしている最中に「コインチェック」事件が発生した。仮想通貨を取り扱っていた業者、コインチェック社のサーバーが不正に侵入されて26万人から預かっていた総額580億円もの資金が不正に引き出されたこの事件は、仮想通貨が多くのリスクをはらんでいることを浮き彫りにした。旭川の街角で計算するだけで富が生み出されるというのは投資家だけでなく市民にとっても夢のある話だが、冷静に見守る必要がありそうだ。

表紙1803
この記事は月刊北海道経済2018年3月号に掲載されています。

住民基本台帳ベースでも34万人割った旭川市の人口

 人口減少が止まらない。2月1日時点の旭川市の人口は33万9858人と、前月比で353人、前年同月比で2775人減少した。長年守り続けた「北海道・東北で札幌、仙台に続く第3の都市」の座も譲り渡した。人口、とくに若年人口が減り続ける将来への対応策が求められている。

多死時代が到来
 33万9858人。今年2月1日時点での旭川市の人口だ。「36万人都市」だったはずの旭川市だが、いつの間にか34万人の大台さえ割り込んでしまった。33万9858人は、住民基本台帳をもとにした数字。人口統計としては他に直近では2015年10月1日を基準日として実行された国勢調査がある。このときの旭川市の人口は33万9605人。同じ日の住民基本台帳ベースの人口は34万5566人だったから、5000人以上のズレがあった。冒頭で挙げた数字は、どの基準を使うにせよ旭川の人口が34万人を下回ったことを意味している。
 人口の増減は、出生数と死亡数の差である自然増(減)と、転入と転出の差である社会増(減)に大別できる。このうち顕著なのは自然減の拡大だ。2007年の自然減は554人だったが、昨年は1987人へと拡大した。07年には2649人が生まれて3203人が死んだのに対して、17年は2203人が生まれて4190人が死んだ。生まれる人が16%減る一方で、死ぬ人は3割増えた計算だ。もうすぐ、死ぬ人の数が生まれる人の2倍に達しようとしているのは、「多死時代」を象徴する現象と言えるだろう。社会増(減)は年ごとのばらつきが大きいものの、減少傾向が続いている。

増加地域は永山だけ
 同じ旭川市内でも人口増減は一律ではない。地区別ごとに傾向には大きなばらつきがある。違いをわかりやすくするために今年1月1日現在の人口と、約20年前の1998年3月末の人口を比較してみると、市全体の人口が6%減ったのに対して、農村部の江丹別・西神楽ではそれぞれ45%、29%減ったのが目立つ。一方で、市の中心部に近い中央地区で15%減、西地区で9%と落ち込みが激しい。一昔前には若い世帯が多かった豊岡および東光の1~4丁目を抱える東地区でも6%減、春光地区と神居地区は10%減少となっている。地区別でこの20年間で人口が増えたのは永山(1・64%)だけだ。
 市内で総人口が減り、生まれてくる子どもが減る中、増加しているグループがある。それは、東南アジア、南アジアの外国人。国勢調査ベースで2000年10月には447人の外国人が居住していた。うち長年日本社会で暮らしている人が多いと見られる韓国・朝鮮人、中国人は288人。ベースは異なるが、住民基本台帳をもとに昨年1月1日時点の外国人数に注目すれば、その総数は812人。韓国・朝鮮人、中国人は374人で、フィリピン82人、ネパール62人、ベトナム142人など東南アジア、南アジア勢の顕著な増加が目立つ。その大半は技能実習生として定住しているとみられ、この旭川でも外国人労働力への依存度はじわりじわりと深まっている。

原発事故の影響
 人口では遠く札幌に及ばない。北海道・東北全体を見回せば、仙台という大都市がある。旭川市民にとってのささやかな自慢は、「北海道と東北で第3の都市」ということだったが、この強みも失われた。
 現在、旭川に代わって「北海道と東北で第3の都市」となっているのは福島県いわき市だ。福島県では県庁所在地の福島市や、歴史の舞台となった会津若松市の方が知名度が高いが、県内で最も人口と工業生産額が多いのはいわき市。福島県は山地で山通り、中通り、浜通りに三分されているが、このうちいわき市は太平洋岸の浜通りの中心都市であり、福島市などが位置する中通りよりも、むしろ南側に広がる茨城県とのつながりが密接だった。新幹線は走っていないが、在来線の特急列車を利用すれば東京から2時間強の距離だ。
 いわき市の人口のピークは1998年に記録した36万661人。その後は旭川市を上回るペースで減少が続いていたが、2015年9月から10月にかけて約2万5000人、率にして約7%も増加して34万9344人に達し、旭川を抜いて「北海道と東北で第3の都市」となった。ちなみに同じ月の旭川市の人口は34万5566人だった。
 この突然の人口の急増には、統計上の要因が作用している。北海道を除く多くの都府県では、「現住人口」をベースに人口統計を発表している。5年おきに実施される国勢調査ではじき出された数字をベースに、その後の自然増減・社会増減を加算して最新の人口を算出する方式だ。ところが、道内の自治体ではこの方式が採用されておらず、国勢調査の結果は発表されるものの、人口統計のベースは住民基本台帳となっている。一般的には現住人口をベースにしたほうが実勢を正確に反映できると言われているが、最新の国勢調査の結果が反映されるたびに大きな数字の変化が生じる傾向がある。いわき市の人口が見かけ上急増した15年10月1日は、前回の国勢調査の基準日だ。
 実際にいわき市の人口が旭川市を上回っているのは確実。2011年3月に事故が発生した東京電力福島第1原発は直線で約40㌔。原発で居住が困難になった自治体から多くの人がいわき市に移り住んだ。原発に近い自治体への帰還は進んでおらず、住民はこのままいわき市に定着する可能性が高い。

