川のまち・旭川でサクラマス溯上増える

 石狩川・忠別川・美瑛川・牛朱別川が市街地に放射状に流入する川のまち・旭川市で、清流の象徴とも称されるサクラマス(ヤマメの降海型)の溯上が増えている。溯上を妨げていた頭首工に魚道が設置されたことや、海の生息環境が良くなったことに加え、地元の地道な放流活動・産卵床を守る取り組みが功を奏した格好だ

溯上を可能にした魚道

溯上拒む頭首工 廃止後に魚道設置
 サクラマスは川を下って海で1年間ほど生息した後、5、6月ごろに生まれた川に戻り、秋に産卵する。光り輝くようなシルバーの魚体が美しく、体長30~70センチほどに成長する。ヤマメはサクラマスの幼魚で、降海しないで河川で一生を過ごす陸封型(河川残留型)個体もヤマメと呼ぶ。ヤマメは成長する個体でも30センチほどで、体側に小判型の美しい藍色のパーマークがある。
 海からの溯上が途絶えた理由の一つは、石狩川の上・下流を分断する工作物の設置だった。かつて旭川市にもたくさんのサクラマスが溯上していたが、高度経済成長期の流域の急激な都市化や農地面積の拡大などもあり河川水質は悪化の一途を辿り、回遊魚が溯上できない状態が長らく続いた。人の手が加えられていない部分が多く、サクラマスの報告が多い天塩川水系とは対照的だった。
 2022年度旭川市科学館研究報告第18号(山田直佳ら3氏)=科学館研究報告=によると、1964(昭和39)年、旭川市の隣りの深川市(旭川市から石狩川下流に位置)に農業用取水施設・花園頭首工(落差7・3メートル)が設けられた。これにより旭川市内の川では海から溯上してくるサクラマスやシロザケなどの回遊魚の姿は消えた。
 しかし、1987年に花園頭首工が用途廃止となった。撤去はされなかったが、2011年までに両岸に溯上できるよう魚道が設置された。溯上を目指す魚たちが上流への入口を見つけやすい構造で、石狩川上流部への回遊魚の流入に大きな効果をもたらした。

うるさいほどにヤマメも釣れる
 石狩川と流入する河川のほぼ全体でサクラマスの溯上が増えているほか、ヤマメの生息数も以前に比べ数多く確認されている。
 読者は当然ご承知のこととは思うが水産資源保護法・北海道漁業調整規則によれば、サクラマスは、北海道の河川内での採捕・釣りが禁じられており、違反すれば刑事罰が科されることもあるので注意が必要だ。だが、ヤマメやニジマスといった本命を求める中で、偶然に釣れてしまうことがよくある。記者の周囲の釣り人からも「ここ数年サクラマスがうるさいほど増えていると同時に、ヤマメも良く釣れるようになった」という話を聞く。
 釣り人の情報が集まる旭川市内の釣具店からも「もう、当たり前のように釣れている」と同様の情報を得た。当然のことだが素早く針を外し、リリースしなければならない。キャッチした後、記念に写真撮影するのも法的にグレーゾーンで、立件されても文句は言えない。繰り返すが、最初からサクラマスを狙って釣ることも、たまたま釣れてしまったサクラマスをキープすることも犯罪だ。

川のまちでも魚のまちに非ず
 旭川は言わずと知れた「川のまち」。しかし、市民に意識されるのは市街地を分割するように流れる河川と、水から市街地を守る堤防、そして川にかかる無数の橋。一部の環境保護団体と釣り人を除けば、川の中にどんな生物がすんでいるのかを意識する機会はほとんどない。サクラマスが増加しているとすれば、川の生き物に対する関心が広がるかもしれない。
 では、現状で旭川市内のサクラマスはどうなっているのか。科学館研究報告は、2022年秋の石狩川水系忠別川の旭川市内に設けた調査区間でサクラマスの産卵床の観察記録をまとめている。
 忠別川は、大雪山連峰の忠別岳(標高1963メートル)北西斜面が源で、旭川市街を東西に流れ、旭川市亀吉で石狩川本流に合流する。
 調査は石狩川合流点から上流3.1キロ地点の忠別橋から9.5キロ地点の忠別川取水堰までの6.4キロ区間とした。実施時期は、2022年9月中旬~12月上旬で、各月の上旬・中旬・下旬に1回調査区全域を踏査し、目視で産卵床をカウントした。多くのサクラマスは、川底に河川水がしみこむ確率が高い平瀬と早瀬の境や淵尻に産卵床をつくるとされている。

産卵床は5年前の4倍に
 調査結果によると、2022年に確認できた産卵床は224ヵ所。9月中旬から1ヵ月間に産卵行動が集中していた。5年前に確認した2017年(61ヵ所)に比べおよそ4倍に増えた。2015年の38ヵ所、旧花園頭首工に両岸共に魚道が設置される前の2009年は、わずか6ヵ所にすぎなかった。
 サクラマスの溯上が増えた要因は花園頭首工の魚道設置が大きいが、海の生息環境の向上も考えられる。さらに日本釣振興会北海道地区支部が、北海道立総合研究機構水産研究本部さけます・内水面水産試験場の協力を得て、2009~2013年の5年間に毎年5万~16万粒規模の放流(発眼卵の埋設)をしてきた成果も見逃すことはできない。
 加えて、産卵床を維持するための細かやかな配慮を公的機関が重ねてきたことも忘れてはいけない。冬季の雪捨て場となる河川敷からは雪解けとともに泥が川に流入し、サクラマスの産卵床を傷めることから、旭川市は、関連機関と協議し、泥を含む雪解け水が直接川に流入しないよう泥を沈殿させる工法を採るなど、サクラマスの産卵床維持に努めている。
 さらには、地元の自然保護団体や環境保全に関心の高い有志が産卵床に有害な工事や事案に目を光らせていることも見逃せない。
 1971年に当時の環境庁が定めた水質環境基準では河川の水質を6段階に分けているのだが、イワナやヤマメがすむのは最もきれいな「1級」。サクラマスとイワナの増加は美しい水の証明だとも言える。

自然産卵には環境配慮必要
 こうした取り組みが奏功し、川のまち・旭川として喜ばしいことに忠別川ではサクラマスが自然産卵のみで再生産が維持されている可能性が高い、と科学館研究報告は指摘している。
 発眼卵の埋設放流が2013年以降行われていないにもかかわらず、毎年途切れることなく海から溯上してきた親魚が放流河川で産卵行動し、産卵床が確認されている。加えて、放流をやめて以降も着実に産卵床の数が増えていることからサクラマスの再生産が定着していると、科学館報告は推測している。
 いずれにしても自然豊かな川のまち・旭川で、「ネイティブトラウト」の生を営む姿が見られることは朗報と言っていい。以前は、自称釣りキチだったという旭川市議会議長の福居秀雄氏は、「サクラマスが増えていることは、川のまち・旭川にとって喜ばしいことだ」と話している。
 JR旭川駅裏など市街地の忠別川を利用したカヌーなどのアウトドア観光を創造するさまざまな取り組みがあるが、整備計画・実施においては自然環境へのローインパクトを大前提に取り組むことが求められる。ネイティブトラウトを育む自然環境を二度と手放さないために。

この記事は2023年08月号に掲載されています。
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