「無罪請負人」登場で医大学長の解任撤回

 旭川医科大学が文部科学省に昨年6月に行った、吉田晃敏氏を学長から解任すべきとの申し出を、2月25日に取り下げた。文科省による審査の終わりが見えず、このままでは学長不在の状態で新年度を迎えることが確実であるため、学長選考会議が「断腸の思い」で取り下げを決めた。これを受けて吉田氏が提出していた辞表が文科省に受理され、3月3日付けで吉田氏は正式に学長を辞任した。旭川医大は西川祐司氏の4月1日の学長就任に向け文科省に申請を提出したが、これで「旭川医大VS吉田晃敏」の対決が終わるとは限らない。(記事は3月8日現在)

捜査レベルの厳密性
 旭川医大にとっては誤算がいくつかあった。3月3日夜の記者会見で経緯を説明した学長選考会議の奥村利勝議長(教授)によれば、大学が申し出の中で挙げた解任相当理由34項目について、吉田氏とその弁護士が逐一反論し、文科省からすべてについて再反論を求められるとは想定していなかった。大学側は、34項目は教育者に不適であることを示すには十分な内容であり、教育行政を統括し、教育現場におけるパワハラにも対応してきた文科省なら、大学側の言い分を理解してくれるはずと思っていた。
 象徴的なのが、飲酒問題の取り扱いだ。大学側は複数の大学関係者の目撃談を根拠に、吉田氏が飲酒問題で執務が困難な状態にあると主張したが、吉田氏側は個人的な問題で深酒をしたことはあったもののそれほど深刻なものではなく、目撃者以外の証拠もないと反論。こうした主張に対抗するには呼気のアルコール検査の結果が必要だが、そういった材料があるわけもなかった。
 2番目の誤算は、吉田氏に強力な助っ人がついたということだ。昨年春ごろ、旭川市内の法曹界でこんな情報が流れた。「吉田学長が市内で弁護士を探しているが、引き受ける人がいない」。結局、市内の弁護士が名乗りを上げ、辞任届の提出時には本人に代わってマスコミに登場したが、選考会議は文科省に解任を申し出た。この時点で大学関係者の多くは解任濃厚と感じていた。

面倒避けた文科省
 絶体絶命となった吉田氏が手紙で助けを求めた相手が弘中惇一郎弁護士だった。ロス疑惑事件の三浦和義氏から始まって、薬害エイズ事件の安部英一氏(一審)、障害者郵便事件制度悪用事件で村木厚子氏などの代理人となり、数々の裁判で無罪判決を勝ち取った著名な弁護士であり、「無罪請負人」の異名で知られる。日産経営陣の不正をめぐる裁判では弁護を担当していたカルロス・ゴーン被告が保釈中に海外に逃亡したことでも話題になった。弘中氏は吉田氏に協力を快諾し、弁明書の作成に協力するようになった。文科省の担当者が、裁判並みに厳密な審査を行わなければ、次は文科省が訴えられると心配したのは想像に難くない。
 第3に、吉田氏の精神的な状態だ。辞任届を提出した時期、吉田氏はマスコミ対応を当時の弁護士に任せており、周囲の問い合わせにも応じていなかった。選考会議としては、解任の申し出に吉田氏がここまで強力に旭川医大に対抗できるほどに気力が回復するとは予想していなかったのではないか。なお、吉田氏は本誌の取材に対して「辞任届を出した日からストレスから解放されて眠れるようになった」と語っている。
 想定外の要素があったとはいえ、選考会議が甘かったのは確かだ。選考会議による大学トップ解任の申し出には一つだけ前例がある。北海道大学ではパワハラを理由に総長選考会議が総長解任を文科省に申し出て、文科省が解任の決定を下したが、その間に1年近くの時間がかかっており、吉田氏についても審査の長期化は十分に予想できた。記者会見で奥村議長は文科省の対応が想定外だったと繰り返したが、ある医大教授は本誌に対して次のように語る。
 「昨年のうちに、文科省が解任ではなく辞任に傾いているとの情報は私の耳にも入っていた。解任を本気で求めるつもりなら、書類を出すだけでなく、政治家を通じて情報収集するなど、他に方法があったはず。それを今になって『文科省の対応が想定外で』などと言うのを聞くと、旭川医大の執行部や選考会議は生徒会レベルではないかという気がしてくる」
 昨年6月の時点で選考会議には、吉田氏の辞任を認めれば早期に医大の立て直しに着手できることはわかっていた。そもそも、選考会議が「解任」に向けて動き出したのは、「正常化する会」の発足後、教授会で吉田氏に自ら辞任するよう求める意見が出たにも関わらず、吉田氏が明確に拒否したことが大きな理由だった。辞職届の提出で目標は達成されたが、選考会議は解任にこだわった。今になって選考会議は、早期に西川体制を発足させ医大を正常化させるために、辞任を認めるという方針に転換したが、結果的に8ヵ月以上も回り道をしたことになる。

法廷で戦い続く?
 急変した事態について、吉田氏はどう考えているのか。3月3日、本誌が取材したところ、吉田氏に今後の行動について「弘中弁護士とも相談した上で、名誉毀損で大学を訴えることも検討する」と述べていた。しかし、3月8日に開かれ、ウェブ中継された吉田氏の記者会見で、同席した弘中弁護士は、医大を提訴することは考えていないと明言した。
 ただし、旭川医大が解任の申し出を取り下げたのは、あくまでも西川体制への早期移行が目的であり、解任相当との見解を撤回したわけではなく、文科省による審査の結論も出ていない。従来は文科省による審査が行われていることを理由に、34項目の解任事由の詳細を外部に明らかにしてこなかったが、3日に開かれた全学説明会で、出席者から今後の訴訟の可能性について問われた選考会議委員の川辺淳一氏(教授)は、「34項目は、解任申し出の取り下げで無になったわけではない。我々は吉田氏を解任できなかったが、金銭問題などについて、新執行部は悪いものは悪いと主張していくこともできるのではないか」と語った模様。仮に新執行部の下で法廷での「第2ラウンド」が始まれば、手間とカネはかかるものの、時間切れを気にせずに決着をつけることができ、旭川医大にとってはリベンジの機会になるかもしれない。
 もう一つの焦点が吉田氏に対する退職金の取り扱い。退職金は支払われるが、今後大学内外の委員から構成される経営協議会が減額すべきかどうかを検討することになっている。記者会見で弘中氏は「普通にいただきたい。こちらに非があったシンボルとして減額されるのは了承できない」と語っており、これも火種になる可能性がある。

「公益通報」調査 着々と進む
 本誌が前号で伝えたように、旭川医大では昨年11月の次期学長選考に向けた動きの中で、選考会議の奥村議長が、自らが率いる医局の医師・研究者らに西川祐司副学長への投票を依頼していたことをある教授が問題視、公益通報制度に基づく通報を行った。
 この記事について読者から本誌に情報提供があった。「通報が行われたのは最近ではなく、次期学長を選ぶ投票から間もない昨年11月のこと。また、奥村氏だけでなく、川辺氏も同様の集票活動を行っていたと通報者は主張している」。
 調査委員を務める学外の弁護士はすでに投票依頼を受けたとする人物を含む関係者からの聞き取りを行ったが、いつ結果が出るのかは未定。公益通報にどう対応するかも、西川体制のスタートに影響しそうだ。(西田)

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この記事は月刊北海道経済2022年04月号に掲載されています。