田舎の店の生命線・松屋食品の奮闘

 かつて日本の流通・物流に欠かせない一環だった問屋。流通の激変で地方の小規模な問屋は急減したが、松屋食品㈱(旭川市3条通11丁目、鈴木英之社長)は、道内各地の「田舎町」に散らばる小さな小売店に少しずつ商品を販売するビジネスで生き残った。スーパーのない町、コンビニに行けない人の買物を支える「ライフライン」だ。

早くから新顧客開拓
 オホーツク海に面した町にある小さな店に、不定期でワゴン車がやって来る。旭川から運転してきた男性らが車から下ろして店内に運んだのはインスタントラーメン、飲料、缶詰などの商品だが、数量はそれほど多くない。いま、このような店が新たに仕入れ先を探すのは不可能に近い。
 かつては問屋が並んでいた旭川市3条通11丁目の3・4仲通側に松屋食品はある。取り扱っている商品は缶詰、乾物、飲料など(生鮮食品や酒は扱っていない)。10年ほど前からは菓子もレパートリーに加わった。かつて、旭川市内にはこうした食品の問屋も、冒頭で紹介したような小規模な小売店も数多くあった。あらゆる分野で問屋が激減し、旭川市内を本拠とする小規模な食品問屋はほぼ松屋だけとなった(大手スーパーやコンビニなどと取引する大手問屋の出先は存在している)。
 一方、小さな小売店も旭川では激減。松屋食品がいまも存続しているのは、イトーヨーカドーが旭川に進出した1980年ころから流通のあり方が将来激変すると予測して、市外の小規模な小売店を新たな取引先として開拓してきた結果だ。

ばら売りに対応

左から二人目が鈴木社長

 松屋の従業員は鈴木英之社長のほか4人。社長を含む営業マンが方面別に分担して取引先を巡って注文を集め、その2日後にワゴン車による商品の配達が行われる(営業が配達することもある)。前日夕方、ワゴン車の荷室に積み込んだ荷物は取引先20~30店分。それが1日の配達で済むのだから、1店あたりの商品の数は多くない。
 通常の食品問屋はばら売りの手間を嫌い、1箱、1ダースといったまとまった数量でないと取り引きしてくれない。しかし、賞味期限への社会の目が厳しくなったこともあり、売れ残りは小売店の損につながる。わずかな数量から納品してくれる松屋食品は、小売店にとりありがたい存在だ。
 鈴木社長は最近、旭川市内に本拠を置く食品関連の問屋の社員から、こう持ち掛けられた。「富良野市内の某小売店に、うちではもう卸さないことになった。松屋さんが代わりに納品してくれないか」。スーパーやコンビニなどの小売店が大規模なチェーンを展開しているいま、納品はトラックで一度に大量に行うのが当たり前。個別の店舗ではなく、小売店側の物流拠点に納品することも多い。この問屋の立場から言えば、わずかな商品を納品するために数十キロもトラックを走らせるのは割に合わない。それなら多数の店に少しずつ納品している松屋食品に任せたほうがいいという判断だ。松屋食品から見ても、顧客が増える「Win─Win」の提案だった。鈴木社長はすぐに提案を受け入れ、富良野市内の小売店との取引を開始したという。

スーパーで仕入れ
 松屋食品の納品先は広い地域に散らばっている。西は日本海岸の浜益、南は岩見沢と江別の間あたり。東は紋別などオホーツク海沿岸、北は遠別。芦別・赤平・歌志内といった旧産炭地にも取引先が多い。こうした町の一部では中心部にスーパーが存在するが、取引先の多くは町の中心部からやや外れた地域にある。
 納品先の一つが空知管内歌志内市にある㈲マルサ酒井商店。昭和30年代、まだ炭鉱のまちが活気にあふれていたころから続くこの小さな店を、酒井雅勝さんは母親とともに営んでいる。現在、市内にある小売店は2つのセイコーマートと酒井商店だけ。スーパーや他の小売店はすべて閉店してしまった。
 かつては個人客を相手にしていた酒井商店だが、人口の減少で現在の売り上げの8割は市内の老人施設、病院、給食センターなどへの配達が占める。個人客は2割だけで、その半分は近所から歩いて来るお年寄り、残りの半分は電話で注文を受け、酒井さんが配達する。「経営が成り立っているのは施設向けの商売があるから」と、酒井さんは語る。
 昔は滝川や砂川の問屋から仕入れていたが、多くが廃業してしまった。

年金では足りない
 地方の小さな店の経営状態は、道北や北海道全体が直面する経済状態の苦境を象徴している。苦境の第一の原因は人口の減少。道北(上川・留萌・宗谷管内)の人口は平成元年の74万5000人から令和元年の59万8000人と、約2割減少した。とくに仕事や教育機会を求める若者の大都市圏への流出が顕著で、都会への転居が難しい高齢者の比率が高まっている。その中には車の運転が難しい人もおり、地域での買い物が不可能になれば、日常生活にも支障をきたす。
 鈴木社長は、地方の小規模小売店が経営を続けているのは、やめるにやめられないからだとみる。「自営業の人は国民年金。仕事をやめれば収入は1人5万円程度しかない。それでは生きられないから、わずかな収入のために店を続けている人もいるはず。昔は儲かった店でも、当時から老後に備えて蓄えていたところはまずない」。零細企業全体に共通する事情だが、借金を返す見通しが立たないため、やめたくてもやめられないという店も少なくないはずだ。
 同時に、小さな小売店の関係者や松屋食品の社員の心には、買物難民を出したくないという熱意がある。商品と一緒にそんな熱意を積み込んで、今日も松屋食品の車両は走り続ける。

表紙2011
この記事は月刊北海道経済2021年11月号に掲載されています。
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