9年後には31万
 順位はともかく、長期的な人口減少傾向は避けられない。旭川市は第8次総合計画の中で、2027年度の人口が31万2000人に、高齢化率が36・5%に達すると予測している。110ページの同計画に「人口」という言葉が登場するのは80回。人口減が行政、経済、社会など広い分野に影響し、その対策が必要になっているためだ。
 人口減への対応を迫られているのは行政だけではない。個々の企業も人口のカウントダウンを直視し、生き残りの方法を探ることを求められている。

表紙1803
この記事は月刊北海道経済2018年3月号に掲載されています。

四条通歩道フェンスで通行止めのワケ

 幅が広くて歩きやすい歩道は、東京や大阪に行ったときに気がつくこのまちの魅力の一つ。ところがいま旭川市内、しかも最も主要な道路である4条通(国道12号)に、歩行者が歩道から締め出された場所がある。フェンスが張られた理由を探るうち、このまちの中心街が直面するビルの廃墟化というリスクが浮かび上がってきた。

ネットバブル崩壊
 ガラス張りの新駅が誕生し、イオンが進出した一方で西武が撤退。うちA館が取り壊されたものの、この敷地にツルハが進出することが決まるなど、旭川駅前がめまぐるしく動いている。対照的なのが約1キロ離れた旭川市4条通4丁目。1970年に建てられた青い6階建ての「オリエントホテル」の建物が半世紀近くが経過したいまもそびえている。ホテルは10年以上も前に営業をやめ、固く扉を閉ざしたままだ。
 昨年秋、ビルの前に変化が生じた。目の前の歩道を遮るかたちでビルの正面のスペースがフェンスで囲まれ、歩行者が締め出されたのだ。フェンスには「通行止」「まわり道」などと書いてあるだけだ。
 「時々、旧オリエントホテルの前を歩いていたが、ある日フェンスで歩けなくなった。雪が積もる前は恐る恐る(国道12号の)車道にはみ出して歩いていたが、雪がフェンスの周囲にも積もると大きく迂回しなければならず、怖くて歩けない。仕方なく、いったん国道の向こう側に渡っている。早く何とかしてくれないと不便でしょうがない」との声が、読者から本誌に寄せられた。
 旧オリエントホテルの建物は、長年のオーナーだった人物から2007年9月に横浜に本拠をブリーズベイホテル㈱に2000万円で売却された。同社は全国各地でホテルを買収し、リニューアルして経営する事業を営んでおり、当時すでに帯広と釧路で全国チェーンのホテルを買収するなど、道内でも積極的な動きを見せていた。旧オリエントホテルもブリーズベイの手でリニューアルされて復活するはずだったのだが、しばらくして建物が1000万円で売りに出された。実地調査の結果、改修に予想以上の費用がかかることが判明したためだ。

IT拠点の夢破れ
 そしてこの建物を購入したのが、東京都港区に本社を置くIT企業の㈱アポロン(その後、㈱ミラホールディングスを経て、現在は澪ホールディングス㈱)。本誌は2011年9月号で同社の荒木久義社長に電話取材を行ったが、その際に荒木氏は「ビジネス上の友人を通して旧オリエントホテルが売りに出ていることを知り、安値で購入した」「購入価格は明かせないが、固定資産税や取得税、手数料だけで1000万円以上」などと説明した上で、この建物を建て替えてIT系の開発拠点や事務所を設立し、北海道出身で東京で働くエンジニアのうち北海道に戻りたいと考えている人を採用したいとの考えを示していた。
 しかし、建物を見る限り荒木氏の語るビジョンが実現する兆しはなかった。旧オリエントホテルのビルを取得した直後に景気が悪化してプロジェクトが凍結されてしまったためだ。荒木氏は取材に対し、「現在は経営改善に注力しているが、地方のエンジニアを採用して遠隔地で開発を行うとの目標は変わっていない」と力説していた。
 それから6年余り。アポロンの流れを受け継ぐ企業は澪ホールディングスとして存続してはいるものの、これまで社名変更に加えて、一部事業の他社への売却、本社移転などを繰り返してきた。これらの動きを見れば、安定経営とはお世辞にも言えない状態だ。旧オリエントビルも塩漬け状態が続いている。
 そして昨年、ビルの壁面に取り付けられていた金具が歩道に落下しているのが発見された。通行人に当たれば大けがのおそれもあることから、急遽、4条通の歩道のうちビルの前にある部分がフェンスで囲われた。2018年になったいまも状況は変わっていない。
 この建物は税金の滞納を理由に、2012年に北海道から、昨年には財務省から差し押さえを受けている。滞納分を払えない現在のオーナーに、建物を補修して安全を確保したり、いっそのこと建物を取壊してしまう余裕などあるわけもない。

戸建てだけじゃない
 困惑するのは行政と、ビルの敷地を所有する地主だ。「所有者に粘り強くお願いをしていくしかない」と説明するのは旭川市の建築指導課。ビルが立つ敷地を所有している近所の宗教施設は「ご迷惑をおかけしているが、私たちとしてはどうすることもできない」と説明する。この地主によれば、過去に行った試算によれば取り壊しに1億円以上が必要だという。
 市内の不動産業者は、旭川市内、とくに4階建て以上のコンクリート製建造物が集中する中心部で、今後同様の事態が頻発する可能性があると指摘する。「古くても定期的に補修されているマンションや雑居ビルがある一方で、放置状態で老朽化が急速に進んでいるのが明らかな建物もある。景気の低迷で空き室が増えたことも賃貸料収入の減少につながる。現在の所有者が運用収入を得ているとは思えず、いつか大規模な補修や取り壊しが必要になった時、お手上げになるのではないか」
 近年、注目を集めるようになった「危険空き家」は、旭川市内だけで予備軍を含め約500戸とも言われている。昨年12月には西地区で初めて行政による強制的な撤去が実行された。かかった費用は約380万円。市では所有者に請求したが、所有者に経済力がない場合には血税から支出されることになる。ビルの取り壊しにかかる費用はケタ違いに多く、市の財政状況を考えれば、軽々しく取り壊すわけにはいかない。
 障害物が少なくて歩きやすく、十分な幅を確保している歩道は、このまちの目立たない魅力の一つ。頭上からの落下物が心配で安心して歩けない時代が来ないことを祈るしかない。

表紙1802
この記事は月刊北海道経済2018年2月号に掲載されています。

年金受給者は道・市民税払い過ぎ?

 旭川市内に住む70代の男性Aさんから「年金受給者の多くが道・市民税を払い過ぎている」との意見が寄せられた。「年金収入400万円以下だから確定申告は不要と大半の人が思い込んでいるが、そのために国民健康保険料や後期高齢者医療保険料が控除されずに税金が過払いとなっている」というのだ。切り詰めた生活を続ける年金生活者には聞き逃せない話だ。

1世帯3万円
 「公的年金等の収入金額が400万円以下で、かつ、公的年金等に係る雑所得以外の所得金額が20万円以下の場合は確定申告が不要」─確定申告の時期になると目につくのが、税務署のこの告知だ。ひと月おきに振り込まれる年金額と税務署の告知を見比べて「確定申告は私には無縁」と大半の年金受給者は判断する。「年金が400万円を超える高齢者が世の中にいるのか」とさえ思ってしまうのが実情だろう。 ところが「400万円以下だからと確定申告をしていない年金受給者の多くが道・市民税過払いとなっている」と訴えるのがAさん。
 実はAさんは国民健康保険や後期高齢者医療保険料を納めているのに、その分が控除されず、高額な納税通知書を昨年6月に受け取った。市民税課に出向いて改めて住民税の申告をして〝減額〟され、正しい納税額に修正された。Aさんは毎年確定申告をしているが、体調不良からこの年の申告は遅れた。そのために本来控除されるべき保険料が控除されなかったのである。
 この経験からAさんは「年金から天引きされる介護保険料は自動的に控除されているのに、なぜ、納付書や口座振替で払った保険料などは控除されないのか。介護保険料も国民健康保険料、後期高齢者医療保険料も旭川市が算出徴収しており、どのデータも把握しているのだから、申告の有無にかかわらず行えるはずで、そうするのが市民のための本来あるべき行政サービスだ。年金収入が400万円以下だからといって確定申告していない年金受給者の中にも納付書や口座振替で保険料を払っている人も多いと思うが、その人たちは道・市民税が過払いとなっている」と主張する。「私の計算では、過払い額は夫婦2人の平均的な年金受給者世帯で3万円くらいになる」とも言う。

表紙1802
この続きは月刊北海道経済2018年2月号でお読み下さい。